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■夏の日の想い出・事故は起きるものさ(4)
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「まあ、そういう訳で、アクア君のデビューCDなのだけど、ドラマに俳優としても出演する『ときめき病院物語』の主題歌を歌ってもらおうということで」
と町添さんが本題に入って言った。
「ああ、妥当な流れですね」
「オープニングでアクア君が歌い、エンディングをローズ+リリーに歌ってもらえないかと」
と町添さん。
「なるほど、それで私が呼ばれた訳ですね」
と私。
「でもオープニングはもしかして他の方が歌う予定だったのでは?」
と千里が心配して尋ねる。
「実は神田ひとみに歌わせるつもりだった」
「ああ・・・」
「引退しちゃいますからね」
神田ひとみは年末に突然結婚・引退を表明した。3月1日に引退ライブを関東ドームで行うことになっている。彼女は18歳で、契約では22歳までは結婚は禁止されていたのだが、紅川社長が温情で認めてあげたのである。
「それで最初は看護婦役で出る誰かに代わりに歌わせる案もあったのだけど、アクア君がちょうどドラマに出るし、彼に歌わせようという流れになったんだよ」
「なるほどー。同じ事務所の歌手に交代するのはとっても自然ですね」
「そうそう。いちばん揉めない」
「それでその主題歌を、霧島鮎子作詞・上島雷太作曲で書いてもらおうと」
「上島先生が別の作詞者を入れるというのは珍しいですね」
「僕も悩んだんだよ。自分の楽曲の品質が落ちているというのは感じていた。多くの人が仕事のしすぎだから、もっと絞るべきだと言うのだけど、僕の曲をあてにしている歌手が、僕が提供できなくなると、引退に追い込まれる可能性もある。それで歌詞を他の人に書いてもらうというのを試みることにした」
と上島先生が言う。
「年間1000曲、歌詞までというのは無理ですよ」
と私は言う。
「それでアクア君のデビューCDは、その主題歌と、もうひとつカップリング曲を、ゆきみすず作詞・東郷誠一作曲で。これは番組の挿入歌として使用するかも知れない」
と町添さん。
「なるほどー。それで醍醐さんがここに呼ばれた訳ですか」
と私はやっと納得がいって言った。
「うん。私は東郷誠一さんの中の人のひとりだから」
と千里。
「東郷先生の中の人はたぶん20人くらい居ますよね」
と日野さん。
「まあ桜島さんもそうですしね」
と千里。
「うん。実はね」
と日野さん。
「でも東郷先生の偉いところは、下請けにも出してるけど自分でもかなりの量を書いていることですよ。あの先生、自分で年間に20-30曲書いてますよ。充分多作な作曲家です」
と千里。
「そのあたりが木ノ下先生や本坂さんとの違いかもね」
と私。
「いやここだけの話だけど本坂君は本当にここ数年全く自分では書いてなかったらしいんだよ」
と町添さん。
「例の亡くなった女子大生は本坂君以外にも数人の作曲家のゴーストをしていた。だから、あんなに貧乏な暮らしをしていた理由が分からなくてね」
「紐が居たんでしょ?搾り取られていたのでは?」
と千里が言う。
「可能性あると思う」
と町添さん。
「木ノ下先生も最後の方は年間1−2曲しか書けない状態になっていた。恐らく最後の作品が、KARIONの『幸せな鐘の調べ』だと思う」
と千里。
「それは後で私も思った。あの作品をゆき先生が勝手に大改造したのに物凄く怒ったんだけど、久々に良い作品ができたと思っていたのに原型を留めないほど書き換えられて、自分を踏みにじられた思いだったんだろうね」
と私。
「ケイちゃんの方の曲はカップリングは適当にそちらで選んで」
「はい。選びます。そうだ。これ著作権はどうなりますか?」
「ΛΛテレビはそのあたりがゆるいから、著作権は作詞作曲者自身で。代表原盤権もアクア君のは§§音楽出版社で、ローズ+リリーのはサマーガールズ出版でいいよ。こちらとの所有比率はいつもの通りで」
「了解です」
「まあ、ここだけの話、テレビ局が著作権を所有するのはよくないと思うんだけどね。テレビ局は中立であるべき」
と町添さん。
「若手の作曲家さんが折角売れても印税をもらえなくて可哀想だしね」
と上島先生も言う。
1月9日、3月に行われる震災復興支援イベントの詳細が発表された。場所は仙台市の、みちのくスタジアムだが、交通の便が極端に悪い会場なので、当日はアクセス道路を交通規制してマイカーやタクシーを排除(障害者手帳または療育手帳を持つ人のみ許可)。スタジアムの駐車場も閉鎖して代りに高速道路のIC近くに大駐車場を確保。そこ及び仙台駅・仙台空港からシャトルバスを運行する。
屋根がデザイン優先で作られているため事実上全く役に立たないので、会場の周囲にパネルを立てて風避け(兼防音対策)とする。また会場内に温風発生器を多数設置するとともに座席にはホッカイロを利用した温熱シートを敷く。
チケットの販売数は5万枚だが、状況次第では追加発売もあるとした。一応会場のキャパは最大8万人である。
入場料は4320円だが、福島・宮城・岩手の3県に住所または勤務先がある人、被災者であることを何かで証明できる人、被災地でボランティア活動をしている人は、3240円でチケットが購入できる。また、会場は天然芝なので、一応保護シートで覆うものの、アリーナ席は長靴・スニーカーなどの全面ゴム底の靴での入場が必要で、ヒールのある靴、スパイクや金具の付いた靴は禁止、またライブ中の起立は禁止である。傘の使用も禁止であり、降雪した場合のため、フードのついた暖かい服を着てくることを推奨し、ホッカイロなどの用意も求めた。
しかし発表された出場者のラインナップを見て、私はけっこう感慨深かった。
600(前座)Golden Six feat.アクア 630(前座)Flower Four 700 篠崎マイ 730 遠上笑美子 800 南藤由梨奈 830 山村星歌 900 坂井真紅 930 富士宮ノエル 1000 森風夕子 1030 桜野みちる 1100 川崎ゆりこ 1130 秋風コスモス 1200-1300 ハイライトセブンスターズ 1300-1400 Rainbow Flute Bands 1400-1500 KARION 1500-1600 XANFUS 1600-1700 AYA 1700-1800 Rose+Lily
XANFUS, AYA が参加することができたのが私はいちばん嬉しかった。このXANFUSは震来と離花(現Hanacle)ではなく、音羽と光帆のユニットである。元通りのXANFUSだ。AYAもようやく再始動した。
スリファーズは元々受験準備のため休業中だったのだが、出演者の頭数が足りないので出てくれることになっていた。XANFUS,AYAが出られることになったので当初の予定通り、3月いっぱいまでは休業するようだ。神田ひとみは引退してしまう。代わりにアクアがオープニングアクトに出ることになってGolden Sixと一緒に歌うことになった。
このアクアがイベントの前座に出るというニュースが駆け巡ったおかげで、翌日1月10日の10:00のチケット発売時刻から3時間ほど、ぴあ・ローソンチケットには全く電話がつながらない状態になった。そして11:30頃までにはこの日発売された5万枚が全て売り切れてしまった。主催者側では3万枚の追加発売を来週土曜日(1月17日)に行うことを発表した。
「アクア君が早朝から出ることになったことで、若い子たちが早朝から会場に押し寄せてくることが確定したね。ただ、現場に入るにはシャトルバスに乗るしかないんだけど、これは最初の便が5:00に仙台駅を出る。しかし仙台駅から1時間程度で歩いて行くことも可能なんだよね。不測の事態があってはいけないので、そのルートに午前3時から、数百メートルおきに警備員を立たせることにした」
と町添部長は言った。
「大変ですね!」
「警備員さんたちがね」
「全くです」
「ステラジオのホシちゃん、経過はどうですか?」
「一週間くらいは絶対安静。空気マットの上に寝せている」
「大変ですね」
「まあ若いからすぐ回復すると思うんだけどね」
ステラジオのホシが出場者が発表される前夜のライブ中にステージから足を踏み外して転落。腰椎を骨折する重傷を負ったのである。それでステラジオは急遽ラインナップから外れることになり、森風夕子がピンチヒッターとして出場することになった。町添さんはその調整のため徹夜したようである。
しかしステラジオも森風夕子も★★レコードの八雲さんの担当だ。この事故の結果、ステラジオが春くらいに予定していたツアーは実施できるかどうか怪しくなったらしい。
「ホシはステージ上で飛び跳ねるようなパフォーマンスをよくやってたんでね。八雲もそれ危ないよとしばしば言っていたらしいんだけど、乗ってくると身体が自然に動いてしまうみたいでね」
「ロッカーの魂ですね」
「うん。そんな感じだろうね。八雲君は始末書を書いてきた」
「責任無いと思いますけど」
「うん。会社としても処分するつもりはない」
「不酸卑惨は結局出演拒否ですか」
と私は訊く。
「そうなんだよ。例の事件で事務所の社長が各方面に土下座して回ったことで一応あの事務所の他のアーティストはテレビに出られることになった。しかし不酸卑惨自体は当面テレビ局からは出入禁止。でも今回のイベントの実質的な主催者となる君たち《08年組》が、ライブに出るのは構わないと言うから、こちらも龕龕レコードの居舞さんにそう伝えた。事務所もありがたいと言っていた。ところが本人たちが、俺たちは一流アーティストだから、屑アイドルやロートル2008年組の前座なんかできるかと言って」
と町添さんは半ば呆れたように言っている。
「まあ、いいんじゃないですか? 自信を持つことはいいことです」
と私は笑いながら言う。
「実力を伴った自信ならいいけどね。それに自信を持つことと他人を見下すことは違うよ」
と言って町添さんは顔をしかめる。
「通夜もそうですけど、こないだの放送の方が後から大変だったみたいですね」
「うん。放送では流れなかったけど、2008年組をボロクソ言った後で、他の作曲家や歌手のことも、かなりこき下ろしたんだよ。作曲家の先生たちは皆笑っていたんだけど、批判されたことを聞いた芹菜リセが激怒してね」
「あぁ。あの人を怒らせると怖い」
「彼女は権力を持っているから。鈴木(一郎)社長がだいぶなだめたんだけど、龕龕レコードの制作部長に直接電話して、かなり激しく抗議したらしい。まあそれで制作部長も彼女の勢いに負けて、向こう半年間は不酸卑惨のライブは企画しないし、CDも出さないと約束した」
「あらあら」
「今回の復興支援イベントは、先に決まっていたイベントだからと押し切るつもりだったんだけど、本人たちが出演拒否するからなあ」
と町添さん。
「もう少し手段を選べば、彼らの主張に耳を傾ける人も出ると思うんですけどね」
と私も言う。
「うん。ただネットでは、カリスマ的に祭り上げられている雰囲気」
「ネットの住民はわりと無責任だから。でも簡単に掌返すから怖いですよ」
「うん。ネットは難しい」
「ところで代わりに前座に入ることになった、このFlower Fourって、新人さんですか?」
と私が尋ねると、町添さんは、凄まじく笑いをこらえたような表情をした。
「まあ当日になれば分かるよ。ケイちゃん、朝から来るよね?」
「ええ。アクアにもゴールデンシックスにも関わりがあるから。マリは遅くなるかも知れませんが」
「いや、マリちゃんを起こしてぜひ連れてくるといいよ」
と町添さんは言った。
「は?」
ところで、ローズ+リリーの冬のツアーは1月12日の成人式・横浜エリーナ公演で終了した。最後まで物凄く盛り上がったライブであった。
12月10日に発売した2枚目のオリジナル・アルバム『雪月花』も好調に売れていた。予約だけで80万枚入り、初動が120万枚も来た。『Rose+Lily the time reborn, 100時間』『RPL投票計画』『Flower Garden』に続いてアルバム4作連続ミリオンである。通常版のCDのみのものが4320円、限定版のDVDとのセットが6480円であるが、限定版で買う人の方がずっと多かった。
またこのアルバムは1月21日に、英語版その他も出す予定なのだが、昨年の『Flower Garden』が海外でも評価が高かったことから、それを待ちきれずに日本語版をダウンロードあるいはArtemisなどを通して直接買う人もかなりあったようである。Artemisは発売日前日までにアメリカ・ヨーロッパにかなりの在庫を航空便を使って転送したようである。
その成人の日の夜、各ニュースサイトに衝撃的なタイトルのニュース記事が掲載された。
《不酸卑惨、悲惨なステージ。成人式観客の性器を切断》
というものである。
報道によると、この日某市で行われた不酸卑惨のライブで、演奏中にゴキガバが最前列で熱狂的に踊りながら聴いていた成人式を迎えたばかりの男性観客をステージに呼び上げ、ズボンを脱がせて、彼の男性器を大型のハサミで切断してしまったというのである。
ライブはあまりの衝撃に観客は皆冷めてしまい、気分が悪くなって退出する女性客なども多数いたとニュースでは報じていた。
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