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■春告(6)

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翌日の昼間は現在建設進行中の神社を見に行った。千里が友人から借りてきたというインプレッサ・スポーツワゴンに5人で乗り込んだ。
 
「この車、以前にも何度か乗ったかな」
と桃香。
「同じ人のだよ」
「貸してくれるのって、男?女?」
「女性だと思うよ」
 
「思うというのは何だ?」
「外見女に見えるし声も女だし。裸にしてみたことはないから確信はないけど」
「いやそれで男だというのは、性転換前の千里くらいしかありえん」
「まあ女だろうけどね」
 
「でも女という気はした。インテリアの好みが女っぽい。だったら恋人ではないのだな?」
「私、女の子とは恋愛しないよ」
「それだけは心配いらんな。しかし千里は他人からの借り物・もらいものが多い」
 
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「うん。大学に入って以来、教科書はほとんど先輩からの借り物でまかなってきたし。私の使ってるパソコンも友だちからずっと借りてるものだし、龍笛は出世払いということで買ってもらったものの代金いまだに払ってないし。フルートも借り物。ただし私が使っている限り返却不要とは言われてるんだけど。私って、子供の頃からずっとそうだったんだよねー。例のヴァイオリンは結局彼から正式にもらうことになったけど、高校時代はずっと叔母さんのヴァイオリンを借りて練習してたんだよね。叔母さん市民オーケストラやってたから。洋服とかも友だちや親戚から随分もらっていたし」
 
「千里、そのもらっていた服って男物?女物?」
「あ・・・」
 
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青葉が吹き出した。
 
「つまり、女の友だちや女の親戚から女物の服をもらっていたんだな?」
「いや、その・・・」
「高校までの千里の生態が私も最近だいぶ分かってきたよ」
「別に普通の男子中学生、男子高校生だったけど」
「千里、その嘘は既に破綻しているぞ」
 
朋子は笑顔で頷いていた。しかし・・・と青葉は思った。千里は以前中学や高校時代のことをあまり話したがらなかった。女の子になりたい男の子にとっては、いやでも男としての生活を強いられる中学高校時代というのは、黒歴史にしたいと思っている人が多い。それで話さないのだろうと思っていたのだが、どうもそうではなく、桃香が言うように当時から結構女の子としての生活も持っていたのをあまり知られたくないので、言わずにいたようだということに青葉も思い至っていた。
 
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でもそれを最近少しずつ情報を小出しにしているのは何か心境の変化でもあったのだろうか?
 
「でも千里さん、車の運転がうまいですよね」
と彪志が言う。
「MTの操作が凄くスムーズでシフトレバーを変える時もほとんどショックが無いです。お手本にしたい」
 
「彪志君、MT車運転してる?」と千里。
「実はほとんどしてないです。忘れつつあるかも」と彪志。
「ちー姉、そういえば11月には鮎川ゆまさんのポルシェを運転したね」
と青葉。
 
「うちのファミレスって駐車場の入れ方が少し難しいんだよね。郊外のお店なら店舗に隣接して青空駐車場を持ってるけど、うちの店舗は街中にあるから駐車場が地下でしょ? それに無断駐車を防ぐために出入口にゲートがあってボタンを押して駐車券を取ってからゲートを開けないといけない。それでしばしば店舗の前に車を駐めて『入れ方が分からなかった。お姉ちゃん入れといて』
って言うお客さんがいるのよ」
と千里は言う。
 
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「ああ、なるほど」
 
「中には何とか駐車場の中には入ったけど、うまく駐車スペースに駐めきれないと言うお客さんもいてさ。サンドラ(サンデードライバー)さんとかはバックで入れるのが苦手だったりするみたいだし」
 
「あ、それは私もできん。駐車場は枠が2連でつながっている所を反対側から突き抜けて向こう側に駐める」
などと桃香は言う。
 
「でもセックスはバックでやると燃えるよな。青葉たちはバックもするか?」
「ちょっと、ちょっと!」
 
「まあそういう訳で日に5−6台は駐車場に入れたり、逆に出してきたりをしてるんだよね。だから、たいがいの車は動かす自信あるよ」
と千里。
 
「なるほど、それで。じゃ、ほんとにいろんなタイプの車を動かしておられるんですね」
と彪志。
 
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「最初の頃は随分戸惑ったけどね。コラムシフト車を初めて見た時は、セレクトレバーが無い!?としばし悩んだし、パネルシフト車でまた悩んだし、輸入車の右ハンドル車ってワイパーとウィンカーが逆だから、ウィンカー出すつもりが晴れの日にワイパー動かして焦ったし、バックモニターの付いてる車って、あれ使い慣れてない人には余計怖いじゃん。初めて操作した時はほんとに恐る恐るだったよ。でも私、高校出てから免許取ったから、ファミレスのバイト始めた頃は、幸いにもまだMTの操作を忘れてなかったのよね。おかげでAT/CVTでもMTでも全然平気になっちゃった」
と千里。
 
「千里は3月生まれだから高校在学中には免許取れないよな」
と桃香。
 
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「でもMT乗りの人って逆にATの操作が下手くそだったりしますよね」
と彪志は言う。
 
「うんうん。ATやCVT固有の動きを理解してない人いるよね。キックダウンをうまくできない人とかもいるし、NやRに入れたまま駐車しようとしたりとか」
と千里が言うと
 
「キックダウンって何だっけ?」
と桃香が言う。
 
「桃香、あんたやっぱり免許取り上げておいた方がいい気がしてきた」
と朋子が言った。
 
やがて車は丘の麓までくる。インプレッサは坂を快適に!登っていく。
 
「いつものミラだと2人で乗っていてもこの坂は低速になるのに、さすがにインプはパワーがある」
と桃香。
「こないだ4人でミラ乗った時は、もう途中で停まるんじゃないかって感じの遅さでしたね」
と彪志。
「あの子ターボも付いてないから」
と千里。
 
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千里は車を購入した土地の前で駐めた。
 
年末年始で工事は実質お休みになっているが、もう古い家屋は取り壊され、既に礎石が埋め込まれている。必要な部分の木も伐採され、崖のところの手摺りも完成している。手摺りは青葉が購入した土地だけでなく、左右の市所有地にまで伸びている。
 
「なるほど。手摺りは二重に作った訳か」
「でないと、手摺りの所に手を置いて景色を見ようとする人が出るでしょ。それでバランス崩して落ちたらよけい危険だもん」
 
「ヨーロッパなんかだと崖が危ないのは大人なら分かっていること、という考えで手摺りも作らないらしいけどね」
「まあ日本人って親切すぎるよね」
 
「玉砂利とかも敷くのか?」
「それは祠を建てた後でやる。玉砂利だと工事の人が大変」
「確かに」
 
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「ところで青葉は何を首ひねってるの?」
と桃香が訊く。
 
「いや、ここがあまりにきれいすぎるから」
「きれい?」
 
「何かよく崇拝されている神社の境内みたいに清浄だよね」
と彪志も言う。
 
「分かるか?」
と桃香が千里に訊いたが
「全然」
と千里は答える。
 
「しかしきれいなのは問題無いのでは?」
「いや。雑霊とかが居ないのは、とんでもない大物が潜んでいる可能性もある」
と青葉。
 
「龍か何かの定期巡回ルートになっているのでは?」
と桃香。
「うん。もしかしたらそうなのかも」
 
青葉はチラっと後ろで自分の守護霊とおしゃべり?でもしていた風の女神様に視線をやるが、女神様は青葉の視線を黙殺する。その態度を見て、この女神様が何か自分でやっているのかな?と青葉は思った。
 
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夕方から青葉と母、桃香と千里の4人で国士館にKARIONのライブを見に行った。桃香が23列目の自分たちの席の隣に座った女性2人組と交渉して、青葉たちの19列目のチケットと交換してもらい、4人で並んで見ることができた。ここで席順は朋子・青葉・千里・桃香である。
 
冒頭『アメノウズメ』を演奏するが、前面にこかぜ・いづみ・みそらの3人が並んで歌い、後ろに8人の伴奏者がいる。ギター・ベース・ドラムス・サックス・トランペットはいつもKARIONの伴奏をしているトラベリング・ベルズなのだが彼らと一緒にXANFUSの光帆がキーボードを弾き、ローズ+リリーのマリがグロッケンシュピール、ヴァイオリンをケイを弾いている。
 
激しいリズミカルな曲なので、波が立つように観客が全員立ち上がる。結局冒頭から青葉たちも立つことになった。もっとも「私は立つのパス」と言っていた朋子も元気よく立ち上がって踊っている! やはり昔ライブによく行っていた頃の血が騒ぐのだろう。
 
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立ち上がってはいるものの踊ってはいない千里が小さい声で青葉に言った。
 
「やはり記念ライブだから、蘭子ちゃん冒頭から顔出し参加するんだね」
「うん。昨日のXANFUSライブにもKARION,ローズ+リリーのメンバーが出演したから今回は堂々と参加できるんだよね」
と青葉も答える。
 
「でもなんかとんでもなく良いヴァイオリンを弾いてない? 音の響きが凄い」
「うん。確かあれ蘭子ちゃんの従姉が所有しているグァルネリもどきだよ」
 
「グァルネリじゃないんだ?」
「なんかそれが微妙だとか言ってた。詳しいことは聞いてないけど」
「ふーん」
 
演奏が終わった後で、いづみが、ケイが弾いていたヴァイオリンが6000万円もした銘器であることを紹介すると、会場内で驚きの声があがっていた。
 
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「ちー姉のヴァイオリンはいくらくらいのだろう」
「私にくれた本人は確か15万くらいって言ってたよ」
「ヴァイオリンは高いからねぇ」
「青葉のはいくらくらい? 」
「あれヤマハのアルティーダなんだよね。100万円くらい」
「そんな凄いの持ってるなら練習しなきゃ」
「時間が無いよぉ」
 

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ライブの後半になると、こかぜが「らんこ人形」を持ち出してきて、それと並んで《4人で》歌った。
 
青葉が千里を見る。
「うん。今日のライブではずっと蘭子がヴァイオリン弾いてるね。但し冒頭で使ったグァルネリじゃない。これは多分サイレント・ヴァイオリンの音。恐らく楽器本体から出る音を聴かれないようにどこかでこっそり弾いてる」
と千里。
「うん。でもこの演奏を聴けば気付いた人はこの会場に結構いると思う。何曲かピアノも弾いたよね?」
と青葉。
「そうそう。ステージ上で弾いてたピアニストさんの音じゃなくて蘭子の音だった曲がある。『スノーファンタジー』の超絶ピアノは間違いなく蘭子だよ」
と千里も言う。
 
「あれ蘭子さん本人も言ってたけど、他に弾ける人がいないんだって」
「かもねー。あれ弾けるのはコンクールで上位に入るレベルの人だけだと思う」
 
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クライマックス。こかぜはその「らんこ人形」が立っているだけで全然歌わないと文句を言う。すると上から巨大な箱が落ちてきて、らんこ人形にかぶさってしまった。そして大ヒット曲『雪うさぎたち』を演奏する。
 
青葉が「へー」という顔をして千里を見る。
「らんこが歌ってるね」
と千里も微笑んで答える。
「これは絶対気付いた人がこの会場に200-300人は居ると思う」
 
実際この曲の演奏中に会場のあちこちで隣同士囁きあう姿がかなり見られた。ステージでは更に『僕の愛の全て』を演奏してから最後の曲となるが、この時こかぜが
 
「らんこ少しは反省した?」
と言って、大きな剣でらんこ人形の入っている箱をぶった斬った。するとその箱の中にあったのは、らんこ人形ではなく、お面をかぶった女性である。それと同時に左右の舞台袖から同じお面をかぶった女性が大量に入って来た。
 
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「『歌う花たち』、今日最後の曲です!」
といづみが叫んで演奏が始まる。この時、それまでピアノを弾いていた人が下がり、お面を付けた人がピアノの所に座った。
 
「ちー姉、見た?」
「見た。箱から出て来た人がピアノに座ったよね」
「同じお面、同じ衣装の人が大量にステージにあふれてカオスになったけど、それでも気付いた人、何人かいたと思う」
 

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この曲で本編が終わり、幕が下りるがアンコールで再度、いづみ・こかぜ・みそらの3人が出てくる。そして、いづみが
 
「今『歌う花たち』でピアノを弾いたのが水沢歌月でした」
 
と言うと、会場で「えーー!?」という声が湧き起こる。大部分の観客にはこれは不意打ちであった。しかし若干会場の中で頷くような仕草をしている人たちもいた。らんこが最後の3曲に歌唱参加していたことに気付いていた人たちであろう。
 
そしてKARIONはアンコールで『Crystal Tunes』を、マリのグロッケンとケイのピアノで演奏し、最後は『星の海』をKARION, XANFUS, ローズ+リリーの全員合唱で歌った。
 
「つまり、蘭子ちゃん、アンコールの2曲にも参加したんだ」
と青葉が楽しそうに言う。千里も頷いている。
 
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「そういえば蘭子の件に関して、年明けに重大発表するらしいよ」
と千里は普通の声で言った。
 
「それあの人からの情報?」
「ソースは言っちゃいけないけど、この噂は拡散させてもいいとのこと」
「へー」
 
実際2人の会話に、前の列に座っていた女の子3人が驚いたようにこちらを見ていた。そして青葉と千里はこの会話を、この後ロビーで2度、帰りの電車を待つ駅でも1度交わしたのであった。
 

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