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■女子大生たちの縁結び(8)

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そんな少し腹芸的な会話もあったものの、ふたりの会話はやはりバスケのことがほとんどであった。最近のNBAやJBLの注目選手の話、また技術的な話なども随分した。貴司は今いるチームの各選手の話も裏話付きで色々話してくれたが千里は
「貴司もきっと裏話付きで噂されてる」
と指摘する。
 
「気にしない」
「噂が暴走してたりして」
 
「まあ、なるようになるさ」
 
その言葉は自分たちのこの後の展開のことのようにも千里は感じられた。
 
やがて11時をすぎるので京田辺市に移動することにする。山を降りて駐車場のところまで行き、また千里が運転席、貴司が助手席に乗って車は出発する。千里は試合のある体育館の駐車場に直接車を乗り入れた。
 
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「見ていかない?」
「見ていこうかな」
 
それで一緒に体育館の中に入り、貴司はチームの控室に、千里は2階の観客席に行った。
 

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千里が観客席に座った時は相手チームがコートで練習していたのだが、やがて彼らが下がって貴司たちのチームが練習を始める。それを船越監督が見守り、いろいろと指示を出している。披露宴の時も静かな雰囲気の人だなと思ったがコート上の選手への指示も静かに行っている雰囲気である。船越監督がこちらを見た時、一瞬目が合うので千里は会釈する。すると向こうも会釈を返してくれた。
 
練習が終わった後、少し休憩時間に入ったようである。試合は13時からと言っていた。今12:30なので30分ほど休憩になるのであろう。千里が少し目を瞑って身体を休めていたら貴司が近づいてくる。その気配で覚醒して笑顔で貴司を見る。貴司がドキっとした表情をした。
 
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「あ、えっと千里。これうちの監督が書いてくれた推薦状」
「ああ。例の話か」
と言って千里は封筒の中の紙を出す。
 
「何これ?ちょっと気恥ずかしい」
 
手紙にはこう書いてある。
『千葉市内に住む村山千里君を紹介します。高校時代にインターハイでBEST4になったチームのSGです。スリーポイントの名手でチーム得点の3割くらいをいつも稼いでいました。1on1も上手いしスティールなども巧い。パスをするのも受けるのも巧い。ロングパスを直前まで振り向かずにキャッチするので後ろに目が付いてるなどと言われていました。彼女自身いろいろ忙しいようなのですが、時間などが合えば、取り敢えず練習に参加させてもらえないでしょうか?
船越涼太』
 
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「なんかまるで凄い選手を紹介するみたい。貴司随分誇大広告したでしょ?」
「いや、千里は凄い選手だから」
「ふーん。クラブ名は千葉ローキューツか」
と推薦状の宛名を読んでから
 
「ローキューツ!?」
と自問する。
 
「どうかした?」
「いや、このチームの子たちとこないだから何度か一緒に練習した」
「へー!」
「体育館で偶然一緒の時間になったんだよ。それで一緒にやりません?とか言われて」
「じゃ、縁があったんだ」
 
「うむむ。どうしよう? 推薦状なんて放置するつもりだったのに」
「取り敢えず、持って行ってみれば? うちの監督、電話しとくからって言ってたよ」
 

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貴司の試合の相手は大学生のチームのようだが、かなり強い所である。はっきり言って勝負になっていなかった。完璧なワンサイドゲームなのだが、それでも貴司や、フォワードの人(後で真弓さんという人だと知る)は相手の強烈なディフェンスをかいくぐって何とか得点をあげていた。この2人でMM化学の得点の大半を稼いでいる雰囲気であった。
 
試合は122対46というトリプルスコアで大学生チームの勝利だったが、試合終了後、貴司や真弓さんは向こうの選手から握手を求められていた。
 
千里は、ふと貴司にそそがれている視線に気付き、その視線の元を探した。あ、あの人か。。。
 
千里は入口から入って右側の観客席で見ているのだが、その視線の人物は入口側の観客席で見ている。清楚な感じのブラウスにプリーツスカート。ふーん。これが貴司の彼女か。
 
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千里が彼女を見てしまったせいか、彼女も「え?」という感じでこちらを見た。視線が合ってしまったので、千里は笑顔で会釈をする。しかし彼女はこちらを険しい目で見た。ふふふ。やはり女同士、こういうのは勘で分かるよね?宣戦布告かな?上等! まあ私は勝負自体するつもりは無いけどね!
 

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千里は4月下旬から家庭教師のバイトをしていたのだが、一応契約は2ヶ月単位になっている。千里はこれを更新しないことにした。それでお仕事は6月末で終了となる。
 
「先生が来るとあの子、熱心に勉強していたのに残念だわあ」
などとお母さんから言われるが、この子の場合、その、人が来ないと勉強しないというのが最大の問題なのである。
 
「済みません。自分自身の勉強の方が思ったより忙しくて、続けられない感じなんですよ」
と千里はお母さんには言っておいた。
 
「ああ、理系は大変なんでしょうね」
 

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家庭教師のバイトをやめたのは教える以上こちらも結構な準備をしなければならない割りに、実入りはそれほどでもないので「割が合わない」という問題が大きかったのだが、それでは次は何をしようと思う。
 
学生課に顔を出すか、あるいはバイト情報誌で探してみるかなあと思っていた時に、父の古い友人で、漁師を辞めた後、東京に出て来ている福居さんという人から連絡があった。
 
父の友人なので、その手前千里は男装で会いに行った。
 
「確か千里ちゃん、千葉に来たと言ってた気がしたから、武矢さん(千里の父)に連絡して、電話番号教えてもらったんだよ」
と福居さん。
 
「だけど武矢さんもがんばってるみたいだね」
「何個か落としてしまった単位もありますけど、必修科目は確実に取っているので、多分このままこの秋には卒業できると思います」
 
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千里の父は地元高校の臨時講師をしつつ自分もNHK学園高校で勉強しているのである。
 
「じゃ、向こうは千里ちゃんに半年遅れで高卒になるんだ」
「ですね」
 
「だけど千里ちゃん、少し髪が伸びたね」
と知人は言う。
 
「そうですね。高校時代はバスケするのに五分刈りにしてましたが。やめたので少し伸ばしてもいいかなと。スポーツもしないのに丸刈りにしてたら別の筋の人と間違われそうで」
「ああ、そっちとは関わりたくないよね」
「ですね」
 
「千里ちゃんとこ、バスケは強かったんだっけ?」
「うちの高校、女子は強くて私の在学中もインターハイとか行ったんですけどね。男子はそれほどでもなくて道大会準優勝が最高でした」
「いや、道大会準優勝も凄いよ」
 
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多少世間話をした上で本題に入る。
 
「実はね。知り合いから塾の夏期講座の講師をしてくれる人がいないかって打診されてね。千里ちゃんのこと言ったら、C大学の学生さんなら歓迎ということなんだよ。もし興味あったら、と思ったんだけど」
 
「あ、やってみたいです。私、人に教えるのは好きです」
 

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それでその塾まで連れて行ってもらった。塾の社長さんと面接をする。
 
「何かで人に教えたことはありますか?」
「ええ。4月から6月まで家庭教師をしていました」
「そちらは辞められたんですか?」
「ええ」
「辞められた理由は?」
「やはり勉強の方が忙しくなってきたので。高校生に全教科教えていたので、こちらの準備も凄まじかったんですよ」
「なるほどですね」
「夏休みの間で担当教科が多くなければ時間は取れると思います」
「了解です」
 
ちょっと講義をしてみてくれと言われて、渡された英語のリーダーのテキストを元に、塾の事務の人?数人を相手に講義をしてみた。
 
「分かりやすい教え方ですね。英語の発音もきれい」
と言われて、《試験合格》のようであった。
 
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「夏期講座は**女子高の校舎を借りて、7月18日から8月29日まで行われるのですが、そちらの御都合はどうですか?」
 
「毎週日曜は、うちの研究室でゼミやってるんですよ。平日は都合の付かない先輩なども入って。それから8月3日から7日が期末試験で、あと8月8-9日も別件で予定が入っているので外してください。その前も7月中は平日は試験前の授業なので外してもらうと助かるのですが」
 
「では7月18日,25日,8月1日と、その後、8月10-12日,17-22,24-29日の合計18日間お願いしていいですか?13-16日はお休みになるので」
 
「はい、それでお願いします」
 

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千里は服装も注意された。
「今日は面接なのでその程度の服装でも構いませんが、講義ではスーツを着ていただけますか?」
「あ、はい」
「それから髪が少し長いようなので、もう少し切ってください」
「分かりました」
 
千里のこの時期の髪は「女子にしては短い」のだが、「男子にしては長い」のである。
 
それで千里は約1年ぶりに散髪屋さんに行くことになる。
「済みません、耳が出るくらいまで切って下さい」
と言って後は目を瞑っていた。
 
まだ丸刈りされるんじゃないからいいけど、もう床屋さんには来たくないなと千里は思う。この仕事もこの夏だけかなあ。私には男は装えないもん。
 

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背広については貴司に電話して頼んだ。
 
「貴司さ、背広1つしばらく貸してくんない? こないだ言ってた1万円のスーツでもいいからさ」
「はあ? そんなもの何すんの?」
「実は塾の先生なのよ」
「まさか、千里、男の先生なの?」
「お父ちゃんのお友だちの紹介だったから、なりゆきで」
 
「千里、私、女になりましたってお父さんにカムアウトすべきだと思う」
「それはいつかやるけどさ」
「だいたい20歳になったら戸籍の変更しないといけないから、その時はどっちみちカムアウトするでしょ」
「うん。それはそうなんだけどね。でも結構憂鬱。髪も切ったし」
 
「まさか五分刈り?」
「まさか。塾の先生が丸刈りだったら生徒逃げてく」
「いや、丸刈りの先生はいるけど」
「そうだっけ?」
 
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結局貴司は3万円のスーツ1つとワイシャツも洗い替え用に2枚にネクタイを3本、こちらに送ってくれるということであった。
 

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少し時間を戻して、6月29日、吉子の結婚式から戻った週末開けの月曜日。千里は市民体育館にバスケができる格好で出て行った。すると先日から一緒に練習していた浩子・夏美・夢香の3人に加えて、もうひとり姿があったのだが、その人物を見て、千里も向こうも驚いたような声を挙げる。
 
「溝口さん!」
「村山さん!」
 
「何?何?知り合い?」
と浩子が訊く。
 
「高校時代のライバル」
と溝口さんが言う。
 
「へー!」
「もしかして溝口さん、ローキューツのメンバー?」
「うん」
「溝口さんほどの人なら、どこかの大学のバスケ部に入るか、実業団かと思ったのに」
「うちは村山さんとこにさんざん叩かれて、実績残せなかったからね。インハイにも一度も行けなかったし。だから実業団からは声が掛からなかったんだよ」
 
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「あはは。ごめんなさーい。今はお勤め?」
「そう。千葉市内でOLやってる。夕方からたまにここで練習してたんだけど、まさか村山さん、このチームに居たんだっけ?」
 
「それなんですけどねぇ、これ」
と言って、MM化学の船越監督からもらった推薦状を渡す。
 
「うちの監督に?」
「中も見ていいと思いますよ」
 
それで開けて見ていると、それを見た浩子たちが「凄っ」などと言っている。
「インターハイ、強豪に負けて帰って来たといってたけど、BEST4だったの?」
「うん、まあ」
「そりゃBEST4まで残った所はみんなとんでもない強豪ですよ」
 
しかし溝口さんは
「これは村山さんを低く見すぎ」
などと言う。
「村山さんは日本一のシューターです、くらい書くべき」
 
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それで浩子さんが監督の西原さんを電話で呼び出す。監督は試合の時以外はめったに練習には顔を出さないらしい。30分ほどでやってきて、船越さんからの紹介状を見せると
「うんうん。連絡は受けてた。ちょっとそのスリーポイントってのを見せてよ」
 
というので実際に撃ってみせる。10本撃って10本とも入る。
「凄っ」
と西原監督は言ったが、溝口さんは
「今日はかなり調子悪いね」
などと言う。
 
「なんで〜?全部入ったのに」と浩子。
「だってバックボードに当たってから入ったのが4本もあった。村山さんの本来の実力なら、全部ダイレクトに放り込む」
「ええ。まだ感覚が完全には戻ってないんですよ。実はまだ1割程度の感覚」
「これで1割なの〜?」
 
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「村山君、うちのチームに入ってくれない?」
と西原さん。
「実は7月3日までに登録完了すれば今年度の公式戦に出すことができるんだよ」
 
「部費は月千円だけど試合とかの交通費宿泊費はその都度実費。あとスポーツ保険には必ず入って欲しいからそれが年間1600円。ユニフォームはストックがあるけど個人で持ちたい場合は濃淡セットで16000円」
とキャプテンの浩子が補足説明をする。
 
「いいですよ。溝口さんも居るし、浩子さんたちとは何となく意気投合しちゃったし。ユニフォームは個人のを作ろうかな」
 
「バスケ協会の登録証持ってる?」
「はい」
と言って千里が登録カードを見せると、
「よし、すぐ手続きする」
と監督は言って、その場でノートパソコンを取り出し、登録手続きをした。
 
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そういう訳で、千里は大学ではバスケはしないつもりだったのだが、千葉市内のクラブチームに籍を置くことになったのであった。
 
 
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女子大生たちの縁結び(8)

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