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■夏の日の想い出・事故は起きるものさ(6)
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目次 8
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「よし、私が運転しよう」
と政子が言い出す。
「え〜〜!?」
「政子さん、もう運転免許取ったんでしたっけ?」
と青葉が尋ねる。
「先月頭に取ったよ〜」
「じゃこうしましょう。ちー姉のアルコールが抜けるまでは、政子さんが運転して、助手席にちー姉が乗ってサポートする」
と青葉。
「それがいいかも。夜中の12時すぎたら、私もアルコール抜けると思うから」
と千里。
「よし、それで出発しよう」
青葉はできたら私の車ではなく、千里の車を使った方がいいと言ったのだが、千里は今夜表参道から歩いて来ており、車は水戸市内らしい。水戸で雨宮先生に捕まり、雨宮先生の車を運転して都内に入ってから居酒屋で「男の娘妊娠計画」について話を聞いていたという。その後呼び出されて地下鉄で★★レコードに行き、酔い覚ましを兼ねて徒歩で恵比寿の私のマンションまで来たという。
それで結局私のカローラフィールダーを使用することになった。
政子はマンションを出ると、カーナビの指示に従い首都高のランプを上り、東京IC方面に向かった。
ところが・・・・
「え?今の所分岐しないといけなかった?」
「うっそー、なんでこんなにすぐ次のインターチェンジがあるのよ〜!」
などと政子は言っている。
確かに初心者に、出入口や分岐の間隔があまりにも短い首都高は辛い。
千里が教えながら何とかカバーしようとしていたのだが、力及ばず車は東京ICからどんどん離れて、練馬ICまで来てしまう。
「下道を行くべきだったね」
「カーナビって高速に乗りたがるもんなあ」
「近くだから乗っても大丈夫だろうと思ったのが甘かった」
「仕方ない。遠回りになるけど、中央道経由で行こう」
ということで、そのまま練馬ICから関越に乗った。
その後は無事、鶴ヶ島JCTから圏央道を通って中央道の方に移ることができる。平日の夜なので中央道は車の量がそんなに多くない。私はかえって東名より良かったかも知れないと思い始めていた。
「あれ? 雪が降ってきたよ」
「この車、タイヤは?」
と千里が訊く。
「スタッドレス付けてるよ。2013年11月に買って今年2冬目」
「だったら大丈夫か」
と言いながらも
「雪の上は滑りやすいから、《急》の付く操作をしないようにね」
と千里は政子に言う。
「キューって?」
「急ブレーキ、急ハンドル、急加速。それやるとスリップするから」
「うん。気をつける」
などと言って運転していたが突然「わっ」と言う。
「どうした?」
「今突然横に動いた」
「雪が積もっていたらそれは普通に起きる。焦って急ハンドルしないように。滑った時に急ハンドルすると、スピンするから」
「スピンって?」
「くるくると回転」
「それどこに行くの?」
「運任せ。運が悪いと天国へ」
「むむむ」
しかしどうも雪が水分を多く含んでいるようで、かなり滑りやすくなっているようだ。
「政子、スピード落として。50km/hくらいで走ろう」
「そんなに落としていいの?」
「ほら。見て、速度制限が掛かった。60になってる」
と千里は道路脇の標識を指さす。
「あれ?この道、60km/hなの?」
「天候が悪い時とかには、60とか、40とか数字が出るんだよ。ふだんは何も表示されない」
「へー!天候によって変わる標識なんだ!?」
「そうそう」
ところがやはり雪道の運転が初体験だからであろう。しばしば車が横滑りしては「わっ」などと声を出している。
「マーサ、次のPAで中に入ろう。休んだ方がいい」
と私は政子に声を掛けた。
「うん。そうしようかな」
と本人も言っている。
「千里、まだ11時だけど、そろそろ運転できない?」
「うーん。まだ完全じゃないんだけど、初心者の政子よりは私が運転した方がいいかも知れないね。じゃ、次のPAで交代しよう」
ところが初心者の初心者たるゆえんで、次のPAの進入路に入り損ねる。
「あれ? 今のところ入らないといけなかった?」
「うん」
「じゃUターンした方が良い?」
「とんでもない!」
と私と千里は同時に言う。
「高速道路はUターン禁止」
「仕方ないから次のSAまで走って。それで交代しよう」
「うん」
非常駐車帯に駐める手もあったのだが、距離が短い非常駐車帯にきちんと駐めるのは初心者には結構難しいのでSAまで行った方がいいと、私も千里も言った。
そして、その時刻はその後しばらく私の脳裏に焼き付いていた。23:13を車の時計が指し示した時のことである。
「わっ」
と突然政子が大きな声を挙げ、車が左に大きくずれる。
「危ない!」
声を挙げた時、政子は思いっきり右にハンドルを切っていた。すると車が右にスピンする。
「きゃー!」
と政子本人がいちばん大きな声を挙げたが、その後、私は何が起きたのか訳が分からなかった。
ふと気がつくと、目の前で私の愛車カローラフィールダーが逆さになり、激しい炎を上げて燃えていた。
2010年6月に買ってから、4年半の間に私と政子を乗せて20万km, 地球5周分を走り抜いてくれた車である。私はそれを呆然として見ていた。
ハッとして左右を見る。すると千里が気を失っている風の政子を腕にしっかりと抱いて立っていた。その時の千里の表情は、今まで私が一度も見たことのないほど恐ろしい、まるで般若のような表情であった。
私が彼女を見たのに気づくと、千里はすぐにいつもの表情に戻して言った。
「冬、怪我してない?」
「ちょっと待って」
私は身体のあちこちを見る。どこか痛いところ無いかな?
「大丈夫かも」
千里は政子を地面に置く。
「気絶した王子様を眠りから覚ますのは白雪姫の役目だよ」
と私に言って微笑む。
「最近の白雪姫ってそうなの!?」
私は思わずそう言って政子にキスをした。
政子はほんとに目を覚ました。
「私・・・生きてるの?」
と政子。
「そうですよ。王子様」
と私。
「王子様。一緒に悪い魔法使いを倒しに行きましょう」
「あなたは白雪姫?」
「もちろん」
「そうか。白雪姫が王子を起こすのか」
「私とマーサって毎朝そうじゃん」
「確かに!」
「車の中に何か大事なものあった?」
と千里が訊く。
「パソコンや譜面が。でも毎日バックアップしてるから、最悪1日分だけ頑張れば何とかなる。あっ」
「何か?」
「ヴァイオリンが」
「どれ持って来てたの?」
「Angela」
「それって6000万円のだっけ?」
「うん。でも私たちが助かっただけで運がいいとしなきゃ」
「それは被害の出すぎだなあ」
と千里は言ってから、おもむろに携帯を取り出して、どうも青葉を呼び出したようである。
「青葉、事故っちゃったんだけど、呪いを掛けた相手分かる?」
「怪我は?」
「全員無傷」
「よく無事だったね!ちょっと待って」
と言ってから青葉はどうもこちらを遠視しているようである。
「何これ?」
と青葉が呆れたような声で言う。
「私も想定外の事態でさ」
「ホントに!?相手は分かったけど、それより呪いはターゲットを見失って、術者の所に戻って行ったと思う」
と青葉は言っている。
「呪いは既(すんで)でかわしてるよね?」
「かわしてる。呪いは解けた」
「良かった」
「もう大丈夫だよ。でもたぶん術者本人が事故る」
「自業自得だね」
「ちー姉ってドライだね」
「青葉には負けるよ」
それで千里は電話を切った。青葉はともかくも明日朝一番のサンダーバードで神戸に向かうと言っていた。
「さて、呪いは青葉が片付けてくれたみたいだし、私たちはこのまま神戸に向かおうか」
と千里は言う。
「え?どうやって」
「その車をちょっと押して道路に戻そうよ」
と千里が言った時、私は目の前に信じがたいものを見た。
さっきまで逆さまになって炎上していたと思っていたフィールダーが普通にちゃんとタイヤを下にしていて、特に炎上もしていない。
「今、この車燃えてなかった?」
と私は訊いた。
「気のせいでは。誰かが運転席に座って、あとふたりで車を押せばいいと思うんだ」
と千里。
「それ腕力を考えたら、政子が運転席に座るしかない」
と私。
「私が運転していいの?」
「道路に戻ったらすぐ停めて。それでふたりが乗り込む」
「分かった!」
車は急停止した時タイヤが空回りしたのかスタックしている。車に積んでいた毛布を駆動輪である前輪の前に敷き、政子が運転席に座ってエンジンを掛けローに入れて、私と千里が車を押すのと同時に政子がアクセルを踏む。
数回やっただけで何とか車はスタックから抜け出し、路側帯まで戻った。
毛布を回収し、運転席は千里に交代。後部座席に私と政子が乗って、車はスタートした。
「デリネーターを1本折っちゃったけど」
と私が言ったら
「言わなきゃバレない」
と千里は運転しながら言う。
「バッくれるのか!?」
「今の事故って呪いにやられたの?」
「違う。今のは単なる事故」
「え〜〜〜!?」
「やはり政子が雪道に慣れてないからスリップした時にうまく処理できなかったんだと思う」
「うむむ」
「呪いが事故を起こさせる直前に勝手に事故ってしまった。それで呪いは目標を見失って、術者のところに戻った」
と千里は言う。
「戻るとどうなるの?」
「もし術者が今夜車に乗っていたら自分が事故るかもね」
「うーん・・・」
「ということは、今の事故はひょっとして私のせい?」
と政子が尋ねる。
「うん。免許取り立てで初めての雪道じゃ仕方ないよ。みんな怪我が無かったから良かった。それに結果的にはナイスプレイになった。それで呪いが無効になっちゃったんだから」
と千里。
「いや、政子ってそういう子なんだよ。物凄く守護霊が強いでしょ?」
と私。
「政子の守護霊は大きなパワー持った巫女さんだと思う。お筆先を書くようなチャネラーっぽい」
と千里。
「似たようなこと、青葉も、竹田宗聖さんも言ってた」
「ね。あの場合、滑った瞬間、ほんとは私、どうすれば良かったの?」
と政子が尋ねる。
「政子、左に滑った時に右にハンドル切ったでしょ?」
「うん」
「それはスピンしたいですという操作。左に滑ったら左にハンドルを切る」
「えーー!?」
「そうすれば車の姿勢を保てるんだよ」
「カウンターステアだね。ドリフトと同じ」
「でもそれで左に飛び出さない?」
「ちょっとだけだよ。焦ると概してハンドルを切りすぎて、どうにもならなくなる。初心者の事故で一番ありがちなパターン。ハンドルってちょっと動かすだけで充分大きく動くから。あと基本的な話として、今のように後輪が左に流された場合、車は右に向いている。それで更にハンドルを右に切ったら回転するに決まってる。あるいは反対側に飛び出すか」
政子はしばらく掌に指で絵を描いていたが
「あ、なるほどー!」
と言う。
「だからハンドルは流された向きに切らないと車の姿勢を元に戻せないわけ。但しちょっとだけ」
「そうだったのか」
「それ自動車学校でも習ったはずだけど」
と私が言う。
「そうだっけ?」
「次横滑りした時のために覚えておきなよ」
「うん」
「でもやはり基本は、政子がまだ運転に慣れてないから滑りやすい所に突っ込んでしまったんだと思う。運転に慣れたら、そういう所を避けて走れるようになるし、危ないなと思ったら速度落としたりとかの調整もできるようになるから」
「そっかー」
「たくさん練習するといいよ。新しい車来たら」
「よし。私毎日5−6時間運転の練習しよう」
と政子が言うので、私が
「歌の練習は〜?」
と訊く。
「それはもちろん、運転しながら歌うんだよ」
と政子は答えた。
千里が後はもう大丈夫だから、ふたりとも寝ているといいよと言ったので遠慮無く寝せてもらった。それで神戸には早朝着いたので、道路沿いのファミレスに入って一緒に朝食を取った。
「千里ありがとう。おかげで私もぐっすり眠れたし」
と私は言う。
「でも基本的な問題として冬たちは運転手を雇うべきだと思うなあ。あるいは付き人か」
と千里は言う。
「それは考えたこともあるんだけどね。超ブラックな仕事になりそうだし」
「確かに政子を起こすのとか大変そうだしね」
「うん。昨年短期間お願いした妃美貴ちゃんも政子を自動車学校まで送り迎えするのはいいんだけど、とにかく起きてくれないので困ったとか言ってたよ」
「一般に歌手の付き人って1年もたないと言うね」
「それはストレスの捌口(はけぐち)にされやすいからだと思う」
「その点は、冬たちなら大丈夫そうだけどなあ」
「そうだねぇ」
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