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■女子大生たちの路線変更(8)

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10月中旬の土曜日の夜、朱音・真帆・友紀・美緒の4人が千里の勤めるファミレスにやってきた。
 
「いらっしゃいませ。4名様ですか?」
と千里はにこやかに応対する。
 
「うん。桃香は電話しても出なかった」
「たぶん寝てる」
「あの子、寝過ぎ。前期はそれで単位落としてるし」
「いや、もしかしたら幽霊に取り憑かれて今は半分片足棺桶の中に」
 
「禁煙席でよろしいでしょうか?」
「私、タバコ吸いたい」
「未成年の方ですから、禁煙席でよろしいですよね?」
「千里、そんなこと言ってたらお客様に嫌われるよ」
 
などと言われながらも、お冷やを持って4人を禁煙席の窓際6人掛けテーブルに案内する。
 
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい
と言っていったん下がる。
 
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近くのテーブルの客から
「ウェイトレスさん、お冷やちょうだい」
という声が掛かるので、
「かしこまりました。ただいまお持ちします」
と答える。
 
お冷やを置いている所に行きかけた所で
「お姉ちゃん、追加オーダー」
と言われて、注文をお伺いし、POTに入力する。こちらもお冷やが少なくなっていたので
「お冷やもお持ちしますね」
と言ってテーブルから離れる。
 
更にその先のテーブルで、テーブルの端に食器が寄せてあるのを見て
「失礼致します。お下げします」
と言ってその皿をトレイに乗せて持ち、やっと厨房に下がる。お冷やを持ってさきほどのテーブル2つに置いて来る。使用済みのコップを下げる。そこで朱音たちのテーブルの呼び鈴が鳴るので行って注文を取る。
 
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「何が美味しい?」
「グランドハンバーグの和風ソースのセットなどお勧めです。一瞬ふつうのビーフステーキかと思う食感なんですよね。大根おろしが掛かっていてヘルシーですし、お値段も手頃ですし」
 
「あ、じゃそれにしようかな」と美緒。
「サイズは120g,180g,240gとございますが」
「240gで」
「かしこまりました」
 
「パスタでお勧めは?」と朱音。
「地中海シーフードスパゲティは優しい食べ心地で美味しいかと。オリーブオイルではなく菜種油を使っていて日本人の胃に合うんです」
 
「それのワインセットできるよね?」
「未成年の方にはローズヒップティーセットをお勧めしております」
「うるさいウエイトレスだ」
「じゃ、それ2つ〜」
と友紀。
 
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「私は三種のカレーにしようかな」と真帆。
「ライスになさいますか?店焼きナンになさいますか?」
「あ、この店焼きナンって本当に店内で焼いているんだっけ?」
「はい。店内のタンドールで焼いております。焼いてから原則3時間以内のものをお出ししております。ちなみに今ご提供できるのは30分前に私が焼いたナンです」
「お。千里の手製か。じゃ、それとサラダのセットで」
 
「かしこまりました。ご注文を繰り返します。グランドハンバーグの和風ソースのセットがお1つ、地中海シーフードスパゲティのローズヒップティーセットがお2つ、三種のカレーと店焼きナンのセットがお1つ。以上でよろしいでしょうか?」
 
「おっけー」
 
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それで注文確定キーを押す。これで厨房側にデータが送られ、できるだけ仕上がり時間が揃うような手順が指示される。この時間帯はリーダーの牧野さんが主として調理をし、千里と広瀬さんという2人の女子大生がお客様の案内や配膳をしていたが、もっと後の時間帯になると、注文を受けた後、自分で厨房に入って調理したりもする。
 

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「でも千里、ふつうにウエイトレスしてるじゃん」
「ウェイターだよぉ。ボク、男子の制服着てるもん」
「女子の制服って違うんだっけ?」
「ほら、あそこで今配膳している人が女子制服着てる」
 
と言って反対側の端の方で作業している広瀬さんを指し示す。
 
「へー。あれが女子制服?」
「可愛い!」
「ちょっとここで働きたくなるね」
「ちょっとメイドっぽいよね。アンミラほどではないけど」
 
「この店、入って来たら『お帰りなさいませ、お嬢様』とか言う店とは違うよね」
 
「それは少し趣旨の違う店ではないかと。じゃ、また後で。特に事情もなく3分以上、お客様と会話してはいけないことになってるから」
 
「うん、また後で」
 
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ということで千里が朱音たちのテーブルを離れると、隣のテーブルで
 
「お姉ちゃん、コーヒーのお代わり」
と声が掛かる。
 
「はい」
と返事をしてテーブルの伝票を確認する。
 
「キリマンジャロの普通サイズをもう1杯でよろしいですか?」
「うん。この味気に入った。あ、お砂糖とミルク2つずつちょうだいよ」
「かしこまりました」
 
それでPOTに入力して下がる。
 
それを見て真帆が朱音たちに言う。
「千里、本人としてはウェイターを主張していたけど、お客さんみんな千里に『お姉ちゃん』とか『ウェイトレスさん』って呼び掛けてるね」
 
「まあ千里を見て『ボーイさん』とか『お兄ちゃん』とは言わないだろうね」
と美緒も言った。
 
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「まあ千里の実態はそんなものだよね」
 

朱音たちは適宜追加オーーダーしながら、のんびりとおしゃべりに興じている。
 
12時前後になると急に客が増える。恐らくは12時で閉まる店が多いのでそこに居た客が流れてくるのではないかと千里は想像した。結果的に12時から1時くらいまでがいちばん忙しい。千里は広瀬さん、牧野さんと3人で、オーダー、調理、配膳、食器の片付けとフル回転で作業をしていた。ちょっと一息ついた1時半頃、作業の隙間で千里はトイレに行った。
 
個室で用を済ませ、流して出たところで、ドアを開けて中に入って来た友紀と遭遇する。
 
「お疲れ〜。さっき議論してた問題は5で正解だよ。ああいう高次元の中で図形を変形させるのって、ほんとに集中しないと分からないけどね」
「やはり5でできるのか。再度考えてみよう。って、千里女子トイレを使ってるんだね」
「うん。最初の頃男子トイレを使ってたら、男性のお客様が驚くから女子トイレ使ってくれと言われた」
 
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「なるほどねー。千里、大学でも男子学生を驚かせているような気がするよ。いつも女子トイレを使えばいいのに」
 
千里は友紀とは大学の女子トイレでこれまで数回遭遇している。
 
「でも大学じゃ、みんなボクの性別を知っているし」
 
「そうだね。大学じゃ、みんな千里が女の子だってことを知っているよね」
「うーん・・・」
 
「千里、実際問題として、もう、おちんちん無いんでしょ?」
「まだあるよぉ」
「『まだある』ということは、やはり『その内取る』つもりなんだ?」
「うむむ」
 

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友紀たちは2時半頃に帰って行った。
 
お客様が途切れる。牧野さんは3時になると仮眠室に入って休む(牧野さんは仮眠を経て朝10時までのシフト)。千里は厨房の奥に置かれたテーブルと椅子の所で広瀬さんとおしゃべりしながら待機していたが、なかなかお客さんが来ないので、広瀬さんが「ちょっと寝てるね」と言って女子更衣室に行く。千里は椅子に座ったまま
 
『せいちゃん、お客様が来たら起こしてね』
と言って神経を眠らせた。
 
4時20分。
 
『千里、お客様だぞ』
と《せいちゃん》が言うので千里は自分を覚醒させ、念のため顔を洗ってから入口の所に行く。新しいお冷やを4つ作りトレイに乗せる。
 
男性1人・女性2人の客が入ってくる。
 
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「いらっしゃいませ。3名様ですか?」
「あ、あと1人遅れてくる」
「かしこまりました。禁煙席、喫煙席、どちらに致しましょう?」
「喫煙席で」
 
「かしこまりました。ご案内致します」
と言って千里は客を案内して窓際の8人掛けテーブルに案内する。客が座るのを待ち、お冷やを4つ置く。この時、千里は男性の前に1つ、向かい側の女性2人が座った前に2個と、彼女たちの隣に1個置いた。
 
(実は半分《受信モード》になって行動しているので千里は自分でもなぜそういう置き方をしたのか分かっていない)
 
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
 
と言って下がる。ハンバーグのパックを冷凍室から4つ取り出し、湯煎に掛ける。パン種を冷蔵庫から6つ取り出しパン焼き用のオーブンに入れ、タイマーをセットする。スープの鍋を温めていたら女性が1人入って来る。「こっちこっち」と呼ぶ声で、勝手にそちらに行き、先に座っていた女性2人の横に座っておしゃべりを始める。
 
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やがてオーダーが入る。
「イタリアンハンバーグセット4つ。ライス1つと石窯パン3つで」
「かしこまりました」
 
ハンバーグと温野菜をオーブンに入れてタイマーをセットし、スープを盛る。焼き上がったパンを2つずつ皿に載せ、ライスも皿に盛り、やがてハンバーグもできたので、ワゴンに料理を載せてお客様の所に持って行く。
 
「お待たせしました。イタリアンハンバーグセットです」
と言って配膳する。ライスは真ん中に座っている女性の前に置き、パンの皿を残り3人の前に置く。厨房に下がると奥のテーブルに座り
 
『お客様が来たり呼ばれそうだったら起こしてね』
と言って眠ってしまう。
 
このようにして千里は、後ろの子たちと元々持っている《受信能力》のお陰で、隙間時間に熟睡しながら、きちんと夜間勤務をこなしていたのであった。
 
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朝から出て来たクルーと交代して6時で上がる。一緒にあがる広瀬さんと一緒に女子更衣室に入り、おしゃべりしながら着替える。
 
「あ、そういえば村山さんが着替える時には誘ってあげてと牧野さんから言われてたから、いつも声掛けて一緒に着替えているけど、なんでだろ?」
 
広瀬さんも夜間専門でシフトに入っているので、一緒になる確率が結構高い。
 
「うん。私男の子だから、勝手に女子更衣室に入る訳にはいかないから」
「意味が分からん。そういえば村山さんのロッカーって男子更衣室に置いてあるんだよね?スペースが足りなかったからかな?」
 
「いや、だから私男だから」
 
すると広瀬さんは千里の下着姿をじっと見る。
 
「どう見ても女にしか見えないんだけど。胸はこれBカップくらいだよね。おちんちん付いてるようにも見えないし」
 
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「さすがにおちんちんは無いかな」
「男の子になりたい女の子?」
「それとは違うと思うなあ。高校時代は、女の子になりたい女の子では?とか友だちに言われてた」
 
「なんか良く分からん」
「うん。実は自分でもよく分からない」
 

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日曜日は朝10時から夕方6時まで神社に詰めるので、ファミレスが終わってから少し時間がある。それで千里はスクーターでいったんアパートに戻り、2時間ほど仮眠してから、また神社にスクーターで向かうということをしていた。その日スクーターでアパートに戻ろうとしていたら、知らない道に迷い込む。
 
「あれ?なんで私、こんな所に入り込んだんだろ?」
 
『千里に助けを求めている女の子がいたからだよ』
と滅多に発言しない《げんちゃん》が言った。千里はさっと緊張し、霊鎧をまとった。
 
『感じるだろ?』
『うん。これは鈍感な私にも分かる』
『いや千里は充分敏感なんだけど』
『そう?私、幽霊とかも見たことないしさぁ』
『千里って危ない場所を自動的に避けて通ってるんだもん』
 
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スクーターの速度を弱めて近づいて行く。
 
『あれ?知っている子の波動だ・・・って、これ桃香の波動だ』
『お友だちなんでしょ?』
 
千里はスクーターを停めて降りた。千里が見上げたアパートはまるで黒い渦巻きのようなものに包まれていた。
 
『何これ?』
『妖怪の集団かな』
『俗に言う化け物屋敷ってやつ』
『自殺者が出たからこうなったの?』
『逆だよ。こうなってるから前の住人は自殺したのさ』
『桃香よくこんな所に住んでる』
『千里、その子に春に御守りあげたろ?だから持ちこたえているんだよ』
『こないだ車に乗せた時に高速走りながら一度全部剥がしたしね』
 
『処理してもいいよね?』
と後ろの子たちのリーダーの《とうちゃん》が言った。
 
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千里は静かに頷いた。
 
『行くぞ』と《とうちゃん》が声を掛けると、《いんちゃん》が千里の守りに付いた他は残り11人でその渦巻きに向かっていった。
 
千里はこの手のものが「見えない」ので、何か激しい戦いが起きている風であることだけを感じた。
 
『終わったよ』
と《とうちゃん》が言う。
 
『みんな無事?』
と千里はみんなを案じて言う。
 
『平気平気。こちらは全員無傷』
と《こうちゃん》。
 
『でも久しぶりに本気出したな』
『やはりたまにはこういう実戦もやらないと』
 
『このままにしてたら、千里のお友だちも多分春までには自殺してたよ』
『もう大丈夫なの?』
『取り敢えず住んでも問題無い』
『霊道も移動させたし』
『まあ、あと5年くらいはもつかな』
『その頃にはさすがに引っ越しているのでは』
『そうかもね』
『あと本人に憑いてるものは、次に学校ででもその子に遭遇した時に剥がす』
『うん、よろしく』
 
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前期は遅刻欠席が多く、単位を3つも落とした桃香は後期は、これ以降きちんと出てくるようになり(遅刻は相変わらずしていたが)、ぎりぎりで留年を免れることになる。なお、桃香が遅刻しなくなるのはこの1年3ヶ月後、千里と同棲するようになってからである。
 
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