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■夏の日の想い出・事故は起きるものさ(2)
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祭壇はメチャクチャな状態になっていた。
「なんて酷いことを。批判するなら生きている内にすべき。死者にこんな冒涜をすることは許されない」
と政子が怒っている。私は政子が怒っている所なんて久しぶりに見た。昔私が政子のボーイフレンド花見さんにレイプされかかった時に見て以来だ。
「すぐに祭壇を整えます」
と斎場のスタッフが言って整え始める。
里山さんはあまりの事態に顔が真っ青である。参列していた春風アルトさんが駆けよって支え「少し休んでいましょう。喪主は済みません、**さんしばらく代わってもらえます?」と本坂さんの従妹に声を掛けた上で、彼女を控え室に連れて行った。
「南さん、進藤さん、大丈夫ですか?」
と◎◎レコードの林葉さんが掛けよって声を掛ける。
「いや、何とか」
と言ってふたりとも立ち上がる。怪我は無いようである。
参列していた加藤課長や氷川さんたち★★レコードのスタッフ、上島先生や雨宮先生、雨宮先生と一緒に来ていた千里や鮎川ゆまなども片付けを手伝い始める。
「私も行ってくる。マーサはここに座っていて」
と言って私も前に出て行き倒れた花や祭具などをきちんと立て、お花は傷んだものは撤去し、きれいなものだけで何とかまとめ直したりした。この間、15分ほど通夜は中断した。
「こんなとんでもない事態は、坊さんを40年やってて初めてだ」
と導師を勤めるお坊さんも怒ったように言う。
「私は他のテレビ局にも呼びかけて、正式にあそこの事務所に抗議する。きちんと謝罪が無い限り、あそこの事務所のアーティスト全員日本国内のテレビには出させん」
とFHテレビの取締役さんも言っていた。
「本坂さんの死因聞いた?」
と光帆が訊く。
私たちはお通夜の後、結果的に一緒の行動になった光帆や音羽たちと夜のファミレスに入り(1名を除いて)軽い食事をしていた。
「いや。病気か何か?」
と私は訊き返した。
そういえば通夜で思わぬ事件が起きてしまったので、そのあたりの話は誰からも聞かないままになっていた。
「急性心不全なんて言ってたけど、急性心不全って、そりゃ心臓が止まれば死ぬわけで、本当はその心臓が止まるに至った原因こそが死因だよね」
「実際は癌か何か?」
「浦和ミドリちゃんから聞いたのでは、お風呂で倒れていたんだって」
浦和ミドリは人の噂話が好きな子なので、様々な情報を持っているには持っている。ただ問題なのはその情報の正確性にやや不安がある点だ。
私はゴキガバが通夜の席で言ったことが気になった。
「まさか一酸化炭素中毒じゃないよね?」
「給湯式だからそれはないらしい」
「じゃ心筋梗塞とか?」
「いわゆるヒートショックとかの可能性はあるらしい。お医者さんが調べたけど、結局原因はよく分からなかったみたいで」
「うーん・・・・」
「こういうのって病死になるのかな。事故死になるのかな」
「そのあたりもよく分からないよね」
「あの人、実際全部ゴーストだったの?」
と音羽が訊く。
「比率は分からないけど、本人の作品はほとんど無いだろうとは噂されていた。たぶん中の人はその女子大生を含めて3人だと思う」
と私。彼の作品は明らかにテイストの違う3系統があったのである。
「ふーん」
「だけど40歳で死なれちゃ、遺族も大変だね」
「子供さん、まだ小学1生と3年だって」
「わあ可哀想」
「それと奥さん入籍してなかったからさ。財産分与で揉めないといいけどね」
「確かにそれって揉めると奥さんの立場は弱いね」
「でもなんで里山さんって入籍してなかったの?」
と政子が5枚目のビーフステーキを食べながら訊く。
私と音羽は顔を見合わせた。
「マーサ、これ内緒にしててよ」
「うん」
「里山さんって、戸籍上は男性なんだよ」
「えーー!?」
「静かに」
「ごめん」
「ニューハーフさんだったの?」
「ごく親しい人しか知らないけどね」
「元々心臓が弱くて、全身麻酔とかするのに不安があって性転換手術を受けられないんだよ。だから戸籍を直せないんだ。去勢はしてるし長年ホルモン飲んでて、体つきは女にしか見えないんだけどね」
「じゃ、子供って里山さんが産んだ訳じゃないんだ?」
「子宮が無いから無理」
「子供は実際には養子」
「実際の母親は元アイドルで10代で妊娠しちゃったんだけど育てきれないのを産まれてすぐ本坂さんと里山さんが引き取ったんだよ」
「ふたりとも?」
「そう。実際の母親は別々」
「何で冬や織絵はそれを知っている?」
「内緒」
「でも何かいい人じゃん。私、ゴキガバの話聞いて、悪い人かと思ったのに」
「本坂さんはそんなに贅沢してないと思う。ゴーストで書いてくれる人たちへの支払いもそう悪くなかったと聞くよ。中の人の1人が亡くなったのは知らなかったけど、むしろその子のやりくりが下手だったんじゃないのかなあ」
と私はゴキガバの主張に疑問を呈した。
KARIONは12月24日に横浜でイベントを行ったが、その日、新しいアルバムの発売日と、それに伴うツアー日程を発表した。
夏頃から制作していたアルバム『四・十二・二十四』の発売日は2月4日(水)。そして、その後1ヶ月半にわたって全国を駆け巡る。
2.07(土)札幌 2.08(日)仙台 2.14(土)千葉 2.15(日)名古屋 2.21(土)神戸 2.22(日)愛媛 2.28(土)福岡 3.01(日)沖縄 3.14(土)広島 3.15(日)金沢 3.21(土)大阪 3.22(日)東京
札幌は雪祭り(2.5-11)の期間にぶつける。札幌・沖縄に関しては航空券・宿泊券もチケットの申し込みと同時に格安料金で申し込めるようにしておいたら、かなり同時に申し込む人があった。予めツアー扱いで買い取りで押さえていたので、実際問題としてふつうに札幌1泊旅行に申し込むより、KARION鑑賞ツアーに申し込んだ方が安いのである!東京や大阪から行くのであればコンサートチケットがタダになるようなものだ。
また3月14日に北陸新幹線が金沢まで開通するので、その翌日に金沢ライブをして、3月14日の東京→金沢、あるいは3月15日の金沢→東京の新幹線乗車券および金沢のホテル宿泊券とのセットのチケットも販売した。これはさすがに新幹線のこの日程の乗車券の人気が高いため割引率は低いものの、普通に買うよりは割安の料金になっていた。
3月14日に飛行機で羽田から能登空港に入り、和倉温泉の有名旅館・加賀屋に宿泊して15日はサンダーバードで金沢に入り、ライブ終了後は北陸新幹線で東京に戻るという豪華プランのチケットもペア120組(2人で12万円−普通に手配するとこのコースは16万円掛かる)販売したら、これが信じがたいことに30分で売り切れてしまった。
「KARIONのファン層ならではだよね」
「元々ファミリー層のファンが多いからね」
また各会場近くで託児所を確保する旨の告示をしていたのだが、申し込みがかなりあった。
今から11年前の2003年12月27日、ワンティスの高岡猛獅と長野夕香がふたりともお酒を飲んだまま徹夜明けに中央道をかなりスピードを超過して走っていてカーブを曲がりきれず、防護壁に激突して即死した。
その事故でワンティスの活動は2013年春まで10年近く停止することになってしまったのである。
事故から11年が経過した2014年12月、ふたりの遺児・龍虎がアクアの名前で芸能界にデビューすることが決まったのを機に、上島先生と雨宮先生が中心になって関係者に呼びかけ、結局2015年1月3日の早朝、事故現場近くのSAから一同が改めてふたりの冥福を祈った。
高岡さんのお父さんにも声を掛けたのだが、高岡さんのお父さんは龍虎を高岡さんの息子とは認めておらず、龍虎と今は会いたくないと言って出席しなかった。それでも花代を上島先生に送って来たので、それでお花を買って龍虎が捧げたのである。
ここに来る時、私と千里と雨宮先生と加藤課長が各々自分の車を運転してきたのだが、追悼をした後、私はこの日名古屋でローズ+リリーのライブがあるのでそのまま中央道を名古屋まで行くことにする。それで帰りは人が少し入れ替わることになる。
千里の車に、千里自身と私、上島先生、加藤課長が乗り、名古屋に向かう。雨宮先生の車には来た時と同様、海原先生・三宅先生・山根先生が乗る。加藤課長の車は田代(夫)が運転し、田代(妻)・龍虎・龍虎の祖母・支香が乗る。そして大宮駅まで祖母を送り、祖母はそこからJRで仙台まで帰る。そのあと田代家に寄って最後は支香がひとりで運転して東京に戻る。そして私の車は千里の友人・夏恋と川南が交代で運転して、下川先生・水上先生を東京まで連れて行く。
名古屋方面に向かう車が千里の運転になったのは、この車はMTなので運転できるのが、千里しかいないからである!(夏恋・川南もMTの運転は自信が無いらしい)
「だけど私も龍虎君のこと、先日お話を頂くまで知らなかったんですよ」
と私が助手席で言うと
「私は龍虎とは6年来の付き合いだけど、高岡さんと夕香さんの子供とは知らなかった」
と運転している千里が言う。
「知っていたのは僕と支香だけかもね」
と上島先生が言う。
「僕は芸能契約を結ぶ段階で、龍虎君の親権者として支香ちゃんが出てきたので仰天した」
と加藤課長は言っている。
「今年の夏に§§プロがロックギャル・オーディションというのを開催して、それに龍虎君の友人が勝手に彼の写真付けて応募したんだよね。書類による一次審査が通って音源を提出してもらったんだけど、無茶苦茶上手かったんだ。それでその時点でほぼデビュー内定。第三次審査で面接しても、凄く感じがいいので、君合格!ということにして、でもジーパンで来ていたから、記念撮影するのに、その格好じゃ何だからもっと可愛い服を着ようといって衣装持ってこさせたら『あのぉ、これ女の子の服みたいなんですけど』と」
「なんか似た話をどこかでも聞いたなあ」
と言って千里が笑っている。
「君、まさか男の子なの?だってロックギャル・オーディションなのに、と。彼はギャルというのが女の子の意味だとは知らなかったと。それでまだ声変わり前だから、女の子みたいな可愛い声なんだよね」
と加藤課長。
「昔なら確実にカストラート・コースですね」
「紅川さんも、この子速攻で病院に連れて行って性転換手術か、せめて去勢手術受けさせたいと思ったらしい」
「でも中学1年生でまだ声変わりしてないのは珍しいですよね」
と千里。
「千里は高校3年まで声変わりしなかったって言ってたじゃん」
と私が言うと
「そりゃ大量の女性ホルモンを取ってたから」
と千里は言う。
「でも本当にあの子、声変わりしちゃうのもったいないですよ」
「うん。だから声変わりする前にぜひCDを作ろうと」
「ついでに食事にこっそり女性ホルモンを混ぜておいて」
と千里が悪のりして言うと
「個人的にはそれしたい」
と加藤課長は言っている。
「一応、声変わりしてもソプラノボイスが維持できるようにボイトレさせる方向で。それについては本人も同意している」
「でも、そもそも§§プロって女性タレントしか入れてないのに」
と上島先生が言う。
「そうなんですよ。以前何度か男性タレントが在籍したことはあったのですが現在またゼロになっていたんですよね。3年ぶりの男性タレントらしいです」
と加藤課長。
「事務手続きとかするのに、研究生用の寮に数日泊まってもらったら女子トイレしかないのでドギマギしました、なんて本人言ってましたね」
と私。
「そうそう。さすがにお風呂は時間帯を指定してもらったらしいけどね」
「いくら美少年でも女の子たちと一緒にお風呂には入れないでしょうね」
と上島先生が言ったが、千里が苦しそうにしている。千里、それこちらが突っ込みたいぞ、と私は思う。
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