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■桜色の日々・中学3年編(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2012-09-24
 
2006年4月。私は中学3年になった。始業式を済ませ、新しいクラスでホームルームをする。親友の令子やカオリ、また男子で親しい荻野君などと同じクラスになれたので、ちょっと嬉しかった。
 
委員会活動で私は図書委員に選ばれる。これで3年連続の図書委員である。ホームルームが終わった後で図書館に集合しミーティングして、図書委員長を互選する。だいたい3年の男子から委員長、女子から副委員長を選ぶのが習慣であった。最初、委員長を互選して、私同様1年でも2年でも図書委員をしていた6組の平松君が選出された。彼は図書館報の編集もずっと1年からしていたので、ごく自然に選ばれた感じだった。
 
「さて、副委員長なんですが、これは委員長が男子なので女子から選びたいと思うのですが」と図書館担当の吉田先生。
 
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「やっぱ吉岡さんじゃない?」と3年の女子から声が上がる。
「あ、吉岡さんもずっと図書館報の編集してるし、いいんじゃないですか?」
と別のクラスから来ている子。
「吉岡先輩、どんな本がどこにあるか全部頭の中に入ってるから頼もしいです」
と2年生の子。
 
「ちよっと待って。女子から選ぶのでは?」と私は慌てて言う。
「え?吉岡さん、女子ですよね」
「何でか今日は学生服着てるけど、司書室で図書館報の編集している時はいつもセーラー服着てるよね」
「だいたい、吉岡さん、3年3組の女子枠で選ばれてきているのでは」
「う・・・」
 
確かにそうなのである。3組の図書委員は伊藤君と私だ。
 
そういう訳で、私は反論できないまま、図書委員の副委員長になってしまった。
 
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その日の帰り、友人達と一緒に学校を出る。朝雨がぱらついていたのでみんな傘を持ってきている。学校を出た時はまだ何とか持っていた天気が、学校を出て、2分もしない内に崩れて雨が降り出した。みんな傘を広げる。
 
「でも、ハルっていつも可愛い傘だよなあ」と環。
「そんなに可愛いかなあ」
「センスいいよね。前使ってた動物柄の傘も可愛かったけど、この花柄の傘も可愛いし」とカオリ。
「あの動物柄の傘ね〜。気に入ってたんだけど、台風の日に折っちゃったんだよね〜」
「最近の傘って修理できないらしいね。親骨・受骨を留めている所がチャチいから」
「うちのお母ちゃんが子供の頃は、傘が壊れたら傘屋さんに持っていって修理してもらってたらしいけど、当時は今と傘の値段自体が違うかもね」
 
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「ああ。傘の値段自体は昔からあまり変わってないらしいよ。ただ貨幣価値が変わっているから、実質はかなり安くなってるらしい」
「オイルショックの時が一番高くなったらしいね。傘布が石油製品だから」
「その後は中国産の安物大量流入で『傘屋さん』なんてのが商売成り立たなくなっちゃったみたいね」
「その安物が、修理不能のやつだね」
 

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おしゃべりしながら帰って行く内にひとり別れふたり別れて、私はやがてひとりで家に向かって歩いて行く。降りが激しい。ズボンの裾が濡れてしまう。ああ、やだなあ、これだからズボンって。でも今日みたいな雨の降り方ならスカートでも濡れちゃうかな?、などと思いながら公園を横切っていったら、中央にある大きなケヤキの木の所で、中学の制服を着た女の子が雨宿り?している。見たら、今年初めて同じクラスになった、確か・・・出沢由芽香だ。
 
「傘持ってないの?」と私は声を掛けた。
「うん」
「入って行きなよ」と言って私はそばによる。
「じゃ、取り敢えず」
と言って、彼女は私の傘の中に入った。
 
「出沢さんのおうちってどこだっけ?」
「○○町」
「わあ、じゃ、まだかなりあるね。うちに寄ってよ。私、すぐそこの※※町。うちで傘貸すから」
「うん。じゃ借りようかな」
 
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ということでふたりでひとつの傘を使いながら歩く。
 
「朝来る時は降ってなかったんだよね〜。大丈夫かなと思ったんだけど」と由芽香。
「そんな時に限って降るよね」
「でも可愛い傘だね。お姉さんの?」
「ううん。私のだよ。こういうの好きなんだ」
「へー!」
 

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当たり障りの無い会話をしている内に、私の家に着く。
 
「入って、入って」
と言って彼女を中に入れる。
 
「わあ、びしょ濡れだね。このままじゃ風邪引くよ。服貸すから、着替えてから帰った方がいいよ」
「あ、うん」
 
「お母ちゃーん」と私は母を呼ぶがいないようだ。
「あれ〜。買物に出たかな? あ、出沢さん、上がって上がって」
 
と言って彼女を家に上げると、自分のタンスを置いている小部屋に誘導する。
 
「あれ?セーラー服が掛かってる。妹さんの?」と由芽香。
「ううん。私のだよ。今日は始業式だから、学生服で出て行ったけど、結構セーラー服で出て行く日もある」
「は?」
 
「あ、えっと、この下着、こないだ買ったばかりで未使用だから、あげるよ。返却しなくてもいいから。あと、このポロシャツMで、スカートは61だけど、出沢さん、細いからたぶん入るかな」
 
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「その服は・・・・お姉さんか、妹さんの?」
「ううん。私の。私、女のきょうだい居ないんだよねー。あ、私も着替えよう」
と言って、私は自分の着替えを取ると、小部屋を出る。
 
「のぞいたりしないから、その部屋で着替えて。私お茶でも入れてるね」
 
そう言うと私は台所に行き、まず湯沸かしポットに水を入れ、スイッチを入れた上で、手早く学生服の上下を脱ぎ、ブラとショーツも交換すると、桜色のカットソーと白い膝丈スカートを身につけた。着替えた下着は洗濯機に放り込み。学生服とズボンはハンガーに掛ける。
 
小部屋の襖が開いて、出沢さんが出てくる。そして、そっとこちらを見ると
「へー。吉岡君って、そういう服を着るんだ?」
 
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「うん。だいたいいつもこんなものだよ」
「なんか凄く自然!女装してる男の子じゃなくて、ふつうに女の子に見える。学校にセーラー服で来ることもあるの?」
「うん。結構やってる」と私は微笑んで答える。
 
「そういえば、女の子たちとばかり話してるなと思って見てた」
「令子やカオリとはもう古い付き合いだよ」
 
お湯が沸いたので、紅茶を入れる。ティーサーバーに茶葉を入れ、お湯を注いで茶葉が「落ち着く」のを待ち、その間に冷蔵庫から牛乳を出してくる。ティーカップを2個出して来て砂糖を入れ、そこに紅茶を注ぐ。よく混ぜて砂糖を溶かしてから牛乳を入れ、ひとつ由芽香に勧めた。
 
「美味しい!」
「これはセイロンのウバだから。ミルクティーには合うんだよ」
「へー。私、紅茶の銘柄とかさっぱり」
「お母ちゃんがけっこう紅茶好きなもんだから。でもうちはコーヒーはあまり飲まないから、そちらはよく分からなくて」
 
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「ふーん。。。。そうだ!吉岡君、図書委員に伊藤君とふたりで選ばれたでしょ?なんで男子ふたりなんだろうと思ったんだけど」
「私って、昔から女子扱いだから。生徒手帳もほら、こうなってる」
と言って、生徒手帳を見せる。
 
「えー!?セーラー服で写真に写ってるんだ!」
「制服ならどっちの制服でもいいと言われたから。しかも性別は女になってるし。去年は男と印刷されてたんだけどなあ。先生がごめーん、間違ったって言ってたけど、私はこちらの方が嬉しいです、と言ったら、じゃそのままでということになっちゃった」
「へー。でも面白ーい!」
 
そんなことや、あんなことで話が弾んでいる内に母が帰宅した。雨がまだかなり降っていたので、母に頼み、車で由芽香を家まで送ってもらった。
 
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私は彼女と最初は「出沢さん」「吉岡君」だったのが、すぐに打ち解けて「ユメちゃん」「ハルちゃん」になっていた。
 

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中学では毎年4月に校内マラソン大会が行われていた。男子は10km, 女子は7kmのコースで行われるのだが、私は一応「男子」なので10kmのコースを走ることになる。今年は昨年まで使っていたコースの一部が道路のバイパス工事のため使えなかったので、違うコースになった。そこで、間違えやすい箇所に何人か先生が立っていた。
 
先にコースの短い女子からスタートし、10分遅れで男子がスタートした。私は女子と混じって走っても後ろから数えた方が楽という人なので、どんどん中心集団から離されていったが、私より遅い(というより運動不足っぽくて走れない)男の子も何人かいて、私は後方に数人の男子を見ながら走って行った。また女子でもう走るのに疲れて歩いている子が何人かいて、私は「ファイト!」
と声を掛けながら抜いていった。
 
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途中何人か、道案内の先生を見て、指示される方向に走っていく。公園の所に来た時、先生が右に行けという指示をしたので、私はそちらに走って行った。
 
少し走った時、後方に誰もいないのを見て、あれ?と思った。さっきまでは100mほど遅れたところを数人走っていたのに。疲れて歩き始めたか?などとも思いながら、私が走って行き、やがてまた先生が立っている所があった。その先生は私を見ると「ちょっと、ちょっと」と言って停めた。
 
「吉岡、なんでこっちから走ってくるんだ?」
「え?コース違うんですか?」
「こちらは女子のコースだぞ」
「えー!?」
「分かれ道に**先生、立ってなかった?」
「**先生に右と指示されてこちらに走ってきたのですが」
 
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「もしかして**先生、お前のこと知らなかったのかな?お前、ふつうに見たら女子に見えるもん」
「えー?男子のゼッケン付けてるのに。。。。どうしましょうか?」
「うーん。いいことにしようか。このままゴールまで走って行け」
「はい」
 
そういう訳で、結局私は女子のコースを走ってしまったのであった。成績表には「女子の部110人中92位」と印字してあった。本来うちの学年の女子は109人だが私を入れて110人になるのである。この成績表は母には見せたが「お父ちゃんには見せられないねえ」などと言って笑っていた。
 

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結局、私には声変わりは来なかった。練習して男の子っぽい声も出せるようにはしていたが、学生服を着て授業を受けている時でも女の子の声で押し通しているので、男の子の声を使う機会はあまり無かった。
 
女の子の声が出るので、音楽の時間はソプラノを歌っていたし、また誘われてコーラス部に入り、やはりソプラノ・パートで参加していた。コーラス部に出ている時は基本的には女子制服を着ていた。
 
5月の初めには大会があったので参加してきた。参加できるのは1校35人までなのだが、元々部員数が20人ほどしかいないので、入部したばかりなのに、みんなで出よう、という感じで私も行って来た。
 
「でも最近、ハルは女子制服を着ている比率がますます高くなってない?」
と小学校の時からの友人、由紗などは言う。
 
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「多少、そんな気もする」
「もうずっと女子制服着ていても、誰も何とも言わないと思うなあ」
「そうだね−。それでもいいような気もしてくる」
 
「お父さんには結局まだカムアウトしてないの?」
「そうそう。何となく言い出すタイミングが無くってね」
「お母さんと、あと今大阪の大学に行ってる風兄(かざにい)は知ってるんだけどね。お母さんには服を買ってもらったり、あれこれ同意書にサインしてもらったりしてるし」
 
「ハルは高校はどこ受けるの?」
「そうだなあ。家から近いしN高かなあ」
「近いからなのか!?」
「スーパーサイエンス・ハイスクールのH高にも興味あるけど、遠いし」
「ああ、理数系に興味あるんだ?」
「うん。何となく。大学は理学部行こうかな、とか思ってるし」
「へー。ハル、数学も理科も得意だもんね」
「でもN高校はレベル高いよ」
「そうなのよ!それが問題なのよ!!」
 
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