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(C)Eriko Kawaguchi 2014-07-21
外に出てから愛子から訊かれる。
「千里、体調大丈夫?」
「ああ、あれフェイクだから」
「へ?」
「何か巫女さんに注意してたね」
と美輪子が言う。
「そうそう。三三九度に使う銚子(ちょうし)と提子(ひさげ)の飾りが逆に取り付けてあったんだよ」
「えーー!?」
「ホテルとか結婚式場とかの神殿では結構間違ってることがある」
「へー」
「お酒は提子(ひさげ)から銚子(ちょうし)に注ぐんだよ。その銚子から杯に注ぐ訳だけど」
「うん」
「蝶の折り方には、中央が山になる雄蝶と中央が谷になる雌蝶があるんだけど、注ぐ側の提子(ひさげ)にオスの蝶、注がれる側の銚子(ちょうし)にメスの蝶を取り付ける」
「ああ、それは合理的」
「逆に取り付けられてると、女の子が男の子に注入しちゃうことになる」
「それはちょっとやばいね」
「まあ最近は色々なカップルもいるけどね」
「でも気付かずにそのまま結婚式やっちゃうこともあるだろうね」
「まあ巫女さんもバイトだからね。ベテランさんだと気付くだろうけど今日の人はどちらも高校生って感じだったし」
「あ、そうか。千里ちゃん巫女さんしてたんだ?」
と優芽子が言う。
「中学高校とやってたから6年間だよね」
と愛子。
「うん。経験年数だけは食ってる」
結婚式が終わった所で、式場に入らなかった親族まで加わり記念写真を撮った。この写真は留萌の母にも送ることになるが・・・・母は父に見せないだろうなと千里は思う。
少し休憩して披露宴が始まる。新郎はタキシード、新婦は純白のウェディングドレスである。千里は親族のテーブルに就く。隣は美輪子と滝子である。
新郎も新婦も若いというのもあるのだろう。予算が膨らみすぎないように出席者は絞ってある感じで、双方20人ずつくらいである。開式の辞に続いて、司会者がふたりのプロフィールを紹介する。
新郎が中学・高校・大学とバスケットをしていたという話に「へー」と思う。そしてその後、実業団の**に入り、などと聞くので「凄っ」と思っていたらそちらが廃部になり、工業技術者として新たな人生を見出してと言う。確かに実業団って企業の都合で割と簡単に廃部になるからなあと思う。ふと貴司のことを考えていたら司会者は「しかし今年の春、MM化学から声が掛かり、再度、バスケット選手としての道を歩み始められました」と言うと、千里は何〜!?と思った。
それって、貴司の会社じゃん!
じゃ新郎って貴司の同僚なの??
千里は慌てて会場内を見回すが、招待客の中に貴司は居ない。ふぅっとため息をつく。
新婦のプロフィールが紹介され、新郎・新婦の上司から祝辞が述べられる。新郎の祝辞は高倉部長さんという人が述べてくれたが、この人は結婚式にも出ていた。そしてこの人は・・・貴司から聞いていた、自分自身でも高校時代にテニスをしていたという人だろう。それで社員選手に凄く優しく仕事面でも色々配慮してくれるのだという。但し規律を破る部下には厳しいとも言っていた。貴司も飲酒禁止、車は絶対安全運転などの誓約書を提出している(でもこないだは飲んでた。そもそも未成年だったのに!)。
ケーキの入刀をする。
何人か写真を撮りに行く。千里もケーキの所に行って笑顔で「初めての共同作業」をするふたりの写真を撮った。もっとも既に子作りまでしていて初めての共同作業もあったものではない気もするが。
その後、バスケ部の監督さんで船越さんという人が乾杯の音頭を取る。この人も結婚式に出ていた。静かな雰囲気の監督さんだ。スラダンの安西先生を彷彿させる太め体形で、性格も闘志を内に秘めたタイプかな?と千里は思う。熱血タイプより貴司には合いそうだ。
食事が始まる。祝電が披露される。
「このくらいの人数の披露宴は雰囲気がいいね」
と千里は隣の美輪子に言った。
「あんた前にも披露宴出たことあるんだっけ?」
「うん、友だちのに1度出たのは同級生の女子全員招待してたから200人くらい。もうひとつ音楽の方でお世話になっている先生のご友人の結婚式に私も一緒に出たのは招待客800人くらい」
「どっちも凄いね」
「同級生のは会費1000円」
「凄っ」
「友だちのはみんなでからかいに行ったようなものだったけどね。飲み物くらいしか飲んでないし。音楽の方のは半分裏方みたいなもんだったから、御祝儀は1万円しか出してないけど。料理は少し食べたかな。どちらも立食パーティ方式だったよ」
本当の金額を言ったら卒倒されるかも知れないので1万円と言ったが、実際には上島雷太の結婚式で御祝儀は30万円出している。高校生だし直接の関わりも無いからその程度でいいよと雨宮先生から言われたのだが、その金額を聞いた時は「大根ちょうだい」「はい。100万円」みたいな話かと思った。全くあの業界の習慣はとんでもない。
「ああ、そのくらい招待客がいたら遠慮無く使える裏方が欲しいよね」
「うんうん。私はそういう役所だったみたい。余興で歌う人の伴奏とかもしたし」
そんなことを言いながら千里は高校の時披露宴でバスケのパフォーマンスしたなというのを思い出していた。
「でもあんた少食だから元々料金は要らんって感じでしょ」
「そうかも」
「バスケしてた間はたくさん食べてたけど、辞めたら元の食事量に戻しちゃったし」
「うん。バスケしてた時はカロリーの消費量も凄かったもん」
「1年の時はバスケしてるのに信じがたい少食だったけどね」
「あれは練習サボってたからね」
「なるほどー」
「でも高校の時の結婚式は、あんた何着て行ったの?」
「制服だよ」
「そうか。高校生は制服でいいもんね」
「うん」
と千里は答えたが、美輪子はまた少し考えてる。
「それって男子制服?女子制服?」
「私が男子制服でそういうのに出る訳ないじゃん」
「確かにね〜。あんた卒業式も女子制服だったし」
「えへへ」
「あんたの卒業アルバムCDのコピーもらったけど、男子制服を着てる写真が1枚も無かった」
「あ、それお母ちゃんからも言われた。でも制服の件は、美輪子さんから唆された分もかなりある気がする」
「あはは」
やがて余興が始まる。
新郎の祖母が『高砂』を謡う。
「最近ではなかなか聞かなかったね」
などと美輪子が言う。
「へー。そうなんだ? よくテレビドラマの披露宴のシーンでやってるけど」
「まあ謡える人があまり居ないんだよ」
「なるほどー」
「去年出た結婚式ではやってた?」
「やってたよ。音楽関係の人だから、演奏する人もたくさんいた」
「ああ、そうだろうね」
「民謡の人もいたけど、演歌、ロック、ポップス、ジャズ、ラテンといろんな音楽が出て来たよ」
「それは凄い」
新婦の伯母である清子は『てんとう虫のサンバ』を式場のエレクトーン奏者の伴奏に合わせて歌った。その後は新郎・新婦の友人たちが出てやはり歌を歌ったり、小話をしたりする。
その内、新郎の同僚の人が前に出て行き
「それではMM化学バスケ部のメンバーによるフリースタイルバスケットです」
と言うと、会場のドアが開いて、ユニフォームを着た男性が10人くらい、どどどっと入ってくる。千里は思わず顔をテーブルに埋めた。
「どうしたの?」
と美輪子から訊かれる。
「私、居ない振り」
「はぁ?」
テーブルに顔を付けたまま音だけ聞いていると、どうもみんなでボールをドリブルしながら、隣の人と交換してみたり、あるいは踊ったりしているようだ。
「千里、これ凄いよ。ちょっと見る価値あるよ」
と美輪子が言うが
「私、聞いてる〜」
と千里は答える。
どうもバスケットのゴールも持ち込まれているようで、シュートされてバックボードやリングの揺れる音がする。
かなりパフォーマンスが続いて、そろそろクライマックスかなと思っていた頃、ひとりパスされたボールを取り損なったようで、ボールが床を転がる音。そしてそのボールは千里の近くまで来る。そして
「あ、済みません」
という貴司の声。
もう!
千里は顔を上げて席を立つ。ボールを拾う。
こちらを驚いたように見る貴司の顔が目の前にある。
千里はニコリと微笑むと、新郎新婦席のそばに部員4人で抱えているゴールをめがけてシュートする。
ボールはバックボートにも当たらず、直接ネットに飛び込む。
思わず会場内から歓声、そして拍手が起きる。高倉部長がピーピーピーと3ポイントゴールを認める笛を吹いた。
「撤収!」
という船越監督の声が掛かり、部員たちは駆け足で退場する。貴司は笑顔で千里と握手をしてから退場していった。
「びっくりした! 貴司君がいたんだ。全然気付かなかった!」
と美輪子が言う。
「私も新郎のプロフ紹介で貴司の会社の名前が出て来て、ぶっ飛んだよ」
「あんた、彼とはどうなってんの?」
「今は友だちだよ」
「ふーん」
「向こうには彼女も居るしね」
「へー」
と言いながら、美輪子は千里の顔を見詰めるが、千里が微笑んでいるので美輪子は千里の心情を読みかねている感じであった。
愛子が「千里ちゃん、何か出し物とかできる?」と訊くので「龍笛を吹くよ」と言って笛を持ち、前に出て行く。
結婚式で吹く、おめでたい神楽の曲を吹く。するとあちこちの席で雑談をしていた招待客が話をやめてこちらを向く。えーっと、そんなに緊張しないでほしいんだけどなと思いつつ、千里は無心で吹いていた。
天空に意識を移すと、今日は龍が5体もやってきた。その龍たちと戯れるように笛を吹く。最初は神楽の曲だったはずが、そのあたりから自由な旋律に移行する。来てくれた龍の1体は前回豊中で吹いた時に来てくれた龍だ。それで千里は龍たちに「今日は落雷は勘弁してね〜」と言って、笛を吹いていた。千里の笛は7−8分続き、最後はとても明るい旋律で終始した。
拍手がありお辞儀をする。千里は龍たちに「ありがとねー」と言って去っていくのを見送る。ふと横を見ると、会場のドアを開けて、貴司がこちらを見ていた。ニコっと微笑むと、貴司はドキっとした顔をした。
余興がだいたい終わった所で新郎新婦がいったん退場してキャンドルサービスをする(今日の披露宴では新郎も新婦もお色直しをしない)。その後、両親への花束贈呈をして終了である。
新郎新婦が拍手に包まれて退場する。新婦が手に持ったブーケを友人たちの居るテーブルに向けて投げた。
・・・つもりが、手許がくるって千里たちのテーブルに飛んでくる。千里はそれを反射的に受け止めてしまった。一瞬どうしよう!?と思ったものの、笑顔で花嫁に戻す。それで再度狙いを定めて投げて、友人たちのひとりが無事キャッチした。
「ごめーん」
「私はノーカウントだから、彼女が直接受け取ったのと同じ」
と千里は微笑んで言った。
新郎新婦退場の後、司会者から中締めの宣言がなされ、出席者も退場する。千里が外に出て行くと、貴司が待っていた。
「お化粧してると凄くおとなっぽい」
「そういや、お化粧して会ったの初めてだね。でも、お化粧くらいでよろめいたりしないでよね」
貴司はそれには答えない。
「新婦の親戚なんだっけ?」
「うん。従姉妹なんだよ」
「そうだったのか」
「新郎のこと全然知らなかったから、MM化学って会社名出た時はびっくりしたよ」
「千里、大学でバスケしてるんだっけ?」
「全然」
「スリーが衰えてない」
「当然」
「やはり練習してるんだ?」
「秘密」
「そうだ。誕生日プレゼントありがとう」
「20歳おめでとう」
「ありがとう」
「これでお酒が飲める?」
「いや、それでも選手は原則として飲酒禁止」
「こないだは飲んでた」
「ごめーん」
「まあ、残らないものがいいだろうと思ったから」
「うん。その方が何かと面倒が無い」
「彼女から追及されることもないだろうしね」
「まあね。でも凝ってたね。クッキーの配列で20という数字とTHのイニシャルを作って」
「バタークッキーとチョコクッキーを単に並べただけ」
「でも凄い。それに美味しかったよ。千里ほんとに手作りのお菓子上手い」
「どういたしまして」
「そうだ。今日知ったけど、新婦は妊娠中だったんだね」
「うん。このカップルは後先がちょっと入れ替わっちゃったけど、貴司はちゃんと順序を守ってね」
「結婚するまでは確実に避妊するよ」
「もう彼女とした?」
と千里が訊くと
「いや、その・・・」
と何だか恥ずかしがってる。何なんだ?この反応は。
「実は1回だけした」
「ほほぉ」
「千里は新しい彼氏とはしたの?」
「2回したけど」
「そうなのか」
なぜ残念そうな顔をする!? 私も貴司がとうとう他の女の子としちゃったというのは悔しいけどね。
「そうだ。さっきの披露宴で龍笛吹いたからさ、二次会ではヴァイオリン弾いてくれない?」
「ヴァイオリン持ってないよ」
「貸してあげるからさ」
「持って来てるの?」
「いつも自分の車に積んでる。結構道の駅とかで弾いてる」
「ふーん」
「でも龍笛凄かった。聴く度に進歩してる」
「私、横笛とは相性がいいみたい」
「練習嫌いな千里が唯一ハマった楽器かな」
「かもねー」
親族女性控室でイブニングドレスを脱ぎ、この会場に着て来たVictorian Maidenのワンピースを着る。メイクを少し直してから、ロビーに出て行くと貴司がヴァイオリンケースを持ってきていた。
「千里、凄く可愛い」
「ありがと。貴司も品の良いスーツだね」
「うちの会社と提携している**紡ブランドの生地で作ってある。少しあらたまった席とかに出ていくのに使ってるけど、イージーオーダーで12万円した」
「おっ、凄い」
「普段会社の仕事で着ているスーツは1万円の」
「それは安すぎる気がする。もう少しいいの着たら?」
「でも千里のこのワンピも高かったでしょ」
「そんなことないよ。これ3万円だよ」
「こんな可愛いのに3万円は安いね!」
それでヴァイオリンをケースごと渡される。
「一応調弦しといた」
「ありがとう」
「このヴァイオリン、このまま千里に預けるから」
「なんで〜? 私貴司に預けたのに」
「だから千里に又貸し」
「うむむ」
結局このようにして、このヴァイオリンは2013年夏に貴司が結婚するまで、ふたりの間を何往復もすることになるのである。
千里はヴァイオリンの共鳴胴の中からレターパッドを取り出す。
「へー。可愛い詩を書くね」
「こないだ千里が詩をここに入れてたのに気付いて、それで僕も書いてみた」
「この詩は私がファイリングしとこう」
「千里の詩は僕がファイリングしとくよ」
しばし2人は見つめ合った。
「あ、千里、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
と言って愛子が寄って来た。
「あ、ごめんなさい。お話中だった?」
「ううん。終わった所。じゃ、また後で」
「うん。また二次会で」
と言って貴司とは握手して別れる。
「ごめーん。もしかして彼氏だった?」
と愛子は千里と一緒に花嫁控室の方に行きながら言う。
「元カレなんだよ。新郎の同僚だったんだ。もうびっくり」
「へー! 凄い偶然だね。あれ?ヴァイオリン?」
「うん。二次会で弾くから」
「わあ、楽しみ」