【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(5)

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葉月はその日久しぶりに休みになったので、自宅の居間で寝転がってネットを見ていた。玄関のピンポンが鳴るのでモニターを見たら母である。
「はーい」
と言って玄関に行き、ドアを開ける。奥の部屋に居た和紗も一緒に出て行く。
 
「お母さん、お早うございます」
「和紗ちゃん、お早う」
と母も笑顔で和紗(桜木ワルツ)に挨拶する。
 
「聖子、今日はお休み?」
「うん」
「じゃちょっと来て」
「いいけど」
 
それで葉月は和紗に「ちょっと出かけてくるね」と言って、カジュアルなブラウスとスカートという格好で母と一緒に出かけた。
 
(葉月は男物の服を全く持っていない)
 

昨年夏に妊娠を発表し音楽活動を事実上休止していたXANFUSの音羽(桂木織絵)と光帆(吉野美来)であるが、ふたりそろって2021年3月3日に女の子を出産した。ふたりは同じ病院で出産し、出産時刻も5分違いであった。ふたりは同じ病室に入院して、赤ちゃん2人もそばのベッドに寝せてもらい、幸せそうであった。
 
(千里によると2人は2020.6.10に“受精”したことが確実なので予定日は3.3だったらしい。つまり予定日通りの出産だった)
 
美来が産んだ子は“浪織”(ローリー)、織絵が産んだ子は“来稀”(クレア)と名付けられた(読めん!)。お互いに相手の名前から1字取っている。そして2人の名前の頭文字を並べて“ロック”になるという趣向らしい。むろん織絵と美来は、浪織と来稀を一緒に姉妹として育てるつもりである。
 

千里が何か表を見ながら悩んでいる様子なので、私は声を掛けた。
 
「まあ冬ならいいか」
と言って、彼女はその表を見せてくれた。このように書かれていた。
 
浪織 Rh+B
来稀 Rh+B
──────
織絵 Rh-OO
美来 Rh-OO
広実 Rh+AB
優子 Rh+AA
桃香 Rh-BO
 
「父親は確定したね」
と千里は言った。
 
「どういうこと?」
 
「去年の6月9日の深夜(6/10 0:00-6:00頃)、この5人が酔っ払って乱交状態になったんだよ。だから本人たちにも誰が父親か分からなかった」
 
「広実って誰だっけ?」
「三田夏美さん」
「全員女ばかりじゃん」
「酔っ払った誰かさんのせいで全員数回性転換されている」
「ああ」
 
私はその状況を想像して顔をしかめた。
 
「生まれた子供が男の子ならY染色体持っていたのは広実ちゃんだけだから広実ちゃんが父親ということで確定していたんだけど、生まれたのはどちらも女の子だったから、これでは確定しない」
 
「三田夏美さんだってY染色体は無いのでは?」
「それがあるんだな。あの人、男だったから」
「嘘!?」
「この夜に性転換されちゃって、それでもうこのままでいいと言ったから、女のままになっている。法的な性別も半陰陽だったという診断書もらって訂正したと思う。やり方は教えて弁護士も紹介しておいたから」
 
「ここ2-3年、半陰陽で性別訂正した人がかなり大量に発生している気がする」
 

「まず産んだ本人は母親と確定していい」
「まあそうだろうね、普通は」
 
「だから父親が問題だけど、織絵も美来も父親ではない」
「O型同士では子供は必ずO型になるからね」
 
「桃香も父親ではない。桃香がRh-で、織絵も美来も同じくRh-だから、桃香の子供であれば、子供もRh-でなければならない」
「織絵も美来もRh-だったのか」
「だからすぐにふたりともガンマグロブリン注射したよ」
「しとかないと、やばいよね」
 
Rh-の母親がRh+の子供を出産(流産を含む)した場合、放置すると抗体ができてしまうので、次にRh+の子供を妊娠した時にアナフィラキシー反応を起こし、生命の危機もある(昔はそれで随分Rh-の母親が亡くなっていると思う)。それを防ぐには、出産(流産)後72時間以内にガンマグロブリン注射を打つ必要がある。
 
遺伝子的両親の両方がRh-なら子供は“必ず”Rh-になる。遺伝子的両親の片方がRh+なら、子供はRh+になる“可能性がある”。
 
(再掲)
浪織 Rh+B
来稀 Rh+B
──────
織絵 Rh-OO
美来 Rh-OO
広実 Rh+AB
優子 Rh+AA
桃香 Rh-BO
 
「そして優子はA型だからO型の母親との間にB型の子供は生まれない」
「そこがいちばん難しい所だね」
 
A型の父親とB型またはAB型の母親との間にならB型の子供が生まれることはある。しかしA型の父親とO型の母親であれば、子供はA型かO型である。
 
↓再掲:両親の血液型と(通常)生まれる可能性のある子供の血液型

 
「ということで消去法で父親は2人とも広実ちゃんであったことが確定」
「じゃあの子たち本当に姉妹なんだ」
「母親違いの双子だね」
 
「父親違いの双子なら聞いたことあるけど、そんなのは初めて聞いた」
 
ギリシャ神話のヘラクレスとイピクレスが父親の違う双子である。ゼウスはアルゴスの王女アルクメネに恋し、彼女の夫・アムピトリュオンの姿に変身して彼女と交わった。アルクメネはその後、本物のアムピトリュオンとも交わったため、父親の違う双子を産むことになった。ヘラクレスはゼウスの子であり、イピクレスはアムピトリュオンの子供である。
 
父親が違う双子というのは結構存在している可能性があるが、普通は遺伝子検査までしないので分からない(きっと母親だけが知っている)。
 
「ちなみに千里は父親ではないんだよね?」
と私は確認した。
 
「千里1は自分を性転換しなかった。男になった桃香と優子には、やられていたけど、織絵・美来には、やられてない。広実は最初に女に変えられてから、その後はずっと女のままだったし」
 
「やはり乱れてるな」
と私は呆れるように言った。
 

「取り敢えず私と一緒に来て。お母さんの許可は取ってるから。いいよね?」
とイリヤは、母を見て再確認した。
 
「まあ好きにすれば?でも私と離婚することは許さないからね」
と母は言った。
 
「じゃ1ヶ月後に」
「1ヶ月??」
 
と旅世は物凄く不安そうな顔をした。
 

峰川伊梨耶(みねかわ・いりや)は1989年生まれで2012春に音楽大学の作曲科を成績トップで卒業した優秀な人である。
 
在学中から学資稼ぎで下川圭次先生が主宰する下川ドリーム・ファクトリー(通称“下川工房”)のアレンジャーとして活躍した。彼女のアレンジは非常に品質が高かったので、個人ブランド“Il y a”(イリヤ)を付けることを許される。Il y a は彼女の名前をフランス語風に綴ったものだが、フランス語としては"There is"(そこにある)の意味である。
 
2018年春に下川工房から独立して自分の編曲工房 Il y a un studio (イリヤ・アン・ステュディオ:直訳すると There is a studio:スタジオがある:通称イリヤ・スタジオ)を設立した。
 
当初は仕事が取れなくて苦労していたが、大量に生産される松本花子作品の編曲および音源の制作指導をほぼ独占して請け負い(一部は台湾の向日葵音楽工作工房でも編曲しているが、制作指導はイリヤの所がする)、一躍中堅の編曲工房に成長した。
 

イリヤは3人きょうだいの末っ子で長女、つまり上にお兄さんが2人いる。4つ上の長男・拓朗(たくろう)は塾の先生(理科担当)をしている。2つ上の次男・広高(ひろたか)は写真家で、写真スタジオを経営している。結構はやっているようである。きょうだい間で才能の出方が違ったようだ。
 
イリヤたちのお父さんは高校の数学の先生、お母さんは音楽の先生だが、絵も上手くて二科展の会員である。イリヤは母のピアノを物心つく前から弾いて遊んでいて、自然と音楽家の道を選んだが、広高(ひろたか)は母の画材でたくさん絵を描いていたようである。広高は写真家になったが絵も物凄く上手い。
 
ちなみに長男は同性愛者であり、自分より5つ年下の男の子と同棲している。その相手の男の子は以前女性と結婚していた時期もあり、その時にできた子供を自分が育てていた(その子を産んだ女性は亡くなったらしい)。それで結局拓朗たち男2人でその子を頑張って育てている。
 
次男は女装者であり、いつも可愛い格好をしている。しばしばイリヤの“妹”!と思われている。高校までは男子制服で通学していたものの、大学(美術系の大学)に入って以来女装で通している。アーティスト系の人には、割と性別の曖昧な人は多いので、クラスメイトたちからは“ちょっと変わった人”程度にしか思われていなかったと本人の弁。20歳になった時点で名前も広香と改名してしまった。(ひろたか→ひろか、いう“たぬき”:男から女に化けた、とか言っていた)
 
姉(?)は高校生の時以来、イラストや写真を美術展に出品する時は“峰川広香”の名前を使っていたらしい。
 
「戸籍の性別も変更するの?」
と当時尋ねたのだが
 
「去勢したら、それだけでもいいかという気分になっちゃって」
などと言っていたので、
 
「無理することないと思うよ。性転換手術は身体への負担も大きいみたいだから」
 
と言っておいた。
 
その後、本人からは何も聞いてないが、7年前に一度戸籍謄本を取ってみた時は“次男”と記載されていたので、少なくともその時点ではまだ手術もしていなかったのだろう(現在は分からないが)。でもバストは20歳頃の時点でも自分より大きかった!どうも高校生の頃以来、女性ホルモンを飲んでいたようである。まあ女性ホルモンの入手は“容易”だったろうからね〜。
 
イリヤ本人は性的にはノーマル(自称)で2014年に(男性と)結婚しているが『忙しいから』と言って、新婚旅行無しで結婚式の翌日には仕事に復帰した。2015,2017年に子供を産んでいるが、どちらの時も出産前日まで仕事をし、出産の一週間後には仕事に復帰するという超人的なことをしてみせている。下川社長は1ヶ月くらい休みなよと言ったのだが、自分に編曲して欲しいという依頼が大量に来ているのを放置できなかったのである(完全な仕事中毒)。
 
なお結婚した時、苗字は峰川をそのまま使用している。彼が
「君はその名前でバリバリ仕事してるから苗字変わると困るでしょ?僕はただのサラリーマンだから苗字変わっても大丈夫だから」
 
と言って、峰川の苗字を名乗ってくれたのである。これについてはイリヤの祖父(父の父)が凄く喜んでいた(なにせ兄2人の所には曾孫ができる可能性が無い)。彼氏の父は、彼氏が次男だったこともあり妥協してくれた。ちなみに旅世には男の兄弟は居ない。それで峰川を名乗るのは、イリヤの子供2人だけなのである。
 

さて、お父さんの峰川旅世は、“世界制服計画”と称して、中高生の女子制服の蒐集が趣味である。3000点くらいのコレクションがあるという。日本国内の私立高校については過去の分も1980年代以降の分はほぼコンプリートという話だ。(日本には現在約1300の私立高校がある。むろんその中には男子高もあり、当然それは蒐集対象外である)生徒以外には売らない学校の制服もオークションなどでゲットしたらしい。
 
集めているのは普通のMサイズだが、それを着るのも趣味らしい。Mサイズの女子中高生制服を着られるのが凄いが、ウェストは20代の頃からずっと63cmをキープしている。逆に男性用の既製服が合わないので、授業の時などに着る紳士用スーツはオーダーメイドである。
 
高校の先生なのに、女子制服を集めるのが趣味で、自分で着たりもするというのは、とっても危ない感じだが、その制服を着て出歩くのは奥さん(イリヤの母)から禁止されている。20代の頃に女子高制服を着た写真を私は見せてもらったことがあるが、当時ならちゃんと女子高生に見えた。
 
またお父さんは“学区外では”しばしば(さすがに女子高生の格好ではないが)女装して出歩いており、“ひまわり女子高2年A組17番森野眠美:もりのたみ”と自称して、その名義の生徒手帳も持っている。実はこの生徒手帳は海浜ひまわりのファンクラブ会員証である(現在もアーティストをアクアに変更してファンクラブ会員証としては有効)。
 

興味があるのは制服だけであり、中身の女子高生には全く興味が無いらしい。そもそも女性に対して不感症で、実は女性とセックスしたこともないらしい。女性の下着姿やヌードを見ても何も感じない。でも奥さんの八千代のことは好きだと言うし、ずっと仲が良いようなので、愛情を感じない訳ではないようだ。なお、セックスせずにどうやって子供を3人も作ったのかは“企業秘密”らしい。
 
学校ではそういう性格が“理解”されていて、修学旅行や夏休みの林間学校などの女子宿泊場所の番など任せられたりしているらしい。また、女生徒たちから、よく恋愛相談などされるという。但し臨海学校や水泳大会などでは校長から水着になることを禁止されているとか!
 
「ぼくビキニにも自信あるのに」
と言っていたが、やはり水着姿にはしないほうが良さそうだ。
 

2019年春、お父さんは“性転換手術を受ける費用を稼ぎたい”と言って、イリヤからお金を借り株式相場に参戦したものの、美事に失敗した。
 
お金を借りる時に、利益が出たらそのお金で性転換手術を受けることを奥さんから許してもらったものの、損失が出たら一生イリヤの奴隷として働く、という約束だったらしい。
 
それで失敗してイリヤから借りたお金も返せず、お父さんはイリヤの奴隷になった。しかし学校の先生をしている間は奴隷になると仕事に支障が出るだろうから、定年退職してから奴隷になる、ということでモラトリウム(支払猶予)になっていた。
 
そして2021年3月31日、お父さんは60歳になった年の年度末で、勤めていた学校を定年退職した。そして翌4月1日、イリヤから
 
「じゃ今日から私の奴隷ね」
 
と告げられたのである。
 

娘のイリヤから「奴隷」を宣告されて、お父さんは期待の目で見ている。
 
退職金でイリヤから借りたお金は返せたと思うが、退職金は奥さんが自由に使って良い約束だったので、全部奥さんに委ねたらしい。それにそもそも奴隷になりたくてたまらなかったようである。
 
お父さんは、焼き印を入れられか、手枷足枷付けられるかと期待している。
 
「もし手や足を切断するなら、できたら麻酔掛けてね」
などと言っている。
 
「そうね。首を切断する時は麻酔掛けてあげるから安心して」
とイリヤ。
 
「首を切断するの〜?」
とさすがに、お父さんはビビっている。
 
「取り敢えずこれに署名して」
と言われて出された“承諾書”には
 
《私は人権を放棄します。以降私は人間ではありません》
《御主人様に命じられたことには全て従います》
《私は身体のどこを切り刻まれても構いません》
などという条項が入っている。
 
お父さんは恐る恐るそれに署名して実印を押した。
 
「取り敢えず私と一緒に来て。お母さんの許可は取ってるから。いいよね?」
と母を見て再確認する。
 
「まあ好きにすれば?でも私と離婚することは許さないからね」
と母。
 
「ぼくも八千代のことが好きだから、別れたくない」
「だったら好きにどうぞ。じゃ1ヶ月後に」
「1ヶ月?」
「まあお父さんが生きてたらね」
「生きてたら!?」
 
それで若干の(むしろかなりの)不安を持ちながら、お父さんはイリヤの車 SKYLINE 250GT Type-S (V36) の後部座席に乗ったのであった。スカート穿いていいよと言われたので、サンローランのスカートスーツを着た。こういう服を着ればメイクとかしなくても普通に47-48歳くらいのおばちゃんに見える。元々とても若く見えるタイプである。むろん下着は全部女性用下着であり、トリンプのブラジャー(C70)も着けている。
 
そもそも父は男物の下着を持っていない。
 
イリヤは物心ついた頃から父が女性用下着を着け、家の中でスカートを穿いているのを見ていたので、それが何か変なことであるとは思ったことがない。もしかしてうちのお父ちゃん、他の家のお父ちゃんとは少し違うのかもと認識するようになったのは小学1-2年生の頃であった。
 
子供の頃、洗濯物を干す時、男物の下着は、長兄・拓朗のものだけで、他は全部女物だった。でも各々の好みが違うから、だいたい誰のものかは区別がついていた。母は実用的な布面積の大きいもの、父はレースやフリルなどの装飾が多くフェミニンなもの。広高(広香)はキティちゃんとかプリキュアとかのキャラクターもの、イリヤ自身は絵の無いシンプルなもの。イリヤの好みは家族の中では最も中性的で、よく姉(?)からは
 
「いーちゃんも、もっと可愛いの穿けばいいのに」
と言われていた。
 
イリヤは“姉”広香の性向は父の遺伝なんだろうなと思う。男の娘の息子が男の娘に育つというのは、わりとあちこちで聞く話である。でも姉より父のほうが美女っぽい気がする!
 
父は学校でも着替える時は個別の更衣室を用意してもらっていた。また、女声の出し方もマスターしているので、生徒たちに唆されてけっこう女声で授業をしていた。行事などで国歌や校歌を歌う時はソプラノで歌っていた。
 
一応校長との約束で男性用スーツで勤務してはいたが、女の先生だと思われていることもわりとあったようであった。結構同僚の女先生たちと、化粧品やファッションの話などもしていた。一応高校では校長との約束でお化粧も自粛していたものの、アーデンの愛用者である。また3年生女子へのお化粧指導を毎年担当していた!(システマティックに教えられる人がわりと居ないのである)
 
なお旅世は、足のむだ毛や顔のむだ毛は20代の頃に永久脱毛済みである。(レーザー脱毛の無い時代なので針で1本ずつ焼く方式を取っており、かなりの苦痛に耐えて永久脱毛したらしい:特に男性の体毛は太いので焼き切るのに女性より時間が掛かり苦痛も大きい:性転換手術より脱毛の方が痛いと言われた時代)
 

ひたすら分裂していくバンド“ラビット4”。
 
元々は2012年頃に、まだ大学生だった因幡修と四屋晃(どちらも1992年生)がライブハウスに一緒に出演するようになったのが発端である。ハイトーンの四屋さんのボーカルと、因幡さんの篠笛のコンビネーションが魅力的なコンビだった。
 
(声だけ聞くと女声ボーカルにも聞こえるので『可愛い声だなあ』と思って見てみると、男なのでがっかりする、などと言われていた:レコード会社の人も何人も来たけど、みんな本人たちを見て帰っていった)
 
最初はユニット名も無かったが、その内、因幡という苗字が“因幡の白兎”を連想させることから四屋の“四”とあわせて“Rabbit 4”を名乗ることになる。やがてベースの高橋とドラムスの佐藤(どちらも因幡たちより3つ上)が加わり、4人組のユニットになって、2015年12月∂∂レコードからデビューした。この時、∂∂レコードはあまり彼らに期待していなかったので、アーティスト契約ではなく委託契約だった。それが1年後に問題になることになる。
 
2017春、バンドは2つに分裂して片方は龕龕レコードに移籍した(委託契約なのでアーティストを縛れない)が、どちらも“Rabbit4”を名乗った。同じ名前だと混乱するので、テレビ局が勝手に両者を“さくら組”“いちご組”と呼んだ。(高柳あつみアナウンサーの命名)
 
2018年春、さくら組が2つに分裂して、めろん組が出来、2019年春にはいちご組が2つに分裂して、ばなな組が出来て4つになった。
 
2020年春、今度は5つになるか、一気に8つになるかとみんなが期待(?)していたら、桜組が2つに分裂して“山桜”と“川桜”になり、いちご組が2つに分裂して“男峰”“女峰”になって結局6つになった。
 
オリジナルメンバーの因幡さんは、いちご組→男峰、四屋さんはさくら組→山桜になっているが、この2組は各々《1人バンド》でメンバーは本人だけである。
 
なお、これらの名称は全てテレビ局(高柳あつみアナウンサー)が勝手に付けた《区別するための通称》に過ぎず、ライブでは「次はRabbit4です」としかコールされないし、各々のCDなども単純に Rabbit4 の名前で販売される。レコード会社では、買う人が混乱しないようにと、演奏者の名前をジャケットに明示しているが、やはり間違って買っていく人は多い!
 
↓分裂の経緯 L=Leader
 
Rabbit4 因幡(L,Gt/篠笛)・四屋(L,Vo/Gt)・高橋(B)・佐藤(Dr) (∂∂レコード)
 
さくら組 四屋(L)・佐藤・渡辺・細野 (∂∂レコード)
いちご組 因幡(L)・高橋・大川・津野 (龕龕レコード)
 
さくら2 四屋(L)・渡辺・村上・川中 (∂∂レコード)
めろん組 佐藤(L)・細野・加藤・小沢 (θθレコード)
いちご2 因幡(L)・大川・中村・八女 (龕龕レコード)
ばなな組 高橋(L)・津野・青山・元木 (ЮЮレコード)
 
山桜 四屋(L) (ΣΣレコード)
川桜 渡辺・村上・川中(L)・片原 (∂∂レコード)
男峰 因幡(L) (σσレコード)
女峰 大川・中村・八女(L)・桑野 (龕龕レコード)
 
まだまだ分裂していくのか、名前の権利はどうなっているのか、2020年春にひとりの記者が四屋さんに質問したところ
 
「その内日本中のアーティストがラビット4になるかもね」
と言って笑っていた。また彼は
 
「ここまで増えてきたら最後は性転換だな」
と発言した。
 
この“性転換”ということばは憶測を呼んだが、四屋さんはそれ以上説明しなかった。
 

2021年春、ばなな組がドールとチキータに分裂、めろんがアンデスと夕張に分裂。合計8つになった。
 
・・・かと思ったら、男峰(因幡さんだけのユニット)と山桜(四屋さんだけのユニット)が合体して“Rabbit4 Super”を名乗ることを4月4日朝、発表した。
 
レコード会社については、因幡さんが所属するσσレコードは元々四屋さんが所属するΣΣレコードの子会社というのもあり、自由度が高い(=取り分も多い:その代わりあまり営業してもらえない)σσレコードの方に合流することで、ΣΣ側の承認も得られたらしい。
 
Rabbit4系ユニットの合体は初めてである。更に別の名前を名乗るのも初めてである。マスコミは記者会見を要請した。それで時節柄、リモートで記者会見が行われることになった。会場は品川のPホテルが使用されるということだった。
 
17:00 金の屏風!?の前に用意された会見席に“タキシード”姿の因幡修と、“ウェディングドレス”!! 姿の四屋晃(?)が登場するので、リモート会見に参加していた記者たちも、ネットで見ていたファンと野次馬!たちも仰天する。
 
「俺たち今日の午前中にこのホテルの式場で結婚式を挙げました。夫婦になったのでバンドも合体させます」
とタキシード姿の因幡さんは言った。
 
四屋さんが左手薬指に填めた大粒ダイヤのプラチナリングをカメラに向ける。かなりのカラット数である。恐らく300万円以上だ。
 

「あのぉ、籍も入れられるのでしょうか?」
とひとりの記者が質問する。
 
「婚姻届は今日の朝1番に提出してきました。これが受理証明書です」
と言って、大田区長名の入った“婚姻届受理証明書”をカメラに提示した。
 
「婚姻届が受理されたということは、因幡さんは女性なのでしょうか?」
 
「うん。俺は女だよ」
と因幡さん。
 
「え〜〜〜!?」
と多くの声。
 
「冗談、冗談、四屋が女だよ」
と因幡さんは言い直す。
 
「済みません。私も言い間違いました!」
と質問した記者さんも焦って言う。
 
「四屋さんはいつ女性になられたのでしょうか。あるいは最初から女性だったとか?」
 
「昨年コロナで音楽活動がままならなかった間に、国内の病院で性転換手術を受けまして、戸籍も変更しました」
 
とおなじみのハイトーンの声で答えて、四屋さんは“性別:女”と記されたマイナンバーカードを提示した。
 
「性別だけ変更なさって、名前は変更なさらなかったんですね?」
「そうです。晃という名前は女でも通用するので」
「俺は昔から“晃子(あきこ)”と呼んでたけどね」
 
「おふたりはいつ頃から交際なさっていたのでしょうか?」
 
「こいつが女になったって言うからさ、だったらやらせろよと言ったら、してもいいよと言うので、やってみたら気持ち良かったから、結婚する?と聞いたら結婚したいと言うから結婚することにした」
と因幡さん。
 
「それはいつ頃でしょうか?」
「昨日かな」
 
「え〜〜〜?」
 
「指輪を受け取ったのは本当に昨日です。でも私は彼のこと、最初から好きでした」
と四屋さんが言う。
 
簡単な補足説明で、宝石店に行ったのは先月で式場もその時予約していたが、指輪の刻印入れとサイズ調整が終わって宝石店で受け取ったのが昨日の午前中らしい。四屋さんはわざわざCCDカメラで指輪の内側の刻印を映したが "ameris, ama" というラテン語の刻印が入っている。“愛し愛され”くらいの意味か。
 
「まあ学生時代は同じアパートに住んでたしな」
と因幡。
 
「当時も一緒に寝てたし」
 
「貧乏でふとんがひとつしか無かったから一緒に寝てただけだけどな。でも可愛いかっこしてるし、おっぱいもあるから、ついフラフラとやっちまった」
 
「あのまま結婚したかったんだけど、因幡さん、他の女の子と付き合い始めたし」
「まあそれがラビット4が分裂した主因でもある」
と因幡さんは初めて分裂の原因について語った。
 
実際ふたりは元々ホモなのでは?という噂は昔からあったが、同性愛というより四屋さんが女性指向があったということのようである。だから2人は恋愛としては同性愛ではなく異性愛(ストレート)である。
 
因幡さんが付き合っていた女性というのは一時期ラビット4の付き人をしていた人で、その女性との交際は過去に何度か報道されたこともあるし、彼女と因幡さんの関係が破綻したことも、この1月に報道されていた。それで、きっと四屋さんとの仲が復活したのだろうと推測する人も多かった。結果的に四屋さんは因幡さんのことをずっと待っていたことになり、「凄い純情!」と感激する人も、女子のファンの中には多かった。
 
「お前、学生時代に既にタマは取ってたもんな」
「うん。早く完全な女になりたかったけど、当時は手術代も無かったし」
「だけど俺はお前を男だと思ったことは一度も無かったよ」
「私は一緒に暮らし始めた時から、ずっと因幡さんの奥さんのつもりでいたよ」
 
ふたりは同じアパートに住んでいたが、デビューする時にレコード会社から“誤解を招かないように”と言われて別々のマンションで暮らすようになったらしい。でも実際はほとんど四屋さんのマンションで夜を過ごしていたという。因幡さんに“彼女”ができるまでは。
 
四屋さんは元々中性的な格好をしていることが多く、ステージではスカートを穿いていることもあったが、男性ロッカーのスカートは珍しくないので、単なるファッションなのだろうと思われていた。またバラエティ番組で女装を披露したことは何度もあるが、どうも元々、そちらが本来の姿だったようである。
 
そういう訳で“Rabbit4 Super”は夫婦バンドとして再スタートしたのであった。過去に分裂してきた多数のRabbit4のメンバーからも一様に祝福のメッセージが送られた。
 
ファンたちも大半はおめでとうムードであった。
 

『星遮りし恋人』の撮影は続く。物語は悲劇へと突き進んでいく。
 
第3幕第2場(ジュリエットの居室)
ジュリエット(アクア)が、侍女(坂出モナ)から事件のことを報され嘆き悲しむ。侍女は何とかしてロミオの落ち着き先を探すから変なことは考えないようにと言う。
 
第3幕第3場(修道院)
ジュリエットの居るヴェローナから退去するなんて死にたいくらいだと言うロミオ(アクア)をローレンス(大林亮平)が叱る。そこにジュリエットの侍女(坂出モナ)が来て、連絡手段についても話し合う。ロミオは取り敢えずマントバ(ヴェローナ南方50kmほどの所にある三方を湖に囲まれた町)に行くことになる。
 
第3幕第四場(キャプレット家)
キャプレット夫妻とパリス(白鳥リズム)が、パリスとジュリエットの結婚式について話し合い、3日後の木曜日に結婚式を挙げるが、こんな事件の後なので、式は身内5-6人だけでしようと話す。キャプレット夫人がそのことを告げにジュリエットの部屋へ向かう。
 
第3幕第5場(ジュリエットの居室の窓際)
これも橘ハイツの“ヴィラ”の窓辺で早朝撮影した、ロミオ(アクアF)とジュリエット(アクアM)の朝の別れの場面である。侍女の手引きでロミオは密かにジュリエットの居室に忍び込み、一緒に一夜を過ごしていたのである。そこに侍女の声がして「今奥様がこちらにいらっしゃいます」と告げる。ロミオはジュリエットに口づけして、窓に掛けた縄ばしごを下りて退場する。
 
ロミオを演じるアクアFは本当に縄ばしごで下に降りて行く。ここでモナは声だけの出演なのでアフレコで加えている。つまりモナは撮影現場には行っていない。
 
(場としては続いているがジュリエットの居室:オープンセット内)
キャプレット夫人、更にはキャプレット卿まで来て、木曜日にパリスと結婚式を挙げるように言うが、ジュリエットは拒否して言い争いになる。キャプレット卿は怒って、ジュリエットにお前が何と言おうとも結婚式は木曜日だと通告して部屋を出る。
 
第4幕第1場(修道院)
ローレンス(大林亮平)とパリス(白鳥リズム)が登場し、パリスが木曜日にジュリエットとの結婚式を挙げたいと言うが、ローレンスはそれは困ると言って、何とか延期させようとする。そこにジュリエット(アクア)が登場する。パリスはジュリエットに自分の気持ちを言うがジュリエットは答えをはぐらかせる。ジュリエットはローレンスに懺悔があると言うので、パリスは退場する。
 
パリスと結婚式を挙げるくらいなら自殺したいと言うジュリエットにローレンスは策を授ける。まるで死んだかのような状態になる薬があるので、それを飲んで死んだふりを装う。その薬を飲んでから42時間ほどで蘇生する。その間にジュリエットの葬式が行われ、墓地に埋葬されるだろう。それでジュリエットは死んだことにして、ロミオと一緒にマントバに行って暮らせばよいと。そしてそのことを報せる手紙を書いて、ジョン修道士に持たせロミオの所に遣ることにする。
 
第4幕第2場(キャプレット家)
キャプレット夫妻のいる所にジュリエットが来て、パリスとの結婚を承知すると言う。
 
第4幕第3場(ジュリエットの居室)
ジュリエットは自分の衣装の準備はできているから、侍女にはお母様の準備を手伝ってあげてと言い、侍女を下がらせる。ジュリエットはベッドに入り、ローレンスからもらった薬の瓶を飲み干す。
 
第4幕第四場(キャプレット家)
キャプレット夫妻や使用人たちが結婚式の準備をしている。
 
第4幕第5場(ジュリエットの居室)
ジュリエットを起こしに来た侍女(坂出モナ)が、ジュリエット(アクア)が花嫁衣装:ロミオとの結婚式で着た純白のドレス:を着たまま死んでいるのを発見する。キャプレット夫妻もやってきて大騒ぎになる。ローレンスとパリスも来るが、ジュリエットの死を聞いて嘆き悲しむ。
 
第5幕第1場(マントバの路上)
オープンセットの石畳の道路だが、ヴェローナの路上を撮影したのとは別の部分を使用して撮影される。背景に湖が見えるが、これは借景で本当にこのセットの背後に広い池(周囲300m:直径約100m)がある。
 
ロミオの従者バルササール(栗原リア)が登場して、ロミオ(アクア)にジュリエットが亡くなったことを報せる。ロミオはショックを受け自分も死のうと思い、薬屋から毒薬を買って、ヴェローナに向かう。
 
第5幕第2場(ヴェローナの町外れ)
ジョン修道士が、ロミオに手紙を渡せなかったことをローレンスに報告する。ローレンスは狼狽し、取り敢えずジュリエットを保護するため墓地に向かう。
 
第5幕第三場(墓地)
深夜、パリス(白鳥リズム)は、自分に嫁ぐ前に死んでしまった花嫁に花を捧げようと墓地に来る。そこにジュリエットを墓から掘り出してその死体の傍で自分も死のうと思っていたロミオ(アクア)が来て、墓を掘ろうとする。2人が言い争いになり、ついにふたりは剣を抜いて戦う。
 
アクアもリズムも剣の使い方が上手いので、これがなかなか見応えのある戦いになった(リズムはあけぼのテレビ夕方の帯バラエティでしばしば王子様役をして町田朱美などと剣技を披露している)。やがてロミオ(アクア)の剣がパリス(白鳥リズム)の身体を貫き、パリスは倒れた(*3)。パリスは息絶え際に「願わくば自分をジュリエットの傍に葬ってくれ」とロミオに言い遺す。
 
(*3)時代劇や騎士物語などではおなじみの、胸に当てると刀身が引っ込み、背中にセットされた“剣の先”が飛び出す仕組みの服を使用している。リズムは万一の場合の安全のため、鉄板でできた胸当てを着けている。「重たいブラジャーだ」などと言っていた。“刺される”と身体の前後ともに血糊が広がるので再利用できない服だが、2人はこのシーンを1発OKにして、予備の服は使用せずに済んだ。ここもノーカットの長回しである。
 

ロミオはパリスを丁寧に葬ってから、ジュリエットの“遺体”を掘り出し、口づけをしてから、その傍で毒薬を飲んでしまう。
 
ローレンスが到着するが、パリス(白鳥リズム)の遺体、そして明らかに死んでいるロミオ(アクア)を見て嘆き悲しむ。
 
その時、ジュリエット(アクア)が蘇生する。ローレンスはあまり状況を説明しないままジュリエットを保護しようとするが、ロミオが死んでいるのを見て絶望したジュリエットは、ローレンスが目を離した隙にロミオの短剣で自分の胸を刺して自殺してしまう。
 

「ローレンスが到着するのがあと5分早かったら誰も死ななくて済んだのに」
と撮影終了後、涙を浮かべているアクアMは言ったが
 
「それだとお話として成立しないからね」
と冷静なアクアFは言う。
 
「でも『冬物語』では悲劇が全てキャンセルされますよね?」
とアクアMが私に尋ねる。
 
「たぶんシェイクスピアも晩年になると、ハッピーエンドにしたくなったんだろうね。でも『冬物語』の幸福な結末は、多数の悲劇を書いて来たゆえに生まれた境地だと思うよ」
と私は2人に言った。
 
なおラストシーンでは、ジュリエットの死体人形、ロミオの死体人形を使用して撮影しており、ボディダブルの葉月は使用していない。ボディダブルを使っても死んでいる様子を演技するだけなので、それなら人形を使用した方が、撮影が簡単であった。
 
「今回、ボクの出番は結局舞踏会の場面だけだった」
などと葉月は言っていた。
 
「まあたくさん人のいる前で2人のアクアを見せる訳にはいかないしね」
とアクアFは葉月に言っていた。
 

今年のゴールデンウィークは、アクアのネットライブを期待する声もあったが、「映画撮影中なのでアクアのスケジュールが空かないので」と言って、コスモスはアクアのライブは行わないことを言明した・
 
このゴールデンウィークにネットライブを実施したのは、ラピスラズリ、高崎ひろか、品川ありさ、姫路スピカの4組である。(白鳥リズムもアクアの映画に出ている)。
 
いづれも石川県の“火牛アリーナ”を使用し、信濃町ガールズ北陸のメンバーと、東海のメンバーがバックダンサーを務めた。
 
観客(視聴者)の数はラピスラズリで600万回線、他の3組も200万回線ほどの接続があり、大成功であった(接続回線数は全て非公開)。ちなみに東京の深川アリーナでは、ハイライト・セブンスターズ、スリルボカン、スパイス・ミッション、トライン・バブル、三つ葉、UFOなどのライブが連日行われて、いづれも、あけぼのテレビ+ЮЮネット+★★チャンネルで有料ネット中継された。全て大盛況であった。
 

「なんかネットライブってリアルライブより遙かに収益が大きいよね。コロナが収まってからもネットライブでいいかも知れない」
などと∞∞プロ(ハイライトセブンスターズなどの事務所)の鈴木社長(72)は満面の笑顔で言っていた。
 
「たぶん、あけぼのテレビの、双方向中継方式が受け入れられているんだと思うよ」
などとζζプロ(UFOの事務所)の兼岩会長(70)は言っていた。
 
「僕も兼岩君と同じ意見だな。やはり従来のような片方向中継ならテレビと変わらないし、無反応の会場での演奏はアーティスト側もやりにくい」
と○○プロ(スパイス・ミッションの事務所)の丸花社長(77)も言う。
 
しかしこの3人が集まってたら、私は恐い!!
 
昔イギリスの政治学者が「議会とは女を男に変えたり男を女に変えたりする以外は何でもできる機関である」と言ったけど(*4)、この人たちは、それさえもできる人たちという気がする。「君、女の子になって。今から手術受けてもらうから」くらいのことは簡単に言いそうだ。
 
(*4)ジュネーブ生れの政治学者ジャン・ルイ・ド・ロルム(Jean-Louis de Lolme, 1740-1806) のことば。原文:Parliament can do everything but make a woman a man and a man a woman. イギリス議会の権限が強すぎると批判したもの。
 

「じゃ、女の子になってね。今から手術だよ」
 
と、手術室に向かうストレッチャーに乗せられた彼は告げられた。
 

私は百道大輔さんをテレビ番組に出演してテレビ局を出るところで捉まえた。
 
「百道さん、ちょっとお話があります」
「びっくりした。ケイちゃんか」
 
私が後から声を掛けたので、大輔さんはギョッとしたようであった。
 
「もし良かったら私の車に乗ってお話ししませんか」
「いいよ。タクシー呼ぶつもりだったし」
「じゃ帰りはマンションまでお送りしますよ」
「うん。頼む」
 
それで私は彼を自分の車 (Honda Accord EX 2020model 1993cc Luna-Silver-Metalic)の助手席を勧めて乗せ、運転席に就くとテレビ局の駐車場を出た。私は取り敢えず缶コーヒーを勧める。
 
「あ、タリーズのこのコーヒー好き」
と言って開けて飲んでいる。
 
「良かった」
 
「でも何すんの?性転換手術受けてくれとか言われたら逃げるけど」
「じゃ、性転換手術を受けてもらおうかな」
 
「え〜〜〜!?」
と百道さんは“期待するような目で”私を見た。
 
(手術されたいの??本当に病院に連れて行こうかな?飛び込みでも、手術室さえ空いてたら、すぐ手術してくれる所知ってるけど。そういやこの人ステージでは結構スカート穿いてるよな、と私は思った)
 

なかなか決まらなかった、Ye-Yoのマネージャーなのだが(暫定的に山下ルンバ・桜野レイア担当の村田英世がお世話していた)、5月になってから、やっと決まった。
 
以前○○プロに居た秋田有花(あきた・ゆか)さんである。苗字は秋田だが、生まれは宮城である。ついでに2015年に結婚していて夫の苗字は福島である。更にその福島さんの生まれは青森で、岩手大学の出身である!!
 
彼女は篠田その歌(Act=2005-2013)の最後のマネージャーであり、森風夕子(Act=2013-) の初代マネージャーである。2015年に結婚するのに○○プロを退職して主婦をしていたが、子供も2人(双子)産んで、専業主婦にも飽きてきたから、仕事に復帰したいと言っていた。偶然にも、近藤うさぎ経由でその話を聞き、私がスカウトした。念のため前職の○○プロ・丸花社長にも私が電話して、「いいよー」という口頭での承諾を取って雇用した。Ye-Yoの売れ方次第では数日帰宅できないような場合もしばしば発生する可能性があるが、彼女自身の母親と同居しているので、子供(幼稚園の年長さん)のお世話は問題無いらしい。
 
なおマネージャーの仕事は“秋田有花”の名前をたくさん覚えてもらっているので、旧姓で活動することにした。彼女ならベテランなので、安心して任せることができる。一応§§ミュージックのポリシーについて、彼女と私・コスモスの三者でよくよく話し合い、迷ったらすぐ相談してと言っておいた。
 
それでYe-Yoは、取り敢えず、前回歌って好評だったロッテ・ショコエールの新しいCM曲の制作に入ることになった。楽曲はまた松本葉子・松本花子ペアから提供してもらう。「便利なものができてるのね」と有花は言っていた。
 
前回楽曲の制作指導をしてくれた野潟四朗さんのスケジュールの空きを待って制作することにし、Ye-Yoには取り敢えず譜面を渡して練習させると有花は言っていた。しかし多分有花の指導は野潟さんより厳しい。あの元気いっぱいの森風夕子でさえもかなり泣いていたからね!Ye-Yoは泣き虫だから、かなり泣きそうだな、と私は思った。
 

常滑真音が物凄く売れてしまったので、専属バンドを作ることにした。
 
ここで信濃町ミューズの木下宏紀(2002生)が
「自分に舞音ちゃんのバックバンドをやらせてもらえませんか」
と言ってきた。
 
彼(既に彼女かも)は、高校を卒業してしまい、歌手デビューは今更難しいだろうからスタジオミュージシャンになることも考えていたのだと言った。
 
彼(彼女?)なら、ギター・キーボード・サックス・ヴァイオリン・フルートなど多彩な楽器が演奏できるし、ステージ経験も豊富なので、認めることにした。それで彼(彼女?)はミューズを卒業ということになる。
 
それでそれ以外のメンバーの選定をする。
 
最初に選定したのが、元イグニスのベーシスト Lucy(平田留美 1997生)である。イグニスというのは、2016-2018年頃に活動していたアマチュア・ガールズバンドで、Lisa, Lucy, Leia の3人組であった。内Leia(1996生)は桜野レイアとして2019年春にデビュー(赤羽ドラゴンと兼任ドラマーだった)、Lisa=竜木梨沙(1998生)は2019.2にローズ+リリーのマネージャーになった。
 
それでルーシーは取り残されて、実質イグニスの活動も停止していた。その後はレイアのコネで§§ミュージックの歌手の音源制作にしばしば参加しており、実は“信濃町バンド”のメンバーでもある。彼女も多数の楽器を扱えるので助かる。
 
3人目として選んだのが谷口翼くん(1998生)である。ローズ+リリーのライプで“愛のデュエット”に出演してもらったことがある。その時は、ピアノ・リコーダー・フルート・クラリネット・アルトサックスと5種類の楽器を演奏してもらっている。青葉の後輩だが、東京音大のピアノ科を今年春に卒業したとても優秀な人である。
 
しかし・・・・・実は世の中にピアニストというものは、あふれている!
 
特に男性ピアニストはあまり需要が無い。
 
ので、彼はどうしても就職先を見つけることができなかった。教員採用試験も受けたが落ちたらしい。音楽教師というのも狭き門である。それで青葉の紹介で、信濃町バンドに取り敢えず籍を置いてクラリネットを担当していた。それをスカウトしたのである。
 
この3人の担当楽器を考えると、谷口君がピアノ、ルーシーがベース、木下君がギターというのが妥当だと思った。それで私たちはドラマーを探した。
 
何人かのドラマーを検討していた時、彼が来たのである。
 

「社長、お願いがあります」
と篠原倉光(春日ライト)が事務所に来てコスモスに言った。
 
「どうしたの?高校卒業する前に性転換手術受けることにした?」
(ほとんどセクハラ発言)
 
「それはまだ決断が付かないんですけど」
と篠原君は俯いて言った上で
 
「木下君が舞音ちゃんのバックバンドやると聞いたので」
「うん」
「ボクにもやらせてもらえませんか?」
「へー!」
 
「舞音ちゃん、オーディションの12位から、わずか7ヶ月でデビューしたでしょ?男子寮でも女子寮でも“凡才の星”とかいって、凄い人気だし、みんなで彼女を盛り立てて行こうという雰囲気なんですよ。ボクも役に立てたらと思って」
 
なんか先日ロマンから聞いたのとは違うなとコスモスは思う。女子寮と男子寮では少し空気が違うのかも知れないとも思ったが、篠原君は実は女子寮に自由に出入りできるパスを持っている(木下君も持っている)。女子寮の中でも舞音を応援するグループと微妙な感情を持つグループがあるのかも知れない。
 
篠原君は言う。
 
「それにボクは男子のままでは歌手デビューは難しそうだし。といっても、母が高校在学中は性転換手術とかダメよと言っているし」
 
さっきはジョークで言ったんだけど、この子、マジで性転換手術とかする気あるのか?この子は男の娘路線じゃなくて、西宮ネオン路線かと思っていたのに。
 
「ボク、ギター、ベース、キーボード、ヴァイオリン、フルート、ドラムスはだいぶ練習しています。プロレベルではないかも知れないけど」
 
「あ、君、ドラムスできるんだっけ?」
「レッスンは受けてますが」
「ちょっと聞かせて」
と言って、彼(まだ彼女ではないはず)を防音室に連れて行く。たまたま事務所に居た、桜野レイア(ドラムスのプロ!)にも聞いてもらう。コスモスは舞音の『マネのマネキマネキン』の譜面を渡して「これ叩いてみて」と言った。
 
篠原君が譜面を見ながらドラムスを演奏した。
 
コスモスは拍手した。レイアもゆっくりしたペースではあるが拍手する。
 
「合格、でいいよね?」
とコスモスはレイアの顔を見なから言う。
 
「まあ仮免合格かな」
とレイア。
 
「篠原君、君に毎日100回の腕立て伏せを課す」
とレイアは言った。
 
「頑張ります」
「腕立て伏せしてれば、おっぱいも大きくなるよ」
「それ・・・いいかも」
「女性ホルモンは飲んでるんでしょ?」
「すみません。それノーコメントでいいですか?」
「まあいいけどね」
 

そういう訳で、篠原君が舞音バンド“招き猫”のドラマーになったのである。
 
Gt.木下宏紀(2002)
B.平田留美(1997)
KB.谷口翼(1998)
Dr.篠原倉光(2003)
 
篠原君はまだ高校3年生だが、舞音自身が高校1年生なので、活動時間が問題になることは、無いだろうと思われた。
 
「うちの歌手のバックバンドって女子のみで構成する方針かと思ったのに、舞音ちゃんのバンドは男の子が多いんですね〜」
と川崎ゆりこが、メンバーの初顔合わせに臨席して言った。
 
「男の子でも女の子でも気にしませんよー、私、男の人のいる所で着替えるのも平気だし」
と舞音本人。
 
「木下君と篠原君は、女の子が着替えるの見ても平気だよね?」
と花ちゃん。
 
「女子ガールズたちに鍛えられてますから」
と木下君が苦笑しながら言う。
 
「僕は目を瞑ってます!」
と谷口君。
 
「大宮万葉先生からの情報では、谷口君は、高校の合唱軽音部時代は、女子部員の控室にいつも連れ込まれていたとか」
 
「ふと気付いたら周囲女の子ばかりということはありました」
 
「みんなセクハラされてるなあ」
と桜野レイアが呆れたように言う。
 
「結局、ルーシーちゃんが紅一点か」
とゆりこは言ったのだが、コスモスが首を振る。
 
「ん!?」
 
「私、男ですけど」
とエナメルのスカートを穿き、豊かなバストの目立つカットソーを着、パンティストッキングにパンプスを穿き、長い髪にカチューシャを着け、マニキュアもしてお化粧もして、耳には可愛いお魚のピアスもしているルーシーは女声で言った。
 
「え〜〜〜〜〜!?」
と、私・ゆりこ・花ちゃん・篠原君・谷口君が驚いたような声を出した。
 
 
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【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(5)