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■夏の日の想い出・ふたりの成人式(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2012-02-25
 
高校2年の12月に、私が女装して歌手をしていたことが、いきなり写真週刊誌で全国に報道された時、私が歌手をしていたなんて知らなかった母と姉にも驚愕されたが、私に女装の習慣があること自体知らなかった父との間にはメガトン級の爆弾でも炸裂したかのような衝撃が発生した感じであった。
 
父とはその時、主として姉の仲介でいろいろ話し合い、高校卒業までは歌手活動を控えるということ、当面の間は親の許可無くスカート姿で外出しない、などということを約束するに至るのだが、その後、お互いにかなり気まずくなってしまい、高3の頃は父とはほとんど会話が成立しない状態になっていた。
 
大学に入り独立してからも4月までは実家にエレクトーンを置いていたので毎日実家に行ってはいたが、夕方は父が帰宅するより前に私が政子の家に「帰宅」
して夕飯を作りそのまま泊まる、という生活になっていたので、「入れ替わり」
の状態になって、結局父とは顔を合わせる機会が無かった。それで独立後9ヶ月がたち、お正月になって母から「一度こちらにおいで」と言われるまで、全然父とは会わなかった。そして、お正月に実家に戻ってみても、結局一度も父と言葉を交わさないままであった。
 
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大学1年の年末年始は、年越しライブ・年明けライブをしていたので、実家に戻ったのは1月2日の午前10時くらいであった。お正月だしということで、懇意にしている美容師さんに髪のセットと振袖(年始回り用に誂えたものとは別の普及品)の着付けをしてもらって実家を訪れたが、母や姉が「おお、可愛い」
などと言って歓迎してくれたのに対して父はこちらが「お父ちゃんただいま」
と言っても、チラッとこちらを見ただけで、横を向いてしまった。
 
1日遅れのお屠蘇を頂き、雑煮やおせちなどももらって食べたが、父はPRESIDENTを見ている(というか、ただ目をやっているだけに見えた)、私と母と姉の会話には全然入って来なかった。みんなで初詣に行こうという話になっても、父は一言「俺は留守番してる」と言っただけであった。
 
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結局、母と姉と3人で初詣に出ることにした。折角私が振袖を着ているからということで、姉も行きつけの美容室(2日から営業していた)に行って振袖の着付けをしてもらい、母は自分で付下げの着物を着て、午後3時すぎに地元の神社を訪れた。デジカメのセルフタイマーを使って3人並んでいる写真を撮った。
 
「お父ちゃんと全然話ができないや」と私が言うと
「でも、お父ちゃん、ちゃんとローズクォーツのCD、2枚とも買ってるから。よく聴いてるみたいよ」などと姉が言う。
「ローズ+リリーの曲も聴きたいって言われたから、お前から直接もらった『恋座流星群』も含めてCDからリッピングしてMP3プレイヤーに入れて渡したよ。通勤の時とかに聴いてるみたい」と母。
「わあ。。。」
「結構、お父ちゃん、冬のこと認めてくれてる感じよ」と姉。
「その内、話せるようになるかなあ」
 
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「父親なんて、元々そんなものじゃないの? 私だって、お父ちゃんとは、あまり会話してないよ」と姉。
「照れくさいだけよ」と母も言う。
「それに、以前は息子と思ってて気軽に話していたのが、娘かもという意識になって、逆に話しづらくなっちゃったのかもね」と母。
「あ、それもあると思うよ。会話できなくても気にしないことよ」と姉も言う。
 
「でも可愛い振袖ね。これ?9月に作ったって言ってたのは?」と姉。
「あれは7日に仕事で挨拶回りに行く時に着る。これはヤフオクで落とした普段着用。なんと5万円」
「安!」
「挨拶まわりで着る振袖はその時に記者とかに写真撮られるだろうから、それ以前にその振袖着た写真とかが出回ったりすると困ると言われてるから、7日までは着て出歩けないのよね。7日すぎたら見せるね。それか、うちのマンションに来てもらえたら見せられるけど」
「ああ、1度、向こうにも行ってみたいね」
 
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「でも私去年のお正月で振袖は着納めにしたかったのに、結局今年も着てるわ」と姉。
「明弘さんとは残念だったね」
「まあ、3年付き合って結婚の話が出なかったってのは、結局縁が無かったのよ」
「次は交際開始1ヶ月で結婚目指そうよ」
「ああ。電撃結婚とかがいいよね」
 
「そういえば、冬、お前、成人式も振袖着るの?」と母。
「もちろん」
「その誂えた振袖を着るの?」
 
「それがさ、来年の年始ではまた別の振袖作ってね、と言われてるんだよね。毎年同じ服着て行くわけにはいかないって。だから成人式も、その新たに作る振袖を使うかも」
 
「たいへんね。今年作った振袖も、けっこうしたんじゃないの?」
「うん。140万。加賀友禅だよ」
「凄い。やっぱり、それ見せて」と姉。
 
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「来年用の振袖はいつ作るの?」
「うん。去年頼んだのが9月だったから、またその頃かな、なんて思ってるんだけどね」
「よく9月に頼んで、今の時期に間に合ったね」
「え?そういうもんじゃないの?」
 
「ふつうは1年前に頼むよ。最近は早い人だと1年半前に頼むみたいね」
「あ、そうだったんだ?」
「萌依の成人式の時の振袖だって1年前に頼んだよ」
 
「あ、それでか!実は呉服屋さんから、成人式用振袖の内覧会を1月4日にしますから、ぜひいらしてください、なんて手紙が来てたんだよね。まだ早すぎるだろうと思って放置してた」
「あら、取り敢えず見に行ってもいいんじゃない?」
「そうだね。じゃ、お母ちゃん、お姉ちゃん、良かったら一緒に見に行かない?」
 
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「1月4日なら、私も行けるよ」と姉。
「あら、いいわね。じゃ、一緒に3人で見に行きましょう」と母。
 

美智子に連絡すると、自分もそろそろ来年の振袖作ってねと言おうと思ってたということで、「今年のに見劣りしない程度のは頼んでね」ということだけ言われたので、結局1月4日に、母と姉と一緒に、いったん私のマンションまで来てもらって、今年の振袖を見てもらった後で、呉服屋さんに回ることにした。
 
私が和箪笥から振袖を出してくると、母も姉も「きゃー、凄い」と声を上げた。
 
「きれいだよね、これ」と私が言うと
「ほんと豪華。美しい」と姉。
「7日過ぎなら、お姉ちゃんに貸してもいいよ。1度着てみる?」
「うん。貸して。でもどこに着て行こう?」

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(著者注)冬子が大学1,2年で着る振袖を整理すると 
(1)2010年9月に頼んだ加賀友禅 140万円 
(2)2010年12月に会社で買った既製品の振袖.ステージ用 50万円 
(3)2010年12月に個人でヤフオクで落とした振袖.普段着用 5万円(実家に着て行く) 
(4)2011年1月に母と一緒に見て頼んだ加賀友禅 120万円 (梓に無償貸与) 
(5)2011年8月に慌てて頼んだ加賀友禅 300万円 
となる。

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マンションでお茶を飲んで一休みしてから、呉服屋さんに向かう。
 
呉服屋さんは、振袖を頼んだ時と受け取った時の2度しか行ってないのに、お店に入っていくなり、「唐本さま、いらっしゃいませ」と、入口の所にいた女性から言われた。凄い、さすが客商売!と私は感心する。
 
「まずは自由にいろいろ見てくださいね」と言われるので店内に展示してある生地を見て回る。その日は内覧会というだけのことはあり、かなり良い品ばかり出ているようであった。値段がセット価格で全ての品に提示してあるので、見るほうもその分気楽に見れる気がした。価格表示の無い品物はどうしても緊張する。それでも母は価格の札を見て「きゃー」などといって首を振っていた。
 
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「でもこれ可愛いわね」「これも素敵」などと3人で見ていたら、番頭さんが寄ってきた。
「唐本さま、飛和工房の新作が入っていますが、ごらんになりませんか?」
という。
今年の年始回り用に昨年9月頼んで12月に受け取った振袖がその工房の作品だったのである。
 
「あ、見せて下さい」と言って3人で見に行く。私たちは店の奥の方に案内された。
 
番頭さんがいちばん奥の棚の真ん中付近の段から1つの生地を取り出す。それを見て「きゃー、きれい」と母が換声をあげる。
 
私は笑って「凄いですね、これ。こんなの買える身分に早くなりたいです。これ、作家自身で描いた作品ですよね」と番頭さんに言った。番頭さんがニコニコとして頷いている。「そうです。よくおわかりですね」
 
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「目の保養になりました。今年はまだ予算が無いので、工房作のものを見せていただけますか?」
というと、番頭さんは奥から2番目の棚の一番上の段から、他の生地を取り出して見せてくれる。
 
「これもきれいだね」
「これも素敵ですね。でもごめんなさい。予算120万くらいので無いですか?」
と私は言った。
「冬、この生地見ただけで、値段の見当が付くの?」と姉。
「最初に見せてもらったのはたぶん350万くらい。これは180万くらい」
と私が答えると
「さきほどのがセット価格340万、これは170万です。合わせる帯によっても少し変動しますが」と番頭さんが言う。
 
「親しくなった売れっ子歌手さんとか作曲家さんとかの家で、かなり良い物を見せてもらったので」と私は笑顔で答えた。
 
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「それでは、そのご予算でしたら、このあたりなど如何ですか?」
と番頭さんは、今度は同じ棚の真ん中付近の段から生地を3種類取り出した。「私にはみんな『立派な友禅』に見えちゃう」と母。
 
「これ良いですね」と私は真ん中に置かれた生地を指さした。
「あ、私もそれ可愛いと思った」と姉。
「うん。可愛いわよね」と母も言うので、番頭さんがちょっとその生地を私の肩に掛けてみてくれた。
 
「ああ、似合いそう」と母。
「ちょっと可愛すぎるけどね」と姉。
 
「これ、好きです。お値段は・・・125万くらい?」と私。
「帯にもよりますが、標準的なセットで123万8000円に設定しています」
 
私たちは、帯も何種類か見せてもらい「これがいいかな」というのを選んだ。かなり良い帯だったので、セット価格125万8000円と言われたのだが、私が前金で現金で払うというと、番頭さんは「キリのいいところで120万円で結構です」
と言ったので、私はお礼を言ってその場で携帯を操作し120万円を呉服屋さんの口座に振り込んだ。
 
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半年後、私は友人たちと仁恵の誕生日パーティーをしていた時、疲れからうとうととしていて、突然夢の中で『キュピパラ・ペポリカ』という意味不明の単語を聞き、それから着想を得て曲を書いたのだが、その場にいた政子がこの曲に意味不明の単語が並んだ不思議な歌詞を付けた。
 
不思議な曲だね、などと友人たちと話していた時、上島先生から『夏の日の想い出』
という曲を作ったので、すぐCD作っちゃおう、などという電話が掛かってきた。上島先生は直接★★レコードの町添部長に連絡し、突然のCD発売の話が決まってしまった。私たちはこの2つの曲と、震災の避難所巡りをしていた時に着想を得て書いた曲『聖少女』をトリプルA面で発売したところ、そのシングルがローズクォーツ初のミリオンヒットとなった(CDと配信の合計。以下同。10月末に達成)。
 
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そしてこのシングルのミリオン到達に先立って、高校2年の時に発売されていた、ローズ+リリーの『甘い蜜/涙の影』も発売以来2年半掛けてのミリオンを達成した(9月末に達成)。
 
更には7月に発売したローズ+リリーの2年ぶりのアルバム『After 2 years』が8月末の時点でも40万枚売れていて、10月に次のアルバム『Long Vacation』を発売すると発表したら、いきなり予約が20万件も入るという事態で、この2枚のアルバムは、どちらもダブル・プラチナ(50万枚)を達成しそうに思われた。
 
そういう状況になりつつあった8月の下旬。私は「明日からアルバム(Long Vacation)の録音だね、頑張ろうね」などと政子と言いながら自宅マンションでふたりでイチャイチャしていたが、そこに美智子から電話が入った。ハンズフリーにして話す。
 
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「冬、来年のお年始に使う振袖のことなんだけどね」と美智子。
「ああ、あれは1月に頼んでて、今月26日に納品できるって、こないだ連絡あったよ」
「ああ・・・・それ幾らのだったっけ?」
「125万だったけど」
「うーん。。。実はさ、さっき浦中さん(○○プロの部長)と話してたんだけど、これだけ売れてる状況だと、冬にも政子にも、かなり良い振袖着せて年始の挨拶回りさせなきゃね、ということになってさ」
「えっと・・・・125万クラスじゃダメってこと?もしかして」と私が訊くと「うん。ふたりとも300万クラスのを着て欲しいんだよね」と美智子は答えた。
 
「300万!?」と私。
「ちょっと待って。私もなの?」と政子。
 
「それって、自腹だよね」
「うん。申し訳ないけど。年始回りに使った後、ふたりとも成人式でそのまま使ってもいいし」
「なんか1年分の生活費って感じなんですけど。でも今頼んでるのも、もうすぐできあがるし・・・」
「そちらは悪いけど封印して。そのクラスの振袖を着て歩いている所を写真に撮られたりすると、あれだけ稼いでいても、この程度の振袖しか着れないのか?とか言われちゃうと困るんで」
「じゃ、今年のお正月に着た振袖も封印ですか?」
「あれは今年既に撮られてるから、問題無い。あと、時々着て歩いている普段着の振袖も、あくまで普段着ということで問題無い」
「はあ・・・」
 
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「売れると売れたなりに、色々大変なのよ」
「確かに・・・こないだ私、サーティーワンでラブポーション食べてるところ盗撮されて写真週刊誌に載ったら、直後あちこちのサーティーワンでラブポーションが売り切れ続出したらしいし」と政子。
「私も先月女性週刊誌の取材の時に着てたローラアシュレイのワンピースが、その週刊誌が発売された週、いっせいに全国の店舗と通販で品切れになっちゃったのよね」と私。
 
「ふたりはそれだけ注目されているということよ。有名税ね」
「それで300万の振袖ということになるのね」
「そういうこと。悪いけど、よろしく。柄は、上品さのあるものならふたりに任せるから」
 

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夏の日の想い出・ふたりの成人式(1)

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