【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(4)

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2021年4月12日(月).
 
上田信希が入学した高校では身体測定が行われた。
 
信希と雪渡知香(七尾ロマン)はこの日の早朝、自分が今年度受ける講義のリストを高校のサイトに登録した。登録の時にエラーにならなかったので、“必須科目が足りない”とか、“講義時間が重なっている”と言った類の単純ミスは無かったようである。提出期間は月曜日の朝6時から翌日朝9時までである。水曜日までが調整期間で、その間に教室の収容人数の関係で若干の調整が行われる。
 
木曜日からはその自分が決めた時間割に沿って授業を受けることになる。信希にしても知香にしても、午後は仕事の関係で早引きする可能性もあるので、必修科目は午前中に受けられるように設定し、その件も特記事項に書いておいた。午後の授業の欠課が出る可能性があることから、単位数不足が起きないよう早朝0時間目の授業は全部取っている。それで2人は朝は8時半ではなく、7時半までに登校する必要がある。これは送迎のドライバーさんにも言ってある。
 
木曜日からはクラスのメンバーも(昼休みの昼食の時を除いて)バラバラになるので、その前にしておくべき行事が水曜日までの間に組まれていた。
 
それで月曜日に身体測定、火曜日に心電図・内科検診・胸部X線間接撮影が組み込まれていたのである。
 

「大城さんはどうするのかな?」
と一部の女子の間で、大城令耶のことを心配?する子もいたが、彼女は女子とも男子とも分けて、個別検査されるということで、月曜日は登校してすぐに呼び出され保健室に行った。それで女子の間には安堵する空気が流れていた。
 
上田信希は「ボクはいいのかなぁ〜」などと思いながら、他の女子と一緒に2時間目の授業(担任の現国の授業)の途中で呼び出され、保健室に行く。このクラスは女子12名(大城令耶を含む)と男子10名の合計22名である。むろん女子と男子は別々に呼び出される。
 
最初女子が呼び出された時、信希は『どうしよう?』と思ったが、佐枝涼花が「ひろちゃん、何やってんの?行くよ」と言ったので「まいっか」と思い、他の女子と一緒に保健室に向かった。
 

保健室に行くと、信希のクラスは1年1組なので、先頭だったようである。保健室に入り、服を脱ぐのかな?と思ったら、
「着衣のままで」
という指示があるので、そのまま1m間隔(床に赤いビニールテープが貼られている)で並ぶ。
「おしゃべり厳禁」
と書かれているので、取り敢えずみんな黙って並ぶ。換気のため窓は全開である。
 
最初に身長を測られる。
 
上履きを脱いで身長計に乗ると、補助員さんが身長計の測定バーを生徒の頭に乗せてカチッとスイッチを押す。すると測定値がコンピュータに自動入力されるようである。つまり身長は読み上げられない。測定バーは1人測定する度にアルコール消毒している。
 
続いて体重だが、これも服を着たまま、上履きだけ脱いで体重計に乗る、別の補助員さんがスイッチを押すので、それで測定値がやはりコンピュータに自動入力される。こちらも体重を読み上げたりはしない。
 
保健室の先生はモニターを見ていて異常がないか確認だけしているようである。
 
「服の分として1.5kg引いています。鉄の鎧・シャネルNo.5など極端に重い服・軽い服を着ている人は申告してください」
という掲示があった。
 
信希は“シャネルNo.5”って、何か軽い服なんだろうか?と疑問を感じた。
 
(60年前のジョークが今の高校生に通じる訳が無い)
 
しかし女子の場合、特に背の高い子、体重の重い子は、みんなの前で読み上げられると恥ずかしいので、このシステムはコンプレックスを感じなくて済むなと思った。
 
一応自分の身長・体重は、プリントされた紙を渡されるので、それで知ることができる。
 
感熱紙にレシートのような感じで印刷され、渡された。
 
速攻で丸めてゴミ箱に捨ててる子もいた!!
 

その後、視力検査があるが、これは普通にランドルト環のどこが空いてるかを答えるものである。これも遮眼子は1人ずつアルコール消毒していた。ほんとに大変だなと思って見ていた。
 
この日はこれで終わりで、そのまま教室に戻る。
 
保健室の出口の所に2組の雪渡知香がいて目が合ったので笑顔で手を振り合った。
 
「これなら男女混ぜて測定しても問題無いくらいだな」
と信希は思った。
 
「ねね、大城さんは何cm何kgくらいかな」
と保健室から教室に戻る途中、誰からともなく話題になる(大城さんは朝の内に測定されているので教室に残っている)。
 
「180cm 80kgくらい?」
「180cm越えてると思う。182cmかな」
「体重は90kgある気がする」
「あの子、中学時代は剣道部だったらしいよ」
「背が高いと、バレー・バスケット・剣道とか勧誘されるよね〜」
「柔道部にも勧誘されたけど、男子と組み合うの嫌だからと断ったって」
「そりゃ心が女なのに男子と組合いたくないよね」
「相手の男子も組みたくないと思う」
「でも体育の授業でも柔道しない?」
「それいつも先生と組んでたらしい」
「なるほどー」
 
みんなよく情報集めてるなと感心する。
 
信希の場合は、柔道の日は割と男子と平気で組んでいた。ボクはアセクシュアルなのかもと自分では思う。男女どちらにも恋愛感情を感じたことがない(睾丸が無いせいかも知れないけど)。でも女子の友人に誘われて一緒にバレンタインのチョコを買いに行ったりはしていた!中学時代の友人たちは自分が男の子に興味があるのだろうと思っていたようだ。女子寮の子たちも同様だけど!
 

そういう訳で月曜日の身体測定は問題なかったのだが、火曜日は心電図検査、内科検診、胸部X線間接撮影がある。
 
今日は休んだほうが良くないか?とも思ったが、朝自室でぐずぐずしてたら知香から「そろそろ出るよ〜」と電話が掛かった来たので『ま、何とかなるかも』と思い、登校することにした。
 
今日も女子は2時間目(化学の時間)に呼び出される。男子は午後からですという指示が朝の段階であっていた。
 
それでみんなで結構ソーシャルディスタンスを“破った”状態で保健室まで行く。保健室の中に入ると女子の体育の先生から紙袋を渡され
 
「靴を脱ぎ下着姿になって列に並んで下さい。靴は紙袋の一番下に入れて下さい」
 
という指示の書かれた紙を指さされる。
 
「パンティストッキングはどうするんですか?」
と質問している子がいる。
 
「ガードルやタイツ・パンティストッキングは脱いで下さい」
というお答え。
 
すぐ先生はその件を掲示に書き加えていた。
 
それで信希も最初に上履きを脱いでそれを紙袋に入れ、それからスカートを脱ぎ、標準服の上着を脱ぎ、リボンを外し、ブラウスを脱いで各々畳んで紙袋に入れる。しかしちゃんと畳んで入れる子と、適当に丸めて突っ込んでいる子がある。どちらかいうと後者が多い!まあ底辺校だしなあと思う。
 

下着姿までは問題無いので、そのまま1m間隔で並ぶ。信希は(女子では)2番目なので、先頭の井上弥生に続いて最初からカーテンの中に入ってと言われて中に入る。
 
弥生が上半身の下着を脱いでカーテンの中に入ってと言われ、キャミソールとブラジャーを脱ぎ、紙袋の中に入れて向こうに行った。すぐに信希も
 
「上半身の下着を脱いで」
と言われる、
 
次の順の木崎ルカが入ってくる。
 
信希は軽く会釈して、自分のキャミソールを脱ぎ、ブラジャーを外した。ルカが
「ほんとおっぱいちっちゃいね」
と小声で言う。
「私、発達遅いみたーい」
と小声で答えておいた。
 
やがて弥生ちゃんの心電図が終わったようで「そのまま次のカーテンの向こうへ」と言われている。信希が呼ばれて中に入る。心電図の機械がある。女性看護師さん?が電極をアルコール消毒している。事務所の定期健康診断でも毎年受けているので、この機械自体には慣れている、上半身裸のままベッドに横になる。
 
電極を胸にたくさん付けられる。足にも付けられる。
「安静にしていて下さい」
「はい」
 
それでしばらく安静にしていると
「はいOKです」
と言われ、電極を外される。それでそのまま次のカーテンの向こうへと言われるので、紙袋を持って進む。弥生は居ないので、もう次のX線に進んだようである。
 
女性の医師が居る。その前の椅子に座る。
 
「あなた性的発達が遅れていると言われたことは?」
と医師は信希の小さな胸を見て言う。
 
「私、少食だから発達が遅いのかも」
「生理は来てるよね?」
「もちろんです」
「前回の生理はいつあった?」
「えっと、4月1日だったと思います」
「その前は?」
「おひな祭りの時だったから3月3日かな」
「定期的に来てる?」
「はい」
「じゃ大丈夫かな」
 
先生はそう言ってから、信希の胸に聴診器を当てて心音を診ていた。180度回転して背中にも聴診器を当てられる。
 
「大丈夫みたいね」
「ありがとうございます」
 

上半身裸のまま、保健室の外に通じるドアを出てレントゲン車まで行って下さいということである。
 
外に出ると今日は目隠しの衝立が並んでいて、上半身裸を他人の目に曝さないようにしてレントゲン車までいけるようになっていた。授業中なので教室の窓から外を覗く子も居ない。
 
レントゲン車に入っていくと、まだ弥生が撮影中のようだった。しかしすぐに出て来て、笑顔で微笑むので、こちらも笑顔を返す。交替で撮影室に入る。ドアが閉まる。
 
「妊娠はしていませんか?あるいはした可能性がありますか?」
と尋ねられる。
「いいえ」
「男の子とセックスした後、次の生理がまだ来ていない場合も申告して下さい。学校には言いませんから」
と再度言われるが
「セックスはしてませんから大丈夫です」
と答えると
「それでは撮影します」
ということになる。
 
助手の人?が機械を消毒していたのだが、その人が機械から離れた所で、機械の上の部分に顎を乗せ、抱きつくようにする。
 
それで撮影された。
 
それで「いいですよ」と言われて撮影室の外に出る。(次の順番の)ルカちゃんが上半身裸で待っているので笑顔で軽く手を振ると彼女も手を振り返してくれる。(信希は女の子の裸を見ても平気である)彼女が交替で撮影室の中に入る。信希はブラジャーを着け、キャミソールを着てから、ブラウスを着て、リボンを結び、制服の上下も着る。その制服のスカートを穿いている最中に次の順番の弓恵ちゃんが来たので、彼女とも手を振る。そして制服のスカートを穿き、上履きを履くとレントゲン車を出た。“帰りはこちら”と書かれた矢印に従って校舎に戻った。
 
「ふう。何とか気が付かれずに済んだ。助かったぁ」
と信希は思った。
 
「やはりちゃんとおっぱい育てた方がいいのかなあ」
と信希は本気で悩んだ。
 
今年はまだ1年生だから“発達が遅れている”で済んだけど、来年も今のままだと、病院に来て精密検査受けてとか言われそう、という気もした。
 
「おっぱいの無い女はまずいけど、おっぱいのある男はあまり支障が無い気もするし、やはりちゃんと女性ホルモン飲んで育てるべきかなあ」
などとも思う。
 
信希は自分が女子標準服で登校することを決めた時に、もう“女の人生”を選択してしまったことをまだ明確に認識していない。
 
信希は“男として生きていく”気は最初から無かったのだが、だからといって女として生きていくのかという問題については、まだ心がふらふらしている。雨宮先生が言っていた“性別保留症候群”に近いのかも知れないとも思う。
 

信希が身体測定や心電図・内科検診などで全く特別扱いされず、普通に他の女子と一緒に測定・診察されることになったのは、誰もそのことに気付いていないが、実は大城令耶のせいである。
 
校長先生は、11月の段階で信希と面接したのを受けて「今度1年生に入る上田さんは、戸籍上も肉体的にも男子ではあるけど、心が女の子で、女子制服で通学するから配慮してあげて」と全職員に通達した。そして、身体検査は個別で、体育の着替えなどには個室を用意してあげてとも言った。
 
ところが1月になって入学願書を受け取り、面接をした生徒の中に、明らかに男にしか見えないのに、セーラー服を着ている子がいるのに、面接の担当の先生は驚く。
 
しかしすぐに校長から“身体は男だけど心は女”という生徒が入学すると言われていたことを思い出した。それで「この子か!」と思ったのである。(信希は既に面接が終わっているので1月には面接を受けていない)
 
確かにこの子は他の女子生徒と一緒には着替えさせられないし、身体測定も別途だよなと思い、先生たちは教材準備室(という名前の倉庫)を彼女のために1つ空け、大城本人を入学式一週間前に呼び出して
「ここを使ってね」
と指示したのである。
 
トイレに関しては、1年1組のクラス委員に指名する予定だった花村翡翠に連絡し、こういう子が君のクラスに入るけど、無害な子だから、できたら女子トイレまでは容認してあげるよう君からもクラスメイトに言って欲しいと依頼。花村も「トイレはいいですけど、更衣室は分けてください」と要望した。先生の側も「更衣室は別途用意する」と答えた。
 
それで校長が信希に関して指示したはずのことが、いつの間にか、大城さんへの対応ということにすり替わってしまっていたのである。
 
大城さんはダメ元でL高校に女子として入学申請したら、スムーズにちゃんと女子として受け入れてもらえたのて、ここは理解のある高校だなあと感激していた。
 
ということで、上田信希の方は“対応が必要”というのは、全く認識されず、普通に女子生徒として扱われているのである。
 

そもそも信希は男子制服を着ても女子生徒が男装しているようにしか見えない(それで中学時代もしばしば“男子トイレ”や男子更衣室・男湯!に入れなくて悩んだ)ので、問題が発生するはずも無かったのである。
 
だいたい背丈も女子並み、髪も女子の長さで、声も女子の声にしか聞こえない信希を男と思えという方が無理である。このあたりはアクアとも似ているので、信希はやはりアクアさんは自分と同様、小学生の内に睾丸を取ったのだろうと確信している。
 
信希は中学の修学旅行はどっちみちコロナで中止になってしまったものの、小学校の修学旅行では、男湯に入れず困っていた所を女子の同級生に
「のぶちゃんはこっちでいいよ」
と言われて(唆されて)、女湯に入っている。
 
「なーんだ。もうちんちん取ってるのね」
と女子のクラスメイトたちから“女の子であることを確認された”のも、アクアなどと似ている。
 
中学に進学した時に
「女の子なんだからセーラー服着ればいいのに」
と随分クラスメイトの女子から言われている。
 
結局クラスで校内合唱大会とかに出た時はセーラー服を着てソプラノの所に並んだし、体育祭ではチアガールしたし、バス遠足とかの時は、女子の並びに席を取られていたし、卒業式の写真はセーラー服で写っている。(結局、3年間ほぼ女子中学生してたような気もする)
 

『星遮りし恋人』の撮影は続いていた。
 
第2幕第四場
 
ジュリエットと窓越しに深夜の会話をしたロミオは、修道院に行き、ローレンス修道士と会う。ロミオ(アクア)はキャプレット家の親戚であるロザリン(常滑舞音)に恋していることをローレンス(大林亮平)に打ち明けていて、揉め事になるからやめなさいと注意されていた。そのロミオが女と会ってきたような顔をして修道院に入ってきたので、とうとうロザリンとデートしたのかとローレンスは思った。
 
ところがロザリンではなくジュリエットと会って来たというのでローレンスは仰天する。そして彼女と結婚したいと言うロミオにローレンスは困惑を隠しきれない。
 
このシーンは、オープンセット内の修道院のセットを使用して撮影している。このセットの外側に並ぶお墓の部分がラストシーンの撮影に使われることになる。
 

第2幕第四場(路上)
 
このシーンはオープンセットの外側に作られた、石畳の道路で撮影された。ハリボテの家屋(ルネッサンス様式)が立ち並んでいる。
 
ベンヴォーリオ(岩本卓也)とマーキュシオ(七浜宇菜)が猥談!している所にロミオがやってくる。(ちなみに宇菜は猥談は大好き!である。岩本君の方が恥ずかしがって数回NGを出した)
 
「おいロミオ、昨夜はどこ行ってたんだ?召使いが探してたぞ」
「すまん。大事な用事があったもんだから」
「どこかの女と寝てきたのか?」
「寝てはいないんだけどな」
 
「やはり女と会ったのか。まあ、お前は自分の棒を立てる穴を探し回ったりはしないだろうけどね」
 
この物凄いセリフ(ロミオとジュリエットの劇の中でも有名セリフのひとつである:原文 runs lolling up and down to hide his bauble in a hole)を言うのはマーキュシオ(七浜宇菜)であるが、宇菜は平気でこのセリフを発音する。
 
「ストップ、ストップ、映倫さんから注意されるぞ」
とベンヴォーリオ(岩本卓也)。
 
「じゃ、俺のシッポが毛に絡んだまま止めろと言うのか?」
とマーキュシオ(七浜宇菜)。
 
「止めなきゃ、お前そのままシッポを大きく膨らませるだろ?」
とベンヴォーリオ(岩本卓也)。
 
「伸びきったら縮めるから心配するな。そこまで行けば用事は終わりだからな」
とマーキュシオ(七浜宇菜)。
 
「まあそこまで行けば満足だろうな」
とロミオ(アクア:内心ほんとに映倫大丈夫か?と思っている)。
 

ちなみにこのシーンを公開後に見た宇菜のファンの女子たちは
「いやらしくて素敵!」
「ああん、宇菜様のシッポを可愛がりたい!」
などと感想を漏らしていた。
 
男子の観覧者には
「もしかして宇菜にはシッポがあるのか?」
と半信半疑になった人もあったようである。
 

しかしここにジュリエットの侍女(坂出モナ)が登場して、猥談は終了する。
 
ロミオは、この子と内密の話があるからと言ってベンヴォーリオとマーキュシオを帰す。2人はロミオの愛人なのかなと考え、おとなしく引き上げてくれる。
 
侍女は
「個人的にはあなた様にこれを渡すのは気が進まないんですけど」
と言いながらも、ロミオにジュリエットからの手紙を渡した。ロミオはその場で返事を書いて彼女に託した。
 
それで今夜のデートの手筈ができるのである。
 

侍女(坂出モナ)は家に戻って戸惑いながらもロミオの返事をジュリエットに渡す(第2幕第5場)。ここはジュリエット役のアクアと侍女役のモナだけでの撮影である。これもオープンセット内のジュリエットの部屋のセットを使用する。
 
そしてその日の深夜、ロミオとジュリエットは修道士の庵室で密会する(第2幕第六場)。ここは、ロミオ・ジュリエット・修道士の3人のみでの撮影である。修道士役の大林亮平は、少年探偵団の撮影でもマクラを見ているので(この3月にもそういう撮影をしている)、問題無く3人だけで撮影を行った。つまりボディダブルの葉月を使用していない。市街地から離れた場所にあるセットなので、2人のアクアを使いやすい。
 
ジュリエット:今晩は、懺悔師さま。
ローレンス:ロミオが2人分挨拶してるよ、お嬢さん。
ジュリエット:でしたらロミオ様にも挨拶を。でないと挨拶のしすぎです。
 
ロミオ:ああ、ジュリエット。もし君の喜びの尺度が私の喜びと同じくらいまで高まったら、君の言葉でそのことを僕に教えて欲しい。君の言葉はきっと素敵な音楽のようにこの部屋の空気を甘いものに変えるだろう。さあ、僕たちの心の中にある幸福を表に出そう。
 
ジュリエット:思いは言葉より中身の方が大事なのです。自分の所持金を数えることができるのは貧乏な人だけです。私の真の愛は、そのような尺度で測ることはできないほどのものになりました。私はこの心の大きさの半分も数えることができません。
 
ここで浮かれているロミオとあくまで冷静なジュリエットが対照的である。ジュリエットの言葉はとても13歳の言葉とは思えないほどしっかりしている。そしてアクアたちはそれをきれいに演じ分けている。河村監督はほんとにこの子たちはどちらも凄いと思った。
 
ローレンス:では君たち、こちらへ。これから小さな作業をしよう。聖なる教会が君たちをひとつにしっかり結びつけるまで、ひとりになってはいけないよ。
 
こうして2人は深夜、秘密の結婚式を挙げたのである。
 

結婚式のシーンは原作には無いのだが、映画では一般的な結婚式を再現した。
 
白い純白のドレスを着たジュリエットと、短いスカートとブリーチ(ガーターストッキング)の重ね穿きに、マントまで着けたロミオが、ローレンス修道士の前に並ぶ。
 
「ロミオよ。汝はこの女性・ジュリエットをこの日より先、妻として娶り、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、死が2人を分かつまで、愛し慈しむことを誓うか?」
 
「誓います」
 
「ジュリエットよ。汝はこの男性・ロミオをこの日より先、夫として嫁ぎ、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、死が2人を分かつまで、愛し慈しむことを誓うか?」
 
「誓います」
 
「神の恩みが汝らにあるように」
 
それでふたりは誓いのキスをして結婚式は終了した。
 
なお、ジュリエットが“苗字を捨てたい”と言っていたので、ローレンスは各々の個人名のみを呼び、苗字を呼ばなかった。
 

「マクラとキスしたら変な気分になった」
と撮影終了後、アクアは言った。
 
「何ならこのまま初夜までして、そこも撮影してもらう?ほんとにセックスしてもいいよ。私が上でも下でもいいし」
と“ロミオを演じていた”マクラ(アクアF)が言う。
 
マクラが大胆なことを言うので大林亮平が困惑している。
 
「それやるとこの映画 R18 になっちゃうからやめようよ」
と“ジュリエットを演じていた”アクア(アクアM)は言った。
 
映画では、結婚式のシーンの後、聖堂の隣の部屋にある空のベッドを映すだけでこのシーンを終わっている。
 

例によって、映画公開後、このキスシーンが問題になる。
 
「これ絶対本当にキスしてると思う」
「寸止めには見えない」
という意見が圧倒的である。
 
アクア本人は
「これ実際にはガラス板にキスしてるんですよ。それを左右から撮って合成したんですよ」
と説明したが、ファンたちは半信半疑だったようである。
 
でも「そのアクア様がキスしたガラス板が欲しい」という意見も多数あった。
 

第3幕第1場(路上)
 
ベンヴォーリオ(岩本卓也)とマーキュシオ(七浜宇菜)が話している所にロミオ(アクア)が登場する。3人で会話していた所にキャプレット家のティバルト(松田理史)が来る。
 
マーキュシオ(七浜宇菜)とティバルト(松田理史)が言い争いになり、ふたりとも激高して剣を抜いてしまう。ロミオは2人の間に割って入り
 
「やめろ、ふたりとも剣を納めろ」
と言って、止めるのだが、ティバルト(松田理史)はロミオの腕の下をかいくぐってマーキュシオ(七浜宇菜)を刺してしまった。
 
この傷によりマーキュシオは死んでしまう。
 
人を殺して精神的に興奮してしまったティバルトは更にロミオも刺そうとする。やむを得ずロミオも剣を抜き、ティバルトを刺す。
 

このシーンは実は3回もNGを出した。NGを出したのはティバルト役の松田君である。彼はアクアに刺されて倒れる時に、あまりに“嬉しそうな顔”をして倒れるので、NGになるのである。
 
ティバルトの衣装は刺されると血糊が広がる仕様である。つまり再利用できない。予備は用意していたのだが、3回もNGを出して残り1着になってしまった。それで監督の指名により宇菜が残り1着となったティバルトの衣装を付けて、代わりにアクアに刺される所を演じた。
 
つまりこの日、宇菜は2度も刺殺される演技をしたのであった!
 
アクアが松田君に
「そんな演技してたら彼女に嫌われるぞ」
と言うと、松田君は情けなさそうな顔をしていた!
 
しかしこの日の撮影で、岩本卓也と七浜宇菜にも、松田君とマクラの関係がバレバレとなる。
 

場面は続く。
 
市民(演:本騨真樹−たまたま見学に来ていたのを徴用した *1)の通報により、エスカラス公(藤原中臣)がやってくる。
 
(*1)撮影している川崎市郊外のオープンセットは、あけぼのテレビ(大田区)から30分ほどで行けるので、そちらから誰か呼び出すつもりだった。
 
全てを見ていたベンヴォーリオ(岩本卓也)、また通報した男と、2人の証言により、ロミオはティバルトに刺されそうになったのでそれに対抗しただけであり、正当防衛であったというのが認められた。ティバルトがロミオを刺そうとする前にマーキュシオまで殺しているというのもあり、ロミオはヴェローナからの市外追放という軽い処分で済む。
 
エスカラス公としては、正当防衛なら無罪でもよいのだが、無罪にしてしまうと、キャプレット家の手の者にロミオは殺され、更に血が流れることになるのが確実なので、彼を守るためにも市外退去を命じたというのもあった。
 
実際ティバルトの伯母であるキャプレット夫人は極めて不満な様子で、この人殺しを処刑しろなどと、わめきちらしていた。
 

「よし、次はお魚ね」
と雨宮先生が楽しそうに言うので、私もコスモスも頭を抱えた。
 
舞音はワクワクした顔で雨宮先生を見ていた。
 

常滑舞音の『とことこ・なめなめ・招き猫』が大ヒットになったので、次のCDもヒットさせようと、雨宮先生が
「私にプロデュースさせなさい」
と言って、名乗り出てきたのである。
 
舞音にはあちこちからCM出演などのオファーが来ているが「一度には全部受けられないのでちょっと待って」と言って、順番待ちにしてもらっているところである。
 
またどれを受けてどれを断るかという問題についても、川崎ゆりこ、舞音のマネージャーになった西岡空世(悠木恵美)、サブデスクの美咲瞳で検討して競合関係やイメージ戦略を考慮の上、絞り込んでいる所である。
 

「やはり漁連さんだから、色々なお魚に扮してもらおう」
と雨宮先生。
 
「どんな魚に扮するんですか?」
と舞音が楽しそうに訊くと雨宮先生は
 
「そうね。ヤツメウナギ、チョウチンアンコウ、オコゼ、チンアナゴ、フグ、ナマズ、・・・・」
と名前をあげた所で、私の顔を見て言い直す。
 
「ケイが恐い顔してるから、もう少しおとなしい魚にしよう。えっと、金目鯛、カジキマグロ、桜鱒、松葉ガニ、伊勢エビ、アオリイカ、・・・」
 
それで、舞音が各々の魚に扮して撮影されることになる。作詞担当の若生暢子さんが見学している。この撮影の様子を見て詩を起こすらしい。そうすると松本花子システムが作曲・編曲してMIDIと楽譜が翌日には届くはずである。
 

カジキでは長い角のような“吻(ふん)”を付けた着ぐるみを着て、吻で船板を貫通し、釣り人役を演じる木下宏紀(浦島太郎のような衣装)を驚かせるシーンなどを撮影した。
 
(各々の着ぐるみは、ベースにする数種類の魚の着ぐるみを小道具係さんがその場で改造している)
 
「この嘴(くちばし)みたいなの何で出来てるんです?マジで合板の船板を貫通するって」
と木下君が焦って言う。
 
「スティール製だよ。あんたのお股に穴が開かないように気を付けてね」
「お股に穴は開けたくないですー」
「既に開いてるんだっけ?」
「開いてませんよ〜」
「まだ、ちんちん取っただけなの?それで開けてもらう?」
「嫌です」
 
しかし舞音は面白がって、用意されている色々なセットに突進して穴を開けていた。
 
「男の子が女の子に突っ込みたい気持ちが少し分かりました」
などと舞音は言っている。
 
「あら、それ実体験してみる?」
などと雨宮先生が言うと
 
「ああ、寝るくらい構いませんよ」
と舞音は平気な顔をして返事する。
 
さすがに雨宮先生が次の言葉に迷っていたら、コスモスがギロッと睨むので
「今の無しね」
と雨宮先生は慌てて言っていた。
 

松葉蟹ではハサミをつけた蟹の衣装で楽しく横歩きし、イカでは10本の足を動かして楽しそうに動いていた。
 
「あんたまるで足が本当に10本あるかのように動かすね」
「足は3本しかないんですけどね」
「なんで3本もあるのよ」
「真ん中の足って言うじゃないですか」
「あんた、真ん中に足が付いてるの?」
「雨宮先生のをハサミで切り取って頂戴しようかと」
「勘弁して」
 
と雨宮先生の方が、パワフルな舞音に押し負けていた。
 
「あんた本当に気に入った。ここまで私が押されちゃうのは、ケイと醍醐以来だ」
などと雨宮先生は言っていた。
 

そういう訳で『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』のPV撮影は楽しく完了したのである。
 
しかし軽率な発言の件ではコスモスからかなり叱られたので、舞音も昨日はちょっと調子に乗りすぎたかな?雨宮先生とマジで寝ることになってたら、やばかったかもと少し反省する。それで翌日出ていったら、既に楽曲ができているので驚く。
 
ほんとに松本花子先生って筆が速いんだと思う。譜面を見てもとても1晩で書いた曲とは思えないので、ほんとに凄いと思った。
 
この日はイリヤ・スタジオのアレンジャーさんの指導で歌の練習をし、3時頃には歌唱完成させた。
 
「君よくこの曲を半日で仕上げたね」
と感心される。
 
「先生のご指導が分かりやすかったですから」
 
なお、この時点では伴奏はMIDI音源だったのだが、発売までには生バンドの演奏に置換するという話だった。
 

この曲のc/w曲は『マネのマネキ・マネキン(舞音の招きMannequin)』というタイトルの曲で、着せ替えのように多数の服を着せられるマネキン人形が主役である。
 
この曲は物語仕立てである。
 
古い倉庫に舞音マネキン(まねまねきん)が、ほこりをかぶって放置されている。債権者みたいな人(演:秋風コスモス)が来て、倉庫の中のものを売りさばく。舞音マネキンは『10円』という値札が付けられ、ワゴンに入れられた。それをブティック経営者?の女性(花咲ロンド)が買っていく。
 
ロンドは舞音マネキンを店のショーウィンドウに置いた。そして毎日色々な服を着せる。
 
ここから舞音のファッションショーである。
 
シックな黒いビロードのワンピースは、ピアノの発表会に出る女の子(練習生の古村春菜:小4)の母親(桜木レイア)が買っていった。
 
ハワイアンムームーは、かりゆしウェアを着た女子中生(恋珠ルビー)が買っていった。
 
紺のリクルート・スーツは、Tシャツとジーンズの女子大生(原町カペラ)が買っていった。
 
水色のマリンルックの服は、ブレザーとチェックのプリーツスカートの制服を着た女子高生(上田信希!)が買っていった。信希の女子ガールズとしての初出演である(もっとも過去に何度も女装で登場している気はするが)。
 
豪華な振袖は佐藤ゆか、ワンピース水着!は山口暢香、カジュアルウェアは高島瑞絵、ワークシャツ+ジーンズパンツは三田雪代、ウェディングドレスは木下宏紀!(一応男の子のはず)、イブニングドレスは長身の山本コリン、テニスウェアは水谷康恵、最後にセーラー服は水谷雪花が買っていった。
 
(南田容子が出てないが、まだ桜を追いかけて全国を走り回っている最中である)
 
そしてお店はどんどん繁盛して、店員さん(ガールズ関東の子たちを動員)がどんどん増え、店の面積も広くなっていく。
 
そしてある日、舞音マネキンはショウウィンドウから降ろされる。そしてトラックに積み込まれる。
 
PVを見ている人は一瞬不安になる。
 
お店が儲かったから、古いマネキンは捨てられるのだろうか?と思わせる演出である。
 
しかし、トラックが到着したのは高級住宅街にある素敵なおうちである(*1).
 
花咲ロンドと彼氏(演:花ちゃん)が舞音マネキンを迎える。
 
そして舞音マネキンに可愛いドレスを着せて、家の玄関に飾ったのであった。
 
舞音マネキンは全編無表情で演じているのだが、この玄関に飾られて、ロンドと彼氏が抱き合って家の奥に行った後、初めて笑った。
 
そこでCFは終わりである。この曲は最近人気上昇中のカジュアルなファッションブランド“ノノ・パパイヤ”のイメージCFとして制作された。テレビでは30秒バージョンが流されているが、動画投稿サイトや、本家サイトでフルバージョンを見ることができる。
 
(*1)松原珠妃の自宅で撮影させてもらった:舞音は珠妃からサインちょうだいと言われて嬉しそうに書いていた。むろん舞音も珠妃のサインをもらい大事そうにしていた。
 

『マネのマネキ・マネキン』は、作詞は『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』と同じ、名寄多恵(若生暢子)だが、作曲は松本花子ではなく琴沢幸穂(千里)である。
 
タイトル曲の『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』がキャンペーン曲ということもあり、1オクターブちょっとの歌いやすい曲であるのに対して、このカップリング曲は音域が2オクターブを越える曲で、これをちゃんと歌えるのは、常滑舞音以外では、§§ミュージックでもアクア、東雲はるこ、七尾ロマンくらいしか居ない。結構な音域を持つ町田朱美や白鳥リズムにも出ない高い音まで使っている。
 
『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』の制作の時、若生暢子さんが
 
「君、音域を確認させて」
と言ってチェックしていたので、それを琴沢幸穂に伝えて、わざと難しい曲にしたようである。
 
舞音は期待通りこの難曲をしっかり歌い、高品質の歌に仕上げた。若生暢子の意図は、この子の歌唱力をアピールしておくということでもあったようである。
 

この曲はゴールデンウィーク直前の4月21日(水)に両A面扱いで発売されたが、テレビCMでたくさん『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』が流れた一方で、『マネのマネキ・マネキン』は動画投稿サイトなどにアップされたPVを見たり、FM局で多数のナビゲーターさんが気に入って掛けてくれたこともあり、ふたつの曲が違う客層の人にアピールして売れるという現象を招く。
 
それで一週間で30万枚を売って週間ランキング1位を取った(2位はキャッツファイブ、3位はファレノプシスで、いづれも“伏兵”に驚いたようである)。
 
5月中には50万枚を突破し、『とことこ・なめなめ・招き猫』のミリオンがたまたまの偶然ではなかったことを示した。
 

『舞音マネキン』のPV(CF)で描かれた物語をぜひドラマにしようという企画がΛΛテレビから持ち込まれた。制作するなら“ノノ・パパイヤ”自身が制作費を提供するという話をまとめたらしい。
 
もちろん主演は、常滑舞音と花咲ロンドである。そのほか、秋風コスモスも出演したし、ラストで花咲ロンドと結婚する男性の役もPVと同じように男装の花ちゃんが出演する。ドラマのタイトルは『招きマネキン』である。
 
様々な洋服を買っていく客は多くの女優さんが出演してくれた。七尾ロマンと恋珠ルビー、松梨詩恩と羽鳥セシルも出ている。
 
1時間×4回という短いドラマだったが、舞音は“全くセリフの無い主役”という不思議な役をしっかり演じきり、彼女の名前を広く知らしめることになる。
 
そばで客と店員がどんな会話をしていても表情を変えずにマネキンを演じきる常滑舞音の演技には、辛口の評論家さんたちも高い評価を出していた。これはひじょうに難しい演技なのである。
 
このドラマの主題歌としても『マネのマネキ・マネキン』が使用され、CDは益々売れて結局7月までにはミリオンに到達した。
 

彼女のデビュー曲(ということになった)ブルボンのCMの曲のCDもじわじわと売れ続けていたが、5月には同じお菓子の第2弾CMが制作され放映される。このCMで舞音が歌った『風のいざない』も連休明けに発売された。ここまでに形成されたファンの大量買いもあって、こちらも6月までにミリオンを達成する。
 
(ミリオン達成の順序は、招き猫(2nd)→風のいざない(4th)→マネキン(3rd)の順)
 
3連続ミリオンにより、舞音は完全に§§ミュージックを代表する歌手のひとりとみなされることになった。
 

なお『風のいざない』のc/w曲は『マイルドな夜明け』という曲でこれは実は同時期に放映開始されたホンダの新型スクーターのCM曲になっていた。
 
スクーターのCMには舞音自身が出演して乗っているが、舞音は4月生れなので、16歳の誕生日(*2) が過ぎた所ですぐに鮫洲の運転免許試験場に行って原付の免許を取得している。それでこのCMで実際に乗車することができた。
 
(*2)山のようにプレゼントが届いて舞音が仰天する。軽くトラック1台分あった。ホワイトデーの時よりずっと増えてる。
 
CFでは、舞音がこのスクーターに乗り、夜明けの道路を朝日に向かって走っていく所が映っている。実際にこのCMは早朝5時過ぎに、舞音の出身地に近い愛知県半田市の県道34号線で撮影された。舞音は高校生なのて、22:00-5:00の間は使用することができない。(でも3時に起こされて常滑市内のホテルから現場に連れて行かれている!)
 
なお半田市の2021.4.25の日出は5:09、夜明けは4:35である。撮影は実際には4時から始まっているが、5時以降に撮影したものしかCFには使用していない)
 
ちなみに、このCMが受けて“夜明けに朝日に向かってスクーターで走る”という“舞音ごっこ”が若い男女の間で流行るが、朝日に向かって走る姿を撮影するのはひじょうに難しいので、動画投稿サイトでも、きれいに撮れているものは少なかった。
 
CMが好調だったため、メーカーでは舞音のロゴマークである招き猫模様がペイントされた特別仕様車“タクトマネー”(かつてのディオチェスタのように前面にバスケットを装備する)まで作り、それを使用して再度CFを撮影(今度は北九州空港に通じる道路上で撮影)した。
 
北九州市小倉南区の2021.5.30の日出は5:07、夜明けは4:31である。例によって舞音は朝3時にホテルから連れ出され4時頃から撮影しているが5時以降に撮影したデータしかCFには使用していない。
 
しかし新しいCFを見た人たちは“前回より乗り方が上手くなってる”と評していた(前回は免許取り立てで撮影しているから下手でも仕方ない)。そしてメーカーはこの特別仕様車の1号車を舞音にプレゼントしてくれた。
 

コスモス社長は舞音に
「当面路上では乗らないこと」
と厳命した。
 
「路上で乗らないと言うと、どこで乗れば・・・」
「まあ誰か二輪車の上手い人に指導してもらって練習するのはいいよ」
 
ということで、バイク歴8年で毎日バイク(Suzuki GSX-250R)で通勤している田崎さん(システム担当)が時々練習に付き合ってくれることになった。(舞音が個人的に田崎さんに指導料として毎回1万円払う:田崎さんは「もらいすぎ」と言って5000円になった)
 
コスモスとしては、この有望で、将来事務所の屋台骨を支えることになるかも知れない舞音に、事故など起こされると困るが、二輪の運転技能を持つのは、彼女の仕事に幅を持たせることになるだろうとも思われるので、練習はさせておきたいという難しい選択なのである。
 

2枚のCDが相前後してミリオンになるという事態で、舞音はスタジオμ、ヤングポップス、サウンド・フェリアという3大音楽番組に4週連続で呼ばれて毎週別の歌を歌った。『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』のほうは、幼児番組にも呼ばれて、幼稚園生の子供たちと一緒に歌ったりもした。舞音は、いかにも優しそうな雰囲気なので、子供たちに好かれるタイプである。
 
ラジオ局にも頻繁に呼ばれ、雑誌の取材、また雑誌の表紙のモデルになるなど、舞音は本当に忙しくなってしまった(幼児雑誌の表紙モデルも何度も務めた!)。
 
スケジュールが切迫してくると、仲の良い水谷姉妹、特に妹の雪花のほうがリハーサル役を自分から買って出てくれた。リハーサル役を使うなんて、私、売れっ子みたい、などと舞音は思ったが、本当に売れっ子になっていることをまだ舞音自身が充分認識していない。
 
(ラピスラズリのリハーサル役は、ロマン&ルビーや甲斐姉妹がよく起用されている)
 
舞音のスケジュールが本当に密になって来たので、コスモスは、舞音へのオファーについて、バラエティやドラマの話は雰囲気が似ている恋珠ルビーや、甲斐姉妹・水谷姉妹などに代わってもらえるように頼み、舞音の仕事は音楽番組やそれに準じるもの中心で受けるよう、交渉係となる村上麗子に指示した(さすがにメイン・マネージャーの西岡空世(悠木恵美)にはまだこの手の交渉は難しい)。
 
結果的に恋珠ルビーの露出が増えて彼女のファンも増えることになった。ファンクラブの会員数が、春の時点では七尾ロマンが2.5万人、恋珠ルビーは1.1万人と結構な差があったのが、ルビーのファンクラブも7月までには2.3万人まで倍増してロマンに迫る勢いとなる。
 

その日、七尾ロマンはコスモスの所に来て相談があると言った。
 
「どうかした?」
「私、初代ビデオガールの称号を返上しようかと思って」
「何で?」
「だって同期の舞音ちゃんの方がとってもたくさん売れているし。私は確かにオーディションではトップだったけど、これだけ売れ方に差が出たら、とてもトップを名乗れないと思って」
 
七尾ロマンのデビューシングルは15万枚、2枚目は9万枚のセールスだった。充分売れている部類である。特にゴールドディスクを取ったのは既に彼女が一流の歌手と認められている証(あかし)だ。
 
「気にすることないよ。第1回ロックギャルコンテストでも、優勝したものの性別違いで失格になったアクアが、繰り上げ優勝で初代ロックギャルになった、(高崎)ひろかより遙かに売れたけど、ひろかは別に称号返上したりせずに、堂々と初代ロックギャルを名乗って営業していたしね」
 
「あ、そうですよね!」
 
「売れる売れないは時の運だよ。舞音は自分は、歌唱力ではロマンさんにまだまだ勝てないって言ってるよ」
 
「それ本人からも言われましたけど・・・」
「ルビーは何か言ってた?」
 
「私、あの子にも精神的にかなわないなあと思って。いつも落ち着いているし、ステージ度胸があるし。それに舞音ちゃん、急に売れたから、どうしてもやっかみを受けてる部分あるじゃないですか」
 
「そうだっけ?」
と言いながらも、コスモスはたぶん、あの子やあの子だろうなと思う。自分も唐突に売れたから、先輩から意地悪されたりしたけど、日野ソナタさんが優しくしてくれたし、同年代のケイさんにも随分慰められたよなと昔のことを思い出す。
 
「ルビーちゃんは積極的に舞音ちゃんと仲良くして、みんなからの風除けになってあげてるんですよ。変なことされたら私に言ってねとか、みんなの聞いている所でわざわざ言ってたし。ルビーちゃんが舞音ちゃんを守ってるから、舞音ちゃんもだいぶやりやすいみたい」
 
「まあ、あの子の気配りも凄いね」
「私、ああいうのもうまくてきなくて」
 
「人はそれぞれ自分の性格があるんだよ。ルビーは元々人を立てるのがうまい。花ちゃんとか、フラワーサンシャインに転出したけど桜井真理子とかも、そういうのがうまい」
 
「花ちゃん見てると凄いと思います。本当に尊敬します」
 
「ロマンちゃんは、スター性がある。パッと目立つタイプなんだよ。ルビーちゃんが舞音ちゃんを守ってあげているなら、逆にロマンちゃんは彼女たちのことは考えずに、自分のスター街道を進めばいいと思うよ。最初の5〜6枚目まではふつうなかなか売れるものではない。あの大スターの小泉今日子さんだって、売れ始めたのは6枚目のシングル(『半分少女』)から。オリコン週間1位を取ったのは9枚目のシングル(『渚のはいから人魚』)が最初だよ。お給料も最初の1-2年は10万程度しか無かったって」
 
「嘘!?最初の頃はそんなに売れてなかったんですか?」
「うん。それが40年現役を続ける大歌手になったのも凄いよね。まあ最初の3年くらいは下積みみたいな気持ちでいた方がいいかもね。実力のある人は、いづれちゃんと評価されるから」
 
「なんかそういう話聞いて少し気持ちが楽になりました。私頑張ります」
「うん。頑張ろう」
と言って、コスモスはロマンをハグしてあげた。
 
この日の会話でロマンもある程度ふっきることができたようだった。
 
ロマンが帰ってからコスモスは呟いた。
 
「しかしこれだけみんな売れると楽曲の調達が頭痛い。良質の楽曲書ける人の手はなかなか空かないし。その中で醍醐春海先生の3分の1と、大宮万葉先生はオリンピックが終わるまで手が空かないしなあ」
 

高崎ひろかのファンたち、品川ありさのファンたちは、昨年の紅白では随分対抗もしたし、結果はギリギリ滑り込みセーフだったものの、今年は
「もうダメだぁ」
と諦めムードであった。
 
昨年は§§ミュージックから5組出たものの、1組はあくまでコロナで欠場したマラナーズの代理出場だったから、実際に§§ミュージックの枠は4つだった。今回その“4”が維持されるのか、元の3に戻るのかは不明だが、デビュー以来の連続22枚ミリオンという凄い記録を更新中のアクア、毎回50万枚以上のセールスをあげ、ミリオンも3回出しているラピスラズリ、そして今年3枚連続のミリオンを出した常滑舞音の3人は確実と思われる。
 
4人目(がある場合)は、やはり昨年の紅白初出場を契機にファン層がますます広がり、今年出したCDが2枚連続プラチナ(25万枚)を達成している白鳥リズムが有力である。
 
ということで、その下でセールス的にほぼ並んでいる、ひろか・ありさ、姫路スピカは厳しいということになる。5人目が出る場合も若いスピカが優先されそうな気がする。昨年は恐らくひろか・スピカが並んでいたのを実績優先でひろかが選ばれたのだろうけど、今年は逆にその補償がされそうな気もする。
 
(更に彼女たちの下で、西宮ネオン・七尾ロマン・恋珠ルビーが似たようなセールスである。Ye-Yoはなかなか2枚目のCD制作の企画が進んでいない。ついでにマネージャーもなかなか決まらない)
 
ひろかなどあからさまに記者にその件を訊かれたものの、温厚なひろかは
 
「舞音ちゃん可愛いですね!元気だし。私もファンです。カーナビに入れていつも聴いてますよ。紅白出られるといいね」
と笑顔で答えた。
 
このインタビューを聞いた品川ありさは
『クニちゃん、人間ができてる〜』
と思ってしまった。自分はあんな笑顔で答えられる自信が無いと思う。
 

一方インタビューでは笑顔で答えたものの内心は心穏やかではなかった、ひろかは妹の愚痴まで聞いて、なだめる羽目になる。
 
「どうしたのよ?」
 
「なんか最近、私の扱いがテキトーでさぁ。アクアちゃんの代替とかでも私頑張ってるのに」
と松梨詩恩が言う。
 
「そんな適当なんだっけ?」
 
「城崎綾香さんが産休中だから、今うちの事務所には君しかいないから、とか言われて張り切ってたのに、羽鳥セシルちゃんがデビューするし、坂出モナちゃんが移籍してくるし、フラワーサンシャインも移籍してきて、私最近3番手くらいの扱いでさぁ」
 
3番手というのは、坂出モナ、羽鳥セシル、松梨詩恩という序列なんだろうなとひろかは思った。セシルは男の娘というのが何もディスアドバンテッジになってない。むしろ男の娘・アクアの代役として重宝されている。結局もう男の娘は市民権を得てしまったのだろうか。今度から履歴書の性別欄は3つにするようコスモス社長に進言してみようか?
 
そしてモナは結婚を発表したというのに、人気がほとんど落ちていない。移籍金1円でモナを放出した○○プロは後悔してないか?と心配になる。でも普通結婚したアイドルなんて人気は無くなるものなのに。丸花社長も予想外のできごとだろう。あるいは事実上のレスビアン婚だから「誰か男のものになった」訳ではないので、男子ファンが離れないのだったりして!?ルキアちゃんも密かに性転換しちゃっていたっぽいし、などとひろかは思う。
 
「まあモナやセシルのことは考えずに我が道を行きなよ。お給料は去年よりあがってるんでしょ?」
「そうだ。それでさ、確定申告で払う税金が足りないのよ。税務署から早く払えと督促されててさ。お姉ちゃん貸してくんない?」
と詩恩。ひろかは申告期限はかなり過ぎてるぞと思いながら
「はいはい。いくら?」
と尋ねた。
 
「1500万円足りないんだけど」
「ちょっと待て」
 
(結局アクアから借りて払った。セシルは“おキツネさんたち”の忠告で、ちゃんと税金分をキープしていた。モナは今回までは大丈夫である。なお妊娠で休業中の綾香は全くお金が無く、丸山アイから借りて払った)
 

メインボーカル坂出モナの卒業で音源制作が停滞していたWindFly20は、新たなメインボーカル川中光梨(Flower Lightsから移籍)を迎えて3月中旬から(という建前で本当は2月から)音源制作を始め、4月14日(水)に約半年ぶりのシングルを発売することができた。取り敢えずランキング1位でミリオンも達成して、ホッとする。
 
更にFlower Lightsから移籍した山本洋子が(秋に卒業したメンバーの代わりの)サブボーカルとなったファレノプシス(Phalaenopsis)の9ヶ月ぶりのシングルもその翌週4月21日(水)に発売されランキング3位だった。
 
そしてこの2つのユニットの発売を待って、4月28日(水)に、フラワーサンシャインの初CD、坂出モナの初ソロCDが同時に発売された。
 
フラワーサンシャインは、光梨が参加したWindFly20と洋子が参加したファレノプシスの発売を待った。モナは自分が抜けたWindFly20の発売を待ち、21日は常滑舞音の発売日だったのでそれを避けた。
 
すると坂出モナのCDが1位で40万枚のプラチナディスク、安原祥子と桜井真理子が新たなメイン・サブのボーカルになったフラワーサンシャインのCDも2位で12万枚のゴールドディスクとなったのであった。なお3位は石川ポルカの4万枚だが「3位なんてデビュー曲以来」と喜んでいた:結局§§ミュージック系で1−3位独占した。
 
立花紀子たちフラワーライツ出身のメンバーたちは
「ランキング2位なんて夢みたい」
「ゴールドディスクって信じられない」
「私たち、ひょっとしてメジャー歌手なのかしら」
などと感激していた。
 
フラワーライツ時代はランキングで30位以上に入ったことが無かったし、1万枚以上売れたこともなかったらしい。
 
桜井真理子は思った。前の事務所やレコード会社が適当で、まともな曲も渡さず、まともな営業もしていなかったのでは?と。知名度だけは充分あったユニットなのに。
 
 
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【夏の日の想い出・星遮りし恋人】(4)