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(C)Eriko Kawaguchi 2014-07-04
「え?吉子ちゃん結婚するの?」
千里はそういう話を全然聞いていなかったので母からの電話で聞いてびっくりして言った。つい先週、吉子の妹で千里と仲の良い愛子と電話した時にも、そんな話は聞いていなかった。
「それが付き合ってた彼氏の子供を妊娠しちゃったらしくて。結構大騒動だったみたいだよ」
「へー。それで結婚することにしたんだ?」
「うん。本人はまだ結婚するつもりないし、子供は堕ろすなんて言ってたんだけど、お母さんに説得されて産むことにして、それで先に結婚しなきゃということで」
「なるほどねー。産んでから結婚するより結婚してから産んだ方がいいよね」
「なんか最近、そのあたりの順序が乱れてるけどね」
「HIJKというやつだよね」
「何それ?」
「HしてからI(愛)して、JuniorができてからKekkonして」
「あんたは順序守ってよね」
「大丈夫だよ。Hする時はいつも付けてもらってるし、私、子供産む前にちゃんと結婚するから」
「・・・・あんた貴司さんと結婚するんだっけ?」
母は千里の言葉の中に微妙なニュアンスを感じ取ったようで、そう尋ねた。
「貴司と法的には結婚しないと思うよ。彼とはあくまで友だち。お母ちゃんに認めてもらって、結婚式まであげたのにごめんね」
「いや、それはいいんだけど。それで吉子ちゃんの結婚式は東京で挙げるらしいのよ。それに私とお父ちゃんの代理で、あんた出席してくれない?」
東京というより多分埼玉ではないかと千里は思った。吉子は現在埼玉県の越谷市に住んでいる。母にとっては、千葉県も埼玉県も神奈川県も「東京」の範疇だ。
「東京のどのあたり?」
「あ、えっとね。ちょっと待って」
と母はメモか何かを探しているようだ。
「あった、あった。茨城だって」
「へー! 彼氏がそっちの人なの?」
「そうみたい。何か趣味のサークルで知り合ったらしいよ」
「ふーん」
「それでさ・・・」
と母は何か言いにくそうにしてる。
「じゃ私が出席するよ。御祝儀も立て替えとくから」
と千里は言った。
「ほんと?助かる」
と母。
交通費が掛かるという問題もあるけど、その御祝儀の方がきっともっと問題だったんだろうなと千里は思う。新婦の叔母という立場だと御祝儀も2〜3万という訳にもいくまい。
だけど従姉の結婚式に、私、どんな服を着ていけばいいんだろう!? 個人的にはドレスで出たいけど、あとでその写真を見たら、父が腰を抜かしそうだ。
取り敢えず近い内に吉子の所に一度顔出しておかないといけないかな。
2009年4月。千里は千葉市のC大学に入学した。千里は小学校から中学高校と、かなり性別曖昧な状態で過ごしていたが、大学に入るのと同時に完全な女の子生活に入ろうと思っていた。
ところが学校に出て行く前日千里はなりゆき上男装せざるを得なくなった。そしてその日の用事が終わり、翌朝女の子の服に着替えて学校に行こうと思ったら、着替えが全部雨漏りにやられているのを発見してショックを受ける。
結局男装のまま学校に出て行くハメになった千里はクラスメイトから
「女子ですよね?」
と訊かれて
「ボク男ですよ」
と答えてしまった。このあたりは高校時代さんざん女生徒扱いされながらも男子を主張していた癖が出てしまった気もした。
千里が男を主張するのでその日、男子のクラスメイトたちから飲み会に誘われたものの、行ってみて千里は「男の世界」に付いていけない思いを持つ。また千里を誘った男の子たちも「この子は違う」と思ってしまった感じであった。
そして週明けの月曜日千里は、女子のクラスメイトの朱音に誘われて和菓子のバイキングに出かけた。
「800円で食べ放題って凄いね」
と千里は正直な感想を言う。
「月曜と木曜だけの限定なんだよ。土日はランチとセットで2000円で食べ放題」
「2000円というと都会価格だなあ。うちの田舎でやったら誰も来ない」
などという声もあがっている。
「このどら焼き、あんこの量が凄い!」
「なんか普通のどら焼きの2〜3倍入ってるね」
「これ普通の値段出して買ってもいいなあ」
「普通に買うと1個150円みたいね」
「いや、それでも安い気がする」
「このお団子やわらかーい。好き〜」
「みたらしの味も好みだな。辛すぎず甘すぎず」
「お菓子がホントに好きな人が味付けしてるね」
ここの食べ放題は時間制限は無いのだが、だいたい最初の1時間くらいで女子たちのお腹は適度に満たされる。食べながら話していたのはお菓子自体の論評だったが、ひとしきり話し終えると、学校の中身の話が色々出る。
「緋泊先生はちゃんと毎回出席していたらテストの答案がよほど酷くない限りは最低でもCくれるらしいよ」
「あの先生、逆にAはめったにくれないらしいね」
「そうそう。だから『シーどまり』というアダ名があるらしい」
「N先生、結構セクハラ紛いの言動があるから気を抜かないようにしないといけないって」
「そういう先生って自分ではセクハラしてる意識無いんだよね」
「そうそう。単に学生と親睦を深めているつもりだったりする」
先生の噂に関しては金曜日に男子の飲み会で聞いた話とも一部重複していたが同じ先生の評価でも、男子学生の見方と女子学生の見方は結構違うんだなと思いながら千里は聞いていた。
同級生の話題も早速出る。
「佐藤君は文学部の2年に彼女が居るんだって」
「年上の彼女?」
「いや、佐藤君は1年浪人してるから。高校の時の部活で一緒だったらしいよ」
「宮原君は本当は医学部を狙ってたらしいね。前期で落ちたんで後期で理学部受けて通ったんだって」
「もしかして仮面浪人するつもりだったりして」
「うんうん。本人の口ぶりもそれっぽかったらしい」
「渡辺君は地学科のアヤちゃんと同棲してるっぽい」
「新入学で既に同棲!?」
「一応、各々独立にアパートは借りたらしいけど、実質アヤちゃんのアパートで暮らしているっぽい」
まだ2日目なのに、何なんだ?この子たちの情報網は?
「この中で恋愛中の子いる?」
という質問が出るが、美緒が堂々と
「交際中」
と言って手を挙げる。
「おぉ、すごーい」
「高校の時の知り合い?」
「ううん。入試の時に知り合った」
「嘘」
「それでもう恋愛成立しちゃったんだ?」
「うん。私はぐずぐずしてる恋は嫌いだから」
「Hした?」
「3回したよ」
「すごーい。既にそんなにしてるとは」
「ちゃんと避妊してるよね?」
「してないけど、排卵日は避けてるから大丈夫だよ」
「いや、それは危ない」
「ちゃんと付けさせなきゃ」
「セックスしたことで排卵が起きることもあるって話だよ」
「基本的に女の子の身体って妊娠が起きやすいようにできてるから」
千里はそんな会話にも普通に混ざって話していた。この程度のことは高校の時にも、蓮菜たちと普通に話していた内容だ。
その後、5人(玲奈・美緒・真帆・友紀・朱音)と千里の会話はファッションの話や、ジャニーズやExileなどの男性芸能人の話題、高校時代の恋話などで盛り上がっていく。
「結構長居しちゃったね」と言って2時間弱で和菓子の店を出て(特に美味しかったお菓子を何人か別途買ってテイクアウトしていた)、ファミレスに移動し、晩御飯を食べながらまた話が続く。
玲奈はハンバーグセット、真帆はシーフードスパゲティ、友紀はカツカレー、朱音はチキンステーキセット、千里はミートグラタンを食べているが美緒はひとりでサーロインステーキとヒレカツのコンボセットにタコスのプレートを取っている。
「美緒、よく入るね」
「男の子の目が無い場所では本音の食事だよ」
「ああ、言えてる、言えてる」
「美緒の食べっぷり見てたら、もう少し入る気がしてきた」
という声が出て来て、ソーセージピザとポテトのプレートを注文してみんなでシェアしようということになる。
それで料理が来て食べながら話していた時、友紀が千里の前にあるグラタン皿に目を留める。
「あれ、村山君、まだそのくらいしか食べてないの?」
「うん。もうお腹いっぱい」
「うそ」
「それ3分の1くらいしか食べてないじゃん」
「ボク少食なんだよねー。マックとかもハンバーガーは何とか食べてもポテトは食べきれないから最初から誰かにあげちゃうし」
「信じられん」
「ハンバーガーって、クォーターパウンダーとか?」
「あんなのとても入らないよ〜。普通のハンバーガーとかフィレオフィッシュとか」
「私ならクォーターパウンダーは2個行ける」
と美緒。
「クォーターパウンダーはさすがに1個しか入らないけど、ダブルチーズバーガーなら2個食べたことある」
と朱音。
「ボク、ダブルバーガーは半分も食べきれない」
「凄い少食だね〜」
「ごはんちゃんと食べてないとおっぱい大きくならないよ」
と美緒は言ったが、言ってから「あれ?」といった顔をして
「そういや、村山君、男の子だっけ?」
「うん、ボク男だけど」
「忘れてた!」
という声が複数の子から上がる。
「だけど、なんか普通に女子の話題に付いてきていた」
「レディスのブランド名もよく知ってるし」
「サンリオのキャラクターもよく知ってる」
「Hey! Say! JUMP のメンバーの名前を知ってる男の子なんて有り得ない」
「女子特有の恋愛話にふつうに反応してた」
「卵胞期・黄体期なんて言葉を知ってる男の子って見たことない」
「まるでPMSを経験したことがあるみたいな話し方だった」
「授業中に付けてあげたイヤリング、そのまま付けてるし」
「村山君、ニューハーフさんってことは?」
「え〜? ボク、普通の男の子だと思うけど」
「いや、絶対普通じゃない!」
と全員の声。
「取り敢えず、食欲に関しては、かなり少食な女の子って感じだよね」
「取り敢えず、女子に準じて扱っても問題ないような気がする」
「女子に準じて扱われたら嫌?」
「うーん。別に気にしないけど」
「だったら、『村山君』って苗字で呼ぶのもよそよそしいし、千里ちゃんって名前呼びしてもいい?」
「うん。呼び捨てでいいよ」
「よし、本人も言っているし、他の子と同様に名前の呼び捨てで」
「了解了解」
結局、千里の性別問題はスルーされた感じで、また色々な話題で盛り上がる。
「男子では結構春休みに運転免許を取りに行った子いるみたいね」
「ああ。合宿で取るには、春休みは良いタイミング」
「私は高3の夏休みに合宿で免許取ったよ〜」
と友紀が言う。
「お、すごい」
「取るには取ったけど、高校卒業まではお母ちゃんに免許預けてたんだけどね」
「ああ。親としては心配だよね」
「春休みにお父ちゃんに助手席に乗ってもらって練習してだいぶ勘を取り戻した」
「車買った?」
「買いたいけど、車屋さんに行ってみて、値段見て桁を数えてそのまま帰ってきた」
「ああ、高いよね〜」
「中古車だと少しは安いよ」
「うん。高校の同級生男子からそういう話聞いて中古車屋さんにも行ってみたけど、やはり手が出んと思った」
「入学金で親に負担掛けてるし、お金貸してとかは言えないよねえ」
「そもそも免許取るのに親からお金出してもらったし」
「いくら掛かるんだっけ?」
「だいたい20万くらいだよ」
「あれ、だいたい年齢×1万円くらいなんだって。20歳前後で取るなら20万で取れるけど、30歳になってから取ろうとしたら30万掛かるって」
「60歳なら60万?」
「60歳で免許取ろうというのは凄いな」
「男子では車買った子が5人くらい居るみたいね」
「へー」
「だいたいみんな30万から50万くらいの中古車で3〜4年のローンみたい」
「ああ。うちの大学は貧乏な学生多いから、親がポンと新車買ってくれるなんて子は居ないだろうね」
「ボクも免許だけ取った〜」
と千里も言う。
「バイトとかするのに免許があった方がいいかなと思って」
と千里は付け加える。
「ああ。免許があればできる仕事が増えるよね」
「ピザの宅配とか、運送屋さんの助手とか」
「運送屋さん?」
「宅配のトラックで、メインのドライバーが荷物を配達に行っている間、運転席に代わりに座っておく仕事」
「そんな仕事があるの?」
「運転手が居ない状態で車が放置されてたら、駐車違反の紙貼られちゃうでしょ?運転手が居れば、駐車してるんじゃなくて停車中ですと言えるらしい」
と玲奈が言う。
「そのために運転席に座るんだ!」
「だから実際にはトラックを運転できなくてもいい」
「でもトラック運転できる免許が必要なのでは?」
と朱音が訊くが
「街中の配送に使っている2トントラックなら普通免許で運転できる」
と玲奈は答える。
「へー!」
「でも玲奈詳しいね」
「あ、えっと・・・」
「もしかして彼氏から聞いたとか?」
「あははは」
「なるほどー。交際中か」
「まだ交際ってほどじゃないよ。キスもしてないし」
「ふむふむ」
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女子大生たちの妊娠騒動(1)