[*
前頁][0
目次][#
次頁]
(C)Eriko Kawaguchi 2014-09-21
2009年の8月下旬。千里は母からの電話を受けた。
「お前忙しいみたいね」
「うん。なんか色々やってる感じ。お盆に帰れなくてごめんね」
「来月のシルバーウィークとかいうのは戻ってこれないの?」
この年は21日敬老の日と23日秋分の日にはさまれた22日が法律の規定により「国民の休日」となり、19日の土曜から5日連続の休みとなって春のゴールデンウィークに対してシルバーウィークと呼ばれた年である。
「ごめーん。バスケの試合があるから帰られない」
「あんた、まだバスケやってたんだっけ?」
「やめてたんだけどね〜。誘われちゃって、なんか凄い推薦状書いてくれた人もあって、7月から趣味のクラブに参加して練習再開したんだよ」
「へー。趣味なら気楽でいいかもね。試合って何日?」
「22日。本当は22-23日の日程なんだけど、女子はチーム数が少ないから22日で終わっちゃうんだよね。それに勝てば10月10日に準決勝・決勝」
「・・・・あんた女子チームなんだっけ?」
「私が男子チームに入るわけないじゃん」
「女子チームに入れるの?」
「私、中学も高校も女子バスケ部だったけど」
「いや、中学の時はなんか女子バスケ部に居たけど、高校は男子バスケ部に入らなかった?」
「ああ。最初男子バスケ部に入ったけど、性別を疑われて病院で精密検査を受けさせられたら女子と判定されたから女子バスケ部に移籍されちゃったんだよねー」
「病院で検査されて女子と判定されるって、あんた女なんだっけ?」
「私が男に見える?」
「でもだったら、あんた性転換手術しちゃったの?」
「まさか」
母はしばらく悩んでいるようであった。
「やめとこう。あんたの身体のこと考えていたら私、訳分からなくなりそう」
「実は私も訳分からないんだよねー」
「ところでさ」
と母は言った。何か言いにくいことを言いたそうな雰囲気である。
「お父ちゃんのことなんだけど」
「うん」
「来月でなんとかNHK学園高校を卒業できるみたいなのよね」
「よく頑張ったね。ちゃんと3年で卒業できるって偉いよ」
「誰でも入れるけど、なかなか卒業まで行けないのがあの学校だよね」
「うん。スクーリングでめげる人が多いけど、よく頑張ったね」
「あんたが毎回交通費・宿泊費出してくれたおかげだよ」
と母は言った。
「まあたまたま資金に余裕があったからね」
「それでね」
「うん」
「高校卒業したら、もっと勉強したくなったと言って、そのままNHK大学に行きたいと言っているんだけど」
千里は、ああそれよくある誤解だよなと思って訂正する。
「NHK大学ってのは無いよ。放送大学のことだと思うけど」
「あ、そんな名前だっけ。でもそれNHKが運営してるんでしょ?」
「全然違うよ。放送大学は放送大学。NHKがやってるのは高校だけ」
「あ、そうなんだ!」
「授業の放送もNHK学園高校はふつうの地上波の教育テレビで流しているけど、放送大学の授業の受信には、BSデジタルの受信機が必要」
「えー!?それお金掛かるよね?」
「でもお父さんがそんなに勉強しようというのはいいことじゃん。私がその受信機のお金出すし、授業料も払うからお父ちゃんには頑張れと言っといてよ」
「うん、そうしようかな」
「でも娘に授業料出してもらうなんてお父ちゃんのプライドが許さないだろうから、お母ちゃんの給料から出してることにしといて」
「それもそうしようかな」
母は千里が言った《娘》ということばに若干引っかかりを覚えた雰囲気もあったものの、取り敢えずスルーすることにしたようである。
「それからBSの受信設備付けたらNHKが衛星契約しろって言ってくるから」
「あぁ・・・」
「NHKの受信料は私の口座から払うよ。受信料の領収書か何かこちらに送ってくれない?それ見て、こちらで手続きするから」
「悪いね。でも実はNHKは3年くらい滞納してて・・・」
「いいよ。それも全部精算しておくから」
でもNHKに確認してみたら5年滞納されてた!
8月30日(日)の夕方。千里たちの大学は夏休みの真っ最中なのだが、友紀の呼び掛けで花火大会を見に行った。
メンツは朱音・友紀と、生物科の香奈に、千里という4人である。千里たちのクラスの玲奈と生物科の由梨亜が予備校で一緒だった縁から、実は生物科の女子との合同女子会がこれまでも何度か開かれていたらしいが、千里はそれに出席するのは初めてとなった。
「玲奈も美緒も由梨亜も彼氏と一緒に見に行くらしい」
「美緒は彼氏ではなくセフレらしいが」
「花火はホテルでHなことをする前菜のようだ」
「それって恋人に戻るつもりはないわけ?」
「その気は無いらしい。単にセックスの快楽だけを求めているらしい」
「よく分からんな」
千里は美緒の話を聞いてて、自分と貴司とのことを言われているみたいな気がした。千里はこの日の午後まで貴司と一緒に居た。実は新幹線で帰る貴司を東京駅で見送った後、直接この待ち合わせ場所に来たのだが、夫婦関係に戻りたいと言う貴司に対して、千里は緋那との関係が解消できるまでは、そういう話はできないと通告した。それまでは自分たちは友だちだと言う一方でセックスはしてもいいよと言った。要するに自分は貴司とセフレ宣言をしたようなものだ。
でも実際貴司とのセックス、気持ちいいもんなあ・・・
などと考えていたら友紀から指摘される。
「千里、彼女のことでも考えてた?」
「そんな人いないよぉ」
「ほんとかなあ」
「千里、絶対恋人がいると踏んでるんだけど」
と朱音からも言われる。
「千里、香水の香りがする」
と朱音から指摘される。
「もしかして今日デートしてて、彼女の付けてた香水の残り香とか?」
「ああ、その香り、時々してるんだよね」
と友紀からも言われる。
「ごめーん。これボク自身が使ってるオードトワレ」
と千里は正直に告白する。
「へー!」
それで千里は持っていたスポーツバッグからその瓶を出してみせる。
「おぉ、アーデンじゃん!」
「大学の入学祝いに叔母ちゃんからもらったんだよね〜」
と言って千里は少しプッシュしてみせる。
「わぁ、いい香りだね」
「これ好きかも」
という意見が出た後で、友紀と朱音は少し悩むようにして顔を見合わせている。
「これってメンズのパフュームじゃないよね?」
と友紀。
「そうだね。男の人よりは女の子向けだと思うけど」
と千里。
「それを千里の叔母ちゃんは千里にくれるんだ?」
「それが何か?」
友紀と朱音が更に「うーん」と悩んでいる。
「ね、千里、やはり千里って実は女の子でしょ?」
「えー?まさか。ボクはふつうの男だけど」
「それ絶対嘘だ!」
「少なくとも《ふつうの男》ではない」
などと言っていたら香奈が不思議そうに言う。
「話が見えないけど、千里ちゃんって、何か男っぽいところがあるとか?」
「いや、千里は男子だと主張して、しばしば大学で男装している」
と朱音。
「今日はユニセックスな服を着てるから普通に女の子に見えちゃうけどね」
と友紀。
「いや、だからボク男だから」と千里。
「もしかして、最近はやりの、男の子になりたい女の子ってやつ?」と香奈。
「それは絶対違う」
と朱音・友紀。
「むしろ女の子になりたい男の子だと思う」
「でも、千里ちゃん、女の子だよね?4月の健康診断の時に女子の時間帯に居たもん。私、千里ちゃんの次の順番でレントゲンしたよ」
と香奈。
「なに〜〜〜〜!?」
と朱音・友紀。
「そんな馬鹿な。それきっと似た別の子だよ」
と千里は焦って誤魔化すような笑顔で言ったが、朱音も友紀も千里の言葉を信用していない感じだった。
花火大会の会場近くの駅で降りて、会場の方に歩いて行くが物凄い人・人・人である。万一はぐれた時は友紀があまり動かないようにして、友紀の所に集まろうということにする。途中あったマクドナルドで飲み物と、ついでにバーガーを注文し、道々飲みながら、食べながら、おしゃべりしながら歩いていく。
「千里最近よく食べるんだね?」
と朱音が言う。
千里は今日はダブルチーズバーガーのLLセットを食べている。ただしドリンクは爽健美茶である。
「入学当初の頃の少食が信じられない」
と友紀。
「あれは猫かぶってたとか?」
「あの時はあれが必要だったんだよ。お医者さんの指示で1日の摂取カロリーを1400kcalに制限されていたんだよね」
「1400ってかなり厳しい」
「ビッグマックのLLセットでコーラを選ぶと1230kcalくらい」
「それで1日分終わっちゃうのか!」
「お医者さんの指示?」
「そう。傷を直すのに血糖値の低い状態を維持する必要があったんだよね。でもそれがゴールデンウィークで終わって、今度は一転して筋肉を付けるのに蛋白質を充分取るように言われたから、お肉とかお魚とか食べるようにしたんだよ。その分運動もしてる。今1日4時間は運動してるから」
「そんなにしてるんだ!」
「でも必要以上にカロリー過多にならないように、糖分の摂取は控えているからコーヒーはブラックだし、こういうドリンクも烏龍茶とか爽健美茶」
「なるほどー」
「でも運動って何してんの?」
「7月に趣味のバスケットチームに入ったんだよね。そこのメンバーと時間が合う時は一緒に練習してるし、合わない日もドリブルの練習したり、ロードワークで走ったりしてるし」
「それかなりハードな練習をしてたりして?」
「それほどでもないよ。あくまで趣味のチームだから。本気でやるつもりなら大学のバスケ部に入るよ」
「ああ、そうだろうね」
「でもやはりスポーツマンなんだね!」
「千里が男の子だったら惚れてたかも知れん」
「ごめーん。ボク、女の子は恋愛対象外だから」
「・・・・・」
「ね、千里」
「うん?」
「女の子が恋愛対象外ってことは、もしかして千里の恋愛対象は男の子だったりして?」
「え? あ、えっと・・・まあいいじゃん、そんなの。あ、花火上がったよ」
友紀と朱音は顔を見合わせて考え込んでいたが、取り敢えず花火が始まったので、この話はそこまでになった。
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
女子大生たちの路線変更(1)