【娘たちのエンブリオ】(1)

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本来、人間の卵子(ovum)と精子(sperm)の出会いは卵管(oviduct)内で起きる。これは卵子がゆっくりと卵巣(ovary)から子宮(uterus)へ移動している最中に精子がやってきて受精する場合(排卵後性交)と、精子が先に待っていて、そこに卵子が到着(性交後排卵)して受精するパターンがある。人工授精の場合は、今にも排卵が起きようとしているタイミングで精液を人工的に注入する。
 
いづれにしても、卵子と精子が出会って受精(fertilization)が起きると、受精卵(zygote ザイゴート)となり、これが卵割(cleavage)しながら、やがて子宮に辿り付き着床(implantation)して胚芽(胎芽 embryo エンブリオ)となる。
 
体外受精の場合は、卵管の中で起きていることをシャーレの中で行い、それを直接子宮内に投入して着床を試みるのである。
 
これが順調に育って行くと、だいたい受精から9週目(妊娠11週)付近で生物としての基本的な活動を始め、この段階以降を胎児(fetus フィータス)と呼ぶ。胎芽の時期は、まだただの細胞であり、胎児になって初めて生命と言える。赤ちゃんに魂が宿るのはいつなのかについては幾つかの説があるが、妊娠12週、つまり胎芽ではなく胎児と呼ばれるようになる時がその時期という説もある。
 
日本の法律や医療制度では胎芽の時期、11週目までの流産は「初期流産」、それ以降は「後期流産」、22週以降は「死産」として区別される。また22週以降は中絶も禁止される。戸籍法では「後期流産」も死産に含められ、12週以降の流産は死産届の提出が必要である。また健康保険の出産育児一時金の対象にもなる。なお死産届を出しても戸籍には記載されないので、未婚女子も心配しなくてよい。届を期限内に出さなかった場合は最悪、過料が科せられることもある。
 

2014年10月12日(日).
 
この日龍虎はデビュー曲、デビュー番組、そしてデビュードラマの件で打合せたいと言われて、雨宮三森と一緒に新宿区信濃町の§§プロの事務所に来ていた。
 
この日龍虎は最初上島雷太と一緒に来る予定だったのだが、それで自宅を出て、上島宅に寄ったら、上島に急用が入り、それでたまたま居合わせた雨宮が
「だったら私が代わりに同行するよ」
と言ったのである。
 
龍虎はこの時、とっても嫌な予感がした。
 

「それでデビューCDに関しては、1曲は上島先生にお願いして、1曲はゆきみすず先生にお願いしようかと思っておりまして」
と紅川は説明する。
 
「ゆきみすずが詩を書いて、曲は誰?」
「すずくりこ先生にお願いしようと思ったのですが、枠が空かないらしいのですよ」
「まあ、あの人は年間10曲も書かないからね」
 
すずくりこは「耳が聞こえない作曲家」である。耳が聞こえないのに作曲ができるのが凄いのだが、やはりどうしても生産能力に限界がある。彼女はピアノやギターを弾きながらメロディーを見つける、などといったことができない。
 
「それで結局東郷誠一先生にお願いすることにしました」
「東郷誠一ね〜」
と言って笑っている。
 
「それ私が直接、ゆきみすずと東郷誠一の中の人に話すから。その方が速いでしょ」
と雨宮。
「分かりました。ではそれでお願いします」
 
“ゆきみすずブランド”の主な作詞家、“東郷ブランド”の主な作曲家は勝手に書いてゆきみすず・東郷誠一の名前で自分の作品を発表していいことになっている。“真の作者”を管理しているデータベースにもアクセスできるアカウントを所持しており、所定のマージンをゆき・東郷に払うだけで済む。
 
そういう訳で結局この曲は蓮菜と千里のペアが書くことになったのである。その結果歌謡史に残る珍曲!『nurses run』が生まれることになった。これは雨宮先生の功績である。
 

ドラマについては春から放送される『ときめき病院物語』というほのぼのドラマで院長の息子役をさせる予定だと言った。§§プロの先輩になる神田ひとみが姉でアクアが弟という設定である。
 
「弟というのは詰まらない。妹にしよう。神田ひとみと姉妹でいいじゃん」
などと雨宮が言う。
「妹というのは勘弁して下さい」
と龍虎。
 
「雨宮先生、一応、彼は男の子タレントなので。それにこちらが女の子だと、相手役の女の子との恋愛要素を描写できないので」
 
と紅川はやんわりと釘を刺し、雨宮も無理は言わなかった。
 
ドラマが4月放送開始、CDはだいたい2月か3月くらいに発売することにして1月のお正月番組でアクアを露出させたいと紅川社長は言った。
 
「よし。それならこういう企画をやろう」
と言って雨宮は『性転の伝説』という企画を提示した。男性タレント10人程度を女装させて美を競うという番組である。むろん優勝はアクアである。
 
「勘弁して下さい」
と龍虎が言っている。
 
「あのぉ、男の子なので、女装させて美を競うというのは・・・」
と紅川も言うが、
 
「男だから女装できるのよ。女の子タレントなら女装させられないでしょ?」
「それは確かにそうかも知れませんが」
 
この件は結局、上島さんの意向も確認して、という話にした。
 
他にもいろいろ打合せをしていたのだが、放送局から急な連絡が入り、紅川さんはその対応に追われることになる。その間に、偶然こちらに寄っていた秋風コスモスがふたりとおしゃべりしていた。コスモスはロックギャルコンテストの審査員もしていたので、関東ブロック予選、最終予選と龍虎を見ていた。
 
「へー。アクアって名前になったのか。うちの事務所から苗字の無い芸名でのデビューは、昔居たスーザンさん以来だね」
などとコスモスは言っている。
 
「でもあの子は売れなかった」
と雨宮先生。
「知らない人もいるみたい。短期間の活動でしたから」
「妊娠して契約違反で首になったんだったっけ?」
「契約違反というより結婚して産みたいからということで契約解除ですね。年度途中での解約だったから違約金を彼氏が払ったんだったと思います」
「ああ、結局違約金払ったんだ?」
「社長が激怒していたのを春風アルトさんがなだめてくれて、違約金も本来の額の10分の1にしてもらったんですよ。彼女のするはずだった仕事は私と初代・川崎ゆりこさん、現・川崎ゆりこの3人でカバーしました」
 
「初代川崎ゆりこねぇ。まあアルトちゃんから言われたら聞かざるを得ない」
「アクアちゃんは妊娠しないように気をつけてね。彼氏ができてセックスしようという雰囲気になった時も確実に避妊具を付けさせなきゃダメだよ」
とコスモスは言っている。すると龍虎は恥ずかしそうに
 
「ボク、妊娠はしないと思います」
と言う。
「それが危ない。妊娠って、まさかしないだろうと思っている時にするから」
とコスモスは言っている。
「でもボク子宮とか無いし」
「え?子宮が無いって、まさか病気か何かで取っちゃったの?」
「いえ。ボク、男の子なので」
「うっそー!?」
 
コスモスは龍虎の性別は全く聞いていなかったようであった。
 
「じゃ、女の子になりたい男の子?」
「女の子にはなりたくないですー。ボク普通の男の子です」
「普通の男の子がなぜスカート穿いてる」
「出がけにアルトお姉さんに穿かされちゃったんです」
 
「まあ、この子を見たら誰でもスカート穿かせたくなるよね」
と雨宮先生は言っていた。
 

紅川社長は結局、放送局に行って打ち合わせしなければならなくなったようである。
 
「雨宮先生、申し訳無い。この続きは明日打合せさせてもらえませんか?」
「いいよ。じゃ明日のお昼くらいから?」
「その方が安全かも」
「じゃ帰るか」
と言ったものの、龍虎は熊谷まで帰る終電がもう出てしまっているようである。
 
「龍虎、私の家に泊まる?」
と雨宮先生が言うが
「ダメです」
と紅川社長。
「ああ、アクアちゃんの貞操が危ない」
とコスモスも言っている。
 
「アクアちゃん、私のマンションに来る?」
とコスモスが言ったが
「男の子をコスモスちゃんのマンションに泊めてはだめ」
と紅川社長。紅川さんも大変である。
 
「だったら、社長のおうちではどうでしょう?隣の研修所には空き部屋もあるし」
とコスモスは提案した。
 
「そうするか。うちのに電話しておく。コスモスちゃん、悪いけど、彼を研修所までタクシーで送っていってくれない?」
「私、自分の車で来たので、それで送っていっていいですか?」
「ああ。それでもいいけど、安全運転でね」
「はい」
 

それでコスモスは駐車場までアクアを連れて行き、自分のロードスターに乗せる。
 
「この車かっこいい!」
とアクアは喜んでいた。
 
それでコスモスの運転で龍虎は足立区の研修所(≒紅川社長の自宅)まで行ったのである。社長の奥さん・知世子さんが迎えてくれた。
 
「わあ、可愛い。新人さん?頑張ってね」
と言い、
「この部屋を使ってね」
と言って2階の空き部屋を案内してくれた。
 
「トイレはあっちの端。お風呂は1階だから。台所のドリンクサーバーは自由に飲んでいいからね」
「ありがとうございます」
「急に泊まることになって下着も持っていなかったでしょ?これ使って。パジャマは洗濯したものだけど、下着は新品だから。急に泊まることになる子が時々いるから、いつも用意しているのよ」
 
と言って、奥さんはパンティとブラのセットにシンプルなピンクのパジャマ、それにバスタオルとフェイスタオルも渡してくれた。
 
「ありがとうございます」
と言って受け取る。下着が女の子用なのは今更だなと龍虎は思った。
 

龍虎は部屋で寝転がって、しばし彩佳とLINEでやりとりをしていた。しかしお風呂行っておこうかなと思い、タオルと替えの下着を持ち、お風呂に行くことにする。1階に降りると浴室はすぐ見つかった。誰も入っていないようである。脱衣場で服を脱いでフェイスタオルだけ持ち浴室に入る。
 
髪を洗い身体を洗うと気持ちいい。それで浴槽に入り、しばらくボーっとしていたら、眠りそうになったので慌ててあがることにする。その時、脱衣場に誰か入って来た。
 
この時、龍虎は“なーんにも考えていなかった”。
 
脱衣場から女の子2人の声がするのでギョッとする。
 
嘘!?ここ女湯だっけ?と焦る。
 
ところが脱衣場に入って来た女の子2人の内1人は
「あ、しまった。着換え持って来てないや」
と言って出ていって、1人だけが残ったようである。
 
龍虎はその1人が服を脱ぎ出す前に出た方がいいと判断した。
 
それで浴室から出て脱衣場に行く。凄く背の高い女の子がいた。彼女はまだ上着を脱いだだけでカットソーとスカートという格好である。
 
「あ、こんばんは」
と彼女が笑顔で言う。
「こんばんは。すみません。すぐ上がりますね」
と龍虎は言う。
 
「あら。ゆっくり入っていれば良かったのに。研修生さんですか?」
「いえ。研修生ではないのですが、デビューの件で打ち合わせていたら遅くなったので、ここに泊まっていきなさいと言われて」
 
などと言いながら龍虎は手早く身体をバスタオルで拭いた。その間に向こうはスカートを脱ぎ、カットソーのボタンを外し始めた。
 
「あら。あなたも近い内にデビューするんだ?いつ頃?私は今月下旬から活動する予定の新人で、フレッシュガールコンテスト2014に選ばれた品川ありさと言います」
 
「わっ。フレッシュガールさんでしたか。私は、ロックギャルコンテストで優勝して11月から活動開始する予定のアクアと申します。テレビに露出するのは1月以降なのですが」
 
「わあ、あなたがロックギャルコンテストの優勝者!さっきまで初代ロックギャルになった、高崎ひろかちゃんと話していたんですよ」
 
ああ、さっき一緒に入って来て着換えを取りに行ったのがその子、柴田邦江ちゃんか。高崎ひろかという名前になったのか、などと思いながら龍虎は素早くパンティを穿き、ブラジャーも着けた。つまり龍虎は品川ありさにフルヌードを見られてしまった。でもそれは実用上?問題無い。
 
「でもひろかちゃんと話していたけど、本当に凄い美少女。小学6年生?」
「いえ。中学1年生ですけど、私、小さい頃、病気したから成長が遅いんですよ」
「ああ。それで。おっぱい小さいなと思って。あ、ごめん」
「いえ。全然気にしてませんから」
 
そんな話をしている内に龍虎はスカートを穿き、Tシャツとボロシャツも着てしまう。
 
「でも病気で成長が遅れていただけなら、きっとすぐにおっぱい大きくなるよ」
「そうですね。あ、すみません。じゃ私寝ますので、ゆっくり入っていて下さい」
「うん。また話す機会あるよね?」
「はい。たぶん」
 
それで龍虎は下着姿のありさと握手をして脱衣場を出た。そこにちょうど着換えを取ってきた高崎ひろか(柴田邦江)が居た。
 
「あ、こんばんは」
「こんばんは!あなたも研修受けに来たの?」
「いえ。打合せで遅くなったので、ここに泊まりに来ただけなんですよ。そうだ。柴田さんもデビューすることになったんですね。おめでとうございます」
「ううん。何か田代さんが失格しちゃったからと聞いて、それならチャンスだしと思って契約したんですよ。でも田代さん、何で失格したんですか?」
 
「えっと、それはまた今度詳しく」
「うん。じゃお互い頑張ろう」
「はい」
 
それで龍虎は高崎ひろかとも握手して、部屋に戻ったのである。
 
品川ありさと高崎ひろかがアクアの性別を知るのはもう少し後になる。
 

10月11日から13日までは伊香保温泉でXROADの集まりをした。千里は朝からミラを出して桃香を拾い高崎まで走って、ついでに門田達磨製作所に寄り、今月分の手作り達磨割当て分を受け取った。
 
「村山さん。相談があるんだけど」
と若社長が言う。
「はい?」
 
「実は今手作り達磨を納入しているお店のひとつが年内に廃業するんだよ。土産物店で老夫婦がやっているけど体力的に辛いと言うことで」
「あら」
 
「今そこに月30体卸しているんだけど、その枠をそちらで引き受けてくれたりしない?」
「歓迎です。先月も半月で売り切れになってしまったんですよ」
「じゃ12月納品分から合計50体ということで」
「はい。よろしくお願いします」
「それと、もしそのお店で最終的に売れ残ってしまった場合、それも引き取ってもらえたら助かるんだけど。仕入れ値1割引で」
 
「それも嬉しいです。お正月は参拝客も増えるだろうし。量産品も合わせて引き取りに来ますよ」
 

その後、高崎駅で、はくたか+新幹線で出てきた青葉を拾った。青葉はお友だちのヒロミちゃんという子を連れていた。彼女は女装女子高生ということだったのだが、この子に、おちんちんが付いているか付いていないかを調べて欲しいという話だった。彼女の性器はひじょうに曖昧な状態になっているらしい。
 
青葉は自分が近くに居ると正確な状態が分からないからと言っていたので、結局冬子のお友だちの医学生・奈緒ちゃんが彼女とふたりで草津温泉まで行き、そこで調べた結果、彼女は寝ている間は男で、起きている間は女であるという結論に達した。
 
彼女がこのまま男性と結婚したら、初夜で相手が仰天するだろう。
 
どうも青葉の“おいた”の犠牲者のようである。
 
「これどうしたらいいんだろう?」
「男の子とセックスしている最中に眠ってしまうと、男の子のペニスごとヴァギナが消失したりして」
「なんてホラーな」
 
「寝ている間に性転換手術しちゃえばいいと思う」
「ほほお」
「だって寝ている間に女で起きている間に男だったら、起きている間でないと性転換手術できないけど」
「それは辛すぎる」
「寝ている間に男なのだから、その状態で性転換手術しちゃえば問題無い」
「なるほどー!」
 
「ただどうもヒロミちゃんは起きている間は子宮や卵巣もあるっぽい」
「へ!?」
 
「だから寝ている間に性転換手術した場合、起きている間は完全な女で、寝ている間は性転換して女になった元男という状態に」
 
「実用上は問題無い気がする」
「それで妊娠した場合はどうなるんだろう?」
「うーん。。。」
「出産するまで10ヶ月間ずっと起きていればいいんじゃない?」
「無茶な!」
 
この問題は1年半後に、奈良の《円》様の“余計な親切”で救済されることになる。
 

2014年10月10-17日。
 
旭川N高校の福井英美も参加しているU18日本代表はヨルダンのアンマンでU-18アジア女子バスケットボール選手権大会に出場した。予選リーグで日本はタイ、韓国、インド、台湾に勝ったものの中国に敗れて2位で決勝トーナメントに進出する。そして準決勝で韓国に勝ったものの、決勝で再び中国に敗れて2位で大会を終えた。
 
福井英美はこの大会で中国の強力なセンター陣を抑えてリバウンド女王に輝いた。
 
3位以上が来年のU19世界選手権に出場する“権利”を獲得するので、中国・日本・韓国の3ヶ国がこの権利を得た。
 
千里は福井英美に電話をして「おめでとう」と言ったが、彼女は「中国に試合で負けたのが悔しいけど、来年、世界のレベルと戦うのが楽しみです」と言っていた。
 

2014年10月18-21日(土日月火).
 
長崎県の大村市体育文化センターで国体バスケット競技が行われた。
 
18日の1回戦は関東ブロック予選で優勝した千葉代表は不戦勝、2位だった東京は地元代表長崎と試合し、大勝した。長崎代表は優勝すべく2年前にチームを結成して練習を重ねてきたスペシャルチームだったが、プロ上位の実力を持つジョイフルゴールド・40 minutesのメンバーで構成された東京代表には全く歯が立たず、まさかの1回戦敗退となった。
 
19日の準々決勝、20日の準決勝も東京代表・千葉代表は各々勝利する。そして21日には東京代表と千葉代表で決勝戦が行われた。
 
今回も激しい戦いになったものの、関東ブロック予選で負けて以来、たくさん練習してきたジョイフルゴールド・40 minutes合同チームは、あの時突かれた弱点も克服しており、最終的には10点差で千葉選抜に勝利。優勝を掴んだ。
 
しかし最後まで息の抜けない厳しいゲームであった。
 

2014年10月15日(水).
 
スペインで今季のLFBの試合が始まった。初戦で千里はスターターではなかったものの、第1ピリオド後半、第2ピリオド前半、第3ピリオド全部と第4ピリオド後半、全部で28分出場し、スリー5本とバスケットカウント1本、フリースロー(3)2回で合計22点を稼ぎ、チームの勝利に大いに貢献した。
 
スペインでの試合は夕方19時からで、これは日本の深夜2時に相当する。
 

スペインでの試合を終えてから日本の市川に転送してもらった千里は朝一番の新幹線で博多に入った。16-17日の2日間、ローズ+リリーの『光る情熱』の音源製作に参加したのである。この演奏に博多に住む冬子の従姉たちに参加してもらうので福岡市で録音を行った。
 
17日の最終便で羽田に戻る。それで冬子たちと別れて、今日は千葉の桃香のアパートに戻ろうかと思い、念のため電話してみると桃香が
 
「済まない。今日はちょっとふさがっているから、千里彼氏の所ででも寝てくれない?」
などと言う。
 
千里は少し考えてから冬子に言った。
 
「ねぇ。今夜そちらに泊めてもらえない?」
「いいけど」
 
それでその日は冬子のマンションに泊めてもらった。
 

“彼”はワクワクしていた。
 
「とうとうこれを使う日が来たかも」
 
と言って6年前に密かに細胞を採取して万能細胞に変え、“倍速”で育ててきたビーカーの中の器官をわくわくして見た。
 

10月18日(土)朝、冬子のマンションで珍しく早起きした政子と、冬子・千里が一緒に朝御飯を食べていたら、携帯を見ていた政子が
 
「嘘!?」
と声をあげる。
 
「どうしたの?」
「XANFUSの音羽、卒業だって」
「え〜〜〜!?」
 

それで情報を集めようとあちこち連絡してみるものの、状況はさっぱり分からなかった。そうこうしていた時、冬子のマンションに桃香が来訪したのだが、織絵(音羽)を連れているので、みんなびっくりする。
 
「桃香が冬子と知り合いだったなんて全く知らなかった」と織絵。
「織絵って桃香と知り合いだったの?」と冬子。
「織絵が歌手してるなんて全く知らなかった」と桃香。
 
話を聞いてみると、織絵は桃香と同じ高校に通っていたが、XANFUSに参加しないかと誘われ、東京の高校に転校して加入したらしい。桃香は洋楽しか聴かないので日本国内の音楽には疎く、それで織絵がXANFUSをしていることを知らなかった。
 
それで今回の件だが、事務所の発表では「音楽の勉強をするため卒業」とされていたが、実際には織絵と美来(光帆)が事実上の結婚状態にあることを、契約書で恋愛・結婚を禁止している条項に反しているとして、新社長の悠木氏から解雇されてしまったというのが実際の所らしい。
 
「社長は、私と美来の関係は、どちらが仕掛けたものなのか調べたみたいなんだよ」
と織絵は言った。
 
「私の高岡時代の友人が、私の昔の恋愛について興信所の人が聞きに来たと言っていた。彼女は知らないと言ってくれたんだけど、かなり調べ回ったみたい。それで、私にはレスビアンの過去があり、美来にはそれが無いことが分かったんだと思う。それで私が解雇されたんだと思う」
 
桃香もその織絵の昔の恋人のひとりで、昨日織絵がふらふらと歩いている所に桃香が遭遇し、その様子が異常だったので、桃香は織絵を保護し、昨夜は千葉のアパートに泊めたということのようである。それで今日、冬子に相談してみようと言って、連れてきたのだという。
 

織絵は取り敢えず戻る場所が無いと言った。
 
池袋のマンションの鍵は取り上げられた。スマホも取り上げられたので、美来とも連絡が取れない。昨夜桃香のスマホを借りて実家の母に連絡したら、高岡に戻っておいでと言われたらしい。
 
「それがいいかも。東京にいたら記者が殺到するよ」
「いや、高岡に戻っても記者が殺到する」
「確かに」
「どこか外国にでも行く?」
「まるで犯罪者みたいだ」
 
その時、千里が言った。
「札幌にでも行く?」
「札幌?」
 
「私の妹がアパートでひとり暮らししているんだよ。彼氏も居ない。XANFUSとは何も接点が無いから、しばらくはバレないと思う。あの子ミーハーだからXANFUSの音羽ちゃんが来ると聞いたら熱烈歓迎するよ」
 
「そういう子だったらいいかなあ」
「じゃ電話してみる」
 
それで千里が電話すると、玲羅は物凄く喜び、直接織絵とも話させると、ずっと居てくれてもいいと向こうは言っている。それで織絵を札幌に連れていくことになった。
 

それで飛行機を予約しようとしていた時、冬子のマンションに来訪者がある。ドリームボーイズの蔵田孝治だ。
 
「ジンギスカンでも食べに行かないか?」
と言う。
「行きます!」
と政子が即答する。
 
「ああ、君は行くと言うと思った」
 
「それひょっとして札幌まで行くんですか?」
「札幌の近くなんだけど、滝川という所なんだよ」
 
結局、その場に居た5人の内、桃香以外の4人、冬子・政子・千里・織絵が蔵田の北海道行きに同行することになった。
 

「何時の便に乗るんですか?」
「知り合いがプライベートジェットを持っていて、それに乗る。16時に調布飛行場の飛行許可を取っている」
「だったら急がなきゃ!」
 
ということで、冬子と政子が大急ぎで荷物をまとめていたのだが、そこにまた来訪者がある。龍虎であった。
 
「龍虎ちゃん、どうしたの?」
「上島のおじさんからお使いできたんですが」
「だったら、君も一緒に来る?土日は学校休みだよね?」
 
それで桃香にマンションの鍵を渡して戸締まりを頼み、冬子・政子・千里・織絵・蔵田・龍虎の6人は慌ただしくマンションを飛び出し、下でエンジンを掛けたまま待機していた(蔵田の妻の)樹梨菜のプレマシーに飛び乗った。樹梨菜は蔵田が冬子を呼んでくるといって上がっていったのに多人数で戻ってきたので、びっくりしていた。
 

樹梨菜の運転する車は30分ほどで調布飛行場に着いた。駐機しているGulfstream G650に乗り込む。
 
「あら、また一緒かな」
と笑顔で迎えてくれたのは、江藤愛来さんである。先日冬子がKARION公演のあった沖縄からローズ+リリー公演のある大宮まで2時間半で移動した時、那覇空港から調布まで、彼女の夫が所有するこのG650に乗せてもらったのである。
 
「今回の乗客は?」
と江藤さん。
 
「この7人なんですが、いいですか?」
と蔵田さん。
 
「蔵田先生以外はみな女性ね。OKですよ。蔵田先生も女性には興味無いでしょうし」
 
この飛行機は基本的に女性専用なので、男性を乗せる場合は女装してもらうらしい。飛行機の所有者本人である江藤さんの夫も、これに搭乗する時はスカートを穿かされるらしい!
 
「ちなみに去勢が必要そうだったら、去勢具も用意していますから」
などと江藤さんは言っている。牛用らしいが!?
 
今回の乗客には、普通の人が見たら男性に見える樹梨菜が入っているが、江藤さんは蔵田とは旧知なので、樹梨菜が女性であることを知っている。
 
ちなみに龍虎は江藤さんにも女子に見えたようである!
 
G650は江藤、パイロットの森村、そして千里たち7人の合計9人を乗せて調布飛行場を飛び立った。
 
飛行機内部のラウンジ席でワインやサイダーを開けて歓談していたのだが、どうも話が「大人の世界」に入って行く。中学生には教育に良くないので冬子は千里・龍虎と一緒に前の方の座席に行き、龍虎が持って来た用事を聞くことにした。
 

それで千里が副操縦士席(機長席の右)、龍虎をその後ろの席、冬子は更にその後ろに座った。千里が確かめるかのように計器を見て頷いたりしていたので機長の森村さんが
 
「村山さんでしたっけ?コーパイ席に座られたことあります?」
と訊いた。
 
「550とあまり変わらないなと思って」
などと千里が言う。
 
「ええ。G650はG550の改良型なので」
 
「翼のスイープ(後退角度)がG550より大きいですよね?」
「そうなんです。G550は27度ですが、G650は36度もあるんですよ。だから浮力が大きいから結構感覚が違いますよ」
 
「機体のサイズも結構大きくなっていますよね?」
「外形では長さ3ft 4in, 幅 4ft 1in 広いですが高さは6in低いです。但し、キャビンサイズは長さで約3ft, 幅で約1ft, 高さで約3in広いです」
「それはこの機体が楕円形だからですよね?」
「そうなんですよ。設計時にかなり揉めたんですが、デザイナーが頑張ったんです」
「本当は円形の方が空圧に強いでしょうからね」
 
「そうなんですよね。あと重要なのは、小型機ではひじょうに珍しいフライ・バイ・ワイヤを採用していることですね。結果的には女性のパイロットにも飛ばしやすいと思います」
 
森村と千里はしばらく専門用語も交えてG650について話していた。
 

龍虎が企画書のコピーを冬子と千里に1枚ずつ渡すが、冬子も千里も吹き出した。
 
『性転の伝説Special』という番組企画で、男性のタレントさんを10人か20人ほど女装させて美しさを競うという何ともレトロな企画である。実は先週雨宮三森が紅川社長に提案したものだが、それにΛΛテレビの武者プロデューサーが乗ってきたのである。この企画書も武者さんの署名がある。
 
「出演依頼予定者が、Wooden Fourの本騨真樹、ハイライトセブンスターズのヒロシ、レインボウ・フルート・バンズのキャロル、ハルラノの慎也(優勝予定)、ローズクォーツのヤス?」
 
「ハルラノの慎也が優勝予定なのか!?」
「ジョークがきついなあ」
 
「それで龍虎も女装させられちゃうんだ!」
「ボク、女装なんて嫌なのに」
 
と龍虎が言うと、千里が笑い転げている。
 
「まあ芸能界って、可愛い男の子見たら女装させちゃう所だよ」
と冬子は言っていた。
 
しかし今日龍虎が着ている服は、どう見ても女物である!
 
千里も冬子も後で上島先生に所に行ってみると言っていた。
 

調布から丘珠への所要時間は1時間半ほどである。
 
「もう少ししたら降下し始めますので、席に戻って下さい」
と森村さんが言うので、全員元の席に戻る。離陸時にコーパイ席に座っていた織絵もラウンジから戻ってくるので、コーパイ席に座って冬子・龍虎と話していた千里が席を立ち、龍虎も席を立って、結局龍虎は冬子の隣、千里はコーパイ席の後ろの席に座った。
 
そして丘珠空港まであと20分くらいという時
 
「あ!」
と森村さんが声を揚げ、飛行機が突然進路を変えた。ゴツッという大きな音もした。
 
床が大きく傾き、加速度が掛かって悲鳴もあがる。しかし機はすぐに水平を回復し、安定飛行に戻る。
 
「どうしたの?」
 
「何か飛んできたんです。とっさに進路を変えましたが、機体のどこかに当たりました」
と森村さん。
 
「みんな怪我無い?」
と江藤さんが立ち上がってみんなを見て回る。それで乗客は全員怪我などは無いようだったが、パイロットの森村さんの右手から出血しているのに気付く。何か飛んできて当たったらしい。血の出方が凄い。
 
「それ動脈切ってる」
と席を立ってきた千里が言う。
 
「織絵さん、どいて。私がそこに座る」
と千里。
「うん」
と言って織絵と千里が席を交代する。千里が《こうちゃん》に尋ねる。
 
『これ操縦出来る?』
『無問題(モーマンタイ *1)』
 
(*1)「モーマンタイ」と読むのは広東語。北京語では「ウーウェンティ」と読む。
 

それで千里は言った。
「機長、私がしばらく操縦桿を握っていますから、どうか治療してください」
 
千里の自信に満ちた様子を見て森村さんは
 
「うん。じゃお願いする」
と言い、森村さんが操縦桿から右手を離す。それで江藤さんと冬子が協力して森村さんの右手を消毒し、出血箇所に脱脂綿を置いて圧迫止血を5分した。
 
この日は横風が凄くて機体がかなり流される感じだったが、千里の身体を借りている《こうちゃん》は巧みに機体を操って着陸コースから外れないようにした。
 
「機長、着陸はリテイクした方がいいですか?」
と千里が森村さんに訊く。
 
「機体にトラブルは起きていないようですから、このままやりましょう」
と森村さんは計器を確認しながら言う。
 
「だったら私がしばらく機体制御してますから、着陸の直前からお願いします」
「分かりました。それで行きましょう」
 

森村さんは空港の管制官に連絡し、降下中にバードストライクのようなものが起きたが、機器が正常に動作しているので、このまま着陸したいと伝え了承を得た。6分くらい経った所で冬子が圧迫していた指を離す。出血は止まっている。それで冬子は脱脂綿を交換して、その上に絆創膏を貼った。
 
「不手際でご迷惑掛けました。村山さん、ありがとうございます。後は私がやります」
と森村さんが言う。
 
「お願いします、機長」
と言って千里は操縦桿から手を離した。
 
それから10分後、G650は美しく丘珠空港に着陸した。
 
機体が安全に停止した所で思わず機内で拍手が起きた。森村さんが立って全員に頭を下げた。
 

「でも、あなただから良かったと思う。経験の浅いパイロットだったら大事に至ってたかも知れない」
と江藤さんは森村さんに言った。
 
「村山さん、唐本さんにもお手数お掛けしました」
と森村さん。
 
「私は止血しただけだし」
「私は操縦桿握ってただけだし」
 
「でもビジネスジェットの操縦のご経験があったんですね?」
と森村さんが千里に訊く。
 
「すみませーん。フライトシミュレータで遊んでいたことがあっただけで、実機を操縦したのは初めてです」
 
と千里は頭を掻きながら言う。
 
「なんと!」
 
「でもまるで本物の操縦経験があるかのようだった」
と江藤さん。
 
「すみません。ハッタリです」
と千里。
 
「でも実際風で機体が進行方向からずれるのを、村山さんはきちんと制御して正しいルートに戻してました。今日みたいに横風の強い日は、あれけっこう大変なんですよ」
 
「計器に指示が出ていた通り動かしただけですよ」
 
「それをちゃんと読み取れて、ちゃんと操作できたのは偉い。あれは素人の腕ではなかったです」
と森村さんは言っていた。
 

飛行機の整備をする森村さんを残して、8人は歩いて空港のビルまで行く。飛行機は空港の整備士さんにも見てもらったが、表面に少し傷がついているだけで窪みも無く、塗装しなおすだけでよいだろうということだった。
 
『こうちゃん、ありがとね』
『どうせならこのまま太平洋横断したいくらいだったけどな。B727とかMD80操縦していた頃を思い出した。千里飛行機1機買ってくれたりしない?旧型のG450でもいいよ』
 
『買うのはいいけど、何に使うのよ?』
『空の旅をしながら作曲するとかしない?』
『遠慮する。なんか曲芸飛行とかされそうだし』
『そんなの月に1回くらいしかしないよ。錦帯橋の下をくぐり抜けるとか楽しかったなあ』
『やはりやめた方が良さそうだ』
 
千里が《こうちゃん》と半分ジョーク混じりの会話をしていたら冬子が不思議そうにこちらを見ていた。
 

日産レンタカーでスカイライン・ハイブリッドを2台予約していたので、1台は樹梨菜が運転して、蔵田・江藤・政子が乗り、もう1台は千里が運転して冬子・織絵・龍虎が乗った。ちなみに龍虎は助手席である。これは織絵が龍虎に悪戯したりしないように用心してである!
 
「ちなみにこの龍虎ちゃんは男の子だからね」
と冬子が織絵に言うと
 
「うっそー!?」
と織絵はマジで驚いていた。
 
「女の子になりたい男の子?」
「別になりたくないですー。普通の男の子です」
 
「でも性転換したいんでしょ?」
「性転換はしたくないです」
「恥ずかしがらなくてもいいよ」
 
「でさ。織絵、この子が男の子だということを蔵田さんには話さないようにしてよ」
と冬子が言う。
「ああ、それ知られると、アクアちゃんの貞操が危ないね」
と織絵は言っていた。
 
「ていそう!?」
と龍虎が不安そうに声をあげていた。
 

樹梨菜たちの車はまっすぐ滝川市のしゃぶしゃぶ屋さんに向かったが、千里が運転する車は札幌市厚別区の玲羅のアパートに向かった。
 
「わあ、すごーい!音羽さんに、ケイさんまで居る!そこの美少女は私まだ知らないけど、新人アイドル歌手さん?」
と玲羅はドアを開けるなり言った。
 
取り敢えず中に入ってから、千里は《わっちゃん》に買ってきてもらった飲み物とおやつを出す。
 
「千里、いつの間に買ったの?」
と冬子が驚いていた。
 
※この時点の各眷属の居場所
 
とうちゃん・たいちゃん・きーちゃん・わっちゃん 千里の影の中
すーちゃん スペイン
てんちゃん ファミレス勤務
いんちゃん 兵庫県市川町
びゃくちゃん 東京都葛西
りくちゃん・こうちゃん・せいちゃん・げんちゃん ホームセンターに買出し
 

6畳の部屋の真ん中付近に、無理矢理荷物をどけて空間を作った場所があり、そこに何とか5人座る。そしてここであらためて、織絵と冬子がここ数ヶ月のXANFUSに関する状況をみんなに説明した。玲羅・千里も龍虎もPurple Catsの解雇や神崎・浜名ペアの契約解除を知らなかったという。
 
「これ頼まれてauショップに行って買って来ました」
と言って、玲羅がauショップの袋を織絵に渡す。
 
「わあ、ありがとう」
と言って織絵が受け取る。
 
「そして、これ」
と言って冬子は氷川さんから送られて来た携帯番号をメモに書いて渡す。
 
「氷川さんに新しい携帯を1個確保してもらって、宅配便を装って美来のいるマンション(池袋)に放り込んでもらってきた」
 
「わあ」
 
それで織絵はその番号を早速登録し、そこに掛けた。ふたりが話している間、他の4人は台所の方に移動し、更に千里は自分の携帯を開いてLismo!に登録しているアルバムを流した。
 
「千里さんはスマホにしないんですか?」
と龍虎が訊く。
 
「私は静電体質だからスマホはだめ。ショップで触ったら突然電源が落ちて、その端末は2度と起動しなかった」
と千里。
「政子もそれなんだよ。大学に入ってからずっとスマホ使っていたけど、フィーチャホンに戻すまで、何台iPhoneもGalaxyも壊したか分からない」
 
「冬はフィーチャホンとスマホの2台使いなんだね?」
「うん。スマホでないとできないものもあるから仕方なく持っているけど、私は基本はフィーチャホン派。だってこちらが使いやすいもん」
 
冬子が使用してるのはau携帯のT005とdocomoスマホのXperia A SO-04Eである。T005は千里のT008と姉妹機種だ。冬子はそれ以外にiPadも持ち歩いている。
 
「へー。私はガラケーは持ったことないから分からないなあ」
と言っている龍虎はAquos phone serie mini SHL24 Pinkである。
 
「龍ちゃんは以前はスライド式のスマホ使ってたね」
「ええ。この春に新しいのに変えたんですよ。スライド式便利だったんですけど、もうあのタイプは売ってないんですよね」
 
「しかし全員ピンクの携帯だね」
「そういえばそうだ」
「まあ全員女の子だからね」
 
と千里が言っても、龍虎は頷いている!
 
「ちなみに龍虎ちゃん、その携帯は誰が選んだの?」
と冬子は訊いてみた。
「え?ボクが選びましたけど」
 
冬子は「なるほどね〜」と言って頷いていた。千里が忍び笑いしていた。
 
実際には川南がピンクとか赤とかのスマホを数台並べて「どれにする?」と訊いたので、手の小さな龍虎は最も小さかったセリエ・ミニを選んだのである。
 

織絵は美来と話してだいぶ泣いたようである。彼女が顔を洗ってきてから、千里たちは出発した。玲羅も入れて5人で滝川市のジンギスカン屋さんに向かった。行ってみると蔵田さんたちはまだ来ていなかった。道を間違えたということで30分くらいしてから到着した。大幅に遅れてしまい申し訳なかったのだが、20時近くになってからお肉を持って来てもらった。
 
かなり食べた所で、龍虎がトイレに立つ。続けて政子もトイレに立った。政子が戻ってきた時、龍虎に言っていた。
 
「でもアクアちゃん、酔ってもいないのにトイレ間違えないようにね」
「どうかしたの?」
「だってこの子、トイレで男子の方に入って行こうとするんだもん」
 
千里が吹き出している。
 
「そっち違うーと言って手を引っ張って、ちゃんと女子トイレに入れたよ」
 

ジンギスカン屋さんを出た後は、千里が運転する車に蔵田・樹梨菜・江藤、冬子が運転する車に龍虎、政子・玲羅・織絵が乗って札幌に戻る。千里は江藤さんを札幌グランドホテル、蔵田夫妻を全日空ホテルに置き、車も全日空ホテルの駐車場に入れてキーを樹梨菜に渡した。冬子は全日空ホテルに入って、玲羅にはタクシーチケットを渡してアパートに返した。
 
全日空ホテルには、蔵田と樹梨菜がツイン、冬子と政子がツイン、千里・龍虎・織絵が各々シングルの部屋を取っている。各々の部屋に入って休もうとしていた時、政子がアクアを呼び止めた。
 
「アクアちゃん、突然連れてこられたから、着替えとかなかったでしょ?替えの下着とパジャマを買っておいたからよかったら使って」
 
「ありがとうございます」
「サイズは、たぶんアクアちゃんSで行けそうと思ったからパンティのSとブラは少し余裕見てB70買っておいたんだけど」
 
それでパジャマの袋をちょっと千里に預けて、下着の袋の中身を見てみる。
 
「わあ。このブラもキャミも可愛い!」
「可愛いでしょ。このくらいが女子中学生の好みかなと思って」
 
「でも私、A65でも行けるんですよー」
「じゃ少し大きすぎるかな」
「いえ65と70ならホックで何とかなる気がします。下着は替えたかったから助かります」
「じゃ、明日A65を買ってあげるよ」
「すみませーん」
 
それで龍虎は政子が買ってあげた下着の袋を持って自分の部屋に入って行った。
 

タクシーでアパートに戻った玲羅は階段を上っていった所で自分の部屋の前に千里が立っているのを見てビクッとした。
 
「お姉ちゃん!?」
「部屋があそこまで酷いとは思わなかったよ」
と千里が言う。
 
千里はさっき玲羅のアパートに寄った時、あまりにもアパートが酷い散らかりようなのに呆れて、眷属たち(こうちゃん・りくちゃん・せいちゃん・げんちゃん)に「片付けるのに必要な道具と収納を買ってきて」と言って、お金を渡してホームセンターに行ってもらっていたのである。そして全日空ホテルで各々が各部屋に入った所で《こうちゃん》と位置交換でここに飛んできた。
 
「ごめーん」
「朝までに私が少し片付けるから鍵貸して」
「あ、うん。えっと鍵って・・・私は?」
「近くのCホテル予約だけしたから、今晩はそこで泊まって」
と言って玲羅に1万円札を渡す。
 
「分かった!でも着替えとかだけ持ってく」
 
それで玲羅は鍵を開け、その鍵を千里に渡した後、部屋の中から荷物の中に埋もれている自分の下着とトレーナーを引っ張り出してその付近に埋もれていたコンビニの袋に詰めると、後を千里に任せてCホテルに向かった。
 
そして千里はこの後、一晩かけて《せいちゃん》たちと一緒にこの部屋を片付けたのであった。
 

取り敢えず、押入れの中身を出してカラーボックスや衣裳ケースを入れ、きーちゃん・たいちゃん・わっちゃんと千里の4人で散らばっている洋服を片付けていく。洗濯が必要そうなのはまとめてコインランドリーに持っていく。こういう作業は男の眷属にはさせられないので女手が足りない。それで《くうちゃん》に頼んで、兵庫に居る《いんちゃん》も呼び寄せた。しかしやってきた《いんちゃん》は言った。
 
「貴人は休んでいた方がいい。明日運転する可能性があるから」
「じゃ代わりにびゃくちゃんを呼ぼう。あの子もたぶん女の子だろうし」
 
と本人が聞いたら「“たぶん”とは何だ?」と怒りそうなことを言っている。
 
それで《きーちゃん》は葛西に居る《びゃくちゃん》と位置交換し、《きーちゃん》は向こうで休んでもらうことにした。
 
(てんちゃんはファミレスに出ているし、すーちゃんはスペインにいる)
 
そんなことをしている内に電話が掛かってくるが、見たら龍虎である。
 
「どうしたの?龍ちゃん」
「すみません。ボクのパジャマそちらに行ってませんよね?」
「ちょっと待って」
 

ホテルに居る《こうちゃん》に直信で聞いてみると確かにあるらしい。
『じゃ龍虎そちらに行かせるから渡してやって』
『OKOK』
 
それで龍虎に自分の部屋(実際には、こうちゃんが居る)に取りに来てと言った。
 
『ところでこうちゃん、あの子を今夜勝手に女の子に改造しちゃおうとか思ってないよね?』
と千里は言った。
 
こうちゃんはギクッとする。
 
『万一そんなことしたら、こうちゃんのちんちん取ってあの子にくっつけちゃうからね』
『俺の大きいから、龍虎は困ると思うぞ』
 
などと《こうちゃん》は言っていた。
 
千里もその後少し仮眠させてもらってからスペインに居る《すーちゃん》と入れ替えてもらい、スペインでLFBの試合に出場した。試合が終わったらいったん試合のあった地区のホテルに帰ってシャワーを浴び少し仮眠した所で《すーちゃん》と入れ替わりで札幌に戻った。
 
ちなみに札幌に来ている間《すーちゃん》は「いい所に来た」と言われて沢山掃除の手伝いをする羽目になった!
 

龍虎は“千里”が泊まっている部屋に行きノックをしたのだが、中に居たのは千里では無かった。
 
「こうちゃんさん・・・」
「久しぶりだな」
 
龍虎は《こうちゃん》の存在は日々感じているし、男物の服を隠そうとする彼と、何とか着ようとする龍虎の戦いは一種のゲームのようになっていたが、彼の顔を見るのは本当に久しぶりだった。
 
「可愛い女の子になったな」
「なってません。ボク男の子ですよ」
「でも女の子になりたいんだろ?」
「なりたくないです!」
「だって女物の服着てるじゃん」
 
「せっかく“誰かさん”の悪戯をかわして学生服を着て家を出たのにアルトお姉さんに『ケイ先生のマンションは男子禁制だから』と言われて、これ着せられちゃったんですよ。なぜかボクのサイズに合う女の子の服が用意してあるんだもん」
 
《こうちゃん》は龍虎の至近距離まで顔を近づけた。
 
「ほんとにチンコ付いてるんだっけ?」
「付いてますよー」
「じゃ見せてみー」
「なんでですかぁ?」
「男同士だし見られても構わんだろ?俺のも見せてやるぞ」
「見せてもらわなくてもいいです!」
 
ともかくも龍虎はスリムジーンズとパンティを脱いでその付近を《こうちゃん》に見せた。
 
「ちょっとぉ、触るのやめてください」
「これまだ幼稚園生並みに小さい」
「身長を伸ばすのに去年1年間積極的に女性ホルモン摂ってたから縮んじゃったんです。この春からは中止したから伸びてきました。たぶん来年くらいまでには小学4年生の男の子程度にはなるんじゃないかなぁ」
 
「男性ホルモン飲むか?。俺が調達してきてやるけど」
「男性ホルモンは・・・・身体に入れたくないんです」
「んじゃ女性ホルモン飲む?」
「だからそれはやめたんです」
 
「まだお前の骨格とか、脂肪の付き方は、性的に未分化だよ。去年は80%くらい女の子だったけど、今は60%くらいの女の子だな。女性ホルモン再開すれば1年くらいで完璧に女らしい身体になる」
 
「そしたら、どうなるんですか?」
「そのまま女性ホルモンを摂り続けて、18歳くらいになったら、ちゃんと手術して完全な女になればいい。ホルモンだけで男性器はほぼ消失すると思うけど、割れ目ちゃんとか結婚するのに必要なものとか作るのに手術が必要だからな」
 
「手術かぁ・・・」
といいながら“結婚するのに必要なもの”って何だろう?と思う。
 
「女になる手術受けたいだろ?今すぐ手術してやってもいいぞ。ちゃんと赤ちゃん産めるようにしてやるから」
 
それ霧島神宮の沙耶さんにも言われたな、と龍虎は思った。
 
一方、こうちゃんは千里に言われたのは“勝手に”女の子に変えるの禁止ということだから、本人が望むなら変えてやってもいいよな、などと思っている。
 
「でもボク18歳まで生きられるんですか?ボクって、あの時に本当は死ぬはずだったんでしょ?」
 
「それは確かにそうだけど、少なくとも20歳や30歳で死ぬことはないから安心しな」
「こうちゃんさん、ボクの寿命を知っているんですか?」
「知っているが言ってはいけないことになってる。でも寿命なんて気にすることないよ。死んでみれば分かるしさ」
 
「そうですよね!でも取り敢えず20歳までは生きられるんだったら、少し頑張ってみようなかあ」
 
「ああ、日々自分ができるベストのことをしていくことが、良い人生につながるんだよ。日々後悔ばかりしてたらダメだぞ」
 
「はい!」
と龍虎は明るく答えた。
 

「そうだ。サービスでその金玉取ってやろうか?」
「なんでそうなるんです!?」
 
龍虎の陰嚢は身体に張り付いているのだが、《こうちゃん》はその正中線に沿って鋭い刃物のようなものを当てた。
 
「きゃっ」
 
「ふーん。ちんこ大きくならないな」
「え?」
「普通の男の子だったら、ここに刃物突きつけられると、大きくなる」
「そうなんですか?」
 
そして《こうちゃん》は中央線をスッと縦に切ってしまった。
 
「あれ?痛くない」
「そりゃこれは夢だからな」
「そうなの?」
 
「ほら、これがお前の金玉」
と言って、《こうちゃん》は2個の睾丸をその切れ目から引き出してしまう。龍虎はそれを見てドキドキした。
 
「それどうするんですか?」
「よければこのまま取っちゃうけど」
「まだ取りたくないです」
 
「『まだ』取りたくないねぇ」
と言って《こうちゃん》は笑うと、それを2個とも切り離してしまった!
 

「ちょっとぉ、まだ嫌だって言ったのに!」
 
タマタマが無くなっちゃったら・・・もうボク男の子ではなくなった?などと思ってドキドキする。
 
しかし《こうちゃん》は言った。
 
「この金玉はほとんど死んでる。こんなの付けてたって男性ホルモンなんて分泌しないから、お前はいつまでも男にはなれんよ。だから俺が治療してやる」
 
「治療?」
 
「数年かかると思う。20歳になった時に、まだお前が男になりたいと思っていたら、その治療が終わった金玉を返してやるよ」
 
「20歳・・・」
「それまではお前はほぼ中性だから、男にも女にもなれる状態のまま。そんな感じがいいんだろ?」
「そうかも」
と龍虎は素直に言った。
 
「女の子になりたいなら、今すぐ、チンコも切ってやるけど」
 
と言って、《こうちゃん》は龍虎の小さなおちんちんの付け根付近を切開した。龍虎のおちんちんは表面に出ているのはわずかだが、根本まで切開してみると結構長いので驚く。彼はその根本に刃物を当てた。
 
「切られると困ります!」
と慌てて言う。
 
「そうか。困るか」
と言うと、彼はそれを切り落としてしまう。
 

「いやー!」
 
龍虎は突起物が無くなった股間を見てドキドキしていた。おちんちんもタマタマも無かったら、もう女の子と同じ?《こうちゃん》は切開した所をくっつけてしまうと、切り取ったおちんちんを弄ぶ。
 
「このチンコも20歳になった時、お前が男になりたいと思っていたら返してやるよ。金玉と一緒に治療するから」
 
「はい。でも、20歳になるまで、ボク、おちんちん無しですか?」
 
「チンコ無い方が女の子パンティ穿くのには楽だぞ」
「おちんちん無いと男湯に入れないです」
「女湯に入ればいいじゃん。お前、実際男湯に入ったこと無いくせに」
「えっと・・・」
 
龍虎は「あれ〜?本当にボクいつ男湯に入ったっけ?」と考えていた。
 
「そうそう。どっちみちお前、人工的にホルモンのコントロールした方がいい。そうしないと骨粗鬆症とかになるんだよ」
 
「あ、はい」
 
「去年のやり方は無茶すぎる。きちんと管理して投与しないとあちこち身体を壊すぞ。専門家に委ねろ。それ千里の妹が得意だから、頼んでみな」
「妹って玲羅さんですか?」
「あ、そうか。玲羅じゃなくて、もうひとり青葉ってのがいるんだよ」
「へー」
 
「千里よりむしろケイから紹介してもらうといい。千里はお前があまり女性化するのは好まないと思うし」
「千里さんだけなんですよ!ボクを男の子として扱ってくれるのは!みんなボクに女の子になりたいんだろ?とか言うんです」
 
「だから千里から頼まれたらきっと青葉はお前を男らしくしてくれる」
「いやだあ」
と龍虎が言うので、やっぱりこいつ男にはなりたくないんだなと、こうちゃんは思う。
 
「ケイから頼まれたら、青葉はお前をちゃんと女らしい体つきにしてくれるよ」
「それもちょっと困ります」
「おっぱいも大きくしてもらえるぞ」
「おっぱい・・・どうしよう?」
 
「じゃ、またな。可愛い女の子アイドルになれよ」
「男の子アイドルですぅ!」
 
「女の子の方が売れるのに」
「でも将来、男の俳優になりたいんです。だから、おちんちんが無いのは困るんですけど」
「そんなの、人に見せるもんでもないし、無くたってバレないって」
「付いてないと困ります」
 
「しょうがないな。だったら・・・」
 

龍虎はハッとして目が覚めた。ベッドの中で寝ている。
 
あれ〜?今のって夢?
 
そっとあそこに手をやる。
 
おちんちんある!
 
指で探ってみるとタマタマもあるようだ。
 
龍虎はちょっと拍子抜けした気分だった。そうか。夢だったのか。。。ボクやはり女の子みたいになりたい願望があるのかなぁ。などと思っている内に気が付く。
 
このおちんちん、サイズが違うんですけど!?
 
もしかして作り物?と思って引っ張ったりねじったりしてみたが外れないので取り敢えず自分の身体にくっついているようだと龍虎は認識した。
 
パジャマの入った紙袋はベッドのそばにあった。龍虎はそもそもこれが手元に無かったというのが夢なのか、無かったのは本当で、千里さんの部屋に行った以降が夢なのか、よく分からなかった。もしかしたら、夢と現実が混じっているのかも知れない気もした。
 
気分転換にシャワーを浴びてきてから、パジャマを広げてみた。
 
可愛い!さすがマリさんが選んだだけある。値段のタグは切ってあったけど、これ結構するよね?
 
こういうの着れるのが、女の子のいい所だよな、と龍虎は思う。男の子の服って詰まらないんだもん。龍虎は小学生の頃は、スカートこそ穿かないものの、結構女の子の服で学校にも行っていた。中学になると学生服になって楽しみがなくなってしまった。
 
誰かセーラー服買ってくれたりしないかなあ。。。などと龍虎は考えてしまった。
 
 
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【娘たちのエンブリオ】(1)