【娘たちのタイ紀行】(6)

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検討会が終わった後、10時頃ホテルを出て10時半すぎに会場に入った。
 
千里が持ち込んだ「活力の出る鈴」の音をひとりひとり耳元で聞いてからフロアに出て行く。そして名前を呼ばれてスターティング5がコートに入る。この日のスターターは、このようになっていた。
 
PG.早苗/SG.千里/SF.玲央美/PF.王子/C.サクラ
 
今日はポイントガードは1・3ピリオドで早苗、2・4ピリオドで朋美を使おうという計画である。
 
対するリトアニアのスターターはこのようである。
 
PG.メイルティーテ/SF.シェイト/PF.ランカイテ/PF.ソロカイテ/C.ジェーマンタウスカイテ
 
恐らく向こうのベストメンバーと思われる。
 
ティップオフはジェーマンタウスカイテとサクラで争うが、ジェーマンタウスカイテが勝ち、メイルティーテがドリブルで攻め上がってくる。早苗がその前に回り込んで対峙する。
 
王子はランカイテに付き、玲央美がソロカイテ、千里がシェイトに付く。サクラもティップオフの後、そのままジェーマンタウスカイテに付いた。
 
早苗がスティールに行くが、それをかわして中に進入する。玲央美がフォローに来る。それで玲央美が付いていたソロカイテがフリーになったように見えたのでメイルティーテはソロカイテにパスする。
 
ところがソロカイテの所には千里が走り寄っており、パスをカットする。日本側はマークが変わった時のカバーパターンを様々なケースで連携練習しているので、簡単にはフリーのプレイヤーを出さない。
 
それで攻守反転して千里がドリブルで攻め上がる。シェイトが急いでその前に回り込もうとするが、千里は早苗にパスする。早苗はそのまま王子に送る。王子の攻撃をランカイテが防ごうとする。王子は彼女の直前でステップを変え、あたかも抜くかのような動作を見せる。それでシェイトがフォローに走ろうとするが、王子は身体を回転させ、千里にバウンドパスする。
 
千里はスリーポイントラインの所に居た。
 
「あっ」
とシェイトが声を挙げて千里の所に戻ろうとしたものの、その前に千里は撃っていた。
 
0-3.
 
この試合では日本が先行した。
 

先取点こそ日本が取ったものの、その後試合はややリトアニアが優勢の状態で進む。
 
リトアニアは予想通りゾーンを敷いた。このゾーンがなかなか強固で王子や玲央美が進入を試みたものの、跳ね返されてしまう感じである。
 
そこで千里や玲央美がスリーを撃って攻めるパターンを多用する。
 
また向こうは攻撃の時にはゆっくりと時間を使い、パス回しをしながら攻撃できる場所を探している雰囲気だったが、日本側がマンツーマンで付いていてそう簡単には振り切られないので、攻めあぐねている感じだった。最終的にはかなり強引に進入してきてシュートを狙うので、結構ファウルがかさんでいた。
 
特に王子は片平コーチに「ランカイテは任せて下さい」と言った手前、彼女を徹底的にマークし、ランカイテはその王子のディフェンスを破るためにこのピリオド2つもファウルを取られた。一方の王子はひとつもファウルになっていない。
 
相手がゾーンを使うので、日本は向こうのゾーンがきちんとできる前を狙って速攻を繰り出していたのだが、何度かやると、足の速いソロカイテが浅い位置に控えていて、日本の速攻に対応するようになる。
 
しかしそのためにどうしてもソロカイテのファウルも取られる。第1ピリオドだけで彼女も2度ファウルを取られた。
 

第2ピリオドはソロカイテに代えてベセライテを投入して、彼女に浅い位置で守らせるようにしていた。日本側は速攻の連続で王子がかなり消耗していたので、江美子を投入。また勝負は後半になると見て、千里も渚紗に交代させる。さらにこのピリオドではポイントガードは朋美を使わずに彰恵をその役で投入した。
 
リトアニアは、日本のスリーが思っていた以上の確率でゴールに飛び込んでいるので、こちらのシューターに専任マーカーを付けて、ダイヤモンド1の形のゾーンに切り替えた。
 
しかしマーカーを出すことによって、どうしてもゾーン自体は弱くなる。そこで彰恵は玲央美や江美子と組んでスクリーンを仕掛け、相手の動きによってはピック&ロールなどに切り替えて、たくみに相手のディフェンスを崩して行く。
 
彰恵は、自らもゴールを奪う能力が高いので、こういうコンビネーションプレイには最適である。
 
それでこのピリオドでは、スリーよりむしろ連携プレイから中に進入して点を取るパターンの方が多くなった。渚紗はむしろ囮役に徹したが、向こうが渚紗にあまり警戒していないと見ると着実にスリーを放り込んで、やはり軽視できないことを認識させる。
 
それで一時期は日本が4点差まで迫ったのだが、その後リトアニアも頑張って突き放し、結局前半は36-28と8点差で終了した。
 
比較的ロースコアの展開である。
 

ハーフタイムに千里から鈴を預かったトレーナーの森山さんが選手全員の耳元で「おまじない、おまじない」と言って鈴を振っていたが、
 
「これ何か本当に活力が湧いてくるような気がするね」
と数人言っていた。
 
「よし。リトアニアを倒して来よう」
とキャプテンの朋美が言い、円陣を作って
「頑張るぞ!」
と掛け声を掛けて出て行く。
 

第3ピリオド。
 
リトアニアは優秀なシューターのいる日本相手にゾーンはあまり有効ではないということを悟ったようで、マンツーマン・ディフェンスに切り替えてきた。また、このあたりで点差をもっと付けたいという感じでガードを使わずに、フォワードを4人投入してきた。
 
それでマーカーは攻守ともに
 
ランカイテ−王子、シェイト−千里、ソロカイテ−玲央美、クツカイテ−朋美、アンドリジャウスカイテ−サクラ
 
という組み合わせになった。
 

ここで(観客にとって)見所となったのがランカイテと王子の所であった。
 
王子はランカイテと第1ピリオドも対峙していて、基本的な実力ではかなわないものの、しつこく彼女をマークして、かなりイライラさせていた。しかしこのピリオドでは彼女もディフェンスの時に王子のマーカーになり、王子からボールを奪うことに燃えていた。
 
実際このピリオドで王子は最初の内2度続けてランカイテからボールを奪われてターンオーバーとなっている。しかし王子も逆にランカイテからボールを奪うことに成功する。
 
朋美はその様子を見て、むしろ積極的に王子の所にボールを供給した。一方のランカイテの方も王子と対決している内に、かなり楽しくなってきた感じであった。ふたりは身長はほとんど同じなのだが、体格的には王子の方がガッシリしている。体重では王子の方が15-16kg重い感じだ。ランカイテはヨーロッパ人にしては割と華奢なフォワードである。
 
ふたりの対決は女子の試合らしからぬ豪快さがあって、随分観客を沸かせていた。会場全体から
 
「ランカイテ!」
「タカハシ!」
 
と声援が送られ、どちらかがスティールを成功させたりすると、拍手や歓声もあがっていた。
 

王子とランカイテの対決は最初の5分ではランカイテが7割くらい勝っていたものの、次第に王子の勝率が上昇する。王子は先日から玲央美や千里などに練習相手になってもらい、マッチングの練習をかなりしていたのだが、今日はそういう「テクニック」はあまり使わずに、彼女の本来の持ち味であるパワーとスピードで突破しようとしていた。またランカイテもそういう対決を望んでいたようである。
 
このピリオドの点数としては、フォワード4人を使ったリトアニア側の攻撃が功を奏して22-16と6点差を付け、総得点でも58-44と点差は14点に広がった。もっとも、リトアニアとしては、もっと点差を付けたかった感じである。
 

第4ピリオド、最初は王子を休ませ、早苗/千里/渚紗/彰恵/華香といったシューターを2人入れたオーダーで出て行く。向こうもランカイテを休ませ、メイルティーテ/シュウナイテ/ベセライテ/ジェーマンタウスカイテ/バイツィウケビツィカイテというオーダーで始めた。おそらくシェイトやランカイテは後半投入するつもりだろう。
 
むろんどちらもマンツーマンである。千里はシュウナイテ、渚紗はベセライテと攻守ともにマッチングした。
 
全体的にスピード型の選手が多いチームなのだが、シュウナイテはスモールフォワード登録なだけあって、瞬発力も充分あり、千里の動きに結構付いてきた。しかし彼女が他の選手の動きを見ようとして一瞬視線を外す瞬間に、千里は気配だけ残して音もなく移動してしまう。それでシュウナイテが再度目の前を見た時には千里は居ないのである。
 
こういう千里の動きは、今日初めて対決した人には簡単にはフォローできない。それで千里は随分フリーになって、スリーを放り込んだ。
 
最初の3分で千里が3本、渚紗も1本スリーを放り込み、一気に点差が8点まで縮んだ所で、リトアニアのベンチはシュウナイテを下げて、ここまで出番のなかったガードのクルレイビーテを投入した。彼女はどうも監督から「ゲーム全体を見なくていいからムラヤマだけを見てろ」と言われたようである。
 
それでクルレイビーテは一切千里から目を離さなかった。彰恵や華香が中に進入して他の選手が激しく入り乱れていても、彼女はひたすら千里をディナイしようとしていた。
 
そこで千里はクルレイビーテが出てきてから、わざとたくさん走り回った。それも左に動いて急停止のあと反転するとか、逆に反転するかと思わせておいて、再度左に走るとか、複雑な動きをする。彼女は頑張ってそれに付いてきていたが・・・・・
 
3分もすると相手は息切れしてくる。
 
シャトルランに近いことをこれだけの時間、ひたすらやっていれば体力を激しく消耗する。千里はスタミナが物凄いので、これに耐えられるのだが、相手はとても付いてこられないので、やがて次にどちらに行くかを山勘で判断しようとしていたが、それが当たる訳が無い。急停止の後、更に同じ方向にダッシュなどとやった時に置いてけぼりになる。
 
そこに早苗から矢のようなボールが来る。ボールをもらったら即撃つ。クルレイビーテはブロックする位置までたどり着けない。
 
これを2度やって、とうとう点差が4点まで縮んだところで、リトアニアはここまでかと見て、とうとうシェイトを投入してきた。あわせてランカイテ・ソロカイテも入れてくる。日本も渚紗と彰恵を下げて、玲央美と王子を投入した。
 
ランカイテが笑顔で王子に手を振る。王子もランカイテに笑顔で手を振る。
 
ランカイテは睨み合ったりしたらテクニカルファウルを取られるのが分かっているので、好敵手に対して笑顔を送るのである。王子もこの方法はいいですねと後で言っていた。
 
「睨み合うのが男の子流なら、笑顔が女の子流ですよね〜」
と王子は言っていた。
「キーミンは女の子なんだっけ?」
「キーミンは男の子だと思っていた」
「ちんちん取られちゃったから」
 

再び王子とランカイテの対決が行われ、これに観客が沸く。一方で千里はシェイトと、玲央美はソロカイテと対決していた。
 
シェイトは前半にも千里とやっていて、千里の動きの「ロジック」を推測していたようであった。こちらの次の動きを予測して、できるだけ無駄のない守りで大量の消耗を押さえながら千里をフォローしていた。クルレイビーテの山勘よりは随分的中率が高い。
 
それで千里は敢えて最初何度か相手の予想通りの動きをしてみせる。それで向こうは千里封じに自信を持った雰囲気もあった。
 
しかし突然ロジックを変える!
 
それでシェイトとの距離を取ってスリーを撃つ。シェイトが「あれ?」という顔をしている。
 
この後、千里はこれまで使っていたロジックを使うかと思えば別のロジックを使ったりして、シェイトを混乱に陥れる。やがて彼女は、推測は当てにならないと判断したようで、その後は目に見える動きだけを頼りに千里に対抗してきたが、単純な瞬発力では千里にやや及ばない感じであった。
 
それで第4ピリオドの後半でも千里のスリーが炸裂したし、玲央美もソロカイテを圧倒していた。
 
そして残り1:10の所で日本はとうとう70-70の同点に追いついた。
 

リトアニアが攻めて来る。シェイトに千里、ソロカイテに玲央美、そして、ランカイテに王子が付く。
 
リトアニアは普段通りにゆっくりとしたパス回しから、突破できる所を探す。ランカイテがボールをくれ〜という顔をしているので、メイルティーテが彼女にパスする。
 
ランカイテと王子の勝負である。
 
ドリブルしながら右側に軽くステップする。王子がそちらに身体を揺らすが、重心は移動させていない。それでランカイテはそのまま右を突破しようとする。王子が手を伸ばす。わずかに及ばずランカイテが王子を抜いて中に進入する。サクラがフォローに来るが、衝突しながらシュート。
 
成功して72-70.
 
ランカイテが王子に視線をやる。
 
スマイル&スマイルである。
 
しかしこのふたりのスマイルを篠原監督は「まるでジェームズ・ボンドとジョーズが出会い頭お互い笑顔を作るみたいで怖い」などと後で言っていたが、その話が分かったのはアクション映画好きの百合絵だけだったようである。
 
残り50秒。
 

日本は速攻する。ここをゆっくり攻めてしまうと、日本は再度の攻撃機会が無くなるのである。
 
朋美から玲央美につなぎ、玲央美がスリーを撃つ。しかし惜しくも外れる。しかし千里が落ちてきたボールを確保。そのままコート端のスリーポイントラインの外側までドリブルしていく。エンドラインとサイドラインが交わるコーナーの部分である。そしてリトアニア側が戻って来る前に再度スリーを撃つ。
 
この角度からのスリーは、バックボードを利用できないのでダイレクトに入れる必要がある。しかしもとより千里はダイレクトに入れるのが大得意である。
 
これが決まって72-73.
 
逆転!
 
残り41.2秒。
 

リトアニアが慎重に攻め上がる。
 
リトアニアとしては点は取らなければならないものの、日本にあまり時間を残したくない。ひじょうに微妙なところである。
 
王子がさっきランカイテにやられたので、次は負けないぞとばかり、頑張ってランカイテが走り回るのに付いて行っている。それを見てメイルティーテはソロカイテにパスする。
 
ソロカイテと玲央美の対決。
 
ソロカイテが何度かフェイントを入れるものの、玲央美に全く隙が無い感じである。それでソロカイテはドリブルを中止してボールを右手に持ち、シェイトに向かってパスする態勢から・・・・
 
シュートに切り替えた!
 

しかし玲央美はこれを読んでいた。
 
思いっきりジャンプして、このボールを叩く。
 
ボールが転がる。
 
王子とランカイテがほとんど同時にボールに飛びつく。
 
両者譲らない。
 
それで笛が吹かれて、ジャンピングボール・シチュエイションになる。
 
みんなポゼッション・アローを見る。
 
ティップオフでリトアニアが取り、第2ピリオドは日本、第3ピリオドはリトアニア、第4ピリオドは日本がオルタネーティング・ポゼッションによりボールを所持した。
 
この試合ではヘルドボールが一度も起きていなかったので、ポゼッション・アローはリトアニアを指している。
 
それを見て王子が天を仰いだ。
 
リトアニアのスローインで再開されることになるが、リトアニアが継続してボールを所持しているので24秒計はリセットされない。
 
ところが24秒計の残りはわずか2秒である!
 
その残り秒数を見て、今度はランカイテが首を振っている。
 

メイルティーテがスローインしてシェイトにボールを送るが千里は身体を割り込ませてキャッチを妨害する。しかしシェイトが再度千里を押しのけて何とかボールを確保する。
 
この瞬間、24秒計は2秒の所から再度動き出す。
 
千里が執拗にシェイトに近接ディフェンスするのでシェイトはシュートもパスもできない。
 
24秒計が鳴ってしまう。
 
シェイトが脱力するようにして目を瞑り大きく息をついた。
 

結局残り17.2秒で日本ボールとなる。
 
もう24秒計は消えてしまう。
 
朋美がスローインするが、リトアニアが物凄いプレスを掛ける。
 
玲央美の前で執拗にソロカイテが動き回るので千里がシェイトを連れたままヘルプに行く。玲央美の近くで停止する。玲央美が千里の身体を壁にして何とかソロカイテを振り切ると、先攻して走っている王子にパスする。
 
一瞬早くランカイテが飛び出してボールをカットするも、こぼれたボールを素早く朋美が確保する。そのままドリブルでセンターラインを突破。しかしメイルティーテがその前に回り込む。朋美は複雑なフェイントを入れてメイルティーテを抜く・・・・
 
と見せて、真後ろにボールを放り上げる。千里がそれをキャッチするが、シェイトが千里にしっかり食いついている。
 
そのまま王子にパスする。
 
今度は王子も横取りされずにしっかりとキャッチ。ドリブルで侵攻するが、ランカイテが必死で走って王子の前に回り込む。
 
一瞬の気合いの勝負。
 
王子は強引にランカイテを抜いた。
 
そのままレイアップシュートに行く。
 
ジェーマンタウスカイテが走り寄ってきたものの、それより王子のシュートの方が早かった。
 

これが入って72-75.
 
残りは4.8秒。
 
メイルティーテがリトアニア語で何か叫んでいる。みんな走って行っている。5秒ルールの限界ギリギりでボールを遠投する。
 
サクラが一瞬キャッチしたものの、ジェーマンタウスカイテが強引に奪い取る。体勢を崩しながらシェイトにパスしようとしたものの、シェイトは千里にパス筋を塞がれている。
 
やむを得ず倒れながらランカイテにパスする。ランカイテがボールを取ると大股に2歩動いて、スリーポイントラインの外側に出る。
 
王子が猛烈な勢いでランカイテに走り寄る。
 
ランカイテは後ろに迫る王子の足音を聞きながら、片足で踏み切って身体を回転させながらシュートする。
 
直後に試合終了のブザーが鳴る。
 
王子が思いっきりジャンプした。
 

王子の指がわずかにボールに触れた。
 
ボールの軌道が変わる。
 
ボールはバックボードにも当たらず、向こう側へ飛んで行った。
 
ランカイテが苦渋の表情を見せた。が思い直したように王子に手を伸ばす。王子は笑顔で握手する。ランカイテも苦笑気味に笑顔を作った。
 

整列する。
 
「75 to 72 Japan won」
と審判が告げる。
 
お互いに握手したりハグしたりして健闘を称え合った。
 

「最後何とか勝てたね〜」
と百合絵が嬉しそうである。
 
「これで7位かぁ」
「まあ8位より7位が良い」
 
「今回勝ったのは、マリ、ロシア、中国、そして今日のリトアニア。4つ。4勝5敗。フランス、アメリカ、スペイン、オーストラリア、カナダに負けた」
「それで7位はお得な気がする」
 
「フランスはマリ、日本、中国、アルゼンチン、ブラジルと5ヶ国に勝っているのに9位。5勝3敗。ロシア、アメリカ、スペインに負けた」
 
「うーん・・・」
 
「やはり、どこで勝つかが重要なんだね」
「フランスの場合はロシアに8点差で負けたのが響いたんだよね。日本はフランスに1点差負け。負け方が小さかったので二次リーグを生き延びることができた」
 
「8点差なんて僅差の範囲なのに」
 
「得失点1点の差で明暗が別れることもあるからね」
 

この日日本の大阪ではインターハイの準決勝が行われ、東京T高校が愛知J学園を倒し、札幌P高校が岐阜F女子校を倒した。
 
「まあ後輩たちの試合はお互い恨みっこなしで」
と玲央美(P高校出身)は昨日彰恵(F女子校出身)が言っていた台詞を言っていた。彰恵が苦笑していた。
 
「しかしこれで今年のウィンターカップは、北海道と東京は1校多く出られるわけか」
 
「うちの学校は張り切っていると思うよ」
と千里は言う。
「ふだんの年は、札幌P高校に勝ってウィンターカップに出て行くなんて無理だから」
 
「あきらめがいいな」
 
「実際、愛媛・岐阜・愛知・北海道はもう最初から出てくる学校が決まっているからなあ」
と桂華が言う。
 
「福岡もほとんど指定席でしょ?」
「いやK女学園とかS女子校にやられたことが何度かある」
「なるほど。そのあたりがあったか」
 
「しかし福岡は女子高が強いな」
 
福岡C学園も女子高である。
 
「うーん。女子高が強いのは全国的な傾向という気がするよ」
 

この日タイの世界選手権では、日本の試合の後、5位決定戦はカナダ、3位決定戦はオーストラリア、そして決勝戦はアメリカが勝った。この結果、全ての順位が確定した。
 
1.USA 2.ESP 3.AUS 4.RUS 5.CAN 6.CZE 7.JPN 8.LTU 9.FRA 10.BRA 11.ARG 12.CHN 13.KOR 14.TUN 15.MLI 16.THA
 
夕方20:30から表彰式・閉会式が行われる。
 
タイの女子高生たちによる美しい踊りが披露される。
 
「あの中央で踊っているのは元男の子らしいよ。アミさん言ってた」
「へー。凄い美人なのに」
「去年は男の子の身体のまま、全国女子高生ダンスコンクールで優勝して話題になってたって。そのあと性転換手術受けたらしい。そして今年も優勝して2連覇」
「すごーい」
 
「男の子でも女子高生コンクールに出られるんだ?」
「学籍簿上女子だったらしい。性別女の生徒手帳を持ってたから出場を認めたんだって」
「ほほぉ!」
 
彼女たちのパフォーマンスの後、今日最後まで残った8チームの選手・コーチ・アシスタントコーチ・マネージャーが大会のテーマ曲にあわせて行進して入場する。
 
最初に成績が発表される。8位から順に名前を呼ばれ、代表者が出て賞状を受け取ってくる。日本はキャプテンの朋美が出て行き7位の賞状をもらってきた。4位まで賞状をもらった後、3位のオーストラリアは全員が前方に置かれた表彰台の右側に登る。賞状と楯をもらう。2位のスペインが呼ばれて全員表彰台の左側に登る。賞状と楯をもらう。そして最後にアメリカチームが登って特に大きな歓声を受け、賞状をもらった後、FIBA役員のカナダ人女性Nancy Adamsさんの手で優勝トロフィーが渡された。
 
その後、表彰台に登っている全員がメダルを掛けてもらう。金メダルはAdamsさん、銀メダルはタイバスケット協会の会長、銅メダルは同理事さんが、各選手に掛けてあげた。
 
そして『星条旗』の曲が流れる中、アメリカの国旗が掲揚された。
 

このあと、いったん選手たちが元の位置に戻ってから個人表彰が行われる。
 
「Most Valuable Player, Sandy Summit from United States of America」
 
「All-Tournament Team, Sandy Summit (C), Diana Greenwood (PG) from United States of America, Maria Sara Fernandez (PF) from Kingdom of Spain, Laura Hammond (SG) from Commonwealth of Australia,
Irina Petrovna Kuzina from Russian Federation」
 
ベスト5に選ばれた5人が出て行き、各々賞状と記念品をもらっていた。カナダのケイト・クラーク(PF)もかなり良い成績を残しているが、チーム順位が優先されて選ばれたのであろう。
 
各部門のリーダーも発表される。
 
「Scoring Leader, Sandy Summit from United States of America,
Rebounds Leader, Maria Sara Fernandez from Kingdom of Spain,
Assists Leader, Reomi Sato from Japan,
Three point field goals Leader Chisato Murayama from Japan」
 
千里も玲央美もびっくりしたものの、握手して一緒に前に出る。リバウンド女王を取ったフェルナンデスがふたりを認めて笑顔で握手してくれた。ついでに(?)サミットも握手してくれた。フェルナンデスもサミットも力強い手であった。
 
賞状と記念品をもらう。
 
記念品はZepterのボールペンか何かのようであった。
 
玲央美がフェルナンデスに小さな声のスペイン語で話しかける。
「Cual fue el Premio de quinteto ideal?(ベスト5の賞品は何でしたか?)」
「Zepter Reloj de pulsera(ゼプターの腕時計だよ)」
とフェルナンデスが答える。
 
「Que bonito!」
 
Zepterは筆記具、時計、鍋や食器などまで作っている総合製造メーカーである。
 

Nancy Adamsさんのメッセージがあった後、再びテーマ曲が流れる中、選手退場となった。退場後はロビーで各国選手が入り乱れて、握手したりハグしたり、記念写真を撮りあったりする姿が見られた。
 
千里もロシアのクジーナやモロゾヴァ、スペインのフェルナンデスやイグレシアス、リトアニアのシェイトやランカイテと遭遇して、お互いに記念写真を撮り合った。(ただし千里は自分で写真を撮る自信が無いので、全部《きーちゃん》に撮ってもらった)
 

表彰式が終わったのが21時すぎで、ホテルに戻って22時から晩ご飯であった(ほぼ夜食)。それが終わったのが23時くらいだったのだが、サクラや王子が何か話している。そしてサクラがこちらをチラリと見るので寄っていく。
 
「千里、おかまショーって何時頃までやってるかな?」
とサクラが訊く。
 
「なぜ私に訊く!?」
「いや、何となく」
「10時か11時くらいまでじゃない?」
「昼間はやってないよね?」
「夕方から夜までだろうね」
 
「じゃ見られないかなあ」
「そういうのこそ、アミさんに訊いてみよう」
 
「そっかー」
 
日本チームのお世話係のアミさんは監督や代表に挨拶して、今日はもう帰ろうとしていたのだが、それをサクラが呼び止めた。
 
「確か夜中2時くらいまでやってた所があったはずです」
と彼女が言う。
 
それで電話して営業時間を確認してくれたら、確かにそこは2時まで営業しているということであった。ショータイムもあと1回、夜中の0時からあるらしい。
 
「じゃ行きましょう!」
 
なりゆきで千里も付いていくことになる。
 
盗難とかの危険があるので、大金は持たないこと、貴重品は持たないこと、と言われたので、3人は全部百合絵に預けていたが、サクラが物凄い厚さの福沢諭吉さんを預けるので「いくら持って来たの〜!?」と言って呆れていた。
 
アミさん、千里、王子・サクラ・華香の5人でタクシーに乗ってそのお店に向かおうというので、タクシーを呼び、出ようとしていた所で、アミさんに篠原監督が声を掛けた。
 
どうしよう?とアミさんが迷っている様子だったので、千里は
「こちらは私がこの子たちがハメ外しすぎないように見てますから」
と言う。
 
「でしたら、お願いします」
と言い、アミさんはタクシーに千里たちを乗せて運転手に何かタイ語で言った上で、監督の所に行った。
 

それで4人でタクシーに乗ってそのお店に出かける。日本語のできる運転手さんで、お店に入っていく道の所で停め、
 
「そこの通りをまっすぐ入って行って、突き当たりの右側ですから」
と日本語で教えてくれた。
 
「ありがとう!」
「タクシー料金はご覧の通り、61バーツです」
とメーターを指さして言う。
 
「はいはい」
と言ってサクラが料金を払う。
「あ。細かいのが無いから、70バーツで。おつりはいいです」
と言ってサクラは50バーツ札と20バーツ札を出した。
 
「ありがとう!」
と言って運転手さんは受け取った。
 

それで降りて一緒に通りをまっすぐ進み、突き当たり右手を見る。派手な看板もあり、すぐに分かった。
 
日本人観光客も多いようで、フロントの人は日本語もできた。ワンドリンク付き1人600バーツ(1680円)のチケット制ということであった。バーツに両替しすぎてまだたくさんあるというサクラが4人分まとめて払い、後で日本円で精算することにする。
 
席に着いてから千里が訊く。
「いっぱい両替したの?」
「まだ5万バーツ(14万円)くらいある」
「なぜそんなに両替した!?」
 
1バーツは日本円で2.8円なのだが、実際の貨幣価値的には1バーツ10円くらいの感覚がある。
 
「いやあ、おやつ買うのにいるかなあと思って」
とサクラ。
「実は僕もまだ1万バーツある」
と華香。
 
王子は最初から全くお金を持っていなくて、みんなから借りまくっているようだが、誰からいくら借りたかを全然覚えていないようでもある。
 
「これ日本円に戻せるかな?」
「戻せるよ。町の両替所でやってくれる。バーツへの両替はどこでしたの?」
「アミに教えてもらったスーパーリッチって所」
「そこで円への両替もできるよ」
「安心した!」
 

千里たちが席に着いてから7-8分ほどしてちょうどショーが始まった。
 
多数のニューハーフさんたちが出てきて、歌や踊りのショーを繰り広げるが、さすが有名店だけあって、出演しているニューハーフさんたちが美しい!そして歌も上手いし、踊りも上手い。かなり練習していることを思わせた。
 
「この歌は口パク?」
と華香が訊く。
「あの青いドレスの美人さん、それと黄色いドレスのやや微妙な人は生歌。赤いドレスの子と紫のドレスの子は口パクだった」
と千里は言う。
 
「そういうのよく分かりますね」
と王子が感心している。
 
「スピーカー通して聞こえてくる声では区別つかないけど、本人の口元から出ている声で分かるよ」
と千里は言う。
 
「凄い」
「よくそれを聞き取れるね」
 

たまに「落ち担当」の太った人とか、おっさんが無理矢理女物の下着を着けてるようにしか見えない人が出てきて、コミカルな演技で笑いを取ってくれる。
 
ショーは30分ほどで終了した。
 
「いやあ、楽しかった楽しかった」
「きれいな人が多かったね〜」
 
「あんなにきれいになれるんなら、僕も性転換して女の子になってもいいかなあ」
などとサクラは言っている。
「バンコク市内にも性転換手術してくれる病院、たくさんあるよ」
と千里は言っておく。
 

ショーが終わった後は、余韻を楽しみながらソフトドリンクを飲みつつ少しおしゃべりする。ニューハーフさんたちが客席を回ってくるので、千里が目を付けていた青いドレスの美人さんに千里が片言のタイ語で
 
「コーォターイループ・ドゥアイカン・ダイマイカー?」
と訊くと
「写真、いいですよ」
と向こうはきれいな日本語で答えてくれた。
 
それで近くに居た別のシルクハットにショーガール風の衣装のニューハーフさんが華香のカメラで、4人と青いドレスの人が並んでいる所を写真に撮り、次いで、そのニューハーフさんと4人が並んでいる所を青いドレスの人が撮ってくれた。2人に40バーツずつチップを渡した。
 
写真は後でシェアすることにする。
 

1時近くなったので帰ることにする。
 
お店を出て通りを歩き、道路の所に出る。客待ちしているタクシーがあったのでドアをトントンとすると開けてくれた。後部座席に王子・華香・サクラ、助手席に千里が乗り込む。
 
千里が「**** Hotel」と言うと、運転手は頷いて車を出す。4人でさっきのショーのことであれこれ話している内にタクシーはホテルの前に着く。
 
「Thank you. How much?」
とサクラが尋ねた。
 
「Four hundred bahts, sir」
と運転手は言った。
 
ああ、サクラは男と思われたなと千里は思う。
 
いやちょっと待て。400バーツは高すぎないか?と思ったら、隣に座っていた華香が言う。
 
「But there displayed sixty three bahts」
と言って、メーターを指さす。
 
運転手が「オイ!?」みたいな感じの声をあげる。
 
なるほど〜。運転手はメーターを倒さずに料金を言い値でぼったくろうとしたんだなと千里は想像する。後ろで《いんちゃん》がVサインをしている。どうも《いんちゃん》が勝手にメーターを倒してしまったようだ。
 
運転手は首をひねりながらも、
「Sorry, I mistake」
などと言いながら、
「Sixty three bahts, ma'am」
と言い直す。どうも華香は女に見えたようだ。
 
それでサクラがメーター通りの料金を払い、4人はタクシーから降りた。その後、4人でサクラと王子の部屋に入り、1時間くらい残っているおやつと飲み物を片付けながら、おしゃべりした
 

翌8月3日の朝食の席に、サクラ・王子の姿は無かった。おそらく疲れて寝ているのだろう。華香は起きてきていたが、まだ眠そうだった。
 
午前中は玲央美・江美子・彰恵・桂華と誘い合って、ホテル近くのスーパーにお土産を買いに行った。
 
「千里、このあと私たちは元の時間に戻されるんだよね?」
と玲央美が小声で訊く。
 
「そうなると思うよ〜」
「じゃここで買ったお土産は、P高校の宿舎に持ち帰ることになるんだろうか」
「まあそれもいいのでは」
 
5人は「食べ物がいいかね〜」と言い、桂華はエレファント・チョコレート、江美子はルークチュップ、彰恵はコアラのマーチのタイ限定品を買っていた。千里と玲央美はさんざん迷ったあげく、玲央美はタイカレーの缶詰を多数、千里は美人のタイ人女性の絵が印刷されているジュースを多数買った。
 
「それ何のジュース?」
「うーん。タイ語は読めないからなあ」
「女性が書かれているから、女性を粉砕してジュースにしたとか」
「んな馬鹿な!?」
「あるいは飲むと女の子になれるジュースとか」
「そんなの普通のスーパーに売ってないよ、たぶん」
 
「しかし女の子になりたい男の子の多い国だからなあ」
 
「なんだ、裏に英語でも書いてあるよ」
と玲央美が言う。
 
「あ、ほんとだ」
「Peach juice, Mango juice, Passion-fruit juice, Pomegranate juice. "Pomegranate"って何だっけ?」
「ザクロだよ」
 
「ザクロは珍しい」
「ザクロはイソフラボンがたっぶりだから女性的になれるかも」
「まあ含有率高いよね」
 
「しかし、わざわざ重たいものを」
と彰恵が言う。
 
「確かにそうだ!」
と千里は今気づいて言った。
 
「まあ鍛錬だな」
と江美子。
 

スーパーを出ていったんホテルに戻ろうとしていたら、千里に電話が掛かってくる。天津子である。
 
「千里さん、今まだバンコク市内ですか?」
「うん。今日の夜の便で帰るけど」
「だったらお願いできないかなあ。実は忘れ物してしまって」
「あらら」
「先日車の運転をお願いしたメーオさんちに、私、ネックレス忘れてきていて」
「それ高価なもの?」
「祖母の遺品なんですよ。値段は分からないけど、古いものだから売っても二束三文だと思うんですけどね。」
 
「お祖母ちゃんの遺品なら値段と関係無しに大事だよね。分かった。受け取って持って行くよ。どこで会えばいいの?」
 

メーオさんから直接電話させるということであったが、すぐに本人から電話が掛かってくる。ラートプラオ駅で会いたいということであったので、彰恵たちと別れて千里はタクシーに乗った。
 
昨日のことがあったので最初に「メーター倒して」とタイ語で言うと、運転手さんは、やれやれといった感じの仕草をして、ちゃんとメーターを倒してくれた。それで(たぶん)ラートプラオ駅だろうという所に着く。
 
メーオさんとは1度会っているので彼女が近くにいれば波動を見つけきれるはずである。目を瞑ってしばらく付近を「探索」していた。
 
「あ、こっちだ」
と気づいて、そちらに行く。彼女は駅の別の入口の所に立っていた。
 
「サワディ・カー」
と合掌して言うと、向こうも合掌して
「こんにちは」
と言った。
 
「これなんですよ。昇陽先生の忘れ物」
と言って渡されたのは古ぼけた皮の袋に入ったネックレスだが、ずしりと重い。
 
「中を見ていいですか?」
「ええ」
 
それで取り出してみると、大粒の真珠が多数連なっている。
 
「これネックレスというより数珠なのでは?」
「先生は二重(ふたえ)にして首に掛けておられました」
「なるほどー」
 
しかし・・・・これ二束三文どころか、どう見ても500万円はするぞと千里は思った。さすがに小包で送るというわけにはいかないだろう。
 
「ではお預かりしていきます。これ一時輸出証明書とかは無かったんでしょうかね?」
「先生は下着のバッグの中に埋めておいたとおっしゃってました」
「ああ。まあ何とかしましょう」
 
それで受け取って帰ろうとしたら、
 
「これ良かったら御手間賃代わりに」
と言ってビニールの袋を渡される。
 
「ありがとうございます」
と言って千里は笑顔で答えた。
 
が重い!
 
何なんだ!?
 

再びタクシーに乗ってホテルに戻った。むろんしっかりメーターは倒させた。それで中に入って行くと、彰恵たちがスーツを着ている。
 
「どうしたの?」
「あ、千里、間に合って良かった。すぐ代表スーツに着替えて1階のカイムクってレストランに来て」
「OK。すぐ行く」
 
「でも何買ってきたの?」
「いや、もらったんだけど、そういえば何だろう?」
と言ってビニール袋を開けてみると、大量のシンハーの缶ビールが入っている。
 
「彼氏へのプレゼントとか?」
 
「ああ、それでもいいかなあ」
と千里は言った。
 
「自分で飲むんだっけ?」
「私、ビールはあまり飲まないんだよね〜」
「日本酒派?」
「ある人に連れ回されてワインはだいぶ飲んだ」
「ほほぉ」
 
しかし自分でジュース買ったのに、お土産でビールをもらうなんて。重たいものばかりだ!!
 

千里はすぐ自分の部屋に戻り、ビールは部屋に置き、急いで日本代表のスーツに着替える。彰恵たちはお化粧してなかったよなと思い、すっぴんのままで下に降りて行く。ネックレスは部屋に置いておくわけにはいかないので、自分のバッグの中に入れておいた。
 
カイムクと(多分)書かれたレストランに入っていくと、自分と同じスーツを着た集団がいるので、そちらに寄っていく。
 
「済みません。遅くなりました」
「いや、まだ高梁と熊野と中丸が来てない」
「今呼び出してるんだけどね」
 
昼食の席には見慣れない顔があったが、日本の在タイ大使夫妻ということであった。祝福に来てくれたらしい。
 

王子たちが来た所で始める。料理が運び込まれてくる。
 
「美味しい料理を前にお預けを食わせてはいけないので、まずは乾杯」
と大使が言って、(未成年なので)シャンパン代わりのぶどうシュースで乾杯する。このぶどうジュースがなかなか美味しかった。
 
「チームが7位入賞、佐藤さんのアシスト女王、村山さんの3ポイント女王、それに高梁さんは得点数ランキングで3位だったということで、日本の女子バスケットの将来は明るいですね」
 
と笑顔で大使さんが言っていたが、王子は
 
「え?私3位だったの?」
などと言って驚いていた。
 
「結果レポートに載っていて、こちらでは騒いでいたが気づかなかった?」
と百合絵が言っている。
 
「お腹空いて、クララ・ソラと3人で焼きそば買って食べてたもんで」
などと王子は言っていた。
 
大使はわざわざ席を回ってひとりひとりと言葉を交わしていたが、マナーなどは何も知らないものの、元気いっぱいの王子には、大使も
 
「いや君はきっと大物になる」
と褒めて(?)いたし、王子も
「次はメダル獲得ですね」
と張り切って答えていた。
 

午後は希望者だけ市内の観光をしようということで、マイクロバスに乗り、有名どころを回った。早苗は行きたい所があるということで別行動になった。
 
「行きたい所って性転換手術をしてくれる病院?」
「うーん。それもいいかなあ」
 
他の子は付き添いの高田コーチと一緒に、最初王宮に行き、敷地内のワット・プラケオ寺院も見学する。近くのワットポー、ワットアルンまで見てから、バンコク国立博物館を見学する。
 
修学旅行みたいだと桂華が言っていたが、コースを考えた高田コーチもそういうノリだったようである。しかし博物館はタイの歴史を辿る感じで、なかなか見応えがあった。
 
その後、とっても庶民的なデパート“ロビンソン”に入り、ここでお土産を買っていない人はお土産を買っていた。これはスピッツのヒット曲『ロビンソン』の曲名の元となったデパートである。
 
高田コーチの言うには、高級デパートに行ってもいいが、日本のデパートにもあるようなブランドが多いし、何万円もする高級ブランドの服や宝石、シルバーアクセサリーなどを買って帰りそうな顔している子が見当たらないし、ということであった。
 
確かに何だか居心地のいい店だった。
 
午前中にお土産を買っていた千里たちはフードコートで休んでいた。
 
「午前中に行ったスーパーと雰囲気似てるね」
「まあ庶民のお店って感じだね」
 
「高田さんに言われて、そういえばタイって宝石とかシルバーも有名だったことを思い出した」
「高校の同級生がゴールデンウィークにタイ旅行してきて、ルビーとかサファイヤの宝石とかシルバーアクセサリーとか大量に買ってきたと言ってた。何か日本で買うのの3分の1の値段で買えたって」
と彰恵が言っている。
 
「縁の無い話だ」
と江美子。
 
「今回のメンツには確かにお嬢様っぽい人がいないよね」
「メイが残っていたら、あの子はわりとお嬢様。お父さんは上場会社の部長さん」
「おお、セレブだ」
 
「私は特待生にしてもらえなかったら、そもそも高校進学できなかったんだよ。お父ちゃんが中学卒業直前に失業しちゃってさ」
と千里が言うと
 
「ああ、私も似たようなもんだ」
と桂華が言っている。
 
「サクラの家が凄い貧乏だから、うちは貧乏なんて言えないけど、同級生たちのファッションとか旅行とかの話にはついて行けんと思ってた」
と桂華は言う。
 
「まあ私も高校行くなら公立と言われていたんだけど、私、公立に合格するような頭が無かったから、特待生で入れるという話に飛びついたんだよね」
と江美子。
 
「貧乏自慢なら私もできる気がする」
と彰恵も言っている。
 
「やめようよ〜、そういう暗い話は」
 
と玲央美が言っているが、彼女もそんなに裕福な家ではない。彼女がバスケットを続けられたのは、年の離れたお兄さんが自分は1Kで暮らしながら、頑張って学資を提供してくれていたおかげである。
 

話しながら、千里はバッグの中から鈴を4つ取り出した。ひとつは金色の鈴、あと3個は水色の鈴である。
 
「なんかたくさん鈴がある」
「全部預かり物なんだよね。適切な人に渡してくれと言われたものの、現時点では全く行き先が分からない」
 
「誰から頼まれたの?」
「金色の鈴はタイで預かったもので、ある部族の王様」
「へー」
「水色の鈴は沖縄で預かったもので、ある高貴な女性」
「沖縄に行ったんだ?」
 
「それってどちらも人間じゃ無いよね?」
と玲央美が言う。
「まあ、想像に任せる」
「人間じゃないって何だろう?」
「あまり想像しない方がいいよー」
 
千里がその水色の鈴をもらったのは元の時間の流れで7月23日夕方、那覇の波上宮である。金色の鈴は今の時間の流れの中で、8月1日の夜中である。物理的な時間ではほんの10日もしない内に続けてもらったことになるが、実際には半年近い時の経過がある。千里はこの水色の鈴を誰に渡せばいいのか、全く見当が付かずに半ば放置していたのだが、この金色の鈴を受け取ったことで、どちらも行き先が定まるような気がした。
 

彰恵が鈴を鳴らしてみる。
 
「金色の鈴は本当に身体の細胞が活性化するような感覚がある。水色の鈴は何かいいアイデアが浮かんできそうな気がする」
 
「ああ、そんな感じかも。金色の鈴はもしかしたらスポーツ選手あるいは霊能者、水色の鈴は芸術家のような気がしているんだよね」
 
「なんかその鈴、金色の鈴と水色の鈴がお互いに影響しあっている気がするね」
と玲央美が言う。
 
「うん。金色の鈴の活性効果で水色の鈴がパワーアップしている気がするし、水色の鈴の感応効果で金色の鈴は自らの作用するチャンネルを拡大している気がする」
と江美子も言う。
 
「しばらく両者を一緒にしておくことで、どちらも良くなる」
「じゃ、取り敢えず一緒に入れておくか。でも誰に渡せばいいんだろう」
 

「よし。私が占ってあげよう」
 
と江美子が言い出し、タロットを取り出した。
 
「そのデッキは初めて見た」
「昨日会場近くの雑貨屋さんで買った」
「へー!」
 
タロットはタイの風物を絵に描き込んであり、カードのタイトルがタイ語で書かれているが、アラビア数字も入っているので、タイ語が読めなくても何のカードかは分かる。
 
「金色の鈴は、女司祭。誰か占い師とか霊能者だよ」
「やはり」
「女性?」
と彰恵が訊く。
「まあ男でも女装していたらOK」
「ふむふむ」
 
江美子はもう1枚カードを引く。カップの6である。
「まだ子供だね。小学生くらいかな」
 
「小学生で占い師か霊能者って、天才的な人だよね」
「だと思う」
 
千里は一瞬天津子のことを考えたのだが、天津子は中学生である。恐らくは江美子の言うように小学生というのが正しいと思った。それに天津子に渡すべきものであったら、千里はこの鈴をもらった時に、その瞬間天津子の顔が浮かんだと思うのである。それが無かったということは恐らく未知の人物だ。
 
「水色の鈴は愚者。これたぶん性転換者だと思う」
「ほほぉ!」
「聖杯の4。音楽家かダンサーだね」
「じゃアイドルみたいな?」
と彰恵が言う。
 
「性転換したアイドルなんているっけ?」
「それローズ+リリーのケイでは?」
「おぉぉぉ!!」
 
「あの子結局性転換したんだっけ?」
「ローズ+リリーが復帰してもいいはずなのにずっと休んでいるのはケイが性転換手術を受けてその後身体を休めているからだって、もっぱらの噂だよね」
「いや、そもそもあの子はデビュー前に性転換していたのではという噂もある」
 
「ふーん。。。。じゃケイに会ったら渡そうかな」
「ケイと知り合い?」
「直接は知らないけど、ある人を通じてつながっている」
「へー!」
 
「つながっているのなら、性転換したかどうかも知ってる?」
「そのケイとの共通の知人は、あの子は中学生の内に性転換したのではと言っていたけど、その人、私も中学生の内に性転換したと思い込んでいるみたいだから、あまり当てにならない」
と千里は言ったが
 
「それ千里については事実だと思うが」
と玲央美に言われた。
 

千里はそういえば高2のインターハイで唐津に行った時、ケイが携帯に付けていたストラップの鈴が外れて千里のバッグに飛び込んでいたのも預かっていたなというのを思い出した。でもあの鈴、どこ行ったっけ??
 
「水色の鈴のもうひとつは聖杯のA。何か泉か小川に関連した人」
 
千里は1つめの鈴がケイというので、2番目の鈴が泉なら、それはKARIONの絹川和泉なのではという気がした。だったら1つ目の鈴もケイというより水沢歌月に渡すべきものなのかも知れない。
 
「棒の10。森にも関わっている人」
 
やはり森之和泉で良いようだ。
 
 
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【娘たちのタイ紀行】(6)