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■女子大生たちの二兎両得(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-07-25
 
6月の中旬。千里が町の文房具屋さんで五線紙を買っていたら、同級生の友紀とバッタリ会う。
 
「五線紙? 千里、楽器とかするの?」
「あ、うん。楽器は洋楽器なら、ピアノ・ヴァイオリン・フルート・ベースとするかな。和楽器だと龍笛と篠笛」
「いっぱいするね!」
 
「高校時代バンドをしてたんだよ。人数だけは10人以上いたんだけど、みんな部活とか塾とかで忙しくてさ、それでお互いに来てない人のパートを代替してたから、いろんな楽器を覚えたんだよ」
「なるほどー」
 
「友紀は何買いに来たの?」
「うん。万年筆のインク」
「へー。万年筆とか使うんだ?」
「結構好きなのよねー」
 

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それで、ごく自然に、買物した後、近くのスタバに入り、おしゃべりとなる。
 
「宮原君、やはり来年医学部受験しなおすつもりらしいよ」
「へー。じゃ理学部は辞めちゃうの?」
「在籍したままにするつもりみたい」
「でもそれだと大学の勉強と、受験勉強の両方しないといけない」
「うん。もっと楽な学部ならいいけど、理学部と医学部の受験勉強、同時進行は辛いよね」
「在籍したまま、受験勉強だけをする手もあるけど、その場合は、合格できなかったら、確実に留年」
 
「やはり二兎を追うのは無理なんじゃないかなあ」
「同感」
 
「二兎というとさ、玲奈って二股してるよね?」
と友紀は少し小さい声で言った。
 
「あ、思った。メールの着信音が『そばにいるね』の子と『ポリリズム』の子でしょ?」
と千里。
 
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「ああ、着メロか。それには気付かなかった。いや、玲奈の話聞いてると、どうも傾向の違う2種類の彼氏の話があるような気がしてさ」
 
千里は少し考えたが、すぐに分かった。
 
「自動車とアニメが好きな子と、野球やってる子だ」
「そうそう!」
 

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「ところでさ」
と言って友紀は更に小さな声で言った。
 
「千里の性別疑惑の問題」
「疑惑があるの〜?」
 
「こないだ女子トイレに居たよね?」
「ごめーん。男子トイレが空いてなくて、もう我慢できなかったから」
「女子トイレに入って、騒がれた?」
「全然。騒がれたら、警察に逮捕されてる」
「列に並んだ?」
「並んだー。でもほんとに緊急避難だったんだよ」
 
「いや、列に並んでいて、誰も騒がないというのは、つまり千里が女子トイレを使っても問題無いということだよ」
「そ、そうかな?」
 
「そもそも列に並べるということは、普段から千里が女子トイレを使っているということ」
「そうなるの?」
「だって普通の男子が、緊急避難ででも女子がたくさんいるトイレに入ってきて、堂々と列に並べる訳がない」
「そういうものかな?」
「だから、千里はきっと大学の外では女子トイレを使っているに違いない」
「そんなことないよー」
 
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「大学でも、普段から女子トイレを使いなよ。どうも男子たちの話を聞いてたら、千里は男子トイレを使ってて、いろいろトラブルの元になってる雰囲気だぞ」
「えー。でも私、戸籍上男子だから」
 
「戸籍上男子でも医学的には女子だということは?」
「まさか」
 
「いや、こないだの健康診断の時に女子の時間帯に千里を見かけたような気がしてさ。どこで見たのか記憶が曖昧なんだけど」
「女子の時間帯に居る訳がない」
 
「宮原君や佐藤君が男子の時間帯に千里を見たと言ってたからなあ。私の勘違いなのかなあ」
「誰か似た子がいたのでは?」
 
「まあ、いいか。今日はそういうことにしておこう」
と友紀は微妙な表情で言い、この件の追及を中止した。
 
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「でも千里、男と女の両方を生きようとしているんじゃないよね?」
「それはさすがに無理だと思うなあ」
と千里は少しギクッとしたことは隠しながら答える。
 
「おちんちん付いてたら女はできないし、おっぱいが大きくなったら男はできないし」
「でも、おちんちんも、おっぱいもある人いるよね?」
「ああ。おっぱいを大きくするのは比較的簡単にできるけど、おちんちん取っちゃうのはお金が掛かるから」
 
「あれっていくらくらいするの?」
「タイで手術した場合で、だいたい100万円くらいが相場だよ」
「ふーん。相場を即答できるんだ」
「えーっと知り合いに手術したいって言ってた人がいるから」
「その知り合いって、千里自身ってことは?」
「まさかぁ。ボク別に性転換手術とかしたくないよ」
 
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「それって絶対嘘。そうでなかったら、既に性転換手術を済ませてるから、更に性転換するつもりは無いということ?」
「なんでそうなるの〜?」
 

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「そういえば千里、大学ではバスケはしないの? 高校の時はインハイまで行ったんでしょ? そこまでやってたのに辞めちゃうの?」
 
「高校の部活と大学の部活って格差があるからね〜。高校の時頂点近くまで行った人でも、大学では辞めちゃう人が多いみたいだよ」
 
「でも突然やりたくなったりしない?」
 
千里は微笑む。
 
「実はこないだ急にやりたい!って衝動を覚えて、新しいバッシュとマイボール買っちゃった」
「おっ」
 
「それでひとりで時々練習してるんだよ。ドリブルしてシュートして」
「へー!でもバスケってひとりでは出来ないのでは?」
 
「そうなんだよねー。今練習している所でよく会う子たちがいるんだよ。向こうも人数が少ないから、一緒に練習しない?と誘われて、パスやマッチアップの練習してたんだけど、いっそ、うちのクラブに入らない?とか誘われてるんだよね」
 
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千里が千葉ローキューツに入るのはこの月の月末である。
 
「ああ、だったらそういうのに入ってもいいんじゃない?」
「今ちょっと迷ってる所」
「クラブチームなら丸刈りにしなくてもいいんでしょ?」
「丸刈りにはしたくなーい」
「実際、千里みたいな子を丸刈りにしちゃうのは、犯罪的って気がするよ」
 
ちなみにこの時点では、さすがの友紀も千里が、まさか《女子バスケ部》であったとは、思いもしなかったのであった。
 

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6月30日は神社では「夏越しの大祓」が行われる。大祓は毎年6月と12月の末日に行われるもので、その趣旨は《大祓祝詞》に書かれている通りである。
 
・国中の罪穢れを神様たちが全部吹き飛ばして川に流してしまい
・川に流れてきた罪穢れを全部海に流してしまい
・海に流れてきた罪汚れを速アキツ姫という神様が全部飲み込み
・息吹戸主という神様がそれを地獄に持って行き
・速サスラ姫という神様がどこかに持って行ってしまう。
 
そうしてこの国から罪穢れは消えてしまうのだ、ということで浄化の祭りである。速サスラ姫はきっと、日本海溝の奥底にあるマントル対流の吸い込み口にでも放り込んでしまうのだろう。
 
中学1年の時から神社に奉職してきた千里は毎年この祭りをしてきている。しかし中学生は21時、高校生は22時で帰すことになっていたので、いつも祭りを途中で退席していた。今年は初めて最後まで残ることになった。
 
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22時過ぎてから神事は始まる。千里は龍笛を吹いてと言われて雅楽隊に参加する。その雅楽の調べが鳴り響く中、真っ白い衣装の神職さんたちを先頭に参列者の人たちが境内に設けられた茅の輪をくぐる。そして、境内の拝殿前に並ぶ。参列者の人たちを大麻(おおぬさ)・鈴を振って祓う。大麻は禰宜(ねぎ)の森原さん、鈴を振るのは、田口副巫女長がおこなった。
 
その後、人形(ひとがた)を境内の川に流す。参列者の人にはその場で名前を書き、息を吹きかけ身体をさすってもらっているが、郵送してきている氏子さんたちもいるので、人形は大量にある。これを拝殿近くから流し、鳥居近くのところに網を張っておき、そちらではスタッフが回収する。
 
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この作業が結構続いた後、大祓の祝詞が唱えられる。その祝詞の最後、全ての罪穢れが速サスラ姫によってどこかに持って行かれるというくだりが唱えられていた時、唐突に雷鳴がし、雨が降ってくる。
 
参列者が一瞬ざわめくが、幸い濡れるほどの雨ではなく、軽いおしめりとなり、その後、さわやかな風が吹いてきたので、むしろこの時刻でも残る暑さを少し緩和してくれた。
 
(この晩、神社の裏山にUFOを見た人があり、その写真もブログにアップされていた)
 

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祭礼を終えて着替えるのに社務所の方に戻ろうとしていたら、笙を吹いていた女性神職さんに呼び止められる。
 
「はい?」
と言って、その顔を良く見たら、出羽の美鳳さんのお友だちの・・・・確か浜路さんだ。
 
「全然気付かなかった!」
と千里は本気で驚いて言う。
 
「最初からおられました?」
「いたよ」
「この付近の神社に奉職なさっているのでしょうか?」
「私たちは座敷童と同じで、そこに居ても誰も違和感を持たないんだよ」
「へー」
 
「でも相変わらず凄い龍笛吹くね」
「お褒め頂いてありがとうございます」
「龍が10体も来てた」
「今日はお祭りのエネルギーが凄いからですよ」
「高野山のZZ龍王まで来てた」
「なんか凄い方がおられると思いました」
「それにしてもあんたが龍笛吹くと、誰かが雷落とすね」
「楽しいみたいですよ。龍さんも」
 
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「あ、それで今日は美鳳姉さんの代理で来た。何か忙しいみたいで」
「あの人も色々仕掛けをするのが好きみたいで」
「ふふ。それでね。あんた性転換手術を受けてから155日になる」
「・・・・・」
「これまで食事制限して血糖値を下げて治療優先で来てたんだけど、これから取り敢えず秋までは、たくさん食べて身体を戻そう」
「どのくらい食べるんですか?」
「高2の時みたいに、たくさん、お肉・お魚食べて、牛乳飲んで。蛋白質をたくさん摂って、身体も鍛える。千里は女性ホルモン剤を飲む必要がないから傷の治療さえ終われば、血糖値はあまりシビアに考えなくてもいいんだよ」
 
「・・・・。でも連休明けから自分の身体が凄く頼りなかったです」
「まあそうだろうね。半年も身体を動かしてなかったら筋肉落ちちゃうからね」
「その落ちちゃった筋肉をまた付けるんですね」
「そう。頑張ってね。あなたが今から鍛えた身体で、あんたは高2のインターハイ佐賀大会に出るんだから」
 
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「なんか、そのあたりのタイムパラドックスが私にはよく分からないんですけど。もし私が身体を鍛えなかったらどうなるんでしょう?」
「私にもそういう難しいことは分からないけど、パラドックスが起きないように頑張ろう。とにかく今あんたは体内時間では2008年4月16日。高3の春の身体になってるから」
 
「頑張ってみます」
 

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それで千里は神社を出た後、終電で東京に出て自分の車の駐車場に行く。それで24時間開いているスーパーに行き、少しお買物をした。
 
食事を増やせと言われても、それまで1日1400kcal程度で過ごしていたのを突然増やしても胃が受け付けない。それで少しずつ増やして行こうと考える。
 
取り敢えず、野菜とお肉を買ってきて、その夜はキャベツ・もやし・ピーマン・マイタケ、豚肉300gで野菜炒めをしたが、半分くらいしか食べきれなかった。
 
やはり食事の量を戻すには時間が掛かるなということで、その夜は寝た。
 

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翌朝は5時に起きた。睡眠時間は4時間くらいだ。千里が住んでいるアパートは千葉北ICに近くけっこう道路の交通量があるのだが、まだ早朝なのでそんなに車は多くない。特に裏道は少ないので、そういう道を愛用のスントの腕時計で時間と方角を確認しながら、1時間ほど軽くジョギングしてくる。
 
やはり1ヶ月半ほど前からバスケの練習を再開していた効果か、あまり息切れせずに1時間走り切ることができた。整理運動をしながら帰宅して、シャワーを浴びる。やはりシャワーの付いてる所を借りられて良かったなと千里は思った。
 
着替えて昨日の野菜炒めをレンジで温め、豆腐の味噌汁を作り、ジョギングしていた間に炊いていた御飯を食べる。御飯には納豆を掛け、牛乳も200cc飲む。満腹感を少し越えた所まで食べてから、お片付けをし、ボディコロンを身体に掛けてから今日使う教科書・ノートを確認し、自転車で学校に出かける。
 
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こうして千里の「リハビリ生活」は始まった。
 

その日、学食に真帆・友紀・朱音・玲奈の4人と一緒に行って、おしゃべりしながら食べていた時、ふと朱音が「あれ?」という顔をして言う。
 
「千里、品数が多い」
「うん。実はこないだから、バスケの練習を再開したんだよね。それでカロリー消費するから、御飯も少し増やすようにした」
 
「へー」
「でもライスは、いつものように小なんだ?」
「そうそう。炭水化物の量はあまり増やさない。蛋白質を増やす。少し体重も増やそうと思っているんだよね」
「でもそれでメンチカツの単品を追加したんだ」
 
「今体重何kgだっけ?」
「46kg」
「少なすぎ!」
「うん。だから半年で5kg増やすの目標」
「5kg増えて51kg?それでも少なすぎ!」
 
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「今朝は1時間ジョギングしてきた。学校の帰りには体育館で少しドリブルとかシュートの練習するつもり」
「おぉ、凄い」
 
普段練習している体育館はローキューツで借りているロッカーがあるのでそこに置いているボールを使える。実は自分のバッシュもそこに置かせてもらっている。これは「千里、うちのロッカーいつでも使っていいよ」と浩子から言われて暗証番号を教えてもらっていたのである。
 

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