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■夏の日の想い出・4年生の秋(6)
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目次 8
時間索引 #
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「でも私たちの隠し子説って、結構あったよね」と政子は言った。
「あった、あった。A Young Maiden 書いた時にマーサが子供産んでて、親戚のもとで密かに育てられているのではとか」
「あの時生まれていたら、今はもう5歳ということか・・・」
「他にも長らくマリが休養していたのは、実は子育てしていたからだとか」
「うふふ。あの時出来てたら良かったのになあ」
政子が言う「あの時」というのは、私が去勢手術を受ける前日、たった一度だけした男女間セックスのことだ。
「実はできてたりしてね」と私は微笑んで答えた。
政子も微笑んでいた。
「もし、あの時出来てたら、私産んでもいい?」
「いいよ」と私は即答する。
「ふーん」
「でも、まだ妊娠中なの? あれから3年経つけど」
「『姑獲鳥の夏』より長いね。でも今まだ私出産する訳にはいかないから」
「うふふ」
その夜、私たちはたくさん愛し合った。昨夜は政子が松山君と夜を過ごした翌日ということで、お互いちょっと遠慮した感もあったが、そのことを話してしまったので、今夜はしてもいいかなという雰囲気になった感もあった。
「私、基本的に男の子とのセックスより、冬とのセックスの方が快適なんだけどさ」
「うん」
「貴昭とのセックスは、冬とのセックスに近いくらい気持ち良かった。今まで体験した男の子の中でいちばん充足感があった」
「それはつまり、貴昭君との相性がとってもいいってことさ」
「そっかぁ・・・」
と言ったまま、政子はしばらく天井を見つめていた。
「冬、クンニして」
「OK」
「それしながら指でGスポット刺激して」
「了解」
「一緒に乳首もいじってくれる?」
「左右どちらがいい?」
「両方」
「手が足りないよ!」
翌日は朝4時にホテルを出る。
旅行代理店で用意してもらっていた送迎車で、ヒースロー空港ターミナル1に行く。チェックインは自動チェックインにしていたので、荷物を預け、セキュリティを通って、中のカフェで朝食を取ったのち、8:20のルフトハンザ航空フランクフルト・アム・マイン行きLH925(NH6232)に乗る。
機種は B737-300 である。わりと小さな機体だ。ビジネスクラスは機体の前部にあるが、見た目はエコノミーと大して変わらない。ただ3席並びの真ん中の席を使用しない!という運用方法によって、エコノミーより少しゆったり感を持って乗ることができるようになっている。
到着は11:00。時差が1時間あるので、実際には1:40のフライトである。東京から福岡あたりに飛ぶ感覚だ。実際、ロンドンからフランクフルトまでの距離は620kmで、東京−広島間(680km)より少し短いくらいである。
フライトはのんびりと朝ご飯を食べ、おしゃべりしている間に着いてしまった。
1時間の待ち合わせ(結構バタバタ)で、12:00の羽田行き全日空NH204便に乗り継ぐ。今度の機体は B787-8。とっても新しい機体だ。色々当初はトラブルも多かったが何とか落ち着いて来ただろうか?来る時と同様にビジネスクラスは BUSINESS STAGGERED 千鳥式の配置になっている。
やはり座席をフルフラットにできるので、お昼を食べた後、取り敢えず寝た。政子も朝早く起きて眠かったようで、やはり寝ていた。
3時間ほど眠った所で目が覚める。ほどなく政子も起きたのでドリンクを頼んで水分補給した上で、政子としばしおしゃべりする。
何時かなと思って時計を見たら、イギリス時刻のままにしていたので、15:30になっていた。
「あ、そうだ。時計を日本時間に戻しとかなきゃ」
と言って私が愛用のピンクのBaby-Gをロンドンの夏時刻から日本時刻に表示を変えていたら、政子が
「あれ? 冬は時計を変えてたんだ?」
などと言う。
「マーサは時計の設定、変えなかったの?」
「めんどーい。私は日本時刻のまま。だから今23:30」
「不便じゃなかった?」
「だって私の身体は日本時刻で動いてるんだもん。それでイギリスでは夜中の1時頃からお昼頃まで活動して、午後は寝ると考えればいい。現地時刻が必要なら、イギリスは8時間、ドイツは7時間引けばいいんだし」
「まあ、それはひとつの手だよね。世界を忙しく駆け巡るエグゼクティブの中には、その方式の人が時々いるらしい。それに8時間の足し算・引き算はマーサは楽勝だろうしね」
「うん。それもあるかもね。あと、御飯はお腹が空いたら頼めばいい」
「確かに!」
「この飛行機、何時に着くんだっけ?」
「朝の6:25羽田着」
「あ、羽田に着くんだ」
「そそ。楽でいいよね」
「フランクフルト・アム・マイン出たのはドイツ時刻で12:00だったっけ?」
「うん」
「ふーん。11時間25分か。来る時はどのくらい掛かった?」
「えっと、ちょっと待ってね」
と言って私は時刻表を確認する。
「成田を出たのが11:30で、ヒースローに着いたのが16:00」
「じゃ、12時間30分か。さすがにフランクフルトの方が近いからだよね」
私は筆算しないとこういう計算はダメだが、時差付きの時刻計算でも一瞬でやってしまうのが、さすが政子である。
「それプラス、ジェットストリームがあるから。この羽田−フランクフルト便は、羽田からフランクフルトに行く時は、夜中の 1:00 に出て 6:10 に着いているよ」
と私は時刻表を確認して言う。
「ああ、西向きに飛ぶ場合は風の流れと逆向きだから12:10掛かってるのね。あれ?そんなに差が無い気もする」
「夏はジェットストリームが弱いからかも。冬期だともう少し差が出るかもね」
「ジェットストリームって冬期が強いの?」
「そうそう。強い時は秒速150mくらいあって、昔の飛行機だとエンジン全開なのに後ろに飛んだなんて話もある」
「ひゃー」
といってから政子は詩を書き出す。
『Back Flight -逆飛行-』と書かれている。まんまだ! 政子の詩のタイトルには『蘇る灯』『夜宴』のように「なぜ、そうなった?」と思うものもあるが、『恋のステーキハウス』のように結構ストレートなものも多い。
政子と冬子の行程
16日 1130NRT発 1600LHR着 Stratford泊
17日 Stratford見学 Stratford泊
18日 Liverpool見学 London泊
19日 Globe見学 London泊
20日 820LHR発 1100FRA着 1200発
21日 625HND着
21日6時半に羽田に戻ってきた私たちは、そのままいったんマンションに帰りまずはシャワーを浴びて寝た。そして10時頃起き出して、放送局に出かけ、来週の土曜日に行われる間島香野美(ゆきみすず)さんのライブについて、間島さん本人、ゲスト出演する田中鈴厨子(すずくりこ)さん、★★レコード関係者、技術スタッフ、田中さんの歌唱をサポートする役のローズクォーツのタカ、指揮者の渡部賢一さん、そして放送局関係者と最終的な打合せをした。
その打ち合せが終わってから、タカは「しろうと歌合戦」の出演のため、別の放送局に行き、私と政子、渡部さんはローズ・クォーツ・グランド・オーケストラの練習場所に移動する。今日・明日がこのオーケストラの最後の練習ということになる。練習はコンマスの桑村さんを中心に行われていて、美野里やアスカも出てきてくれていた。
現在このオーケストラは、桑村さんを含む専任の楽団員23名、私の友人5人、それにローズクォーツの4人・スターキッズの8人、それに私と政子の合計42人で構成されている。
この中から、私と政子、友人・ローズクォーツ・スターキッズの合計18人が抜けるし、楽団員23名の内、5人が9月いっぱいで退団することになっている。私の友人の中で詩津紅だけが「面白いから残る」と言って残留することになった。ただ、現在大学の卒論で忙しいので、12月まではややまばらな参加になるかも知れないということだった(就職先は大手通信会社の事務系の仕事で内定しており土日は確実に休めるらしい)。
それで結局「楽団員の公募」は行わないことになった。
Eliseから推薦してもらったメンツ(結局Annaもスイート・ヴァニラズと兼任でこちらにも参加することになり、バンドまるごとの参加になった)、美野里から推薦してもらったピアニスト森下乃江さん、雨宮先生から推薦してもらったサックス奏者・鮎川ゆまさん、私がスカウトして来た三人組のフルート奏者《トリュート》と古い知人のマリンバ奏者・千鶴さんを加える。これでリズムセクション・木管セクション・鍵盤セクションは補充されてしまった。
更に現在の楽団員からの推薦で、弦楽器奏者や金管楽器奏者が若干名補充され、これだけいれば問題無いね、ということで公募せずに、その新しく加わる人たちを入れて10月から即《渡部賢一グランド・オーケストラ》として活動再開することになったのである。新しい陣容はこんな感じである。
リズムセクション(3) Gt.亜矢 B.須美 Dr.奈保 (以上3人はNadiar)
木管セクション (5) Fl 《トリュート》の3人 Cl 詩津紅 A.Sax ゆま
鍵盤セクション (3) Pf 乃江 KB 真知(Nadiar) Mar 千鶴
弦セクション (16) Vn 桑村+11名 Vla 2名 Vc 2名
金管セクション (10) Tp 加治+4名 Tb 杉江+4名
4月にオーケストラを結成した時は「歌う摩天楼」のメンバーは桑村さんを入れて4人だったのが、6月に追加メンバーを入れた時に1人増えて、今回の補充でまた3人増えて、8人になった。
「10年後には当時のメンツが全員参加してたりして」
「10年後まで続けたいね〜」
「その時は、KARIONのいづみちゃんも招待してケイちゃんとふたりで《千代紙》も再現してもらおう」
《千代紙》というのは、源優子(和泉)と柊洋子(私)のペアに、当時渡部さんが勝手に付けた名前である。なぜ千代紙なんですか?と訊いたら、本人は可愛いからとかよく分からないことを言っていたが、後に「折紙を折って色々な形を作れるように、ふたりはどんな歌でもきちんとその流儀で歌えるからだよ」
と桑村さんが解説してくれた。
イギリスから帰って来た後は、間島香野美関連、グランド・オーケストラ関連、KARION関連、ワンティス関連などで散発的に仕事が入ったり、またアスカとの「夜間ぶっ通しの練習」をしたりはするものの、大半の時間はマンションで政子と一緒に論文を書いていた。時々政子の母や、うちの姉などがマンションを訪れてお茶を飲んだり御飯を食べていくのが適度な気分転換になった。この時期、和泉の方も必死に論文を書いていた。
しかしそれだけ集中して書いたおかげで、10月末くらいまでには、論文もほぼ完成。川原教授に見てもらい、多少の問題点や論考を加えた方がよい所を指摘される。それを直して、11月上旬にはOKをもらい、印刷・製本に回した。
和泉の方も何とか11月中旬に論文を完成させた。これでローズ+リリーもKARIONも春から活動再開できることが確定した。
論文完成間近となっていた10月19日、あきら・小夜子夫妻の第2子が誕生した。私と政子は、和実・淳、桃香・千里、それに春奈・彩夏・千秋と誘い合って、見学に出かけた。
「わあ、また女の子なんですね」
「姉妹っていいですね」
「最初から女の子だったんですか? それとも女の子にしちゃったんですか?」
「うん。最初から女の子だったよ」
と言って小夜子は微笑む。
上の子・みなみが生まれた時、ふたりは「この子男の子だったけど、お医者さんに頼んで手術して女の子にしてもらった」などという冗談を言って、みんな一瞬本気にしかけたのであった。
「子作りはこれで終了?それともまだ行きます?」
「私は2人いればいいと言ってる。だから、あきらにも去勢していいよと言ってる」
「僕は去勢するつもりはないと言ってるんだけど」
「またまた、本当は早く女の子の身体になりたいと思ってる癖に」
「それ、まだ迷ってるんだよ−」
「なんか、1年後くらいには、私たちあきらさんの性転換手術のお見舞いに来てるような気がするなあ」
「ああ、するする」
「GIDの診断書はもらってるんですか?」
「うん。一応2枚もらってる」
「じゃ、いつでも手術受けられますね」
「うーん・・・」
「名前は決まりました?」
「うん。《ともか》って言うの」
「可愛い、可愛い」
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