【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(7)

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卒業・出向などが相次いだので、信濃町ミューズのメンバーは4/1時点の18名から5月下旬には 11名まで減った。
 
2002年度生れ
三田雪代 2017RGC2位(信濃町ミューズ・リーダー)
 
2003年度生れ(高3)
太田芳絵 2019RGC4位
 
2004年度生れ(高2)
斎藤恵梨香 2019RGC10位
夢島きらら(本名弘原如月)。2017信RGC大阪予選で上位になり信濃町ガールズ関西入団。3年間地方ガールズとして活動した後、2020春に本部昇格、都内の高校に進学した。
 
2005年度生れ(高1)
今川容子 2018RGC2位
坂田由里 2018RGV3位
青木由衣子 2018RGC7位
左蔵真未 2019RGC5位
山本コリン 2019RGC富山県予選優勝。北陸4位(1=東雲はるこ 2=七尾ロマン 3=町田朱美) 信濃町ガールズ北陸で半年活動した後2020年春に本部昇格。
甲斐波津子 2020VGC9位
直江ヒカル(本名上田信希) 2017応募入団。
 
ミュースの男子メンバーは、直江ヒカルが(登録上の)性別を変更したのもあり、4人から1人(夢島きらら:弘原如月)のみに減った。
 
2代目リーダーに就任したばかりの三田雪代が
「マジで上も隣も居なくなった!」
と悲鳴(?)をあげていた。彼女は3月頃「何か上がどんどん居なくなる」と不安をこぼしていたのだが。
 
卒業した7人(左の数字は生年度)↓
2000 悠木恵美→常滑舞音のマネージャー
2001 桜井真理子→♪♪ハウス.フラワーサンシャイン
2002 安原祥子→♪♪ハウス.フラワーサンシャイン
2002 木下宏紀→招き猫
2003 篠原倉光→招き猫
2004 中村昭恵→女優デビュー
2005 常滑舞音→歌手デビュー
 

千里はその日も上田信希の部屋に来ると、部屋の中から隠しカメラと盗聴器を12個!も見つけては持参のジュラルミンケース(静電遮蔽で電波を遮断する)に放り込んだ。
 
「信ちゃん、ドアをロックしとけばいいのに」
「ボク、よく昼間に眠り込んだりしてるから、勝手に入ってきてもらった方が助かるんですよねー。起こしてもらえて。ここではレイプとかされる心配も無いし。男子寮もそうだったけど」
 
「確かに男子寮には男性ホルモンの強い子はいないよね」
「ボクが抜けても、女性ホルモンの方が強い子が他に2人いるし」
「でも誠水ちゃんも連れてくれば良かったのに」
 
(信希の言う“2人”は弟(妹)の誠水と、木下宏紀である。信希も木下宏紀は去勢済み(ひょっとしたら性転換済み)で、女性ホルモンを服用しており、バストもかなり育てていると思い込んでいる)
 
しかし信希は、誠水は一度自分と離れた方が、自身の性別についてしっかり考えることができる気がすると千里に説明した。
 
「考えたって睾丸取っちゃってるんだから、今更男の子には戻れないじゃん」
「それはそうですけどね。真面目に女性ホルモン飲んでるみたいだし。もしかしたらボクより女性指向が強いのかも」
 
「信ちゃんもまじめに女性ホルモン飲んだ方がいいよ。おっぱいもう少し大きくしないと不審がられるよ」
「やはりそうですよねー。ちゃんと真面目に飲むかな」
 
信希は4月頭の身体測定・内科検診の時もそんなことを思ったので素直に答えた。
 
「あるいはホルモン剤とか飲まなくても済むようにしてあげようか?」
「え?」
と声をあげる。そして一瞬考えてから彼(ほぼ彼女)は言った。
 
「何かそれ凄く恐い話のような気もするんですけど」
「恐かったら妹さんで実験してみる?」
 

「さて今日は**の手術するよ」
「また手術なんですか〜?」
「手術は続くよ、どこまでも」
「ひぇー」
 
それで彼(?)はまたストレッチャーに乗せられ、手術室に運ばれた。
 

「あ、これで少し落ち着きます。助かります」
と龍虎Mは千里に取り付けてもらった“付けちんちん”を見て言った。
 
「やはり男の子はちんちん無いと変な感じでしょ?」
「そうなんですよ。無いのにもボク結構慣れているけど、やはり無いと寂しくて」
「これで立っておしっこもできるよ」
「それはしませんけどね」
「まあアクアは立っておしっこできるような服を着ていることないよね」
「そうなんですよねー」
 
千里が龍虎Mに取り付けてあげたのは、貴司が使っていたのと同型の付けちんちんで、ハーネス無しで(割れ目ちゃんを利用して)身体に取り付けられるタイプである。ハーネスを使わないから偽装が目立ちにくいが、落下事故”を起こす危険はある。トラベルメイト(女性用立小便器具-FUD)を組み込んであり、おしっこの出てくる場所にきちんと合っていることを指で確認した上でなら、男子小便器も使える。自分の身体にフィットさせる加工が必要だが、それは千里がしてあげた。
 
「でもこんなもの使わなくても普通に男の子に変えてあげてもいいのに。そしたら彩佳を抱く時も楽だし」
「それすると声変わり来ますよね?」
「当然」
「それは嫌なんですよね」
「完全な女の子にしてあげることもできるけど」
 
と言いつつ、今この子ひょっとして完全な女の子になっているということはないか?と千里は疑問を感じる。
 
「それは絶対嫌です。ボクは男の子です」
 
一応そういう自覚はある訳だ。でもきっとこの子、近いうちに生理“再開”する気がするけど。胸もたぶん膨らみ始める気がする。
 
「男なら声変わりして格好良い男の声になればいいじゃん」
「もう少し待って下さい」
「まあいいけどね」
 
Mは本来“男の子になりたいアクア”からできているはずなのに、おとなの男になるのには、まだためらいがあるようである。彩佳が妊娠でもしないと男としての自覚はできないのかも知れない。でもちんちんが無いと彩佳が妊娠することは無い!(デッドロック)
 

アクア主演の映画『ロミオとジュリエット』の撮影はマクラが参加してくれたお陰で(アフレコも含めて)予定通り5月上旬に完了した。ゴールデンウィークは終わってしまったが、アクアの(遅めの)春のライブを例によってネット中継(あけぼのテレビ方式)で5月下旬に行うことが発表されると、多くの歓声があがっていた。
 
ネットライブは物理的に集まらなくてもいいので、実はあまり日程を選ばない。平日の夕方にやってもいい。
 
アクアの日程は、映画の撮影が延びた場合に備えて、5月中旬までは極力空けておいた。それでアクアはその時間を利用して今年も写真集の撮影をすることにした。
 
映画撮影が終わった後、“2人のアクア”を Honda-JetRedに乗せて目立たないよう夜間に、小浜のミューズ飛行場まで運ぶ(千里が同行)。
 
今回撮影してくれるのは、これまでいつもアクアの写真集を撮影してくれていた桜井理佳さんである。アクアの写真集はこれまで6回制作しているが、そのほとんどを桜井さんが撮影している。
 
撮影月/発売月
2014.11/2015.01(桜井) ハワイ "AQUA in Hawaii"
2015秋-/2016.02(多数) 与論島・福島など "Fukushima 2016"
2017.04/2017.07(桜井) プーケット "Double Green Sea"
2019.05/2019.08(桜井) タヒチ "Aqua dans les iles du paradis"
2019.11/2020.05(桜井) ロマンティック街道 "Aqua an der Romantischen Strasse"
2020.06/2020.08(室田) 金田町 "Aqua Holiday in Kanada"
 
桜井さんは助手さんたちと一緒にVIP仕様のG650(パイロット:森村雪歌)で小浜に運んだ。こちらはコスモスが同行したが、桜井さんは
 
「カナダでの撮影も私を使って欲しかったなあ」
とコスモスに軽い苦情を言っていた。
 
「すみません。ちょっと事情がありまして」
とコスモスは謝る。
 
「やはりあの子のヌード撮ったの?」
「済みません。その辺りはあまり詮索して欲しくないのですが」
「いいよ、いいよ。誰にも言わないから」
と桜井さん。
 
恐らく、同様のことを想像した人はわりと居たのではないかとコスモスも思った。ヌード写真で定評のある写真家に撮影させたというのは、実は密かにヌード撮影もしていて、ひょっとして“性別を変更したことを公表した後で”ヌード写真集も発売するつもりなのではないかと。
 
水着写真だけだったら、これまで何度も桜井さんも撮影していた。
 
そして多忙なコスモスが今回の撮影に同行し、しかも桜井さんと一緒に移動したのは、桜井さんからの不満を聞いてあげるためであった。これは事務所社長であるコスモスにしかできないことだったのである。
 

今年のテーマは『Aqua in Labyrinth』ということで、小浜のミューズタウンの更に奥側(山側)に土地を確保し、108m×72mというサッカーフィールド並みの広さの巨大な“鏡の迷宮”を建築した。
 
建物はコンクリートの基礎の上に、“パネル”を取り付けるための鉄柱を東西に121本×南北に81本立てて(実数は121×81=9801より小さい:後述)、その上に不燃合板の天井、コンクリート製の屋根を載せたものである。外側から見ると、2本の尖塔(後述)を持つ西洋のお城に見えるようにしてある。
 
パネルには“固定パネル”と“可動パネル”がある。
 
固定パネルはスティール製のフレームに、ガラス製の鏡が填められている。(アルミシートを両側からガラスで挟んだもので両面鏡である)重さは40kgほどで、基本的には柱と柱の間に填めて使用し、移動させることは考えていないが、動かせないことは無い。可動パネルはアルミニウムのフレームにポリカーボネート(*1)製の鏡(アルミシートをポリカーボネート板で両側から挟みこんだ両面鏡)を填め込んだもので重さは10kgほどであり、片側を柱に取り付けて(コントロールルームからの指令により)小型モーターで回転できるようにしている。迷路の形状を変更できるようにするためである。
 
しかしそれで巨大な鏡迷宮(Mirror Labyrinth)が出現するのである。
 
各パネルのサイズが高さ180cm, 幅90cm なので、迷路全体のサイズは
 
東西 0.9 × (121-1) = 108m
南北 0.9 × (81-1) = 72m
 
ということになる。迷路の総延長は単純計算すると120×80×0.9=8.6kmになるが後述の理由でもう少し短い。
 
使用されたパネルは固定パネル・可動パネルあわせて約1万枚で、その購入費は約3億円である(千里の会社フェニックスケミカル福井の製造:普通ならこの倍かかると思う)。その材料費を含め工事費は12億円だが、費用は§§ミュージックが3億円とムーランリゾートが9億円出している。写真集発売後“巡礼”に訪れる客を見込んでのものである(*2)。地元の自治体や観光協会などからここには遊戯施設的なものも充実させていって欲しいという“希望”が前々から寄せられていたのに応えたものでもある。
 
例によって若葉は「そんなに安いの?もっと高くならないの?お金が減らないじゃん」などとムーラン建設の石田社長に言っていたが、今回は§§ミュージックが建設費の25%を出す約束だったので、安く抑えてもらった方が、こちらとしては助かる。
 
(*1)ポリカーボネートは難燃性だし、燃えても有毒ガスを発生しない。但しアクリルに比べると透明度がやや低いのが欠点である。アクリルを使えたらよかったのだが、アクリルは可燃性なので危険と判断し、透明度も落ちるし加工も大変だがポリカーボネートにした。
 
(*2)写真集公開後、ここを“アバター”でリアルに通り抜けるゲームも公開する予定である。ゲームは300円/30分くらいの予定。リアルに自動走行ロボットがゲーム参加者の指令に応じて迷路の中を走り、ロボットの見た映像が参加者のPCまたはスマホの画面に表示される。運が良ければ“お城”も見ることができる。リアルロボットを使用するので、一度に参加できる人数に制限がある。
 

床は昔のヨーロッパのお城をイメージして、全て煉瓦ブロックを敷き詰めている。(床まで鏡にする案は「女性のスカートの中が見える」ということから却下された:まあスカートを穿いているのは女性とは限らないが)
 
「女のスカートの中を見たら犯罪。男のスカートの中は見せたら犯罪」
などとムーラン建設の石田社長は言っていた!
 
ただし女性の靴のヒールが引っかからないよう(むろん男性がハイヒールを履いてもいい)、煉瓦の隙間はセメントで埋めて平滑にしている。天井は(荷重を減らすためもあり)不燃合板なのだが、表面にかなりリアルな“煉瓦シート”を貼り付けているので、普通に見れば天井も煉瓦でできているように見える。天井に鏡を張ると、平衡感覚を失う人が出るという理由で鏡は使用しなかった。
 
なお、万一の火災の場合は、全ての可動パネルが並行になって、外まで一直線に行ける通路と化すようになっている(この機構は各パネルに“物理的に”組み込まれているので、コントロールルームからの指示を必要としないし電源が落ちても大丈夫:むしろ電源が落ちると自動的に全並行になる)。
 
万一その機構が動作しなかった場合でも、実は全てのパネルの下40cmほどはつまみをひねると下の溝に落下する仕様になっており、通り抜けられるようになる。それで、最悪床を這って脱出できる(*3)。また床には、そこからどちらに移動するのが建物の外には最も近いかを示す、矢印の入った煉瓦ブロックも埋め込まれている。なお後述のジオラマの部分は床から80cm浮いた場所に作られているので、充分下を通過できる。
 
建物には3メートルおきにスプリンクラー(グラスバルブ式 *4)が付いているので火災が起きると近くのスプリンクラーがすぐ動作する。
 
(*3)180cmのパネル下方40cmが落ちる仕様なので、通路の高さは合計220cmになり、これで頭が天井にぶつかる人は少ないものと思われる。アンロックするつまみは前後どちらからでも回せる仕様。但し外部に通じる所だけは内側からしか回せない。外側から侵入を試みれば警報が鳴る。
 
一酸化炭素(CO=分子量28)やエチレンガス(C2H4=分子量28)は空気(平均分子量28.8)より僅かに軽い。特に火災で発生した一酸化炭素は熱せられて、より軽くなるので、床に沿った脱出路は一酸化炭素に対しては比較的安全である。
 
(*4)グラスバルブというのは火災の熱で内部のアルコールなどが揮発しバルブが開いて放水されるタイプのもの。バルブは開いたらそのままなので鎮火後手動で放水口を閉じる必要がある:バルブは新しいものと交換する:地震あるいは直接何かがぶつかったりしてバルブが物理的に破損すると甚大な水損害を起こすこともあるので、電算室・学校職員室などの貴重な書類や機器がある場所には使用できない(火災報知器と連動する少し複雑なタイプを設置する)。迷路の場合は濡れても全く問題ないので、仕組みがシンプル(=火災が起きたのに作動しないという可能性が低い)で安価なグラスバルブを採用した。
 

今回、アクアがこの迷路で着る衣装は、ロミオとジュリエットと似たような時代のルネッサンス様式の王子様衣装数点、お姫様衣装!数十点(当然こちらが多い)、そして女子水着!!である。コスモスとしては、アクアの女子水着姿はあまり出したくないのだが、アクア写真集についてはアクアFが主導しており、実際、今回の迷宮建設費の§§ミュージック負担分も実はアクア本人が半額出している(写真集の売上げ利益も折半する:その代わり撮影料はゼロ)。そしてアクアFが“自分が存在していた記憶”を残すという観点から、コスモスは水着での撮影を認めた。
 
今回ヌードは無しである。
 
ヌード撮影に関しては、アクアFも昨年の撮影で結構満足している。
 
被写体になるのは、お姫様衣装は主としてM!で、王子様衣装は主としてF、女子水着はFが着ける。フェイクバストでの水着撮影はファンに嘘をつく形になるので、したくない、という点でMとFの意見は一致した。もっともFは
 
「Mもおっぱい大きくしたら問題無くなるよ。千里さんに頼めばすぐ大きくしてくれるよ」
と言ったが、Mは
「それって生理も始まるんだよね?」
と言って拒否した。
 
(分裂前の)アクアは《じゅうちゃんさん》の悪戯(?)のせいで中学生時代ずっと生理を毎月経験している。だから実はMはFとの分裂によって生理の処理から解放された。でも先日唐突にちんちんが消失した後、女性内性器まで発生している可能性をアクアMは考えないようにしている。
 

今回、一緒に写真に写る役として、女の子(侍女など役)は水谷姉妹、新人の鈴鹿あまめ・花貝パール、それに今井葉月と花咲ロンド、男の子(衛兵など役)は山鹿クロムと三陸セレン(この2人はセット扱いされることが多い)、新人の長浜夢夜、高崎ひろかの弟・柴田数紀(高1)、の4人を連れて行っている。この10人は、緑川志穂マネージャーが付き添ってG450に乗せた。私もこのG450に同乗して一緒に小浜に向かった。
 
撮影に参加した人はもう1人いるが後で説明する。
 
撮影は中高生の子たちが参加できるように5月8-9日(土日)にあらかた撮影し、月曜日にもアクアだけで撮影をすることになっている。
 

ところで映画『ロミオとジュリエット』の撮影に使用した神奈川県内のオープンセットだが、体育館並みの広さがある大広間を見て、ΛΛテレビの鳥山プロデューサーが言った。
 
「これ取り壊すの?」
「映画の撮影は終わったし。パイプオルガンだけ、熊谷市の郷愁リゾートが買い取ることになってます。あれだけで制作費2000万円らしいし」
「ひゃー。でもそれ以外は解体?」
「置いてても使い道無いですしねー。そもそも映画撮影のための仮設建築物として許可を取ってるから、用が済んだら取り壊さないといけないんですよ」
 
「もったいない。ここでシンデレラの撮影とかしちゃいけない?」
「ああいいと思いますよ。そちらで使うなら大曽根に言っておきますよ。多分数ヶ月以内に取り壊せばいいと思うし」
と河村監督が快諾した。
 
それでΛΛテレビで『シンデレラ』が制作されることになった。大和映像の好意でこの広間のセットをタダで使える。ΛΛテレビとしては『火の鳥』に続く童話シリーズ第2弾である。
 
鳥山は、最初アクアにシンデレラを演じてくれないかと言ったがコスモスは
「アクアは女役たけのオファーは受けません」
とはっきり断った上で、そもそも映画撮影が終わって、待ってもらっていた様々な仕事をこなさなければならないし、下旬にはライブもあり、その準備でも忙しいと説明した。
 

それで鳥山はシンデレラにふさわしい10代の女優さんを探したのだが、様々な候補を模索した上で、結局ラピスラズリの東雲はるこを指名してきた。
 
コスモスは、はるこは演技力は微妙だけどなあと思ったものの、彼女のいかにも儚げな感じは、お姫様としては使えるかも知れないと考え、了承した(むしろ人魚姫なら似合う。白雪姫には全く合わない)。物語は正味1時間40分、CMを入れてテレビで放映する場合は2時間20分くらいになる。一般的な劇場映画と同じ尺である。ラピスラズリの主演なら、ビデオソフト化してもかなりのセールスが見込める、と鳥山は考えた。
 
それで制作会議に掛けて了承される。スポンサーも大手菓子メーカーとオモチャメーカーが乗ってくれて、話は進んだ。配役はこのように決まった。
 
シンデレラ 東雲はるこ
姉 町田朱美
母 木平智美
実母 沢田峰子
父 谷川亨
魔女 榊森メミカ
王子 黒山明
 
シンデレラをいじめる姉の役を町田朱美が志願したのでそのままお願いした。下手な人をアサインすると、東雲はるこのファンから攻撃されそうだが、パートナーで親友の町田朱美なら全く問題ないので、鳥山さんも助かったと思った。原作では姉は2人だが、2人いても仕方ない気がしたので1人ということにした。
 
それで撮影は5月下旬に一週間ほどで行い、6月に放送する予定で、日程を組んだ。これはアクアが小浜で写真集の撮影をするのと同時期に撮影がスタートする予定である。
 

5月6日(木) 早朝、午前3時。
 
“アクアたち”を乗せたホンダジェットが小浜市のミューズ飛行場に着陸した。熊谷の郷愁飛行場もここも、各々の自治体と『夜間はできるだけ離着陸しない』という口約束をしているだけなので、例外的にであれば離着陸することはできる。むろんできるだけ避けている。
 
今回は2人のアクアを連れてくるのに目立たないようにするため夜間に移動した。人目に付かないように千里が所有する体育館“小浜ラボ”の管理人室で仮眠してから、早朝、ここに回送してもらっていた千里の車“黒いインプ”で迷宮の前まで行った。
 
この車は本来は《こうちゃん》所有の車で、美映が一時期勝手に使用していたが、千里が美映から“買い取った”ので現在は千里のものである:こうちゃんが文句を言っていたが「鍵も掛けずに放置しておくのが悪い」と言って、彼には代金を払っていない!でもこの車は一時期アクアの送迎に使用していたので「この車なつかしー」とアクアたちは言っていた。
 
迷宮の前で“アクアたち”を降ろすと
 
「広ーい」
と、ふたりは声をあげる。。
 
千里がふたりのスマホ(*5))にメールを送る。そのメールに添付したAPKファイルを開いて迷宮通り抜けアプリをインストールさせる。これは迷宮の一般公開後にはGoogle Play, AppStore にも登録する予定である。
 
「このアプリ入れておかないとマジで迷子になっちゃうからね」
「この広さの迷宮で迷子になると辛いなあ」
「100年後に発見されたりしてね」
「行方不明者の霊魂が彷徨ってるなんて都市伝説が出そうだ」
「あ、ここ夏にはお化け屋敷にしましょうよ」
「それいいね。若葉に言っておこう」
 
(*5)アクアMとFはプライベートには別々のスマホを使用している。それで実はMとFが電話して会話していたりする(遠距離にいると脳間通信は疲れる)。仕事用のスマホは内部のメモリーまで完全に連動する“クローン・スマホ”を使っている。プライベートスマホのアドレスや番号を知っているのは千里と和城理紗・葉月だけで、松田君やワルツ、コスモスやこうちゃんも知らない。実はNの使っていたプライベートスマホも存在するが、Fが持ち歩いている。3台は同じメーカーの同色同機種を同時に3台買ったものである。たまにMとFのが入れ替わっていて本人たちもギョッとする。
 

入口の鍵を開けて中に入る。コントロールルームで照明のスイッチを入れる。
 
「すごーい」
 
鏡の迷宮が出現する。
 
「少し歩いてみる?ナビ無しで」
「それマジで迷子になりそうだからナビ使います」
「よしよし」
 
それで3人で一緒に“目的地”を目指す。
 
「千里さんはナビの画面見てないのに、どうしてそんなにスイスイ歩けるの?」
「私迷子になったことないし」
「言ってましたね!」
 
迷路のあちこちには、様々な昔話などのジオラマが作られており、センサーに手をかざすと、物語の説明が音声と文字で流れるようになっている(視覚障碍者・聴覚障碍者に配慮して文字と声の両方を使う)。これを見ながら迷路を進むのが楽しみになるし、またジオラマは同じものは1つしか無いので、道しるべの役割も果たすことになる。
 
ストレートに歩いて行ったのでほんの10分ほどで“お城”に到達することができた。
 

「可愛い」
とFが声をあげる。
 
「女の子好みだ」
とMが言う。
 
「まあアクアは女の子だし」
と千里が言うと、Fは頷いているがMは不満そうである。
 
実は迷宮の内部に30m×30m×高さ8m程の空間があり、20m×10mサイズのお城が作られているのである。この迷宮自体、外観がお城(ロマンティック街道のノイシュヴァンシュタイン城 Schloss Neuschwanstein を意識している)のイメージになっているのだが、その中に更に小さなお城がある。ここは迷路を約半分通り抜けないと辿り着けない(ここを通らず“出口”に出るルートもあるので、運が悪いと見られない)。
 
この内側の小さなお城(プティシャトー)はフランスのアンドル=エ=ロワール県(Le departement d'Indre-et-Loire) にあるユッセ城(Chateau d'Usse パリから300kmほど)を意識して造られている。ユッセ城は『眠り姫』のお城のモデルになった城とされる。本来のユッセ城は白い煉瓦の建物だが、ここにある“プティ・シャトー”は赤煉瓦で造られており、Fが思わず声をあげたように女の子好みの曲線を多用したデザインである。このお城だけで実は2億円掛かっている。
 
お城のモデルは『眠り姫』絡みだが、お城の前にはカボチャの馬車!が駐められている。玄関を入ると、上に上がっていく幅の広い階段があり、途中にガラスの靴が落ちているが、その裏に回り込むと女性の部屋があり、大きな鏡がある。これは白雪姫の鏡を意識したもので、色々な童話が混じっている。この城の仕様は、花咲ロンドとムーランリゾートの白崎秋菜企画室長(若葉や和実のエヴォン時代の同僚らしい)とでほとんど決めて、若葉・コスモス・桜井さんの了承を取っている。
 
階段を昇って2階に行くと、眠り姫の寝室(chambre)を意識した部屋があり、大きな天蓋 (baldaquin) 付きのベッド、その傍に眠り姫と一緒に百年の眠りに就いた母后用の小ぶりの天蓋付きベッド、侍女用の簡素なベッドが並んでいる。また眠り姫が産んだ2人の子供用のベビーベッドもあり、既に可愛い赤ちゃんの人形が2体仲良く並んで幸せそうな寝顔を見せている。
 
部屋に置かれたアラビア時計は停まっているように見えるが、実は100秒に1回秒針が1つ動くというスロー時計である。1時間分進むのに100時間=約4日かかる。つまり4日に1度時報を打つ。
 
2階のもうひとつの部屋は床にビロード風の不燃性絨毯が敷かれており、人形で構成された楽団が一角に陣取っている。そして大きな壁時計は12時を指している。この時計はボタンを押すと11:45に戻り15分後に12時の時報を鳴らすようになっている。シンデレラ仕様の時計である!
 
この2階から更に昇る螺旋階段がある。ここは迷宮を一般公開しても立入禁止区域にする予定である(アバターは行ける)。
 
3人はこの螺旋階段を昇った。ここは外から見ると尖塔になっている部分である(もうひとつの尖塔はダミー)。
 
結構昇った先に小さなドアがあり、中に入ると糸巻車が置かれている。ここで眠り姫は紡錘の先が指に当たって100年の眠りに就いてしまうのである。Fがわざわざその紡錘の先(丸めてある)に指を当てて
 
「あーれ〜」
とか声をあげてその場に崩れてみせる。
 
「私100年の眠りに就いちゃったから、Mが理史のお相手してあげてね」
「ボクは男に抱かれたくないよ」
「彩佳には入れられている癖に」
「彩佳は女の子だからいいんだよ」
「することは同じじゃん」
 
千里はこの会話は聞かなかったことにしたが、もしMが妊娠しちゃったらどうしよう?と一瞬考えた。
 

このお城を見学してから、迷路をまた数分歩く。するとその迷路の先にはまた空間があるが、さっきの空間よりはずっと小さい。そしてここには可愛い山小屋がある。
 
七人の小人の山小屋である。
 
でも小屋の煙突の所にはサンタ人形があり煙突に足を掛けている。そして小屋の前にはトナカイ人形と橇(そり)が置かれている。
 
小屋のドアを開けて中に入ると、ベッドが大きいのから小さいのまで7個並んでいる。テーブルがあり、その上には、かじられた虹色のりんごが置かれている。
 
「これアップルからクレーム入らない?」
「配色が違うよ」
と千里は言う。
 
アップル社のロゴは、上から順に緑、黄色、橙、赤、菫色、水色である。

それに対してここに置かれているりんごは、上から順に菫色、藍色、青、緑、黄色、橙色、赤、と“虹の七色”になっている。

 
「ああ、アップルマークとは何か違う気がした」
とFは言っているが
「ボクはさっぱり分からない!」
とMは言っている。
 
千里はこの2人結構性格が違うからふたりで話してると楽しいだろうなと思った。
 
しかしMとFの“2人1役”(double cast)は多分あと1年くらいで終わる。もし2人がちゃんと1人に統合されなかったとしても、ふたりは“見た目”がかなり違ってきつつある。現在“女装のF”と“男装のM”はもう同じ人物に見えなくなってきた。だから2人は、Mが女装してFが男装している。まあ今回の水着写真みたいなのはFにしか撮れないけど。
 
ところでMのちんちんを隠したのは誰なんだ?犯人の心当たりが多すぎて見当が付かん。無意識に人を性転換させちゃう人がいるからなぁ。Fは松田君の赤ちゃんを産む気満々だけど、いっそMにも赤ちゃん産ませるか!?彩佳をちょっと性転換すればいいし!??(彩佳は男になっても生きていける気がする)
 

木曜日の夕方に、桜井さんとコスモスが到着したので、桜井さんとアクアの顔合わせをした。ここで出席したのはMである。Fを出すとFはヌード撮影に同意してしまうかも知れないと千里は懸念した。実際桜井さんも「鏡の迷宮の中でヌード撮らない?ファンはアクアちゃんの美しいヌード見て感激すると思うよ」と唆していたが、Mは「嫌です」と言った。
 
「それにボク男の子だし。男の子のヌード見ても仕方ないですよ」
「何を今更そんな嘘を」
 
その後、アクアは休ませておき、桜井さんと助手の人たちを千里が迷宮に案内した。助手さんたちは迷宮のあちこちで照度をチェックし、千里から渡された“迷宮地図”と“お城見取り図”に書き込んでいた。
 

私は金曜日の夕方、信濃町ガールズたちと一緒にG450で小浜に到着した。
 
ガールズたちは“旅館・藍小浜”に取った部屋で休ませる。部屋割はこのようにした。
 
水谷康恵、水谷雪花、鈴鹿あまめ、花貝パール
今井葉月、花咲ロンド、緑川マネージャー
山鹿クロム、三陸セレン、長浜夢夜
柴田数紀
 
葉月は女性と同じ部屋で問題ないであろう。ロンドも長い付き合いだから、お互い気兼ねはない。それにロンドは何度も葉月のヌードを見て“彼女”が女の子の身体であることを確認しているはず。
 
数記くん(高崎ひろかの弟)を1人分けたのは、“男の娘”3人が女物の下着など着けているのを見たら、彼は目のやり場に困りそうだからである。
 
桜井さんたちも藍小浜に入っている。こちらは桜井さんで1室、助手さんたちはまとめて1室である。
 

そして、私・コスモス・千里・2人のアクアで内密の会談をした。
 
「2019年に紅川さんからこの会社の株式を引き継いで、コスモスちゃんが持っていた1%を除く99%の株を私が保有しているんだけど、実際問題としてこの会社の利益の90%をアクアが稼いでいるのに、そしてコスモスちゃんが毎日ハードなスケジュールで仕事をしているのに、その会社の利益を私ひとりで独占するのはよくないと、ずっと思っていた。だから、8月にアクアが20歳になるのを機会に株式を、できたら私、アクア、コスモスちゃんの3人で共有することにしない?」
 
と私はアクア・コスモスに提案した。千里にも今回同席してもらったのは、立会人兼アドバイザーをお願いしたからである。
 
「まあ私は充分すぎる役員報酬を頂いていますから、どちらでもいいですけどね。でも確かにアクアには会社利益をもっと還元してあげるべきだとは思っていました」
とコスモスは言う。
 
「でも去年はラピスの2人も凄く稼いだし、今年は舞音ちゃんが急成長しつつありますよ。彼女たちには還元しなくていいんですか?」
とアクアMが訊く。
 
「あまり株主を増やすのもね〜」
と言って私は千里を見る。
 
「うん。船頭多くして船山に上る。それにラピスや舞音に権力を与えた場合、彼女たちはまだウブだから人に欺される恐れがある。その場合、会社自体を危険にさらす。アクアはもうしっかりしているから大丈夫だと思うんだよ」
と千里は言った。
 
「アクアは特にここ2年くらいでずいぶん大人になったね」
とコスモスも言う。
 
「大人の女になってきたかも」
とFが笑顔で言う。Mは少し悩んでいる。彼はきっとまだ「大人の男」になる覚悟ができてないんだと私は思った。Fが“女”として成長してきているのにMはまだ“男の子”である。
 

「結局、株主は“4人”もいれば充分だと思う。せめて5人、1%くらい若葉にあげる?随分サポートしてもらっているし」
と千里は言ったが、
 
「それむしろ千里が持ってくれない?ムーランは巨大すぎるから、下手すると軒先を貸したつもりで母屋(おもや)まで取られるからさ」
と私は言う。
 
「いいよ。じゃ1%売って」
「それで行こう。だから、私とコスモスとアクアが33%ずつ、千里が1%のキャスティングボートを握る」
 
そういう比率にすると重要事項(会社の合併など)の決定には4者の内3者以上の賛成(←株数で66.6667%以上の賛成)が必要になり、会社の乗っ取りなどに対する防御が強くなる。そもそも紅川さんが株式を私に売却したのも、自分が突然死したような場合に相続した息子が変な人に株を売ってこの会社の経営がおかしくなることを懸念したものである。4人いれば4人中3人以上が突然死する確率はぐっと低くなる。
 
「あれ?今5人と言いませんでした?」
とアクアMが質問する。
 
「アクアは2人いるから」
「あ、そうか」
 
「だから、会社の経営方針とかを決める時はこの5人で決めればいいよね」
とコスモスは言う。
 
それで千里とアクアには無役の取締役にもなってもらうことにした。
 
「じゃそういうことにしよう」
「でも株式譲渡に私は幾ら払えばいいの?」
と千里が訊く。
 
「私は紅川さんが持っていた99% の株・株式額面990万円を額面の100倍・99億円で買ってる。その後、資本金1000万円はこの事業規模に対して小さすぎるから、9000万円自分で会社に振り込んで資本金は1億円に増資している」
 
「私も1%分の90万円払ったけどね」
とコスモス。
 
「そうそう。負担掛けちゃって」
 
コスモスは§§プロの社長に就任した時、社長が株主でないのはよくないからと言われて、株式額面10万円分を額面通り10万円で紅川さんから買い取っている(ストックオプション?)。それを更に90万円分やはり額面で買ってもらい、彼女には1億円の1%額面100万円分の株主になってもらった。
 
「資本金1000万円は小さすぎるというのは私も思ってたから」
とコスモス。
 
「今や1億円でも小さいかも知れない」
「まあその内見直そう」
 

「でも、現在の§§ミュージックの企業価値は100億円ではなく400億円くらいになっていると思う。赤字でいいと思って始めた“あけぼのテレビ”が凄い利益を出している」
 
この業界には決算を公開していない企業が多く(本来は株式会社であれば最低でも貸借対照表は公開しなければならないが、罰則が無いので実際は公開していない企業が圧倒的に多い)実態が不明だが、現在§§ミュージックは多分業界でも5〜6位の利益を上げている。
 
「400億円とか恐ろしい金額だ」
 
「でも私が紅川さんから買った時の規準で売買しない?」
と私はみんなに提案した。
 
「ということは、私は1億、コスモスちゃんが32億、アクアが2人で33億、ケイに払えばいい訳か」
 
「私はそれでいいよ」
とコスモスは言った。
 
ところがアクアが焦っている。
「33億ですか?ボクそんなに持ってません」
と言っているのはFである。
 
「まさか誰かに貢いだりしてる?」
「え?そんなの無いですけど。田代の両親にお小遣いあげるよと言ったけど、未成年の子供から小遣いなんか要らんといって受け取ってくれないんです」
 
「田代さん夫妻はほんとにいい人だよ」
と千里が言う。
 
「うん。芸能人の親には、子供が売れるとそれに、たかって結果的に子供を破綻させてしまうバカ親がよくいるけどね」
と私も言った。
 
「それで芸能界から消えて行った人も多いね」
とコスモスも感慨深げに言う。何人かそういう人の顔が浮かぶ。
 
「でも龍ちゃん、何か大きな買物でもした?油田とか金鉱とか?」
「そんなの買ってません」
 
念のためアクアにスマホで残高確認させてみると、(普通預金と定期預金を合わせた)残高は“ほんの”6億円しか無い。去年の夏頃は7億円くらいあったが、AYAのゆみからマンションを2億円で買ったので5億円になったのが、いつの間にか1億円くらい増えてるなどとアクアは言っている。(今回の迷宮の建築費アクア負担分は支払い報酬から天引き予定)
 
ちなみに口座はこれだけで他行には作ってないという。しかしこれはあまりにも少なすぎる。
 
「アクアには毎年この5倍以上の報酬を払っているはずだけど」
「え?そうなんですか?」
 

「あ、思い出した」
と千里が言った。
 
「龍ちゃんの収入は、雨宮先生が管理しているんだよ」
「そうだったんだ!?」
とコスモス。
 
「そうなんですか?」
 
とアクアまで言っている。そのことを本人が認識していないようだ。まあ龍虎は自分の資産を気にする必要は無いだろう。『お金を数えるのは貧乏人だけ』というジュリエットのセリフがまさに当てはまるのが龍虎である。
 
「本当は未成年後見人の支香さんが管理すべきなんだけど、あまりにも巨額すぎて恐いと言うからさ。雨宮先生に委ねた。上島さんは自分は資産管理の自信無いと言ったし」
と千里は説明する。
 
「賢明な気がする。雨宮先生って適当そうで、そういう所は厳しいから。上島先生は龍虎と同じで、資産が大きすぎて何も考えてなかったんだよ。それで結果的に失敗してしまった」
とコスモスは鋭い指摘をする。
 
「だよねー。それで雨宮先生が、龍ちゃんが超売れっ子芸能人としての体面を保てる程度のお金を残して、(納税予定額分を除いた上で)半分は国債を買い、半分は3分割して投資のプロ3人に任せて運用させている。3人に分割してるのは、万一誰かが失敗した時に損害が最悪3分の1で済むようにすることと、相互牽制・監視のため。だから危険な投資はできない。FXとかは禁止」
 
「なるほどー」
 
「これ決めた会議に冬も居たはずだけど」
「そうだっけ!?ごめん。忘れてた」
「まあ私も今まで忘れてたけど」
と千里も言っている。
 
(後で確認すると、2015年春頃、桁を数え間違うような金額が口座に振り込まれてきたのを見て仰天した田代母の呼びかけで、田代夫妻、長野支香・長野松枝、上島先生・雨宮先生、私と千里、川南さんが集まって全員一致で決めた方針のようだ。でも全然記憶が無い!)
 
「ちょっと雨宮先生に訊いてみよう」
と言って千里はどこかに電話した。
 
すぐ繋がったようである!
 
「はい。わかりました。ありがとうございます」
と言って千里は電話を切った。
 
「よく雨宮先生に電話が繋がったね」
 
雨宮先生はこちらからまず連絡が取れないことで有名である。
 
「今のは****ちゃんに掛けた」
「は!?」
 
思わぬ演歌歌手の名前が出たので、私もコスモスもびっくりした。アクアはよく分からないようである。この人の名前をアクアは知らないかも知れない。
 
「これ、三宅先生やカエルちゃんには内緒でね」
「まあいいけど」
 
「で、雨宮先生も正確な数字はすぐには出ないけど、アクアの資産は現在300億円前後のはずということ」
 
「うっそー!?」
とアクアMもFも仰天しているが、コスモスは
「私の資産から考えたら、そのくらいあっておかしくない。でも優秀な証券マンが付いてるみたいね」
と言っている。
 
「§§ミュージックを丸ごと時価で買収できるね」
と千里。
「いや、アクアが丸ごと買収してもいいくらいだと思う」
とコスモス。
 

ということで、雨宮先生には千里から再度話してもらい、現時点で未成年後見人である長野支香にも話した上で、8月になったらアクアが(国債か何かを一部売却して)33億円を私に払って、§§ミュージックの33%の株主になるという線で話はまとまったのである。
 

ところで新しくYe-Yoのマネージャーになった、秋田有花は、早速すぐ収録のあった『3×3大作戦』に出て行き、スタッフや出演者に挨拶をしていた。
 
アシスタントの森風夕子にも挨拶する。
 
夕子がビクっとする。名刺をもらってから
 
「Ye-Yoちゃんのマネージャーになられたんですか?」
と夕子は敬語で秋田有花と話す。
 
「ええ。6年ぶりの芸能界復帰になりました」
と秋田の方も礼を逸しないようにきちんと敬語で話す。
 
「Ye-Yoちゃんのマネージャーなんだ?」
「はい。色々教えて頂いております」
とYe-Yo.
 
森風夕子はひとこと言った。
「ご愁傷様」
 
Ye-Yoは「は?」という顔をしている。
 
そばで聞いていた恋珠ルビーは吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。夕子のマネージャーは、有花はかつての上司なので困ったような顔をしている。
 
でもルビーのマネージャー城沼咲子はベテランなので、遠慮無く笑っていた!
 

そういう訳で2021.05末時点での§§ミュージックのマネージング担当はこのようになっている。括弧を付けているのは副担当である。この他、若干の“付き人”レベルの長期バイトさんがいる。いわばマネージャー見習いのようなものである。労務問題を起こさないよう、タレント個人が付き人を雇うのは、原則として禁止し、事務所と契約を結ばせるようにしている(この業界ではしばしば付き人がタレントから辛辣なパワハラを受けていたりする。また労働時間が非常識に長くなりすぎがちである)。
 
他に、会計部門・システム部門・ファンクラブ部門・地方拠点部門にも社員がいて、全社員数は80人ほどに及ぶが、彼らはアーティストの付き添いや営業などには関わらない(コスモスが社長に就任した頃は社員は10人もいなかった)。
 
アクア:山村勾美(主任)・高村友香・緑川志穂
ラピスラズリ:倉橋光枝
常滑真音:西岡空世・(村上麗子)
白鳥リズム:本田覚
姫路スピカ:具志堅満奈美
品川ありさ:河合友里(主任)
高崎ひろか:月原美架(主任)
西宮ネオン:山本明
花咲ロンド・石川ポルカ・原町カペラ:小野市花(主任)
山下ルンバ・桜野レイア:村田英世
七尾ロマン:星野遙香(2021新規採用 旧姓望月)
恋珠ルビー:城沼咲子(2021新規採用)
甲斐絵代子:秋田有花(2021新規採用)
今井葉月:吉田和紗・和城理紗
中村昭恵:横田毛理・(広橋窓佳)
大崎志乃舞・リセエンヌドオ:村上麗子
秋風コスモス・川崎ゆりこ:玉雪梓紗(主任)
信濃町ミューズ:原田友恵
信濃町ガールズ:広橋窓佳・佐々木春夏
スケジュール統括(サブデスク):美咲瞳(主任)
デスク(マネージング部長):沢村朋代
 
ファンクラブ課長:崎山等
通販課長:正岡道恵
法務課長:笛吹葉子(弁護士)
システム課長:田崎仁
会計課長:溝口朋香
 

5月8日(土)朝から、アクアの写真集の撮影は始まった。
 
アクア、桜井さんたち、それに信濃町ガールズたちも全員迷路のナビアプリを自分のスマホにインストールして、迷子になることがないようにしている。
 
それで最初はアクアMがお姫様衣装!を着けて、信濃町ガールズたちと一緒に迷宮内の鏡の通路の中で撮影する。ここでは数紀君以外9人が侍女の衣装を着けた。
 
「ボクはこれ着なくていいんですよね?」
「着たかったら着てもいいけど。可愛くメイクしてあげるよ」
「いいです!」
 
全てが鏡なので、撮影者まで映り込みやすい。できるだけアングルを気をつけているし、撮影者の後の鏡に一時的にカーテンを掛けて反射を抑え、また万一映り込んだ場合に編集で消しやすいように青いレインコートを着て撮影している。
 
午前中迷路内で撮影してから、お昼(みんなはお弁当だが、アクアは体型に響かないようサンドイッチ1個だけ)を取った後、午後からは迷宮中央にあるお城で撮影をした。数紀には将軍の格好をしてもらい、男の娘3人と花咲ロンドが衛兵の格好をした。他の子は侍女の衣装である。
 
アクアはお姫様衣装で、数十種類を交換しながらの撮影である。
 
「あのぉ、王子様衣装での撮影はいつします?」
「うん。それは後でいいよ」
などと桜井さんは言っている。あまり男装のアクアを撮る気は無さそうだ。
 
夕方には桜井さん、助手の四家さん、アクア、お婆さん役を務める伊藤花子さん(コスモスの実母!(64歳)この役のためだけに呼んだ)の4人だけで塔の階段を昇り、糸車の部屋まで行って“倒れる眠り姫”のシチュエーションを撮影した。この尖塔はあまり重量耐性が無いので「入る場合も6人以内。できたら4人以内で」と言われている。
 
「お母ちゃん、ついでに白雪姫にリンゴを渡すお婆さん、シンデレラでかぼちゃを馬車にする魔女の役もやってくれない?」
「いいよ。せっかく可愛い飛行機に乗せてもらってここまで来たし」
 
という訳で、コスモスの母にはその役もしてもらうことになった。むろんメイクや衣装は変える。同じ顔であることは問題無い。これは心理学でいえばグレートマザーの暗黒面の象徴である。東洋でいえば鬼子母神なのである。
 

夕方で信濃町ガールズたちは旅館に帰し、アクア・葉月と桜井さんたちだけ、軽い夕食(アクアはおにぎりだけ)を取ってから、やっと男装写真を撮る。アクアFは「やっと出番が来た」と思い交替して出て行く。葉月にお姫様衣装を着せるがこれはアクアの顔とは差し替えず、そのまま葉月の顔で残す。今回の葉月の主たる役割は、男装のアクアのお相手のお姫様役であった。
 
「アクアちゃん、丸一日撮影してたのに元気だね」
「はい、ボクは元気さだけが取り柄です」
「おかげでいい表情が撮れるよ。でもなんか日中撮ったのより女っぽい気がする」
「あはは、すみませーん。男らしくなくて」
「いや、女の子っぽい方がファンも喜ぶ」
 
それで撮影は22時頃まで続けられた。
 
「これ以上続けると明日に響くから」
と言われてこの時間で終了となる。
 
「じゃお風呂入ってぐっすり寝てね」
「分かりました」
 

それで旅館の特別室に入り、お風呂に入ってから寝ようとしていたら、桜井さんが手配してくれた、マッサージの人が来る!
 
もう眠り掛けていたMが慌ててベッドの下に隠れ、Fがマッサージをしてもらったが、Fも疲れているのでマッサージしてもらいながら眠ってしまった。
 
でもマッサージの人にはボクが女の子だということきれいにバレたなあ、などと眠りに落ちていきながらFは思った。
 

翌日の午前中はお城の外観をバックに撮影し、お昼の後、まずは七人の小人の小屋で撮影した。ガールズたちが小人に扮する。七人の小人の衣装を着けたのはこの7人である。
 
柴田数紀・花咲ロンド・山鹿クロム・三陸セレン・長浜夢夜・鈴鹿あまめ・花貝パール
 
その後、鏡の迷宮内とまたお城で昨日撮り損ねていた図を追加撮影した。この日も日中はずっとお姫様衣装で撮影した。夕食後、ガールズたちは帰す(そのままG450に乗せて熊谷に搬送する)。
 
コスモスは明日の撮影完了まで居る予定だったのだが、急用ができたらしく、ガールズたちと一緒に帰京した。
 
「コスモスちゃんほんと忙しいみたいね」
と桜井さんも同情するように言う。
 
「10人分くらい働いていると思いますよ」
「赤ちゃんなんか作ってる暇無いね」
「やはり木取さんに産んでもらうしかないです」
「あはは。私も彼氏に産ませようかな」
 
それで以降は私だけが付きそうことになる。
 
今夜も桜井さんたち撮影班と男装のアクアFおよびお姫様衣装の葉月だけで撮影を続けた。
 
「日中も、もっと今みたいに女の子らしい表情すればいいのに」
「すみません。ボク男の子なので」
「そんなこと思っているファンは存在しないって。もう女の子だったこと、カムアウトしなよ」
 
ともかくもこの日も撮影は22時で終わった。
 
この日もマッサージの人が来たが、今日はフェイクバストを貼り付けたMがマッサージしてもらった。Mは2日間続けて10時間ほどの撮影をしていたのでマッサージされながらすぐ眠ってしまった。
 

そして月曜日は水着での撮影である。
 
用意されている水着が、ハイレグだったりかなり布面積の小さなビキニだったりするので、今日撮影に応じるFは「きゃー」と思いながら撮影されていた。
 
「今日のアクアちゃんも女の子っぽいなあ。凄くいいよ」
と桜井さんは言っていた。
 
ハイレグの水着なんて、万一ちんちんが付いてたらこぼれてしまうようなかなり布が細いタイプである。なお、陰毛は前夜、和城理紗に頼んで丁寧に全部剃ってもらっている。
 
「あのお、男子水着は着けなくてもいいんですか?」
「そんなの需要無いから撮らない」
と桜井さん。まっいっか。私も苦笑する。
 
どうやら今日はMの出番は無さそうと思いながらもFは撮影されていた。Fは土日は夕方からのみの撮影だったので、あまり体力は消費していない。それでこの日は丸1日、元気に撮影に応じていた。
 
水着でかなり撮ってから、人魚姫の衣装が出てくる!下半身はお魚さん仕様だが、上半身は貝殻ブラジャーのみである。
 
「これを着るんですかぁ!?」
とさすがのアクアFもためらっている。
 
私はFをそばに呼んで
「嫌なら拒否するよ。あるいはMに着せちゃう?」
と小声で彼女に言った。
 
「Mに着せちゃおうかなあ」
と彼女は悪戯っぽい笑みで言ったものの、左手を高くあげると
 
「アクア行きます!」
と言って、和城理紗に手伝ってもらって人魚姫の衣装を着けた。
 
これを着ると、自分では動けない!
 
山村マネージャーが抱えて移動してくれるので、それでアクアは撮影されていた。
 
「山村さん、腕力あるのね」
と桜井さんが感心している。
 
「アクアは軽いから行けますよ」
「山村さん、さっすが男の子ね」
「あのぉ、私、建前上は女なんで」
「あ、そうだったね。ごめんごめん。アクアは建前上男の子らしいし」
「アクアもそろそろ女の子になったことをカムアウトすべきですよね」
「全く同意見」
というので、山村と桜井さんは何か意気投合していた!
 
しかしこの衣装ではバストがかなりあるのが明確に分かってしまう。でもまあいっかと私は思った。アクアにバストがあることなんて、今更だし!
 
この人魚姫のシーンでは、葉月に王子様衣装を着けさせた。
 
今日は昼食・夕食をはさんで22時頃までの長丁場になりそうだったので、本人たちのポリシーには反するだろうけど、私は和城理紗と話して、Mでも着られそうな水着はMに着せてFを休ませながら撮影を続けた(Mも念のため昨夜陰毛を全部剃ってもらっていた)。しかしあんな細いハイレグつけてもMのちんちんがこぼれないのは凄い?なと私は思った。本当に存在するのか?
 
撮影は結局23時頃まで続いたが、おかげでFは最後まで元気だった。
 
「今日がいちばんいい絵が撮れた」
と桜井さんも満足だったようである。
 
「でもあんたほんと体力あるね〜」
と桜井さんは感心している。いや桜井さんの体力も大したものである。
 
「ね。1枚だけでもヌード撮らない?」
「ごめんなさい」
 
桜井さんが私を見るが、私も笑顔で首を振る。
 
Fとしては撮ってもいいのだろうし、彼女が撮りたいと言うなら私も認めるところだが、それを公開してしまうと、アクアが女の子になった(あるいは実は最初から女の子であった)と認めてしまうことになるので、Fとしては“自分が消えた後Mが困るだろうし”と考えてFも自制したようである。
 
Fは自分が消えると思い込んでいるが、実際にはどちらが消えるか本当に分からないと千里は言う。両方ずっと残る可能性については「それに言及するとアクアはそれに期待し、本当に消えた時ショックすぎるからアクアの前では絶対言わないで」と千里は私とコスモスに言った。
 
 
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【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(7)