【春零】(1)

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「令和という元号が発表された時、まるで“零和”つまり“ゼロサム”ゲームみたいで縁起が悪いという意見があったね」
と明恵は言った。
 
「実際、令和になってから、ほんとよくないことが続いている。川崎小学生襲撃事件(2019.5.28)(*1), 京アニ放火事件(2019.7.18), 消費税増税(2019.10.1), 首里城全焼(2019.10.31), 大阪こころのクリニック放火事件(2021.12.12)」
 
「2019年秋に発生した新型コロナ COVID-19 (corona virus disease 2019) が流行して全世界で5億5千万人が感染して630万人が死亡、日本だけでも900万人が感染して3万人が死亡している(*3). ロシアが2022年2月にウクライナを軍事侵略開始して、それを引き金に石油価格が高騰し、小麦も不足し、物価が上がりまくっている」
 
と真珠が言う(*2).
 
(*1) 川崎市登戸で、スクールバスを待つ小学生たちが襲われたもの。保護者の1人(外務省職員)が犯人と戦い、自らは死亡するも、被害を最小限に留めてくれた。
 
(*2) この会話をしたのは7月の初めで、安倍元首相の暗殺(7.8)直前。
 
しかし2019年は本当に大事件が多かった。この他にゴーンの逃亡事件などもあった。
 
(*3) 2022年7月1日現在の統計で、全世界の感染者数は 552,820,079人、死者は6,358,305人。日本の感染者数は9,329,520人(世界14位)、死者は31,281人。出典は↓
worldometers(7.1)
 

「ゼロサムゲームって何だったっけ?」
と幸花が言う。
 
神谷内が説明した。
 
「“ゲームの理論”という社会現象を数学的に捉える理論の中で提唱された類型のひとつなんだよ。世の中には誰かが得すれば誰かが損する、win-lose (ウィン・ルーズ)の仕組みと、誰もが得する win-win (ウィン・ウィン)の仕組みがある」
 
「ああ、それはありますね」
 
「仮想通貨の仕組みは典型的なゼロサム・ゲーム。仮想通貨の取引はそれ自体何も生み出さないから、誰かが得した分だけ誰かが損してる。仮想通貨を買った人の投入したリアルマネーの総額と、仮想通貨をリアルマネーに戻すことのできる総額は最終的には等しくなると考えられる」
 
「言えてる言えてる」
 
「今仮想通貨って1万種類以上存在するそうですよ」
「実際問題としてその大半が詐欺だろうね」
 
「ところが株取引はゼロサムゲームじゃない。多くの人が株を買うことで企業は活動資金を得ることができて、経済活動が行われ、その利益が配当の形で株主に還元される」
 
「経済活動自体が基本的にwin-winゲームですよね」
「そうそう。商いというものは、売り手は金銭を得られるし、買い手は商品を得られて双方得するんだよ」
 

「ギャンブルとか宝くじは基本的にマイナスサムゲーム。競馬の投票券を買った人が投入した金額の総和より、払い戻しされる金額の総和のほうが小さい。宝くじを買った人の購入代金の総和より、当選金の総和のほうが小さい」
 
「でないと胴元は儲かりませんよねー」
 
初海が何か考えてるようなので
「どうしたの?」
と幸花が訊くと
「いや、胴元、腰元、膝元って、似たような雰囲気の単語なのに随分意味が違うなと思って」
と初海は答える。
 
「殿様のお膝元で胴元をしている腰元の堂本さんの足元に殿様が寝ていた」
「良くパッと出てくるね」
「それ凄く艶っぽい状況を連想する」
「心が汚れてるな」
「胴元の堂本さんが『どうも』と言う」
「ダジャレ大会か」
 
「腰元さんが『腰もっと揉んで』と言う」
「それも艶っぽい状況を連想した」
「心が汚れてるな」
 

「スポーツの試合は表面的にはwin-loseゲームのように見えるけど、その試合をすることで、各選手は自分の技術をみんなに見せることができて満足するし、試合を通じて様々な交流が生まれて楽しい。そういう意味では負けた側も別の所で得してるんだよね」
 
「スポーツをするのはやはり楽しいからですもん」
 
「恋愛もwin-winなんだよ。相手の喜びが自分の喜びになる。悲しみも2人で共有することによって随分やわらぐ」
と神谷内が言うと
「喜びは倍になり悲しみは半分になるのが愛ですよねー」
と初海が言っている。
 
「これに対してレイプはwin-loseだよ。男は気持ち良くて満足するかも知れないけど、女は痛いし辛いし妊娠の不安に怯える。実際妊娠してしまうかも知れない。そしたら物凄い身体の負担に耐えなければならない」
 
「レイプは死刑でいいと思う」
と女子たちが言う。
 
「男が受ける社会的な制裁を考えれば lose-lose かもね」
「日本はレイプ犯に対する刑罰が軽すぎますよ」
 

「多くのロールプレイングゲームは、プラスサムだよね。ゲームが進行するにつれて参加者はみんな少しずつゲーム内の資産や武器を増やして行くことができる。対戦して負けると一時的には武器や資産が減るけど、また回復していけるから、大筋ではあまり問題無い」
 
「まあゲームの理論は第二次世界大戦終了間際の1944年に生まれて一時期は随分注目されたんだけど、その理論に基づいてアメリカがベトナム戦争をやって美事に負けたから、評価は随分低下した」
 
「ああ」
 
「結局アメリカは、戦争をやっている人々の心情というものを定量化できなかったんだな。人間は損得だけでは行動しない。ベトナムの人たちは損得抜きにして愛国心で戦っていた。アメリカの兵隊たちは無理矢理徴兵された人たちが多くイヤイヤ戦っていた」
 
「彼らは素人で技術も低いから、ベトナムではベトコンに殺された兵士より友軍兵士の誤射で死んだ人のほうが多かったと言われる。突撃する時に普通は後方部隊の援護射撃で相手の陣地を攻撃して向こうがひるんでいる隙に突撃隊が突っ込む。ところが米軍兵士の援護射撃は下手糞だからほとんど突撃隊自身に当たったという」
 
「ひどいな」
 
「そんな状態だから、アメリカがベトナムに勝てるわけが無かったんだよ」
 
「それ今のロシア・ウクライナ戦争と構図が似てますね」
「全くだね」
 
「まそれでベトナム戦争の結果、ゲームの理論自体の評価は低下したけど、今でも結構部分的には様々な社会現象の定式化に使われている」
 

アクア主演・七浜宇菜助演(実質“3人”が主演のようなもの)の映画 『黄金の流星』は2022年6月14日(火)に、日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・アンドラ・ベネルクス・オーストラリア・ニュージーランドなどで同時公開された。それ以外の国・地域での公開は順次各国・地域の映画会社に委ねられる。
 
「アクアだらけだ」と言われた映画だが、実際この映画で、アクアはアルケイディア、ジルダル、ルクールの3役、宇菜もセス、セルジュの2役をしている。↓はラテン文字圏用のクレジット
 
Arcadia Walker : MS AQUA & MR AQUA
Seth Stanfort : UNA NANAHAMA
 
Mireille Lecoeur : MS AQUA
Zephyrin Xirdal : MR AQUA
Serge Bernard : UNA NANAHAMA
 
この物語の原作を知っている人はそう多くはなかったものの、充分楽しめる映画になっていた。昨年のロミオとジュリエット・白雪物語での、アクアと宇菜の演技が高く評価されていたこともあり、かなりの興行成績が出ていた。
 

日本国内では2つの噂が生まれることになる。
 
・アクアってやはり男女の双子なのでは?
 
海外では普通にそう思われている。そもそもクレジットで女役がMS AQUA, 男役がMR AQUA になっている。但しこの書き分けは本来、性別に対する宗教界の締め付けが厳しい国への配慮である。実際には MS AQUA, MR AQUA は映画会社としては、ひとりの人物が例えば、DJ OZMA, 綾小路翔, ナオミ・カメリア・ヤジマなど複数の名義を使い分けるのと同様という立場。
 
しかしアクアがもし男女の双子であったのなら、アクアがテレビで性別:男になっているパスポートを見せていた一方で、アクアが性別:女のパスポートを持っているのを見たことがあるという複数の証言とも矛盾しない。
 
・女アクアと松田理史って、ひょっとして怪しくない?
 
今回の映画で女頭取役のアクア(多分女アクア)がたくさん船長役の松田とキスしている。映画内では「フランスではキスは日本の握手程度の挨拶です」と説明されていたものの、映画のラストではふたりが結婚するので「ただの挨拶ではなかったのでは?」と言われた。
 

泣原死亡(本名:梨原志望(のりもち))は有頂天になっていた。
 
彼が主宰し金沢を本拠地とする“墓場劇団”は2年前までは全く無名で、活動資金は死亡自身の会社勤めの給料と妻の泣原戦死(本名:浅子(あさこ))が経営するナイトクラブから得られる利益で賄っていた。ギャラなど払えないから劇団員も全員他に仕事を持っていた。それで劇団の練習や公演は土日祝に限られていた。また公演をする時は、劇団員に何とかチケットの販売をお願いするとともに1人1万円の出演料を“もらって”いた。
 
しかし2020年2月に『セーラー服とニンジンジュース』という演目を偶然見た東京の著名な俳優・村里泰蔵さんが絶賛してブログに書いたことからマスコミに注目される。またこの劇でチョイ役ながらも、自殺志願の女子中学生を演じた、死亡の息子・カノン(本名:梨原可能(よしたか)当時小6)が「可愛い!」と言われて、中高生女子に人気が出た。
 
『セーラー服とニンジンジュース』が注目された直後から新型コロナの流行が始まり、劇場公演ができなくなってしまう。しかし最初にこの劇団を評価してくれた村里泰蔵さんの口利きで、無観客公演のネット中継がネットテレビ局のホーライTVで放送してもらえた。中日本限定(プレミアム会員を除く)だったし視聴率自体はそれほど高いものではなかったものの、一応ネットテレビ局で流す価値のある程度の視聴はあり、以降定期的に放送してもらえることになる。そして得られた出演料はかえってこれまでのリアル公演での売上を大きく上回るものであった。
 
実際これまでは劇団員の方が観客より多いのが日常だった。劇団員8人なのに!
 
ネット中継開始以来、若手男優・極楽昇天と若手女優・草場影見は地場企業のCMに出演したり、ローカル雑誌にインタビュー記事が載るなどして知名度があがり、この2人はそれまでの仕事をやめて俳優に専念することにした。そして地元のテレビやFM局に出演しブログや動画投稿サイトでも人気が出て結構な収入が得られる。死亡自身も会社を辞めてこの2人のマネージングをすることでマージンを得た。
 

またカノンについては、興味を持ったレコード会社からCDを出さないかと言われたものの、あまりの音痴に諦められた!でもその美貌と演技力は評価され、劇団の中でも次第に出番の多い役が割り当てられるようになっていく。むろんいつも少女役である!
 
元々はこの劇を制作する時、劇団員の子供に女子中学生を演じられるような年齢の女の子が居なかったことから、死亡が「お前やれ」と言ってやらせたものである。本人は
 
「ぼくがセーラー服着るの〜?」
「何なら中学にもセーラー服で入学していいぞ」
「勘弁して〜」
 
と抵抗したものの、やらせたら演技は上手いし評判になった。それで本人の意志は無視されて、毎回女の子役を演じさせられている。
 

更に「役作りのため」と言われて女の子下着を着けるよう言われ、女の子の服を着て街を歩く練習までさせられる。家の中ではいつもスカートを穿いているように言われる。またトイレは必ず座ってするように言われた。更にちゃお・なかよしなどの女の子が読むような雑誌を渡されて読むように言われた(精神的女子化教育)。
 
本人も最初は恥ずかしくてたまらなかったものの次第にそれが普通になってきつつある自分が怖い。ちゃおもなかよしも面白いじゃんと思った。それで学校で女子のクラスメイトと話が合ったりする。「片想いミステイク!」とかはまりつつある。
 
ブラジャーはちゃんと後ろ手で留められるようになった。最近の悩みはブラ跡が付いているのを体育の時間の着替えの時に(男子の)クラスメイトに指摘されたりすることである!
 
彼が女の子の服を身に着けて金沢の名所をバックに撮影した『カノンin金沢』という写真集まで出て、北陸限定発売ではあったものの5000部も売れ、そのことでまた地元テレビ局の取材を受けたりした。
 

カノンは囲碁初段の腕前であることから、村里泰蔵さんの紹介で2020年夏に撮影されたアクア主演の映画『ヒカルの碁・プロ試験編』では、棋士採用試験を受ける“女子”受験生役を演じてアクアと握手してもらっている。映画の出演者一覧にも“槇原歌音”の名前でクレジットされた。映ったのは3秒だけだったけど!
 
なお“槇原”というのは『泣原はさすがに酷い』とアクアのマネージャーさんの50歳くらいの女性に言われて少し変えたものである。結局苗字が「なしはら」→「なきはら」→「まきはら」と変化した。ついでにカノンも「歌音」と女の子らしい!漢字に変更された。この漢字もその山村という女性マネージャーが考えてくれた。ついでに性転換手術受けたいなら、いい病院紹介するけどと言われたが断った!
 
(“こうちゃん”に目を付けられちゃったみたいだけど無事で済むといいね)
 
更に2022年1月に放送されたアクア主演ドラマ『ピーターパン』ではインディアンの中性聖職者リトル・ホーンを演じて、セリフこそ無かったものの目立つ役柄で、槇原歌音という名前に注目する人が増えた。更に2022年夏に公開予定のアクア映画(4-6月撮影)では、とうとうセリフのある役をもらうことができた。どうもアクアのマネージャーさんが歌音を気に入ってくれているようで向こうから話があった。(歌音は“身の危険”が迫っていることに気付いていない)
 
父の死亡は息子が売れるようになると、その収入で劇団員たちにまともなギャラを払えるようになるかも知れないと大いに皮算用をしている。公演の度にみんなにお願いしていた“出演料徴収”は現在無くなり、逆にネット中継1回につき1人2万円の出演料を“劇団員に払って”いる。
 

ただ、死亡には気になることもあった。
 
妻が経営していたナイトクラブはコロナ流行以来客足が途絶え2020年夏に閉店した。妻は現在他のお店でホステスをして日銭を稼いでいる。また妻とは様々な問題で感情的な対立が深刻化し、2021年春、妻は金沢市内にアパートを借りて別居してしまった。
 
ただし、劇団には関わり続けるし、今すぐ離婚するまでの気持ちは無いと言っている。ただ一緒に暮らしたくないだけだと言う。子供たちは父親の元に残す。
 
そもそも妻は子供嫌いで、これまでも育児というものをほとんどしていなかった。料理も絶望的に下手なので、家で御飯を作るのは死亡の仕事だった。
 
浅子は高校を中退してすぐの頃から、ずっと夜の世界で生活してきていたので、生活のサイクルが会社勤めの夫や、学校に通う子供たちと全く合わない。
 
子供たちから見ると浅子は、朝自分たちが学校に行く時はまだ寝てるし、学校から帰ってきたらすぐ派手なお化粧して出掛けて行く、変なおばちゃん程度の感覚だった。だから子供たちは母親とは日常的にほとんど話していなかった。参観や運動会などに来るのも父だけだった。
 

2021年夏には、10年前に劇団を立ち上げて以来、脚本・演出を担当して死亡と二人三脚で劇団を運営してきた、地獄大佐(本名:四国大輔)がネット中継中心の現在の運営に反発して離脱、独自の劇団『死国巡霊』を立ち上げた。劇団員8人の内、やはり観客の居ない所で演技することに疑問を持っていた2人の俳優がそちらに付いていった。
 
『墓場劇団』はその3人が抜けて5人(死亡と戦死を含む。カノンは含まない)になってしまったものの、以前劇団に居て経済的な問題から離脱していた夜野棺桶に頭を下げて、月5万円の“内緒のギャラ”を払うという密約で復帰してもらう。それで6人になったので、後は何とか少ない人数でやれるように脚本(*4) を工夫し、また息子のカノンの出番を増やし、更に3つ下の弟・コーラス(本名:幸助)もやはり女装!で出演させて何とかやりくりしている。
 
(*4) 地獄大佐離脱以降、脚本は戦死が書き草場影見が校正している。戦死は長年のホステス経験で面白い話の脳内ストックは多いが、学が無いので文法誤りや言葉の勘違いがわりと多い。
 

ここに来て7月からの新演目『炭泥物語』で学校の教師役を演じることになっていた女優の黒衣魔女(本名:黒井マミ)が体調を崩して入院してしまった。
 
公演の3日前である。公演ができないと莫大な違約金をホーライTVに払う必要が出てくるし、そもそも信用を失って、2度とネット中継の話などできなくなるだろう。背に腹は代えられない。泣原は地獄大佐の所に行き、土下座して、今回の演目限定でいいから『死国巡霊』の女優・成仏霊子を貸して欲しいと頼み、出演料を20万円払うと言った。
 
「ナシちゃん、自分とこの俳優にはまともなギャラ払ってないんじゃないの?」
「それはそうだけど、舞台に穴を空ける訳にはいかない」
「その役者魂には共感する。今回だけだよ」
 
と言って、彼は成仏霊子本人の承諾を取ってピンチヒッターをさせることを承諾してくれた。成仏本人も
 
「マミちゃん入院したの?大したことなければいいね」
と言って出てくれた。出演料は“友情”で無料で良いと言ってくれた。死亡は泣いて感謝した。
 
死亡は神棚に新しいお酒を供え、
「どうか今回の公演がうまくいきますように」
と祈った。
 
その神棚には石のかけらが供えてあった。この石のかけらをある場所から持ってきて毎日お酒を供えて拝むようになって以来、劇団は上昇気流に乗ってきたのである。
 

「お父さん、ぼく女の子の服着るの嫌だ」
と次男の幸助(芸名コーラス)は言った。
 
「どうして?」
 
「だって学校で馬鹿にされるんだよ。お前んとこは兄ちゃんもお前もオカマだって」
「そんなの気にすることないよ」
 
「気になるよー」
 
取り敢えずその日は幸助を何とか納得させたもののの、何かあちこちほころびを抱えている気はした。弟は女装を嫌がっているが、兄のほうは逆に女装にハマってしまったみたいで、先日から何度か学校にセーラー服で出ていったみたいだし。でも学校からは特に何も言われていない!(逆に怖い)
 
その件では別居中の妻から
 
「最近、可能が物凄く女らしくなってる気がするけど、去勢したり女性ホルモン飲ませたりはしてないよね?」
などと訊かれた
 
「さすがにそんな馬鹿なことはしない。鬼畜物のレディコミじゃあるまいし」
と答えておいた。でも実は死亡自身、可能はほんとにホルモン剤とか飲んでないか?と不安を感じていた。そんなものの入手方法は無いとは思うけど。
 
洗濯物の中に可能の“男物下着”を最近見ないので、可能が学校にも女物下着で出て行っているのは間違い無い。体育の着替えとかどうしてるんだろうと思って訊いてみたが可能は
「普通に男子更衣室で着替えてトイレも男子トイレだよ」
と言っていた。
 

青葉の8ヶ月に渡る遍歴。
 
2021年
10.30 能登→熊谷 ワンティス・トリビュートアルバムの編曲
11.06-07 社会人選手権
12.09 伏木日帰り!で新自宅を見る(作曲家アルバム取材)
12.15 編曲終了。浦和に移動。
2022年
1.01 小浜に日帰り! NewYear Live
1.20-23 北島康介杯(東京辰巳)
 
1.24-26 ミュージシャンアルバム取材
1.27 能登空港に戻ると真珠に拉致されて金沢へ。
1.27-2.12 動く人形の怪を解決
2.13 青葉逃亡(熊谷に籠る)
2.26 津幡組も熊谷に来るのでそちらに合流
3.02-05 国際大会日本代表選手選考会(東京辰巳)
※これとぶつかったので今回青葉は震災イベント不参加。
 
3.07 熊谷で若杉千代のトリビュートアルバム編曲。
3.13 1日だけ彪志とデート
3.30 若杉アルバム編曲完了。千里たちに拉致されS市へ。白い虎事件解決。
4.02 青葉、八王子の龍虎の家に隠れる。
 
4.13 邦生の結婚式(津幡)でリアルに司会を務める
4.22 津幡組が熊谷に来るのでそこに合流。
4.28-5.01 日本選手権(横浜国際)
5.02-05 津幡組分離合宿(熊谷)
5.06 グラナダに移動して分離合宿。
6.15 ウィーンに移動
6.17 ブダペストに移動。
6.18-25 世界水泳
6.26-27 帰国
6.28-29 能登空港で拉致されてS市へ
 
実に8ヶ月間、自宅には自分自身への取材で数時間戻っただけでずっと各地を放浪?していた。そして青葉はついに6月29日夕方、待望の我が家に帰宅できたのである!
 

6月29日(水)S市からの帰り、真珠と明恵が交代で運転するエスティマの助手席に身を預けながらも青葉は「私ほんとに帰れるのかなあ。このまま金沢に連れて行かれないかな」などと思っていた。
 
珠洲道路を1時間ほど走る。駒渡パーキングと道の駅・桜峠で休憩する。能登空港ICから能越自動車道に入る。徳田大津JCTでは金沢方面(のと里山海道)に分岐せず、そのまま能越道・七尾方面に直進する(*5).
 
能越道は七尾市内の約3km(病院西IC-七尾IC)の区間だけが未成なので(*6), ここでいったん一般道に降りてコンビニで休憩する。七尾ICから再度能越道に乗った時、青葉が涙を流しているので真珠が驚いて
 
「どうしたんですか」
と訊く。
 
「私このままおうちに帰れるのかなあ」
「もちろん伏木に行きますよ」
と真珠は答える。
 

(*5) 能登半島中部・南部の超略図↓

 
道路の線形は超適当です。能登空港は輪島市・能登町・穴水町の境界にあります。別所岳SAは穴水町・七尾市の境界線上にあります。のと里山海道・能越道のJCT(徳田大津JCT)は七尾市・志賀町の境界線上にあります。県境PAは富山県と石川県の境界線上にあり県境の線がペイントされています。田舎は境界が大好きです。
 
上記の図では実線で描いてますが、能越道の能登空港ICから輪島市三井ICまでの区間は2023年中に開通予定です。これができると、曹洞宗大本山総持寺の祖院へのアクセスが多分5分くらい短くなります。
 

(*6) 正確には田鶴浜ICから七尾市街地の小島西部交差点(病院西IC予定地近く)までの七尾田鶴浜バイパスは現時点では一般道だが、実質高速道路並みの規格で作られており、七尾市内の未成区間(病院西IC-七尾IC)の工事が完了したらそのまま能越道に転換されることになっている。
 
これは「現在既に立派な道があるのに、わざわざもう1本作るより早く全線開通させてほしい」という地元の願いに応えたものである。
 
現時点では能越道に転換後も歩道は廃止しない方針で、歩行者が通れる高速道路という、ひじょうに珍しいものが誕生する予定。もっとも筆者はここで歩行者を見掛けたことは1度も無い。
 

県境PAで休憩しドライバーは明恵に交替する。このまま高岡北ICまで行くかと思ったら氷見南ICで降りるので
「なに、何があるの?」
と焦る。
 
「このICの近くにちょっと面白い、うどん屋さんができてるんですよ」
と2列目に座る真珠が言った。
 
この日の座席配置
 
運転席:明恵/真珠
助手席:青葉
2列目:千里、真珠/明恵
3穴目:幸花、神谷内
 
エスティマはインターチェンジから少し走った所にあるうどん屋さんと体育館のある駐車場に駐まった。これが19時半頃だった。
 
「こんな所に御前の邸が移動してきてる!」
と青葉は驚いた。
 
なんか御前の侍女が2人、こちらに会釈してるし。(思わずこちらも会釈を返した)
 
「誰かの家があるの?」
などと千里姉が訊くので、うーん。“この”千里姉は乙和御前の事件は知らないのかなあと思った。そもそも1番さん(と青葉は思っている)でも、この邸くらい見えない?
 
それにしてもここに“体育館”が建っていて、しかもその地下に乙和御前の邸があるということは、“どれかの”千里姉が乙和御前に便宜を図ったのだろうと推察された。
 
でも邸の上に体育館を建てるのは絶対“体育館建てたい病”だ!
 

「ここは基本がきつねうどんなんですよ。それと稲荷寿司を一緒に頼むのがお勧め。トッピング入れたい人は適当に注文して」
と真珠は言っている。
 
「きつねうどん360円って安いね」
などと言って、きつねうどん6つと稲荷寿し6皿を頼む。お金はこの分は神谷内さんが出してくれて追加トッピングは各自で払ってということになった。幸花は牛肉と“半熟?卵”、千里は白身魚の天麩羅を追加していた。
 
「その“半熟”の後に付いてる“?”の意味は?」
「すみませーん。完熟になってたり生だったらごめんなさいという意味です」
と従業員さん。
 
「ああ、そんなの愛嬌」
 
カウンターに器が並ぶが紙の器のようである。コロナが落ち着くまでの暫定処置という掲示が出ている。でも真珠はそこに磁器の丼を置いた。テプラで"MAKO"という文字が貼り付けられている。
 
「ぼく、マイ丼を買っちゃったんですよ」
と言っている。
 
「ボトルキープみたいなものか」
と神谷内さん。
 
「それに近いですよ。これ使うと30円引きだし」
「食器はいくらなの?」
「300円ですよ」
「10回来れば元が取れるのか」
「それにエコですしね〜。自分専用の器なら感染の心配無いですから」
 
「なんかカードタッチしてた」
「カードタッチすると自分の器が出てくるんです」
「ハイテクだね!」
「他人のと間違う心配無いですから」
「なるほどー」
「銀行の貸金庫と同じシステムだね」
「そうです、そうです」
 

それで真珠だけ“マイ器”、他の5人は紙の器にうどんが盛られる。
みんな驚く。
 
「何、このきつねうどん?麺より油揚げの方が多い」
「うどん入りきつねですね」
そして食べてみてみんな
「美味しい!」
と声を挙げる。なお、幸花が頼んだ“半熟?卵”は実際ちゃんと半熟になっていた。それを言うと
「当りですね」
と従業員さんは言っていた。
 
「油揚げは地元の##豆腐店のものだそうです。材料は北海道の美唄(びばい)市産の大豆を使っているそうです」(*7)
「へー」
 
「このうどん、出汁も美味しい」
「羅臼産の昆布で出汁を取って、地元の**醤油店の醤油を使っているそうです。油揚げの味付けもですが」
「まこちゃん詳しいね」
 

「先日来た時にちょうど支配人さんがおられて、色々教えて頂いたんですよ」
「へー」
「若い人?」
 
「支配人さんは37-38歳かなあ。女の人なんですよ。氷見糸うどんのお店に15年くらい務めていたらしいです」
「それで独立したんだ?」
「その人は麺の茹で方と味付けの監修をしているだけで、社長さんは別におられるらしいですけどね」(*8)
「へー」
 
「でもこんなきつねうどんはほんと珍しい」
「でも美味しい」
「稲荷寿司も美味しい」
 
(*7) H新鮮産業の大豆を使った油揚げは、食欲が旺盛すぎるH南高校の生徒専用で、一般向けは美唄市の契約農家のものを使用する。
 
(*8) 千里は脳間直信でお店に出ていた日宮に「自分のことは知らんぷりしろ」と命じたので、千里に「社長、お早うございます」などとは声を掛けなかった。
 

おしゃべりしながら完食する。すると真珠は器を自分で洗っている!
 
「自分で洗うんだ!」
「自分の器ですから」
 
それで真珠は洗った後の器と箸をキッチンペーパーで拭き、カードをタッチして空のトレイが出て来た所で器と箸を置き、再度タッチする。それで倉庫に格納されるようである。
 
「器を洗う所までセルフなのか」
「確かにそれが感染防止には良い」
「従業員さんが洗うのなら、紙の器のほうが手間が掛かりませんから」
「確かにそうだ」
 
「ここあらためて取材に来ようよ。支配人さんのお話が聞ける時間を聞いて」
「うん。それもいいね」
 

うどん屋さんを出た後は、国道160号を南下し、西海老坂交差点で左折する。ここは右折すると金沢方面(県道32号上り)、直進すると国道8号に合流するが、真珠は左折した。左折すると伏木方面(県道32号下り)である。
 
青葉が
「ほんとに帰れるんだ」
などというので真珠が
「もちろんです」
と言う。
 
そして後は細かい道を走って青葉の家に到達した。
 
「お疲れ様でした」
「川上さん、ありがとね」
「嬉しい。おうちに帰れた」
「良かったね」
 
それで取材陣は青葉を置いて、金沢に向けて出発した。
 
青葉が玄関でピンポンを押そうとしたら先にドアが開く。
 
「お帰り」
と言ったのは、彪志であった。
 
「ただいまあ」
と言って、青葉は彪志に抱きついた。
 

昨年12月に数時間だけ見た新居である。あれ?そういえばこの家の建築代金はどうしたんだっけ?と思ったが、請求されたら払えばいいだろうと開き直る。結局建築費がいくらなのかも聞いてないのだが、まさか100億とかは言われないだろう!
 
居間に誰も居なかったので、結局彪志と一緒にリビングの右手奥にある青葉の部屋に入る。そしてあらためて“愛の確認”をした。青葉としては世界水泳の最中の6/20 19:30 (CEST) = 6/21 2:30AM (JST) (*9) に一度しているのだが、彪志はそれは夢だと思っていたようなので、それを除くと、3月13日以来、3ヶ月半ぶりの“愛の確認”となった。
 
(*9) CEST = 中欧夏時間(UTC+2), JST=日本標準時(UTC+9)
 
UTCは“協定世界時”で、天体観測から得られる補正世界時UT1と1秒以内の誤差になるように管理されている原子時計の時刻である。ずれが大きくなると“閏秒”が挿入されたり引き抜かれたりする。
 

青葉は少し落ち着いてから彪志に尋ねた。
 
「なんでこちらに来てたの?」
「いやそれがさ。昨日郷愁飛行場で青葉を見送ってから帰ろうとしてたら、突然、全身真っ黒の衣裳の人たちに拉致されて」
 
「またかい!」
「その中の一人は声で千里さんだと分かった。それで『我々はネオショッカーだ。お前を拉致してカタツムリ女かハリモグラ女にする』とか言われて」
 
「ちー姉もネタが尽きてるなあ」
「女のフィアンセがいるから女にするのはやめて〜、と言ったけど、女同士のほうが気持ちいいぞ。ちんちんは無くなるから諦めろとか言われて」
 
「ちんちんは無くなってないみたい」
「うん。助かった」
 
「だいたいカタツムリ女って、カタツムリは雌雄同体なのに」
「考えてみたらそうだった」
「でもハリモグラってどんな動物だったっけ?」
「よく分からないけど、ヴァギナが2つあってお得だぞとか言ってた」
「ヴァギナが2つ有るんだ!」
「元々女性生殖器は左右一対だから、卵巣が2つあるなら子宮も2つで膣も2つあるものらしいよ」
「へー」
「ハリモグラのオスはペニスが4本あると言ってた」(*10)
「なんか凄い世界だなあ」
 

(*10) ハリモグラのオスは4つのペニスの内2つをメスの生殖器に当てて精子を注入する。その間、残りの2つのペニスは休んでいる。射精が終わると休んでいた2本を再度メスの生殖器に当て、次の射精をする。
 
リボルバーが発明される前に、銃身が2本あって2発撃てる銃が使われていた時期があるが、ハリモグラのペニスは単発銃×4銃身という感じである。
 
これだけ精子を受け入れても、メスは1度には1個しか卵を産まない(*11)。そして卵が孵ったら1年ほど掛けて子供を育て、その後1年くらい休んでから次の生殖行動を取る。つまり子供を作るのは2年に1度、1匹ずつという人間に近い生殖パターンである。怠け者?のメスは6年に1度程度しか子供を作らないらしい。
 
ハリモグラは40年ほど生きる。この点も人間とパターンが似ている。体長は30-45cm程度である。
 
(*11)ハリモグラはカモノハシ同様の単孔類で、哺乳類ではあるが子供は卵で産む。卵で産んでお乳で育てる。だからメスは“妊娠”しないし子宮も無い。
 

「で結局、目隠しされたまま飛行機に乗せられて、さるぐつわは息苦しいだろうからと外してもらったけど。1時間ほどの飛行の後、今度は車に乗せられて」
「ああ」
「車から降ろされて目隠し取っていいぞと言われて放置されたから目隠し取ったらこの家だった。それでお母さんが入れてくれて、さっきまで待機してた」
 
「会社は?」
「メダル取ったフィアンセとゆっくり休んでと言って今週いっぱいお休みもらった」
「そうだったんだ!」
 

1時間くらいイチャイチャしてたら、母から「御飯できてるけど」というショートメールがあったので、服を着て居間に出て行った。
 
「青葉お帰り。お疲れさん」
「ありがとう。ただいま。これお土産」
と言って、ハンガリーのお土産“シュトゥメル”のチョコレートを出した。緩菜と由美が喜んでいる。
 
「子供たちはこの2人だけ?」
「京平は小学校、早月は幼稚園があるから浦和に行ってる」
「へー。じゃ桃姉も浦和?」
と青葉は訊いたが、母は
「桃香はこの家に居るけど、このくらいの時間帯はたいてい寝てる。夜中に起き出して仕事をしてる」
と言った。
 
「何のお仕事してるの?」
「中高生の通信教育の採点」
「桃姉には天職かも!時間も自由が利くし」
「朝は寝てても緩菜に強制的に起こされるけどね。1日のリズム作るのに」
 
と母が言うと、緩菜は得意そうにしてる。
 
この子は厳しそうだ!
 

6月30日(木).
 
部活の時間に春貴は女子部員の中の希望者(ほぼ全員!)に“きつねうどん”の定期券を配った。“ほぼ”には男子部に留学している晃・河世も含まれる。男子部から留学してきている青木・湖中も含む。食の細い日和は含まない!
 
「これを見せれば、きつねうどん・お稲荷さんに関してはいくらでも食べられるから」
と春貴は女子部員たちに説明した。
 
実は女子たちから相談されたのである。
「きつねうどん屋さん、安いんですけど、毎日きつねうどん・お稲荷さん食べてると1日280円、1ヶ月で6000円くらいになっちゃって。お小遣いが厳しくて」
 
それで春貴が、きつねうどんの支配人・三島美耶さんに相談したところ
「H南高校の生徒さん専用で定期券を設定しましょう」
ということになったのである。
 
きつねうどん(180円)、お稲荷さん2個セット(100円)を部活のある日に毎日食べたとすると、月間20日として、280円×20=5600円となる。それで定期券を特別高校生割引で4000円で販売することにした。しかもその半額を春貴が負担することにしたのである。だから定期券の券面には価格を印刷しない。そして生徒たちの負担は1人2000円で済む。多くは親に出してもらったようである。
 
春貴は半額を個人的に負担するが
「宝くじで10万当たったからいいや」
と思っていた。(勝手に10万当たったと思い込んでいる)
 
なお男子部員にも個人的に4000円出して定期券を買っている生徒が結構居た。
 

7月1日(金).
 
その日の朝、日和がトイレに行くと、ショーツが真っ赤に血で染まっていた。何?何?ぼくどこ怪我したの?
 
日和はいったん自分の部屋に戻ると、ショーツの替えと生理用ナプキン“肌思い”(なぜか持っている)を取り出し、ショーツを交換。新しいショーツにナプキンを付けてから穿いた。
 
「これってお股を怪我した時にも使えるんだよねー。筒井康隆さんの本にあったもん。なんかでお股怪我した時に、ナプキン取り付けてたって」(*12)
 
などと考え、取り敢えずそれで様子を見ることにした。念のためナプキンの替えを入れたナプキン入れ(なぜか持ってる)を通学鞄に入れた。
 
血だらけになったショーツは黒い袋に入れて台所の生ゴミ入れに捨ててしまった。
 
(*12) 筒井康隆の短編集に書かれているものだが多分実話。筒井氏はこのナプキンを歩いている最中に落っことしてしまう。トランクスとナプキンの相性は最悪である。ナプキンを使うならショーツを穿こう。
 

7月1日(金).
 
この日有休をもらった春貴はしっかり仮免試験に合格し。午後からは教習用のトラックを運転して路上教習に出た。
 
この日は部活もお休みにさせてもらったので、夕方アパートで夕食を取っていたら、大型車が止まる音がして、やがてドアがノックされた。
 
「はい」
「播磨工務店の清川です。千里さんから言われて奥村さんに実車練習をさせてあげてということだったので」
「ありがとうございます!」
 
それで清川は、持って来た三菱ふそうSuper Greatの10tトラックの前後に“仮免許練習中”の札を付けた。それで春貴が運転席に座り、清川が横に乗って、運転練習に出た。国道160号を北に向かう。
 
市街地を走る間は怖いが、氷見北ICの入口を過ぎると交通量が少なくなるので、だいぶ気楽になる。ただし道幅も狭くなる!ので道幅からはみださないよう充分な注意が必要である。特にカーブは注意が必要だが、国道160号のこの付近はカーブだらけである!(よい練習になる)
 
この日は道の駅“いおり”まで行き、休憩してから戻って来た。
 

「これ毎日やりましょう。明日・明後日は自動車学校での教習が終わったら連絡下さい。この車持ってきますから」
 
「ほんとにありがとうございます!」
 
翌日はR160を七尾市の起点(*13)まで走って七尾漁港で休憩。仮眠の後、帰りは夜中の誰も居ない道の駅“いおり”で駐車や方向転換の練習もした、
 
日曜は高速に乗って小矢部砺波JCTを通過し、福光ICまで往復して来た。高速は道幅が広いしカーブも少ないのでかえって一般道より運転が楽だった。
 
春貴は毎日清川とこのようなオプションの練習をしていたので早く運転が上達し、スムーズに教習も進んだのであった。
 
(*13) R160の起点は七尾市川原町交差点。小さな丁字路だが、国道159号、160号、249号という3つの国道の起点になっている。以前その丁のぶつかる部分(下図★)に、かまどや(当時は能登北限のお弁当屋さんだったかも?)があったが、交通量が凄まじく絶対に路上駐車など許されない場所のせいか移転したようである。
 

 
R159とR249は、起点(七尾市川原町交差点)と終点(金沢市武蔵交差点)が同じで経路の異なる国道である。R159はまっすぐ金沢に向かうが、R249は能登半島を一周してから金沢に向かう国道。ひのR249が全線開通したことから、戦前は能登半島に点在していた“陸地からはアクセスできず船でしか行けない集落”がほぼ解消された。
 
R160は高岡市で国道8号に合流する。この高岡市内の合流点の構造は北陸自動車道の終点・米原JCTと似ていて筆者は通る度にワクワクする。逆に国道8号から160号に入る所は難しく、初心者殺しである。
 

7月2日(土).
 
晃と舞花はフラミンゴで“自主トレ”をして、結構汗を掻いたので帰ろうと思った。まだ練習している愛佳たちに声を掛けてから2階控室に行き着替える。
 
実は管理人さんの好意で“汗で濡れた服のまま帰ったら風邪を引くかも”という配慮から、自主トレをしている時も、H南高の女子生徒はフラミンゴの1号控室を使ってもいいことになった。またH南高の男子生徒はフラミンゴの2号控室を使ってよいことになった。
 
それで1号控室で着替えていた時、舞花は晃がお腹に手を当てているのに気がついた。
 
「どうかした?」
「2〜3日前からお腹が痛くて。最近少し涼しいからお腹冷やしたかなあ」
「どのあたりが痛いの?」
「この辺り」
と言って、晃は下腹部のあたりに手をやる。
 
「うーん」
と舞花は腕を組んだ。
 
「きっと生理が近いのよ」
「え〜〜!?」
「今夜はこれを付けて寝なさい」
と言って四角く白くて、薄いビニールに包まれた小さなパックを渡す。
 

まさかこれって・・・
 
「これナプキン?」
「そうそう。女の子が生理の時に必要なもの」
「うーん」
 
「晃は女の子になったんだから生理もちゃんと処理しなきゃね」
「別に女の子とかなってないけど」
「いや、間違い無く君はもう女の子だ」
 
でもぼく最近部活で女の子たちと一緒に着替えていても何も感じないし(“最近”ではない気がするぞ)、心が女の子に近くなってきているのかなあ、と晃は思った。
 
「一応もらっておこうかな」
「ちゃんとショーツ穿いて付けなさいよ。トランクスではそれ安定しないから」
「安定しないだろうね!」
「付け方は分かる?」
「うん」
 
やはり付けてみたことあるな、と舞花は思った。
 
「交換する時は、トイレの棚にあるセンターイン使っていいから。センターインは私ので、お母ちゃんのはエリスだから」
「分かった」
 

晃は帰宅して御飯を食べた後、ほんとにお腹の痛みが引かないので、姉に言われたようにナプキンをショーツに取り付けて寝た。最近実は“タップ”されているので、ショーツしか穿いてなかった。
 
翌朝(7/3 Sun)トイレに行くと、ナプキンが真っ赤になっているのでびっくりした。
 
「これってほんとに生理だったりして」
と思ってから
「まさかね」
と思う。
 
でもナプキンは交換した方がいいなと思い、ショーツから取り外し丸める。姉がセンターイン使えと言ってたなと思い、センターインの普通の日用を1枚取って、シールを剥がし、ショーツに取り付けた。そして剥がしたシールで交換したナプキンを包み、更にトレペで包んで汚物入れに捨てた。
 
(↑ちゃんとナプキンの捨て方が分かっている)
 
これ日中に交換しないといけないかもと思い、晃はナプキンを更に2個取るとポケットに入れた。
 
「でもこれが生理だったら、ひょっとしてぼく、その内おっぱいも膨らんできたりして」
などと妄想した。
 
晃としては現在外見的に見える胸の膨らみはブレストフォームによるものと認識している。ブレストフォームなら触っても何も感じないし、心電図など取れないはずなのだが!?
 
「おっぱいも膨らんで来たら、2学期くらいからは女子制服で通学することになったりして??」
 
晃は既に自分が女子制服で通学しているという自覚が無い!
 

この日もフラミンゴで自主トレをしたが、練習の終わり、ふたりで着替えている時に舞花は晃に言った。
 
「生理来たみたいね」
「さすがに生理が来るわけないけど、お股から出血して、お姉ちゃんに言われてナプキン付けてたおかげで下着を汚さずに済んだよ」
 
いや、それが生理だと思うぞ。
 
「あんた女の子になったんだからこれからは毎月生理来るからさ、好みのナプキン買っておくといいよ」
「え?毎月こんなこと起きるの?」
「当然当然。一緒に買いに行こう」
と言って、舞花は晃を連れてウェルシアに行った。そして一緒にナプキンコーナーに行って商品を見る。“晃が先に立って”ナプキンコーナーに行ったので、以前からこのコーナーに来てたなと舞花は思った。結局ソフィのボディフィット羽根つき、普通の日用と夜用を買った。
 
「羽付きがいいの?お姉ちゃんから借りたのも羽が付いてたけど」
「スポーツするなら身体と下着がずれやすいから、羽無しでは絶対よれて外れてしまう。だからしっかり下着に固定される羽付きかいいんだよ」
 
「なるほどー」
 
「それと明日はこれ着けときなさい。明日は今日よりもっと多いから」
と言って、生理用ショーツを選んでくれた。
 
「これ着けてれば漏れても安心」
「うん」
 
お金は今日は舞花が出してあげた。後で母にもらうつもりである。
 

その日帰宅してから、晃はお風呂に入って、
「いったいどこから出血してるんだろう?特に傷口とか見当たらないけどなあ」
 
なとど思いながらお股を“開いて”洗っていた。あちこち触ってみるが、特に傷みを感じる場所は無い。
 
「でももし傷口があったらいけないから、今日は湯船には浸からずにシャワーだけにしておこうかな」
 
などと呟いた。
 
(うん、それが良いと思うぞ)
 

7月2日(土).
 
“墓場劇団”の新しい演目『炭泥物語』が金沢市内の小さな体育館を借りて上演された。この模様はいつものようにホーライTVの回線で中日本地区に有料ネット中継された(プレミアム会員は他地区からも視聴できる)。
 
「面白かった」
「いつもながら、いい意味で“くだらなかった”けど、結構笑った」
 
「カノンちゃん凄く女らしくなってる」
「セリフも多かったし、声が凄く女の子っぼくなってたね」
「もしかして去勢して声のピッチが上がったとか」
「実は性転換してたりして」
 
「通ってる中学のセーラー服着てる写真が投稿されてたね」
「セーラー服で通学してるの?」
「まさか。でもあれだけ女の子役がハマッてたら、いっそ本当に女の子にならない?とか、きっと言われてる」
「カノンは女の子になってもいいと思うよー」
「可愛いもんね〜」
 
「弟の方は似合ってない女装が面白い」
「あの子こそ去勢してあげたら少しは女らしくなるかも」
「兄弟から姉妹への華麗なる変身だな」
 
「もうひとり弟が居て、その子は女の子と見紛う美少女らしいよ。カノンは可愛い系だけど、下の弟は、お母さん似の正統派美人だって話」
 
「それはその内登場してくれることを期待したい」
「そんなに美人なら、早めに去勢したほうがいいな」
「そんな美少女が男っぽくなったりしたら日本の損失だよね」
 
「成仏霊子さん、久しぶりの登場だったね」
「いや退団していたはず」
「そうだったんだ?」
「黒衣魔女が直前に体調崩して入院したからピンチヒッターらしいよ」
「へー。でも成仏さんの演技は見てて安心できる。絶対何か笑わせてくれるもん」
「機転の利かない黒衣より、成仏で良かったんじゃない?」
 

7月2日(土).
 
彪志の休暇が終わり、浦和に戻るので、青葉はムーランエアーに電話して、この日のお昼くらいに、適当な機体で能登から熊谷まで飛びたいと申し込んでいた。すると
 
「その日ちょうど熊谷から能登に飛ぶ便があるので、その帰りの便でもよいですか」
と訊かれた。
 
青葉はあまり深く考えずに「いいですよ」と答えておいた。
 
青葉は結局、6月29日からこの日まで約4日間、伏木の自分の部屋で、ひたすら寝ていた。彪志はもっとイチャイチャしたかったが、疲れているのだろうと、ずっと寝せていた。食事の時だけ起こして居間に連れていった。
 
「ごめんねー。もっとセックスしたいよね」
「充分してるよ」
「私が寝てても勝手にしていいからね」
「触ったりするのは勝手にしてる」
 
そういう訳で、青葉は結局家の中の様子なども見ていない!
 

青葉はこの日、ドライバーの初海を呼び出し、10時頃、マーチニスモで能登空港まで送ってもらった。マーチを使うのは1月23日に津幡から熊谷に逃亡!して以来だが、車は主として真珠が時々動かしてバッテリーが上がらないようにしてくれていたらしい。
 

能登空港の駐車場に駐める。初海はトイレに行った後、車で待機していますというので青葉と彪志の2人で2階の出発ロビーに上がる。
 
一般の旅客機離着陸時間ではないようで、人は全然居ない。彪志が売店でお土産を買う。青葉は人目の無いのをいいことに、柱の陰で彪志とキスした。彪志が検査場を通るのを手を振って見送る。3階の送迎デッキに上り、Honda-JetDeepBlueが離陸していくのをやはり手を振って見送った。
 
「あれ〜、ホンダジェットのブルーの機体ってあんな色だったっけ?」
などと青葉は呟くように言った(*14).
 
青葉は帰ろうと思い、昂揚した気分のまま、エスカレーターで1階まで降りた。そこに青葉が予想しなかった人たちの姿があった。
 
「大宮万葉先生、お帰りなさい。金メダルおめでとうございます」
と言って、満面の笑顔で青葉にケーキの箱を渡す秋風コスモスの姿である。
 
青葉は思わず
「ありがとう」
と言ってケーキの箱を受け取ってしまった。
 
その瞬間「負けた!」と思った。
 

「大宮万葉先生、金メダルおめでとうございます」
と3人仲良く合唱するように、UFOのユニ・フーガ・オクの3人が笑顔で頭を下げた。そしてラピスラズリの町田朱美と東雲はるこも笑顔で会釈をした。
 
そして難しい顔をしたケイも
「青葉おかえり。待ってたよ」
と言った。
 
青葉は涙が出て来た。
「私、どこに連れて行かれるの?」
 
するとコスモスは笑顔で言った。
「大宮先生の御自宅にお邪魔していいてすか?」
 
「・・・いいけど」
 

「道々話したいので先生の車に同乗させてください」
とコスモスが言う。
 
それで初海が運転する青葉のマーチ・ニスモにコスモスとケイが同乗。いつの間にか能登空港の駐車場に来ていた〒〒テレビの報道部の運転手さんが運転するエスティマに、UFOとラピスラズリが乗って、一緒に高岡市伏木の青葉の家に向かった。
 

(*14) この機体は2022年3月に納入された新型"Elite S" である。ラピスラズリはこれまで2020年5月からレンタル使用し、2021年5月付けで§§ホールディングが買い取った"Blue"に乗っていたのだが、この機体はホンダジェットの初期仕様の機体で定員6名であった。他の5機は"Elite"という2018年仕様のものでトイレが座席としても使えるようになり定員7名となっている。そこでラビスラズリは7人乗りのこの新型"Deepsea Blue"の機体に移動することになったのである(*15).
 
※郷愁飛行場に駐機しているHonda-Jet
 
●§§ホールディング所有
2020.05.01 Blue (旧)Lapis Lazuli
2020.12.01 Red アクア
2021.04.24 Orange 常滑真音
2021.07.27 Yellow リズム・セシルなど
2021.07.27 Silver ビーナ・松梨詩恩など
2021.12 Tiger:(後述)
2022.03 Gold:
2022.03 Deepsea Blue:(新)Lapis Lazuli
 
●その他
2022.02 Black 千里所有
2020.12 Green N航空所有
 

アクアにも
「新型に移動する?」
と尋ねたが
「赤に慣れてるから、そのままで」
ということだった。それで舞音に
 
「新型が空いてるけど移動する?」
と尋ねたら
「オレンジの機体にずっと乗ってて、それとともに売れてきてゲンがいいからそのままで」
 
ということであった。
 

それで現在、Gold, (旧)Blueの2機が空いている。ただし最近セシルの移動が多いのでセシルにも専用機を割り当てる可能性がある。現在はリズム・ルビーなどと共用である。
 
Tigerは、今の所、夕波もえこ、薬王みなみ、古屋あらた、松島ふうか、付近が頻繁に使用している。Tigerの絵を描いたのも夕波もえこである。この4人は“常滑真音の次”を狙っているグループで、ギャラもかなり高額になってきつつある。鈴鹿あまめはこのグループのトップ(4人から“親分”と呼ばれている)だが、あけぼのテレビの事実上の看板キャスターなので、仕事の性質上、めったなことでは東京を離れられない。
 
しかし全世界で200機ちょっとしか飛んでいないホンダジェットの内、実に10機がこの飛行場に集まっている。写真を撮りに来るマニアも多いが、稼働率が高いので、なかなか多くの機体は撮影できないようである。今年の昇格試験の時は6機揃っていて、この撮影に成功した人が数人居た。Tigerはその直後に塗り直したので貴重な写真である。
 

(*15) ホンダジェットの色は、初期版では red, silver, blue, green, yellow の5色だったが、2018年発売の"Elite"で、Ice Blue, Ruby Red, Monarch Orange の3色が追加された。そして2021年発売の"Elite S"で、Gunmetal, Luxe Gold, Deep Sea Blue が追加された。
 
千里のBlackはGunmetalに似ているが、更に黒い色で塗ったスペシャル塗装である。またGunmetalは縁取りが黄色だが、千里のブラックは縁取りシルバーである。
 
 
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【春零】(1)