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■女子大生たちの路線変更(4)

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やれやれと思っていたら、今の騒動の影響か、またメロディーが浮かぶ。千里はすぐさま、それを五線紙に書き留めていった。コーヒー1杯では申し訳ないのでオープンサンドをオーダーして、コーヒーもお代わりして、それを取りながら楽曲にまとめていった。1日に2本も書けるなんて、私天才?などと考えながら千里はその楽曲をディスコ風にまとめた。
 
『私の彼女』と仮題をつけてみた。あはは、レスビアン賛美ソングだったりして。ビアンといえば、XANFUSはあきらかにビアンだし、ローズ+リリーのふたりもかなり怪しいし、KARIONの和泉もしばしばビアンっぽい発言してる。きっと30年前ならビアンを公言したりしたら佐良直美みたいに引退に追い込まれたりしたのかもしれないけど、多分時代が変わってきたんだろうなと千里は思った。
 
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カフェを出てから、帰ろうかなと思い駐車場の方に向かう。すると何と桃香が向こうから1人で歩いて来た。
 
つい反射的に会釈してしまった。すると桃香はこちらを認めて近づいてくる。
 
「こんにちは。さっきカフェにおられましたよね?」
「こんにちは。彼女少しは落ち着きました?」
「話し合いは継続ということにしました。でもあなたどこかで見た気がする」
「以前、千葉駅のバス乗り場でも遭遇しましたね」
「あ、そうか。あの時の巫女さんだ。その長い髪に見覚えがあったので」
 
千里は今日はロングヘアのウィッグを着けているし、可愛いワンピースを着ているしメイクもしているし、女声で話している。大学でほぼ男装していて男声で話している村山千里と同一人物とは気付かないよなと思い、千里は開き直ることにした。
 
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「彼女とは2年くらい前に別れたんですよ。当時はお互い高校生だったし、Hなことはしてなかったんですけどねー。久しぶりに再会して、つい盛り上がってしまって」
 
「なんか言い訳が浮気した男の人みたい」
 
「あ、私、よく男っぽいと言われますよ。何かの間違いで性転換手術されて男になっちゃっても生きていけると思う」
 
ふーん。ちょっとFTMの要素が混じっているレスビアンという感じなのかな。
 

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桃香と近くのロッテリアに入り、ハンバーガーを食べながら彼女の恋話を聞いてあげた。
 
「女の子との恋愛の話ってあまりできる人がいなくて。話を聞いてもらっていたら少しすっきりしました」
などと桃香は言っていた。
 
ただ千里は桃香が何か暗い影のようなものを付けているような感じなのが気になった。そこで千里はおしゃべりしながら手鏡を取り出すと、自分の耳の付近の髪をいじる。そして手許がくるった振りをして、手鏡に反射させた太陽の光を桃香の右耳の下に当てた。
 
「あ、ごめん」
「ああ、いいよ」
 
その後で再度観察すると、桃香に付いている影は若干薄くなったようである。
 
「あれ?」
「どうかしました?」
「いや、最近肩こりがひどかったのが、今少しよくなった気がする」
「肩こりってよく分からない病気ですよね。あれって日本固有のものらしいですよ」
「へー」
「英語には肩こりって言葉が無いんだって。アメリカ人のビジネスマンが日本で勤務していた時肩こりに悩まされていたのが、帰国したら治ったなんて話もある」
「なんて不思議な」
 
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ロッテリアを出た後、ふたりでまた一緒に歩き、ちょうど信号が赤になって立ち止まった時のことであった。
 
「うっ」
という低い声がして、桃香の向こう側にいた女性がうずくまった。
 
「どうしました?」
と声を掛けるが顔色が真っ青である。千里はあれ?この人、どこかで見たことがあると思った。
「出血してる!」
と桃香が言う。凄い血が出てスカートを汚している。
 
「救急車呼ばなくちゃ!」
と言って千里は自ら119番した。
 
倒れた女性はお腹を押さえている。桃香は背中をさすっている。
 
『びゃくちゃん、これ何か分かる? かなり深刻っぽい。怪我でもしてる?』
と千里は後ろの子に問いかける。
 
『流産しかかってるんだよ』
と《びゃくちゃん》が答えた。
 
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「苦しそうにしてる。ちょっと横になった方がいいかも」
と千里は言い、桃香とふたりで(実は《びゃくちゃん》にも手伝ってもらって)横にしてあげる。千里が自分のバッグを枕代わりにしてあげた。冷房の強い所に入った時の用心に持っているカーディガンを彼女のお腹付近に掛ける。
 
「切迫流産ですよね?」
と千里は彼女に言った。
 
「ええ、そんな気がします。あなた看護婦さんですか?」
と彼女は答える。
 
「彼氏かお母さんか呼ぶのお手伝いしましょうか?」
「すみません。携帯の5番に登録している人に連絡してもらえませんか?」
 
それで千里は彼女の携帯を預かると5番に登録されている nori という人に電話をした。
 
「はい」
とだけ、電話の向こうの人物は答えた。
 
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「こんにちは、松元さんですか? 私通りがかりのものなのですが、山下さんが今具合が悪くなって倒れて、救急車を呼んでいる所なんですよ。どうも切迫流産のようなんです。こちらに来ることできます?」
と千里は電話口に向かって言う。
 
電話の向こうの人物は驚いてこちらの場所を尋ねる。神戸の三宮と答えるとすぐそちらに向かうから病院が分かったら連絡してくれと言われた。向こうは今大阪市内だそうである。
 
電話を切って彼女のバッグに携帯を戻すと彼女から訊かれる。
「どうして私の名前を?それに相手が誰かも分かっていたみたい」
 
「済みません。あなたと同じ業界の片隅に居るものです。相手の方もお声を聞いただけで誰か分かりました」
 
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「ありがとう。ふつうの人に分かるような名前を出さない配慮もしてもらって」
「彼女が来るまで、お手伝いできることあったら何でもしますから、今はお腹の中の赤ちゃんのことだけ考えて」
「はい」
 

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救急車は来るのに15分掛かった。都会の道はたとえ緊急車両といえども思うように走れないので、時間が掛かるのである。
 
「切迫流産らしいんです。そして旅行者なので掛かり付けの病院に行くということができません」
 
と千里が救急隊員に告げると、連絡して受け入れ先の病院を探してもらっているようである。隊員は名前を呼び掛けて意識レベルを確認したり、スカートをめくり出血状況を確認したりしている。
 
受け入れ先の病院がすぐに見つかったようで、救急隊員が彼女を担架に乗せて救急車に運び込む。千里と桃香もなりゆきで付き添いとして救急車に同乗した。
 
救急車は7-8分走って、市内の産婦人科病院に入った。処置室に運び込み、医師が診察をする。超音波でもお腹の中の様子を見ていた。
 
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「ご家族の方、ちょっと来てください」
と言われるので、桃香を彼女のそばに残し、千里は医師と一緒に処置室の外に出る。
 
「進行流産です。もう停められません」
と医師は告げた。千里は鎮痛な表情をした。
 

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患者は1時間ほど苦しんだあげく、赤ちゃんは流れてしまった。その直後に、彼女が呼んだ友人が到着した。
 
「胎児は流れてしまったのですが、残存物があります。それを子宮から取り出す必要があります」
と医師が言う。
 
病院側は手術するのには友人ではなく親族の同意・立ち会いが必要だと主張したが、患者本人が両親とは事実上縁が切れているし、仲の良い妹も海外旅行中なので、どちらも連絡は不能と主張。また子供の父親とも既に別れているので連絡したくないと言い、この友人はほとんど家族に近いから、と言うので、それで彼女に立ち会ってもらう形で掻爬の手術を行った。千里と桃香もなりゆきで、この段階まで付き合うことになってしまった。
 
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「ごめん。ツアーの無理がたたったのかな。やはり今回のツアーは病気とかの理由で中止すべきだったね」
と松元さんは言ったが、ベッドに寝ている山下さんは
 
「ううん。それとは関係ないと思う。きっとあの子はこうなっちゃう運命だったんだよ」
と言っていた。
 
「もしかして音楽関係の方ですか?」
と桃香が尋ねるので
 
「あ、バンドやってるんですよ。全然売れてないんですけどね」
などと松元さんは答える。
 
「ツアーが終わるまで流れずに頑張ってくれただけ親孝行な子だよ」
などと山下さん。
 
「でも来週の横浜のイベント、どうしよう?」
「一週間あるから、それまでには体調回復させるよ」
「あんたの体力に賭けるか。でも一週間ひたすら寝てなよ」
「うん。そうする」
「御飯は私が作ってあげるからさ」
「うん。ありがとう」
 
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「でもこれを機会にちょっと活動方針を少し見直そうよ。私たちあまりにも何も選ばずに、来た話を全て受けてたもん。鈴奈とか体力無いから最近かなりきつそうにしてたの気付いてたでしょ?美波も結構グチ言ってた」
 
「うん。でも折角もらった話を断っていいものかと悩んでた」
 
「それで多少収入が減ってもいいじゃん。今のままじゃ収入減以前にバンドが空中分解しちゃう」
 
「そうかも知れないね」
と言って山下さんは目を瞑った。
 

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しばらく静かにして半分寝ている感じだったが唐突に山下さんが言う。
 
「そうだ。Xな子たちに渡す予定だった楽曲、どうしよう? 明日までに楽曲渡す約束だったんだけど。この状態じゃさすがに何も書けない」
 
「急病で無理って連絡するよ。きっと誰か代わりに書いてくれるって。この業界、凄く筆の速い作曲家もいるからさ」
と松元さん。
 
千里はふたりの会話を聞いていて、世間的にはこのペアは山下(Elise)作詞・松元(Londa)作曲ということにしているけど、実際には山下さんが曲もかなり書いているのではと想像した。
 
「これがおとぎ話だったら、魔法使いのお婆さんが出て来て、杖をひと振りすると、できあがった五線紙が落ちてくるんだろうけどね」
と山下さん。
 
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「唐突にそういう発想するところが、あんたやはりアーティストだよ」
と松元さん。
 
千里は微笑んで、自分のバッグの中から五線紙を取りだした。
 
「私、実は魔法使いのお婆さんなんですよ。これもし良かったら使ってもらえませんか?」
と千里が言う。
 
「へ?」
と言って松元さんは千里から五線紙を受け取り、譜面を読んでいる。
 
「これ・・・・プロの曲だ。しかも凄く出来がいい。あなた誰?」
 
「名も無きしがないゴーストライターです。この曲、山下さんに会う直前に唐突に思いついて書きあげて、誰かビアンっぽい子に歌ってもらえないかなと思ってたんですよね。Xな子に歌ってもらえたら嬉しいです。あ、これ一応私の名刺」
 
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と言って千里は《作曲家・鴨乃清見》の名刺を渡した。千里は普通は醍醐春海の方の名刺を使う。鴨乃清見の名刺は渡した人数が少ない。
 
「うっそー!? あなたが!」
「採用するかどうかは、加藤さんあたりと相談の上で決めて下さい」
「うん。あの人には話を通しておかないといけないけど」
「細かい条件は後日相談ということで」
「了解、了解」
 
そういう訳で、千里は制作進行中だったXANFUSのセカンド・アルバム(11.18発売)にスイート・ヴァニラズのゴーストライターで『私の彼女』を提供することになったのであった(名前はスイート・ヴァニラズにしたものの、Eliseはマージン無しで印税の全額を千里にくれた)。
 
なお、実はこのアルバム用の楽曲はお盆に雨宮先生から頼まれた楽曲リストにもあったのだが、千里は負荷オーバーということで断っていたのである。しかし結果的に書くことになった。もっとも雨宮先生からの話では東郷誠一さんのゴーストライターの予定だった。
 
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病院の晩御飯が出て来たところで、桃香と一緒に病院を辞した。取り敢えず近くのファミレスに入って夕食を取った。
 
「作曲家さんだったんですか?」
 
「本職は巫女で、作曲家が副業かな。実はある偉い作曲家先生の弟子なんです。雑用ばかりしてますよ。突然呼び出されてコンサートやキャンペーンの伴奏したり、あるいは運転手したり。朝突然電話が掛かって来て、お昼までに1曲書いてなんて言われることもあります」
「凄い! それで書ける所が凄い!」
 
「だいたいその手の急ぐものはゴーストライターが多いです。だから誰々先生風に書いてとか指定されるんですよ」
「それで書けるって、器用なんですね!」
 
「この業界ゴースト多いですからね。実際私の作品の半分は他人の名前で発表されています」
 
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「ああ、そういうものなんでしょうね。アイドル歌手が作詞作曲したことになってるのとか、たいていゴーストでしょ?」
 
「まあ多いですね。アイドル歌手はだいたい薄給なんで、印税を渡してあげる目的もあるんですけどね。一応本人にも少し書かせて、補作と称して事実上ほぼ全部プロが書いちゃうこともある。あまり良い習慣とは思いませんけど。給料自体を上げてしまうと、売れなくなった時に事務所も辛いから」
 
「なんかそれでよく揉めてますよね」
「独立移籍騒動になるのは、そのあたりの揉め事が多いですよ」
 
「でもさっきの人たちは有名な人?」
「結構売れてますよ。まあ名前は言わないことにします。あまり騒がれたくなさそうだったし。私も名も無き巫女ということで」
 
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「じゃ私も名も無きレズっ子ということで」
 
それで握手してその日は別れた。
 
 
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