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■春告(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2014-05-05
「ヒロミがさ、実はもう女の子の身体になっているのかどうか調べる方法を見つけたよ」
と純美礼は言った。
「そんなの別に調べなくてもいいじゃん」
とヒロミ本人は言っている。
「でも、どうやって調べるの? MRIにでも掛ける?」
と美由紀が訊く。
「いや、そんなものに掛けなくても裸にすれば分かるような気がする」
と日香理は現実的なことを言う。
「でも中2の頃の青葉は裸にしても女にしか見えなかったからなあ」
と美由紀。
「まあ、それは確かにそうだけどね」
と日香理。
「これなのよ、これ」
と言って純美礼が取り出したのは、五十音が「あ」から「ん」まで書いてある紙である。他に数字の1〜9に0、「はい」「いいえ」「男」「女」そして鳥居のマークまで書いてある。
「なーんだ。コックリさんか」
「これやったことある?」
「小学生の頃一時期流行ったなあ」
「でも危ないからやめなさいって先生に没収された」
「いや、ほんとにそれ危ないらしいよ」
「うんうん。それやってて気が狂った子がいたって噂聞いた」
「コックリさんの霊に取り憑かれちゃうことあるんだって」
「そんな時は青葉がいるじゃん」
などという声が出るが、青葉は
「やめといたほうがいいよ。変なの来ても知らないよ」
と言っている。
「やっぱりこれって霊が来るの?」
と美由紀が訊く。
「霊感の強い子が混じってると来ることもある。でもだいたい下等霊だよ。まさに狸か狐。ろくなもんじゃない。人の心を不安にさせるだけ」
と青葉は答える。
「じゃ、霊感の無い子だけでやればいいよ」
と純美礼は言い出す。
「霊感の無い子って?」
「私でしょ、美由紀でしょ、ヒロミでしょ、あとは吉田だな」
「私もするの!?」とヒロミ。
「俺もかよ!?」と吉田君。
「このメンツなら危険はないと思わない?青葉」
「うーん。危険はないかも知れないけど、何も起きないんじゃないかと」
それで結局ヒロミ本人まで参加させられてテーブルの上に置かれたコックリさんを囲む。4人で手を合わせる。
「ちょっと女と手を合わせるのは変な気分だ」
と吉田君が言う。
「女の子とこんなに接触できるのはめったにないからありがたく思うといいよ」
などと純美礼は言っている。
「ヒロミはもう女の子の手の感触だね、これ」
と美由紀が言う。
「あ、それうちのお母ちゃんからも言われた」
と本人。
「やはりかなり体質が女性化してきてるね」
最初に「コックリさん、コックリさん、おいでください」
と唱えた。
「じゃウォーミングアップ。私は男ですか?女ですか?」
と純美礼が言うと、4人の合わせた手が動き出す。
「おお、動いてる、動いてる」
「なんでこれ動くの〜?」
と美由紀が言うが
「色々説があるよね。筋肉収縮説、集団催眠説、無意識説、霊魂説」
と日香理が言う。
「青葉、何か霊が来てる?」
「何にも来てないよ。でも美事に4人とも全然霊感がないね」
やがて4人の手は「男」と書かれた所で停まった。
「純美礼は男のようだ」
「えーーー!?」
「純美礼、ちんちん付いてるんじゃない?」
「知らなかった。今晩お風呂に入ったら確認してみよう」
と本人は言っている。
「もう少しウォーミングアップ。吉田にはちんちんが付いてますか?」
また手が動き出す。そして「いいえ」の所で停まる。
「吉田、ちんちん付いてないってよ」
「うそ。俺、さっきトイレで触ったけど」
「それ触った気になっているだけで実は付いてないんだよ」
「えーー!?」
「吉田、いつの間に性転換手術受けたのよ」
「そんなの受けねーよ」
「ねぇ、それ全部逆に出てるってことは?」
と近くで見ていた徳代が言う。
「よし。もう1問。ここは3階ですか?」
実際問題として青葉たちが使っている教室は3階にある。また手が動き出す。そして「2」という数字の所で停まった。
「ここは2階らしい」
「イギリス方式なのかも。Second Floor というのは日本では3階」
「ああ。ドイツなんかも同じだよね。3階は zweite Etage」
「ツヴァイって2のことだよね」
「そうそう」
「このコックリさん、イギリス人かドイツ人なのかも」
「ねぇ、それ全然当たってないという解釈をする気は?」
と日香理がとっても現実的な説を提示した。
「いや、取り敢えずヒロミについてやってみよう。ヒロミはおっぱいありますか?」
「それはあること確定済」
「いやこっくりさんに聞いてみる」
手が動き出すが、やがて「はい」の所で停まった。
「ヒロミおっぱいあるってよ」と美由紀。
「おっぱいあることは、私、認めてるけど」とヒロミ。
「次、ヒロミにはタマタマはありますか?」
「それは無いこと確定済」
「いやそれもこっくりさんに聞いてみる」
手が動き出すが、やがて「いいえ」の所で停まった。
「ヒロミタマタマ無いって」と純美礼。
「言いふらさないで欲しいけど、それが無いことはこのメンツには話してたと思うけど」
とヒロミ。
「じゃ核心。ヒロミにはヴァギナはありますか?」
「それはちょっと興味あるな」
手が動き出す。やがて「はい」の所で停まった。
「ヒロミ、やはりヴァギナあるんだ?」と美由紀。
「無いと思うけどなあ」とヒロミ。
「じゃ、ヒロミには生理はありますか?」
手が動き出す。やがて「はい」の所で停まった。
「ヒロミ、生理もあるんだ?」
「ごめん。それノーコメントで」とヒロミ。
「無いなら無いと言うはずだから、ノーコメントというのはあると解釈するしかない気がする」
「ごめんノーコメントで」
「まあいいや。じゃ、ラストの質問。ヒロミにはおちんちんありますか?」
手が動き出す。やがて「いいえ」の所で停まった。
「ヒロミ、コックリさんが言ってるよ。やはりおちんちん無いのね」
「あるよー」とヒロミ。
「だけど、前半あれだけ外しまくってたから、いまいち信用がおけん」
と彩矢が言っている。
「取り敢えず終わらせておこう」
「コックリさん、コックリさん、お帰りください」
すると手が動いて、鳥居の絵の所に移動した。
「終わった、終わった」
「これでヒロミが実はもう女の子の身体であることは確定したね」
「いや、全然状況は変わってない気がする」
「ねえ、青葉、この紙はどう処分すればいいんだっけ?」
「私が処分しておくよ。貸して」
「うん。よろしくー」
「コックリさんが帰ってくれなかったようなんです」
とその子の母親は言った。
青葉は高校に入ってから、霊的な相談はできるだけ断るようにしていたのだが、この日は知人から、どうしても特別に見てやってくれないかと頼まれてやってきた。患者は青葉と同じ高校1年生である。
「1ヶ月ほど前、学校で友人と一緒にコックリさんをしたらしいんです。でもその時、どうしてもコックリさんが帰ってくれなかったという話で。それをやったメンバーでお寺に行って祈祷をしてもらって、その時使ったコックリさんを書いた紙もお寺でお焚き上げしてもらったらしいのですが、みんなその晩悪夢を見たとかで。特にこの子はその後、高熱を出して何日も寝込んだんです。お医者さんに見せたらインフルエンザではないかと言われて、タミフルも処方してもらったのですが。結局熱が下がるのに1週間掛かって」
青葉は母親の説明を聞きながら、今睡眠中の少女を見詰めていた。
「その後なんです。おかしな行動を取るようになったのは。鏡を見て突然笑ったりとか。幻覚か幻聴があるみたいで、いきなり『うるさい!』と叫んだり、それまで暴力とかふるったこと無かったのに、父親をこぶしで殴って。父親が対抗してこの子を殴ったのですが、すると凄まじい力で反撃して、父親は意識を失ったんです。それ以来、腫れ物に触るようにこの子に接しているんです」
「ずっとその状態なんですか?」
「ごく普通にしている日もあります。もう1ヶ月学校を休んでいるのですが、勉強したいと言って、お友だちが学校から持って来てくれた宿題をしたりとかしてる時もありますし、お友だちと普通におしゃべりしている時もあるのですが、そのお友だちにいきなり頭突きをしたこともあって。向こうは病気だから気にしないよと言ってくれたのですが」
青葉は20分くらいにわたって、母親の説明を聞いていた。
そして言った。
「これは私の仕事ではありません」
「そんなに難しいのですか?」
「違います。これは病気です。大きな病院に連れて行ってください」
「病院って、精神科でしょうか?」
「違います。外科です」
「へ?」
「これは卵巣に腫瘍ができています。この症状は間違い無く、その腫瘍によるものです」
「えーーー!?」
「これ、抗NMDA受容体抗体脳炎と言って、ごく最近発見された新しい病気なんですよ。小さな病院の先生とかはご存じなかったのかも」
「卵巣の腫瘍でこんな症状が出るんですか?」
「その腫瘍から分泌される物質が脳のNMDA型グルタミン酸受容体というものを攻撃するんです。それでまるで悪魔にでも憑かれたかのような症状が出るんですよ。『エクソシスト』って映画が昔ありましたけど、あの患者の症状も間違い無くこの病気だと多くの人が指摘しています。この病気のことを知らないお医者さんなら、統合失調症、昔の用語なら精神分裂症と言っていたものですが、そういう病気、あるいは解離性同一性障害、いわゆる多重人格だと思ってしまうかも知れません。でもこれは精神の病気ではないです。その腫瘍さえ手術で除去すれば治る確率がとても高いです」
「すぐ大学病院に連れて行きます!!」
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