広告:ボクの初体験 1 (集英社文庫―コミック版)
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■春告(2)

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2013年12月上旬の月曜日。青葉が学校に出て行くと、空帆が
 
「Flying Soberで大会に出るよ」
と言った。
 
「今の時期に軽音の大会あったんだっけ?」
「今氷見は寒鰤が美味しいでしょう? それで寒鰤に関するイベントで、ぶりを歌い込んだ曲を演奏するコンテストがあるんだよ」
 
「ぶり?」
「それもしかして演歌とか歌う人が多いのでは?」
とこちらの教室に来ている須美が言う。
 
「かもね。でも主宰者に問い合わせてみたら、別にバンド演奏でもいいらしい」
「だけど、そもそも演歌でもそう都合良く鰤に関する歌ってある?」
 
「三輪一雄さんの『さざなみ漁港』」
「うん、それは私もすぐ連想した」
 
三輪一雄はご当地歌手で、石川県・富山県付近で活動している。『さざなみ漁港』はまさに鰤漁を歌った歌だ。但し氷見の隣の佐々波の讃歌というのは若干問題がある。ヤクルトのイベントでDeNAの応援歌を歌うようなものだ。
 
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「笠置シヅ子の『買物ブギ』という歌に鰤が出てくる」
「古い!」
「いや、その曲、関ジャニ∞がカバーしてる」
「へー」
 
「秋岡秀治さんの『旅ごろも』という歌に『越中富山、酒と情けで鰤おこし』
なんて歌詞がある」
「ほほぉ」
 
「演歌じゃないけど、柴矢裕美の『おさかな天国』」
「おお!」
 
「AKB48の『上からマリコ』」
「鰤なんて歌詞入ってた?」
「『無茶ぶり』って」
「それ、魚の鰤とちゃう!」
 

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「で、私たちは何を演奏するの?」
 
「書いた。これ」
と言って空帆は譜面を見せる。
 
「オリジナルか」
「『ぶりっこロックンロール』!?」
「それ、鰤とは違うのでは?」
 
「歌詞の中に、ここ。『君はぶりっ子、僕の視線をガンと無視して』というのがある」
 
「確かに『ガント』は鰤の少し小さいのではある」
「ただのダジャレか」
 
北陸では鰤は、コゾクラ→フクラギ→ガント→ブリ、と出世する(地域によって微妙な名前のバリエーションはある)。
 
「これ参加賞で鰤丼が食べられるんだよ」
「お、それはいい」
「じゃ、鰤丼食べに行ってくるか」
 
「で、それいつあるの?」
「15日の日曜日」
「2週間後!?」
「じゃ2週間で仕上げないといけないの?」
「いや、今週は期末テストだから、それが終わってから練習開始」
 
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「コックリさんが帰ってくれなかったようなんです」
 
とその子の母親は言った。
 
青葉は内心ため息を付いていた。全くなんでこういう危険なことをするのかねぇ。やめて欲しいよ。こんなのやっても普通ほんとにそのあたりの下等霊しか来ない。たちの悪いのを呼んでしまうと、とんでもないことになる。コックリさんなんて、病院の排水で遊ぶくらいに危険だと青葉は思う。
 
「うちの次女なのですが、学校で6人でやったらしいのですが、学校からの帰りにオコジョみたいなのが目の前を通るのを見たというんです。ただ、その動物がどちらから来てどちらに行ったか記憶が曖昧だというんですよね」
 
「何かその後怪異がありましたか?」
 
「2階に誰も居ないのに階段を降りてくる足音がしたり、電話が鳴るので取っても発信音だけとか、玄関のベルが鳴ったので出てみても誰もいないとか。最初はイタズラされているのではとも思ったのですが」
 
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「何か対処しましたか?」
 
「神社に行ってお札をもらってきて貼りました。家族5人でお祓いもしてもらいました。でも変わらないみたいで。特に次女は変な悪夢を何度も見ています。どこか寂しい村で次女は白い服を着ていて、村人にかつがれて炎の燃えさかる場所に連れて行かれたり、まだ生きてるのに棺桶に入れられて川のそばに掘られた穴に埋められそうになったり」
 
生け贄や人柱にされる夢だ。もしかしてその娘さん、ほんとに前世で人柱にされたのでは?という気もした。
 
「怪異を見たり聞いたりしているのは、主としてどなたですか?」
 
「やはりコックリさんをやった次女がいちばん多いです。でも階段の足音は私も聞きました」
 
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「コックリさんをやった他のお友だちは何かありましたでしょうか?」
「次女だけのようです」
 
「ではその次女さんが帰って来られるのを待ちましょうか。でもその前に家の中をちょっと見せて頂けますか?」
 
「はい。ご案内します」
 
青葉は母親に案内されて、家の中の各部屋を見て回る。何だかあちこちにお札が貼ってある。
 
「このお札少し位置を変更してもいいですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
 
それで青葉は台所の入口に貼ってあるお札を剥がしてコンロ近くの壁に、コンロの方向と垂直な向きに貼り直す。階段の途中に貼ってあったお札を剥がして階段の一番上に貼り直す。次女の部屋に3枚も貼ってあるお札を3枚とも剥がして、お不動さんの札だけを勉強机を後ろから見る位置に貼り、残りの2枚は回収して、神棚の左側にまとめて置いた。
 
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「やはり霊現象なのでしょうか?」
とお母さんが訊く。
 
「コックリさんがきっかけかどうかは不明ですが、間違い無く霊現象ですね。ここは持ち家ですか?」
「いえ、借家です」
「でしたら、そうですね・・・5年以内くらいに引越なさった方がいいです。この土地固有の問題もあります」
 
「そうですか。少し主人と話してみます」
「長女さんの部屋は良いのですが、長男さんの部屋も少し問題があります。窓はあまり開けないようにした方がいいです。窓の所に金魚鉢とか置くのも良いのですが」
 
「それは買って来ます!」
 

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やがて次女が帰宅する。本来部活をしているらしいのだが、ここしばらくの「コックリさん」騒ぎで、休んでいるのだそうである。
 
青葉はその次女が玄関のドアを開けたのと同時に《珠》を起動した。浄化の水が噴き出し次女を包み込む。
 
「あ・・・」
と次女は声を出して、学生鞄を落とした。
 
玄関の所で佇んでいる。
 
「どうしたの?**」
と母親が娘の名前を呼ぶ。
 
やがて浄化の水が引いていく。娘が我に返る。
 
「お母さん・・・・私」
「大丈夫?」
「うん。何だか凄く気持ち良くなった」
 
母親は青葉を振り返って訊く。
「今何かなさいました?」
「ちょっとしたクリーニングです」
と青葉は笑顔で言った。
 

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ヒロミは暗い廊下を歩いていた。学校の廊下だと思うが、どこの学校なのかは自分でもよく分からなかった。転校する前の最初に入った中学の廊下のような気もした。
 
やがて向こうの方に明るい照明の点いた教室があった。ひとつの教室には男子生徒ばかりがいる。ひとつの教室には女子生徒ばかりがいる。ヒロミはどちらに入るべきか悩んだ。
 
最初男子の教室のドアを開ける。
 
「おお、大政、さっさと入って来いよ」
と友人から言われるが、ヒロミはドアを閉めてしまった。
 
おそるおそる女子の教室のドアを開ける。
 
「ヒロミ〜、何してんの? 早く入っておいでよ」
と空帆がこちらを見て笑顔で言った。
 
ヒロミは心をほころばせ、1歩教室の中に足を入れた。
 
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「ヒロちゃん、ヒロちゃん、どうしたの?」
 
目が覚めると母が心配そうにヒロミを見ていた。
 
「私、変だった?」
「なんかうなされてたわよ」
 
「うーん。こないだコックリさんした後遺症かなあ」
「そんなのしたの? あれ危ないからしちゃダメよ」
 
自分もしたくなかったんだけどなあ、とヒロミは思いつつも今見た夢の内容を思い出していた。そして言った。
 
「お母ちゃん、私・・・・」
「うん?」
「私、女の子になっちゃったかも」
 
母はしばしヒロミを見詰めていた。
 
「ね、こないだから、もしかしてと思ってたんだけどさ、ヒロミ既に性転換手術しちゃってないよね?」
 
それにはヒロミは直接答えずこう言った。
 
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「私ね。父親にはなれないと思う。でも母親になることあるみたいな気がする」
 
母親はその言葉をどう取っていいのか少し悩んでいたが、やがて微笑んで言った。
 
「うん。それでいいと思うよ」
 

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早朝のジョギングから戻ってきた青葉は、自分の携帯に着信が入っていたことに気付いた。ヒロミからだ。どうしたんだろう?こんな早朝にと思って電話する。
 
「ごめんね、こんな朝早くから」とヒロミ。
「ううん。こちらも今ジョギングしてきてたんで取れなかった」と青葉。
 
「私ね。もう完全に女の子になっちゃった気がするの」
「私も空帆も美由紀も、たぶんそうじゃないかって思ってた。もうおちんちん無いでしょ?」
「確信は持てないけど、既に無い気もする」
 
「なんかそのあたりのヒロミの言い方がよく分からないなあ。婦人科で検診受けて内診台に乗ったんでしょ?」
「うん。恥ずかしかったけど」
「それで異常ないですよって言われたんだよね。クスコ入れられた?」
「入れられたー。びっくりした」
「ってことは、もしかして子宮もあるのでは?」
「そうなんだろうか?」
 
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「ヒロミ、生理あるんでしょ?」
「ある」
「ちゃんとナプキン使ってるよね?」
「うん」
「それで問題無いんじゃない?」
「問題ないような気もする」
 
「でも生理があるってことは、卵巣も子宮も存在するってことだよ」
「そうなるのかなあ。私、だったら最初から女の子だったんだろうか」
「うーん。あまり深く考えることもないんじゃない。
 

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「でもね」
とヒロミは言った。
 
「私、少なくとも4月頃まではあそこをタックで隠してたし、おしっこした後はおちんちんの先をペーパーで拭いてたんだよ。でもずっとタックしていたら5月頃から、何だかそれがタックじゃなくて、ほんとの女性器のような気がしてきたんだよね。それで5月に富山のレディースクリニックに行って検診を受けたら『異常は無いです』と言われて戸惑っちゃって」
 
「なるほどねー」
 
「その検診受けた後はどう見てもあそこが女性器なんだよね。でも時々あれが立っちゃう感覚は最近までずっとあったし、お布団の中で半分無意識におちんちんいじって大きくなってというのを結構経験してるんだよね。それやった後は液をティッシュで拭き取った上で、パンティライナー付けて精液が下着につかないようにしてた」
 
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