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試合はシーソーゲームで進み、前半を終わって41対43と旭川が2点リードはしていたが、全然先が読めない展開である。
どちらも適宜交替しながらやっているので、千里も友子さんと交替して充分休ませてもらったし、佐藤さんも河口さんや札幌D学園の銀山さんと入れ替わる形で休んでいる。元々札幌P高校は選手層が厚いが、それにインハイに何度も出たことのあるD学園の選手も3人加わっているし、旭川選抜も各校のトップクラスが集まっているので交替要員もほとんどレベルが変わらず、誰が出ている時でも、お互いにハイレベルな戦いになっていた。
千里は正直インハイに出た時よりは肉体上の体力は落ちているので交替しながらプレイできるのは嬉しかった。
準決勝で敗れたものの居残りして見学している函館選抜と室蘭選抜の選手たちが熱い視線でゲームを見詰めていた。そして第3ピリオドまで終わった所で63対67と旭川が4点リードしている。
「やはり全開のP高校とやるのは気持ちいいね〜」
「インハイではもう3回戦以降、あのレベルに近い所と連日やったよ」
「いいなあ。来年こそは頑張ろう」
「でも今取り敢えず勝てば秋田で、そういう所と戦える」
「マジで勝つつもりで頑張ろう」
それで池谷さんの号令で気合いを入れて最後のピリオドに出て行く。
そして第4ピリオドが始まる。
暢子と片山さんのマッチアップ。複雑なフェイントを入れた上で片山さんの身体が右に動いた隙に暢子は左から抜こうとする。即反応して停めようとする。が暢子は強引に抜いてしまう。片山さんの動きはブロッキング気味だったが、暢子が抜いてしまったので笛は吹かれない。中に進入して行きブロックの隙間からシュートして2点。
向こうが竹内さんのドリブルで攻めあがって来る。こちらはゾーンで守っている。佐藤さんにピタリと千里がマークで付いているので、反対側にいる銀山さんにパス。銀山さんがゾーンの防御にもめげず強引に侵入してくる。シュートするも橘花のブロックに阻まれる。しかしリバウンドを宮野さんが確保。再度シュートして入れて2点。
どちらもよく守るのだが、攻撃にも気合いが入っているので結構点数が入る。特にこの第4ピリオドは本当にどんどん点数が増えていく感じがあった。尾山さんもスリーを3回撃って2回入れたが、千里は4回撃って3回入れている。
残り2分となった所で87対89で旭川の2点リードになっていた。準決勝までのなごやかムードから一転して、どちらも超マジモードである。この時点で旭川側は、近江・村山・若生・中嶋・溝口 という超攻撃態勢になっている。溝口さんも(中嶋)橘花も(若生)暢子も貪欲な点取り屋である。
札幌選抜が攻めてくる。竹内さんは尾山さんが「ゾーンの狭間」にいるのを見て、そちらにパスしてくる。すぐ撃つ。が、そのパターンは最初から想定内の溝口さんが撃つまでの時間に近くまで寄りジャンプしてブロックする。ボールをすかさず暢子が押さえて自らドリブルして攻め上がる。しかし札幌も急いで戻っている。
千里にはピタリと佐藤さんが付いてマークしている。しかしその千里の後ろに向けてボールを投げる。千里は後ろにジャンプするようにして取る。身体がエビぞりになるが、その体勢を逆用して腹筋だけを使いそのまま空中で撃つ。佐藤さんがジャンプする。僅かに指が掛かる。ボールはリングに当たって跳ね返る。が、それを橘花がタップで放り込む。
87対91。残り1分30秒。
札幌は竹内さんがロングスローインで速攻。佐藤さんが中継して尾山さんのいる所へ鋭いパス。マークしていた近江さんとキャッチ争いがあるが、何とか尾山さんが取る。体勢を立て直す間もなく撃つ。入る。90対91と追いすがる。残り1分22秒。
旭川が攻める。近江さんがボールを運んでいく。竹内さんとのマッチアップ。パスするかのようなフェイントを見せて突破しようとするも読まれている。ドリブルが中断してしまった所に千里が佐藤さんを振り切って走り込みトスでボールをもらう。佐藤さんが追いつく前に近江さんを壁に使って撃つ。
かなり遠い地点からだったが入る。
90対94と突き放す。残り1分4秒。
札幌が再び速攻。長めのスローインを片山さんが受け取り、自らドリブルで走って行く。旭川側が必死に戻るが、片山さんは気合いで千里、そして近江さんを抜いてゴール下まで走り込んでシュート。92対94。残り55秒。
千里は今のプレイで、片山さんの凄まじい気魄に負けた〜!と思った。ちょっと気合いを入れ直すのに自分の頬を数回叩く。
旭川の攻撃だが、ここで札幌は強烈なプレスに来る。この時点でリードされているというのは相当やばい。向こうは完全にお尻に火が点いている。しかしそのプレスを暢子が強引に突破する。8秒ギリギリでフロントコートに抜け、そのまま敵陣まで走って行く。尾山さんが頑張って戻って行く手を阻む。一瞬のマッチアップ。相手の体重移動を読んで左から抜く。
が、尾山さんがファウルすれすれに手を伸ばして暢子のドリブルのボールを弾いた。が、後ろから走り込んだ千里がそのボールを確保する。笛を吹くかどうか一瞬迷った感じの審判はそのままスルー。千里が走り込んでレイアップシュート。片山さんが千里の近くまで来ていたが片山さんは無理して停めなかった。入って92対96。残り38秒。
このプレイ、無理して停めてファウルになった場合、千里がフリースローを外す訳がないので2点ならそのままにした方がマシという判断だ。むしろわざと2投目を外して旭川の強烈なフォワード陣が叩き込んで3点プレイなどということになった方が怖い。
札幌が急いで攻めて来る。そしていきなり尾山さんがスリーを撃つ。
入って95対96。残り30秒。
旭川の攻撃だが、また札幌はプレスを掛けてくる。今度は溝口さんが強引に突破する。橘花とふたりでパスしながら攻め上がる。そして千里にパスが来る。この残り時間で千里のスリーが入るともう札幌の負けはほぼ確定。相手は佐藤さんと片山さんの2人でディフェンスする。ふたりで完全に壁を作って撃たせまいとする。千里も無理せずバウンドパスでボールを近江さんに渡す。近江さんから千里と反対側に居る溝口さんにボールが行く。溝口さんがドリブルしながら制限エリアに突入。微妙なフェイントを入れてシュート。
が宮野さんがブロックする。リバウンドを橘花が押さえるが覆い被さるようにしてディフェンスされる。向こうも本当に必死だ。ボールを走り込んで来た暢子にトスし、暢子がシュートする。が、尾山さんがブロックする。リバウンドを佐藤さんが確保して、一瞬速く走り出していた竹内さんの方へ投げる。
竹内さんは飛びつくようにしてボールをキャッチしてそのままドリブルで速攻。必死に戻った旭川の近江さんと対峙する。ほんのゼロコンマ数秒の心理戦の末、竹内さんは近江さんを抜き去り、誰も居ない制限エリアに走り込んでシュート。
入って97対96。札幌が逆転! 残り時間は4.3秒。
旭川はタイムを要求した。
配置を確認する。最後のプレイに参加するのは、愛沢さん・池谷さん・溝口さん・橘花・暢子の5人にする。千里はベンチに座って最後のプレイを見ることになった。
スローインする愛沢さん以外の9人は反対側のゴール近くに集まっている。
ボールが投げ入れられる。激しいキャッチ争い。
が182cmの長身の旭川・池谷さんが物凄い跳躍でボールを確保。空中で掴んだまま全身のバネを使って大きく振りかぶりボールをゴールに叩き込んだ。ゴールが揺れて物凄い音がした。
97対98。旭川が逆転!
審判がゴールを認めるジェスチャーをして時計が止まる。
残り時間は1.8秒!!
本当は時間を残したくなかったのだが、ゆっくりプレイしすぎるとゴールできないので時間がわずかしか消費されなかったのは仕方無かった。
今度は札幌がタイムを要求した。
ここではタイムは全員が所定の位置に就くためのもの、という感じである。旭川は愛沢さんが下がって葛美が入る。札幌側はスローインするのが竹内さん。ゴール下に並ぶのは、佐藤さん・河口さん・宮野さん・銀山さんの4人。4人とも180cm以上だ。
さっき旭川がやったのと同じプレイを札幌ができるかどうかで勝負が決まる。しかしコートの反対側から飛んできたボールをアリウープでゴールに叩き込んだL女子高の池谷さんの身体能力は凄まじいと千里は思った。彼女は3年生で関東の有力大学から勧誘されていると溝口さんが言っていた。
タイムアウトの60秒が終わり、審判がボールを竹内さんに渡す。狙いを定めて大きく振りかぶって投げる。
ボールが飛んでくる。
激しいポジション争いを経て、ゴール近くに居る選手が全員ジャンプする。
ボールをキャッチしたのは身長181cmの佐藤さんだった。彼女がボールを掴むと、ボールのスピードに押されて腕が後ろに行く。そしてその反動を利用してゴールに向かって投げ入れる。ボールが彼女の手を離れた瞬間、試合終了のブザーが鳴る。
そしてボールはゴールに飛び込んだ。
ゴールを認める審判のジェスチャー。
全員大きく息をついていた。
緊張が解ける。全員笑顔で握手しあう。ベンチのメンバーも促されてコートに出て行き整列した。
「99対98で札幌選抜の勝ち」
「ありがとうございました!」
自分が怪我して出られなかった試合でチームが負けてインハイ出場を逃した佐藤さんは、こうして最後自分のアリウープで国体出場を決めたのである。しかもその敗戦の直接の原因となったファウルをおかしてしまったのが今のロングスローインをした竹内さんである。竹内さんもトラウマになるほど悔やんでいたろうが、これで名誉挽回だ。
試合が終わって、あらためてお互いに握手したり、ハグしたりする。
「気持ちよく汗を流せたね」
「楽しい試合だったね」
「やっぱりバスケットって面白いよね〜」
「誰も怪我しなくて良かったね」
「秋田で頑張ってね」
「しょっつる鍋とか、比内地鶏の味レポートよろしく〜」
「お土産はきりたんぽでいいから」
「稲庭うどんの乾燥麺も歓迎」
などと旭川組は札幌組に声を掛けて別れた。札幌P高校のメンツは笑っていたがD学園の銀山さんや早生さんたちは少し呆れている感じだった。
「惜しかったね」
「あとちょっとでしょっつる鍋食べられたのに」
と控室に戻って着替えながら旭川組の面々は言う。
「まあ、P高校の監督さんも首の皮一枚つながったかな」
「ああ。この試合も負けてたら、やばかったかもね〜」
「そういえば、M高校・N高校・L女子高で最近練習試合やってたんだって?」
とR高校の近江さんが訊く。
「うん。楽しいよ」
とL女子高の溝口さん。
「うちも混ぜてよ」
「いいよー」
「じゃ、うちも」
とA商業の愛沢さん。
「OKOK。偶数になると助かる」
「もう1校はどこが参加してるんだっけ?」
「M高校とN高校の合同男子チーム」
「ほほぉ!」
「でもそのチームの1名のシューターを女子チームに勧誘中」
「男子チームの子って男子じゃないの?」
「だから、ちょっと手術を受けて女子選手になっちゃわない?と誘惑中」
「ほほぉ!」
「あれ本人かなりその気になって来てるよね?」
「なってるなってる」
「今夏休み明けからは女子制服着て通学しておいでよと唆している所」
「おお、それは良いことだ」
「おちんちん付けたままだと、おっさんになっちゃうよ。今おちんちん取っちゃえば可愛い女の子になれるよ、と」
「可愛い女の子になれそうな子なんだ?」
「けっこう女子の間に埋没してるよね」
「あの子けっこう女子トイレ使ってる」
「それで騒ぎになったことはないらしい」
「それでこないだから女子更衣室に連れ込んで着替えさせているし、こないだは女湯に連れ込んだ」
「すごっ。よく連れ込めたね!」
「次はやはり性転換手術をしてくれる病院に連行していって」
「眠り薬飲ませてベッドに寝せておけばいいよね」
「おお、楽しそう!」
「やはりあの子の女子選手の登録証を請求してあげよう」
「ふむふむ」
「性別は登録間違ってましたとか言えばいいんじゃない?」
「うん。性別間違いなんて、よくあるよね」
「ああ、うちの男子の1年生が登録ミスで女子になってたんだよ」
「へー。じゃ今は女子チームに入ってるの?」
「せっかく女子として登録されてるんだから、性転換手術受けて女子選手になろうよと言ったんだけど、どうしても男子チームに入りたいというから仕方なく、性別訂正届けを出して男子選手の登録証に切り替えた」
「もったいない。せっかく女の子になれるチャンスだったのに」
「登録証の性別を修正するか、身体の性別を修正するかという問題だったね」
「本人身長186cmだったからね。女子選手ならオリンピックの強化選手になれるよ。おちんちんくらい放棄して、オリンピック目指しなよと言ったんだけどねー」
「オリンピックよりおちんちんが大事ですとか言うし」
「欲が無いね」
どうも女の子たちのおしゃべりは暴走気味であった。