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(C)Eriko Kawaguchi 2014-07-05
そして、少し人の流れから外れた所にあるトイレの女子トイレの方に入ると、千里は個室の中で服を着替え、ロングヘアのウィッグをつけた。玄関の所の健診受付に行く。学生証を渡すと白衣を着た係の人がそれを読取機に掛けて健診票がプリントされる。クリアファイルに入れてくれるので、それを持って再度C館の中に入った。
検尿をするトイレの所に行く。表に出ている紙コップを持ち女子トイレに入ると、まだ早い時間帯だからだろう。空いている個室があるのでそこに入る。紙コップに自分の学生番号のバーコードシールを貼り付け、コップの中におしっこを出す。それでコップを棚の所に置いて外に出た。
レントゲンの所に行くが、椅子に座っているのは3人だけだ。タイミング的には多分真帆はもう終わっているはずと踏んだが、実際その後レントゲン室から出てきた子は知らない子だった。やがて名前を呼ばれてレントゲン室に入り、服を脱ぐ。女性の技士さんから「髪が長いですね。クリップお持ちですか?」と言われる。「持ってます」と言って髪をあげて頭の上でまとめた。それで機械の所に立ち、「息を吸って」「停めて」「OKです」という声を聞く。
服を着て外に出ると、待合の椅子の所に友紀が居たが、こちらは平常心で伝票をもらい、次の心電図に行く。ここで真帆がまだ順番待ちをしているのを見るが、やはり平常心で受付に伝票を出し椅子に座って待つ。真帆はすぐ呼ばれて中に入った。
10分くらいの後、真帆が出てくるが、千里は文庫本を出して読んでいたので、真帆はこちらに気付くこともなく次に向かったようであった。こういう時千里は「気配を消して」モブに同化しているので、もしかしたら普段の格好のままでも気付かれないかも知れないなと千里は考えていた。
心電図も女性の技士さんが対応してくれるが、この時期の千里のバストはAカップより少し大きいくらいなので、技師さんも特に千里の性別に疑問を感じたりはしていない風であった。終わって出て行くと待合には友紀が居る。ほんとにギリギリで行動している感じだ。
その後、採血をされた後、視力検査、聴力検査を経て、内科に行く。行った時5人前に真帆が居た。そして待っている内に6人後に友紀が来る。すると友紀が来たのを見た真帆は自分の居た位置から離れて友紀と一緒に並び、おしゃべりを始める。千里は例によって気配を殺してじっと列の進むのを待っていた。
しかし友紀と真帆のおしゃべりの内容が聞こえてくる。
「桃香がこないだメール受け取ってた女の子、実際には《元恋人》らしいね」
「へー」
「地元に彼女を残してこちらに出て来たってことらしい」
「じゃ遠距離恋愛?」
「玲奈が聞き出したのでは、一応卒業を機に別れたんだって」
「でも連絡取り合ってる訳でしょ?」
「本人としては切れたいんじゃないかな。だから着メロに『オーゼの死』なんて設定していたんだよ」
「一応終わった恋ってことか」
ああ。自分のことも色々噂立てられてそう、と思っていたら、やがてそういう話も出てくる。
「千里ってさ、本人は否定しているけど、やっぱあっちだよね?」
「だと思う。でなかったらイヤリングそのまま付けてたりとかしないよ」
「イヤリング似合ってた!」
「あれきっとイヤリングとかしたことあるんだよ」
「スカートとかも穿いてそうだよね」
「ってか、こないだ穿いてたパンツもあれレディスだったよ」
「ほんと?それまでは気付かなかった」
「よし、今度は髪留めでもプレゼントしてあげよう」
「髪留めはあの髪の長さでは難しいかも」
「じゃカチューシャで」
まあいいけどねー。
「でも千里と桃香って、ひょっとしてシンクロしてない?」
「あ、それもちょっと思った」
「なんかどちらも超格安物件に入居したみたいだし」
「ふたりとも春休みに運転免許取ったみたいだし」
「こないだ同じメニューを注文してたよね」
「それと見た? 千里と桃香って同じ形の携帯ストラップ付けてたね」
「うそ! それ気付かなかった」
「但し色違いなんだよ。千里は金色のリング、桃香は銀色のリング」
「それペアで買ったんじゃないよね?」
「いや、さすがに偶然だとは思う」
「でももしかして凄く相性が良かったりして」
ちょっと待って〜。私女の子は恋愛対象じゃないよぉと千里は思う。
「でもそれ恋愛成立するの? 桃香はレスビアンだから女の子にしか興味はないでしょ? 千里の方も女の子には友情しか感じないって言ってたじゃん」
「ってことはカップル成立の可能性は無いか」
「うーん、残念」
友紀はこないだの集まりでもBL/GLの話をしていたし、カップリングを想像するのが好きなのかなと千里は思った。
やがて千里の順番が来る。健診票を係の人に渡す。最初に体重と身長を測られる。
「身長167cm」
「体重54kg」
と言われた。
身長は多分真面目に測ると168-169くらいある。しかし身長計に乗る時の要領で多少低い数値にすることは可能である。そして体重は、千里は本来49kgくらいのはずなのだが、今日はロングヘアのウィッグをつけているので、このウィッグが多分5kgくらいだろうと思った。この時期、千里は血糖値を低く保つために食事制限をしていたので、体重も低めだったのである。
血圧を測られた上でカーテンの向こうで上半身裸になり医師の診察を受ける。
「心音とかに乱れはないですね。心電図も問題無い感じだし。でもちょっと体重が軽いね。この身長だと60kgくらいあっていいんだけど。ダイエットのしすぎってことない?」
「ダイエットはしてないです。ただ少食だからかも。あまり入らないんですよね」
「生理の乱れとかはないですか?」
「ええ。乱れたりはしません」
「じゃ特に問題ないかな」
ということで解放された。洋服を着て、友紀たちと視線を合わせないように気をつけて健診室の外に出る。それからC館を出た後、隣のB館に入り、そこのトイレで元の服に戻してウィッグも外した。
「ふう」と大きく息を付く。
取り敢えず今年はこれで何とか誤魔化したけど、来年はやばいかな、などとも思う。でも来年くらいまでには友人たちにも性別のことをカムアウトしているかも知れないなという気もした。
12時に正門前に行くと、居るのは友紀・真帆・玲奈・美緒の4人である。
「朱音はバイトだって。11時40分頃来てバタバタと健診受けてまた行っちゃった」
「わあ、もうバイト見つけたんだ! 何してるの?」
「ハンバーガー屋さん」
「おぉ、凄い」
「しばらくはずっと訓練らしいよ。実戦投入までに鍛えられそうって言ってた」
「多分ゴールデンウィークの戦力としてカウントしてるんじゃない?」
5人で歩きながら話す。
「桃香はキャッチできなかったんだよね」
「狭い健康診断会場で居ればどこかで遭遇しそうなものなのに」
「寝過ごしてたりして」
「幽霊に取り憑かれていたりして」
それで焼肉屋さんに入る。
「ここはランチタイム800円なんだよね。11時から14時限定で、豚肉・鶏肉に限っては食べ放題」
「それでも800円なら充分嬉しいね」
最初お店の人が持って来た皿には牛肉のロースとカルビが10切れずつ(つまり1人2切れずつのよう)と、鶏ムネ肉、ウィンナーに、豚カタ・モモという感じのお肉に多少の野菜が乗っている。後は豚肉・鶏肉および野菜は言えばいくらでもお代わりを持って来てくれるらしい。
「だけどバイトもなかなかいいの無いみたいね」
「勉強と両立できるバイトが少ないよね」
「そうそう」
「どうしても昼間の仕事が多いけど、昼間仕事してしまうと授業に出られない」
「勉強に差し支えない程度の仕事だと実入りが少ない」
「難しいなあ」
「やはり理系は授業に出ていればいいってもんじゃないもんね」
「やはり教科書ちゃんと予習しておかないと、授業の内容その場では理解できないよ。私、群論の最初の講義、訳が分からなくて、終わった後生協書籍部に行って『猿でも分かる群論』って本を見つけて読んで、何とか理解できたかなというところ」
「私も群論分からなかった。最初のパズル解くみたいな話の途中で先生の言葉が頭の上を素通りし始めた。その本貸してよ」
「じゃ明日持ってくるよ」
「私、群論より線形代数が分からなかった」
「私もー。あれ私の頭の容量をオーバーしてる気がする」
「でも位相幾何よりはマシらしいよ」
「位相幾何は脳味噌の革命が必要だって」
「うーん・・・」
「私は解析学がチンプンカンプン。高校の時はごまかし気味に理解していたんだけど、やはり私はεδ(エプシロン・デルタ)法が根本的に分かっていないという気がする」
「あれ、εδより、超準解析の方がまだ理解しやすいって先輩が言ってた。超準解析だと無限小とか無限大という数が存在するんだよ。超準-non standard-とは言うけど、実は解析学が生まれた時代、ニュートンやライプニッツの時代の考え方に近い」
「ほほぉ」
「それの本読むと解析学が理解できる?」
「いやその頭になってεδの話を聞くと多分もっと混乱する」
「うむむ」
「しかし『猿でも分かる・・・』か。それ読んでも分からなかったらどうしよう?」
「猿未満ってことか」
「うむむむむ」
「やはり授業の後、それと同じくらいの時間の復習はしておかないと学年の途中で付いていけなくなるって先輩が言ってたよ」
「そうなるとバイトは厳しいなあ」
「ただ3年生くらいになったら、もうホントにバイトなんかしてる時間なくなるらしいから、バイトするなら1〜2年の内だよ」
「みんな奨学金は受けてるよね?」
という質問に全員頷く。(実際には千里は奨学金は受けてないが話を合わせておく)
「あれも気が重いけどね」
「返す時のこと考えたらね」
「私、高校の時も受けてたから借金が順調に増加中」
「結婚するまでに返済は終わらないから、マイナスの持参金持って結婚するようなことになる」
「欧米じゃ、奨学金って返さなくていいものが多いらしいね」
「日本の奨学金って、ほとんど高利貸しだもんなあ」
「そうそう。高利貸しと言えば、先輩が言ってたけど、サラ金には絶対手を出すなって」
「うん。それはうちの母ちゃんからも言われた」
「あんなの借りたら、返せなくなるの分かりきってるから」
「返せるほどの資金力があるなら、そもそも借りなくていいはず」
「クレカ作った人いる?」
「あ、ボク作った」
と千里は言う。
「どこの?」
「###のデビューカードっての。いやETCカードを作れるということだったから」
「いーてぃーしーって?」
と質問が出る。車に乗らないと確かに知らないだろう。
「高速道路の料金所を素通りするだけで料金を払えるシステムなんだよ。無線通信式のクレジットカードという感じ。そのシステム専用のね」
「へー」
「あ、そうか。免許取ったんだもんね」
「だったら、やはりETC持ってないと高速代が全然違うよね」
と言う子もいる。ETCのシステムを知っていると、こういう意見が当然出てくることになる。
「平日の深夜時間帯に掛かるように走行すれば半額になるから、長距離走るなら、絶対ETC持ってないといけないよ。東京から大阪まで12000円掛かる所が6000円で済む」
と玲奈が言うと
「そんなに割り引かれるんだ!」
と千里は驚くように言った。
(深夜の50%引きは2008年10月14日から2014年3月31日まで行われた。但し一部の道路をのぞく)
「あ?知らなかった?」
「うん。割引されるよ、というのは高校の時の友だちに聞いたんだけどね。細かい内容までは知らなかった」
と千里は答える。先日貴司から何割引とかになるよとは聞いていたのだが半額とまでは言われなかった気がする。(実際には貴司はあまり深夜のドライブをしたことがなく正確な割引率を知らなかったのである)
「そうか。私もETCカード作っておこうかな」
とやはり免許を取っている友紀が言う。
「クレカ自体は何かに使った?」
「全然。ボクってアバウトな性格だから、多分クレカ使ったら破綻する。現金主義で行くつもり」
「うんうん。それがいい」
「ただ、ネットの買物とかする時はクレカがあると便利だよね」
「ああ、なるほど。こないだキッチン用品を通販で買った時は代引きにしたから手数料100円取られた」
「うん。代引き手数料も、いつもネットショッピングしてたら馬鹿にならない」
「クレカで物を買ったら、その分の現金をすぐ決済準備用の口座に入れておくようにするといいんだって。普段使いの口座と別にそういうのを作っておく」
「それでもちろんカードローンとかキャッシングは絶対に使わない」
「うんうん。使ったらそれが地獄の一丁目」
「それから学生目当ての詐欺商法は多いから気をつけた方がいいよ」
「いくつかのパターン聞いた。旅行とかに当選しましたって電話掛かってくるんだって。それで旅行は無料だけど、登録するのに会費3万円払ってとか言われるらしい」
「こないだ**君が道を歩いてたら、洋服屋さんの配送トラックというのに呼び止められたんだって。配送してたら背広が1着余ったというのよね。出荷係のミスだと思うけど、持って帰ると伝票の処理が面倒だから、あんた良かったら、安く買わないって言われたらしい」
「何その、小学生並みの話は?」
「そんなんで引っかかる人居るの〜?」
「引っかかる人がいるから、振り込め詐欺なんかも被害続出だと思う」
「あれも覚えのない請求書に金払うって人が理解できん」
「あと怖いのは宗教勧誘と学生運動だよね」
「学生運動の人たちはまだいいんだよなあ。話せば分かるから」
「宗教は怖いね。可愛い女の子が男の子とデートするみたいに見せて実は勧誘なんてのもあるらしいよ」
「何それ?」
「デート商法の宗教版」
「うかつにデートもできんな」
「美緒、惚れっぽいみたいだけど気をつけろよ」
「大丈夫だよ。私は深入りしない主義だから。こないだの彼氏とももう別れたし」
「えーーー!?」
「だって、入試の時に知り合って、そのあとセックスまでしたのでは?」
「うん。でもフィーリング合わないから別れることにした」
「なんてあっさりしてるんだ」
「セックスが深入りじゃなかったら、深入りって何なんだ?」
「うーん。同棲とか」
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女子大生たちの妊娠騒動(5)