広告:ここはグリーン・ウッド (第1巻) (白泉社文庫)
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■桜色の日々・男の子をやめた頃(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2012-05-01
 
四月下旬のある日、進平は町に出て、本屋さんで専門書を物色した後、お茶でも飲もうかと思ってスタバに入ろうとした所で、見た記憶のある人物と遭遇した。
 
「こんにちは、荻野君でしたっけ?」と進平。
「こんにちは、寺元さんでしたっけ?」と荻野君。
 
その日は進平と晴音がドライブデートの最中に雨に遭っている荻野君を見てピックアップした日のすぐ後であった。
 
ふたりは何となく一緒にオーダーして、何となく一緒のテーブルにつき、コーヒーを飲みながら雑談した。
 
「へー、じゃ吉岡さんとは半同棲状態なんですか?」
「うん。このまま結婚してしまうと思う。あいつ夏にも性転換手術すると言ってるし」
「わあ、そこまで進行してるんですね。でも彼女、高校卒業する前に性転換しちゃうんじゃないかと思ってた時期もあるんですけどね」
「あいつ、そんなに女子高生してたんですか?」
「こないだは、どこまで言っていいのかなと思って控えめに言ったんですが、中学でも高校でも、実際問題として彼女、ほとんど女子の制服着てましたよ」
「へー。じゃ何で大学に入った頃は男装してたんだろう?」
 
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私は高3の秋に失恋したのを機に、女として生きて行くことに一時的に自信を喪失してしまい、いっそ男として生きようかとして、男装生活を送った(但し大学1年の間はバイト先のレストランでは本来の女の子の姿に戻りウェイトレスさんとして勤務していた)。
 
そんな大学2年の春。またまた健康診断の季節がやってきた。昨年はなぜか学籍簿が女子になっていて、女子の健康診断の日に呼び出されてしまったので、自分は男性であると申告し、翌日1人だけやってもらったのだが、今年はちゃんと男子の方に入れられていたので、私はふつうに男子の同級生たちと一緒に大学内の診療センターに行き、検診を受けることになった。
 
尿を採取して提出し、採血室で血を取られた。
 
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そのあと検診室に入ると、みんな服を脱いでパンツ1丁になって列に並んでいる。きゃー、やはり男子の検診はこんな感じなのか、とちょっと気後れした。みんな裸になってから問診票に記入しているが、私はまだ脱ぐのがためらわれて、先に問診票に記入する。そして記入が終わってから服を脱ぎ始めた。おそるおそるトレーナーを脱ぎズボンを脱ぐ。靴下も脱いでTシャツとトランクスになり、列の最後尾に並んだ。
 
「あれ?吉岡、Tシャツ脱がないの?」とひとつ前にいる同級生に訊かれる。
「あ、えっと少し調子が悪いから」
「へー。風邪でも引いた?」
 
最近はずっと男装なのでブラこそ着けていないものの、バストはあるから男子の同級生の前でこのシャツは脱げない。私はバストが目立たないように少し猫背ぎみの体勢を取っていた。
 
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「足の毛は剃ってるの?」などと訊かれる。
「うん。まあ。毛の無い方が好きだから。ショートパンツなんかも穿くし」
「ショートパンツか・・・スカートって訳じゃないよね?」
「えー?なんでー?」
 
そのあとしばし前の方の数人と雑談などしていたら、年配の看護婦さんが突然近づいてきて「あなた、ちょっと」と声を掛けられる。
 
「はい?」
「服を着て、こちらに来て」
「はい」
 
私は何だろうと思い、クラスメイトに手を振り、服を置いている所に戻って、手早く身に付けると、その看護婦さんに付いていった。
 
「あの、何でしょうか?」
「あなた、なんでこの時間帯に来たの?」
「あ、えっと・・・・今日の9時にここに来るように葉書をもらったのですが」
「御免なさい。何かの間違いね。午後からまた出て来てもらうのも大変だし、せっかくだから、どなたか空いている先生に診てもらいましょう」
「あ、はい?」
 
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私は何が何だか訳の分からないまま、看護婦さんに誘導されるまま、ひとつの診察室に入った。
 
「先生、この子、間違って男子の時間帯に呼び出されてしまったみたいで」
と看護婦さん。
「あら。それは申し訳無かったわね。どこかで性別の入力をミスったのね」
と診察室にいた女医さん。
 
あ・・・・と、その会話で私はやっと状況が飲み込めた。列に並んでいる私を見て、てっきり女子と思い込んだ看護婦さんが、なんで男子の健診時間帯に女子がいるんだ?と思い、ひとりだけ別の診察室に誘導してくれたということのようである。
 
私はもともと声変わりをしていないので、ふだんは男の子のような声を作って出しているものの、その声でも聞きようによっては女の子の声にも聞こえないことはない。
 
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「じゃ、健診しましょう。服を脱いで」と言われるので私は素直に脱いだ。
 
「あら、ノーブラなの?」
「ええ、最近付けてないです」
「若い人には、たまにいるのよね〜。でもちゃんと付けておいた方がいいよ。肩の筋肉の負担にもなるしね」
 
私の胸はAカップサイズ程度あるので、トランクスだけになった私を見ても、女性の身体に見えてしまう。それで女医さんも私を女子だと思い込んでいるようだ。私が持っていたカルテを見ているが「吉岡晴音」という名前も充分女の子の名前に見える。聴診器を胸と背中に当てられた。
 
「うん。問題無い感じですね。あなたちょっと細いけど、その割りには血液検査の結果を見ても、この年代の女の子にしては鉄分とか赤血球も比較的高いし、充分健康ですね」
「ありがとうございます」
 
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ということで、この年の健康診断は無事?終了した。考えてみると、男子の方に並んでいたら、最終的にTシャツを脱いだところで騒ぎになっていたかも知れないので、これで良かったのだろうか??
 
後日送られてきた健康診断の結果表では、私の性別はしっかり「女」と印刷されていた。
 

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この年の春、私は新学期早々父と電話越しに喧嘩してしまって、仕送りを止めると言われてしまったのだが(後で母に聞くと、知人の借金をかぶることになってしまって、その金額自体は株を売ったり銀行から少し借りたりして何とかしたものの、かなりイライラしていたらしい)、こちらは前期の授業料を納めなければならない時期であった。
 
私は2月までバイトしていたお金の貯蓄があったので、それでギリギリ授業料は払ったものの、生活費が無くなってしまい、取り敢えずアパートの家賃は大家さんに事情を話して4月分を待ってもらい、電気代・ガス代などは敢えて滞納し4月の1ヶ月は食費も1日500円に抑えて何とか乗り切った。バイトは探していたものの、学校の勉強と両立できそうなものがなかなか見つからない。
 
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やがてゴールデンウィークが近づいてくる。私は、この連休の期間中の期間限定バイトでもないだろうかと思って探していたら、23-24日の復活祭にあわせて埼玉県の△△市で行われるイベントのスタッフの緊急募集があり、電話して面接に行ったら採用してもらった。作業しやすい服であれば服装は問わないというので、ポロシャツにジーンズという格好で出かける。
 
仕事はまさに雑用で、会場内の清掃、荷物の運搬、ステージの設営、場内の案内、迷子のお世話、何でもありだった。イベントが朝9時から夜9時までであったが、こちらの作業は朝7時から夜11時まで1日2万円、2日で4万円という美味しい仕事であった。
 
金額的には美味しいものの、体力的にはなかなかハードだったのだが、私たちのグループの責任者の金崎さんという30代の女性が気配りがきいてポジティブ思考だったし、また少し疲れている風のスタッフには休憩を与えてくれたりしたので私はこの2日間、とても気持ち良く働くことが出来た。将来自分も金崎さんのような管理者になりたいものだと思った。
 
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「へー、じゃ金崎さんはこういうイベント一筋なんですか?」
「そうなんだよね。高校生の頃からこの手のバイトやってて、大学卒業しても仕事が見つからずにずっとバイトし続けて、バイト人生20年だよ」
「凄いベテランなんですね!」
「いろんな会社と関わり合ってきたから、結構声を掛けてもらって。おかげで何とか食って行けてるかな。でもいろんなのやってきたね〜。この手のフェアから、コンサート、お祭り、結婚式の司会やエレクトーン弾き、葬式もやれば、神社の巫女さんもしたし、タロット占い師も塾の先生もしたし、お正月や卒業シーズンには着物の着付け、夏はプールの監視、冬はスキー場のスタッフ、映画とかのエキストラは今でよくやってるし、乗せられて実はCD出したこともあるけど、300枚しか売れなかったよ」
 
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「CDって歌手?」
「そうそう。一応大手の★★レコードからね」
「凄い!メジャーデビューしてたんだ」
「メジャーだから300枚も売れたんだろうね。自分で吹き込んでインディーズとか扱ってくれてるレコード屋さんに置かせてもらったって、普通は10枚も売れないよ」
「ああ、そんなものでしょうね」
 
金崎さんとは何だか話が合う感じで、束の間の休憩時間や待ち時間などに結構話をした。
 

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イベントの初日、作業の手が空いたので、場内の見回りに出かけた。すると4-5歳くらいの長い髪の女の子がひとりで何かを探すようにして歩いていた。迷子かな?と思って私はその子に声を掛けしゃがんで同じ目の高さになって話しかけた。
 
「君、誰と一緒に来たの?」
「お母さんとお姉ちゃんと来た」
「お母さんはどこ?」
「さっきまでいたのに、どこかに行っちゃった」
「大変だね。お母さん、探すの手伝ってあげようか?」
「うん」
「君、名前は?」
「かわだあかり、4歳」
「よしよし。あかりちゃん、放送してくれるお姉さんの所に行こうね」
「うん」
 
その子の手を引いて中央の案内所の所に行ったが、誰もスタッフがいなかったので自分で放送のスイッチを入れて場内呼び出しをした。5分もしないうちに、30歳前後の女性が小学2〜3年くらいの女の子を連れて飛んできた。
 
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「あ、お母さん!」
「あかり、良かった!」
 
しばし抱きしめていろいろ声を掛けていたが、やがて立ち上がり
「どうもありがとうございました」
と御礼を言う。
 
「見つかって良かったですね」
「お母さん、このお姉ちゃんがここに連れてきてくれたんだよ」
「そうでしたか。本当にありがとうございます」
「いえいえ。こちらも仕事ですから」
 
親子は去って行ったが、あかりちゃんから「お姉ちゃん」と言われたなと思い私は苦笑した。
 

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この2日間の仕事中、私はトイレはスタッフ控え室に隣接するトイレ(男女共用)を使っていたので「どちらのトイレに入るか」というのは考えずに済んだ。
 
ただ、1度場内の見回りをしていた時、急に尿意をもよおしたことがあった。近くにあったトイレ(男子トイレ)をのぞいてみると誰もいなかったので、これ幸いと中に入り、個室に入って(マジックコーンを使って立って)用を達してホッとする。手を洗って出た所で、バッタリと金崎さんに遭遇した。
 
「わっ、びっくりした。中で何かあったの?」
「あ、いえ。急にトイレに行きたくなったので飛び込んだだけです。済みません」
「でも男子トイレに?確かに空いてるよね。女子トイレはどこも混んでるもん」
「あ、えっと・・・」
「ま、スタッフのネームプレート付けてれば仕事で入ったんだろうと思ってもらえるから咎められないけどね」と金崎さんは笑っている。
「そうですね」
 
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この時、初めて私は『ひょっとして私って女の子と思われてる?』ということを思い立った。
 
それからよくよく観察してみると、スタッフのネームプレートの名前の欄の下線が赤い線か青い線かで、どうも男女が分けられているようだということに気付く。
 
私のネームプレートの下線は赤だった。どうも最初から女子とみなされていたようだ。でもまいっか!
 

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2日間のバイトを終えて月曜日はまた大学に出て行ったが、昼休みに携帯に着信があった。みると金崎さんの携帯である。何かイベントの件で残務とかあったのだろうかと思いオフフックする。
 
「もしもし。昨日・一昨日はありがとうございました」
「そちらこそお疲れ様。ところで、吉岡さんって、◇◇◇◇大学だったよね?」
「はい」
「人に何か教えたこととかある?」
「昨年、一時期家庭教師のバイトをしていました」
「黒板の前に立ってみんなに説明するとかいう経験は?」
「あ、それはいつも学校のゼミでやってますね」
 
「じゃ、行けるかも知れないなあ。実はうちの父が学習塾の教頭をしてるんだけどね」
「へー」
「中学生向けのゴールデンウィークの集中講座の講師が急に足りなくなっちゃったの。予定していた人が2人交通事故に遭っちゃって」
「きゃー」
「私が顔が広いから誰かピンチヒッター捕まえられないかって頼まれちゃって。ひとりは私が昔大手の学習塾で講師していた時の友人が捉まったんだけど、あとひとりがなかなか見つからなくて。その時、ふと吉岡さんのこと思いついたのよ。吉岡さんって言葉がハキハキしてて聞き取りやすいから、講師向きじゃないかなと思うんだよね」
「やりたいです。人に教えるの好きです」
「じゃ。そちらの講義が終わってからでいいから、塾まで出て来てくれない?住所は・・・・」
 
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桜色の日々・男の子をやめた頃(1)

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