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それで複数の男性スタッフが店長・副店長に訴える。
「今度入った村山って子、あれ絶対女ですよ」
「本人が男だと言っているんだけど」
「それって、最近はやりの男の子になりたい女の子ってやつじゃないんですか?」
「俺、あいつの下着姿見て、一瞬でチンコ立っちゃいましたよ」
「そもそも、あいつの着てた下着、あれ男物のシャツじゃなくて、女物のババシャツだと思う」
「パンティも女物穿いてましたよ」
「一瞬見ちゃったけど、あれ絶対女の股間ですよ」
「俺も見た。何も膨らみが無かった。あいつ絶対女だと思う」
「ウェストが凄いくびれてて、どう見ても女のボディライン。胸隠してたけど、たぶんおっぱいありますよ」
「足にも毛とか全然生えてなくて、真っ白で雪のような肌って感じ」
「お酒入ってたら、理性ぶっ飛んで押し倒してしまうかも」
「いや、ほんとに誰かがうっかり押し倒したりしない内に何とかしてください」
それで店長・芳川さんに、女性のシニアスタッフで千里と一緒に勤務したことのある月見里さん・牧野さんとで話し合ったようである。千里が呼ばれる。
「再度訊きたいんだけど、君って女性だっけ?男性だっけ?」
「男ですけど」
「戸籍上も男なの?」
「はい。戸籍抄本が必要でしたら取り寄せて提出しますが」
「いや、そこまではいい。でも君、着替えは女子更衣室を使ってくれない」
「それはまずいのでは。男の私が女子更衣室で着替えたら、他の女性スタッフからクレームが出るか、痴漢として通報されるか」
と千里は言うが
「いや、絶対クレームは出ない」
と月見里さん。
「他の女子スタッフに話を通しておくからさ、村山さん着替える時は誰か他の女子に声を掛けてよ。それで一緒に女子更衣室に入るようにしよう。それならいいかな?」
「はい、そういうことでしたら」
という訳で、千里は当面、誰か他の女性スタッフと一緒に女子更衣室に入るという形で、女子更衣室で着替えることになった。千里のロッカーは取り敢えず男子更衣室に置いたままになるが、千里が男子更衣室に入る時は、誰か中に居たら声を掛けてOKと言われてから入ってくれと言われた。
「ね、村山さん、何なら女子の制服を着てもらってもいいけど」
「いや、男ですから男子制服を着ますよ」
とは言ったものの、お客さんで千里を男性従業員と思う人はひとりも居なかったようであった。
後から聞いたのでは、この時期、店長や月見里さんたちは千里が「男の子になりたい女の子」なのか「女の子になりたい男の子」なのか判断に迷い、それが判明したところで千里の扱いを考えようということにしていたようである。
千里がこのファミレスに勤め始めて、よく頼まれることになったのが車の移動である。ある日、深夜に来た70歳くらいのお客様が
「お姉ちゃん、車庫の入れ方が分からないから、取り敢えず店の前に駐めてきたけど、駐車場に入れといてくれない? 黒いクラウンだから」
と言って、千里にオーダーの際に車のキーを渡した。
千里は自分で動かしていいものか迷ったので、夜間店長の椎木さん(女性)に相談した。
「あら。私、車の免許持ってないのよね。松田君は戻ってくるのにまだ30分くらい掛かるだろうし。村山さん持ってる?」
「はい。一応」
松田というのはその晩に入っていた唯一(?)の男性スタッフだが、この時はちょうど緊急に不足する食材が発生して、近隣店に車で借りに行っていたのである。
「村山さん、どのくらい運転するんだっけ?」
「私、まだ若葉なんですけどね。一応これまでに2万kmほど運転していますが」
この時期は大阪との往復頻度も高かったので走行距離が物凄いことになっていたのである。給油も週に4〜5回は満タンで入れていた。
「そんなに運転してるなら、充分ベテランじゃん。それ多分うちのお父ちゃんより走ってるわ。じゃ入れて来てよ。この付近駐車違反の取り締まりが厳しいから、すぐ入れないと見つかるとやばいわ」
「分かりました」
それで千里は店の外に出ると、ちょうど駐車違反のチェックをしようとしていた風の取り締まりの人に「すみませーん。今動かしますから」と言って、勘弁してもらい、すぐに運転席に座り、シートベルトをして車のキーを回して発進した。
このファミレスの駐車場入口は、困ったことにお店の手前側にある。しかし街中で夜間といえども結構な交通量がありバックするのは危険である。そこで千里はその付近をぐるりと一周してお店の所まで戻って来て、それから中に進入。ボタンを押して駐車券を取り入口のドアを開け中に入ると、いちばん出しやすそうな場所に車をバックで駐車させた。駐車券を持って店内に戻り、お客様にキーと一緒に駐車券をお渡しする。
「お車は車庫内の出口のそばに駐めました。この駐車券をお食事のご精算の時に、スタッフにお渡しください。駐車場代が無料になる処理を致しますので」
「ありがと、ありがと。何時間駐めてもいいの?」
「時間制限は御座いませんが、無断駐車防止のため、レジで精算してから20分以内に出ないと30分1000円で料金を要求するシステムになっております。もし何かでお時間がかかってしまった場合は、レシートと一緒にレジにお持ち頂ければ再度無料化の手続きを致しますので、ご遠慮無くお申し付けください」
「了解、了解」
そしてこれを機会に千里は週に2〜3度は車を入れたり、あるいは逆に出したりの作業を頼まれることになる。年配の客や中年の女性客にはしばしば「駐車券無くしちゃった」などと言う人もいて、マスターで出庫口のドアを開けて出したりなどというのもよくやった。
9月19日(土)。千里はローキューツのメンバーと一緒に柏市の体育館にやってきた。千葉県クラブバスケットボール選手権という大会なのだが、千葉県の女子クラブチームは8つしかないのでこの日は1回戦4試合だけである。準決勝は10月10日に予定されている。
今回の相手はブレッドマーガリンという実質企業のチームのようであったが、会社の仕事の余暇にバスケしてます、という雰囲気のチームであった。こちらも楽しくプレイさせてもらう。適宜交代しながら、全員出場するようにして、怪我だけはしない・させないように気をつけてプレイをした。試合は60対18でローキューツが勝った。
「ところで最近あまりTOをしてないね」
と夏美が言った。
「全然負けてないからね。この春以降、負けたのは決勝戦でだけ。だからする機会が無い」
一般にアマチュアスポーツの大会では、負けたチームの選手やスタッフが次の試合の審判やオフィシャルをするというシステムになっているものが多い。このチームでも全員オフィシャルの講習は受けているし、監督は日本公認A級審判、浩子と菜香子が県連公認審判の資格を持っているし、資格は持っていなくても千里・麻依子・夏美の3人は高校時代に練習試合や非公式戦でなら主審もした経験がある。
しかし!負けないので、全然審判もオフィシャルもやっていないのである。
「まあ第1試合で頼まれることはあるかもね」
「そうだね」
「じゃ次は10月10日頑張ろう」
9月24日。朝起きたら身体の感触が違っていた。
身体が突然変化するのはもう慣れっこになっているのだが、例によって裸になって眺めてみる。
『私、女子大生になった?』
『そうだよ。この身体は5月の連休の続き』
と《いんちゃん》が教えてくれた。
千里は連休明けから「性転換後3ヶ月ほど経った身体」を使用して、手術後の安静期間に落ちた筋肉を再び付けるためのトレーニングをずっとしてきていたのである。要するに昨日までに作り上げた身体で、自分は高2のインターハイの道予選・本戦に出るということのようである。だから昨日までは女子高生の身体だったのだが、今日からは女子大生なのである。
『この後、もう女子高生に戻ることはないの?』
『男子高校生の時間が2ヶ月ほど残ってる』
『やだなあ』
『それがどうしても必要なんだよ』
『うん。それは最初から言われていたけど』
『その後去勢して性転換してその後の療養』
『その療養期間って結構苦しむんだよね? だった連休明けの頃ってまだ少し痛かったもん』
『でも千里、普通の人よりは随分軽く済んだんだぞ。回復に1年くらい掛かる人もいるから』
『気が重くなるけど通らないといけない道だもんね。万一私が性転換手術を受けなかったらどうなるの?』
『どうなんですか?天空さん?』
と《いんちゃん》は《くうちゃん》に投げた。
『タイムパラドックスを解消できなくなるから、強引に解決するために誰かと取り違えられて手術されちゃうかも知れないし』
『それはお医者さんが責任問われそうで悪い』
『あるいはいっそ千里という人間が居なかったことになっちゃうか』
『それもやだなあ。私まだ消えたくないし』
『そうなると周囲の矛盾の解決が結構大変だから、千里が性転換手術で死なないように大神も色々してくれると思うし覚悟して手術受けなさい』
と《くうちゃん》は言った。
《くうちゃん》にもこの時点では千里と青葉や菊枝の出会いまでは読めていなかったようであった。
『うん。受けたいのは受けたいけどね』
10月に入り、千里たちの大学も後期の授業が始まる。
千里の父も放送大学に入学した。。。。が最初の内は「チャンネルの合わせ方が分からない!」とか「録画してたのに録画されてない!」などと騒いでいたようである。いづれも玲羅が何とかしてあげたようであった。千里なら多分どうにもできなかった所だ。玲羅は学校の成績は悪いものの、ああいうデジタル機器の扱いはうまい。
そして千里は相変わらず大学には男装・短髪で出て行っていた。
「千里、髪がなんか短くなってる」
と約2ヶ月ぶりに顔を合わせた美緒に指摘される。
「夏休みに塾の先生やったらさ、髪切りなさいって言われたもんで。不本意だったんだけどね」
「髪はどこで切ったの?」
「理髪店」
「その髪型変だよ。まるで男子みたいな髪型だもん」
「ボク男だけど」
「そういう嘘はよくない」
「千里、今度髪切る時は美容室に行きなよ」
「うん。そうしようかなと思ってる。髪切りに行くほど伸びるのに時間が掛かるけどね」
「もう塾の先生はしなくていいの?」
「うん。夏休みだけで辞めたー」
「へー。バイトはもうしないの?」
「代わりにファミレスの夜間スタッフの仕事をすることにしたんだよ」
「おぉ」
「原則週3回、夜10時半から朝5時半まで7時間、時給1200円」
「さすがに単価がいいね」
「でもきつくない?」
「大丈夫だよ」
「でもとうとう千里もウェイトレスさんになったのか」
「いよいよ男の振りする路線からちゃんと女の子する路線に転換だね」
「路線だけじゃなくて実際の性別も転換してたりして」
「いや、ウェイトレスさんじゃないよ。男だからウェイターだと思うけど」
と千里が言うと、なんだかみんな顔を見合わせている。
「今度千里が勤務している時間帯にそこに行こう」
「千里がウェイターしているかウェイトレスしているかのチェックだよね」
「しかし千里のその髪、凄く気になるなあ」
と朱音が言う。
「ね、ちょっと切ってもいい?」
「いいけど」
「よし」
ということで朱音は千里を多目的トイレに連れて行き(女子トイレに連行しようとしたら千里が抵抗した)、普通の紙などを切るハサミで千里の髪の毛を少し切ってあげた。真帆・友紀も同行している。
「なるほどー。これなら一応女の子に見えるね」
「ベリーショートの女の子だよね」
「ボク、別に女の子に見える必要ないと思うんだけど」
「いや千里が男みたいな髪型してたら混乱の元」
「そうそう。これでちゃんと100%女子としてみんなに認識してもらえるよ」
「うーん・・・・」
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女子大生たちの路線変更(6)