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■夏の日の想い出・事故は起きるものさ(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-10
「気分が悪くなって退出じゃなくて、パニックになって将棋倒しが起きたんだよ」
と翌日マンションに来た和実が語った。
「うちの店のメイドさんが見に行ってたんだ。最初フェイクかと思ったらしいんだけどね」
「やはりマジで切った訳?」
「登って来い、登って来いと叫んで、それでその人が上にあがって最初は一緒に歌ってたって。へー?成人式行ってきたの? でもあっちは成人済み?とかもう歌は放置して下ネタ会話。それから間奏でゴキガバさんと殴り合い始めて」
「はぁ・・・」
「この程度は普通らしいよ。夏頃のイベントで女性客の服を切り裂いて裸にしてベースのゴキガバさんとギターのネズダベさんとで前後から入れて3P始めたこともあったらしいから」
「それでもステージ続行するの〜?」
「そのくらいアリ、ってのが不酸卑惨のライブらしいよ」
「よく事務所やイベンターが許容してたなあ」
と私は少々呆れて言った。
「その3P事件の時はやられた女性がゴキガバとネズダベを輪姦罪で訴えると言ったものの、事務所が介入して賠償金2000万円払って示談で済ませたらしい」
「仕込みじゃなかったの〜!?」
「それで昨日は殴り合いの後、その人のズボンを下げて最初、ゴキガバさんが舐め始めたんだって」
「どういう趣味なんだ?」
「それでその内、てめー、立ち方が悪いとか言い出して」
と和実。
「うむむ」
「こんな粗末な物は叩っ切ってやると言って、大きなハサミ持って来て、左手で棒をつかんだまま、ハサミを袋に当てて一気に切り落としたって」
「ハサミがあったってことは予定のシナリオか」
「だと思う」
「一瞬、客がシーンとしたんだけど、切られた本人、その切り落とされた袋を自分で掴んで高く掲げて、それで客はむしろ興奮して、しばらくみんな踊っていたらしい。その内、その切られた本人が血だらけの袋を客席に向けて放り投げて。それがぶつかった女の子が『キャー』って悲鳴あげて。それで、どうも本物らしいということで」
「本人無事な訳?」
「分からない。もう客席が大混乱に陥ってしまって、それで将棋倒しとかも発生したんだよ。怪我したふうの客が結構いたって。スタッフがもう照明や音響やってた人も作業中止して必死で場内整理して、それで10分くらいで何とか客を全部出し終えたらしいけど、その切断された性器が当たった女性客と、将棋倒しの下敷きになった客10人ほどを緊急に病院に搬送したらしい」
「じゃそれでステージは終わり?」
「何だ何だ?演奏はまだ続くぞ!とゴキガバさん叫んでいたらしいけど、あの状態では続行不能だったと言ってた。見に行ってた子は冷静にゆっくりと退出して、野次馬根性でなりゆきを見ていたらしいんだけどね。どうも切断された人はメンバーの知り合いっぽかったって」
「ああ。今度は仕込みか」
「それにしても切られちゃった人、どうなるんだろう?」
と政子が何だか楽しそう!?な顔で訊いている。
「きっと男を辞めたかった子じゃないの?」
「続報出てるよ。警察が傷害罪の疑いで、ゴキガバさんを拘束して取り調べているらしい」
と私はニュースサイトを見ながら言った。
「切られた人のこと書いてる?」
「何も書いてない。まあ死んではないんだろうね。死んでたらそれも報道されてるだろうから」
ゴキガバは警察の取り調べに対して、陰嚢を切断したのは自分の友人で、本人も同意した上でやったパフォーマンスであると主張。警察は身柄付きで送検したものの、検察は3日後に容疑不十分で、処分保留のまま釈放した。
龕龕レコードでは不酸卑惨に対して今後このような人体損傷パフォーマンスや、同社側で事実確認ができなかったものの一部で噂されていた女性暴行パフォーマンスは行わないよう申し入れたものの、不酸卑惨側は反発。これは表現の自由に対する挑戦だと主張。また先日申し入れられた半年間のライブ禁止についても自分たちは受け入れるつもりは無いとして一方的に龕龕レコードとの契約を解除する旨の声明を出した。
そして3月7日に福島県某市で震災復興支援ライブをやると同時に発表する。
会場側は今回の事件を受けて、過激なパフォーマンスをするのなら会場は貸さないと言ったものの、不酸卑惨側も、復興支援なのだから無茶はやりませんと回答。事務所の社長とリーダーのネズダベが一緒に現地を訪れ誓約書を提出したことから、会場側も公演を認めることにした。
イベントはチケットを1円で販売し、会場に募金箱を置いて入った金額をそのまま赤十字に寄付すると発表された。
「レコード会社の契約は解除も何も実はまだ締結していなかったみたいね。契約しようという前提で進んでいたけど、まだ契約書は交わしていなかった」
とその日うちのマンションを訪れた加藤課長は言っていた。
「それは法的には既に契約したのと同等の効果があるはずです」
「うん。うちの法務部の人もそう言っていた。ただ向こうが解約と言っているから、こちらもそれでいいよという態度みたいだよ。先日からのごたごたで龕龕レコードの上層部も、もう嫌気がさしたみたいで」
「実際まだ龕龕レコードからは1枚もCDが出ていませんでしたね」
「うん。自主制作したCDが1枚あるだけ」
「インディーズじゃなかったんですか?」
「自主制作版のインディーズ流通だよ」
「なるほどー」
「今回の事件で龕龕レコードで彼らを推していた居舞課長もサジを投げたみたい。少々素行に問題はあるものの、若者を惹きつけるパフォーマンスをするというので将来に期待していたみたいなんだけど、今回の報道から、過去のステージ上での3Pレイプ事件のことまでネットに拡散してしまって、それで女性ファンが随分離れてしまったみたいでね」
「レイプはいけないけど、個人的にはそのくらいエネルギッシュなステージをする人、私は嫌いではないですよ」
「うん。それは分かるけど、ケイちゃんがレコード会社の担当なら契約したいと思う?」
と加藤さんが訊く。
「お断りです」
と私。
「まあそういう訳で、彼らはもうメジャーに来ることはないだろうね」
「実際彼らの路線は、商業的なメジャーになじまないと思いますよ」
「うん、そんな気もするよ」
「しかしうちの復興支援イベントに日程をぶつけてくるというのは結構こちらを意識してるよね」
と加藤さんは言う。
「ええ。どうも特に私を目の敵にしている気もします」
と私。
「募金箱を置くってのは以前うちもやりましたね」
と政子が言う。
「うん。でも今回はしない。それやると、結局出演アーティストも募金せざるを得ない雰囲気になる。それも1万円や2万円って訳にはいかない。でも今回、午前中に登場するアイドルの子たちは、みんな安月給で高額の募金をするほどの経済力がない。それで今回は募金箱も置かない方向にしたんだよ」
と私は政子に説明する。
「その代わり全員ノーギャラだけどね」
と加藤さん。
「ええ。チケットの売上金額は販売委託料を除いた全額を被災地に寄付しますからね。出場者はアゴアシも自腹、主催の★★レコード、協賛の他のレコード会社、各プロダクションも数千万掛かる会場の設営費・運用費を分散して負担するために名前を連ねているようなものだから」
と私。
「世の中、儲けを寄付するってイベントが多いからね」
と加藤さん。
「私はチャリティで出場者がギャラもらってはいけないと思いますよ」
と私は答えた。
「でもアイドルの子たちアゴアシ自腹も辛いんじゃないの?」
と政子が言う。
「まあそれで、私たちとKARION,XANFUS,AYAの9人で、アイドルの子たち10人の新幹線代とお弁当代は出してあげようよと話していたんだけどね」
政子は何だか指を折っている。
「らんこちゃんとケイは別か」
Rose+Lily(2)+KARION(4)+XANFUS(2)+AYA(1)=9人である。
「当然。それ別人だから」
「まだその話、続けてるんだ!」
と政子は楽しそうに言った。
「そのお弁当代の話で、秋風コスモスちゃんが、自分もそれに出資しますと言っているんだけどね」
と加藤課長。
「まあ彼女なら出せるかな。じゃ私たちの半分の負担で。金額は計算してあとで課長にメールします」
と私は言った。
「伝えておく。自分は今回出場するメンツの中でいちばん古株だからと言っていたよ」
私は一瞬考えた。
「ほんとだ!!」
「彼女だけが2007年デビューなんだよ。川崎ゆりこ・坂井真紅が2009年、富士宮ノエル・桜野みちる・山村星歌が2010年」
と加藤課長。
「じゃコスモスちゃんが今回のイベントのヘッドライナーですね」
と政子。
「ああ、それでいいと思う。アイドルグループの最後を締める役だもん」
と私は言った。
「でもコスモスちゃんって全っ然うまくならないよね」
と政子が言う。
「あの子、わざと下手に歌っているのではと疑ってみたこともあるんだけど、いつか彼女のお姉さんと話したことあるけど、本当に下手らしい」
「いや、彼女の歌を聴いているとマジで音感が無いんだと思うよ。音感のある人は自分の音感が邪魔して、歌いながらあんなに音を外していくのは無理」
と加藤さんが言う。
「コスモスちゃんのお姉さんも歌手志望だったんだよね」
と政子。
「そうそう。§§プロの研究生だった。そのお姉さんの所に来たコスモスを見て紅川社長が、君もアイドルにならない?と勧誘したんだよ」
と私は説明する。
「妹はデビューできたけど、お姉さんはダメだったのか」
「お姉さんは歌がわりとうまい」
「へー」
「でもコスモスは音楽の成績はいつも5だったんだよ」
「嘘!?」
「お姉さんの説ではコスモスの音楽の先生は音痴だったのではと」
「うむむ」
1月20日(火)夜21時頃。突然青葉から電話が掛かってきた。
「冬子さん、今どこにおられますか?」
「え?東京の自宅マンションだけど」
「今夜そこを動かないでください」
「どうして?今から出かけようと思っていたんだけど」
「どちらに行かれます?」
「神戸。明日、リオのカーニバルのイベントがあるのに招待されてるんだよ」
神戸はリオデジャネイロと姉妹都市になっており、それで2月14-17日に行われるカーニバルの広報イベントが開かれることになっているのである。こちらとしても明日21日は『雪月花』の外国語版の発売日なので会場には★★レコードの神戸支店のスタッフが入り、『雪月花』ポルトガル語版を手売りすることにもなっている。
「明日の朝新幹線か飛行機で行く訳には?」
「それが私たちが神戸に行くというので、明日朝、神戸のFM局に出演することになっていて、今夜車で移動しないと間に合わない」
「今夜の新幹線ってもう間に合わないんですか?」
「ちょっと待って」
私は時刻表を確認した。
「無理。東京駅21:23が最終だから、今からじゃ絶対間に合わない。何があったの?」
「誰かが冬子さんに呪いを掛けたんです」
「へ?」
「今夜交通事故が起きるように」
私は青葉が冗談でこんな話をしてくることはないことを知っている。
「誰か別の人に運転してもらえばいい?」
「呪いの影響を受けないような性質の人でないといけないんだけど・・・・」
と言って青葉は少し考えている。
「ちょっと千里姉さんに確認してみます」
と言って青葉は電話を切った。
青葉の電話が切れたと思ったらドアホンが鳴る。
モニターをオンにする。
千里だ!?
「千里入って入って」
と言って私はエントランスのロックを解除した。
「いや、★★レコードに寄ったら、氷川さんからついでの時でいいから冬に渡してって書類をもらってさ。それで暇だし、寄って行こうと散歩がてらここまで歩いて来たんだよ。で、今ここまで上がってくる間に青葉からの電話で話を聞いた」
と千里は言う。
「千里、あまりにも予定調和すぎて、こんな話を小説とかに書いたら現実味が無いとか、ご都合主義だとか言われると思うんだけど」
と私。
「うーん。そういう指摘は桃香には何度かされたことある」
と千里。
それで千里はあらためて青葉に電話し、やりとりをする。スピーカーモードにして私たちも会話に参加する。
「ちー姉、冬子さんに呪いが掛かっているの確認できる?」
と青葉。
「うん。間違いなく冬に掛かってる。これプロの仕業だよ」
と千里。
「それどうやって掛けたの?」
と政子が訊く。
「たぶん郵便物だと思います。冬子さん宛ての郵便物の中に、呪いの仕掛けを入れておいたんですよ。宛名の人物が触った時点で発動」
と青葉は推測する。
「最近、怪しい郵便物受け取ってない?」
と千里。
「そんなの毎日たくさんあるから」
と私は答える。
「私が今そちらに行けたら見つけ出してそれを排除して呪いも外せるんだけど、ちー姉、そういうのはできない?」
「そういう力は私には無いんだよねー。私そもそも素人だし」
「ちー姉、話がややこしくなるから、今更素人を装うのはやめといてよ」
と青葉。
「冬も千里も、おとなになってから性転換したなんて嘘をつくのは、話がややこしくなるから、今更やめとけばいいのにね。生まれてすぐ性転換したことはもうバレてんのに」
と政子。
「明日朝から私も神戸に行って取り敢えず冬子さんに防御掛けて、そのあと東京に一緒に戻って、そちらのマンションで犯人を見つけて対処したいけど、今夜はちー姉が運転してくれない?」
と青葉。
「それが私、夕方雨宮先生との打ち合わせでビール飲んだんだよ」
「わあ・・・」
「なんか完璧に仕組まれてるね」
と私は言う。
「だからこれはプロの仕業なんだよ」
と千里は言った。
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夏の日の想い出・事故は起きるものさ(5)