【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(2)

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フラワーライツが出演していた番組『マカロニグラタン』はフラワーライツの活動停止に伴い、後任の出演者として、小さなプロダクションの所属ではあるが、最近盛んに営業している“パンプキンコーチ”という中高生女子(男の娘1名を含む:学校にも女子制服で通学しているが本当に可愛い)のグループを採用した。3月上旬の収録から、フラワーライツに代わり登場した。降板することになったフラワーライツについては、リーダーの川中光梨がカメラの前に出て
 
「事務所が閉鎖になってしまい、活動ができなくなってフラワーライツは活動停止しました。この番組にも出られなくなってしまい、視聴者の皆さんごめんなさい」
 
と謝罪。パンプキンコーチのメンバーに
「急な降板で迷惑かけるけど、よろしくね」
と言って、全員とエア握手していた。
 
この番組では少人数の(あまり売れていない)アイドルユニット4組が出演している。これまで出ていたのが、 6ix sense(一応メイン), Flower Lights, Donuts Center, Grotta Azzurra(“青い洞窟”という意味) の4組で、この中のFlower Lightsが交替してパンプキンコーチ (Pumpkin Coach:かぼちゃの馬車 *1)が加わった。
 
(*1)シンデレラの物語で、おなじみのカボチャの馬車とガラスの靴が登場するのはペロー版(サンドリヨン)で、原文では carrosse と書かれており、これが英語だと coach に相当する。6頭立ての巨大な重馬車である。現代でいえばロールスロイス・ファントムみたいなもの?なお、グリム版(アシェンプテル)では、2日目が銀の靴と黒馬の馬車、3日目が金の靴と白馬の馬車になっていて、“スリッパテスト”は金の靴で行われる(1日目は眺めるだけで参加しない)。
 

ところが3月末にDonuts Center(ドーナツの真ん中)のメンバー2名が未成年なのにスナックのような場所で飲酒喫煙している写真が週刊誌で報道された。時計が映り込んでいて、時刻は23:35。日付も3/20であることが読み取れる。そもそも酒類提供飲食店に営業短縮要請もされている中(東京都は3/8-21の間、緊急事態措置期間になっていた)、そもそも夜間外出の制限がある高校生が、根本的に違法になる酒・タバコをしていたというので、この2名は即刻契約解除(つまりクビ)になる(ついでに高校も退学になる)。そしてユニット自体、当面の活動を自粛することになって、この番組からも降板してしまった。
 
フラワーライツの場合は、1月頃以降、あの事務所は変だぞというのが業界内でも噂になっており、制作側も万一の場合に備えて、代替グループを密かに探し検討していた。しかしドーナツセンターの場合は突然の不祥事で、制作側も何も準備が無かった。しかし番組はアイドルユニットが4組無いと成立しない企画が多い。
 
プロデューサーは翌日に番組収録をしなければならないという時間の無い中、多くのプロダクションを傘下に持つ、∞∞プロの鈴木一郎社長に電話した。
 
「(番組の予算が無いので)安いギャラで使えてスケジュールの取れる、10代女子のアイドルユニットが居ませんか」
と打診する。
 
「今月結成したばかりの7人組のアイドルユニットがいるんだけど。年齢は16歳から19歳」
「おお、それは素晴らしい。ぜひ出演してください。ギャラは1回20万円とかでもいいですか?(つまり1人1回の手取りは約1万円:超低ギャラである)」
 
「いいよー(適当に答えている)」
 

ということで、
「明日収録する番組に出て」
と唐突に言われたのが、フラワーサンシャインだったのである。
 
彼女たちが白河夜船社長が作ってくれた真新しい制服を着て放送局に来ると司会者のネルネルが顔をしかめて言った。
 
「なんか見たことのある奴がたくさんいるんだけど」
 
「おはようございます。今月から始動した“フラワーサンシャイン”でーす。チャンネルさん、ケンネルさん、よろしくお願いしまーす」
と立花紀子が言った。
 
みんなが一緒にお辞儀をする。
 
「お前がリーダー?」
とケンネルが紀子に尋ねる。
 
「すみません。私がリーダーの桜井真理子です。チャンネルさん、ケンネルさん、よろしくお願いします」
 
と桜の花のマークの入った制服を着た桜井真理子が言う。
 
フラワーサンシャインのメンツは各々シンボルマークとして花のマークを制服に染め抜いている。これも白河社長のアイデアである(制作に一週間掛かった)。紀子は橘(たちばな)、メインボーカルの祥子はヒマワリのマークである。
 
「お前もあちこちの番組で見たことあるな」
「たぶんアクアのリハーサル役とかによく借り出されたので」
「§§ミュージックさん?」
「私とこちらの安原の2人は§§ミュージックから♪♪ハウスへの出向です。あとの5人は♪♪ハウス所属です」
 
「ああ、ナイトさんとこに拾ってもらったか」
「はい、助かりました」
と紀子。
 
「そうだ。立花、お前高校卒業したんだろ?もう淫行にならないから1度やらせろよ」
 
安原祥子がギョッとしているが、紀子は慣れっこである。
 
「寝てもいいですけど、ツイッターに写真付きで投稿しますけど」
 
と軽く返す。
 
「まだ謹慎になりたくないから、やめとくか」
 
この程度のジャブはケンネルと紀子の間では日常茶飯事である。しかしこの手の際どいネタにちゃんと反応してくれる立花紀子の復帰は、ケンネルも歓迎だったようである。
 
(ケンネルは実際には枕営業には応じない。また法的には未婚だが売れていなかった時代から長年連れ添った事実上の妻がいる。糟糠の妻で仲も良いようだが、なぜ正式に婚姻しないのかは誰も知らない)
 

§§ミュージックでは、毎年春に実施していた信濃町ガールズの入団オーディションは今年は行わないことにした。すぐ先にビデオガールコンテストがあるのて、入団したい人はそちらに応募してくださいということにした。
 
地方の信濃町ガールズからの昇格試験は実施した。全国で20名の昇格希望者がいたので、ホンダジェットを使って熊谷に集め、郷愁村内のスタジオで試験を行った(プレゼント集積場の5階)。
 
醍醐春海(千里:歌担当)、振付師のジュン広多さん(ダンス担当)、から各々にかなり辛口の批評がある。泣き出してしまう子もいるが、それで潰れてしまうような子には芽が無い。その意見を参考にして努力して短所を克服または長所を伸ばす子は来年以降にチャンスがある。しかし見学していた悠木恵美が「私たちの時より遙かに厳しい」などと言っていた。
 
昨年もこの2人にコメントさせたのだが、昨年千里からボロクソ言われた子が今年再挑戦して、美事合格した。千里が
「君、この1年でほんとに進化したね」
と言うと、彼女は嬉し泣きしていた。
 
しかしその様子を見て、今回落ちた人たちも自分たちがこれから1年何をすれぱいいかが分かったようである。
 
今回の合格者は下記3人である。
 
信濃町ガールズ東海・森村雪子(中2)“鈴鹿あまめ”
信濃町ガールズ九州・松元徳代(中1)“長浜夢夜”
信濃町ガールズ沖縄・平良百合(中3)“花貝パール”
 
学年は4月からのものである。“”でコメントしたものが、半月後にコスモスが付けた彼女たちの芸名である。1年前にボロクソ言われて、それを改善して今回合格したのは東海の森村さんである。今どき“子”の付く名前は珍しい。東海からは昨年の安原祥子に続いて2年連続の昇格となった。しかしその安原さんも本名が田中優子で、やはり“子”のつく名前である。
 
沖縄の平良さんは宮古島出身で、実は恋珠ルビーの親友である。そもそも彼女が信濃町ガールズ沖縄に参加していたので、恋珠ルビーは自分も入りたいと言って、木下先生のところを訪れ“審査”してもらった。すると君は上手すぎるから、本オーディションを受けなさいと言われ、それで美事優秀して初代ビデオガールになったのである。そういうわけで恋珠ルビーの親友なので、コスモスは似た系統の命名をしてあげた。
 

「でも地方ガールズがまともに活動するようになったのって、去年の春からですよね。それ以前は、“活動”とか無かった気がする」
と昇格試験が終わった後、悠木恵美が尋ねた。
 
「まあ元々地方の信濃町ガールズというのは、コストカットのために存在していたものだからね」
と、審査終了後、一転して普段の優しい雰囲気になった千里が言う。
 
スポーツ選手という“本職”がそれを育てたのだろうけど、この子は本当にon/offが凄い。
 
「そうだったんですか?」
「あれはケイ会長がまだデビュー前に所属していたPatrol Girlsのシステムを真似したものなんだよ」
「へー」
と悠木恵美は言っているが、そのPatrol Girlsを知らないようだ。
 
「昔&&エージェンシーという事務所に、Parking Serviceというグループアイドルが居てさ、そのバックで踊っていたのがPatrol Girlsという子たちだった。ParkingServiceに欠員が出ると、Patrol Girlsから昇格することも多くて、次世代のアイドル候補生だったんだよね」
 
「なるほど」
「それで地方公演に行く時に、全員連れて行くとお金が掛かるじゃん。それでParking Serviceは本人たちが行かなきゃ話にならないけど、バックダンサーは各々の現地で地元の女の子を調達していた。その子たちもやはりPatrol Girlsと呼ばれていて、ファンの間では“地方メンバー”と呼ばれて、ファンサイトではリストが作られていた」
 
「わぁ」
「だから信濃町ガールズの地方メンバーというのも、§§ミュージックの歌手が地方公演する時にバックで踊ってもらうことが目的だったから、“信濃町ガールズ”と名前を付けて、その会員証を渡すだけで、普段は会費が無料のファンクラブ会員という程度の位置づけだった」
 
「会費無料だけでもいいですね」
 
「ところがコロナでライブツアーができなくなった。それで彼女たちにしてもらうことが無くなってしまった」
 
「それでレッスンを始めたんですか」
 
「そういうこと。月に1度どこかに集まってもらって、一緒に練習する。だからこの1年で地方ガールズのレベルは随分上がったと思うよ」
と千里は言った。
 
私は特にコメントせずに頷いていた。
 

「ところで“虹色の部屋”の噂って、やはり本当だったんですね」
と悠木恵美は言った。
 
「何だっけ?」
 
「用賀の男子寮にはドアが虹色にペイントされた部屋があって、そこで男の娘を女の子に改造する手術が行われているって」
「何それ〜〜〜!?」
と私は思わず声をあげた
 
「違うんですか?」
「虹色にペイントされた部屋は無いなあ」
と家主の千里が言う。
 
「でも男子寮では、毎日の食事に女性ホルモンを混ぜてるんでしょ?それで充分女の子らしい身体付きになったら、最終的に虹色の部屋に行って完全な女の子になるって」
と悠木恵美。
 
「マリちゃんあたりが妄想しそうな話だ」
と言って千里が笑ってている。
 
「無いんですか?」
「少なくとも食事に女性ホルモン混ぜたりはしないよ」
と私は言った。
 
「じゃやはりガセネタなのかなあ」
「まあ、ゆりこに寮の管理任せたら、ほんとにそんなシステム作りそうだ」
「危ないのは、マリちゃんとか、ゆりこちゃんとか、雨宮先生とか」
 
「男子寮生があまり暴走しないように、志乃舞ちゃんのお母さんに寮母さんになってもらったんだけどね。自分の息子がちょっと暴走して娘に変身してしまったのを見ているからね」
 
と私は言った。
 
大崎志乃舞はまだ高校生だが、既に戸籍の性別訂正も完了している。
 
「ああ、実例を見ていたら早めに異常に気付きますよね」
「既に全員異常かも知れないけどね」
と千里は笑って言っていた。
 

大曽根部長はその日、§§ミュージックに来ると言った。
 
「アクア君でロミオとジュリエットを撮ろう」
 
コスモスがあからさまに嫌そうな顔をした。
 
「その話は『火の鳥』の企画に変わったのでは?」
とゆりこは言ったが、
 
「ΛΛテレビさんのはそうだろうけど、オリジナルの企画は生きている」
と大曽根部長は言う。
 
「やはりアクアがジュリエットなんですか?」
と、ゆりこは“期待を込めて”尋ねたのだが
 
「ロミオとジュリエッの1人2役」
と部長。
 
「やはりその線か」
「そういう企画にしないとコスモス君が『うん』と言ってくれないよね」
と部長が言うと、コスモスはまだ難しい顔をしている。
 
「アクアもねばりますよね。もう女の子の身体になってしまったこと、全国民にバレバレなのに」
と、ゆりこ。
 
「まあアクア君は女の子なんだろうけど、男役もわりと上手いからね」
と大曽根部長。完璧に男装女優扱いである。
 
しかし、そういう訳で、ロミオとジュリエットの映画が制作されることになったのである。撮影期間は4月いっぱいから、5月頭の連休までの約1ヶ月を予定することになった。
 
コスモスは山村に指示して、その間のアクアのレギュラー以外の仕事をまた松梨詩恩、米本愛心、羽鳥セシル、Ye-Yo, 木下宏紀、山鹿クロムや三陸セレンなどに振り分けて、代替させてもらう交渉を、広告代理店や放送局などとするように言った。そういう訳で、またまた詩恩・愛心・セシルが忙しくなる(結局セシルは新学年になっても、お昼までで早退するというパターンが続くことになる)
 

なお、ほのぼの奉行所物語は、昨年の撮影中止の責任を取って、橋元プロデューサーが降板したので、今年の『ほのぼの奉行所物語III』は、稗田プロデューサーが担当することになった。
 
稗田プロデューサーは、コスモスに“メールして”、1人2役があると、撮影に2〜3割増しの時間がかかるので、感染拡大防止の観点からも撮影時間を短くしたいから、アクア君には南川しの役だけに専念して欲しいという要請をした。
 
山村マネージャーが調査すると、既に南川和之介役には、男性グループアイドルのメンバー・石橋広也が起用されることになったという報道が明日にも流れるようになっていることが判明した。
 
それでコスモスは稗田プロデューサーに“電話して”、アクアは女役だけのオファーには応じられないとして降板したのである。それで、アクアは『ときめき病院物語』(2015)から5年間参加したこのシリーズから離れることになった。アクアの後任の南川しの役は、ホワイトキャッツの川内浩佳が務めることになったようである。
 
コスモスは番組の制作予算も削られて、ギャラが高額のアクアを降ろしたかったのではないかとも思った。南町奉行役の片原元祐さん(超高額ギャラ)、同心山門役の藤原中臣さん(安いギャラでは使えない)なども今回は降板している。またこのシリーズの前身・ハートライダー以来、脚本を書いていた桐生俊郎さんが降板して無名の新人脚本家が採用された。
 
(片原やアクアの降板もあり、この番組は今年度は制作こそされたものの視聴率が低迷し、半年を待たずに7月で打ち切られてしまうことになる。それで2011年以来の松芝ハートフルアワーも終了した)
 

しかしわざわざ、つくばみらい市のワープステーション江戸まで行って泊まり込みの撮影をしなければならない時代劇の撮影は、アクアにとってかなり負担になっていたので、それが無くなることでかなりスケジュールが楽になることになった。
 
そしてその出来た時間に『ロミオしジュリエット』の撮影が入ったのである。
 

大和映像では、実は1月に“アクアでロミオとジュリエット”を撮ろうという企画が出た時点で、最終的にアクアを使えなかったとしても、ロミオとジュリエットの映画は作ろうということになり、神奈川県内にオープンセットを建設していた。それが実は3月中旬に完成したので、その時点で大曽根部長はコスモスの所に来て、正式オファーをしたのである。
 
ΛΛテレビの鳥山部長は、ジュリエットがアクアで、ロミオは佐原春樹君を考えていたようだったが、大曽根部長は佐原は人気こそあれ演技力には疑問があると感じていた。
 
そしてアクアはやはりロミオの方だろうと考え(でないとコスモスが同意する訳が無い)、相手役のジュリエットに、実は、以前の映画で共演したことのある木田いなほ(2021春に高校を卒業した)を考えていた。ところが、木田いなほが、コロナに罹ってダウンしてしまったので、回復を待ったとしてもしばらくはハードな撮影は無理だろうと考え、結局アクアの2役という線に転じたのである。
 
大曽根部長がそういう経緯を説明すると、コスモスも男女両役ならと(渋々)同意した。
ギャラは“2人分”ということで1.4億円というオファーであった。映画の興行収入を考えるとむしろ安いくらいかも知れないけど、アクア君のギャラ相場をあまり高くしすぎると、彼へのオファー自体を減らすことになるから、などと大曽根部長は言っていた。確かにギャラが30億円などという俳優(ハリウッドにはこのクラスがごろごろ居る)は、企画する側もバクチになってしまう。映画が当たらなかったら確実に会社が潰れる。
 
ということで、アクアはせっかく“王子様路線”で売っていこうとしていたのに、またまたお姫様役をすることになった(和泉がぶつぶつ言っていた)。
 

撮影はもちろんいつものように葉月をボディダブルに使って2度撮影して合成する。アクアと葉月は、2度演技する際に、お互いに1度目に相手が演じたのと完全に同じ動きをしてくれる。それで普通のボディダブルを使っての撮影に比べると、かなり楽なのである。なお、コロナのおり、演技は全て無言で行い、あとでアフレコする方式である。
 
原作の主な登場人物
 
エスカラス公(Prince Escalus) ヴェローナの支配者
パリス伯(Count Paris) エスカラス公の親族でジュリエットに求婚している。ジュリエットの墓をあばこうとするロミオと争いになりロミオに殺される。
マーキュシオ(Mercutio) エスカラス公の親族でロミオの友人 ティバルトに殺される
 
キャプレット卿(Lord Capulet) 有力貴族
キャプレット夫人(Lady Capulet) その妻
ジュリエット(Juliet Capulet) その娘(13歳)【女主人公】
ティバルト(Tybalt) キャプレット夫人の甥(ジュリエットの従兄)マーキュシオを殺害し、ロミオに殺される
ジュリエットの乳母(nurse)
ロザリン(Rosaline) キャプレット卿の姪。ロミオの物語当初の思い人
ピーター(Peter) ジュリエットの乳母の侍従
サムプソン(Sampson) グレコリー(Gregory) キャプレット家の使用人
老人(Old Capulet) キャプレット卿の従兄
 
モンタギュー卿(Lord Montague) 有力貴族でキャプレットと対立している
モンタギュー夫人(Lady Montague) その妻
ロミオ(Romeo Montague) その息子【男主人公】
ベンヴォーリオ(Benvolio) ロミオの従兄で親友。若者たちの中で唯一生き残る。
バルササール(Balthasar) ロミオの従僕
エイブラム(Abram) モンタギュー家の使用人。
 
ローレンス修道士(Friar Laurence) フランシスコ派の修道士
ジョン修道士(Friar John) ローレンスの手紙をロミオに届けに行った
薬屋(Apothecary) 毒薬を売った
 
楽士 各幕のオープニングを歌う
語り手(Chorus)
 

物語の舞台は7月で、ジュリエットは7月末に14歳になると言っている。実際“ジュリエット”という名前がいかにも7月生まれっぽい。原作ではロミオの年齢は明記されていない。
 

映画の助監督も務める美高鏡子(河村監督の奥さん)はマクラ(アクアF)を捉まえて「ここだけの話」と言って、
 
「アメリカで結婚するという話は結局どうなったの?」
と尋ねた。
 
「キャンセルですね」
とマクラは答えた。
 
「あらぁ」
 
「去年、『君はダイヤモンド』の撮影が終わった後、いったんアメリカに戻ったんですよ」
「うん」
 
「でもコロナでアメリカ入国後2週間の自己隔離の義務があるから、それで彼にも会えないまま、自己隔離していたんですけど、その間に『とりかへばや物語』が大変だから、来てくれないかという話が来て」
「ああ」
 
「それで結局、彼とは1度も会わないまま日本に舞い戻って」
「うん」
「そのことで彼と喧嘩になってしまって」
 
「いや、それは彼氏の気持ち分かる」
 
「ですよねー。それで揉めちゃって。結局売り言葉に買い言葉で決裂しちゃったんです」
「わぁ」
 
「ということで婚約解消です」
 
「それは大変だったわね。でもそれ仲直りできないの?」
「喧嘩した勢いで、彼、別の女の子とくっついちゃったみたいで。彼女が妊娠したから私との話は無かったことにしてくれと言われました」
 
「少々不愉快ね」
「大いに不愉快です」
「全くね」
 
「でもこちらも、もうアメリカには行くなと言う人ができたし」
「**君でしょ?」
「何で分かるんですか〜?」
「だって彼のあなたを見る目がねぇ。だから私、最初彼をパリス役に考えていたのを変更したのよ」
「うーん・・・」
 
「でも彼、しばしば間違ってアクアちゃんの方を見てる」
「あはは」
 
「だって、女の子衣装つけてるのはアクアちゃんが多くて、男の子衣装つけてるのはマクラちゃんが多い」
 
「それもよく分かりますね〜。実は私が女装してアクアが男装すると、同一人物に見えないんですよ」
「そうか!」
 
「それにアクアは女の子の服を着るのが好きだし」
「まあ、好きだろうね。でもこの衣装はあなたが着てね」
 
と言われて美高さんが出してきた衣装を見て、さすがのマクラ(アクアF)もギョッとした。
 

今回の主な配役
 
エスカラス公(Prince Escalus) 藤原中臣
パリス伯(Count Paris) 白鳥リズム
マーキュシオ(Mercutio) 七浜宇菜
 
キャプレット卿(Lord Capulet) 倉橋礼次郎
キャプレット夫人(Lady Capulet) 沢田峰子
ジュリエット(Juliet Capulet) アクア【主役】
ティバルト(Tybalt) 松田理史
ジュリエットの侍女(maid) 坂出モナ (乳母をメイドに変更)
ロザリン(Rosaline) 常滑舞音
 
モンタギュー卿(Lord Montague) 広川大助
モンタギュー夫人(Lady Montague) 万田由香里
ロミオ(Romeo Montague) アクア【主役】
ベンヴォーリオ(Benvolio) 岩本卓也
バルササール(Balthasar) 栗原リア
ローレンス修道士(Friar Laurence) 大林亮平
ジョン修道士(Friar John) 木取道雄
 
語り手(Chorus) 元原マミ
 
制作 大曽根三朗
監督 河村貞治
脚本 小森勇子
 

「なんか物凄い既視感(デジャヴュ)のある配役なんですけどぉ」
「火の鳥の出演者は全員出てるね。元々同根の企画だし」
「ジョン修道士が木取さんって凄く似合ってる」
「ポカの多い人だもんね〜」
「しっかり者のコスモスちゃんがどうしてあんな男の子と、と思った」
「いや、だから似合ってるんだと思うよ」
 
誰も白鳥リズム・七浜宇菜が男役をすることについて何の疑問も感じてない!ついでに栗原リアも男装なのだが、配役が発表された時点ではパルササールというのが男の役というのが認識されていなかったため、話題にならなかった。
 
ちなみにリズムも宇菜も剣の扱いが上手い。アクアもうまい。松田君はこの配役を聞いてから、慌ててフェンシングを習いに通ったらしい。
 

映画のタイトルは『星遮りし恋人』と決まった。これはロミオとジュリエット原作序文(Prologue)にある言葉("star crossed lovers")なのである。
 
Two households, both alike in dignity
どちらも充分な品格を持つ2つの名家
(In fair Verona, where we lay our scene),
(この物語の舞台となる美しいヴェローナで)
From ancient grudge break to new mutiny,
古くからの恨みが今また新たな騒ぎを引き起こし、
Where civil blood makes civil hands unclean.
市民の血が市民の手を汚してしまう。
From forth the fatal loins of these two foes
この仇同士の家に生まれ出た(*1)
A pair of star-crossed lovers take their life;
星に遮られし恋人たちがその命を落とす。
 
(*1)loinは一般的には“腰”ということだが、ここでは古い時代の用法で、生殖器を意味する。その2つの家の家系に生まれたものということ。
牛肉の部位を表すsirloin(サーロイン)は腰付近のお肉である。日本語の“ロース”の語源という説もあるが、あれはむしろ roast (焼く)から来たという説のほうが有力。
 
当時のヴェローナというのは数個の有力な家柄が集まって合議制で市政を動かすシステムが取られていたので、その有力家同士では、熾烈な勢力争いが行われていた。現存世界最古のタロットとして名高い“ヴィスコンチ・スフォルザ・タロット”を遺したヴィスコンチ家もそういう有力な家のひとつである。
 

この映画の主題歌もアクアが歌うことになり、私たちに制作依頼があった。エンディング曲もアクアが歌うが、琴沢幸穂(千里)が書く。今回はアクアのメインライターである青葉(大宮万葉)が入ってないが、彼女はオリンピック直前で時間が取れない。
 
挿入歌は、白鳥リズム、七浜宇菜、坂出モナ、常滑舞音、松田理史が1曲ずつ、また出演者のラインナップには入っていないが、三つ葉の月嶋優羽とColdFly5の米本愛心のデュエット曲が舞踏会場面に使用されることになっている(この2人がデュエットするのは5年ぶりらしい)。それで歌曲8曲とBGM4曲を入れた12曲入りのサウンドトラックが発売される予定である。
 
私とマリは撮影現場にお邪魔した。今日は千里も来ていた。コスモスやゆりこもいる、このふたりはたいていどちらかは事務所でお留守番しているので、両方が出て来ているのは珍しい。今日が撮影初日だからかも知れない。
 
キャプレット家の舞踏会の場面である。
 
ここにロザリン(常滑舞音)目当てでロミオ(アクアだが葉月の代役)はベンヴォーリオ(岩本卓也)を伴って仮面をつけて侵入する。ロミオがいることににティバルト(松田理史)が気付き「あの野郎叩き出してやる」と言うが、キャプレット卿(倉橋礼次郎)は「別にいいではないか。彼は紳士だよ」と言って容認する。
 
会場内をロザリンを求めて歩き回っていたロミオは、偶然出席者の女性と立ち話をしてしまう。が、その彼女に一目惚れしてしまった。彼女を侍女(坂出モナ)が呼びに来たことから、ロミオはそれがキャプレット家の令嬢ジュリエット(アクア)であったことを知り仰天する(原作第1幕第5場)。
 

出演している参加者は、コロナ下でエキストラが使えないという事情もあり、信濃町ガールズ・ミューズを含む§§ミュージックのタレントを総動員し、♪♪ハウスの人で手が空きそうな人にも出てもらった。この日は上田兄弟(姉妹?)も男装で男役を演じている。一般的な女子よりは背が高いので、男装で参加してもらった方が助かるのである。仮面舞踏会の参加者は、男性が女性よりずっと多くなければならない。
 
舞踏会出席者↓
 
所属記号:
C5;Cold Fly 5
FS:Flower Sunshine
BB:Bun-Bun
♪:Other ♪♪ House artists
LO:Lyceennes d'Or
 
(女子 24名)
高崎ひろか 悠木恵美 三田雪代 太田芳絵 中村昭恵 斎藤恵梨香 今川容子 坂田由里 青木由衣子 左蔵真未 水谷康恵 水谷雪花 甲斐絵代子 豊科リエナ 箱崎マイコ (15)
 
竹原比奈子(FS) 神谷祐子(FS) 山道秋乃(FS) 水端百代(FS) 田倉友利恵(C5) 花咲鈴美(C5) 吉沢蕾美(BB) 阪口有菜(BB) マリ (9)
 
(男子 51名)
木下宏紀 春日ライト 夢島きらら 花園裕紀 直江ヒカル 直江アキラ 山鹿クロム 三陸セレン 長浜夢夜 西宮ネオン 弘田ルキア(AF) (11)
 
/以下は女子メンバーの男装
品川ありさ 山下ルンバ 桜野レイア 桜木ワルツ 秋風コスモス 川崎ゆりこ 姫路スピカ 花咲ロンド 石川ポルカ 原町カペラ 七尾ロマン 恋珠ルビー 町田朱美 東雲はるこ ケイ 千里 美高鏡子 (17)
 
佐藤ゆか(LO) 南田容子(LO) 山口暢香(LO) 高島瑞絵(LO) 大崎志乃舞 甲斐波津子 山本コリン 大仙イリヤ 鹿野カリナ 鈴鹿あまめ 花貝パール (11)
 
松梨詩恩(♪) 羽鳥セシル(♪) 広沢ラナ(♪) 水野雪恵(♪) 神田あきら(♪) 米本愛心(C5) 木原扇歌(C5) 桜井真理子(FS) 安原祥子(FS) 立花紀子(FS) 溝口ルカ(BB) 中町リサラ(BB) (12)
 
 

75名の舞踏会参加者、キャプレット夫妻や親族・使用人、27人の楽団まで入ると、かなりのボリューム感がある。この広間のセットは30m×30mという体育館並みの広さがある(だからなかなか目的の人に会えない)。外側は実は短期間で建てられる鉄骨構造だが、内装は華やかでこの内装に5000万円掛かったらしい。
 
しかし私まで男装で参加させられた!男装はほんとに久しぶりだった。マリは女装参加である。私もマリも見学者だったのだが。
 
フラワーサンシャインのメンバーは映画の撮影なんて初体験なので、ずいぶんはしゃいでいた。
 
弘田ルキアは坂出モナが電話して呼び出した。桜木ワルツはマネージャーとして臨席していたのに「あんた演技できるだろ?」と河村監督に言われて、(男性用)衣装を渡された。
 
甲斐波津子は150cm台だが、男装参加になった。実は映画スタッフが、絵代子がわりと背が高いのに気付き「良かったら男装して男性側を演じてくれない?」と声を掛けた。スタッフさんは彼女が元男子だったことを知らない。絵代子が一瞬戸惑うような表情をした。すると姉の波津子が「私が男役します」と名乗り出たので、甲斐波津子が男性側を演じることになった。
 
大崎志乃舞は男装は平気である。彼女は自分の性別について心の整理が出来ている。
 
山本コリンは「男役ですか?やります!やります!」と楽しそうに名乗り出た。コリンも安原祥子同様に地方からの昇格メンバーなので、とにかく目立ちたがりである。彼女が名乗り出たのを見て、同様に地方昇格メンバーの大仙イリヤと鹿野カリナも男役に志願した。新人の鈴鹿あまめと花貝パールは、有無を言わさず男性用衣装を渡された。
 

「なんで誰も台詞を言わないの?」
とマリが訊く。
 
「感染拡大防止の観点から基本的に無言で演じるんだよ」
と私は答える。
「へー」
 
演奏をしている楽団も音を出していない。演奏しているふりをしているだけである。これも音は別録りして重ねる予定である。但し弦楽器、特にリュートは原理上音が“出てしまう”(ヴァイオリンは松ヤニを塗ってない弓を使用)。しかしこの音は使用しない。
 
ちなみに演じている人たちと、監督・脚本家や見学している私たちとの間は透明アクリルの板で区切られている。むろんこちらに居る人たちは全員マスクを着けているし、ここに入る時は非接触式体温計で検温して、手のアルコール消毒をしている。撮影している3人のカメラマン(*1)もマスクをしている。とにかく厳戒態勢である。
 
(*1)多くの映画は1台のカメラで全てを撮影するが、河村監督はテレビ番組の撮影のように複数のカメラで同時に撮影するのが好きである。『気球に乗って』の映画では、島への緊急着陸シーンを島側・海上・気球内から同時撮影している。今回の舞踏会シーンは会場が広いこともあり、カメラを8台も使用した。
 
(8台のうち平面から映しているのは3台でカメラマンが付いており。お互いに映り込まないような絶妙な位置に置いている。残りの5台は天井に張ったケーブルに取り付けたもので位置を動かして撮影できる(4台は前後左右に動く・1台は一段低い位置にあり円形に動く:モニターを見ながら動かしているのは美高助監督)。カメラは全てブルー塗装しカメラマンもブルーの服を着ているので、万一映り込んでしまった場合も編集で消去しやすい。また天井の4台のカメラの映像をコンピュータで繋ぎ合わせてパノラマ的な映像にすることも可能である。これも『気球に乗って5日間』で使用した技法である)
 

「でもジュリエット役のアクアは可愛いなあ。あれ随分いいドレスだよね?」
「あのドレスだけで300万円したみたいだよ。縫い付けている宝石の値段を除いてね。それを入れると400万円近くになる」
「さっすがー!」
「ロザリン役の常滑舞音ちゃんが着てるドレスだって150万円だし」
「すごーい。豪華だね」
「安いドレスで撮影したら、映像も安っぽくなるからね。他の子が着けてる衣装も概ね50万円以上」
「きゃー」
 
このシーンの衣装代だけで6000万円掛けている。アクア映画なので予算が取れるのである。
 
「それも同系統のデザインばかりだと現実的におかしいから、10人のデザイナーさんに分けて発注している。更にロミオとベンヴォーリオの衣装は他の人のとは別の人のデザイン」
 
「凝ってるね〜」
 

「でもアクアのドレスはかなり大胆に前が開いてるよね。胸も結構見えるけど、アクアのおっぱいも随分成長してるね」
「あれは偽装だよ。ただの付け乳だよ」
「本物じゃないの〜?」
「アクアにおっぱいがある訳無い」
「それは良くない。やはりアクアは拉致して取り敢えず豊胸手術を受けさせなければ」
「それ犯罪だから」
 
でもこのシーンでは、映画を見た人たちの多くが
「アクアの胸はかなり大きく育っている」
という感想を持ったようである。
 
(実際に演じているのはアクアFであり、Cカップの実胸を曝している)
 

「だけどみんな仮面着けてるから、誰が誰だか分からない」
「まあそういう状況だから対立している家の息子が侵入できる」
「そうか。そういうシチュエーションだった」
 
マリはこの撮影を見ながら(ついでに撮影されながら)『魅惑のマスカレード』という詩を書いた。マスカレード(Masquerade) は“仮面舞踏会”の意味である。河村監督と脚本の小森勇子さんに見てもらうと「うん、いい感じ!」と言っていたので、これに曲を付けることにした。
 

舞踏会の場面で演奏している楽団はルネサンス期の楽団を再現している。使用した楽器は16世紀頃に実際に使われていた楽器だが、当時の楽器をあるいは調達したり借りたり、あるいは楽器メーカーに依頼して制作してもらっている。
 
楽団 27人
 
ヴァージナル(チェンバロの一種)1人
ポジティブ・オルガン(小型のパイプオルガン:現代の電子オルガン程度の大きさでルネサンス期にはお金持ちの邸宅にはわりと置かれていた。“設置”するので移動はできない)1人
 
ヴァイオリン(アマティ作ヴァイオリンのレプリカ)6人
リュート(吟遊詩人たち愛用の楽器でギターのルーツ)4人
ヴィオール(コントラバスのご先祖で少し小さい)1人
 
ランケット(ファゴットのご先祖)1人
ツィンク(トランペットのご先祖)2人
セルパン(ホルンのご先祖)1人
サックバット(トロンボーンのご先祖)2人
 
ルネッサンスフルート2人
リコーダー(ソプラノ)4人
リコーダー(アルト)1人
 
指揮者1
 
この時代の指揮者は長い杖を持っていて、それを地面に撞くことでリズムを指示していた。現代の指揮棒は19世紀に登場したもので比較的新しい。少し後のバロック期になると巻紙を使用した指揮(これを振ったようで、使い方は多分現代の指揮棒に近い)が出てきて、18世紀には現在でも行われるコンサートマスターが弓の動きでテンポを指示するのが定着している。今回の映画ではルネサンス期に主流であった、杖を地面に撞く方法を採用している。
 
(現代のオーケストラには指揮者がいるものの、個性の強い指揮者が増えて意味が分からない(特に客演指揮者の指揮はよく分からない)ので、結局楽団員はコンサートマスターの弓を見ながら演奏しているのが実態である)
 
ヴァージナルはサマーガールズ出版が所有しているのでそれを貸した。アマティタイプのヴァイオリン、リュート、ルネッサンス期のフルートおよびリコーダーは普通に販売されているので映画制作委員会で購入した。ポジティブ・オルガンは、千葉の楽器メーカーが制作できるということだったので作ってもらったが、本当に動かせない。この広間のセットに作り付けである。若葉が欲しいと言っているので、映画制作終了後は郷愁村に移設するかも。ホテル昭和の玄関ロビーに置きたいらしい。昭和というより、慶長になりそうだが!?
 
それ以外の楽器は、アスカが教授をしている音楽大学が所有していたので、私のコネで借りた。ついでに演奏できる人も借りた!
 
なお楽器のチューニングは、ポジティブ・オルガンをミーントーンで制作してもらったので、ヴァージナルもそれに合わせて調律し、他の楽器はそれらに合わせてもらった。この時代はまだ平均律は生まれていないが、和声が重視されはじめた頃で、3度が美しく響き合うミーントーンは好まれていた。
 

舞踏会に出ている男女のファッションも当時の服を再現したものである。中世の女性は頭巾などで髪を隠していたが、この頃から女性は髪を人前で見せるようになって、その髪につける髪飾りが流行する。現代では教会の聖職者が頭に付ける小型の帽子・ビレッタなども当時女性達の間で流行した。
 
女性の服のフォルムは現在のものとあまり変わらない。スペイン発端のボーンを入れてスカートを大きく膨らませるものが流行り始めた頃である。今回の舞踏会シーンでも、24人の女性の中に4人、このタイプのスカートを穿いた人が混じっている(穿いているのは、高崎ひろか・三田雪代・田倉友利恵・マリ!)。当時イタリアでひじょうに流行っていたのは、ドイツ発端のスラッシュである。これは布に小さな切れ目を並行して多数入れるもので、特にそのスリットから下に着ているシュミーズ(現代でいえばむしろブラウスに近い)の布を引出すものはパフと呼ばれる。元々は戦場で傷んだ服を無理矢理つなぎ留めて着ていた兵士の服装がヒントになったものらしい。現代の穴あきジーンズと似た発想か?
 
今回の舞踏会ではほぼ全員がこのスラッシュの入ったドレスを着ている。
 
また胸元を大きく開けるのも流行っており、極端な例ではおへそが見えるくらいの深い開きのある服を着ていた人もあったという。今回ジュリエット役のアクアが着ている服も胸の下付近まで開いている。それでバストが一部見えているのである。このジュリエット用の服のデザインは、これをアクアFが着ることを知っていた美高鏡子助監督が自分でデッサンを描きデザイナーさんに依頼したものである。当時でもかなりの高級品だったシルク製で、金糸も使い、本パールを10個縫い付け、胸元にはダイヤも縫い付けた豪華な品である。映画公開後はこの衣装はロザリン役の舞音が着ている服と一緒に展示予定である。
 
男性のファッションは、日本では“カルサン袴”と呼ばれて徳川家康なども好んだという、膝上のタイツを大きく膨らせませるスタイルの流行が終わり、ズボン(ホウズ hose)あるいはスカートと長靴下(ブリーチ breeches 腿まであるタイプで現代のガーターストッキングに近い)の重ね穿きが主流となった時期である。タロットカードの愚者・魔術師・ページなどの服装がこの時代の男性ファッションになっており、タロットがこの時代に生まれたものであることを想像させてくれる。ズボン(あるいはスカート)を腰ベルトで留める手法が生まれたのもこの時代である。それまでは上着からガーターで吊っていた。
 
男性がスカートを着用する場合もあるが、その場合はズボンと同様に短い丈のものである。女性は床近くまであるロングスカートを着用する。
 
今回の舞踏会参加者で上田兄弟(姉妹?)はスカートを穿いているが、短い丈なので、女性の服には見えない。また2人はヒゲ(付けひげ)も付けている。当時は、顔にデンプンを塗って、付けひげを貼り付けていたらしい。
 
(他の男装参加者もヒゲを貼り付けている。立花紀子や神田あきらが面白がっていた)
 
女性もドレス一辺倒から上着とスカートが分離した服が現れていた。この時代の上着は前を多数の紐で結んだボディスと呼ばれるものである。ホディスは男性でも着用していた。ただし今回の舞踏会シーンではボディスを着けている人は男女とも居ない。
 

4月上旬。
 
ある週刊誌が「アクア苗字の謎」という記事を掲載した。
 
一般にアクアの本名は“田代龍虎”とされているのだが、実は苗字は田代ではなく“長野”なのでは?というものである。
 
アクアに親しい匿名人物の話として、アクアのパスポートが長野龍虎名義てあったとか、彼の高校の卒業証書も長野龍虎名義だったという話が出ていた。そして、また彼の古くからの知り合いという人物に取材した所、彼は本名は長野龍虎だが、田代夫妻に里子として育てられたので、通常田代龍虎を名乗っているという話を聞いたことがあるというものである。
 
別に放置してもいいのだが、龍虎は後見人の醍醐春海(千里)および弁護士と3人でリモート記者会見を開いた。基本リモートではあるが、◇◇テレビの原田三貴アナウンサーが取材側の代表として臨席した。
 

アクアは丁寧に説明した。
 
「私の本名が長野龍虎であるのは事実です。ただ私は小さい頃に両親を失いまして、それで田代の両親に育てられたんですよ。ですから通常は田代龍虎を名乗っていますが、法的な手続きなどは戸籍上の名前である長野龍虎を使用しています。ですからパスポートも長野龍虎ですし、学校も教室では普通に田代龍虎と呼ばれていましたが、卒業証書などは長野龍虎名義でした。銀行口座も長野龍虎名義ですね」
 
とアクアは、週刊誌の報道内容をほぼそのまま認めた。
 
「これが私のパスポートです」
と言ってカメラに向ける。
 
パスポート番号・本籍地・発行番号などには、マスキングテープが貼られているが、
 
Surname Nagano
Given name Ryuko
Nationality JAPAN
Date of Birth 20 AUG 2001
Sex M
Date of issue 11 SEP 2019
Date of expiry 11 SEP 2024
 
という表示がカメラに映った。“長野龍虎”という本人署名も入っている。
 

このパスポートがネット会見で公開された時の最大の反応は
 
「なんでアクアの性別がMなの〜?」
というものであった!!
 
「性別はFになっていると思ってた」
「もしかして20歳になるまでは法的な性別は変更できないとか?」
「アクアは半陰陽のケースに準じるから性別訂正可能だと思うけどなあ」
 

「君のパスポート見せてよ」
と“彼”は言った。
 
「いいけど」
と言って龍虎Fは自分のパスポートを見せる。
 
Surname Nagano
Given name Ryuko
Nationality JAPAN
Date of Birth 20 AUG 2001
Sex F
Registered Domicile TOKYO
Date of issue 9 OCT 2019
Date of expiry 9 OCT 2024
 
「発行日が違うんだなあ」
 
“彼”は実は“アクア”と“マクラ”のパスポートはどちらかが原本で片方はコピー(性別だけ書き換えた)なのでは(マクラの本名は龍虎ではないのでは)と疑っていたのだが、発行日まで違うのなら、やはり別々のものなのだろう。こちらは署名も向こうと同じ“長野龍虎”だが、筆跡が違うと認識した。こちらの方が女性的な筆跡である。
 
「別に一緒に更新したりはしないし。ちなみにカメラに映ってなかったけど、アクアの本籍地は埼玉県だよ」
 
「へー!じゃ、名前と誕生日が同じで、性別と本籍地と発行日が違うわけか」
 
「ボクの性別は知ってるくせに」
とFが言うと、“彼”はじっとFを見詰めた。
 

記者会見は続いている。
 
「本来の御両親はどうして亡くなられたのかお聞きしてもいいですか?」
と原田アナウンサーが尋ねる。
 
「交通事故だったそうです。私はたまたま両親の友人の家に預けられていたので、助かったんですよ」
とアクアは答える。
 
「小さい頃のことだったんですか?」
「そうなんですよ。だから私は母の記憶というと、母が青い振袖を着ていてそれが凄くきれいだなあと思った記憶があるだけで」
 
「お母さんは結婚していたのに振袖を着ておられたんでしょうか?」
「若い内はいいんじゃないですかね」
「ああ、そうかも知れないですね」
「その振袖は両親が亡くなった後、親戚筋の所に預けられていたのを、中学生の時に『お前のお母さんの形見だから』と言って頂きました。私の宝物です」
 
「そういえば、アクアさん、青い振袖がお好きですよね?」
「はい、その記憶があるので。母の遺品そのものではないですけど、同系統の色の振袖をよく愛用しています」
 
ここではアクアは男の子なのに(?)振袖を着るのかという問題は完全にスルーされている。
 
「醍醐春海先生は、アクアさんとはどういう関係でしたっけ?」
 
「映画にもなりましたけど、この子が腫瘍の手術をする前日に、私はこの子と偶然遭遇しまして」
「あ、そうか。その縁なんですね」
 
「私たちも明日の試合勝つから、龍虎も明日の手術頑張れと約束したんです」
「そういう話でしたね」
 
「そして、私たちも強豪の優勝候補のチームに勝ったし、アクアも困難な手術に耐え抜きました」
 
「いいお話ですね」
 
「それ以来、私も、当時のチームメイトも。ずっと彼女とは縁が続いているんですよ」
「彼女?」
「あ、ごめんなさい。“彼”の間違いです」
 

ネットでは「いや“彼女”で正しい」という意見が圧倒的であった。
 

「でもそれで、私は、醍醐先生からも、妹の大宮万葉先生からも、たくさん曲を頂いているんですよね」
とアクアは発言した。
 
「今後は、アクアさんの本名は“長野龍虎”でいいのでしょうか?」
 
「いえ。田代の両親にここまで育ててもらった恩を私は忘れません。ですから、私のプロフィール上の本名は田代龍虎ということにさせておいてください」
 
と言ってアクアは会見を締めくくった。
 

この会見をネットで見て、田代夫妻は泣いていたらしい。
 
田代夫妻(41歳)は龍虎が高校に入学して独立した後は、毎日は会えなくなったものの(むしろ月に1度も会えなくなったものの)、毎週1度は御飯を作って持ってきてくれたりしているし、何か必要なものがないか尋ねて、龍虎が家具や家電などが欲しいと言うと、買ってマンションに置いていってくれたりしている。一度冷蔵庫が壊れた時も新しいのを買って持って来て、古い冷蔵庫から中身を移し替えてくれた。
 
私はいよいよ“アクアの父親”の名前を発表するための地ならしを雨宮先生あたりが始めたのだろうと感じた。アクアの父親の名前は20歳になってから公表するという約束であった。アクアの父親が誰なのかについては、実は親族である白河夜船社長でさえ知らない。
 
(白河社長と高岡猛獅は又従兄弟で、その縁があり、白河が関わっていたライブハウスでワンバンはよく演奏していた。そのライブハウスの看板娘?だったのが羽鳥セシルの母である−当時既に結婚していたけど:高岡猛獅に子供がいたことは、当時上島先生や雨宮先生でさえ知らなかった。夕香さんの実の妹である支香さんでさえ知らなかったのだから)
 

その日マリはS3丁目駅の近くにある“サワークリーム食パン”まで来て1階のマリベーカリーでパンを買ってから、4階の事務所で少しおしゃべりしていた。
 
それで帰ろうとしたら、自分の車に駐車監視員さんが紙を貼っている!
 
「すみませーん。すぐ動かしますから」
「違法駐車ですから、この紙の通り、警察署に出頭して反則金を納めてください」
「そんなぁ。今すぐ動かすから勘弁してくださいよぉ」
「私には、そういう融通を利かせるような権限はありません」
 
とマリは駐車監視員さんと押し問答をしていた。
 
(ステッカーを印刷していても、貼るまでなら、車を動かしてしまえばキャンセルになるが、貼られてしまったらアウト。取り消しはできない。なお貼られた場合に警察に出頭してしまうと反則切符まで切られて点数が付く。放置して納付書が(車の所有者宛に)送られてくるのを待ち、来たらすみやかに納付すると点数は付かない。この対処法はわりと知られている。“正直者は馬鹿を見る”システム)
 
ところがその時である。
 
「ああ、よく寝た」
という声がして、“後部座席”から男が起き上がった。
 
「誰?」
とマリはギョッとして訊いた。
 
「あ、マリちゃん?ごめーん。物凄く眠くてさ。フラフラと歩いていたら、目の前にドアの開いた車があったから、ついそこに入って寝ちゃった」
 
「百道大輔さん!?」
「どもども」
「いつから乗ってたの?」
「放送局までしか記憶が無いんだけど」
「確かに私、放送局からここに来た」
 
「あのぉ、お知り合いですか?」
と駐車監視員さんが訊く。
 
「まあ知り合いかな」
とマリ。
 
女性の車に見知らぬ男が寝ていたとなったら、警官を呼ばなければならないのでは?と監視員さんも一瞬思ったものの、知り合いならいいかと思い直したようである。
 
「あれ?マリちゃんどうしたの?」
とその時、百道は初めて駐車監視員さんに気付いたようである。
 
「ちょっとと思ってここに車駐めてパンを買ってたら、駐車違反のステッカー貼られちゃって」
 
「ありゃ」
と百道は言ったが、少し考えてから、駐車監視員さんに言った。
 
「駐車監視員さんって、放置車両にステッカー貼るのが仕事ですよね?」
「はい」
「車内に人がいたら放置車両ではないよね?」
「・・・・そうです」
「俺が車内に居たから、この車は放置車両じゃないよ」
と百道。
 
「確かにそうです。すみません。間違いでした。取り消します」
と言って、駐車監視員さんは自分でステッカーを剥がした。
 
「じゃ、マリちゃん帰ろ帰ろ」
「あ、うん」
 
それでマリは運転席に座り、後部座席に百道を乗せたまま、車を発車させたのであった
 

“信濃町シスターズ”と称して、品川ありさ・高崎ひろか・大崎志乃舞の3人が出演していた“3×3大作戦”であるが、4月から出演者を交替することにした。
 
品川ありさ・高崎ひろかが“体力的に辛い”と訴えたので、もっと若い子と交替させることにしたのである。この番組はロードレースを走らされたり、登山したり、冬はクロスカントリースキー、夏はオープンウォーターでの水泳など、かなりハードな内容である。
 
それでありさ・ひろかの後任に、コスモスは、恋珠ルビーとYe-Yoを入れたのである。ふたりとも若くて体力があるので
「ランニングとかも頑張ります」
と張り切っていた。それにルビーは宮古島にいた時はテニス部に入っていたし、Ye-Yoは元男の子なので2人とも一般的な女子よりは体力と運動神経がある。
 
なお、この番組は始まった2016年10月には、三つ葉(15-17歳)、スリファーズ(20歳)、信濃町シスターズ(品川ありさ17 高崎ひろか17 桜野みちる22)という構成だったが、2018年一杯でみちるが引退したので、大崎志乃舞(当時15歳)が入っている。そして2019年春にはスリファーズが「体力の限界」と言って降板し、UFO(当時12歳)が入っている。
 
つまり現在の出演者は下記である。
 
三つ葉(八島19 優羽20 波歌21)
信濃町シスターズ(大崎志乃舞17 恋珠ルビー14 Ye-Yo 13)
UFO (宇良々14 房枝14 奥奈14)
 
本来三つ葉のための番組だったはずが、最近は若いUFOにかなり“食われて”いる感じもある。しかしUFOも自分たちより1つ下の学年のYe-Yoの参加には結構警戒しているようであった。ルビーも自分たちと同学年である。彼女たちは初めて“追われる”立場に立つ。
 
司会は当初デンチューの2人だったが、2017年に解散してしまったので、アシスタントであった金墨円香(実際には最初から彼女が仕切っていた)が司会者に昇格し、新たに森風夕子(2000生)をアシスタントに迎えている。森風夕子も一緒に走ったり泳いだりさせられて鍛えられている。
「アイドルは体力ですね」
 
などと夕子は言っている。
 
 
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【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(2)