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■夏の日の想い出・4年生の秋(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-07-19
鈴蘭杏梨が楽曲を提供する槇原愛(本名・今田三千花:私の従姪)は7月17日に《大学受験準備のための休養》前ラストシングル『お祓いロック』を発売。
その後、学校の夏休みを利用して、お盆前の8月11日までの限定で全国約20箇所のキャンペーンライブを敢行した。これまではキャンペーンなどでCDショップなどを巡る場合、マイナスワン音源を流してひとりで歌う方式だったのだが、今回は《シレーナ・ソニカ》の二人と共に、愛自身がギターを弾くバンド形式でのキャンペーンとなった。
しかも発売日の翌日、福島でのキャンペーン・ライブの様子が録画ではあったが全国放送で流され、かなりファン層を開拓することになった。
「あれって、エアギター?」
「どうだろう。出ている音と指使いは合ってた」
などという会話がネットでは交わされ、本当に演奏しているか、フェイクなのかは、ツイッターや2chなどでも議論が盛り上がっていた。
『お祓いロック』の歌詞が、まるで愛がクビになるかのようにも取れるものであったことから事務所やレコード会社に「愛ちゃんをクビにしないで」という電話が殺到。それを受けて愛自身がレコード会社で記者会見を開く騒ぎもあり、CD/DLは初動で5万枚/DLも来て、愛初のヒット曲となる雰囲気であった。
シレーナ・ソニカのふたりはそれまでファミレスのバイトをしていたのだが、この話が来た時点で、すっぱりそちらのバイトを辞めて、こちらの専任になってくれたので、それではというので全国キャンペーンを組むことが出来た。
しかし、槇原愛本人がお盆以降は休養に入るし、△△社からふたりへの給料も8月までしか支払われないので、ふたりは9月以降はまた何かのバイトでもしなけれぱ生活ができない。
しかし槇原愛の全国キャンペーンは、愛本人のファンを増やしただけでなく、シレーナ・ソニカの穂花・優香のファンも生み出した。
それでふたりについては、最初の段階では今回のCDのみ槇原愛と組むという契約であったのだが、穂花・優香にも結構な数のファンレターが来る状態であったため、取り敢えず来年の4月から12月までの9ヶ月間も愛と一緒に行動してもらおうという話が出てきて、愛・穂花・優香、それに私たちもそれに同意して、3人によるバンド形式の演奏形態が持続されることになった。
しかし、彼女たちには今年8月下旬から来年3月までの仕事が無い。
そこで私は彼女たちを、ちょうど私とマリが大学の卒論作成を含む卒業準備のため7月から来年3月までローズクォーツを休養していることから、その間の代理ボーカルとして使うことを考えた。
ふたりは歌唱力も充分なので、一部音域調整をすれば充分ローズクォーツの曲は歌える。ふたりが歌っている所をタカたちにも見てもらったが、これだけ歌唱力があるなら取り敢えず半年一緒にやっても良いという承諾も取った。
ところがひとつ大問題があったのである。
槇原愛への楽曲は「鈴蘭杏梨」名義で提供している。ローズクォーツの活動はマリやケイの名義で行っている。鈴蘭杏梨とマリ&ケイが同一人物であることは「公然の秘密」ではあるのだが、それでも、鈴蘭杏梨に絡む人物が、マリ&ケイに深く絡むユニットに参加するというのは、好ましくない。
それでどうしようと言っていた時、政子が唐突に提案をした。
「顔を曝さなきゃいいんじゃない?」
「いや、だから主としてライブでの活動になるから、人前に出ないといけない」
「覆面しとけばいいのよ」
「は?」
「ほら、私たち、高校3年の時にXANFUSのライブに覆面付けてゲストで出て行ったじゃん」
「ああ!」
「何それ?」
と津田さんもそれを知らなかったようなので私は説明した。
「高校3年の時に公式には休養中だった私たちが、ちょうどXANFUSのライブのある会場のそばを通りかかったことがあったんです。それでせっかく近くまで来たから陣中見舞いしていこうと行って、リハーサル中の彼女たちを訪れたんですが、その時、リハーサルで歌ってる音羽と光帆が凄く気持ち良さそうでいいな、などとマリが言うもので、XANFUSのふたりが「じゃゲストコーナーで歌わない?」なんて唆して、その場に居たレコード会社のスタッフとかでもどんどん煽ったら、マリも歌ってもいいかなと言い出して」
「ほおほお」
「でもローズ+リリーとして歌うのは恥ずかしいなどと言うから、じゃ顔が分からないようにしておけばいいんじゃない?なんて言って、プロレスラーが使うような覆面を付けてふたりで歌ったんです」
「へー!」
「XANFUSが『謎の女子高生ふたり組』なんて紹介してくれたので、それを見た人たちも面白がって『謎の女子高生よかったね〜』などとしかプログなどには書かなかったので、このことはそのライブを見た人だけが知ってるんです。新聞や雑誌にも載らなかったんですよ」
「面白いね」
「だからシレーナ・ソニカにも覆面をさせちゃおうということなのね」
「うん」
津田さんも、それは面白いやり方だと言ってくれた。鈴蘭杏梨がマリ&ケイであることは決して公的には認めないものの、別に隠す気もない。覆面を付けた程度では、ふたりが実はシレーナ・ソニカであることはバレバレだが、建前として偶然似た声質の人ということにしておくのは全然構わないだろうという意見だった。
それでふたりを呼んでこの話をしたら乗り気だった。
「一応ライブでの演奏のみということで、こちらから8月から3月まで給料方式で報酬を払いますので。金額は出演回数と関係無く固定。今△△社から出ている給料と同額ということで」
「それは助かります。この半年、どうやって暮らそうかと考えてました」
「覆面ちょっと面白いかも」
「ユニット名は《覆面の魔女》かな」
「あ、いいですね」
それで、ちょうど8月4日は、槇原愛もキャンペーンで沖縄を訪れ、ローズ+リリーも沖縄ライブをすることから、ふたりをローズ+リリーのステージに立たせて、紹介したのであった。
以前私たちが覆面を付けてXANFUSのライブにゲスト出演したのも沖縄だったので、再び沖縄で覆面を付けたふたりを紹介したことで、以前そのXANFUSライブを見ていた人が、観客の中に結構居て、このお遊びを楽しんでくれたようであった。
穂花と優香は、あんな広い会場のステージに立ったの初めて!と言って興奮気味であった。ここで緊張してあがったりするのではなく、むしろ興奮していたというので、この子たち使えるなと私は思った。
こうして、せっかくテレビ番組でファン層が広がったローズクォーツは私がお休みの間もライブハウスなどでの演奏をすることができるようになったのであった。
シレーナ・ソニカのふたりは8月11日まで槇原愛と一緒に全国を駆け巡ったのだが、ちょうど、そのキャンペーンが終わる直前の8月10日、ローズクォーツはサマー・ロック・フェスティバルに出演したが、ここでは私とマリの代替ボーカルは鈴鹿美里が務めてくれた。
私たちは朝Bステージで自分たちの演奏をした後、Aステのラスト前スイート・ヴァニラズの演奏を急遽 08年組で代理演奏することになったため、その準備と休養で会場を離れていて、鈴鹿美里とローズクォーツのステージは見ることが出来なかった。
それでビデオで見ていたのだが、ふたりは堂々と歌っていて安心した。
鈴鹿美里は4月にデビューしたばかりの中学生の双子ユニット(鈴鹿が姉でアルト、美里が妹でソプラノ。ただし、鈴鹿は戸籍上は兄)であるが、まだそれほど大きく売れている訳では無いし、コンサートも1000人クラスの会場しか経験したことがない。それでいきなり数万人の観衆を相手にするというのは大変であったろうが、ふたりは「もう野菜畑に向かって歌っているつもりで歌いました」などと言っていた。
「うん、最初はそれでいいよ。その内舞台度胸が付いてきたら、ちゃんと観客ひとりひとりの表情が見えるようになるから」
「わあ、早くその境地に到達できるように頑張ります」
「うん。頑張ってね。次は取り敢えず自分たちのライブで3000人クラスを満員にしたいね」
「はい」
「でもこのまま、ローズクォーツには様々なボーカルが客演するパターンが定着したりしてね」
と政子が言ったのに対して、
「実はそれも悪くないかなと俺はちょっと思ってる」
とタカは言った。
その日は私と政子、タカの3人で喫茶店の個室でお茶を飲んでいた。
「代役の天才といわれたケイが代役される側に出世したということだよ」
「うーん。そう言ってもらえると少しは気楽かなあ。でもあのふたりのおかげで、取り敢えずローズクォーツもライブハウスの活動を再開できるというのは、私としても少しホッとしてる。実際問題として私が多忙すぎたので、一昨年の夏くらいから、ライブハウス関係には全然出演していなかったからね」
と私は言う。
「確かにライブハウスへの出演は2年ぶりって感じだ。というかケイが歌うバージョンでは、そもそもライブハウスとか一般のイベントスペースで歌うのは危険だと思う。アルコールも入っているから、予測不能なことが起きかねない。去年秋のキャンペーンの時もちょっと危ない雰囲気になったことがあったしね。ケイが歌う場合は最低でもホール。逆にライブハウスで演奏する場合はボーカルを変えた方がいいのかも知れない」
「うーん・・・・」
現実的な意見だと思ったが、ちょっと寂しい気もする。
「ああ、それもいいんじゃない?毎年違うボーカルをフィーチャーするとか」
と政子は面白がるように言う。
「うん。それも悪くない。色々なボーカルに歌わせてみるのも手だよ。フェスはローズクォーツSMだったけど、覆面の魔女なら、ローズクォーツFMかな?」
とタカ。
「元々がシレーナ・ソニカだから、シレーナ・マスケラかな?」と政子。「それだと同じSMになって鈴鹿美里と区別が付かん」とタカ。
「ローズクォーツDMとかローズクォーツBMとかローズクォーツKMとか出来たりしてね」
「うーん・・・・」
「ローズクォーツKMって、ケイとマリだったりして」
「あ、ほんとだ」
「でも冬は、多数の代理ボーカルより遥かに格上であることを見せてあげればいいんだよ」
と政子。
「凄いプレッシャー!」
「でも私があれだし、鈴鹿美里もどちらか片方は男の子ということまで公開しているしで、《覆面の魔女》はどちらも女性ですか? という問い合わせまであったらしいね」
「あ、それ、性別は魔女ですと回答してるって」
「おかげでファンの間でも意見が別れているみたいだけど、あのふたりはそれを楽しんでいるみたい」
「まあ、性別なんて便宜上のものだし」
「かもね〜。タカさんは、女装の楽しみ味しめちゃったでしょ?」
「それ、唆さないでくれよ〜、俺、自分が怖い」
「個人的に女の子の服とか買ってない?」
「う・・・実はスカート買ってしまった。でもそれだけだよ」
「じゃ次はブラジャーかなあ」
「やめて〜」
「今度ぜひその買ったスカート穿いてスタジオとかにも出ておいでよ」
と政子は煽っている。
「今回のフェスの参加者で小さく話題になってたのはSPSだね」
「うん。彼女たちもやっとトップレベルまで登ってきた感じ」
「今回のフェスで彼女たちのこと知った人も多かったろうし」
「フェスの後、ダウンロード数が急増してるみたい」
「ここしばらく美優ちゃんの曲と、ケイたちの曲をカップリングして出してたけど、今回、美優ちゃんの曲が売れたのが大きい」
「そうそう。自分の生徒がやっと卒業してくれた気分。次からは美優の曲の方をタイトルにするよ。こちらとしても、少し負荷が減るから助かる」
「ああ、卒業生を送り出す気分なんだろうな」
とタカは何かを考えるかのように言った。
「でもスイート・ヴァニラズもEliseの代わりに妹のAnnaさんがリードギターを弾いてボーカルは適当にみんなで分担するということで、わりときれいにまとまったね」
Annaは会社勤めしながら、アマチュアのバンドで演奏していて、実はメジャーデビューさせる話もあったらしいのだが、この機会に会社を辞めて、取り敢えず姉の代理をしばらくすることにしたのである。Eliseのダイナミックかつアバウトなリードギターに対して、Annaはややこじんまりした感じではあるものの正確な演奏が特徴で、その正確性ゆえにEliseっぽく演奏してみせることもできる。ただし、EliseもLondaも、そういう「コピー演奏」を禁止して、Annaらしい演奏をしろと要求した。
「ボーカルやフロント・パーソンが《交替》するというのなら大騒動になるけど、一時的な《代理》だとそう大きな問題じゃないのかも」
「うん。だからローズクォーツもこの半年間というのであれば大丈夫だよ」
とタカは言う。
「そうだなあ」
「でもネットではこのままケイはもうローズクォーツに戻って来ないのではという観測している人が多いね」
と政子は言う。
「うーん・・・・」
「あ、ホントに悩んでる。即座に否定しなかったね」
「ごめん。正直今、自分のパワー限界が読めない」
と私はこのふたりの前なので正直に言う。
それに対してタカは
「限界はとうに超えてる気がするな」
と言った。
「同感」と政子。
タカは言う。
「いや、ここだけの話だけどさ。その件、取り敢えず12月くらいまではケイはモラトリアムもらえるけど、年明けからは春に向けてたくさん仕事入り始めるよ。これまでのケイのやり方なら破綻確実。ほんと、どうにもならないと思ったらあちこちに迷惑掛けたりする前に、ローズクォーツ辞めてもいいよ。俺は破綻するケイを見るよりは、卒業していった優秀な元生徒を眺めている方がいい。クォーツはまたリスタートでもいい」
「ありがとう。そのあたりも含めてもうしばらく悩んでみるよ」
「実際、サトとヤスはケイが辞めるかも知れないと考えていると思う」
「うーん・・・・」
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