【娘たちのタイ紀行】(8)

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千里は玲央美をP高校の宿舎となっている旅館に送り届けた後、N高校の宿舎になっているV高校の研修施設に戻った。
 
もう朝御飯の準備はあらかたできていたが、千里は茶碗や箸を並べたりする手伝いをした。タイでお土産に買ったフルーツジュースは選手たちに出すには少ないのでOGの8人で分けた。ビールは・・・とりあえずインプに積んだままだ!
 
「またタイに行ってきたの?」
「そうそう」
「何の用事?」
「うーん。何だろう?」
「タイといえば性転換手術では?」
「いや千里は小学生の内に手術終わっている」
 
私ってみんなに理解されているなあと千里は思う。
 

生徒たちが朝食を取っている間に千里は藍川さんに電話を掛けた。
 
「おっはよー。元気?」
と藍川さんは明るい声で答えた。
 
「1ヶ月間の夢の旅、楽しませて頂きました」
「これで結構バスケやる気になったでしょ?」
「4年後のU21では世界の頂点を極めますよ」
「まあその意気で頑張ってね」
「それで、向こうの時間でお借りした100万円ですけど、返したいので口座番号教えて下さい」
「了解了解」
と言って、藍川さんは口座番号を教えてくれた。
 
「利子は要らないからね。それと返すのはいつでもいいから無理しないでね。分割でもいいし」
 
「ありがとうございます」
「ところでさ」
「はい?」
「私って幽霊じゃん」
「と言っておられましたね」
「なぜか人間みたいな生活してるけど、いつあの世に昇天してしまうか分からないと思うんだよね」
「うーん・・・」
「でも私、子供もいないし、両親は既に亡くなっているし。身寄りが全く無いんだよ。それで私が死んだときは、自分の財産は全て村山千里に贈るという遺言書を公正証書で書いているから、よろしく」
 
「私にですか?」
「私や死んだ夫がもらった賞状とかメダルとか楯とかも千里に管理してもらおうかなと思ってね」
「藍川真璃子・田中一郎記念館でも作りましょうか」
「それは大げさすぎる。あと、その時点で私がどこかのコーチとかしてたら、それも引き継いで」
 
「それはそのチームさんと話してから」
「だからコーチライセンスとか審判ライセンスは取っておいてよね」
「そうですね。それは取っておこうかな」
 

千里は現金が必要になるなと思ったので、藍川との電話の後、自分のパソコンを夏恋に教えてもらってネットにつなぎ、所有していた東京電力株、50単元全部の売却予約を入れた。市場が開いたら始値で売却されるはずである。今日売れたら3営業日後の25日(金)に代金が証券会社の口座に入金され、即出金指示を掛けると28日(月)に銀行口座に振り込まれるはずである。
 

朝食が終わってから一休みした後、現役組vsOG組で練習試合をした。今回の遠征に来ているメンバーでベンチ枠の子はこのようになっている。
 
3年生 PF.揚羽 PG.雪子 PF.志緒

2年生 SF.絵津子 PF.不二子 SG.ソフィア C.耶麻都 PG.愛実 C.紅鹿 SF.久美子 SF.胡蝶 SG.智加

1年生 PG.紫 C.由実 SG.花夜

 
胡蝶は元々はポイントガードなのだが、このチームではポイントガードが既に雪子・愛実・紫と3人もいるのでスモールフォワード登録になっている。彼女は166cmの背丈なので、日本国内ではフォワードですと言っても通る体格である。もっとも実は今年のN高校のポイントガードの問題点は人数はいても誰1人として雪子のバックアップポイントガードとして安心しては任せられないという問題があった!
 
これに対してOG組はこういうメンツである。
 
PG.敦子(J大学)

SG.千里(Rocutes)夏恋(LA大学)

SF.麻野春恵(KQ鉄道)月原天音(横浜ミカンズ)

PF.川南(K大学)薫(Rocutes)山口宏歌(AS製薬)田崎舞(W大学)

 
そしてこの練習試合はこのようなメンツで始めた。
 
現役 雪子/ソフィア/絵津子/不二子/紅鹿

OG 敦子/千里/夏恋/宏歌/薫

 

この試合で千里は現役組を圧倒した。
 
絵津子はこの1年で随分成長した。名実ともに旭川N高校のエースとして成長したのだが、千里の前に全く歯が立たなかった。雪子にしてもソフィアや不二子にしても千里を全く抜けないし、全く停めきれない。
 
その千里の物凄さを敦子がうまく使って効果的に現役組を叩く。OG組の主将兼監督は宏歌なのだが「千里ちゃん、凄いね」などと言いながらプレイしていた。
 
練習試合は40分やる予定だったのだが、宇田先生は20分で終了を宣言した。ここまでの点数は16-54のトリプルスコアでOG組の勝ちである。千里はその内の実に24点を叩きだしている。他に夏恋が10点、宏歌と春恵が6点ずつ、敦子と薫も4点ずつ取っている。
 
「出番が無かったぁ!」
と川南が言っている。
 
「ごめん、ごめん。後半投入するつもりだった」
と宏歌さんが言う。
 
「私はこのチームで戦うレベルじゃないわ」
と天音さんが言う。
 
彼女は横浜ミカンズというクラブチームにいるが、趣味でバスケをしているチームで神奈川県クラブバスケ協会にも登録していない。週に1回2時間ほど市内の体育館で練習しているらしい。
 
「私はマネージャーか何かにして」
と言っているので
「じゃ、あんた監督代わってよ」
と宏歌さんが言い
「OKOK」
と天音さんは答えていた。
 
「千里ずるい」
と薫が言う。
 
「どうかした?」
「昨日の純正堂カップとは別人だもん」
「そうかな」
 
千里は元の時間では昨日12月20日に千葉ローキューツのメンバーで純正堂カップという大会に出て優勝している。薫が言うのは、昨日その大会でプレイしていた時と今の試合での千里がまるで別人のように凄いプレイをするということである。 
実際には千里はこのその間に1ヶ月ほどの時を過ごし、日本代表のメンバーと一緒に練習し、山形D銀行で鍛えてもらい、サマーキャンプでWリーグのプロチームとの対戦をした上で、タイで世界のトップレベルの選手たちと死闘をしたのである。千里自身、この1ヶ月の間にバスケに対する姿勢、練習の仕方などからして、完全に変わっていた。
 
「やはりあれ、オープン大会ってことで手を抜いてたのね?」
「私はこの1日で成長したんだよ」
「ほんとに〜!?」
 

宇田監督はOG組に大敗して、半ばショックを受けている風の現役組に言う。 
「今のままならウィンターカップはこのOG組で出て、君たちは撮影係や掃除係だな」
「え〜〜!?」
 
「宇田先生」
と千里は言った。
 
「うん?」
「絵津子ちゃんを私に預けて下さい。これから3日間、徹底的に鍛えますから」
「うん、頼む」
 
それで絵津子は千里と2人で特別メニューの練習をすることになった。 

千里は絵津子に外出の用意をするように言う。
 
「防寒具しっかり持ってね」
「どこか別の場所で練習するんですか?」
「そそ。これから2日間半、60時間くらい練習しようよ」
「あのぉ、睡眠は?」
「寝ながらバスケする」
「え〜〜〜!?」
 
それで千里は絵津子を連れて月山山頂まで美鳳さんに運んでもらった。絵津子は周囲が突然変わって「え?え?」と驚いている。
 
美鳳さんが2人にお祓いをして、月山神社にお参りする。
 
12月なので月山は完全に雪の中である。冬山スキーなどを楽しむ人がたまにやってくる程度で、普通の人はまず近寄らない。
 
お参りをした後、神社の裏手に行くと、プレハブのような建物が建っている。 
「ここで練習するよ」
「わあ、こんな所にコートが」
「半分だけだけどね」
 

プレハブの中は結構寒い。親切にも置いてある温度計を見たら零下5度である。しかし身体を動かし始めると、充分温かくなった。
 
千里は絵津子とふたりでここでひたすらマッチングの練習をした。
 
一応2時間マッチング練習したら“休憩”と称してミドルシュートの練習を100本やる。そしてまたマッチング練習である。
 
最初の内は絵津子は全く千里を抜けなかったものの、彼女はそれでめげるような子ではない。千里を抜けなければ毎回何か新しいことを考えて試してみて、何とか抜こうとする。
 
逆に千里の攻撃も何とかして停めようとする。
 
最初の24時間くらい、絵津子はひたすら千里に負け続けたのだが、24時間を過ぎたあたりで、偶然にも1回千里を抜くことができた。
 
「抜いたね」
「今の凄くうまく行きました」
と絵津子は喜んでいる。
 
「じゃ2度目3度目も抜けるように」
「はい」
 
しかし次に絵津子が千里を抜いたのは6時間後であった。
 

ふたりは2時間練習したら少し“休憩”というのを繰り返し、途中何度か佳穂さんが、焼き鳥、おにぎり、団子汁、キリタンポ鍋、などなどを差し入れてくれるのを食べては練習を続けた。むろん水はたっぷり取った。月山の山中で湧き出ている「元気の出る水」で、実は冬山修行の時によく飲んでいるのだが、千里は念のためドーピングに引っかかる成分が無いか1度藻江さんに確認してもらったことがある。この手の「元気になる」系の水には天然の覚醒剤のようなものが含まれていることがよくある。
 
「禁止薬物はうちの大学のコンピュータでスキャンした限りは認められなかった。アミノ酸やブドウ糖にカフェイン類似物質が入っているね。あとイソフラボンも結構含まれている」
 
と藻江さんは言っていた。彼女の《エイリアス》のひとつは山形大学の職員をしていて検査機器を自由に使える立場にある。
 
「取り敢えず女性が飲むのには問題無さそうですね」
「男の娘にもお勧め」
「なるほどー」
 

汗を掻くので途中何度も着替えた。着替えは佳穂さんの眷属っぽい天狗の女の子が洗濯をしてくれた。人間でいえば12-13歳くらいに見える。絵津子は「可愛い女の子ですね〜」と言っていた。
 
「千里さん、おっぱい大きい」
などと絵津子が言う。
「Cカップしか無いよ」
と千里は言う。
「それ女性ホルモンだけで大きくなったんですか?」
「そうだよ。私、小学4年生頃から女性ホルモン飲んでたから」
「すごーい」
 
「えっちゃんだって、それBカップはあるでしょ?」
「結構邪魔なんですけどねー。もう胸だけ性転換したいくらい」
「しっかりしたスポーツブラ付けるといいよ。これこの胸を支えるには弱すぎると思う」
と千里は彼女のブラに触りながら言う。
 
「しっかりしたの付けたら、動きやすくなります?」
「なると思う。ふつうの下着屋さんのではダメだよ。スポーツ用品ブランドのを使った方がいい」
 
「そっかー」
「ブラ交換しようよ。佳穂さん?」
 
と言って、千里は付き合ってくれていた佳穂さんに向かって言う。
 
「OKOK」
 

それで2人はナイキのショップに来ていた。
 
「すっごーい。これ便利ですね」
と絵津子は言っている。
 
千里はショップの人に、この子は国内でもトップレベルの女子高生バスケットボール選手で、試合中に使用してバストが邪魔にならないブラが欲しいと言った。 
「バスケット選手でしたら、こちらがお勧めです」
と言って、ショップの人はナイキ・プロ・ライバルを薦めてくれた。
 
「きゃー!7千円もする」
と絵津子は悲鳴をあげているが
「お金は私が出すから気にしなくて良いよ」
と千里は言った。
 
実際に絵津子の胸のサイズや形を測定してもらった上で、商品を選び購入してから、お店の人に付けてもらう。
 
「ちょっときつい」
と絵津子。
「このくらいきつめの方が動きやすいはずです」
とお店の人。
 
「プロ選手の方だと、完全に自分の胸の形に合わせた特注品をお使いになる方もあるんですよ。またストラップでサイズ調整ができるタイプもあります」
とお店の人は言う。
 
「じゃ取り敢えずこれで試してみよう。それで良ければこれ10枚くらい私がプレゼントするよ。今回は間に合わないだろうけど、インターハイの前には特注品を頼んであげるから」
と千里。
 
「あ、プレゼント歓迎です」
と絵津子は言った。
 
千里自身もこれまでナイキの別のタイプのスポーツブラを付けていたのだが、絵津子に買った物がよさそうなので、自分でも取り敢えず1枚買ってみた。 

それでふたりは出羽に戻る。
 
それでやってみると、絵津子が
「これ、おっぱいが邪魔にならない!」
と言って感動している。
 
「これなら性転換しなくてもいけそう」
 
この後実際に絵津子の動きは1割くらい良くなった感じがあった。女子高生は身体の発達途中なので、女らしい身体になっていくとともに運動をするには不利な体型にもなっていく。女性の運動能力のピークは中学3年生くらいだと言われるゆえんである。
 
この手の機能性ブラジャーはそういう不利な体型をカバーしてくれる。 
それは千里自身、自分が女性化していくのと同時に身体を動かしにくくなっていったのを普通の女子の倍のスピードくらいで、高校生時代に体験していたことで強く意識していたものである。
 

「動きやすくなって明らかに自分でも瞬発力と上がったと思うのに、やはり千里さんに勝てない!」
 
「私もいいブラに変えたから」
「そっかー!」
 
「でも間違い無く、えっちゃんスピードアップしてるし、瞬発力が良くなった」
と千里は言った。
 
「今までは動こうとしても胸が抵抗してたんですよ」
「そういう時は邪魔だよね」
「男の子もあそこが動きに抵抗するんですかね?」
「北岡君たちはサポーター付けてたみたいだよ」
「へー」
「昭子はまだ付いてた頃もタックしてたから、動きにはじゃまにならなかったみたいね」
と千里が言うと、絵津子は「くくく」と苦しそうに笑ってた。
 
「今は無くなったからもう何も邪魔じゃないですね」
「あの子にもブラをプレゼントしてあげようかな」
「私が選んであげようかな」
「じゃ、えっちゃんに商品券あげるよ。昭子はえっちゃんのおもちゃだからね〜」
 

ふたりの練習が終わったのは、月山に来てから58時間ほど経った時である。その間に絵津子は千里を20回抜き、千里の攻撃を15回停めた。
 
「だいぶ上達したと思う」
「でも疲れました」
 
ブラは実際に使ってみてよさそうだったので、とりあえず5枚買った。この出羽での練習中にも何度も交換して例の天狗の女の子に洗濯してもらっていたのだが、本番用に2枚未使用のものを取っておいた。
 

「帰って休もう」
 
それでふたりはV高校の体育館に戻っている。
 
「あ、えっちゃん。練習終わったの?」
と不二子が訊く。
 
「千里さんとふたりでみっちり練習した。何か凄く充実していた」
と絵津子。
 
「千里さん、こういう練習またやりたいです」
「じゃウィンターカップに優勝したあとで、またやろうか」
「はい!」
 
この後、絵津子は翌24日の朝8時頃まで13時間ほど、ひたすら寝ていたようである。
 
ウィンターカップは初日を迎える。
 

旭川N高校は昨年準優勝なのでシードされており23日の1回戦は不戦勝であった。24日の東京U学院戦が最初の試合であったが、この試合は絵津子がひとりで45点も取る活躍を見せて、110-30の大差で勝った。U学院も強豪で国体にも何人か出ているのだが、誰も絵津子を停めることができなかった。その試合を絵津子のライバルである、札幌P高校の渡辺純子、岐阜F女子校の鈴木志麻子、愛知J学園の加藤絵理が厳しい表情で見つめていた。
 
25日にはその加藤絵理を擁する愛知J学園と激突したが、絵津子は加藤を圧倒した。全体的には才能豊かな選手を多数抱えているJ学園に対して、どうしても千里たちの世代よりは戦力が落ちている今のN高校の布陣では実力差があるのだが、絵津子がひとりで中心選手の加藤や夢原円などに対抗していき、最後は1点差で愛知J学園を倒した。
 

25日のJ学園戦が終わった後、ベンチ枠外の子は愛媛Q女子校のベンチ枠外の子たちとの練習試合をするためQ女子校の宿舎の方に行ったのだが、ベンチ枠の子たちは、午後から行われる男子の試合を見るということで、控室で手配していたお弁当を食べていた。ところが、この日の試合が凄まじく激しい試合であったことから
 
「食べ足りない」
 
という声が多数出る。
 
「まあ普段からみんな女子らしからぬ食欲だからね」
「食事の時だけ性転換するんです」
 
「じゃ、私近所のコンビニでお弁当とかおにぎりとか買ってくるよ」
と言って千里が出かけようとすると
 
「私も行きます」
と1年生の紫・由実・花夜と2年生で千里に心酔している久美子が手を挙げた。 

それで5人で東京体育館を出て、近くのコンビニに行くものの、どうもお腹を空かせた子が大量に居たようでお弁当もおにぎりもパンも全く残っていない。 
そこで用具を運ぶのに持って来ていたインプに4人を乗せて少し離れたコンビニまで行くことにする。それで外に出て適当に走って行くと、やがて駐車場のあるコンビニがあった。
 
「残ってるかな」
「東京体育館から結構離れたからあるかも」
 
などと言って、車を駐めて店内に入る。幸いにもお弁当やおにぎりなどが充分にあったので、取り尽くさない程度にカゴに入れていく。
 
「おやつもいいですか?」
「まあ適当に」
などと言って色々調達していたら、向こうから長い髪をポニーテイルにした女子高生が来たが、やはりカゴにたくさんお弁当やお茶などを入れている。見るとローズ+リリーのケイであった。千里が会釈すると向こうも会釈するが、むろん向こうはこちらを認識はしていないだろう。当時、千里とケイはどちらも雨宮先生の弟子ではあっても正式に引き合わせられたことは無かった。また久美子たちもケイに気づいていないようだ。この頃ローズ+リリーというのはあまりメディアに露出してない。そもそもこの時期は「休養中」と本人たちは言っていた。
 
千里は沖縄で預かった鈴を渡すチャンスだと思ったのだが、今両手にカゴを抱えていて、これでは渡せない。どうも向こうはまだ色々買うっぽいので、こちらが先に出ることになりそうだ。レジを通ってから渡せばいいなと思った。 
それで精算して持参のエコバッグ8個!に詰めてもらう。連れてきたN高校部員の4人がそれを両手に1個ずつ持ってくれたので、千里は上手い具合に手ぶらになった。
 
それで彼女らがお店を出ようとした所で、ちょうどケイは精算に行ったようである。
 

千里は
「ちょっと待ってて」
と言って車の鍵を久美子に渡すと、ケイに近づいた。
 
「水沢歌月さん、これ沖縄で波上大神から言付かったのですが、たぶん歌月さんに渡すものだと思ったから」
 
と言って、千里はケイに水色の鈴を渡した。
 
向こうは唐突に水沢歌月などと、当時その正体をほとんどの人が知らなかった名前で呼ばれて驚いたようである。
 
「えっと、どなたでしたっけ?」
「通りがかりの横笛吹きです」
 
と千里は笑顔で言うと、踵を返して入口の方へ行く。するとそこにちょうどうまい具合にKARIONの和泉が入って来た。あ、ケイと一緒に来たのかな?ちょうどいいと思い、千里は彼女にも声を掛ける。
 
「森之和泉さん。これ沖縄で波上大神から言付かったのですが、たぶん和泉さんに渡すものだと思ったので」
と言って、千里は彼女に2番目の水色の鈴を渡した。
 
「あ、はい」
と言って和泉が鈴を受け取る。
 
それで千里はケイと和泉に会釈をすると、荷物を車に積み込んでいる後輩たちの所に走り寄った。
 

千里は体育館に戻った後、携帯電話で証券会社のサイトを開き、入金していた株式売却代金の出金指示を入れた。これで月曜日に銀行口座の方に入るはずである。
 
いくらで売れたのか見ていなかったので確認すると2345円で売れていた。 
この東京電力株は千里が昨年秋に2222円で買ったものである。その後、一時期高騰して3000円を超えていたので「お、すごい」と思って見ていたら、昨年12月9日を境に下がりはじめ、今年はひたすら下がり続けた。
 
千里は「また上がるのでは」などと悠長に構えていて、完璧に売却のタイミングを逸してしまったのだが、11月には2085円まで落ちていた。こらあかんと思い、著作権料の入るタイミングとかも考えて売却しようかなと思っていた。しかし21日に千里が売却した時点では2345円まで戻していたようである。結果的には1株あたり123円の売却益が出たことになる。
 
千里はラッキー☆と思った。
 
もっとも《たいちゃん》は『千里ってあまり株取引は向いてないみたい』と言っていた。彼女によれば株取引をするにはもっと頻繁に株価をチェックして、売買には思い切りが必要なのだという。
 
『私飽きっぽいし』
『まあそれが千里の最大の問題点だよなあ』
 

N高校の控え室で後輩たちが凄い勢いでお弁当やパンなどを食べているのを楽しそうに見ていたら電話が掛かってくる。雨宮先生なので部屋を出て廊下で取る。
 
「おはようございます」
「あんた今日本に居るんだっけ?」
「居ますよ」
「今、都城市付近?」
 
ほんとにこの先生の発想は面白いと千里は思う。
 
「残念ながら東京都内です」
「東京都内というと、小笠原の父島とか?」
「いえ。渋谷区です」
「明日、ちょっと北海道に来られない?」
「無理です。こちらは今母校のバスケットの試合の付き添いをしているので、28日まで動けません」
「肝心の時に役に立たないな。仕方ない。代わりに毛利を徴用しよう」
 
ああ、可哀相に。
 
「でも毛利じゃ占いできないから、あんた占いだけして」
「はい?」
「ちょっとある物を探しに旭川に行くんだよ」
「旭川ですか!」
 
「何とかしてぜひ見つけたいんだけど、どうすれば見つかるか占って欲しい」
 
「分かりました」
と言って千里はバッグの中からタロットを取り出す。
 
「まずその物は今も現存しているかどうかを見て欲しい」
「現存できない状態の可能性があるんですか?」
「雪の中に落としたんだ」
「それはまた難儀ですね」
 
と言って千里がカードを引くと金貨の10である。
 
「大丈夫です。その物は何かに守られています」
「よし。じゃ、それは落とした場所に今もあるか」
 
カードを引くと死神だ。
 
「移動していません。そのままです」
 
とは言ったものの、この死神はどうも気になるカードだ。何か死に関わる場所なのだろうか。
 
「そこってお墓か何かですか?」
「あんた鋭いね」
「あ、違ったか」
「実は落とし主はそこで自殺しようとしていたんだよ」
「そういうことでしたか」
 
「見つけるためのヒントが欲しい」
 
「そうですねぇ・・・・」
と言いながら千里はカードを引いていく。
 
剣の6が出る。
 
「船で行った方がよさそうですね」
「船!?」
「船旅を表すカードが出ているんですよ」
「それどこからの船?」
 
棒の2が出る。
 
湖か・・・・そういえばさっき死神も出たなというのに気づく。死・湖という所から千里は恐山湖を連想した。あそこは霊柱が2本立っているのでまさに棒の2だ。つまり下北半島か。
 
「下北半島の大間というところから函館へのフェリーが出ています。それを使って下さい」
 
「よし。同行するのは何人?」
 
金貨の8が出る。
 
「8人ですね」
「ふーん。。。今思いついていたのは6人なんだけど、2人増えるんだろうな」
「なるようになると思いますよ」
 
「じゃ9人以上になったら、余分な人数は津軽海峡に放り込んで、足りない場合はあんたを拉致していこう」
 
また無茶なことを言っている。
 
「でもありがとね。北海道にはいつ帰るの?」
「今のところ帰る予定がありませんが」
「まあいいや、あとで呼び出すと思うけど」
「行きませんよ」
 
「それは何とかしよう。あ、そうそう。あんた来られない代わりに楽曲10個、今年中に」
「無理です!」
「100万円払うなら1月末まで期限を伸ばしてやる」
「じゃ1万円払いますから2月末までにしてください」
「全く素直じゃ無いな」
「先生の教育がいいので」
 

ウィンターカップ、この日12月25日・3回戦の結果は下記である。
 
福井W高校○−×埼玉G高校

札幌P高校○−×千葉S高校

旭川N高校○−×愛知J学園

岡山H女子○−×福岡C学園

愛媛Q女子○−×高岡C高校

山形Y実業○−×東京E学園

東京T高校○−×福島W高校

岐阜F女子○−×金沢T高校

 
ベスト8が出そろったが、優勝候補の愛知J学園のほか、強豪の福岡C学園もここで消えてしまった。渚紗の後輩、秋田N高校は2回戦で福岡C学園と当たって消えている。U19代表候補にもなっていたセンター・富田路子を擁する大阪E女学院は2回戦で山形Y実業に敗れて消えている。
 
福岡C学園を破った岡山H女子校は元々結構な強豪なのだが、王子がいた倉敷K高校の方が県代表になることが多かった。ところがK高校の内紛で、K高校からH女子校に移籍した選手が大量に出た。それで突然H女子校が超強豪になってしまったのである。
 
県予選では準決勝で倉敷K高校、決勝で王子が(書類の上だけ)在籍している岡山E女子高を破ってウィンターカップに出てきた。
 

26日の4回戦の相手は東京T高校であった。中心選手は3年生でキャプテンのフォワード・大島陽奈と2年生センターの吉住杏子である。吉住は身長こそ175cmと並みのセンターだが、ポジション取りが物凄く上手い。千里はバスケ協会の期待が高い、愛知J学園の185cmセンター夢原円より、むしろこの子の方が才能があるのではという気もしていた。
 
実際この日、旭川N高校の正センター紅鹿・サブのセンター耶麻都、そして3年生で特例出場している揚羽も、ひたすら吉住に負け続けた。宇田先生としては来年の戦力と考えている1年生の由実も出してみたもののやはり全く歯が立たない。
 
しかし由実は結果的にはこの試合で吉住と激しい位置争いをしたことで、その後、大きく伸びることになる。
 
試合はリバウンドでT高校が圧勝であったにも関わらず、N高校の《特例出場組》3年生ポイントガード・雪子が巧みにゲームをコントロールした上に、絵津子がT高校の大島ほかフォワード陣を翻弄し、結局6点差でN高校が勝利。1年ぶりの全国ベスト4を獲得した。
 

この日の試合結果はこのようであった。
 
旭川N高校○−×東京T高校
岐阜F女子○−×岡山H女子
札幌P高校○−×山形Y実業
愛媛Q女子○−×福井W高校
 
これでベスト4が決まり、明日の準決勝は旭川N高校:岐阜F女子校、札幌P高校:愛媛Q女子校で争われることになった。
 
旭川N高校はこの日第1試合で、選手たちは第2試合を見てから宿舎に戻ることにしていたが、絵津子が千里に言った。
 
「他のチームの試合を見るより、たくさん練習したいです。千里さん、練習相手になってください」
 
「うん。じゃ、またあそこ行こうか」
 
そんなことを言っていたら久美子が
「私、玉拾いで付いていっていいですか?」
と言うので
 
「うんうん、おいで」
と千里は笑顔で言った。
 

それで千里は宇田先生に許可を取ってから美鳳さんに転送してもらい、三度、月山神社に行った。
 
お祓いをしてもらってからお参りをし、その後裏手のバスケットコートに行く。久美子は凄い場所にコートがあるのでびっくりしている。
 
ここで千里と絵津子はひたすら1on1の練習をし続けた。久美子は本当に球拾い専任で付き合ってくれたのだが、ふたりの対決を見ているだけで久美子も得るものがあったようである。しかし・・・・
 
「あれ〜。全然抜けない」
と絵津子が言う。
 
「まあこないだたくさん抜かれたから、その後私も個人的に練習したし」
 
実は千里は江美子とふたりでひたすら夜間に練習していたのである。向こうも愛媛Q女子校の後輩・小松日奈をずっと鍛えていたらしい。向こうもここのコートに来ていたらしいが、美鳳さんが両者がかち合わないように「時空」を調整してくれていたようだ。
 

例によって佳穂さんが焼き鳥や牛丼などを差し入れてくれて、千里と絵津子が食事をしている間に、久美子は黙々とシュート練習をしていた。
 
千里は久美子にもナイキのスポーツブラを買ってあげたが
「これ、凄い。動きやすい」
と言っていた。
 
「もういっそチーム全員に買ってあげようかな」
「あ、それいいかも」
「南野コーチや宇田先生にも」
「宇田先生はブラは不要だと思います」
 
3人の練習は26日のお昼前から27日午前3時頃まで、15時間ほど続いた。 
その後、湯殿山の温泉で暖まり、筋肉をほぐしてから東京に戻してもらったが、絵津子も久美子も8時頃まで死んだように眠っていたらしい。
 

27日。
 
この日は「絶対このくらいまでは残っていると思ったから今日来たぞ」
と言って、北海道から暢子・留実子・睦子の3人も応援に来てくれていた。留実子の旅費は暢子が出してあげたようだ。
 
「どのくらい君たちが強くなっているか、OGと現役とで対戦しよう」
などと暢子は言っていたものの、南野コーチが
「試合前にはやめようよ」
と言って停めてくれた。
 
この日から東京体育館はフロアに2面取る方式ではなく、中央に1面
だけ取る、センターコート方式に変更になる。
 
女子ではベスト4以上になったチームだけがこのセンターコートで試合をすることができる。
 
この日、旭川N高校と対戦した岐阜F女子校には、絵津子とライバルでありかつ昨年一時的にはチームメイトにもなっていたフォワードの鈴木志麻子、千里の愛弟子でインターハイのスリーポイント女王を取ったシューター神野晴鹿、そして1年生ながらもインターハイでアシスト女王を取った天才ポイントガード水原由姫がいる。
 
そしてこの試合は、まさに絵津子:鈴木、雪子:水原という好ライバル同士の激しい勝負になった。
 
最初旭川N高校がリードするも、すぐにF女子校も追いつき、いったん引き離す。しかしN高校がそれに追いつく。
 
雪子と水原の天才ポイントガード同士の対決はお互いに相手の戦略を読み合い、各々サインでチームメイトにフォーメーションを指示するのだが、このサインは絵津子と神野が昨年「交換留学」していたおかげで1度お互いにバレている。それで今回はお互い新たに作ったサインで指示を出していた。
 
試合は第4ピリオドの終了間際に、3点ビハインドだったN高校が久美子のスリーで追いつき、延長戦になる。延長戦では最初N高校がリードしたものの今度は最後に神野のスリーで同点に持ち込み再延長になる。
 
そしてサード・オーバータイムの最後にN高校の1年生由実が2点取ってN高校がリードしたものの、残り5秒から水原のロングスローイン→神野のスリーで逆転。
 
1点差でF女子校が勝利した。
 
どちらも死力を尽くした戦いで、試合終了後起き上がれない選手が何人もいた。 

一方の札幌P高校と愛媛Q女子校の戦いも激しかった。
 
P高校のエースでスモールフォワードの渡辺純子と、Q女子校の1年生センター・小松日奈という長身選手同士の対決が物凄かった。
 
ふたりはリバウンドも激しく争ったし、またお互いにマッチアップした。本来ならスモールフォワードの純子と、センターの小松がマッチングすることになるのは不自然なのだが、結局、純子は小松でなければ抑えきれず、小松も純子でなければ抑えきれなかったのである。
 
こちらも延長にもつれ込む激戦となり、最後は伊香秋子のスリーで札幌P高校が1点差の逆転勝ちをおさめた。
 
女子の試合が2試合とも延長になったため、この日は男子の試合時刻がずれることにもなった。
 

27日の試合結果はこのようになった。
 
岐阜F女子校107−106旭川N高校
札幌P高校89−88愛媛Q女子校
 
どちらも1点差勝負である。この結果、明日の3位決定戦は旭川N高校:愛媛Q女子校、決勝戦は札幌P高校:岐阜F女子校で争われることになった。 

「絵津子、お前あと少し気合いが足りなかったな」
と言って、暢子が控え室で絵津子にヘッドロックを掛けながら言う。
 
「すみませーん」
と絵津子。
 
「暢子ちゃん、あまり責めないで。またこの子、丸刈りにしかねないから」
と南野コーチ。
「それは校則違反のはず」
と暢子は言う。
「それとも罰として性転換するか?男になったら丸刈りしてもいいぞ」
「男になるのは別にいいですけど、女子の試合に出られなくなるから困ります」
 

「しかし感無量だ」
と宇田先生は言った。
 
「やはり今日の試合勝ちたかったですよね」
と川南が言うが、宇田先生は
「いや、もちろん勝ちたかったけどね」
と言ってから、こう言った。
 
「今年はやはり村山君・若生君・花和君が抜けて、戦力の大幅ダウンを指摘された。OG会からも『そんな布陣で大丈夫か?』と不安がられた。でも見たまえ。結局今年の最後の最後には、ウィンターカップの最終日まで戦うことになったじゃないか」
と宇田先生は、今日負けはしたものの、この結果に感激しているようである。 
「先生、こんなところで感激していてはいけないです。明日勝ってメダルを持ち帰ってください」
と暢子が言った。
 
「いや、本当だ」
と宇田先生も相好を崩して答えた。
 

「ああ。じゃ、本当に見つかったんですか」
と千里は雨宮先生からの電話で『捜し物』の探索結果を聞いた。
 
「あんたの言った通り、楽譜は地面の中に埋もれていたんだよ。それでその上に雪が積もってもあまり濡れずに済んだみたい」
 
「運が良いですね。中身は読めます?」
「結構読める。でもX線とかの写真も撮ってみようと思う」
「そのあたりは現代のハイテクを使えばけっこういけるでしょうね。最後は想像力でしょ?」
 
「うん。音楽理論で補える部分もあると思うんだよ」
「まあ音楽家であれば何とかなるでしょうね」
「それであんたも少し手伝って」
 
しまった。やられた!
 
「まあいいですよ。何曲くらいやればいいんですか?」
「あんたには特に読みにくいページの復元を。その代わり1月15日までの曲は12曲で勘弁してやるから」
 
「分かりました。2月15日までの4曲はしっかり仕上げます」
「どさくさに紛れて締め切りをずらそうとしている。曲数まで減らそうとしている」
「お互い様です」
 
見つかった楽譜のノートは旭川の大学の研究室に雨宮先生の知人がいるということで、その人に様々な方法で撮影してもらうと言っていた。その後で、千里が復元を担当するページの「原本」を預かることにした。
 
原本からしか得られない情報があるのである。
 

27日に宿舎に戻ってから、また現役vsOGの試合をした。スターターはこのようにした。
 
OG 敦子/千里/宏歌/暢子/留実子

現役 雪子/ソフィア/絵津子/不二子/紅鹿

 
先日は20分で打ち切られて16-54だったのだが、この日は40分やって41-96であった。
 
むろんOGの勝ちなのだが、OG組キャプテンの宏歌は
「あんたたちは強くなった」
と現役組を褒めていた。
 
「サーヤに全然勝てない」
と紅鹿が嘆いている。
 
「このあと少し練習しようよ」
と留実子が言い、センター組は留実子と一緒に夜遅くまで練習していたようである。暢子も
「フォワード組来い」
と言って、不二子・ソフィア・胡蝶・智加・花夜・揚羽・志緒といったメンツを睦子・川南・夏恋と一緒に鍛えていた。
 
絵津子と久美子も千里と「某所」にいき、また特訓をした。
 
ポイントガード組はお休みだが、彼女たちは精密機械なので休ませた方がいいと、暢子と千里は、南野コーチと話し合った。
 

28日月曜。ウィンターカップ最終日である。
 
旭川N高校のメンツは9時頃会場入りしたが、千里は9時を過ぎるとすぐに控え室の隅で携帯を使って振り込みの操作をした。
 
藍川さんからは5分後に「受け取った。ありがとん♪」というメールが来た。 

女子の3位決定戦は10:00からセンターコートで行われた。
 
この試合は湧見絵津子(164cm)と小松日奈(185cm)の対決が見応えがあった。20cmもの身長差があるので、ゴール下では小松が絶対有利であるものの、絵津子はその背丈の違いにはめげず、ひたすら素早く走り回って対抗していた。 
しかし、愛知J学園戦では、向こうが今年の新戦力となった、紫・由実・久美子といったあたりをあまり研究していなかったこともあり、優位な戦いに持ち込めたのだが、Q女子校はしっかり彼女たちを研究していた。
 
そうなるとじわじわと実力差が効いてくる。最後に久美子がスリーを入れたものの、そこまで。
 
結果的には70-67と3点差で敗れてしまった。
 
それで今年のウィンターカップの3位は愛媛Q女子校となり、旭川N高校はメダルを取ることができなかった。
 

「今年の戦力でここまで行ったのは充分奇跡じゃないか?」
と客席で見ていた暢子は小声で千里に言った。
「うん。インターハイのベスト8というのがこのチームの本来の戦力だと思う。今回は愛知J学園にまぐれで勝って、その勢いで東京T高校にも勝った。でもさすがにF女子高やQ女子高には実力的に足りないね」
と千里は言う。
 
暢子も頷いていた。
 
「まあ夏までに本当にベスト4になれるくらいまで力を付けさせたいね」
「絵津子は鍛えれば鍛えるだけ伸びるよ」
「昨日より進化してた。どこで特訓やってるの?」
「月山の頂上。幽体離脱して行くから、霊感のある子限定」
「凄いところでやってるな」
 

「悔しい〜!」
とその絵津子が言っていた。
 
「その悔しさをバネに頑張ろう。来年のインターハイはメダルを取りなよ」
と夏恋が言う。
 
「そうですね。何とかメダルに手が届くといいな」
「もちろん金色のメダルにね」
「ですよね!」
 
と言ってから絵津子は千里に言った。
「千里さん、私あの場所での練習をもっともっとやりたいです」
 
「うーん。だったら、私と一緒に冬山の修行する?」
「したいです。あ、でも学校での練習はどうしよう?」
 
「夜9時まで学校で練習して、帰宅してご飯食べたあと、夜0時から朝6時まで私と一緒に練習すればいいんだよ」
と千里。
 
「やりたいです。でも私、それならいつ寝ればいいんだろう」
と絵津子が悩んでいると
 
「授業中に寝ればいいじゃん」
と横からソフィアが言い
 
「そうしよう!」
と絵津子が言うと、宇田先生が苦笑していた。
 

続いて行われた女子の決勝戦は札幌P高校が渡辺純子の活躍で鈴木志麻子のいる岐阜F女子校に勝ち、2年連続のウィンターカップ制覇、そしてインターハイ・国体・ウィンターカップの三冠を達成した。
 
札幌P高校は昨年もインターハイとウィンターカップを制したものの、国体は旭川選抜が出たので、国体を制することができなかった。今年は旭川選抜に勝って国体に出て優勝していたので、初の三冠となったのである。
 

13:30から女子の表彰式が行われた。
 
最終日まで残った、札幌P高校・岐阜F女子校・愛媛Q女子校・旭川N高校の4校がフロアに入り、P高校に金メダル、F女子校に銀メダル、Q女子校に銅メダルが授与される。そして雪のように美しいウィンターカップを今年はP高校の渡辺純子が手にした。
 
本当はウィンターカップを受け取るのはキャプテンの猪瀬がする予定だったようだが、猪瀬が渡辺に譲って、自分は優勝トロフィーの方を受け取ったのである。
 
渡辺が嬉しそうにウィンターカップを受け取り高く掲げるのを、湧見絵津子、そして鈴木志麻子が厳しい目で見ていた。
 
MVPは渡辺純子(P)、得点女王は湧見絵津子(N)、スリーポイント女王は神野晴鹿(F)、アシスト女王は水原由姫(F)、リバウンド女王は小松日奈(Q)と発表された。絵津子は名前を呼ばれてびっくりしていたようであるが、前に出て行って渡辺とハグしていた。
 
ベスト5はPG.水原由姫(F) SG.神野晴鹿(F) SF.渡辺純子(P) SF.猪瀬美苑(P) C.小松日奈(Q)と発表された。
 

表彰式を終えて、撤収しようと控え室でみんなで荷物を片付けていた時、(男性なので)廊下で待機していた教頭の所に電話が入ったようである。旭川にいる校長からのようだったが、
 
「え〜〜〜!?」
と凄い声をあげる。
 
みんな何事かと思ったのだが、教頭は、女子の一部がまだ着替え中であったにも関わらず、控え室のドアを開けて中に入ってきた。
 
「村山君!」
と何だか血相を変えた表情で言う。
 
「はい」
「君の名前で学校の口座に1000万円振り込まれていると言うんだけど」
と教頭。
 
「ああ。それは若生暢子との賭けなんです」
「賭け!?」
 
「私が昨年のウィンターカップの時『もうこれでバスケからは引退する』なんて言ったもので、若生が『そんなの絶対無理』と言って、それで1年後に私が引退していたら、若生が100万円、私がまだ現役だったら私が1000万円払うという賭けをしたんですよ」
 
南野コーチが息を呑んでいる。コーチは暢子の姿を探したが、今どこかに行っているようだ。
 
「それ若生君に払うんじゃなくて学校に払うの!?」
 
「はい。それで私は今年はU19世界選手権に出てスリーポイント女王も取りましたし、その後シェルカップ準優勝、10月には千葉県のクラブ選手権を制して来年2月には関東クラブ選手権に出る予定ですし、関東総合Best4に純正堂カップ優勝。どう見てもバリバリの現役です。賭けは私の負けなので、潔く1000万円払いました」
 
と千里はにこやかに言う。
 
まだ着替え中だった絵津子はその話に驚いて、ブラジャー姿のまま寄ってきた。もう試合が終わったのでスポーツブラではなく普通のブラを付けている。 
「千里さん、本当に1000万払ったんですか?」
と訊く。
 
「えっちゃん、せめてジャージ着なよ」
と千里が言うと
「きゃっ」
と可愛く悲鳴をあげて慌てて着ていた。
 
「千里ちゃん1000万あったの?」
と南野コーチ。
 
「今年は予定外に収入が多かったもので」
などと千里は頭を掻きながら言う。
 
「『恋遊び』が随分売れたもんね」
と夏恋が言う。
 
「うん。あれが特に大きかった」
と千里は答える。
 
鴨乃清見の名前で提供した津島瑤子『恋遊び』が70万枚、そして大西典香のアルバムも30万枚売れたことから、今年千里は鴨乃清見分だけでも印税と著作権使用料で6000万円以上稼いでいる。津島の歌は熟年層に人気でカラオケでたくさん歌われるため、実はCD印税より著作権使用料が凄まじい。また、それ以外に東郷誠一名義のゴーストライターで得た収入も2000万円ほどある。半分は税金で払わなければならないものの、それでも4000万円ほどの手取りになる。
 
「でもそんなにもらっていいの?」
と教頭。
 
「はい。だって私は旭川N高校の特待生にしてもらえなかったら、そもそも高校進学自体ができなかったんです。それをあの日宇田先生と偶然遭遇して、それで宇田先生と教頭先生で、私の中学まで来てくださって、特待生にするから入ってと言われて。それで父の失業で、中学出たら就職なんて話になっていたのを高校に進むことが出来ました。そのせめてもの恩返しをさせてください」
 
と千里が言うと、教頭は
 
「分かった。ありがたくもらうことにするよ」
と言った。
 
「まあ千里はN高校に入ってなかったら多分性転換もしていない」
と千里をけっこう冷静に見ている夏恋が言う。
 
「うん。私もそう思う。だってN高校に入ってなかったら、DRKをしてないし、そうなると私、雨宮先生とも知り合えず、作曲のお仕事してないから、性転換の手術代が稼げなかったんだよ」
と千里は夏恋を見ながら言った。
 
夏恋は頷いている。
 
実際今の自分があるのは、春風アルトさんや谷津さん、そして雨宮先生との遭遇があったからだが、その全ての大本はやはり宇田先生とのあの日の遭遇なのである。
 
そして千里はまだ呆然としている宇田先生に向かって言った。
 
「宇田先生。まだ足りなかったら、私資金提供しますから、今年の冬、旭川N高校女子バスケ部は地獄の合宿しましょう」
 
「え〜〜〜!?」
という悲鳴が一部の部員たちの間からあがったが、絵津子や久美子は楽しそうな顔をしていた。
 
「うん。合宿やろうか。取り敢えず冬休み期間中」
と宇田先生も言っている。
 
「きゃー!」
 
「それ食事代も出ますよね?」
「うん。いっぱい食べてね」
「頑張って食べます!」
 
「食べて練習もしなくちゃ」
「食べるために練習します」
と絵津子は笑顔で言っていた。
 
 
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