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塾の夏期講習は8月29日の土曜で終了した。千里は特に女生徒たちに人気だったということで、9月以降の通常の講習も受け持たないかと誘われたものの、やはりふだんの日の講習は、大学の講義との両立が困難であるとして辞退した。
正直、雨宮先生から作曲を頼まれた件で9月末までに5曲というのは、結構全力でやらないと間に合わないので、他の仕事は入れたくなかったというのもあった。5曲というのは当然ゴールドディスクが狙えるレベルの曲を5曲書くという意味である。
29日に最後の授業を終えてアパートに戻ってきたら、入口の所に貴司が座っていた。
「いつから居たの?」
「お昼頃から。朝の新幹線でこちらに出て来た」
「ごめーん。今日はバイトだったんだよ」
「いや、言わずに来た僕が悪いから」
取り敢えず鍵を開けて中に入れる。
「雨漏りはその後どう?」
「どうにもならない感じ。梅雨の間はもう達観してたよ」
「なるほどー」
「でも台所は雨漏りしないから、そこで生活すれば平気」
「そのポジティブさが千里らしい」
エアコンのスイッチを入れると、早速ツッコミが入る。
「なぜ、こんな場所にエアコンを置いてる?」
台所と居室の間に窓用エアコンがどーんと置いてあり、スイッチを入れると冷気が台所に向けて吹き出してくる。
「どっちみち、居室の方では過ごせないから。それにこのエアコンでは居室と台所の両方は冷やしきれないんだよ。パワー弱いから」
「うーん。合理的かも知れない」
冷蔵庫からビールを出して勧める。
「暑かったでしょ。まだまだ残暑厳しいもん。選手は本当は禁酒だろうけど、こんな日は少しはいいよね?」
「・・・これ、千里がいつも飲んでるの?」
「私は未成年だよ」
「じゃ、彼氏が来た時のために?」
「貴司が来た時のために決まってるじゃん」
それで貴司は千里に何か言いたげな感じで見詰めながらプルタブを開ける。それで一口飲んでから
「あれ? これ初めて飲んだ」
「ああ、昨日発売されたばかりらしいよ」
「それって・・・・」
と貴司は何か言いかけたが
「いや、騙されないぞ。これっていつもの千里のハッタリだ」
と言う。
「ふふふ。今更この程度で驚かれたら困るよ」
「そうだ。うちの実家に盆の汁粉、ありがとう」
「ううん。お葬式に行かなくてごめんね」
貴司のお祖父さんが今年の2月に亡くなったので今年は初盆なのである。それで千里は貴司の実家に塔のように積み上げる形式の汁粉のセットを贈った。もっともお祖父さんは貴司の家で暮らしていたのではなく、礼文島にある貴司の伯父の家で暮らしていた。
「いや、僕でさえ行ってない。ちょうどリーグ戦やってた時期だったから。千里も受験のまっただ中だったし。でも葬式には香典と弔電までもらっちゃったし」
「友だちとしての付き合いだよ」
と千里は言う。
「それでさぁ、うちの母ちゃんとちょっと揉めてね」
「ごめーん。私のことで揉めちゃった?」
「初盆の贈り物もしてくれて、病気の時は看病までしてくれる子と、病気の僕を見捨てて帰っちゃう子と、どちらがいいのか考えてみろって」
「あはは。マジでごめーん。私とは友だちだって説明しておいてよ」
「納得させられなかったよ!」
「まあ30歳まで独身だったら結婚してあげるから」
「いっそ今すぐ結婚しない?」
貴司はそう言って千里を見詰めた。
「緋那さんとはどうなってんのよ?」
「別れる」
「ふーん。まだ別れてないんだ?」
「僕は別れて欲しいと言った。でも彼女は別れたくないと言った」
「ふーん」
「こないだから何度か家に押しかけて来て、御飯作ってくれた」
「へー!」
「千里が買った食材をいっそ全部捨ててしまおうかと思ったけど、捨てるのもったいないし、千里の食材を自分の愛情で重ね書きして自分の料理にしてしまうんだと言ってた」
「そういう性格好きだなあ。貴司の彼女でなかったら、きっといいお友だちになれる子だ」
「でもやはり自分でも色々考えたけど、自分はまだ千里のことを忘れられずにいるから、緋那のこと、ちゃんと愛してあげられないと言った。だからあれ以来彼女とはもうセックスもキスもしてないよ」
「ふーん」
「それでも自分は僕のこと好きだから、僕が彼女のことを好きになってくれるまで頑張ると彼女は言っている」
「ほんとに好きな性格だ」
「でもやはり僕は彼女ではなく、千里のことが好きだ」
「『彼女より私のことが好き』とは言わないのが、貴司の性格のいい所だなあ」
「え? 何か変だった?」
「ううん。まあでも私も貴司のことは好きだよ」
「・・・千里、千里の新しい恋人というのは?」
「別れちゃった」
「なんで?」
「女装の男の子が彼は好きなんだよ。おっぱいくらいはあってもいいけど、おちんちんが無いと萎えちゃうんだって」
「つまり、そいつ、ホモなんだ?」
「貴司も実はホモなんじゃないの?」
「うっ・・・」
「だって、私となら逝けるのに、女の子とでは逝けないなんて」
と言って千里は貴司の顔を見詰める。
「やはり・・・・そうなんだろうか?」
と貴司は不安そうな顔をする。
「でも私も女の子だからね。貴司がホントにホモなら、私にも立たないはずだよ。多分、逝けなかったのはこないだも言ったように、女の子側が締めてなかったからだと思う」
「でもテンガでも、自分の手でやっても逝けない」
「あるいは本当に男性機能を喪失しちゃったか」
「それ実は不安でしょうがないんだよ」
「やはりここは手術して女性機能を付加して」
「だから、その話は勘弁してよー」
「じゃ、私としてみる?」
と千里は言った。
ふたりはしばらく無言で見つめ合った。
「千里としたい」
千里はそれに答えずに貴司を見て微笑んでいた。
「『私としてみたい』じゃなくて『私としたい』と言う貴司の性格って本当に良いと思うよ」
「え?何か変だった?」
「あぁあ、今日は暑かったね〜。私汗かいちゃったからシャワーしちゃおう」
と言って千里はタンスの中から自分の着替えを出すと、わざわざ貴司の目の前で裸になる。バスケをしているので引き締まった千里の裸体が露わになる。貴司がじっと自分を見詰めている、特に胸とお股を見詰めているのを感じる。でも千里は微笑んでシャワー室に入り、きれいに汗を流してから出て来て身体を拭いた。
「貴司も汗流してくるといいよ。気持ちいいよ」
「うん」
それで貴司がシャワーをしている間に千里は台所に布団を敷いてしまう。そして裸のまま中に入った。
ああ・・・睡眠の誘惑。貴司が出てくる前に眠っちゃったらごめんねー。
しかし千里が眠ってしまう前に貴司はシャワー室から出て来た。身体を拭いてから寝ている千里にキスをしようとする。しかし千里は手でそれを遮った。
「結局、私と貴司の関係って何なのかな?」
「僕は夫婦のつもり」
「夫婦なのに、他に恋人作るんだ?」
「そのあたりは凄く微妙なんだけど。千里は恋人作ったのは、僕にもう興味が無くなったから?」
「恋人作ったら貴司のこと忘れられるかなと思ったんだけどね」
と千里は正直に言った。実際には作るに至ってないけどね。
「でもほんとに千里、恋人作ってたの?」
「作ったよ。ホテルにも2回行ったし」
その2回が別の男の子だと言ったらさすがに呆れられるかな?実際はどちらともセックスしなかったけど。
「なんか嘘くさい気がするんだけどなあ」
などと言いながら、貴司は冷蔵庫を開けた。
「このビール、もう1缶もらっていい?」
「いいけど」
それで貴司はそのビールを開けた。
一口、二口、三口に分けて、貴司はビールを飲む。
そして千里に手渡す。
千里は貴司を見詰めた。貴司が真剣な表情で千里を見ている。
千里は微笑むと、そのビールを一気に全部飲んでしまった。
「えーーー!?」
「私と結婚したかったら、ちゃんと緋那さんと別れて」
「分かった」
「でも貴司として緋那さんと既に恋人ではないという気持ちであるのなら、私も貴司の友だちとしてセックスくらい、していいよ」
「うん」
貴司は神妙に返事をすると千里にキスをした。今度は千里も抵抗しなかった。
お布団の中で、ふたりの心を燃え上がらせた。ふたりの愛の儀式はわずか5分ほどで終了した。
「逝けたね」
「逝けた。やはり僕はEDじゃない」
「貴司のおちんちん、私のヴァギナとジャストサイズなのかもね」
「・・・かも知れない」
と言って貴司はしばらく考えているようだった。
「千里、エンゲージリング買ってあげるよ」
「今はだめ」
「どうして?」
「それも緋那さんとのこと、きっちりケリがつくまでは受け取れない」
「分かった。頑張る」
「時間が掛かってたら、その間に私、また恋人作るかもよ」
「うーん・・・・」
翌日。千里は貴司に付いてきてもらって、バイク屋さんに行った。
「千里、どういうのがいいわけ?」
「うん。どういうのがいいのかが、良く分からない」
「何に使うのさ?スクーターを。買物?」
「ひとつはバイト先に行くのに。通学は足を鍛えたいというのもあるから自転車なんだけど、バイト先にはすみやかに移動しないといけないから、そういう場面でスクーターを使いたいのよね。それと自分の駐車場まで行くのにスクーターを使いたい」
「それだけど、わざわざ東京都内に駐車場を借りる意味が分からない。千葉市内に借りて、そちらは解約したら?」
「雨宮先生が借りてくださったものを勝手に解約する訳にはいかないよ」
「面倒くさいなあ」
「浮世の義理だよ」
千葉−東京間を頻繁に往復するのであれば、ある程度のパワーのあるものがいいという話になる。しかし、あまり大きいモデルは千里の身体では取り回しにくい感じであった。
結構な台数を見ていった後で、貴司が一台のスクーターに注目する。
「千里、これは?」
「なんか手頃なサイズだね」
「ちょっと座ってみ」
「うん」
それで試しに腰掛けてみると、割といい感じだ。
ホンダのディオチェスタである。
「ディオの系統は実用性の高さに定評があるんだよ。見た目より実用性重視の千里には合うと思う」
「ふーん。でも外見も悪くないよ、これ」
スタッフさんが出て来て、少し走らせてみますか?というので構内をちょっと走ってみた。
「割といい感じ。これ3万円でしたっけ?」
「いえ6万8千円です。諸経費込みで9万5千円になります」
「高い! せめて《込み》7万で。今キャッシュで払うからさ」
「それでも無理ですよ〜」
「千里、これ充分安いと思うけど」
「貴司、大阪人らしくない」
「千里は充分大阪のおばちゃんだ」
「これはかなりの出精価格なので、これ以上の値引きは無理です」
「そこを何とか半額で」
「無茶言わないでください」
そんなことを言っていた時、千里は少し離れた所に同型のスクーターがあるのに気付く。ただしかなり年季が入っていて、塗装も日焼けしているし、シートも少し破れていたりする。
「あ、そこにあるのは?」
「あれは動かないんですよ。部品取り用ということで」
「でも1万8千円って書いてある。諸経費を入れたら?」
「えっと、4万円になりますが。始動しなかったので、年数も経っていることから敢えて修理はしないことにしたもので」
とスタッフさんは言ったのだが、千里は
「じゃ動いたら、整備してその値段で売ってくれます?」
と言う。
「いいですよ。無理だと思いますけど」
それで千里はそのスクーターに跨がり、車輪をロックし、メンテナンススイッチをonにする。そしてスタータスイッチを微妙な長さと間隔で3回押す。
「掛かった!」
「嘘! どうやっても掛からなかったのに」
「これなら修理できる見込みあります?」
「あります。というか1度でも始動すると状態が良くなるんですよ。それ停めないでください。しばらく動かしておきたい」
「じゃこれを整備して4万円で」
「うーん。。。整備費にせめて1万円くらい出してもらえません?」
「いいですよ。じゃ5万円で」
「じゃ頑張って修理しますから」
「よろしくお願いします」
ということで、千里はこのスクーターを整備してもらい諸経費込み5万円で買うことにしたのである。そして耐久年数を遥かに超えていたにも関わらず、このあと4年間、千里の足として活躍してくれることになる。
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女子大生たちの二兎両得(8)