[携帯Top] [文字サイズ]
■春告(7)
[*
前p 0
目次 #
次p]
翌日は彪志と一緒にローズ+リリーの公演を見に行った。
冒頭「ロリータ・スプラウト」が実はマリ&ケイであったことが公表され、その「仕組み」も公開されて、大きなざわめきがおきていた。
その後、XANFUSやKARIONのメンバーも伴奏に入って、ローズ+リリーの通常の演奏が行われていく。最初に演奏されたのが『Long Vacation』だ。
「懐かしい」
と青葉がつぶやくと、彪志が
「何かあったの?」
と訊く。
「この曲は《クロスロード》のメンバーが初めて東京に集まった時に、埼玉で美容師してる、あきらさんが奥さんとの交際のことを話したのを聞いてケイさんが着想を得て書いた曲なんだよ。ふたりは高校時代ほとんど恋人同然だったのに、卒業の時お互いの連絡手段も確保しないまま別れて、その後1度偶然の再会をして恋人になったけど、1度破局して。それからまた数年経って再会して、今度は結婚したんだよ」
「それって、やはり縁が深いんだよ」
と言ってから彪志は言う。
「俺たちも出会ったのは、青葉が小学6年、俺が高1の時。でもすぐ俺が引っ越してしまったから、震災の後で再会するまで2年間休眠に近い状態だったからな」
「私たちのロング・ヴァケーションだね」
と言って、青葉は素早く彪志の頬にキスした。
幕間のゲストコーナーでKARIONがギター3人の伴奏で歌うという趣向があったが、伴奏したのは(KARIONのバックバンドのリーダー)TAKAOと、KARIONのリーダーいづみ、そして覆面の女性であった。
「あれ、もしかして水沢歌月?」
と彪志が小さな声で訊く。
「そうだよ。演奏の波動が歌月さんの波動だもん」
と青葉は答える。
「昨日の公演でも、水沢歌月は覆面してピアノ弾いたんだろ?」
「そうそう。そのこと、見に行った人のブログとかに書かれているから、この覆面見て、きっとこれもと思ってる人、今会場内にたくさんいると思う」
果たしてKARIONが下がって代わりに2組目のゲストとして出て来たXANFUSから
「今ギターを弾いていたのは水沢歌月でした」
と発言があると会場が「えー!?」という声に包まれるものの『やはり』という顔をしている客もたくさん居た。
やがてライブは後半の「エレクトリックタイム」となり、電気楽器の音を使ったリズミカルなナンバーが続く。前半は座って聴く曲も多かったが、後半は観客がずっと立ちっぱなしである。本編最後は観客がお玉を振って『ピンザンティン』
である。青葉たちも用意してきていたので、ふたりでお玉を振って踊りながら観覧した。
いったん幕が下り、アンコールの拍手があって、再び幕が上がる。ローズ+リリーだけでなくKARIONとXANFUSも並んで08年組の7人で一緒に『200年の夢』を演奏する。電子キーボードで三味線・尺八・箏・胡弓といった和楽器の音が入っているし、七星さんが龍笛を吹いている。
「これ、瞬嶽さんのことを歌った歌だろ?」
と彪志が言う。
「うん」
と言ったまま青葉は師匠のことを思い出して涙を浮かべる。
「だけど七星さんって管楽器何でもできるんだね。今日吹いてるのはあれ、篠笛(しのぶえ)?高麗笛(こまぶえ)?」
「あれは龍笛(りゅうてき)。でも・・・」
「でも?」
「あれ、龍笛の吹き方じゃない。篠笛みたいな吹き方してる」
「それって違うの?」
「篠笛がクラリネットなら、龍笛はトランペット。全く息の使い方が違うんだよ。篠笛みたいな吹き方でも一応音は出るけどね。たぶん七星さん、龍笛の上手い人の演奏を聴いたことないんじゃないかな。龍笛って、下手な演奏をする人が物凄く多い楽器だから、そういう演奏しか聴いたことないと、それが龍笛の音と思い込んでいる人も多いんだよ」
「なるほどねぇ。青葉は龍笛を吹くんだよね?」
「うん」
「千里さんも龍笛吹くとか言ってなかったっけ?」
「あれ?そういえば昨日言ってたね。でも私、ちー姉の龍笛って聴いたことないや」
と言って青葉は少し考えていた。昨日ちー姉は車の中で龍笛もフルートも借り物と言ってたっけ? フルートを吹くのでその応用で龍笛も吹くのだろうか?と考えた。でも一度ちー姉の龍笛聴いてみたいな。
12月31日の大晦日の午前中。千葉市内のL神社。
神社は年末年始はどこも物凄い混雑となるが、大晦日も午前中はまだそんなに人が多くない。千里が竹ぼうきを持って掃除をしていたら桃香が境内に入ってきて「お疲れ〜」と言った。
「桃香、私がここに居るの知ってたんだ?」
「以前朱音が言ってたんだよ。千里によく似た巫女さんがこの神社に居たってね。今朝唐突に思い出した」
「ふーん」
「今日はいつものファミレスは休みなんだよな。電話したら留守電が流れてた」
「年末年始にお休みするって不思議なファミレスだよね。まあ、本来はそれがマトモであって、年末年始も休まず営業している方が変だと思うけど」
「いつから勤めてるんだっけ?」
「大学に入ってすぐからだよ。但し週に1回だけね」
「ほほぉ」
「毎日やると大学の勉強ができなくなるから、夜間のファミレスという、大学の授業とは時間が重ならなくて、しかもけっこう暇な時間のできるバイトをメインにしたんだよ」
「ああ、そういうことだったのか」
「ただし今年の年末年始は今日から三が日まで毎日出る」
「千里の龍笛、聴けるか?」
「今、昇殿祈祷すると聴けるよ」
「小祈祷5000円でいい?」
「大祈祷2万円払うと特別バージョンの龍笛が聴けるよ」
「商売上手だな」
結局、桃香は本当に大祈祷2万円を申し込んでくれた。祈祷内容は「夫婦円満・就職成就」と書かれていた!
神職さん2人・巫女さん2人と一緒に昇殿する。巫女さんの1人が千里であるが、もうひとりの巫女さんが昇殿前のお祓いをしてくれた。
神職さんのひとりが祝詞を読み上げる。もうひとりの神職さんが太鼓を叩く。ひとりの巫女さんが舞を舞い、千里が龍笛を吹く。
凄いと桃香は思った。桃香は信心が全く無いので、神社なんて人に誘われたりしない限り、めったに行かないし、昇殿祈祷などというのもほとんど経験が無かったものの、千里の龍笛は、まるで本当に龍が鳴いているのではないかと思えるほど凄かった。
大祈祷なんて申し込んだおかげで神職さんの祝詞がやたらと長い。千里の龍笛も続くが、それを聴いている内に、突然落雷がして、桃香はビクっとした。
晴れてた・・・・よな?
やがて長い祝詞と楽の演奏が終わり、玉串拝礼をする。千里が桃香に渡した榊を神前に供え、二拝二拍手一拝する。その後、かなり長い神職さんのお話があって、祈祷は終了した。神殿を降りると、千里が巨大な紙袋を桃香に渡した。
夕方。千里が年越しそばに伊達巻き・エビ天などを買って帰宅した。鏡餅は「越後製菓のお鏡餅」を30日のうちに彪志が買って来て飾っている。おせち料理は今朝から朋子と青葉が協力して色々作っていた。千里が帰宅して5分もしない内に桃香も帰宅する。
「あれ?桃姉、神社に行ってきたんだ?」
「うん。初詣もよいが詣納めもよいかなと思って。このもらったお札はどこにどう置けばいいんだ?」
「あ、私が置くよ」
と言って青葉は本棚の一画に場所を作ってそこに袋に入っていたお札と御神酒を並べた。更にPPC用紙を1枚取ってそれを折り、盛り塩を載せ、また桃香の友人が作ったという陶器の杯に水を入れて供えた。
「あれ?今この部屋の空気に秩序が出来た気がする」
と彪志が言う。
「うん。作ったから」
と青葉は言う。
「本当は正式の神棚を置いた方がいいんだけどな」
「だけどどうせ1年もすればあんたたち引っ越すんじゃないの?」
と朋子は言った。
「まあどこに就職するかによるな」
「でもあんたが神社なんかにひとりで行くなんて珍しいね」
「なかなか就職先が見つからないからなあ」
「あれ、L神社に行ってきたのね?」
と桃香が持っていた袋に印刷されている社名を見て朋子が言う。
「ああ。バスに乗っててふと鳥居が見えたんで入ってみたらそこだった」
と桃香。
「それは凄く縁があったんだと思う」
と青葉。
「私たちは昨日行ってきたね」
と朋子。
青葉と朋子は30日に、建立を進めている神社の件で、その管理を委ねることにしているL神社に行って、宮司さんとお話してきたのである。
「昇殿したんなら、あの太刀見たでしょ?」
「太刀? なんか巨大な宝飾刀が立ててあるなと思って眺めていたが」
「関東大震災の時に、神社の裏手の山が一部崩れて、そこから出て来たんだよ。国宝に指定されているけど、おそらくヤマトタケルとかの時代のもの」
「凄い! そんなものなら、もっとマジマジと見ておくべきだった」
19時頃になってみんなで年越しそばを食べ、おせちの摘まみ食いもする。
「まだもう少し入るな。ロースハムもらったのがあったよな?」
「うん。お店でうっかり賞味期限切れにしちゃった奴なんだよ。本当は廃棄しないといけないんだけど、店長さんが持ってけ持ってけというから、もらってきた」
5人もいるので、業務用ロースハムのひとかたまりがあっという間に無くなる。
「青葉あまり食べてないのでは」
「私少食だから」
「千里も少食だしな」
「私、効率がいい身体なんだよね」
「ちー姉も、モスは半分しか食べないね」
「だってあれボリュームあるもん。マックなら1個食べられるよ」
「しかしマックに入っても千里はポテトを残す」
「あそこまでとても入らない」
「青葉にしても千里さんにしても、食の少ない女性って感じ」
と彪志が言う。
「ちー姉、高校時代はバスケしてたんでしょ? その頃は食べてた?」
「今と変わらないよ」
「練習の後とかお腹すかなかった?」
「青葉も朝のジョギングした後でも、朝御飯は茶碗1杯とお味噌汁くらいしか食べないじゃん」
「うーん。私は小さい頃、1日に1食食べられたら良い方なんて生活送ってたから、そういう体質になってるんだよね」
と青葉。
「千里も家が貧乏だったから、お肉とかあまり食べられなかったと言ってたな」
と桃香が言う。
「うん。特に中学生の頃とか、ほとんど菜食状態だったよ。お肉はお父ちゃんと妹が食べる分しか買わずに私もお母ちゃんも野菜ばかり食べてた。高校になって叔母さんちに下宿してた時は多少お肉も食べてたけどね」
「千里、お父さんとは和解できそう?」
と朋子が心配そうに訊く。
「聞く耳持たないみたいだから当面放置で」
「だけどあんた、実家に毎月仕送りしてるんでしょ?」
「ちょっとだけね。今はこちらも学費でせいいっぱいだし。私が仕送りしてることは、お父ちゃんには言わないでとお母ちゃんには言ってる」
「私は全然仕送りしてないな」
と桃香が言うが
「学生の間は無理だよ。普通親が子供に仕送りするんだけど、あんたは理系なのにほとんどこちらからの仕送り無しでここまで来たね」
と朋子は言う。
「1〜2年生の頃のバイトの貯金を結構食いつぶしたけど、実際問題としてここ1年くらいは千里に経済的に依存している。学費に足るほどまでバイトしようとすると勉強する時間が無くなるんだよ。千里はちょっと働きすぎな気もするけどね」
と桃香。
「寝られる時には寝てるから。私熟睡しててもお客さんが来たら目を覚ますの得意なんだよね。でも私が性転換手術を受けた後何ヶ月かはお母さんに援助してもらって助かりました」
と千里。
「千里も私は自分の娘と思っているから、いつでも頼っていいんだからね」
と朋子。
「ありがとう」
[*
前p 0
目次 #
次p]
春告(7)