広告:ここはグリーン・ウッド (第6巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・4年生の秋(4)

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9月16日。朝から政子と一緒に自宅マンションを出て、成田空港に向かう。チェックインは自動で済ませていたので、10時頃セキュリティを通り11:30発のロンドン・ヒースロー空港行きANA201便に乗った。
 
今年は公演で行った台湾、焼肉を食べに行った韓国、に続いて3度目の海外渡航である。政子のパスポートは、2009年2月に作られた後、2011年に1度タイに行った以外はずっと出入国スタンプが押されていなかったのが、有効期限間近になって突然3回分のスタンプが押されることになった。私のパスポートは台湾公演の前に、以前持っていた Fuyuhiko Karamoto Sex:M のパスポートから切り替えて Fuyuko Karamoto Sex:F になったもので、こちらは作ってすぐに3回分のスタンプが押されることになった。切り替える時に5年有効にするか10年有効にするか悩んだのだが、琴絵から「冬は絶対査証欄がすぐいっぱいになる」と言われて5年を選択した。
 
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フライトは約12時間半である。機材はB777-300ER ANA BUSINESS STAGGERED。「staggered」は「千鳥状」という意味で、隣り合う座席が半分ずつずらして配置されている。座席の頭の部分と足の部分に幅の差が出るので、ずらすことでスペースを節約することができるし、横4席並びの内側の席からも直接通路に出られるというメリットがある。
 
座席をフルフラットに出来るので、私は乗ってお昼を食べてすぐ、ノイズキャンセルヘッドホンをして雑音をカットし、取り敢えず寝た。その間、政子は映画を見ていたようである。3時間ほど寝て目が覚めたところで政子としばしおしゃべりする。やがて夕食となり、その後、政子も少し寝る。私も寝ていたが起きたら
 
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「冬〜、詩を書いたから曲付けて」
と言う。
 
「はいはい」
と言って笑顔で詩を書いた紙と《赤い旋風》受け取り、五線紙を出して曲を書き始めた。タイトルは『黒い海』と書かれている。
 
「さっき、現在黒海の近くを飛んでいますってアナウンスあったのよ」
「なるほどね〜」
 
その後は、おやつなどを摘まみながら、機内食のデザートなども頼んだりしながら、のんびりとおしゃべりして過ごした。論文を少し書いてもいいが、これから3日間、イギリス漬けになるから、今は頭を空っぽにした方がいい。
 

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ロンドン・ヒースロー空港に現地時刻16:00(日本時刻24:00)に到着する。空港内のレストランで夕食を取った後、予約していたレンタカーを借りて、ストラトフォード・アポン・エイヴォンに移動する。
 
空港で借りた車はプジョー207であった。1400ccなので日本のノートやアクシオのような小型乗用車に乗るのとそんなに感覚が違わないので助かった。麻央の特訓のお陰でスムーズにMTの操作もできる。また、イギリスは日本と同じ左側通行・右ハンドルなので、気楽。ただ交差点の多くがラウンド・アバウト、日本でいう所のロータリーなので最初緊張したが、数回で慣れた。また、車のワイパーとウィンカーの取り付け位置が逆なので、最初何度かウィンカーを点けようとしてワイパーを動かしてしまい焦った。
 
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経路はカーナビ付きの車なので、夜間のドライブではあっても、あまり考えずに目的地のホテルまで辿り着くことができた。
 
政子は初めてのイギリスで色々刺激されているのか、車内でまた『風のビート』
という詩を書いた。すぐに曲を付けてなどと言われたが、運転しながら書くのは無茶〜、ということでホテルに着いてから書くことにした。
 
到着は21時前で、そのままホテルにチェックインする。ホテル内のレストランでまた夜食?を食べてから部屋に戻り、ゆっくりと寝た(もちろんたくさん愛し合った)。
 

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翌17日は朝からストラトフォード市内を見て回る。車はホテルの駐車場に置きっぱなしにして、取り敢えず歩いて回る。
 
まずは最初にシェイクスピアの生家に行った。シェイクスピアゆかりの場所5箇所に入れる Five House Pass を購入した。
 
「千葉で見たのと似てるね」
などと政子が言う。
「まあ流れている空気は全然違うけどね」
「うん。この空気が刺激的」
 
隣接するシェイクスピアセンター(資料館)から入って行くようになっている。シェイクスピアの生涯の解説などもあるが、このあたりは、私たちがもっと詳しく解説できるくらい勉強している。
 
資料館を抜けて生家の中庭に出る。日本なら庭とかはきれいに整備している所だろうが、これがイギリス流なのだろうか。割と適当だ。でもそのアバウトさをまた心地良く感じた。古い時間の欠片(かけら)が残っている感じ。政子はまたこの中庭で詩を一篇書いた。『Fragment of the time』などというタイトルが付いている。ついでに歌詞も英語だ! そのタイトルから、政子が私と似た感覚を感じたことを知り、私は微笑んだ。
 
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生家の中に入る。古い家具が遺されている。実際に当時こういう家で使用されていたようなものが再現されているらしい。ただ、さすがに生活感は失われていて、博物館的な感覚である。政子もあまり感じる所は無かったのか、流して歩き回る感じになった。
 
生家を出た後は徒歩で移動してニュープレイス・ナッシュの家 (Nash's House and New Place) に行く。ニュープレイスは劇作家を引退したシェイクスピアが晩年を過ごした場所で、隣接するナッシュの家は、シェイクスピアの孫娘 Elizabeth Hall が最初の夫 Thomas Nash と暮らした家である。ニュープレイスは現在建物は無く、シェイクスピアの遺物が無いか調査が行われている。隣接してきれいな花壇があったのでしばし鑑賞する(Knot Garden, The Great Garden of New Place)。ここでまた政子は詩を一篇『From Ground Nadir to the Flower』というのを書いた。発掘作業の様子とこの花壇とが融合したのか?
 
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その後、また歩いてホールの家(Hall's Croft)に行く。ここはシェイクスピアの娘 Susanna Shakespeare (Elizabeth Hallの母)が夫で医師の John Hall と暮らした家である。当時の医療器具なども遺されている。雰囲気がシェイクスピアの生家と似ている気がした。
 
更に歩いて町外れのホーリートリニティ教会 (Holy Trinity Church) に行く。直訳すると聖三位一体教会とでもいうべきか。シェイクスピアが生まれた時に洗礼を受け、そして亡くなったあと埋葬された所である。シェイクスピアは 1564年4月26日に洗礼を受け、1616年4月23日(ユリウス暦)に亡くなっている。普通は生まれた日に洗礼を受けるのでシェイクスピアの誕生日は4月26日と考えるのが妥当だが、亡くなった日が4月23日で洗礼日と近いことから、4月23日を誕生日と信じる人たちも多い。確かに数日遅れて洗礼を受ける例もあるにはあったらしい。また4月23日が英国の守護聖人セント・ジョージ(聖ゲオルギオス)の祝日であることもあり、この日に誕生日が祝われる習慣もあるようである。セント・ジョージ・クロスはイングランドの国旗(白地に赤い十字架)でもある。
 
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バスに乗って中心部まで戻り、いったんホテルに戻って車を出し、郊外Shotteryのアン・ハサウェイの家に行く。駐車場に駐めて見学する。ここはシェイクスピアの妻 Anne Hathaway の生家である。
 
今まで見た3軒の家がほんとに町中の家という感じであったのに対してこちらはまさに田舎の家という感じで何だかほっとする気分であった。田舎の大農家という感じだ。政子は車を降りて、家の外観を見た瞬間、また詩を書き出した。『Flower Country』と書かれている。
 
家の中に入って行くと、ガイドさんが詳しい説明をしてくれるので私たちはそのひとつひとつの説明をよく聞いていた。お庭を見ている時に政子は更にまた詩を書く。『Sound of Flower and Grasses』などと書かれている。ストラトフォード・アポン・エイヴォン自体、町中も花いっぱいだったのでどうもお花関連の発想がたくさん湧くようだ。今年『Flower Garden』というアルバムを出したのに、これだとまた来年お花だらけのアルバムを出すことになるのではという気もした。一応来年のアルバムは『雪月花』とタイトルを予告しているからお花の歌は入れていいんだけどね!
 
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アン・ハサウェイの家の後は、5kmほどドライブして、隣町Wilmcoreにあるメリー・アーデンの農場 (Mary Arden's Farm) に行く。シェイクスピアの母 Mary Arden の生家である。古い時代のやり方に従って現在でも農業や牧畜が行われており、パンなども作られていた。
 
鷹狩り(falconry)のデモンストレーションが行われていた。シェイクスピアの作品には鷹狩りが結構出てくるし、鷹狩りの用語もたくさん使われている。しかし実物を見たのは初めてだったので、今まで漠然と持っていたイメージと結構違っていて(何となく江戸時代の将軍様の鷹狩りのイメージがあった)本当にここに来て良かったと私は思った。
 
休憩して食堂で、この農場で作られた素材を使った食事を頂いた。
 
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今日はストラトフォードに連泊するので車でホテルまで戻った。まだ夕方まで少し時間があるので、町を散策する。
 
とにかく花にあふれた町である。家々の2階の窓や1階の天井部分などに花がハンギングされていて可愛い。政子と「こういうの、日本でもやっていいよね」
などと言いながら散策していた。
 
公園に出て、シェイクスピアの像が見えるところでしばし立ち話していたら、「あれ? まぁちゃん?」と日本語で声を掛ける男性がいる。
 
びっくりして振り向く。
「あ、たぁちゃん!」
 
と政子も驚いたように答える。それは政子のボーイフレンド(政子的見解では「恋人」ではないという建前)で、高校の時の同級生・松山貴昭君だった。
 
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「あ、唐本さんもこんにちは」
「こんにちは、松山君」
と言って私も微笑む。
 
「こちらは旅行?」と私は尋ねた。
「うん。卒業記念旅行って感じかな。大学の友人2人と一緒に」と松山君。
 
彼のそばに同年代の男性が2人いたので私は会釈する。向こうも会釈したが「あ、俺たち先に行くからゆっくりしてこいよ」と言って彼らは先に行った。
 
「松山君は卒論は?」
「もうほとんど書き上げたよ。一応指導教官にもチェックしてもらっている。来月くらいに製本して12月になったら正式に提出する」
 
「就活は?」
「MP電器に内定してる」
「凄っ! 超一流会社じゃん」
 
政子は頷いているので、そのあたりは本人からちゃんと聞いているのだろう。
 
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「まあ、おかげさまでね。そちらは卒論は?」
「これから頑張る。ふたりともシェイスクスピアがテーマなんで、一度生誕地を訪れておこうと思って来たところ」
 
「ああ、なるほど」
 
政子は何だかもじもじして、何も言わないのでもっぱら私と松山君が会話している。こんな政子を見るのもほんとに珍しい。まるで憧れの人に偶然遭遇した女子中学生みたいだ。
 

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「明日はどこ行くの?」と私は尋ねる。
「リバプールだよ。そのあと明後日エディンバラまで足を伸ばす」
「わあ、すごい」
「そちらは?」
「明日はロンドンに戻って、博物館とかウェストミンスター寺院とか見る予定」
「リバプール行った?」
「ううん。今回は予定に入ってない」
 
「じゃ一緒に行かない?」
「え?でも・・・」
「音楽家がイギリスに来てリバプールに寄らないなんてないよ。ビートルズは歌手にとっては神様みたいなもんでしょ?」
「うん。それはそう思う」
「じゃ行こうよ。ウェストミンスター寺院なんて、どうでもいいじゃん」
「うーん。確かにどうでもいいかも知れん」
 
政子を見ると、どちらかというと一緒に行きたそうな雰囲気。
 
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「でもそちらはツアー?」
「うん。そちらは?」
「私たちはレンタカー」
 
「だったら行程は自由じゃん。車でリバフールまで行ってさ。僕たちのツアーのガイドにくっついて一緒に回ればいい」
「ああ、その手はあるね」
「ガイドさんには一言言っておくから」
 
「そうだね。何か言われたら適当なオプションツアー料金払えばいいかな」
「そうそう」
 
政子は何だか嬉しそうな顔をしている。じゃ、ついでに・・・
 
「ところで松山君今日のホテルは?」
「ああ。ストラトフォード市内。**ホテル」
「私たちは##ホテル。わりと近くかな」
「あ、たぶんそうだと思う」
「お部屋は相部屋?」
「シングルだけど」
 
「じゃ、ひとり増えても大丈夫だよね?」
「え?」
 
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「ということで、マーサ、明日の朝会おう」
と無言で俯き加減にしていた政子に言う。
「えっと・・・」
 
「今夜はゆっくりと休むといいよ。今日マーサが書いた詩には曲付けておくからさ」
「あ、うん」
政子が自分の詩を書いた紙を出すので、私は自分の生理用品入れを渡した。政子が「へ?」という感じで私を見る。その中に避妊具も入っていることは政子も知っている。
 
「じゃね」
と言って、私は微笑んで手を振り、ふたりを残してホテルの方に戻る道を歩いた。なんだか楽しい気分だった。
 
 
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