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■春告(4)
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今年は12月21,22日が土日で23日が祝日なので、その前の20日金曜日が青葉たちの高校の終業式であった。
その終業式の後の3連休、東京の国士館でXANFUS, KARION, ローズ+リリーの3日連続ライブが行われたが、青葉はこのライブのKARIONとローズ+リリーの分の招待券を冬子(ケイ・蘭子)の口利きで★★レコードからもらったので、母と一緒に上京した。今年の年末年始は千里がファミレスのバイトを休めないらしいので、千里と桃香が富山に一緒に帰省してくるのは1月4-5日の土日になる。それで今年のお正月は千葉で過ごそうということになり、それも兼ねての上京であった。
「え?桃姉たちもチケット取れたの?」
「2日目のKARIONだけね」
「すごーい。3公演とも1分で売り切れたらしいのに」
「千里が電話したら運良くつながって即2枚確保したらしい」
「場所はどこ?」
「アリーナの19列目」
「こちらはKARIONはアリーナの23列目」
「だったら23列目で青葉たちの隣に座った人と交渉してチケット交換してもらって一緒に見よう」
と桃香が言う。この手の座席交換はコンサートではよくみられる。
「しかしこの位置なら立たなくてもいいかな?」
「KARIONは立ち上がる曲はそう多くないみたいだよ。元々のファン層がファミリー層中心だし、静かな曲が多いし。今日のXANFUSとかはアリーナ席は全員立って踊りながらだろうけどね」
「さすがに私はもう立って踊りながらはパス」
朋子は若い頃、かなりジャニーズに熱をあげていたので(今でもSMAPや嵐のCDは毎回買っているようだが)、2時間立って踊り続けるライブにもかなり行っているのだろう。
青葉たちは21日に上京したのだが、母が「ローズ+リリーの方は彪志さんと一緒に見てきたら?」というのでチケットを手配してくれた★★レコードの氷川さんに連絡して名義を書き換えてもらうことにした。時間が無いので青葉は★★レコード本社まで新しいチケットを取りに行った。朝一番の列車で出て来ているので東京に着いたのが10時前で、母には先に千葉に行ってもらっていて、青葉1人で青山の★★レコードまで行った。
1階のレストランで待っていてと言われたのでそちらに入る。
クリスマス前の連休なので何だかお店は混んでる。そういう混んだ所に入るのは少し気が咎めるが待ち合わせなので仕方無い。
「お一人様ですか?」
とウェイトレスが寄って来て尋ねる。
「あとからもう1人来ます」
と青葉が答えると、「相席でもよろしいでしょうか?」と訊かれるので同意して案内してもらう。
22-23歳くらいという感じの女性2人が座っている丸テーブルの所まで行き、彼女たちに「お客様、相席をお願いしてよろしいでしょうか」とウェイトレスが尋ねた。
「いいですよ」
と長い髪の女性が笑顔で答えるので、青葉も
「お邪魔します」
と言って着席した。
取り敢えずコーヒーをオーダーする。
「女子大生?」
と髪の長い方の女の子に訊かれる。
「いえ、高校生です」
「あ、ごめんねー。ちょっとおとなびて見えたから」
「私、小学1−2年の頃から、君と接していると大人と接しているみたいだなんて言われてました」
「へー。早熟だったんだ」
「イントネーションが東北系かな?」
「北陸に引っ越してから2年経つんですけど、まだ微妙に東北っぽいイントネーションは抜けないみたいですね。生まれは大宮なんですが、岩手で11年過ごしたので、そちらのアクセントが染みついてる感じです」
「なんかあちこち引っ越してるね」
「そうですね」
「私も随分引っ越したよ。熊本で生まれて小学生の頃は東京に居て、中学高校は北海道というか、中学は札幌、高校は旭川なんだけどね。高校を出た後は横浜の大学に入って、卒業後は都内の企業勤め」
「それはまた全国縦断してますね」
「私は北海道から東京の大学に出て来ただけだな。そのまま東京に居座ってる」
とショートカットの方の女の子は言う。
「けっこう生まれてからずっと同じ県内に住んでるなんて人もいますしね」
「ああ、いるよねー」
「あれ、おふたりとも北海道出身なら高校の同級生か何かですか?」
「同級になったこともあったけど、まあ同じ学年だね」
「バンド仲間というか」
「ああ、バンドなさってるんですか?」
「まあ趣味の範囲でね」
「あれ?もしかしてここの★★レコードのアーティストさんですか?」
「ノンノン。私たちはインディーズだよ。横浜レコード」
「わぁ、実は私友人たちと一緒に横浜レコードからCDを出す予定なんですよ」
「お、凄い。そちらもバンド?」
「はい。8ピースなんですけど」
「人数多いね!」
「ふつう4人とか5人が多いですよね」
「何て名前?」
「Flying Soberです」
「なんか格好いいね」
「いえ。実は焼きそば」
「おぉ!」
「そちらは何てバンドですか?」
「ゴールデンシックスというんだけどね」
「そちらこそ格好良い名前ですね。じゃ6ピースですか?」
「うーん。最初は6人いたんだよね」
「あらら。人数減っちゃったんですか?」
「みんな勉強が忙しいとか仕事が忙しいとかで辞めちゃって今はこの2人だけ」
「それでもシックスなんですね」
「まあ、そういう名前で始めたからね」
「ただ音源製作の時は結構旧メンバーを呼び出している」
「ああ、そうやって出て来てくれるのもまたいいですね」
何だかバンドをやっている同士というので話が結構盛り上がった。
「あ、自己紹介してなかったね。私は南国花野子。花野子でいいよ」
「私は川上青葉です。青葉と呼び捨てでいいですので」
「私は矢嶋梨乃。私も梨乃でいいよ」
「そうだ。私たちのCD、1枚あげるよ」
と言って花野子が青葉にCDを1枚渡す。
「わ!ありがとうございます。だったら私もまだCD化してない音源ですが」
と言って青葉はパソコンを取り出すと、その中からデータをUSBメモリに吸上げて手渡す。
「このUSBメモリごと差し上げますので」
「おっ、さんきゅー」
「なんかお魚のUSBメモリ可愛いね」
「私の住んでる所の近くに氷見(ひみ)って、鰤(ぶり)の名産地があって、そこで買った鰤のUSBメモリです」
「なるほどー。これは鰤か」
そこからお魚、お寿司の話題なども出始めたところで、氷川さんがやってきた。
「お待たせー、青葉ちゃん」
と言って、花野子たちにも会釈して席に座る。
「いえ、それでなくてもお忙しい時に、つまらないことでお手を煩わせてすみません」
「これ名義書き換えたチケットね」
「ありがとうございます。名義書き換えなくてもそのまま入れないかなとチラっと思ったんですけど47歳女と書いてあるチケットでさすがに20歳男は入れないだろうと」
「ああ、性転換したんですと言うとか」
「それは実際時々あるみたいだよね。昔の知り合いで性別変更した人がいて、図書館とかでよくトラブってたよ」
と花野子が言う。
「それは大変ですね」
「でも年齢が難しいかな」
「47歳がどう若作りしても20歳には見えないよな」
「でも何のチケット?」
と梨乃が訊く。
青葉は一瞬氷川さんを見るが、頷いているので
「明後日の国士館のローズ+リリー・ライブのチケットなんです」
と答えた。
「すごーい!」
「あれ3日間とも電話したけど、ゲットできなかった」
「1分で売り切れましたから」
「私、母と一緒に見るつもりだったんですが、母が友だちと一緒に見るといいよというもので、お願いして名義を書き換えてもらったんです」
「身分証明書提示して、照合しながらの入場だからね」
「それやらないとヤフオクとかに出されるんですよ。本当に行くつもりで買って都合が悪くなったのならいいけど、最初から転売するつもりで買って差額を儲けようとする人がいますからね」
「こちらは青葉ちゃんのお友だち?」
と氷川さんが訊く。
「今お友だちになりましたー」
と花野子が明るく言う。
「ええ。彼女たちもバンドやるんですよ。私も友人たちとバンドやってて来月CDを作ろうとしているなんて話から結構盛り上がっちゃって」
「ああ。青葉ちゃんたちもバンドやるって言ってたね。そちらさんはCDとか作ってます?もしかして★★レコードのアーティストさんかしら?」
と氷川さんが訊く。
「インディーズです」
「彼女たちも横浜レコードらしいです。私が友人たちと一緒に作る予定のCDも横浜レコードなのですが」
「あのぉ、そちら様は?」
と花野子が尋ねる。
「あ。ごめんなさいね。私はこういう者」
と言って、氷川さんは花野子たちに1枚ずつ名刺を渡した。慌てて花野子たちも自分の名刺を渡す。
「わぁ!★★レコードの制作部の方ですか!」
「へー。ゴールデンシックス。6ピースバンド?」
「いえ。最初は6人いたのですが、今は2人だけになっちゃって」
と花野子が少し申し訳なさそうに言う。
「でも2人でも1人で3人分頑張ろうということで」
と梨乃。
「3人になった時も1人で2人分ずつ頑張ろうって言ったけどね」
と花野子。
「もし良かったらこれ聴いてください」
と言って、花野子は氷川さんにもCDを1枚渡した。
「ありがとう」
と言って氷川さんは受け取ってから、青葉がパソコンを持っているのを見て、
「青葉ちゃん、そのパソコンでこのCD聴けるかな?」
と言う。
「実は私も今1枚頂いた所なので。もしよかったら一緒に聴いてもいいですか?」
ということでパソコンにイヤホンを接続して、Lを氷川さん、Rを青葉が耳に付けて、ゴールデンシックスのCDを再生する。
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春告(4)