[*
前頁][0
目次][#
次頁]
なお、男子の方はN高校が優勝して道大会進出を決めた。この大会ではシューターとして初出場した湧見君(昭ちゃん)がスリーをたくさん成功させて鮮烈なデビューを果たした。道大会進出の掛かった準決勝では5つもスリーを放り込んで相手ディフェンスを翻弄したのだが・・・
準決勝が終わった所で相手チームから「そちらの18番付けてる選手は女子ではないのか?」というクレームが入ったらしい。
昨年の千里の件もあるので運営側も懐疑的な目を向けたが、北岡君が「男か女かは裸にしてみれば分かる」と言って、大会の運営の人と一緒に個室に入って脱がせてみせ、ちゃんと男性器が付いていることを確認してもらったそうであった。
「本物かどうか確認するのに引っ張ってみてくださいと北岡さんが言うから、本当に引っ張られました」
などと昭ちゃんは恥ずかしそうに言っていた。
「昭ちゃん、タックしてなかったんだ?」
「実はしてたんですけど、プレイ中に外れちゃったんです」
「ああ。テープだと外れるよね」
「接着剤方式覚えたいけど、まだテープでまっすぐならないんですよ」
「まあ頑張ってね」
「村山の場合は性別疑惑が出た時に脱がせて見せられなかったんだよなあ」
と北岡君は言う。
「まあ脱いでみたら女であることを確認されちゃったろうね、千里は」
と暢子も言った。
試合の後、取り敢えず宇田先生・白石コーチ・暢子・千里の4人で留実子の運び込まれた病院に行ったのだが・・・・
札幌の病院に転院したと聞いてびっくりする。
「重症だったんですか?」
「それほどではありません。全治1ヶ月と診断しました。実際にはふつうに歩けるようになるまで2ヶ月近くかかると思うのですが、患者本人ができるだけ早く治してバスケットの大会に出なきゃというので、スポーツ選手の骨折治療で定評のある札幌の##病院に転院させることにしたんです」
そこって鞠古君のおちんちんの手術した所だ!
もっともあの時掛かったのは外科。今回は整形外科である。
それで白石コーチは帰って、宇田先生と暢子・千里の3人で札幌まで行くことにした。
宇田先生の車に乗って札幌に向かったが、高速を走っていて、ああ、この道をこないだは自分が運転したよなと千里は思っていた。高速走行中に南野コーチから電話が掛かって来たので、運転中の宇田先生に代わって千里が取る。
「はい。実はこちらの病院で聞いて、今そちらに向かう所です」
南野コーチは付き添っている留実子の叔母からは申し訳ないので札幌までは付き合わなくてもいいとは言われたものの、責任上付いていったのである。
留実子は##病院の先生の診察を受けた所で、この骨折を最も早く治す方法はどうすることかと尋ね、先生が1ヶ月入院して、その間この足は動かさないことと言ったので、1ヶ月入院したいと言った。それで10月下旬まで1ヶ月間そこに入院することになったということだった。その後のリハビリに関しては旭川の病院で受けられるように手配してくれるという話である。
南野コーチからは
「ところで試合はどうなった?」
と訊かれたので
「すみません。1点差。103対102で負けました」
「ああ、惜しかったね。でも道大会で勝てばいいんだから」
「ええ、そのつもりで頑張ります」
「これスポーツ保険降りますよね?」
と電話を切ってから千里は宇田先生に尋ねる。
「校長に確認する必要があるけど、この場合は公式試合だから、スポーツ保険ではなくて、学校の災害共済給付制度というのから実際に掛かった医療費の4割が給付されると思う」
と宇田先生は説明する。
「4割ですか?じゃ6割は自己負担になるんですか?」
「健康保険から7割が支払われるから、両方合わせて医療費は全部補償された上で1割分はお見舞い金みたいなもんだよ」
「ああ、良かった! あの子のうち貧乏だから。うちほどじゃないけど」
「それと別にうちの学校が加入している保険からも日額3000円出るはずだよ」
「それはおやつ代だな」
と暢子。
「おやつで3000円も食べる!?」
「あの子はかなり食うぞ」
「うむむ」
「まあとにかく、こういう時は費用のことは考えずに治療に専念した方がいいよ」
と宇田先生は言う。
「千里、実際問題として復帰にどのくらいかかると思う?」
と暢子が言う。
千里は自分のスポーツバッグからいつも持ち歩いているタロットを取りだし、カードを4枚並べた。
カードは 棒の王女・金貨の2・棒の2・棒の6と出た。
棒の6は戦いの終わりを象徴するカードだ。千里はそれがリハビリの終了の時と読んだ。
「退院は来月予定通りできるけど、やはりリハビリに時間がかかる。完全に戻るのは12月下旬。ちゃんと安静にしていた場合でね」
「ウィンターカップ本戦にぎりぎり間に合うところか」
と暢子。
「ただしサーヤを抜いたメンバーでP高校に勝たないといけない」
と千里。
「それが辛いぜ、正直な話」
「うん」
病院に着いて南野コーチから伝えられた病室に行く。留実子はギブスをして足をつってベッドに寝ており、南野コーチと、千里も何度か会ったことのある留実子の叔母が付き添っていた。お母さんも今留萌からこちらに向かっているところだということであった。
「宇田先生、申し訳ありません。私の不注意でみんなに迷惑掛けて」
と留実子は最初に謝った。
「いや。僕も責任を感じている。最初は怪我とかしないようにと言っていたのだけど途中でそれを変更したから」
と宇田先生。
「それ宇田先生に訴えたのは私だから、私が申し訳ない」
と暢子。
「とんでもない。私のただの不注意です」
と留実子は言う。
「あれ、何に気を取られていたの? なんか他のこと気にしてたよね?」
と千里が訊く。
「えっと・・・」
と言って留実子は照れてる!?
「もしかして彼氏の姿を見てそちらに注意が行ったとか?」
「いや、居たはずは無いんだよね。今日は試合無かったし」
と留実子は言う。
鞠古君の旭川B高校は昨日の2回戦で敗れてしまっている。
「試合無くても市内だし見に来ていたかもよ」
「実はさっき訊いたら今日は会場に来てないって」
なるほど。ちゃんと連絡済みか。
「誰か似た人がいたのかもね」
「彼、こちらに来るの?」
「来ると言ってた」
「いや、ほんとに私が集中力を途切れさせてしまったせいで本当な申し訳ないです」
と留実子はひた謝るが、宇田先生も部員を怪我させてしまったことを留実子の叔母に謝る。叔母さんはスポーツしてれば怪我くらいすることもありますよと言っていた。
「取り敢えず今はちゃんと療養しろよ。治ったら倍、点もリバウンドも取ってもらうから」
と暢子が言う。
「うん。頑張る」
しかし留実子は原則として12月まで、例外的に1月中旬のJ学園迎撃戦までしか部活ができない。本当に時間との勝負だなと千里は思った。
千里たちに遅れて2時間近くして留実子の母が到着した。宇田先生は留実子の母に深々と頭を下げて、お預かりしていたお嬢さんに怪我をさせてしまい申し訳ありませんと謝罪したが、留実子の母は逆に、試合の大事な所で怪我で脱落して、それで試合にも負けたなんて、むしろ御迷惑を掛けたのはこちらです。申し訳ありませんと謝っていた。
取り敢えず宇田先生は治療費や入院費は災害共済給付制度で4割が支給されるので、健康保険で7割カバーされるのと合わせて実質全額補償されることを説明する。
「例えば治療費・入院費が30万円掛かった場合、健康保険で7割カバーされて本来自己負担分は3割の9万円ですが、災害共済給付から4割の12万円出ますので、あまった3万円はお見舞金のようなものです。またそれ以外に学校が独自に入っている保険で日額3000円が初日から支給されますので30日入院した場合9万円の保険が給付されます」
と宇田先生は言ったのだが、留実子の母は細かい数字が分からないようで
「医療費は全部出るんですか。それは助かります」
とだけ言った。
「ただ高額医療費の対象になる場合、これは収入によって変わるので一般的な家庭の場合は自己負担額8万円以上なのですが、その場合は高額医療費の支給額を除いた分が計算対象になりますので」
と宇田先生は追加説明する。
「ここんちは自己負担額35000円かも」
と留実子の叔母が言う。
「では、そのあたりは詳しい者をあとで来させますので」
と宇田先生。
「でも保険から出るその日額3000円でお母ちゃんが週に1回くらいでも見舞いに来てくれるなら、その交通費くらいまでは何とか出るかな」
と留実子本人。
「むしろ毎日来たいけど、仕事が」
と留実子の母。
留萌−札幌は高速バスを使った場合往復4000円程度である。ただし仕事が終わってから出てくると帰りの便がバスもJRも無い。車で往復する手はあるが、仕事が終わった後車で往復300kmを走るのは事故の元だ。
北海道の距離感は道外の人以外には分かりにくいが、留萌−札幌の距離は大雑把に言って、東京−甲府、大阪−敦賀、博多−八代くらいある。
「私はひとりでも平気だから仕事優先して」
「ごめーん」
「私が定期券買って、仕事終わってから毎日顔出すよ」
と留実子が下宿している先の叔母は言う。
「ごめんねー、おばちゃん」
留実子も多分母に来られるより、おばちゃんの方が堂々と「男の子」できて気楽なのではと千里は思った。
翌日の月曜日。宇田先生、南野コーチ、そして暢子・千里の4人で会議をした。
「花和君の代役だけど、原口(揚羽)君と常磐(リリカ)君を交互で使うしかないと思うんだけど、どうだろう」
と宇田先生。
「まあそれしかないですよね。そのふたりがいちばん長身だから」
「瀬戸(睦子)も実質センターの位置で出しましょう。あの子ガッツがあるから、結構リバウンド取りますよ」
「背番号はあまり変わるのも問題だし、来月の秋季大会は瀬戸さんに花和さんの6番を付けてもらって、赤塚(来未)さんあたりに瀬戸さんの付けてた11番を付けてもらおうか」
と南野コーチが言う。
それに対して暢子がその件を昨日から考えていたようで発言した。
「それなんですけど、花和の6番はそのまま空けておいたらいけませんか?花和の分私も村山も点数取りますから。リバウンドは原口に倍頑張ってもらって」
千里も実はその方法を考えていたので言う。
「私もその意見に賛成です。常盤もインハイに出られなかった悔しさで、密かにかなりリバウンドとシュートの練習してたみたいですよ。花和も自分の番号が空けてあって、それで原口や常磐がリバウンド頑張っていると聞いたらリハビリ頑張らなきゃと思うと思うんです」
宇田先生は暢子と千里の意見を聞いて目を瞑り3分くらい無言で考えていた。
「よし、そうすることにしよう。6番は花和君が復帰するまで空けておく。次の秋季大会にも、ウィンターカップの道予選にも花和君は6番で選手登録する」
南野コーチが頷く。
暢子と千里が頭を下げて感謝した。