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■夏の日の想い出・4年生の秋(7)

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少し時間を遡って9月25日、当初の予定の2ヶ月遅れでのリリースとなった、KARIONの7枚目のアルバムでデビュー5周年記念アルバム『三角錐』が発売になった。論文作成で忙しい和泉が、この発売の記者会見にだけは出てきた。
 
発売の一週間くらい前からFMなどで一部の曲が流されていたし、youtubeでPVも公開されていたので、かなり話題になっていた。
 
「『アメノウズメ』とか『天女の舞』とか、神話をテーマにした曲が入っていますね?」
「ええ。今回のアルバムの発想を得るために旅をしてきたので、その旅先で着想を得て書いた曲です」
「どちらで書かれたんですか?」
「それは公表すると、その現地の方にご迷惑をお掛けしますので、公表は控えさせてください」
 
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最近この手のものを発表すると「聖地巡礼」をするファンが居て、それ自体はありがたいものの、一部マナーの悪いファンが顰蹙を買っている問題も指摘されている。
 
「ボーナスCDにソロで歌った歌が4つ収録されていますよね。いづみさん、こかぜさん、みそらさんの声は分かりますが、もうひとつの声は?」
「はい、それが水沢歌月の声です」
 
記者たちがざわめいた。
 
「ちなみに、私とみそら・こかぜの歌のピアノ伴奏は水沢歌月がして、水沢歌月の歌は私がピアノ伴奏しました」
 
「今回のアルバムは4声で歌っている歌がとても多いですが、それも水沢歌月さんですか?」
「ええ。今回の4声の歌の大半は、私とこかぜ・みそら・水沢歌月の4人で歌っています」
「どの歌が水沢歌月さんですか?」
「それは諸事情により公表を控えさせてください」
 
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「『歌う花たち』はローズ+リリーのおふたりが参加して6声になっていますが、その残りの1つも水沢歌月さんですか?」
「それは別の人です」
 

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「水沢歌月さんは今後もKARIONの歌唱に参加なさるのでしょうか?」
「毎回ではないですが、しばしば参加すると思います。11月発売予定のシングルにも参加しています」
 
「水沢さんがKARIONに関わったのはいつ頃からなのでしょうか? 確認してみると、2008年1月27日、デビューして間もない頃のライブで、森之和泉作詞・水沢歌月作曲の『Crystal Tunes』がお披露目されてますよね?」
 
当時は少女A作詞・少女B作曲というクレジットだったものである。
 
「水沢歌月は、元々私の親友なので、KARION結成以前から私との繋がりがありました」
 
「今回のアルバムに添付された写真集に、4人並んだ写真が2枚掲載されてますね。左側の写真はかなり昔のものと見たのですが。それでどちらもいづみさんとみそらさんの間の人が顔を隠していますね」
 
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「はい。それが水沢歌月です。左側の写真はデビュー直前のもの、右側の写真は今回撮影したものです。うまく乗せて一緒に写真は撮ったのですが、水沢はあくまで一般人で平穏に暮らしたいからというので、顔は隠すことにしました」
「なるほど」
 
「水沢歌月さんについては年齢・性別まで含めて非公開ということでしたけど、こういう服を着ておられるし、やはり女性ですよね?」
「裸にしてみたことないので確かではありませんが、多分女性だと思います」
 
記者の中から笑いが漏れる。
 
「水沢さんがKARIONに正式に加入するということは?」
「それはないと思います。実はうちの事務所の社長もKARION結成の頃から何度もかなり熱心に勧誘しているのですが、ずっと断られています」
 
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「結局、どこかに就職なさるのでしょうか?」
「就職は絶望的な状況のようですね。でもパートでもしながら、KARIONの曲は今後も書いていくよと言っています」
「ではずっとKARIONと一緒に活動していくんですね?」
 
「はい。実際問題として、私もこかぜ・みそらも、そして事務所としても、気持ちとしては、水沢歌月はKARIONの4人目のメンバーだと思っています。水沢歌月無しのKARIONは考えられないので」
 
「PVでピアノを弾いているのも水沢歌月さんですか?」
「そうです。KARIONの音源制作では5年前から一貫して水沢歌月がピアノを弾いています。実はKARIONに正式加入しない代わりにと言って弾いてくれたんです。デビューCDや4枚目のCD『秋風のサイクリング』,7枚目のCD『愛の悪魔』
などのPVにも、やはりピアノを弾いている所が映っていますね」
 
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KARIONのアルバムが発売された翌々日、私と政子は、間島香野美さんのライブのリハーサルに立ち会っていた。そこに珍しく上島先生が来ていた。数年前に一度間島さんに楽曲を提供したことがあり、今回も1曲提供したので、その関わりなのだが、超多忙な先生が、こういう場に来るのは珍しい。
 
先生は、耳が聞こえない田中鈴厨子さんの歌唱に驚いていた。
 
「よく耳が聞こえないのにあれだけ正確な音程で歌えるね」
「色々補助システムを今回開発したのもありますけど、元々の音感の良さも大きいのだと思います」
 
リハが終わった後で、先生からお茶に誘われた。政子は帰して先生とふたりだけで喫茶店の個室に入った。
 
「KARIONの新譜聴いた?」
「ええ」
「『アメノウズメ』に衝撃を受けた。水沢歌月は凄い」
「私もライバル心を掻き立てられました」
「あんな曲が書けると、あちこちから楽曲提供の依頼があるだろうけど、KARION以外にはほとんど書かないね、あの人」
 
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「和泉とのペアでしか書かないからだと思います。和泉が忙しいので作詞のペースが限られるので。私とマリの作詞作曲と同様に、あのふたりは不可分みたいですよ。それに元々和泉はマリほど多作ではないですし。マリは年間400-500篇の詩を書きますが、和泉はせいぜい100篇くらいです。水沢歌月は発表しているもので年間15曲から20曲程度、未発表曲までいれても年間30曲程度しか書いてないようですね」
 
「その少ない作品に物凄いパワーをつぎ込んでいるのかねぇ。いや自分の基準で考えちゃうから少ないと思っちゃうけど、本来作曲家としては比較的多作な部類になるよね」
「そうですね。私もそのあたりの感覚がくるってる気もしますけど、私などからすると凝縮されているのかも知れませんね」
 
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「ケイちゃんも年間200曲以上書いてるよね?」
「発表してない作品を入れるとそんなものですね」
「あまり仕事増やさないように気をつけないといけないよ。いったん歌手のお世話とか引き受けてしまうと、その歌手が引退するまで責任が生じるから」
 
「引退か・・・・・」
 
つい先日、上島ファミリーのひとりでアイドル歌手の 篠田その歌 が、結婚と引退を発表した。結果的に上島先生は年間30曲ほどの楽曲制作の負荷から解放されることになる。
 
「・・・・先生はどうして年間800曲、900曲と書けるんですか? 限界を感じたことはありませんか?」
 
「限界を感じることはある。自分でも数年前のペースでは書けないと思っている。だからここ2年くらいは敢えて新しい仕事を断ってペースを落としている。10年後くらいには今の半分くらいのペースにしないと品質を維持できないだろうと思っている」
 
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「考えてみると、作詞のペースだけ見ても、マリの倍以上書いておられるんだから凄いです。マリは400-500篇書いているといっても、商業的なものには馴染まないものが多いですけど、先生は売れる歌詞を年間1000篇だから」
 
「・・・・10歳頃から20歳頃まで、色々悩んでいた時期があって、その時代に書きためた詩が全部で1万篇以上ある。そのストックをかなり使った。でもさすがにストックが減ってきた。今未使用のものは3000篇くらいしか無いからあと4-5年このペースを続けたらストックが尽きるね。まあ、その時は作詞は誰かに依頼して、作曲に専念するスタイルにするしかないかなという気はする」
 
「そうだったんですか。それにしても凄いです。先生・・・」
「うん」
「正直言うと、私ちょっと限界感じています。でも何とか頑張りたいんです。みんなローズクォーツの方は辞めちゃえよと言うけど、参加の仕方を多少調整したとしても、やはりあのユニットも続けたいんですよね」
 
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「うん。それでいいと思う。ケイちゃんは色々なことをしていてこそ、ひとつひとつのことがきちんと出来るタイプだから」
 
「ですよね。でも負担がきついのは確かで。物凄いペースで書いておられる先生から見たら笑っちゃうかも知れませんが、何か限界を越える心の持ち方とか無いものでしょうか?」
 
「・・・・まあひとつは義理を欠くことだよ」
「そうですね」
 
「それから、他人でできることはどんどんそちらに投げる。君も例えば峰川さんとか、春奈ちゃんとか、宝珠さんとか、一部の仕事を肩代わりしてくれそうな人には、どんどん投げてしまえばいい」
「はい」
 
「僕はやはり下川がいるからこそ今の仕事ができている。僕と下川とは、多分君とマリちゃん、森之和泉と水沢歌月などの関係に近いと思う。僕がイマジネーションだけあって充分な表現ができていない所を下川がうまく表現してくれる。だから工房方式にしていても、実際のアレンジャーに渡す前に下川が結構僕の譜面を調整してくれている。ふたりの約束で下川は編曲料だけをもらうことにはしているけど、本当は作曲のクレジットは僕と下川の共同にすべき所なんだよ。これは支香にお金を渡してあげなければというので、下川が僕の取り分を多くするためだったんだけどね」
「そうだったんですか・・・」
 
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「・・・・そして多分これがいちばん大事かな」
 
「はい?」
 
「自分の力を信じること。疑問を持ったら負けだよ」
「・・・・・」
 

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ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラのラスト公演が行われた翌日、2013年9月30日・月曜日。私は朝から富山空港に飛んだ。空港連絡バスに乗ってお昼くらいに高岡に入る。青葉が学校から帰るのは4時頃だろうか?お母さんも不在だったら、どこか近くで待たせてもらおうと思ったのだが、青葉は在宅だった。そしてこう言った。
 
「お待ちしてました」
 
「え? 私今日は何も言ってなかったのに」
と私は驚いて言う。
 
「お母ちゃん、お願い」
「うん」
 
ということで、私は青葉の母が運転する車に乗せられた。
 
車は海外沿いに走り、雨晴海岸の女岩、そして義経岩の所を過ぎて、海水浴場の付近まで行った。
 
「じゃ、私そのあたりしばらく散歩してくるから。帰る時は呼んで」
と言って、青葉の母は車から降りてどこかに歩いて行った。
 
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「えっと・・・」
「冬子さんが、大事な相談事があるみたいと分かったので、今日は学校を休んで朝から潔斎していました。母にも仕事を休んでもらい運転手を頼んだんです」
 
「私が来ることが分かってたのね!」
「それもとても大事なことだと思ったので」
 
「うん・・・それでここで相談していいの?」
「ここは、私のパワーがとても大きくなる場所のひとつなんです」
「へー。何かパワースポットなの?」
「パワースポットなら、能登半島には金剛崎とか總持寺とか、たくさんそういう場所がありますけど、ここは私だけの特殊な場所なんです」
「なんで?」
「私が小さい頃、ここで父に殺され掛けたから」
「げっ」
「助かるために必死で自分のパワーを使ったから、この場所に私の全力を開けるキーが書き込まれてしまったんですよ。だから、ここでは自分の最高のパワーが出せます」
 
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「そういう場所って嫌や場所にはならないの?」
「ふつうの人は嫌だと思うでしょうね。でも嫌だと思うのは、実は自分が神のパワーに触れるのが怖いからなんですよ。そういう時、人は自分だけの力ではなく、神のパワーまで使ってますから」
 
「神様のパワーって誰でも使えるの?」
「必死になった時には使えます。だから言うんです。神は自ら助くるものを助くって」
「その言葉、そういう意味だったのか」
 
「もっともまずは自分しかできないことと、他人にもできることを切り分けるのが大事です。他の人でできることはどんどん出来る人に投げましょう」
 
「うん」
「それでも自分しかできないことがたくさんありますよね。そんな時、最後の手段として神様の力を借りるんです」
「なるほど」
 
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「誰の心の中にも、神様とつながることのできるポイントがあるんです。それを泉に喩える人もいますが。物凄いパワーがそこから湧き上がってくるから」
 
「奇跡みたいなことが起きる時?」
 
「そうですね。神懸かりみたいになった時。梅原猛が『隠された十字架』を書いた時、聖徳太子が乗り移ったかのようだったなんて言ってましたね。岡本天明が『日月神示』をオートライトで書いてますけど、あれもそういう、心の深い所にある泉からあふれ出してきた言葉だと思います。タルティーニが悪魔から習って『悪魔のトリル』を書いたのとか、もう耳が聞こえていなかったはずのベートーヴェンが、不思議なメロディーに誘われて散歩に出て『月光』を書いたのだとか、やはり一種の神懸かりだったと思うんですよ」
 
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「政子の詩作なんか、そもそもそれに近いよね?」
「ええ。政子さんは詩を綴る巫女です」
 
「私も・・・歌を綴る巫女になれるだろうか?」
 
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■夏の日の想い出・4年生の秋(7)

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