【娘たちのエンブリオ】(5)

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「鈴割り・・・ですか?」
とアクアは戸惑うように訊いた。
 
「そうなのよ。こういう曲があるのよ」
と言って、秋風コスモスはローズ+リリーの『雪を割る鈴』という曲のライブビデオをアクアに見せた。このビデオは今年の苗場ロックフェスティバルで録画されたものである。
 
「ローズ+リリーの曲にダンサーを入れたのはこれが初めてなのよね」
「へー。そういうの無かったんですか?」
 
踊っているのは、近藤うさぎ・魚みちるのペアである。
 
「これ凄いですね。大きな鈴の中から大量に小さな鈴が飛び出した」
 
この映像で鈴割りをしているのはXANFUSの音羽と光帆である。
 
「拾い集めるのが大変らしい」
「でしょうね!」
 
「でもこの曲面白いですね。前半はゆったりペース、後半はアップテンポ」
「その転換の合図になるのが、さっきの鈴割りなのよね」
 
「この曲はダンサーと鈴割り役が居ることで完成している」
「そんな気がします」
 
「それでツアー初日で剣を振って鈴を割る役をアクアにして欲しいということなのよ。日付は12月12日」
「ケイ先生にもたくさんお世話になっているし、ぜひやらせて下さい」
「よしよし」
 
「これ実際問題としてどのくらいの力が必要なんですか?」
「金属のような電気伝導体で割れ目の所に貼ってあるシールに触れば、触っただけで割れる。それで鈴を開くモーターが作動するんだよ」
「へー!」
 
「だから腕力は要らない」
「でも少し剣道の素振り練習しますね」
「ああ、それはいいかも知れないね」
 

さて、神田ひとみの結婚問題の騒動中、11月30日、ΛΛテレビに、明日収録する『性転の伝説Special』の出演者の中の数人が集まった。アクアは秋風コスモスと一緒にこの会合に出席した。“例によって”、アクアが会議の前にトイレに行っておこうと思い、テレビ局内の男子トイレに入ろうとしたら
「君、こちら違う」
と年配の俳優さん?っぽい人に注意され、女子トイレに入る羽目になる。
 
今日は学生服なのに!
 
少し離れて見ていたコスモスは微笑んで暖かく見守っていたが、その俳優さんにも会釈していた。
 
それでともかくも“いつものように”女子トイレに入り、個室に入ってズボンを下げ座る。そしておしっこをしたら何か物凄い違和感がある。へ?と思って見てみる。
 
嘘!?なんで〜〜〜!?
 
龍虎は叫びたい気持ちを抑えるのに苦労した。
 

『こうちゃんさん、こうちゃんさん』
と心の中で呼びかけるが返事が無い。
 
え〜ん。これ困るよぉ。
 
あまり長いとお腹でも壊したかと思われるかもと思い個室を出て手を洗う。ハンカチで拭いて外で待っていてくれたコスモスに会釈して一緒に会議室に向かった。
 
会議室に来た時アクアたち以外には誰も居なかった。最初に審査員のタカ(ローズクォーツ)が来る。タカは
 
「君なんで学生服着てるの?この番組は、男子女装だけじゃなくて女子男装もやるんだっけ?」
と言い、アクアが男の子だとコスモスが説明すると
 
「嘘でしょ!?」
と驚いていた。
 
次に審査員長の荻田美佐子が来た。アクアともコスモスともハグする。この人が番組の演出上アクアの名付け親になってくれることになっている。
 
「でもあんた本当に女の子にしか見えない。触った感触も女の子。実はもうちんちんもタマタマも取ってしまっていたりしないの?」
「まだ付いてますよぉ」
と答えながら、アクアは少し後ろめたい気分だった。
 
「“まだ”付いてます、ということはその内取るんだ?」
と言葉の綾を指摘されるが
 
「取るつもりは無いんですけど、みんなから、女の子になりなさい、なりなさいって唆されるから、その内ふらふらと手術してしまわないか、自分に自信が無いです」
とアクアは正直な所を言った。
 
「うん。君は本当に女の子になった方がいい。そう思わない?コスモスちゃん」
と萩田さんが言うと
「一応この子は契約書で30歳までは性転換を禁止しています」
と答えた。
「だったら30歳になったら性転換するんだ?」
「しません!」
「じゃ取り敢えず去勢しておけばいいね。男っぽくなったりしたらもったいないもん。去勢は禁止されてる?」
「去勢は禁止されていませんね」
「だったら去勢しちゃおうよ。やってくれる病院紹介しようか?」
「勘弁してください」
 
「俺もアクアちゃんは今すぐ女の子に性転換した方がいいと思うけどなあ」
とタカも言っていた。
 
「ところでタカ君の性転換はいつ?」
と萩田さんは訊いた。
 
「俺は性転換しませんよ!」
「世間ではみんな、タカ君はその内性転換するんだろうと思っているみたいだけど」
「それ困ってるんですよぉ。性転換手術をしている病院のパンフレットとか、タイでの手術の付き添いをしている会社のパンフレットとか送ってくる人いるし」
「ああ。ファンは理解している」
「誤解されていると思います」
 

最後に武者プロデューサー、東国ディレクター、ハルラノの慎也と鉄也、ハルラノの事務所社長・山口さん、司会の古屋疾風が一緒に入って来た。別室で打合せしていたのかもと思った。
 
しかしそれ以上にアクアが戸惑ったのは“優勝”することがシナリオ上決まっている、ハルラノの慎也がお化粧してスカートも穿いていたことである。最初明日の予行練習で女装させられたのかと思ったのだが、タカが
 
「慎也さん、なんで女装しているんですか?」
と訊いたのに対して、慎也は
 
「実は俺、女なんだよ」
と言った。
 
「どういう冗談?」
「生まれた時は男だったけど、手術して女になった」
「マジ?」
「ただ困ったことに俺はどうやっても女に見えん」
「俺はこいつのことはほぼ男と思っているけどな」
と相棒の鉄也。
「営業とかであちこち行った時、同じ部屋に泊まっても何も欲情しないし。まあ一度だけ酔った勢いでやっちゃったけど、あまり気持ち良くなかった」
 
「ちょっと、中学生もいるのにやめなさい」
と萩田が注意する。
 
「アクアちゃんが羨ましい。ちゃんと女の子に見えるもん。やはり若い内に手術しないとダメだな」
などと慎也が言うので
 
「私、別に性転換手術とかしてません」
とアクアは言う。
 
「あれ?元々女の子だっけ?」
「私、男の子ですぅ」
「だったらこれから手術するの?」
「しません。私、普通の男の子です」
 
慎也と鉄也は顔を見合わせている。
 
「それはもったいない。ぜひ手術して女の子になろう。ちんちん無いとスッキリするよ」
「まだ手術とかしたくないです」
と言いつつ、確かにちんちん無いと、お股の付近がスースーするよなあと龍虎は思っていた。
 

武者プロデューサーが説明する。
 
今回の企画は美少女にしか見えないアクアをお披露目することと、実は性転換していてカムアウトの機会をうかがっていた慎也の性別変更を発表することが目的であるということ。それで優勝はハルラノの慎也で、優勝の賞品として“性転換手術が強制的にプレゼント”され、病院に拉致されていき手術室に運び込まれて“手術されてしまう”。それで女になってしまったので1月以降、ハルラノは男女ペアの漫才ということになる、というストーリーらしい。
 
そしてこの手術を撮影する病院というのが『ときめき病院物語』(のんびり病院物語から改題)の撮影に使用される病院で、同ドラマの出演者も出て番宣をするという趣旨であるということだった。
 
「それでアクアちゃんは特別賞ということにして、立派なトロフィーとウィングの商品券100万円分をあげるから」
 
「その100万円って本当にもらえるんですか?」
「うん。だからそれでウィングのランジェリーを買っていいよ」
「100万円も使い切れない気がする」
 
出席者の間で素早い視線交換がある。
 
「まあこの子はみんなに乗せられて、しょっちゅう女の子の服や下着も着けさせられていますから」
とコスモスが笑顔で説明する。
 
「なるほどねー」
「あと少し背中を押せば、性転換するな」
「やめてください」
 

その『性転の伝説Special』は翌日の午後1時から収録が始まった。この収録はあまり売れていない人は早朝から拘束され、忙しい人は最後の方にチョコッと来て女装してさっと出て帰ればいいことになっていた。アクアは新人なので12時前にテレビ局に入り、待機した。アクアの場合はメイクしなくても女の子にしか見えない!?ので、そもそも控室も男性用の大部屋ではなく、女性用の控室に入るように言われていた。これは他の出演者にアクアを見せないという目的もある。もっとも武者プロデューサーは
 
「だって君が男性用控室に居たら『なぜ女の子がここにいる?』と言われて、話が面倒だよ」
などと言っていた。
「でも女性のタレントさんから、何か言われないでしょうか?」
「それは全くあり得ない」
 
実際、控室ではずっとコスモスと話していて、その間にパラパラと女性タレントさんが来たので、コスモスがアクアを紹介したのだが、誰もが女の子と信じて疑わなかった。一応コスモスはアクアの性別を明かすが、みんな
「でも性転換したんだよね?」
「将来は女の子になるんでしょ?」
「やはり小さい内に去勢したの?」
「性転換手術してくれる病院紹介しようか?」
などと言っていた。むろん誰も男の子のアクアが女性用控室に居ることを問題にはしなかった。
 
「恋愛対象は男の人だよね?」
と訊いた人もいたが、アクアは
「私、恋愛ってよく分からないんです」
と答え、コスモスも
「この子、小さい頃、大きな病気をして成長が遅れているので、まだ思春期が来てないんですよ」
と説明した。
「ああ。まだ性的に未分化なのね」
「そうなんですよ」
「だったら、今のうちにぜひ性転換を」
「勘弁して下さい」
 
こういう感じの会話をこの日は10回以上した!
 

16時頃、衣裳さんとメイク係の人が来て、物凄く可愛い、黒と白のツートンのワンピースを着せられ、ロングヘアのウィッグを着けさせられた上で念入りに30分掛けてメイクされた。
「すごーい。こんな丁寧にメイクされたの初めて」
「美少女のメイクはやりがいがありますよ」
とメイクさんも笑顔であった。
 
もっとも衣裳さんもメイクさんも、特別ゲストで女装者たちの比較対象として新人女の子アイドルを出演させるのだろうと思っていたようである。そもそもアクアは、女の子下着(北海道でマリが買ってくれた可愛いの *1)を着けていた。
 
(*1)あの時マリは初日B70を買ってくれて、龍虎がA65で適合すると言ったので翌日あらためてB65を買ってくれた。しかし龍虎は先日病院で改造!?された結果B70でないと入らなくなってしまったのである。その初日に買ってもらったものを着けてきている。
 

やがてアクアの分の撮影が始まるというので呼ばれる。審査員は萩田・タカ・マリ・花村唯香・鉄也の5人である。タカは女装している。ここで花村唯花以外の4人はアクアが男の子であることを知っている。しかし自分の分の収録が終わり雛壇に女装のまま座っている多数の出演者からざわめきが起きる。その空気を感じ取って審査員長の萩田は言った。
 
「すみません。その人、女の子ですよね?」
 
「少なくとも戸籍上は男性です」
と司会者。
 
「じゃ性転換済み?」
「いえ。肉体的にも男性です」
と司会者が言うのにアクアは後ろめたい気分になる。
 
「何歳ですか?」
「13歳です」
 
司会者はアクアを紹介する。
 
「彼は4月にΛΛテレビで放送開始予定の連続ドラマ『ときめき病院物語』でまずは俳優デビュー予定です」
 
「看護婦さん役ですか?」
「院長先生の息子役です」
「それ娘役に変更しましょう」
「ついでに本人も手術受けさせて性別を変更しましょう」
 
アクアはそんなことを言われて恥ずかしがって下を向いた。すると雛壇から「可愛い!」という声が上がる。
 
「名前は何ていうんですか?」
「それをここに居る皆さんに決めてもらえませんか?」
 
「じゃね、ユウコちゃん」
とマリが楽しそうに言っている。
 
「すみません。一応男の子らしい名前で」
「そんな可愛い子に男みたいな名前をつけたら可哀想だよ」
と荻田審査員長。
 
「荻田さんのお勧めは?」
「そうだなあ。アクアなんてどう?」
 
「ほほお」
「中性的な名前ならいいよね?」
 
「本人どう?」
と司会者が尋ねる。
 
「小さい頃、よくは覚えてないんですが、アクア・ウィタエという所に行ったことがあるんです。凄く懐かしい思いがするので、それで」
と本人の弁。
 
「ではこの子の芸名はアクアということにします」
と司会の古屋が言うと、スタジオ内から多くの拍手が寄せられた。
 

もちろん審査員は全員10点をつける。50点満点になったのは本騨真樹、ヒロシに次いで3人目である。
 
「50点満点です。50点満点の人はこの番組終了後、病院に入院して性転換手術を受けてもらうことになっています」
と司会者。
 
「嫌です」
とアクアはほんとに嫌そうに言った。
 
「これは拒否できないんだけど」
「でしたら、ボクの代わりにどなたか視聴者の方で希望の方に性転換手術を受けさせてあげてください」
 
とアクアが言うと司会者はディレクターを見る。ディレクターがOKサインを出している(ところをカメラが映す)。
 
「それでは性転換手術を1名様、プレゼントします。希望の方はここに出ている住所にハガキで応募してください」
と司会者は言った。あとで編集でテロップで宛先を入れることになる。
 
メールとかtwitterではなく古典的なハガキでの応募にするのは悪戯で大量に応募が入るのを防ぐためかな?とアクアは思った。でもボクの代わりに性転換手術を受ける人って、どんな人になるかな?
 
とアクアはこの時思ったのだが、この「性転換手術プレゼント」はテレビ局内の倫理委員会の許可が下りず、ボツになってしまった。放送では「ごめんなさい」のテロップが流れることになる。
 

アクアはそのまま雛壇の最後に座った。
 
そして最後に大林亮平の女装が披露され、審査員たちはノリで全員満点をつけた。
 
その後、審査員が集まり、協議している(ふりをする)。それで「決まりました」と言うので、司会者は全員を並ばせて、ひとりずつ紹介した。ただしここに並んだのは23人いた。本来出場者は20人なのだが、大林亮平がハプニングで出演することになったし、また万一今日の出演者に放送までの間に不祥事などがあった場合に備えて、2人予備で女装させられていたのである。
 
「それでは性転の女王を発表してください」
と司会者は言った後で付け加える。
 
「なお、性転の女王に選ばれた人は、ただちに性転換手術を受けて頂きます。既に病院ではお医者さんがスタンバイしています」
 
出場者同士がお互い嫌そうな表情で顔を見合わせている。アクアもドキドキしたような顔をしている。
 
「それでは発表します。性転の女王は、10番・ハルラノの慎也さん」
 
「はあ!?」
と本人が大きな声をあげる。
 
「だって俺0点だったじゃん」
「点数は点数として性転の女王に決定しました」
 
「それではハルラノの慎也さんにはこれから性転換手術を受けてもらいます。連れてって」
 
と司会者が言うと、屈強な警備員(役の人)が2人出てきて、慎也を拉致して連れていく。
 
「ちょっと待ってくれ〜。いやだぁ! 性転換なんてしたくない。助けて」
 

「それではこれで番組を終わります。でもみなさんきれいでしたね」
と司会者は言ったが、審査員長がそれを遮って発言する。
 
「もうひとつ特別賞をあげます」
「はいはい」
「20番・とても可愛い女装を披露してくれたアクアちゃんに特別賞を差し上げます」
 
「ああ。それはいいですね」
 
それで荻田さんがアクアに賞状とトロフィを渡した。
 
「副賞はウィングのランジェリーが買える商品券100万円分です。君女の子にしか見えないし、可愛い下着を着けて女を磨いてね」
 
と言うと、アクアは頭を掻きながらも笑顔で副賞の目録を受け取った。
 
「なお、ハルラノの慎也君の性転換手術の様子は、お正月明け1月2日の特別番組『これが性転換だ』で放送します。お楽しみに」
 

と言って司会者は締めくくった。それで番組は終わったが、撮影終了後、出演者の中から質問が出る。
 
「あれ、慎也はマジで性転換されちゃうの?」
「マジです。ペニスと睾丸を除去して、ヴァギナとバストを作ります。顔も整形します。それで可愛い女の子に生まれ変わるはずです」
「それ無理。あいつの顔をどう整形したって可愛くはならないよ」
「強制性転換手術とかやって、テレビ局訴えられない?」
「大丈夫です。自分が可愛くなって、きっと泣いて喜びますよ」
「そうだ。鉄也君、結婚したいとか言ってなかった?」
「結婚したいという声があがっていたのはヒロシだな」
「慎也が女になっても結婚しないよ。アクアちゃんとなら結婚したいけど」
 
と鉄也は言っている。鉄也が冷静なのでここにいる多くの人が、強制性転換手術というのは、やはりフェイクなのだろうと思ったようである。
 
しかし突然結婚したいと言われてアクアは、かぁっと赤くなった。
 
「いや、アクアちゃんと結婚するなんて犯罪だ」
「ロリコン犯罪者は去勢だな」
「そうだ。鉄也も性転換して女漫才になったら?」
「やだ」
 
「ちなみにアクアちゃん?君、本当は女の子ということは?」
「男の子ですぅ」
「アクアちゃんは男の子ですけど、この後、自宅から男物の服は全部撤去することになっていますから、3学期からはセーラー服を着て学校に通ってね」
と司会者の古屋が言うと
 
「え〜〜?マジですか?」
とアクアが困ったような顔で言った所までしっかり撮影されていて、後日放送されることになる。むろん他の出演者は笑っていた。
 

ところでこの撮影の中で、
 
「院長先生の息子役じゃなくて、娘役に変更しましょう」
 
と司会の古屋が言ったが、翌12月2日に、自分の番組とも関わってくるので未編集のビデオを見せてもらっていた橋元プロデューサーはここの部分を見て、唐突に思いついた。
 
すぐ§§プロの紅川社長に電話する。
 
「神田ひとみちゃんの代役の件なんですけど」
「はい?」
「ちょっと考えたんですが」
「はい。その件は本当に申し訳無いのですが、先日もお願いしたように神田ひとみの代わりに新人の高崎ひろかでという線で何とかご了承頂けないでしょうか?」
 
「そうじゃなくてさ、アクアちゃんにそれやらせない?」
「え?娘役をアクアですか?」
「そうそう」
「すみません。アクアは男の子なので女の子役というのは困ります。彼は佐斗志役で」
「違う違う。アクアちゃんにはもちろん佐斗志役もしてもらうけど、合わせて友利恵役もしてもらう。つまり一人二役」
 
「え!?」
 
紅川は驚いたものの、橋元の意見を聞いた瞬間、確かにこの子は男女両方の役ができそうな気がした。しかしアクアを女装させる番組でテレビ初登場させることに渋々同意したのに、更にドラマでレギュラーの女の子役をさせると、アクアは“色物”と思われてしまう危険があると思った。それで渋るのだが、元々は神田ひとみの突然の降板でテレビ局に迷惑を掛けることになってしまっているという負い目がある。それで紅川は承諾したのである。
 
そしてすぐにコスモスとアクアを呼んだ。ふたりは都内で別の放送局との打合せに行っていたのだが、紅川から呼ばれて、その打合せ終了後、事務所に戻ってきた。それでアクアに友利恵と佐斗志の2役をして欲しいと言うと、
 
「そんな!私に女の子役とかできませんよ」
と言った。
 
しかしコスモスは少し考えてから言った。
 
「アクアちゃんに女の子役ができないということだけは絶対に無い」
「そうでしょうか?」
「私はむしろアクアちゃんに男の子役ができるかを心配している」
「うっ・・・」
 

その日の内に、紅川・コスモス・アクアの3人で橋元の所に行った。
 
「ちょっとこのセリフを読んでみてくれない?」
と言って指し示されたのは、友利恵のセリフである。
 
「もう、佐斗志ったら、使った後はきちんとマーガリン片付けてよね。外に出してたら悪くなっちゃうじゃん」
 
とアクアはセリフを読み上げた。
 
「完全に女の子の口調だね」
と橋元は感心している。
 
「ええ。女の子が言っているように聞こえました」
とコスモスも言う。
 
「次はここを読んでみて」
と言って佐斗志のセリフを指し示される。
 
「そんなの気が付いたらしまえばいいじゃん。姉貴もいちいち細かいなあ」
 
とアクアは台詞を読んだ。
 
「男の子の口調だ!」
「男の子が言っているように聞こえる」
 
「僕が思った通りだ。この子、男女2役行けますよ」
と橋元。
 
「やらせますか?」
と腕を組んで考えていた紅川も言った。
 
「それで行きましょう」
「でもアクアは女の子の役はできるかも知れませんけど、女子高生を演じられますかね?」
とコスモスが訊く。
 
「年齢の問題か!」
「この子、小学生でもまだ通るから。女子高生の制服を着せても高校生に見えないです」
 
「うーん・・・」
と考えていた橋元はやがてこう言った。
 
「分かった!女子中学生にしましょう。そして佐斗志が兄で友利恵が妹にすればいいんですよ」
 
「へー!」
「姉と弟から、兄と妹に転換ということで」
 

そういう訳で、これまで10代の4人は
 
上原家
友利恵(高3)神田ひとみ
佐斗志(中3)アクア
黒間家
純一(高3)岩本卓也
舞理奈(中3)馬仲敦美
 
となっていたのを
 
上原家 佐斗志(中3)アクア
友利恵(中1)アクア
黒間家
純一(高2)岩本卓也
舞理奈(中2)馬仲敦美
 
と変更する。姉弟から兄妹に変えたのは、アクアに演じさせる場合、どちらも中学生でないと無理なので、年子にならないよう中3と中1にせざるを得ないのだが、その場合、中2の舞理奈と中1の佐斗志が恋し合うのは不自然になること。といって、馬仲の年齢では中学1年を演じるのは無理があることから、長幼を逆転させるという方法を橋元は思いついたのである。
 
なお、演じる人の実年齢は(来年の誕生日が来た時点で)岩本20歳、馬仲16歳(高1)、アクア14歳(中2)である。
 
結果的に「同級生」という設定は捨てざるを得なくなった。それで教室内のシーンを想定して書いていた脚本部分を習い事や部活のシーンに改変することになった。純一と友利恵はどちらもエレクトーン教室に通っていて、同じクラスに入り親しくなる。佐斗志と舞理奈は英語部で、文化祭の英語劇『ロミオとジュリエット』のロミオ・ジュリエットを演じて、お芝居の中のセリフにお互いの心が重なり合っていく。
 

12月1日(月).
 
&&エージェンシーは前日契約解除申入書を提出した吉野美来(光帆)を解雇すると発表した。理由はXANFUSの制作に非協力的で、信義に反するからというものである。そして美来の違反に基づく契約解除だから、違約金を1億円払えと要求してきたのである。
 
多くの人が唖然としたのだが、美来は冬子から1億円借りて、わざわざ現金で事務所に持参して支払った。
 
しかしおかげで、横浜網美・原田知佳・平手涼世・日野奈美の4人掛かりで、確かに1万円札が1万枚あることを確認するのに1時間掛かった!悠木朝道社長が銀行の封印のある100万円の札束もバラして全て本当に1万円札なのか確認しろと言ったからである。
 
しかも社長は万一後で千円札が混じっていることが分かったら数えた奴に弁償させるぞ、などと言ったので日野奈美が「私弁償できないよぉ」と泣くのを、横浜が「その時は私が奈美ちゃんの分まで出してあげるから」となだめていた。
 
しかしこれで美来は自由の身になった。それで美来は織絵と一緒に∞∞プロ系列の@@エンタテーメントと契約。新たなユニットΦωνοτον(フォノトン)を結成した。@@エンタテーメントは、神崎美恩・浜名麻梨奈とも作詞作曲契約を結んだ(年間最低12曲はΦωνοτονに提供する契約。それ以外に書くのは自由)。これでXANFUSから解雇された8人の内の4人が再集結したことになる。Purple Catsの4人は実は今丸山アイのキャンペーンに同行しており、そちらの仕事が一段落したら、やはりここに合流するものと思われた。
 

龍虎はその日、お風呂空いたよという声に着換えを持ってお風呂場に行った。脱衣場でトレーナー、Tシャツ、スカートを脱ぎ、ブラジャーを外してパンティを脱ぐ。そして浴室に入り身体にシャワーを掛ける。
 
あの付近を洗う。
 
今までとは全然洗い方が違うなあと思った。
 
この中も多分きれいに洗っておかないといけないよな、と思いそこを開いて、シャワーを当てながら指で優しく洗う。こうちゃんさんの仕業だと思うけど、困るよなあ、と思う。こんな所見られたら。これほとんど女の子みたいなんだもん。でもクリちゃんとかヴァギナとか、女の子には存在するはずのものも見当たらない。要するに中性状態なのかな?
 
おしっこが物凄く後ろから出るのには最初戸惑ったけど、少し慣れたかな。
 

12月5日(金).
 
アクアは“健康診断”を受けてくれと言われて病院に行った。付き添いとして秋風コスモス、ローズ+リリーのケイ、★★レコードの北川奏絵も来ている。実はアクアがあまりにも女の子っぽいので、本当に男なのか確認して欲しいと★★レコードから言われて連れて来られたもので、北川は確認役なのだが、本人はそのことを知らされていなかった。病院に来てから
 
「ボク何をすればいいんですか?」
とアクアが言うので
 
「お医者さんに龍ちゃんの身体を見せて、少し検査したりして、龍ちゃんが間違いなく男の子であることを確認したいということなんだよ」
とケイが説明する。
 
アクアはそれを聞いて「やばい」と思った。今自分の身体を見られたら“間違いなく女の子であること”が確認されるだろう。
 
「万一ボク、女の子だと言われたらどうしよう?」
「その時は女の子には余分なものを取る手術をして女の子アイドルとしてデビューすればいいんだよ」
「嫌です」
とアクアは本当に嫌そうに言った。その言い方を見て北川はやはりこの子はただの美少年で、別に女の子になる気は無いんだろうなと思ったようである。
 
アクアは大いに焦っていた。しかしその焦りを顔に出したりはしないだけの演技力を持っていた。
 

取り敢えず採尿・採血から始まる。自粛して男子トイレに入り、個室の中でおしっこを紙コップに取る。その時、こうちゃんさんの声が脳内に響いた。
『安心して受診しろ。医者は俺の仲間だ』
 
へー!
 
それで処置室に行き、採血をしてもらう。それから泌尿器科に行った。コスモス・ケイ・北川の3人が付いてくるが、全員女性なのでクロススクリーンの向こうにいる。お医者さん?が龍虎に
 
「ズボンとパンツを脱いでベッドに横になって下さい」
と言う。
 
それで龍虎はズボンとパンティを脱いで横になった。ほとんど女の子と同じ形のお股が顕わになる。しかし医師は言った。
 
「確かに男性器はありますが、発達が遅いようですね」
「私、小さい頃大病をしたので発達が遅れているんです」
 
「なるほどねぇ。その影響で発達が遅いんだろうね。でも君の睾丸はこれ小学4年生くらいのサイズだから、その大病をした時よりは大きくなっているようだね。だから、その内、ちゃんと思春期も来て男の子らしくなるよ」
と医師は龍虎の割れ目ちゃんをアルコールで消毒しながら言った。
 
「ペニスは小学1年生くらいのサイズだね」
と言いながら医師がガラスの容器の中から、おちんちんのようなものを取り出すのでびっくりする。むろん表面的には平静を装う。
 
「小さいなとは思ったりします」
「男性ホルモンを処方しようか?」
 
と言いながら医師はそのおちんちんを根本の側から、龍虎の身体にグイっと埋め込んでしまった。ただし短いので先端が皮膚の中に埋もれている。これってこの春くらいまでのボクのおちんちんのサイズだ、と思った。人が見たら一見女の子のクリちゃんに見えるだろうけど。
 
「ホルモン的な治療はしたくないんです。自分の自然な発達に任せたいので」
と龍虎は言った。
 
「なるほど、君がそう思うのであればそれでもいいと思う。睾丸はちゃんと少しずつ大きくなってきているから、これは睾丸がある程度のサイズまで到達したら、そこから出る男性ホルモンによってペニスももっと大きくなるだろうね」
 
そんなことを言いながら彼は別のガラス容器から何か細長い臓器のようなものを取り出し、白い弾力性のありそうな棒を、まるで鞘に刀を収めるかのように差し込んだ。そしてそれを龍虎の割れ目ちゃんの奥の方にぐいっと押し込む。身体の中に明確にそれが入ってくる感覚が物凄い快感だった。何?この感覚!?
 
医師はそれを龍虎の身体に埋め込んだ上で、白い棒は取りだした。丁寧に洗いビニール袋に入れて軟膏でも入っているような容器と一緒に龍虎に渡す。
 
《このダイレーターはこれから1ヶ月くらい、寝る時にきれいに洗ってからこのクリームを塗って膣に入れて寝て。朝起きたら取り出していいよ》と書いた紙をお医者さんは見せた。
 
ちょっと待って。膣って・・・そんなのあるなんて、まるで女の子みたいじゃん!
 

「念のため、胸も見せてもらえますか?もうパンツとズボンは穿いていいですよ」
「はい」
 
それで龍虎はパンティーとズボンを穿いた上で、今度はトレーナーとカットソーを脱ぎ、ブラジャーを外した。春頃からは小さくなったものの、まだAAサイズくらいあるバストが顕わになる。
 
「胸の形は普通の男の子ですね。乳首も小さいし、君は間違い無く男の子だよ」
 
と言いながら医師は龍虎の両方の乳房に何か注射をして液体を注入した。その液体の分、乳房が膨らむ!
 
何かこれ、男の子であることを確認するための診察じゃなくて、ボク女の子に改造されてない!?困るんですけどぉ!
 
注射が終わると医師は龍虎の胸を少しマッサージした。その上で医師はメジャーで龍虎の胸を測定した。
 
医師は Under 69 Top 81 B70 と紙に書いて龍虎に渡した。更に「ブラジャーは預かるから」書いた紙を見せるので、龍虎はブラジャーを渡す。実際問題としてこんなに大きくなっちゃったら、今着けてたブラでは入らない気がした。新しいの買わなきゃ、などと考えている。
 
「もう服を着ていいですよ」
と言うので、ノーブラでカットソーとトレーナーを着た上で、バストサイズを書いた紙と、さっきの白い棒、軟膏をバッグにしまった。
 
「じゃ精子の品質を調べたいので、ちょっとそちらの部屋で精液をこれに取ってきてください」
と医師は言う。それで龍虎は容器を持って個室に入った。
 

さて・・・これどうすればいいのかな?と思って容器を持ったままベッドに腰掛ける。おちんちんはさっき取り付けてもらったので復活したけど、タマタマが無いので射精のしようがない気がする。もっとも龍虎は射精した経験自体が無い。
 
部屋の中に何だか雑誌が置いてあるので何だろうと思って見たら女の人のヌード写真が載っているのでドキッとする。
 
しかし龍虎はその写真を見て「きれーい!」と思った。
 
いいなあ。こんなに胸が大きくて、などと思って眺めている。そしたら突然肩をトントンとされたので、ギョッとする。
 
振り向くと《こうちゃん》である。龍虎はホッとため息を付いた。
 
『この子が凄いぞ』
と言って《こうちゃん》は龍虎が持っていた雑誌のページをめくる。
『ちょっと大きすぎる気がします』
『俺は大きいのが好みだ』
 
『ここまであったら肩がこりませんか?』
『だからワイヤー入のブラジャーが必要なのさ』
『それより、ボク女の子になりたくないのに、なんか膣を作られちゃったし、おっぱい大きくされちゃったし』
『いいじゃんか。今度子宮と卵巣も埋め込んでやるから』
『そんなのあっても困ります!』
『まあいいや。これを医者には出せ』
 
と言うと《こうちゃん》はビニールに入った液体を龍虎が持つ容器に注いだ。
 
龍虎が頷く。《こうちゃん》はそれで姿を消した。龍虎は少し考えてからスマホで時計を見て、5分経つのを待ってから個室を出た。容器を医師に渡す。
 
「ご苦労さん。普段はだいたいどのくらいの時間で出る?」
 
「7-8分でしょうか」
「中学生なら、そのくらい掛かる子もいるよ。じゃ検査に回すね。次はMRI室に行って」
 

カーテンの向こうでは、北川が
 
「出すまで結構時間が掛かったみたいね。私、自分の時計で見てたけど10分ちょっと掛かった」
と言っている。
 
「声変わりがまだ来てないことからも分かるように、たぶん性的な能力もまだ弱いから、出すのにも時間が掛かるんでしょう」
とケイが言っていた。
 

MRI室では、やはり付き添いは女性なので、廊下で待っている。龍虎は今日の検査のポイントは、男性の付き添いが居ないことだよな、という気がした。平常心でトレーナー、カットソー、ズボンを脱ぎ、パンティだけになった。
 
「あら、ブラジャーはしてないの?」
「はい。してません」
 
「中学生でしょ?いつもブラしておいた方がいいわよ」
と女性看護師が言い、それを廊下で聞いていたコスモスとケイが苦笑していた。
 
龍虎はそれで検査着を着せられ、MRIに入れられた。龍虎はこれに入るのはもう慣れっこである。ドンドンドンドンという大きな音がする中、ぼーっとしていた。やがて終わったようで機械の外に出される。龍虎は服を着て廊下に出た。
 

その後、臨床心理師さんから、多数の質問をされるが、これはガチで答えていった。これはケイたちも聞かなかったようである。これで検査は終了である。2時間ほど待って下さいということだったので、ケイたちと一緒にお昼を食べた。
 
やがて呼ばれて診察室に行く。これにはケイたち3人も同席した。
 
「陰茎、睾丸、陰嚢、前立腺といった男性器は全て存在します。卵巣、子宮、膣、陰唇、陰核などは存在しません。完全に男性の性器形態です」
 
と医師は言った。
 
「良かったぁ」
と龍虎は半分マジで言った。
 
「心理的にも完全に男の子ですね。女性ホルモンは中学生男子の正常値を少し超えていますが、問題無い範囲。男性ホルモンは中学生男子の正常値からかなり低いですが、小学4年生男子の標準値ですね。実際そのくらいの年齢並みの性的発達の度合いだと思われます」
 
「性染色体はXYで間違い無いです。ですから遺伝子的にも間違い無く男性ですね」
 
「それもボク、あんたはXXだとか言われたらどうしようと思った」
と龍虎。
 
「遺伝子的にXXの男性は普通に居ますし、本人が男性として精神的に発達していれば、そのまま男性として生きて行くことを私たちはお勧めしています。でも患者さんの場合はXYですから、男性であることは疑いの余地もないですね」
 
今日の診断内容を医師は診断書としてまとめてくれた。それを北川が持ち帰って間違い無くアクアは男の子でしたと報告するであろう。
 

龍虎は緊張感から解放されホッとしたのかトイレに行きたくなる。自粛して男子トイレに入るが、誰も居なかったので助かった。人がいたら絶対女子トイレに行けと言われる。個室に入り、おしっこをするのだが、え!?と思う。
 
おちんちんを取り付けてもらったから、てっきりそこからおしっこが出ると思ったのに、おしっこは今までと同じ場所から出るのである。
 
このおちんちん、おしっこには使えないの〜〜?
 
そんなことを思いながら、龍虎が結構焦っていた頃、廊下で待っていた北川がこんなことを言っていたのを龍虎は知らない。
 
「でも今日1日、あの子を見ていて私は確信した。あの子は男の子の心と体のまま、女の子のアドバンテージだけむさぼろうとしている」
 

12月7日(日).
 
紅川は都内江戸川区にある天羽飛鳥の自宅を訪問した。飛鳥の母、姉の柴田邦江、北海道から出てきた邦江と飛鳥の父・柴田純一郎も同席した。
 
「先日、帯広を訪問した時には、邦江さんに妹さんがいるとは聞いていなかったので、びっくりしました」
と紅川は言う。
 
「済みません。あの時は同居している者だけ言えばいいかと思ったものですから」
と父は恐縮している。
 
「うちの両親が、私も飛鳥もまだ幼い頃に離婚して、母は東京の実家に、父は仕事をしている帯広に残ったんですよ。子供も1人ずつということになって、飛鳥は母の許に行き、私が父の許に残りました」
 
「その時、まだ5歳だった邦江が私に言ったんです。まだ幼い飛鳥にはお母さんが必要だから、自分がお父ちゃんの所に残りたいって」
と父は言う。
 
「小さい2人に悲しい思いをさせてしまって本当に申し訳なかったです」
と母が言う。
 
「その後、母は弟さんが結婚してその奥さんが実家に同居したから、母は飛鳥と一緒に実家を出てこのアパートで暮らしているんですよね。父は今のお母さんと結婚して、弟が生まれて。だから今の状態は少々ややこしいですね」
と邦江。
 
「姉と数紀の姉弟だけ知っている人の所に私が出て行くと、数紀ちゃん性転換したの?と言われることがあります」
と楽しそうに飛鳥は言う。
 
「数紀の方が年下だから、背丈も飛鳥とあまり変わらないんだよね。それにふたりとも父親似だから、顔つきも似ているし」
と邦江は言う。
 
「姉貴はお母ちゃん似なんだよね」
と飛鳥。
 

「それでいかがでしょうか?飛鳥さんも、タレントをやってみる気は?」
と紅川は言う。
 
「いくつか問題があるのですが」
とふたりの父は言った。
 
「自分の娘にこういうことを言うのも何ですが、飛鳥は邦江ほどは歌がうまくないんですが」
 
「歌は聞かせて頂きました。お姉さんの方は本格歌手として売り出せるくらいの歌唱力をお持ちですが、確かに妹さんの方はそこまで上手くはないです。でも、リズム感がとてもいいと思いました」
 
「あ、私、歌は音程がずれるけど、ダンスとかは結構自信があります」
と飛鳥。
 
「年齢的に言って、お姉さんは来年から高校生ですし、その年齢域の歌手はある程度の歌唱力を求められます。でも妹さんはまだ中学生なので、多少歌が上手くなくてもでも許容されるんですよ。リズム感がいいということは、ずっと練習していれば結構上達する可能性が高いと思うんですね」
と紅川が言うが
 
「それはあまり自信無いです」
と飛鳥本人は言っている。
 
「飛鳥はわりと演技がうまいです。小学生の間でも、毎年学習発表会で、準主役的な役柄をしているんですよ」
と邦江が言う。
 
「それは主役より多分上手かったんですね。主役はどちらかというと、クラスの人気者とか、女王様タイプの子が取ることが多いので」
と紅川。
 
「まあ、あの歌でもいいのなら、そのあたりは本人のやる気の方が大事ですけどね。飛鳥やるの?」
 
「やりたい」
と飛鳥は言った。
 
「お前もいい?」
とふたりの父が飛鳥の母に訊く。
 
「本人がやりたいのならね。この子、お姉ちゃんがデビューするというので、もらってきたPVとか見て、私もこういうのやってみたーい、って、こないだから何度も言っていたんですよ」
と母。
 

「その問題がクリアできたとして、もうひとつ懸念があるのですが」
と父は言った。
 
「姉妹でデビューした場合、過去の芸能界の事例を見ていると、どうしてもどちらか一方に力点(りきてん)がおかれてしまうケースが多いように感じています。割とうまく行っているのは、ふたりが別のプロダクションで別々にプロモートされているケースだと思うんですよね」
 
「なるほど」
 
「例えば保坂早穂は○○プロで、妹の芹菜リセは∞∞プロ。槇原愛は△△社で篠崎マイは∴∴ミュージック。AYAは$$アーツで遠上笑美子はζζプロ。北野裕子はΘΘプロで、今年デビューした北野天子は@@エージェンシー。どのケースでも両方売れています。AYAは今年は休んでいるようですが写真集があれだけ売れたらじきに復帰するでしょう」
 
「よくご存知ですね!公開していないケースもあるのに。私もAYAはすぐ復活すると思いますよ」
 
「ですよね。私も実は娘がデビューということになったので少し勉強しました」
と父は言っている。
 
「それに対して姉妹で同じプロダクションに属しているケースで、ζζプロの谷崎潤子・谷崎聡子の場合、どうしても妹の聡子に重点が置かれている。姉の潤子は最近全然曲をもらえていないし関東ローカルばかりで全国規模の番組にも出ていない。同じ##プロに所属している高木美優と高木蘭夢も、やはり妹の蘭夢の方に力点が置かれている。どちらも“旬”の問題はあるかも知れませんが」
 
「確かにおっしゃる通りです」
と言ってから紅川は言った。
 
「実はこちらからも提案があります。うちのプロダクションではメインどころのタレントの引退が相次いだこともあって、今年の秋から来年の春に掛けて、こちらの邦江さんが初代ロックギャル・高崎ひろかとしてデビューするほか、フレッシュガール2014の品川ありさ、そしてロックギャルコンテストで優勝したアクアと、3人の新人を相次いでデビューさせることになりました。それで実はスタッフが足りないのですよ」
 
「はい?」
 
「基本的には、高崎ひろかさんには月原、品川ありさちゃんには沢村、アクアちゃんには現在暫定的に田所を付けておりますが、田所は本来デスクなので、川崎ゆりこや桜野みちるに、B契約のタレントさんたちの世話もしているので、誰かマネージャーをしてくれる人を現在募集を掛けています。やはり新人の時期は営業とか挨拶とかが結構大変なんですよ」
 
「ああ。確かに最初は手が掛かるでしょうね」
 
「それで無責任に聞こえるかも知れませんが、妹さんの飛鳥さんの方は、うちの友好プロダクションで♪♪ハウスという所がありまして、そこからのデビューということにさせて頂く訳にはいかないかと」
 
「同じ∞∞プロ系列ですね!」
 
「そうなんですよ。社長の白河とはお互いに∞∞プロの社員だった頃からの親友です。当時は紅白コンビと言われたのですが」
 
「なるほど」
 
「親友だけにライバル心も強いから、うちと♪♪ハウスなら、お互い競争になると思います。姉妹競争の方がいいんでしょう?」
 
「ええ。歓迎です。でもそれは契約的にはどうなるんですか?飛鳥は♪♪ハウスと契約することになるんでしょうか?」
 
「§§プロとマネージメント契約して、♪♪ハウスに預ける、出向という形ではいかがでしょう?先ほどお父さんが例に挙げられました、篠崎マイの場合も契約は△△社で、∴∴ミュージックに出向しているんですよ。ですから給料は△△社から支払われています」
 
「私は紅川さんや何度か代理で来てくださった伊藤さん(秋風メロディー)を信頼できる方だと思っています。これまで全く知らなかった会社との契約より、そういう形の方が安心できる気がします」
 
(この時期、実は秋風メロディー・コスモス姉妹、日野ソナタ、更には本来は契約が切れていた春風アルトまで、多忙すぎる紅川を助けてあちこちの営業や新人との契約の件で動いてくれていたのである)
 
「ではそういう形で契約を結びましょうか」
「はい」
 
紅川と柴田純一郎は笑顔で握手した。
 
それで天羽飛鳥は“松梨詩恩”の芸名で♪♪ハウスからデビューすることになったのである。高崎ひろかと姉妹であることは公開しない。そして飛鳥は突然結婚・引退の意向を表明した神田ひとみで予定していた仕事の大半を引き継ぐことになる。但し年齢的な都合で、ひとみの仕事をひろかが代替し、その分ひろかの仕事を詩恩が引き受けるという形の《ドミノ》も行われた。
 

「そういえば社長、聞きそびれていたのですが」
と邦江(高崎ひろか)は言った。
 
「何だね?」
 
「アクアちゃんがロックギャルコンテストで失格した理由は何なんですか?年齢不足かと思ったのですが、あの子、中学1年なんですよね」
 
「ああ。それはあの子が男の子だからだよ」
と紅川は言った。
 
「え?男の子になりたい女の子とか?」
「いや、普通の男の子。まるで女の子みたいに見えるけどね」
 
「え〜〜〜〜〜!?」
と高崎ひろかは大きな声をあげた。
 
「最初はみんなびっくりするよね」
と紅川は笑っていたが、高崎は困ったような表情で
 
「どうしよう?」
と言った。
 
「どうかしたの?」
「私、裸で山手線一周しないといけない」
 
「は!?」
 

12月8日(月).
 
アクアがハワイで撮ってきたビデオクリップの編集が完了した。紅川社長はこのビデオのDVDを5万枚、ブルーレイも5万枚プレス指示を出した。普通ならこの手のビデオクリップは売れてもせいぜいDVD,BD合わせて5万枚だが、紅川はこれも絶対行けると思っていた。
 

12月11日(木).
 
アクアは羽田空港に向かった。明日のローズ+リリー沖縄公演で《鈴割り》役をするためである。マネージャー役で同行するコスモスと落ち合うが、他の人が来るのはもう少し遅くなりそうというので、空港内のカフェに入った。航空券を渡される。
 
「コスモスさん、航空券がFになってますけど」
「その方がトラブル起きないでしょ?トイレも女子トイレ使いなよ」
「そうですね」
 
「だけどさあ。あんた、こないだの検査どうやって誤魔化したの?」
と言われるのでドキッとする。
 
「精液は実は友人のを用意していたんです」
「なるほどねぇ。どう考えてもまだあんたは精通なんか来てない」
「みんなからその内、生理が始まるよと言われているんですけど、生理が来ちゃったらどうしましょう?」
「別に構わないと思うけど。言わなきゃバレないよ」
 
アクアは少し考えた。
「そうですね!」
「ナプキンは持っているよね?」
「母が持っていなさいと言うので、いつも生理用品入れに入れて持っています」
「それでいい。ちんちんとタマタマはやはり偽物で誤魔化したの?」
「はい。バレないかなとヒヤヒヤしましたけど、お医者さんは気付かなかったみたいです」
「醍醐先生が、一度見せてたけど、凄い精巧にできてた。多分同じようなものかな」
「ボクのも醍醐先生からもらったんです。実際のボクのちんちんはまだ皮膚に埋もれていて外に出ている部分は0cmなんです」
 
と言いながら龍虎は“あれ”は本当におちんちんなのか疑問を感じていた。“あれ”には尿道が付いていない。おしっこは11月30日に唐突におちんちんが消滅して以降出ている場所から出ている。まさか“あれ”四十久里浜なんてことは?
 
「まあAV男優にでもならない限りは、ちんちんを人に見せることはないから別にちんちんなんか無くても問題ないんじゃない?」
 
「それで開き直ろうかなあ」
「それでいいと思うよ。おっぱいはさ、あんたドラマで女の子役することになったじゃん」
「はい」
「だから女の子役するために、パッド入れてますと言っておけば、おっぱいがあってもバレない」
 
「あ!その手があったか」
「だから、ほぼ女の子の身体であることは、まずバレないから安心して男の子アイドルの振りをするといいよ」
「振りをするというか、ボク男の子なんですけどー」
「内面はね」
「・・・そうですね!」
 
「実際問題として男の子機能は死んでいるんじゃないの?」
とコスモスが訊くのでアクアは答えた。
「実は古くから知り合いのお医者さんが、治療して下さっているんです」
「へー!」
「でも治療に20歳くらいまで掛かると言われました。だから多分ボク20歳まで声変わりもしないと思います」
「ふーん。でもそれあまり人に言えないよね?」
「できたら秘密に」
「じゃ私とアクアの秘密」
と言ってコスモスは右手の小指を出した。アクアはちょっと恥ずかしそうにして、そこに自分の小指を絡め、指切りをした。
 

そろそろかなと言ってお店を出て待っている内にAYAのゆみが来た。コスモスが航空券を渡す。コスモスがアクアを紹介する。
 
「おはようございます。アクアと申します。よろしくお願いします」
「おはようございます。AYAのゆみです。よろしくね」
 
と言ってから、ゆみは言う。
 
「この子、凄く可愛いね!300年に1度の美少女って感じだよ」
 
「300年に1度か。ランクが上がったな。★★レコードの町添部長は100年に1度の美少年と言っていたんだけどね」
とコスモス。
 
「いや、100年に一度よりレベル高いと思う」
とゆみは言ってから、考えた。
 
「待って。今美少年と言った?」
「うん。この子は男の子」
「うっそー!?」
 
「まあ少女と見紛うほどの美少年だよ」
とコスモスは言った。
 

AYAは幕間のゲストかと思ったのだが、そうではなく、ローズ+リリーがAYAの『スーパースター』を歌うので、その途中から“本人登場”をする趣向ということ。幕間ゲストは小野寺イルザだが、彼女は明日沖縄に入るらしい。
 
3人で立ち話をしている内に、約束の時間から少し遅れてケイとマリがやってきた。
 
「遅くなってごめーん」
「問題無いです。これチケットです」
と言ってコスモスが2人に航空券を渡した。
 
セキュリティを通るが、アクアは航空券の性別がFなので、何も言われることなく、通ることが出来た。マリはおやつの入った袋をうっかり逆さにしてしまい、拾い集めるのに苦労していた。
 
那覇空港から、2台のタクシーに分乗(マリ・ケイ/ゆみ・コスモス・アクア)して、宜野湾市のLホテルに入る。マリとケイは豪華なスイートに泊まるようであるが、ゆみ・コスモス・アクアは各々セミダブルルームのシングルユースである。コスモスが宿泊カードを書いていたが、
 
伊藤宏美 1991.10.04 女 ★★レコード 03-****-****
水森優美香 1991.08.09 女 同上
田代龍虎 2001.08.20 女 同上
 
とすらすら書くので、ゆみが
「よく誕生日覚えてるね!」
と感心していた。
 
「アクアちゃん、これ獅子座?乙女座?」
「獅子座です。獅子座の27度くらいなんですよ。ゆみさんも獅子座なんですね」
「うん。でも同じ獅子座でもかなりタイプが違う気がするなあ」
 
そんなことを言っていたので、ゆみはアクアの性別が女と書かれたことに気付かなかった。ちなみに3人とも部屋はレディスフロア!の並びの部屋となった。ビーチが見えるお部屋で、ゆみ・コスモス・アクアの順である。
 
龍虎はお部屋が広いので、すごーいと思った。
 
エレベータの中でコスモスが「私たちレディスフロアになったみたい」と言っていたのだが、龍虎はそのことに全く気付いていない。そもそも龍虎は女性扱いされることに慣れているし、小学校の5年生の宿泊体験でも修学旅行でも女子部屋に泊まっている。
 

しばらく景色を眺めていたら、コスモスから
「アクアちゃん、エステ行かない?ケイちゃんたちが手配していてチケットの中に含まれているみたい」
と言うので、アクアはコスモスと一緒に地下のエステルームに行った。ゆみは部屋でボーっとしてる、という話だった。
 
「先ほど電話した伊藤ですが」
とコスモスが言って中に入る。
「はい。2名様ですね」
 
それでアクアはエステなるものを初体験する。まずはフットバスで足を揉みほぐされる。とても気持ちいい!その後、カーテンで区切られたベッドに寝て服を脱ぎ、ブラジャーも外してパンティ1枚になる。それで顔のマッサージ、肩のマッサージ、バストマッサージ!、足のマッサージとされていくと至福の気分だった。
 
「中学生さん?」
「はい。そうです」
「だったら、おっぱいがよく育つようにマッサージしてあげるね」
「はい」
 
と答えているアクアの声を聞いて、隣のベッドで施術されていたコスモスは楽しそうに微笑んだ。
 
この子、ひょっとしたらマザコンでおっぱいフェチなのかもね〜。私も結構そうだし、などと思うと、コスモスは意識が遠い時空の彼方に飛んで行く気分だった。
 
今回のアクアのサポートが一段落したら、私も結婚しちゃおうかなぁ、などと思うが、彼氏ってどうやって見つけるんだろう?などと考える。もしかしたら自分も恋愛がよく分かっていないのかも知れない気もしてきた。
 
でもお姉ちゃん、なぜ結婚しないのかな?彼氏と仲良さそうなのに。
 
ちなみにこのエステは女性専科!である。
 
 
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【娘たちのエンブリオ】(5)