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8月8日(土)。千里たち千葉ローキューツのメンバーは車3台に相乗りして茨城県稲敷市の江戸崎体育館へと向かった。この日行われるシェルカップに出場するためである。この日は、いつも練習にも顔を出している夢香がどうしても来られないということだったので、代わりに麻依子が東京都内の会社に勤めている旧知の佐藤玲央美を助っ人に呼んできた。
「助っ人が使えるの?」
「この大会はオープン大会だから、1人の選手が複数のチームに出場するのだけは禁止だけど、そうでなければ誰が参加してもいい。取り敢えず女子の部には女子しか出場できないけどね」
「あはは。女子ね。私いいんだっけ?」
と千里が麻依子に訊くと
「女子選手だよね?登録証持ってるよね?」
と訊くので
「うん」
と答えると
「問題無いじゃん」
と麻依子は言う。
浩子たちは千里の性別のことを知らないので、何だろう?という感じで聞いていた。
「でも佐藤さん、自分のチームの規定には引っかからないの?」
「私、今どこにも所属してないから」
「うっそー!?」
「佐藤さんのレベルなら、実業団で即戦力じゃないの?」
「私、中学高校の6年間で燃え尽きちゃったんだよ。だからウィンターカップの終わった後、7ヶ月間何も練習してないから、勘がにぶってると思うけど」
「なんか6月に千里が言ってたのと同じこと言ってる」
と浩子。
「ふーん」
と言って佐藤さんは千里を見る。
「私も中学高校で燃え尽きた感じだったから、大学のバスケ部にも入らずに非スポーツ少女みたいな顔してたんですけどねー。でもなんかまたやりたいって衝動が抑えられなくなって。ひとりで練習してたら浩子たちと偶然遭遇して練習に誘われて、なしくずし的にメンバーに」
「ほほぉ」
「でもきっと佐藤さんなら、今からでも実業団や上位のクラブチームで勧誘したいと思っている所ありますよ」
「そうかなあ。今の時期はもうレギュラーが確定しているから、必要ないんじゃないかなあ。それに村山さんみたいなガード、特にシューターは希少だから需要があるけど、私みたいなフォワードは捨てるほど人材がいるもん」
「いや、佐藤さんの実力は捨てがたい」
「錆び付いてるよ」
「あ、でもひとりだけ苗字呼びも不自然だから名前で呼んでいいですか?」
と浩子が言う。
「OKOK。玲央美なりレオちゃんなりで」と本人。
「あ、レオちゃんって可愛い」と浩子。
この大会は昨年から始まったもので今回が第四回だが、女子の部は今回が最初ということであった。エントリーしていたのは8チームだったのだが・・・。
「女子の部、参加予定だった****がキャンセルの連絡がありました。この会場に来ておられる女性の方々で、飛び入り参加してみたいという方はおられませんか?女性5人いれば参加できます。男性の方でも今すぐ性転換すれば参加を認めます」
などと言っている。
「今すぐ性転換すればってどうすればいいんだ?」
「まあ、おちんちんを切り落とせば」
「試合に出るためにおちんちん捨てる気概のある人なら女子として出場を認めてあげていい気がするな」
麻依子が苦しそうにしている。もう!
10分ほどして再度放送がある。
「近隣のTS大学の女子バスケット部の1年生のみなさんが出場してくださることになりました」
それを聞いて、千里も麻依子も玲央美も、きっと引き締まった顔をする。
そこには自分たちと北海道で激しい戦いをした中島橘花(旭川M高校)や松前乃々羽(釧路Z高校)が居る。1年生ということならあの2人もメンツに入っているかも知れない。
1回戦の相手は水戸市内の中学生チームだった。
この相手には千里たちも本気は出さない。軽く流して62対32で勝った。
同時刻に他のコートで行われた他の1回戦では、先月の千葉クラブ大会で決勝戦を争ったサザン・ウェイブス、東京のママさん?チーム江戸娘が勝ち残った。TS大学1年生チーム・TSフレッシャーズも当然勝ち残っている。
この日はこの1試合だけなのでそれで帰還する。結局この日は橘花たちの姿を見ることはできなかった。
翌日午前中に準決勝が行われる。相手は東京の江戸娘である。「娘」を名乗っているが全員30代という感じ。多くがママさん選手のようだが、この人たちが無茶苦茶強かった。
おそらく全国レベルで戦った経験のある人が数人入っている。他の人もたぶん都道府県大会の上位で活躍したことのある人たちばかりだ。
実力がある上に試合に慣れている感じであった。こちらは去年からやっているのは浩子と夏美のふたり。4月から麻依子、7月から千里が入って、まだ充分こなれているとは言えない。更に玲央美は今日飛び入りの助っ人だ。
それでコンビネーションの乱れを突かれて前半はかなり苦戦する。一時はリードを奪われたものの、その状況で玲央美が覚醒した感があった。
後半になると麻依子とふたりでリバウンドを取りまくるし、相手のシュートをブロックしまくる。玲央美は高校時代の千里のシュートをことごとく封じた数少ない選手だ。彼女が本気を出すとマッチングした相手のシュートはほとんど叩き落とされる。結局後半だけ見るとトリプルスコアという凄いことになって、最終的にはローキューツが圧勝した。
「玲央美、勘が戻ったね?」と麻依子。
「いや、覚醒したでしょ?」と千里。
「うん。何だか楽しくなった」と玲央美。
そして午後からの決勝の相手は昨日朝になって飛び入りエントリーしたTSフレッシャーズだが・・・・
試合開始前からハグ大会である。
向こうは橘花、乃々羽の他、秋田N高校に居た中折渚紗、岐阜F女子高に居た前田彰恵、福岡C学園に居た橋田桂華というメンツ。5人だけで交代要員はいないようだ(後で聞いたら5人で霞ヶ浦の見物に来ていて、たまたま近くでバスケット大会をしているのに気付き寄ってみただけだったらしい)。
千里も玲央美も中折さん・前田さん・橋田さんと戦った経験があるのでハグしあう。橘花・乃々羽と、千里・麻依子・玲央美もハグしあう。
しかしこんな凄い選手が揃ってたら、大会主催者は飛び入りエントリーを認めたのを後悔してんじゃなかろうかと千里は思った。
玲央美と橘花でティップオフして、玲央美が貫禄で勝つ。千里がボールを取りドリブルで運ぶ。中折さんが前に立ちはだかりマッチアップ。一瞬の気合勝負で千里が勝利して突破して向こう側へドリブルで抜ける。そのままスリーを撃って3点。ローキューツが先制して試合は始まる。
ほんとに激戦だった。どちらもマジモード全開。全力の真剣勝負である。
オープンのクラブ大会ということで、のんびりした試合を想定していた人たちが思わず息を呑むようなハイレベルの試合になった。ダンクあり、アリウープありで、男子顔負けの大技が炸裂する。千里は妨害されながらも遠くからスリーをどんどん決める。実際これインターハイの3回戦程度のレベルはあるよなと千里はプレイしながら思っていた。
得点も抜きつ抜かれつである。前半を終わって32対28、第3ピリオドまで終わって46対46の同点という展開。お互いにかなり消耗していたが、向こうが交代要員無しで戦っているのに敬意を表して、こちらも選手交代はせずに戦っている。もっとも茜は
「これ私や美佐恵が出たら、そこが即穴になっちゃう」
などと言っていた。
残り80秒で58対55の所で中折さんがスリーを決めて61対55と突き放す。しかし残り65秒で千里もスリーを決めて61対58と追いすがる。更に橘花と麻依子が2点ずつ取って63対60。TSフレッシャーズの3点リード。
残り35秒で3点差なのでTSフレッシャーズはゆっくり攻めようとするが、千里がドリブルしていた橋田さんの意識の隙にうまく入ってスティールを決める。そのまま自らドリブルして駆け上がり、スリーポイントラインの直前で停まる。即撃つ。きれいに決まって63対63と同点に追いつく。
残り12秒。速いパスの連絡で前田−橋田−中折とつなぐ。中折さんはスリーポイントラインの所で停まるが玲央美がそばに付いている。いったん反対側のサイドにいる橘花にパスする。橘花はドリブルしながら次の一手を考えているふう。橘花の前に麻依子がいる。
橘花はそのまま強引に進入するが、当然そのままではシュート困難。残り2秒で廻り込んできた中折さんにパス。千里がパスカットを試みるができず、中折さんはそこから撃つ。中折さんをマークしていた玲央美がブロックするのにジャンプし、指で弾いて軌道を変える。
が、その軌道を変えられることまで中折さんは計算していた。
試合終了の笛が鳴った後、ボールはバックボードに当たり、きれいにゴールに吸い込まれる。玲央美は天を仰いだ。
「65対63でTSフレッシャーズの勝ち」
「ありがとうございました」
試合終了後、またまたハグ大会となった。
そういうわけでシェルカップ初の女子の部では、ローキューツは準優勝に終わったのであった。
「最後のプレイは中折さんが絶対入れてくれると信じてぎりぎりまで時間を使った橘花の頭脳プレイだよね」
と麻依子が言う。
「千里が居れば残り3秒あれば3点取られて逆転というのが分かっているから、こちらに時間を残さないようにしたんだよ」
と玲央美も言う。
残り3秒あれば麻依子か玲央美からのロングスローイン+千里のスリーポイントで3点というのは、充分可能なプレイである。ラスト2分を切ってからの得点後スローインは、スローインされたボールが他の選手に触れた所から時計が動き出すルールだ。
「中折さんのシュート精度に絶対の信頼があるからできるプレイ。まあこちらでも私と千里のコンビネーションで可能なプレイでもある」
と麻依子。
「だけどバスケットって楽しいね」
と玲央美は言った。
「楽しいでしょ?」
と麻依子。
「また少し練習しようかなあ」
「どこか入るチームが決まるまではうちで練習してもいいよ」
「そうさせてもらうかも。麻依子や千里のレベルとマッチアップとかすると心が奮い立つよ」
そう言って、玲央美は麻依子や千里、浩子らとハグした。
8月12日(水)。千里が塾の夏季講習を終えて、相乗りの車で駅前に戻り、帰りのバスに乗るのに、バス乗り場の方に行こうとしていたら、ばったりと同級生の宮原君に会う。
「わ、村山君か」
「こんばんわー、宮原君」
「村山君が背広着てる所とか初めて見た」
「ボクだって、男だもん。背広くらい着るよ」
「ふーん」
と言って、宮原君は少し考えているふうである。
「あ、そうだ。今日何か用事ある?」
「ううん。なんで?」
「いや、実は紙屋と一緒に映画見に行こうと言ってたんだけど、あいつ急用ができたとかで来れなくなったんだよ。それでひとりで見てもつまらないなと思ってさ、良かったら一緒に見に行かない? 映画代おごるから」
あはは清紀か。彼、私のこと何か宮原君に言ってないよな?などと思う。
「何の映画?」
「エヴァ」
「はははは」
「嫌い?」
「いいよ。一緒に行こうか」
それで結局電車で移動してシネコンに行く。
「じゃ宮原君がチケットおごってくれるなら、ポップコーンとかジュースとか、ボクが買うよ」
「あ、うん。よろしくー」
窓口に行き、宮原君が
「大人2枚」
と言って千円札を4枚出したのだが、係の人はこちらをチラっと見ると、千円札を1枚返す。
「本日は女性の方はサービスデーになっておりまして1000円でいいですので」
と言って、普通のチケットと、レディスサービスと印刷されたチケットを発行してくれた。
「ん?」
と言って宮原君はこちらを見たが
「まいっか」
と言って、そのレディスサービスと印刷されたチケットを千里に渡してくれた。
「村山君って背広着てても、女の子に見えちゃうんだね」
「えへへ。実はボクいつも映画は水曜日に見に来てる」
「レディスデイの常用者なんだ!」
「あははは」
映画を見終わった後で千里が「ちょっとお手洗いに」と言うと、宮原君も僕もと言ってトイレの方に行く。
そして千里は普通に!女子トイレに入る。え?という声を聞いた気もした。出てきたところで宮原君が待っていた。
「村山君、やはりそっち使うんだ?」
「え?」
「いつも女子トイレなの?」
「え?え?」
と言って千里はトイレの男女表示を確認する。
「あ、ボク女子トイレ使っちゃったのかな?」
「その格好で騒がれなかった?」
「別に」
「むしろ村山君って、男子トイレに居ると騒ぎが起きている気が」
「あはははは」
映画館を出た後、何となく流れで、深夜営業しているハンバーガーショップに入る。
「宮原君、最近少し悩んでいるみたい」
と千里は言った。
「うん。実は他の子から聞いてるかも知れないけど、僕来年医学部を受験しなおそうかと思っているんだよね」
「それで、今のまま大学の勉強をしながら受験勉強もするのか、あるいはもう大学の方は諦めるのか、悩んでるのね?」
「うん、実はそう」
「占ってあげようか?」
「あ、村山君占いするんだ」
「うん。ボク、中学の頃に神社で巫女してて、占いを覚えたんだよ」
「へー」
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女子大生たちの二兎両得(6)