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■夏の日の想い出・仮面男子伝説(2)
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目次 8
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「今、谷地コーチからメール。渋滞に引っかかっているらしい。メンバー表は先に出しておいてということだから、私が書いて出すね」
と薫が言う。
谷地コーチは西原監督の車に同乗している。
それで今集まっているメンバー、および監督の車に乗っている選手1人の名前を薫が全部書いて本部に提出に行った。
「開始まであと35分」
と千里が腕時計を見て言う。
「まだ40-50分かかりそうということ」
と薫。
「まあうちは第1試合じゃないからいいけど」
関東総合は関東8都県の代表8チームで争われるが、今日は1回戦の4試合が行われる。第1試合は群馬−神奈川と栃木−山梨で、薫たちローキューツは第2試合の埼玉代表のクラブチームとの試合に今日は出場する。
「だけどみんなやはり良さそうなスポーツウォッチしてるね」
と私は言う。
「私のはアディダスかな」
と薫。
「私はセイコーのであまり高くないですよ」
と原口揚羽。
「私のはもっと安いカシオスポーツ」
と妹の紫。
「私もカシオだけど、これ1000円のですよ」
とソフィアが言うと
「勝った。私のなんて100円だよ」
と甲斐さんが言う。それ勝ったというのか!?
「私もカシオ〜」
と風谷さんが言っているが
「翠花のはカシオでもG-Shockじゃん」
という声が掛かる。
「私のはスント。これ日々のトレーニングにかなり役立つんですよ」
と松元さんが言ってから
「千里さんも以前スントをしてましたよね?」
と付け加える。
「うん。まだ持ってるよ。でも最近はずっとこれしてる」
と千里は答える。
「そういえば千里、以前は青い時計してたね。それなんか凄そうな時計。どこのだっけ?」
と私は銀色に輝く千里の腕時計を見て言う。
「これはティソだよ」
「スウォッチか!」
「そうそう。スウォッチグループの中核のひとつ。オメガ、ラドー、ロンジン、ハミルトンとかのブランドがある。でもそういう高級時計だけじゃなくて、こういう実用的な腕時計も作っているんだよ」
と千里は説明する。
スウォッチ(Swatch)はスイスの時計製造の大メーカーで、しばしば Swiss Watchの略と思われているが、実際には Second Watchの略らしい。
「いや、千里さんのその時計は裏に刻まれている文字が凄いんです」
と揚羽が言う。
千里が微笑んでそれを外して私に見せてくれた。
「凄い!」
と私は声を挙げた。
「こんなの普段使いしていいの?」
「だって腕時計は腕に付けて使うために生まれて来てるんだから、使ってあげなくちゃ。ただ飾っておくのとかは可哀想だよ」
と千里。
「私もそういう考え方好きです。もっとも私は飾っておきたくなるような時計持ってないけど」
とソフィアが言っていた。
出場チームが、かなりアバウトにチーム毎に整列?し、開会式が行われた。大会長の短い挨拶があっただけで、すぐに解散し、第1試合が始まる。その時刻になって、やっと西原監督の車が到着した。
「ごめーん。すっかり遅くなって。常磐道で事故が起きてて、そこを通過するのに手間取ってしまって」
「高速で事故が起きると、それが大変ですよね」
私は監督とコーチには初対面だったので
「お初にお目に掛かります。このチームのオーナーをさせてもらうことになりました、唐本冬子です」
と挨拶して《サマーガールズ出版・代表取締役専務・唐本冬子》の名刺を渡しておいた。
私が持っている名刺は、これと『宇都宮プロジェクト・取締役専務・唐本冬子』、『シンガーソングライター・ローズ+リリー・ケイ』『歌手・KARION・らんこ』の4つである。但し『らんこ』の名刺はこれまで20枚も配っていない。かなりレアな名刺である。
「済みません。お世話になります。村山君から話は聞きました」
と言って、西原さんと谷地さんも名刺をくれた。
西原さんは千葉市内の事務機器を扱う会社の課長さん、谷地さんは千葉市内の中学の先生で、そちらではバレー部の顧問をしているらしい。谷地さんの場合、そちらと試合の日程が重なるとこちらには出てこられないということであった。
「ほとんど名ばかりのコーチで申し訳ない」
と谷地さんは言っているが
「選手もなかなか出てこられない子が多いから」
と中心選手のひとり風谷さんが言っていた。
「でも企業チームや学生チームだとそのあたりがガチガチだから、マイペースで活動できるこのチームは居やすいんだよね」
と揚羽は言っている。
「その代わり手弁当だけどね」
「逆に毎月部費を払ってるし」
「まあその部費でボールとか買ってるから」
「もっとも部費の大半は毎月1回やってるオフ会の費用だという噂もある」
「まああれが目的の半分だし」
「遠征費とかは出してもらってるから、遠くで行われる大会も半ば休暇旅行みたいな感じで結構楽しい」
「私はおかげで随分『国盗り』が進んだ」
実際の試合は、ローキューツは初戦は勝ったものの、翌日(その日は昨日は来ていた人の1人が来られなくて10人で戦った)の準決勝で神奈川のJ大学に敗れて、今年は全日本総合(皇后杯)への進出はならなかった。東京予選で千里たちの40minutesを破った東京の江戸娘も初戦は勝ったものの準決勝で茨城のS学園高校に敗れて、やはり皇后杯には行けなかった。S学園はインターハイの常連校のひとつらしい。
「お疲れ様。残念だったね」
と私は声を掛けた。
「今日は駒不足の感もあった」
という声もあった。
「うん。主力が全員そろっていれば何とかなったと思うんだけどね〜」
「だけど皇后杯の出場枠ってなんか複雑っぽいですね」
と私は言う。
「そうなんですよ。この総合の予選を勝ち上がる手と、もうひとつクラブ選手権の方から勝ち上がっていく手があるんですよね」
と揚羽さん。
「ええ。全日本クラブ選手権で3位以内になると全日本社会人選手権に出られるので、そこで2位以内なら皇后杯に出られます。どちらも難関ですけどね」
と薫が言う。
決勝戦も見学したが、S学園はJ大学とかなりの激戦を演じたものの、最終的には74対71でJ大学が勝利して、皇后杯の切符を獲得した。
J大学はインカレ(皇后杯の出場枠は8校)はBEST16に留まり、そちらでは進出を逃していたが、こちらで出場することになった。
私は試合を見ていたとき、千里がその決勝戦が行われているコートの中の特定の方角を見て、少し懐かしむような顔をしているのに気付いた。
「誰か知っている人出てるの?」
と尋ねると
「うん。ちょっとね」
と言って千里は微笑んだ。
「次の大会はいつでしたっけ?」
と私は決勝戦が終わった後、会場を出ながら尋ねた。
「12月6-7日の千葉県クラブ選手権だけど、これは千葉市だから公共交通機関で集まれると思う」
「了解。よろしく〜」
「それで2位以内に入ると、1月31日-2月2日の関東クラブバスケット選手権。小田原市。これは40minutesも、ローキューツも出る可能性がある」
と千里が言う。
「小田原なら泊まりになるかな」
「うん。宿泊費、冬が出してくれる?」
「新幹線代・宿泊費・食事代出すよ」
「助かる助かる」
「道具関係で運ばないといけないものがあったら、その時期は今のところ予定入ってないけど、私が行けない場合も誰かに輸送させるよ」
と私は言っておいた。
それで入口の所まで来た時、ひとりの男性が走ってきて
「村山君!」
と声を掛けた。
千里は微笑んでその男性に挨拶する。
「ごぶさたしておりました、篠原監督。試合惜しかったですね」
彼はさきほどの決勝戦で惜しくも敗れたS学園のユニフォームを着ていた。
「うん。勝つつもりだったんだけどね」
と言ってから、千里の腕時計に目を留め
「その時計、もしかしてあれ?」
「ええ。懐かしいですね」
「飾っておくんじゃなくてちゃんと使ってるんだ!偉い!でも君、今どこに居るの?」
「千葉市内に住んでいます」
「主婦か何か?」
「いえ。まだ結婚してません。現在大学院生、修士2年です」
「大学院生なんだ!」
と篠原さんが何だか嬉しそうな声をあげる。
「どこかの大学のバスケチーム?」
「いえ。都内のクラブチームに所属しています」
「じゃバスケ協会の登録があるの?」
「ありますよ」
「君のプレイを見たいんだけど。ちょっと表彰式が終わるまで待って、その後、僕に付き合ってくれない?」
「いいですけど」
「千里が乗せてきた子の帰りは私や薫で分担して運ぼうか」
と私が言う。
「あ、それじゃよろしく」
と千里。
それで千里は結局、私たちと別れて、その篠原さんという人と一緒に体育館の奥の方に行った。
「何だろうね?」
と私が何気なくつぶやくと
「日本代表に招集とかの話かもね」
と薫。
「へー!」
「篠原さん、来年7月に予定されているユニバーシアード女子代表のコーチしているから。もっとも日本バスケ協会がFIBAから資格停止処分くらったから、5月くらいまでに処分が解除されないと出られませんけどね」
「あれひどいね。どこまで協会は馬鹿なんだろうね。でもユニバーシアードって大学生しか出られないのでは?」
「開催される前年の卒業生まではOKなんですよ。だから千里は参加資格がある」
「あの子、でも日本代表になれるほどの実力あるの?」
「私はA代表でもいいと思うけどなあ。まあA代表には彼女の永遠のライバル、花園亜津子がいるから、千里がA代表に選ばれても交代要員にしかしてもらえないだろうけどね」
と薫は言った。
「千里って、学生生活の余暇にバスケ練習している程度かと思ってた」
「いや、あの子、日々凄まじい練習をしてますよ。毎日ドリブル2時間とかシュート1000本とか打ってるみたいなこと言ってましたよ」
「でもあの子、バイト2つ掛け持ちしている上に、今年は修士論文書いていたはずだし、それに作曲家としても活動していたのに」
「うん。だから千里はたぶん3−4人いるんですよ」
と薫は言った。
「うーん・・・」
と言ったまま私は悩んでしまった。
年末の特別番組「性転の伝説Special」は12月1日に収録されることになった。私は政子を車で送って一緒にテレビ局まで行った。
スタジオに入るとローズクォーツのタカがいる。「しろうと歌合戦」でおなじみの女装姿《タカ子》の状態である。
「おはよう。タカさんも出演者?」
と政子が声を掛ける。
「おはよう。俺は審査員」
「なるほどー」
「俺は女だから、女装させることはできないとか訳分からんこと言われた」
「事実という気がするなあ」
審査員は結局、マリ、タカ子、性転換歌手の花村唯香、映画監督の荻田美佐子、お笑いコンビ・ハルラノの鉄也さんの5人であった。
「あれ〜、ケイさん出られるんですか?」
と花村唯香が声を掛けてくる。
「ううん。私はマリを送って来ただけ。運転手。また終わる頃迎えに来るよ」
「そうでしたか。実は私、ケイさんが出られないから性転換している人が1人欲しいからって言われて出てきたんですよぉ」
「ごめんねー。私は自宅で譜面の整理してるから」
この時期、私は来週から制作予定のKARIONのアルバム曲『トランプやろう』の譜面の調整作業を都内のスタジオで和泉・SHINと一緒に行っていた。
さて、番組の方だが、出演者が20人も居て、それを全員女装させるのには凄い時間が掛かる。普段(たぶん)女装などしていない人たちなので、顔のメンテをしている間に足の毛などをきれいに剃り、それから女物の下着に服を着せメイクをするのだが、顔にパックなどをするチーム、毛を剃るチーム、服を着せるチーム、メイクをするチームと分けて流れ作業でするものの1人あたり1時間ほど掛かる。
それで実際には、時間に余裕のある(=あまり売れていない)出演者は早朝から女装させられ、忙しい人は出番間近で女装させられるという運用だったようである。収録に5時間掛かるが、最後の方の出演者は番組の最初の方の収録中に女装していたようだ。
出演者のひとり、バインディング・スクリューの田船智史さんなど、
「なんかショッカーに拉致されて改造手術されてる気分だった」
などと言っていた。
また何人か「適当に女装」させられていた人もあったようである。審査員になっているハルラノの鉄也さんの相方・慎也さんは
「他の人、みんなきれいな美女になってるのに俺なんか変態みたいなんだけど!?」
などと言っていた。
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