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■夏の日の想い出・事故は起きるものさ(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-09
その日、私は高校時代の友人・佐野君に用事があって、彼のアパートまで出かけて行った。愛車カローラフィールダーをその辺に駐めて階段を登ろうとしていたら、登り口の所に青い車が停まっていて、ツナギを来た人物が車の下に上半身突っ込んで何やら作業をしている様子。
「あれ?佐野君、作業中だった?」
と声を掛けると
「あ、ボクだよ、ボク」
と言って車の下から這い出して来たのは佐野君の彼女の小山内麻央であった。
「あ、ごめーん」
「ボクはだいたい男と間違われること多いから問題無い」
「まあ、それはお互い昔からだったね〜」
麻央は小学校の時の同級生で、当時麻央はよく男と間違われ、私はよく女と間違われていたものであった。「唐本のチンコを取って、小山内にくっつければいい」とよく言われていた。
ちなみに麻央は私の姉の夫の妹でもある(面倒くさいから義姉ということにしている)。
「ちょっとアンダーカバー留めてるボルトが取れちゃって。取り敢えず針金で留めてたんだよ」
「それボルトでちゃんと留めなくてもいいの?」
「どうせすぐ外れるし」
「外れるの〜」
「まあよくぶつけるから」
「でもなんか車が変わった?」
「あ、前まで乗ってたインプレッサ、階段にぶつけたらエンジンが動かなくなっちゃってさ」
「階段〜?」
「まあ、いつものことだよ。それでホンダ・インテグラ買ったんだよ。1988年もの。3万円」
「安いね!」
「30万km走ってるから」
「大丈夫〜?」
「と思うけどなあ。入って入って。お茶でも入れるから」
と麻央は私を部屋の中に招き入れた。
2014年12月上旬。町添部長が朝からわざわざ私のマンションまで来訪した。KARIONの和泉、∴∴ミュージックの畠山社長、UTPの大宮副社長にも来てもらっていた。
「じゃ今年は多数参加型でやるんですか」
町添さんからの打診に私は驚くようにして言った。
それは2015年3月に予定していた震災4周年に合わせた東北応援イベントの計画のことであった。
「最初はまたKARION, XANFUS, Rose+Lily, AYA の4ユニットを中心にお姉さん格のスリーピーマイスやスイート・ヴァニラズも入れてという線で考えていたんだよ。ところが今XANFUSが迷走してるし、AYAは事実上休業してるし、スリーピーマイスは個人活動がメインになってしまって、現在3人まとまっての活動は全くしてないんだよね」
「そういえばそうですね」
「スイート・ヴァニラズもElise君がいつ復帰するのかよく分からなくて」
「子育て大変みたいです。Londaさんが」
Eliseの子供の世話をしているのは主として彼女の家に泊まり込んでいるLondaであって、Eliseはのんびりとクラシックを聴いたり小説を読んだりして過ごしているらしい。
「そういう訳で、今考えているのがこういう線」
と言って町添部長は(○秘・禁複写撮影)と書かれている紙を見せてくれた。
600(前座) Golden Six 630(前座)不酸卑惨 700 篠崎マイ 730 遠上笑美子 800 南藤由梨奈 830 山村星歌 900 坂井真紅 930 富士宮ノエル 1000 ステラジオ 1030 神田ひとみ 1100 桜野みちる 1130 川崎ゆりこ 1200 秋風コスモス 1230-1300 (休憩) 1300-1400 ハイライトセブンスターズ 1400-1500 Rainbow Flute Bands 1500-1600 スリファーズ 1600-1700 KARION 1700-1800 Rose+Lily
「朝6時から夕方6時までですか」
と私はまたまた驚いた。
「昨年夏にいわき市でやったイベントに似てますね。あれより出演者がぐっと多いけど」
と畠山さんが言う。
「あれは出場者が7組だったからね。これは午前中30分ずつ11組、午後は1時間ずつ5組」
と町添さん。
「11組というのは不酸卑惨とGolden Sixを除いてですね」
「うん。彼らは前座」
「しかし朝6時なんて人が来るんですか?」
「7時からの新人3連発がけっこう集客力があると思うんだよ。若いファンが多いから。でもさすがに到着がバラけると思うから、冬の寒空にただ震えながら待つのでは悪いから、その間にまあ前座を流しておこうということで。一応7時前は大型スピーカー禁止なので、客席各所に配置した小型スピーカーだけで流す」
と町添さんが言う。
「ちょっと待ってくたさい。寒空ってまさか野外ですか?」
「うん。仙台みちのくスタジアム」
「うっそー!?」
「部長、東北の冬をなめてません?3月はまだ完璧に真冬ですよ」
と、この中では最も常識人っぽい大宮副社長が言う。彼は青森県下北半島の出身である。豪雪地帯だ。
「全座席に温熱シートを設置する。ホッカイロを綿でくるんだようなもので、くるんでいることで低温やけどを防止する。それから会場のまわりに防音と風除けを兼ねてパネルを設置する。それと場内に温風を流すようにする」
と町添さん。
「6時ってまだ日出前なのでは?」
「当日の夜明けは5:28, 日出6:01, 日没17:35, 日暮18:08」
「つまり日出とともに始めて、日暮れとともに終わるんですか」
「そうそう」
「最初7時から始めるつもりだったんだけど、早く到着した人が可哀想だから聞いても聞かなくてもいいような前座を入れましょうよと、実はGolden Sixの後見人の醍醐春海君が言い出してね。自らGolden Sixで6時くらいから演奏しますよと言ってくれたんだけど、前座をやると聞いた龕龕レコードから連絡があって。うちの不酸卑惨も出してと要望が出て、それで前座が2つ入ることになったんだよ」
龕龕レコードは神田ひとみが所属しているレコード会社である。
「なぜそこで醍醐が」
それにいつの間に千里はゴールデンシックスの後見人になったんだ??
「ちょうど近くの席で、雨宮君と2人で、森風夕子ちゃんのアルバムの件で打ち合わせていたので」
「森風夕子ちゃん? 彼女は東郷誠一先生が書いておられるのでは・・・あっ」
と和泉は疑問を投げかけて途中で気づいてしまった。
「うん。実は東郷先生は名前を貸してるだけ。これまで実は別の作曲家さんが実際には書いていたんだけど、その人が最近自分のバンドでデビューしてしまったので、雨宮君の所で代わってもらえないかという話が来たみたいで」
「野潟四朗さんですか」
と大宮さんが言う。
「あまり言いふらさないでね。それで雨宮君が、ちょうど醍醐君がもう修士論文を書き上げて時間が取れるみたいだから書かせますよという話で」
と町添さんは言う。
「醍醐は今月いっぱいでファミレスのバイトも辞めるようなことを言ってましたから、今後は時間が取れるかも知れませんね」
と私は言った。
この時点では私も、そして醍醐春海こと千里自身も、まさか彼女がソフトハウスに就職することになるとは、夢にも思っていなかったのである。
「だけど、前座が2つ入る場合、アーティストの格から言えば、Golden Sixのほうが後だと思いますけど」
と和泉が言う。
Golden Sixはその前身のDRKも含めるとインディーズで既に7年半のキャリアがある。メジャーデビューしたのは今年8月で、そのデビューCDはいきなり30万枚売れた。一方の不酸卑惨は今年春に結成されたバンドで、インディーズで1枚CDを出しただけ。セールスも恐らく1万枚に届いていない。一応来年4月頃にメジャーデビューの方向で調整中らしい。
「それが6:00はさすがにお客が居ないだろうし気の毒だから自分たちが引き受けるからと醍醐君が言うのでね」
「なるほど、千里らしい。付き合わされるカノンたちはちょっと可哀想だけど」
と私は言った。
「2008年組? みんなもう落ち目のアーティストばかりじゃん」
と不酸卑惨のベーシスト、ゴキガバは出演していた生放送の音楽番組でそう言い放った。
「ちょっと、それは言い過ぎじゃ無い?」
と司会者がたしなめるが、
「ローズ+リリーはケイがオカマだってので騒がれて注目されただけ。曲自体が詰まらないし、KARIONは最初から学芸会みたいだったし、AYAはもうあれ実際引退したんでしょ?XANFUSはオリジナル・メンバー居なくなったし。まあ昔のParking Serviceみたいにメンバー交代しながら10年くらい続けるつもりなのかも知れないけど、歌唱力のある音羽をクビにした時点でオワコンだよ」
ゴキガバがあまりにも早口でまくしたてたので、放送局側が彼のマイクの接続を解除する対応が遅れた。実際ディレクターも強制的に切っていいものかどうか一瞬判断を迷ってしまったので、この発言のほとんどが全国に流れてしまった。
ゴキガバは更に持論を展開して、東郷誠一・山本大左といったベテラン作曲家は「もう化石と同じ」とか、本坂伸輔・後藤正俊・田中晶星といった中堅作曲家は「生きてる価値が無いほど堕落してる。もう死ね」などと言った上で、歌手の芹菜リセ(33)・松浦紗雪(32)・青嶋リンナ(28)・松原珠妃(27)といった30前後の実力派と言われている人達を「歌唱力が衰えまくって子宮も腐ったロートル」などとこき下ろしたのだが、このあたりの発言は電波には流れなかった。
結局、この日、不酸卑惨の演奏自体が放送されなかった!!
ネットでは電波で流れた2008年組に関する評について「その通り!」「よく言った」と書き込む擁護派と、「ローズ+リリーの曲は魅力的だよ。少なくとも不酸卑惨の音楽未満の騒音よりはね」「AYAは絶対戻って来る」といった反発派とが激しい論争をした。
ただゴキガバに反発した人たちも、XANFUSの音羽・光帆の解雇は間違いという点ではゴキガバの意見は正しいと認めていた。
この事件に関しては
「しかしあれ凄い放送事故だよな」
「ディレクター飛ばされるのでは?」
などとよけいな心配をする人たちもあった。
2014年12月16日。中堅作曲家の本坂伸輔さんが亡くなった。本坂さんは様々なアイドルに楽曲を提供しており、秋風コスモスや桜野みちるなど§§プロの歌手は彼の曲をしばしば歌っていたし、AYA, XANFUS, KARION に楽曲を提供したこともある。但しKARIONに提供してもらった曲は問題が生じて結果的には採用されなかった。
私はその日フォノトン(XANFUS)の制作現場に顔を出していた時に訃報を聞き、政子を呼び出して(私の分の喪服も持って来てもらって)、その夜一緒にお通夜に出席した。本坂さんは40歳の働き盛り。正式な結婚はしていなかったものの、内縁の奥さんであった歌手の里山美祢子さんが喪主を務めていた。私は「大変でしたね」と声を掛けたものの、彼女は今にも倒れんばかりの様子で酷くうちひしがれている様子であった。
私たちが会場で椅子に座り僧の読経を聞いていたら、不酸卑惨の5人が来訪する。しかし多くの参列者が眉をひそめた。彼らは真っ赤な服を着て、ギターやベースを掻き鳴らしながら入って来たのである。わざわざアンプを引いてきている。
式場のスタッフが咎めようとしたが、里山さんがスタッフを押しとどめ
「ようこそ、おいで下さいました。故人に挨拶してやってください」
と先頭に立っているゴキガバに言う。
するとゴキガバは司会者の所に行き、マイクを奪ってスピーチを始めた。
「皆聞け。本坂伸輔なんて作曲家は居ない」
参列者は顔を見合わせている。
「ここ数年、本坂の名前で発表されていた作品は、実際には****という女子大生が書いていたものだ」
とゴキガバは言う。
「そうなの?」
と政子が私に訊く。
「うーん。それは私とか千里とかなら知ってる話」
と私は答える。
「しかし**さんは先日亡くなった。一酸化炭素中毒によるものだ。あれだけの作品を書いていたにも関わらず、彼女は4畳半の安アパートで貧乏な暮らしをしていた。電気も止められて、カセットコンロの熱で束の間の暖を取っている内に不完全燃焼を起こした。死んだ時彼女は****が歌う『****』の譜面を手書きで書いていた」
そこに本坂さんの友人の進藤歩さんが寄って行く。
「君、こんな席でやめたまえ。これ以上何を言うんだ?」
「進藤さん、あんたは偉いと思う。ちゃんと自分で曲を書いている。しかし俺はこういうニセモノ作曲家が我慢ならん。こいつが毎年高額納税している影で本当の作者は飯もまともに食えん生活していたんだ」
そしてゴキガバは突然消化器を荷物の中から取り出す。
「よって天に代わって制裁を加える」
と言うと、いきなり祭壇めがけて噴射し始めた。
「わはははは! ざまあ見ろ。てめえのような腐った作曲家は死んで当然!」
などと叫んでいる。
「何をする!?」
と進藤歩さんがゴキガバを静止しようとしたが、彼は進藤さんを押し返そうとして結果的に押し倒す形になった。そばに居た★★レコードの南さんが停めようとしたが、彼も振り払われてしまう。結局警備会社のスタッフが掛けよって暴れている不酸卑惨のメンバーを外に連れ出した。
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