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「でもこの中でセックス経験者は誰々?」
「それはちょっとこういう場で告白する内容では」
「よし、こうしよう」
と言って、友紀は、コーヒー用の角砂糖をテーブルの上から取り、全員の前に1個ずつ置く。
「これでさ。みんな目を瞑ってから、セックス経験のある人はこの角砂糖を食べちゃう。未経験の人は中央に寄せる」
「ふむふむ。それで何個中央に寄せられたかを見ようって訳か」
「よし、やってみよう」
それで全員目を瞑る。友紀が携帯のタイマーで2分計ってから全員目を開ける。
中央に寄っていた角砂糖は2個であった。
「なんて疑心暗鬼を起こさせる個数なんだ?」
「取り敢えず誰が角砂糖を食べたかを詮索するのはやめよう」
「うん。そうしよう」
雰囲気的には角砂糖は3個残るのではないかと思っていた子が多いようだった。
翌日教室で会った桃香に玲奈が声を掛ける。
「桃香、昨日はちゃんと健康診断受けた?」
「いやぁ、それが寝坊しちゃって」
「ほんとに寝過ごしたのか!」
「で学生課に連絡したら、別途受けてくださいということになった。今月いっぱいは新入生の健診で忙しいから、連休明けに受けてくることになった」
「なるほどー」
そうか!そういう手があったのかと千里は思った。今年みたいにハラハラしなくても、休めば別途ひとりだけで受けられるのか! 来年はその手で行こう。
男子のクラスメイトの宮原君が千里に声を掛けてきた。
「そうそう。実は男子の間では、村山って実は女なのでは?なんて噂があったんだけどさ」
「何それ〜?」
「いや、昨日の健診で男子の時間帯にちゃんと居たから、やはり男だったのかとみんな言ってたよ」
「男ですよ〜」
「いや、あまり男に見えないもんで。あ、いや、ごめんな」
「ううん。別にいいよ」
その会話を聞いて美緒が「ふーん」という感じの顔をしていた。
ゴールデンウィーク初日の4月25日(土)の午後。千里は「ようやく」雨宮先生をキャッチすることができて、新宿のカフェで会い、頼まれていた作曲案件の譜面とMIDIデータをお渡しした。
雨宮先生は居場所がつかみにくいので、なかなかキャッチできないことで業界でも有名である。千里もその週の頭から何とか連絡を取ろうとしていたのだがなかなか捕まらず、その日やっと新宿で本人と遭遇できたのである。もっとも本人はラブホテルの中に居たのでホテルの前から千里が電話を掛けて出て来てもらった。
「よく私を捕まえたね」
と雨宮先生は言った。
「某レコード会社に電話したら、たまたま某部長さんが出られまして」
「ほほぉ。あの人自分で電話も取るんだ」
「それで大西典香や津島瑤子などに楽曲を提供している作曲者の鴨乃清見というのを名乗ったら、私の携帯番号がちゃんとデータベースに登録されていたようで、雨宮先生と今日の夕方新宿で会う予定というのを教えてくださったんですよ。先生って、ある程度の余裕を持って行動なさるから、既に新宿におられるのではないかと思って来てみたら先生の波動を感じたので、あとはそれを頼りに辿り着きました」
「ふーん。大したものね。波動で分かるとは、さすが美少女占い師」
「そうですね。20歳までは美少女でもいいかな」
「その後は美女占い師になって、その内何とかの母とか名乗ったり」
「あまり占い師でやっていくつもりはないですけどね」
「将来何になりたいの?」
「できたら普通の会社勤めがしたいんですよねー。ハードルは高いだろうなというのは思っています」
「いっそプロの作曲家としてやっていくとかは?」
「20年も30年も曲を生み出していく自信はないです」
「なーに、最初の10年で一生分稼いでしまえばいいのよ」
「まあ、それはひとつの手ですね」
そんなことを言いながら雨宮先生は千里が書いた曲を見た。
「あんた、ホントにしっかりとしたプロの書き方をするようになったね」
「それは楽曲の質が落ちているという意味でしょうか?」
「いや。今はまだ上り坂だと思う」
千里は無言で雨宮の言葉を待つ。
「初期の頃の未熟さ・荒削りな部分が影をひそめて、すごくきれいにまとまっているのよ。これ直すべき部分が無い」
「やはり欠点を指摘されている気がします」
「ふふ。何か足りないものがある気がしたら、それをまた考えてみるといい」
「努力します」
「ところで、その会談が夜8時くらいに終わると思うんだけどね」
「はい」
「その後、ちょっと週末、新潟まで行って来たいのよ。運転してくれない?私、お酒飲みたいからさ」
「了解です。それでは例のインプでお迎えに行きます」
「明日の帰りも運転してくれる?」
「いいですよ。新潟では適当に時間を潰して待っています」
千里としてはその間、大学の勉強をするつもりである。
「今日はそれまではどこに居る?」
「ネットカフェか何かで休憩してます」
「サウナ付きのカプセルホテルとかで寝てたら?」
「あのカプセルってなんか好きになれないんですよね」
「あんた、サウナとかは男女どちらに入るの?」
「私、男湯には入れませんよ」
「なるほどねぇ」
千里は夕方6時までネットカフェの女性専用エリアで休憩し、その後駐車場に移動して、給油して満タンにした後、再度駐車場に戻り、車の中で毛布をかぶって寝て待った。ここは近くにコンビニがあるのでトイレに行きたくなったらそこで適当なものを買物してトイレを借りられる。
ここ半月ほどの間に千里はこの車の中に寝具や着替え、カロリーメイト、かにパン、またカップ麺などの非常食や水・コーヒー、小型のカセットコンロに鍋、食器、簡易トイレなどを持ち込んで、いつでも長距離ドライブができるようにしておいた。バッグにはいつもクールミントガムも入れている。また車内で電化製品(特にパソコン)が使えるようにするためインバーターも買った。そして深夜の交通の少ない時間帯に結構運転の練習もしている。ETCカードを作った後は、それで高速に乗り降りする練習もして、東関東道・館山道などを主として走り、何度か圏央道や首都高も経験し、中央道で甲府まで往復などというのも経験した。
9時頃になって携帯が鳴る。それで雨宮先生を迎えに行き、後部座席にお乗せして出発する。
「新潟のどの付近ですか?」
「高田って分かる?」
「上越高田ですか?」
「そそ」
「お急ぎですか?」
「明け方までに着けばいいよ」
「途中休憩を入れて5〜6時間程度だと思いますが、できるだけ早く着いた方がいいですか? むしろ夜が明けてから着いた方がいいですか?」
「そうだね。じゃ6時くらいに着くように」
「では途中のSAで少し長めの休憩をします」
「うん」
「上信越道を通っていっていいですか?」
「ルートは任せた」
「了解です」
上越高田に行くには関越で長岡まで行ってから北陸道を西行して直江津から南下する道と、藤岡JCTから上信越道に入り、長野県内を北上する道がある(もうひとつ中央道・長野道を通るルートもある)。距離的には上信越道を通った方が長岡経由より40kmほど短い。しかし道の難易度は上信越道のほうが遥かに高い。アップダウンやカーブも多いし濃霧がよく発生する地点が軽井沢付近・妙高高原付近と2ヶ所もある。
上信越道の濃霧の話は友人からも聞いていた。
それでも短い方のルートを選ぶのは、千里の貧乏性のなせるわざである!
「こないだよりだいぶ上手くなった」
と言われた。先日、この車を受け取った日に千里は雨宮先生を静岡まで送って行っている。ただし千葉から海老名SAまでは貴司が運転して、千里は海老名SAから日本平PAまでを運転しただけだ。
「時間が取れる限り練習してました」
「よしよし」
「あんたを私の専任運転手に任命しようかしら」
「時間が取れる限りはお引き受けしますよ。車運転するの楽しいし」
「ああ、ハマったね」
「ええ」
「高校時代に何度か運転させた時もセンスいいと思ってたけど、免許取ったら堂々と運転できるからね」
「そうですね」
「実際は中学生頃から運転してたんでしょ?」
「してませんよー」
「私にまで嘘つかなくてもいいのに」
首都高に乗り、練馬ICから関越に入る。千里はあまり無理せず左車線をゆっくりとした速度で走って行った。上里SAで少し休憩してから藤岡JCTで上信越道に入る。かなりスピードを出す車も多いが、千里はわざとトラックの後ろに付いて控えめの速度で走って行く。
「トラックの後ろとか怖くない?」
「初めのうちは怖かったです。それと標識が全然見えないんですよね」
「だろうね」
「でも分岐ポイントはカーナビで分かりますし、他の車の後ろに付いている限り、まずスピード違反で捕まることはありません。これ教習所の先生が休憩時間に内緒の話と言って教えてくれたんですよ」
「ふふ。それは無事故無違反ドライバーの基本的なテクだね」
と雨宮先生は言った。
東部湯の丸SAで長めの休憩をすることにした。雨宮先生と一緒に降りて夜食を食べた後、車内で仮眠を取った。千里が前座席、雨宮先生が後座席で横になる。
「毛布が2枚積んであるというのは偉い」
「ふたりで寝る場合を想定して積んでおきました」
「それって1枚で済むケースじゃないの?」
「うふふ」
「でも先生ってひょっとしてバイですか?」
「うん。私は男の子も摘まみ食いするよ」
「その時って、どちらが男役なんですか?」
「ふふふ。試してみる?」
「遠慮しておきます」
「もっともあんた既に女の身体になってるからなあ」
「先生に病院に連れて行って頂いた時のことは本当に不思議でしょうがないんですよ。実際は手術とか全然してないんですけどね」
「ほんとに?」
「ええ。何でみんな私が性転換手術済みだと思っちゃうんだろう」
「それは事実だからだと思うけど」
「うーん」
「あんた、こないだの男の子は恋人なんでしょ?」
「恋人じゃないですよー。彼とは1年前に別れて今はただの友だちです」
「友だちね〜。でもセックスはするんでしょ?」
「そのくらいはしますけど」
「彼氏はあんたが男であることを承知で付き合ってるわけ?彼ってホモ?」
「彼はノーマルです。女の子が好きですよ。でも私、彼の前では完璧に女を演じてますから。ただ演じすぎたのか、彼、私が既に女の身体になってると思い込んでる感じなんですよね」
「セックスもしている彼氏がそう思っているということは、やはり女の身体になっているとしか考えられんのだが」
「うーん・・・」
朝4時頃千里は目を覚ます。雨宮先生はまだ寝ているようであったがトイレに行ってきてから出発する。妙高高原で霧が濃かったので、時間調整も兼ねて短時間の休憩。ここで雨宮先生も起きてトイレに行ってこられる。そして千里は5時45分くらいに上越高田ICを降り、6時の時報が鳴るのと同時に目的地に到着した。
「正確に着いたね」
「偶然です」
「楽曲の辻褄合わせの仕方なんか見ていても思うけど、あんたの頭の中って、アナログコンピュータが動いているみたいだ」
「なんかそういうこと高校時代によく言われてました」
「ああ。バスケのゴールを狙う感覚と、こういう感覚って共通だろうね」
雨宮先生は電話で会う予定にしていた人と連絡を取っていたが、向こうは焦っている雰囲気。多分無予告だったのではと千里は思った。結局8時まで待ってくれということになったようで、近くのファミレスに行って一緒に朝御飯を食べた。
「昨夜、私が何の打ち合わせをしていたか分かる?」
と雨宮先生は訊く。
千里は少し考えて答える。
「ローズ+リリーですか?」
「正解」
「あのペアも騒動のほとぼりは冷めたし、そろそろCD出すんでしょ?受験勉強での休養が入るだろうから、時期は難しいけど7月くらい?」
「うん。そのつもりだったんだけどさ」
「何か問題でも」
「マリちゃんが歌う自信無いと言ってるのさ」
千里は耳を疑った。自分の性別を全国に曝されたケイの方がショックで歌えないと言うのなら分かる。なぜマリの方なのだ?
「ケイちゃんが歌えないというのなら分かりますが、なぜマリちゃんが」
と千里はそのままの疑問をぶつける。
それで雨宮先生はマリは自分の歌が下手だというのをずっと気にしていて、こんな下手な歌でお金を取っていいものかと悩んでいたというのを話す。その疑問があの事件をきっかけに爆発してしまい、自信喪失しているのだというのを説明した。
「歌いたいことは歌いたいらしい。でも『ローズ+リリーのマリとして』は歌う自信が無いというんだよね」
「だったら、名乗らずに歌わせればいいんです。名も無き歌い手として。そしていろんな機会に人前で歌う経験を積み重ねて、それで自信回復させるしかないでしょう。それと並行して歌のレッスンとか受けさせて、ほんとに歌唱力を付けさせる」
「今、占いしたね?」
「無筮立卦(むぜいりっか)というんです。易占い師は頭の中に筮竹があるので、実際に筮竹に触らなくても易卦を立てることができます。今のは天水訟三爻という卦が出ました。無理させるなという卦です。之卦は天風姤 Encounter. 人との接触をさせること。つまり、実際にライブをさせることで本人が怖さを乗り越えていくしかないということです」
「ふふふ。私はやはりいい弟子を持ったわ」
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女子大生たちの妊娠騒動(6)