【春洪】(1)

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6月14日(火).
 
ハンガリー国内の地方都市、ホードメゼーヴァーシャールヘイ (Hódmezővásárhely) での水泳日本代表の合宿は終了した。
 
選手たちは、バスでブダペストに移動して、選手宿舎または市内のホテルに宿泊する。
 
世界選手権に出ない選手は日本水連が押さえた観客席で世界水泳を見学する。
 
但し、見学しないで帰国して練習したい!という選手、また所属クラブから感染危険回避のため見学せずに帰るよう指令が出ている選手は後述のルートで帰国する。
 

6月15日(水).
 
分離合宿組の移動が行われた。移動は、ムーランが元々ドイツで登録して、ヨーロッパで運用していた Cessna Citation Jet C14 (乗客定員8名)と Canadair CRJ700 (乗客定員70名)を使用して行われた。
 
LBG->VIE パリ組 (CRJ700)
GRX->VIE グラナダ組 (C14)
 
世界水泳に出る選手が合宿しているこの2ヶ所から、CRJ700とC14でメンバーをウィーン空港に運んだ。
 
パリ組13名(コーチを含む)は「こんな大きな飛行機に俺たちだけ?」と落ち着かない様子だった。
 

一方のグラナダ組は定員に近い。
 
「ホンダジェットより少しだけ広いね」
「でも定員はほぼ同じ!」
「まあホンダジェットの7名というのはコーパイ席とトイレ席にも人を乗せた場合だから」
「これはキャビン席6と補助席2か」
 
(コーパイ席にも客を乗せると実は9人乗る:この飛行機は通常クルー2名で運航するが、1名でも飛ばせる。ムーランは念のため副操縦士も乗せて2名運航にした)
 
「でもトイレ自体はホンダジェットの方が広い」
「その代わり、こちらは洗面台が付いてる」
 
補助席には(選手ではない)南野里美が座る予定だったが、筒石が
 
「女性をそんな所に載せられない」
と言って自分が補助席に座ったので、座席はこのような配置になった。
 

 
後ろ向きの席:川上・南野
それと向かい合う席:金堂・竹下
その後ろの席:山先・星田
 
向かい合う4席に女性4人が座る形になった。補助席の筒石の横には空席がある。青葉は多分そこにマラが乗ったなと思った(そのために筒石は補助席を選んだのでは??)。
 

ウィーンに移動した20名は、ウィーン郊外にあるZZ社の友好企業が所有するプールで練習することができる。実はウィーンは国境をまたぐものの、ブダペストに、とても近い場所にある。道のり240kmほどで約3時間で移動できるので、ここでギリギリまで待機するのである。
 
(国境は跨ぐが、万一コロナか戦争で国境が閉鎖される事態が起きたら、きっと大会も中止されているし、その時はどう考えてもブダペストよりウィーンが安全)
 
ここのプールは短水路10レーンで、これをグラナダ組6人とパリ組12人の合計18人の選手が共用することになる。24時間使用できるようにしているが、9人ずつ3時間交替で使用することにした。
 
なお、青葉は“マラ”に
「筒石さんに、絶対宿舎を汚させないようにさせて」
と厳命した。
 
「グラナダの宿舎ごめんねー。掃除できる?」
「あれは修復不能だから、ユニットまるごと交換する」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 
人間のマソのほうはきちんとした性格だが、幽霊のマラはわりと適当な性格である。だから筒石と合うのだろうが。
 
マソは筒石には全く興味無いし、別の男と結婚すると宣言している。ただ自分の子供を産んだ後なら、筒石の子供をマラの代わりに人工授精で産んであげてもいいと言っている。
 
しかしどうしたらベッドの脚が折れるのか理解できない!床には焼け焦げもあったし、カップ麺のお湯を床にそのまま流していたっぽくて、匂いが酷く清掃不能と思われた。
 
ま、最初からユニット交換するつもりだったけどね!
 
ユニット交換作業は世界水泳の後、7月くらいにやると千里姉は言っていた。
 

一方、マルセイユ組とフランクフルト組で、世界水泳を見学する選手(2名+6名)は6月12日に、C14をマルセイユ(MRS)→フランクフルト(QEF)→ウィーン(VIE)と運航してウィーンに運び、そこからムーランが手配したバスでブダペストに入って、水連が手配しているホテルに泊まった。
 
なお QEF はフランクフルト・エーゲルスバッハ空港である。フランクフルト近郊にある小さな空港で滑走路も1400mしかないが、C14は離陸滑走路長が1039mで済む(*34) ので利用できる。
 
(*34) 民間航空機の離陸に必要な滑走路長は、着陸に必要な滑走路長より長い。これは離陸のための滑走をしている最中に何かのトラブルで離陸を中止しなければならなくなった時に、安全に停止できる距離が必要であるため。だから航空機のスペックでは通常、離陸に必要な滑走路長のみが記載されている。ちなみにC14の着陸滑走路長は896mである。この長さのある飛行場になら着陸できるが、離陸する時はバクチになる!
 

帰国する選手・スタッフたちの移動はこのように行われた。
 
6月7日、カネ・タン・ルシヨン組の多くがブダペストに移動する日、帰国する予定の選手・スタッフはバスで3時間ほど掛けて、マルセイユに移動。市内のホテルに宿泊した。
 
アンドラ組は世界水泳出場者のみである(マルセイユに移動した場合、3時間で行ける)。
 
6月11日、フランクフルト組で帰国する選手・スタッフ7名は、フランクフルト・エーゲルスバッハ空港からC14でマルセイユに移動し、ホテルに入った。
 
6月12日、マルセイユ組で帰国する、津幡組の福山と広島、ZZスポーツクラブの永井・七剣、STスイミングクラブの田口の5名は、千里自身が運転するマイクロバスでマルセイユ空港に移動した。そして前日までにマルセイユに集まっていた帰国組とともに、ムーランのA330に乗って帰国した。
 
「あ、千里さんも一緒にご帰国ですか?」
「そうそう。国内の仕事が溜まってるみたいだから」
「大変ですねー」
などと話していたが、この“千里”は実はヨーロッパで本物の千里(2B)をサポートしていた朱雀(すーちゃん)である。帰国したら半月ほど休みをもらえることになっている。「この1ヶ月ほど大変だったなあ」と彼女は思っていた。
 

「でも私たちフランスまで来て、何も観光しないでひたすら泳いでいたって、ストイックね」
などと永井たちは言っていた。
 
「グラナダは男女半々だったらしいけど、マルセイユは女ばかりだから気兼ねも無かったしね」
「なんかそれをいいことに、裸で歩き回ってた子がいたけど」
「裸で泳いでいる子もいた」
 
「夏鈴、入出国審査の時に係員が少し悩んでたね」
「男に見えるのにSEX:Fと書かれているからね」
「でも最近そういう人多いし」
「パスポートの写真も丸坊主だから問題無い」
 
夏鈴が頭を丸刈りにしているのは男になりたい訳ではなく、水泳のスピードアップのためである。
 

「夏鈴、美容師さんに髪を切ってもらう時も、美容師さん、最初はてっきり男の子と思ってて、途中で女と気づいて『なんで丸刈りなの〜?』と驚いてたね」
 
「それは日本でも日常茶飯事」
「でも夏鈴のロングヘアとかを想像できない」
「私、中学の時からこれやってるから、競技引退した後、ちゃんと女に戻れるか自信が無い」
 
「何ふざけてセーラー服とか着てるの?ちゃんと男子制服に着替えなさいと先生から言われてたとか」
「ごく普通の日常風景」
 
「女子トイレ使ってて警察に逮捕されたことも何度かあるという噂が」
「女と分かったら解放してくれたよ」
 
「オナベバーに勧誘されたという噂も」
「水泳の練習してたいから断った」
 
「夏鈴、女の子と結婚すればいいよ。奧さんになりたいという女の子はたくさん居るよ」
「私、女の子からのファンメールばかり」
 
選手を集める場所にマルセイユが使われたのは、フランクフルトのような大空港を避けたのと、数の多いカネ組が短時間で来られるからである。そしてフランクフルト組はエーゲルスバッハ空港が使えた。大都市の近くで小さくプライベート機が使いやすい空港はほんとに便利である。
 

Flight Schedule
 
6.07 A330 PGF -> BUD (カネ組)
6.10 CRJ700 BCN -> BUD (アンドラ組)
6.11 C14 QEF -> MRS (フランクフルト帰国者)
6.12 A330 MRS -> HND (帰国)
6.12 C14 MRS -> QEF -> VIE (フランクフルト・マルセイユの見学者)
6.15 CRJ700 LBG -> VIE (パリ組選手等)
6.15 C14 GRX -> VIE (グラナダ組選手等)
 

ハンガリーは、中央ヨーロッパの共和国である。
 
漢字では「洪牙利」と表記され、「洪」と略される。
 
北にスロバキア、北東にウクライナ、東にルーマニア、南にセルビアとクロアティア、南西にスロベニア、西にオーストリアと国境を接している。
 

 
かつてはハプスブルク家の支配を受け“オーストリア・ハンガリー二重帝国”となっていたが、第一次世界大戦後、ハンガリー人民共和国、ハンガリー・ソビエト共和国などという混乱の時期を経てトリアノン条約により、ほぼ現在の国境が画定した。この時、領土が随分狭くなり、ハンガリー人の半数が“海外”に取り残される結果となって、かなりのパニックが起きている。
 
“ハンガリー王国”という国王の居ない不思議な王国の時代を経て、第二次世界大戦後は、ハンガリー共和国(第二共和国)となってソビエト連邦の衛星国に。ソ連崩壊後、1989年に民主主義が回復され、ハンガリー共和国(第三共和国)となる。1999年NATOに加盟、2004年にEU加盟、2007年にはにシェンゲン圏に入った。2011年に国名をハンガリー共和国からハンガリーに変更している。
 

ハンガリーは古い歴史を辿れば、フン族の末裔の国のひとつである。フン族の実態については実際問題としてよく分かっておらず、中国に現れた匈奴と同じ部族ではという説もあるが定かではない(それで中国語では匈牙利と書く)。
 
中央アジアの放牧民族だったと見られるが、370年頃にヴォルガ川を越えて黒海西岸に侵入、次々と勢力地を広げていった。彼らに追われる形で375年、ゴート族がローマ帝国支配域に侵入、その先は玉突きのように様々な民族があちこち移動して、300年ほどにわたる民族大移動の時代を到来させた。
 
フン族に特徴的なのが頭骨変形で、赤ちゃんの内に頭骨を細く縛り、細長い頭蓋骨にしていた。鼻は潰してしまう習慣があった。また男の子には小さい内から剣で顔を切って傷跡を付ける習慣などもあったらしい。傷が多いほど勇敢な印??
 
(誰ですか?「この子は女の子として育てますから顔に傷は付けないで」と母親が可愛い美少年子をかばう、なんてシチュエーション考えた人は?)
 
むろん現代のハンガリーやブルガリアにはこのような野蛮や習慣は存在しない。
 
フン族は馬に乗って走りながら弓矢を射るという戦法を使用したので、馬に乗る習慣の無かったヨーロッパ人(馬は馬車を牽引するのにしか使っていなかった)は、最初ケンタウロスみたいな馬人間が攻めてきたかと思ったなどとも言う。
 
フン族の末裔を名乗る民族は実はかなり多数あるのだが、わりと確かと思われるのがハンガリー人とブルガリア人である。よく誤解されるのがフィン人(フィンランドの国民)だが、彼らはフン族より遙か昔、4000年ほど前にヨーロッパに到達した民族で、フン族と直接は関係ない。ただ、元々は同系の民族グループであったようで、フィン人たちは
 
「俺たちの先祖は間違ってこんな寒い国に来てしまった。ハンガリー人たちは正しく温かい国に行った」
などと言うらしい。
 

Hungaryという言葉の語源は、Hun + Oungroi と言われ、前半がフン族を意味し、後半は“10の部族”という意味で、多数の民族から成る多民族国家を意味する。
 
現在のハンガリー人は細かく言うと108族くらいになるらしいが、830年頃に現在のハンガリー人たちの祖先がこの地に到来して国を作った時、その構成部族の大きな7支族(Jenő, Kér, Keszi, Kürt-Gyarmat, Megyer, Nyék Tarján)の中で中心になったMegyer族の名前がハンガリー人の代表名としても使用されるようになった。それで彼らは現在マジャル(Magyar)人を自称し、本来の国名もマジャロルサーグ(Magyarország)(“マジャル人の土地”の意味)である。
 
なおハンガリー語は日本語同様、短母音と長母音を明確に区別し長母音の上にはエーケゼット(ékezet↓参照)を付けるので長音記号の無い文字を長母音で読んではいけない。"Magyar"は“マジャル”であって“マジャール”ではない。(マジャールと読むのは赤坂をアカサーカと読むようなもの)。
 
a e i o u の長音→á é í ó ú
ö ü の長音→ ő ű
 

ハンガリーの首都はブダペスト(Budapest)である。実際の発音は“ブダペシュト”くらいらしい。この町は、ドナウ川を挟んだ2つの町、西岸のブダと東岸のペシュトが合わせてひとつの町として発展したため、両地区の名前を合体させたものてある(那智勝浦町タイプ)。ブダは↑上述のフン族の王アッティラの兄・ブレダの名前が語源であるとする伝説がある。
 
最寄りの空港はリスト・フェレンツ国際空港 (Budapest Liszt Ferenc nemzetközi repülőtér) である。リスト・フェレンツとはハンガリー出身の作曲家フランツ・リストのハンガリー名で、彼の名前にちなんだものである。
 
ハンガリー人の名前は日本と同様に苗字を先に書くので、リスト・フェレンツのリストが苗字である。
 

今回津幡組で世界水泳に出場するのは下記である。
 
川上 400iM 800 1500
金堂 200iM 400iM 400 800
竹下 200iM 400 1500
筒石 400 1500
 
競技は6月18日(土)から始まっるので、ウィーンで練習していたメンバーは前日バスでブダペストに移動して、指定の宿舎に入った。
 
6月18日(土).
 
9:00から女子200m個人メドレーの予選があり、金堂・竹下ともに準決勝に進出した。9:16から男子400mの予選があり、筒石は決勝に進出した。10:11には女子400mの予選があり、竹下・金堂ともに決勝に進出した。
 
基本的に他の水泳大会と同様に、午前中に予選があり、夕方から決勝が行われる方式である。
 
18:05 男子400mの決勝が行われたが、筒石は2位で金メダルは逃したものの、銀メダルである(東京五輪で金)。1位とは0.02秒差で、物凄く惜しかった。
 
18:41から女子400mの決勝があった。竹下3位、金堂4位に見えたのだが、トップで入ったように見えた選手にフライングがあったとして失格になってしまった。それで繰り上がって、竹下が2位、金堂が3位となった。
 
19:04から200m個人メドレーの準決勝がある。金堂・竹下ともに今400m決勝を泳いだばかりだったが、この種目でも決勝に進出(7位と8位)してタフなところを見せた。
 

6月19日(日).
 
10:17から女子1500mの予選があり、青葉も竹下リルも決勝に進出した。
 
夕方 19:37からは女子200m個人メドレーの決勝が行われ、金堂が自らの持つ日本記録を更新する2:08.50で、東京五輪に続く金メダルを取った。彼女は“個人メドレー第一人者”の地位をキープした。竹下も3位に入った。
 

この日、FINA(国際水泳連盟:会長=フサイン・アル・ムサラム(クウェート))は、性別移行選手の参加資格について衝撃的な発表をおこなった。FINAが性別移行選手の参加資格を厳しくしそうであるというのは春頃から噂されていた。
 
それは何と言ってもアメリカの大学生の大会で男子から女子へ性別移行した選手リア・トーマス (Lia Catherine Thomas 185cm)が、2019年までは男子のトップクラスの選手として活躍していたのに性別を変更したからといって2021年度から女子選手として大会に出場し、メダルを総なめにしているのが問題になっていたからである。
 
トーマスの女子としての参加資格には多くの疑問の声があがっていた。トーマスは2024年オリンピックを目指すと公言しており、FINAとしては何らかの対策を緊急に講じる必要に迫られていた。
 
しかしこの日FINAが出した声明は驚くほど厳しいものであった。
 
(1) MTF選手が女子として“エリート大会”に出場できるのは、12歳未満で性転換したか、あるいはターナー2段階以上での男性思春期を経験していない場合に限る。
 
ターナー2とは、睾丸が1.6-6ml(長さ2.5-3.2cm)の状態。陰茎は幼児型。これは一般的には小学3年生程度以下の男性器である。
 
(2) FTMしようとして中断した選手がエリート大会に女子として出場できるのは、テストステロンの使用期間が合計で1年に満たず、同治療が思春期に行われておらず、血清中のテストステロン値が治療前のレベルに戻っている場合のみとする。
 
(3) 性別によらず出場できるオープン(open)というカテゴリーを新設する。
 
これによってリア・とトーマスは世界水泳やオリンピック、全米選手権などの大きな大会に出場する資格を失うことになる。
 

この提案は6月19日(日)のFINA委員会で70%の賛成により承認された。そして翌日20日(月)から施行するとした。
 
しかし70%の賛成ということは反対または棄権した委員が3割いたということでもある。
 
一方IOCは2021年11月に「性別を理由に(Basis of Gender Identity and Sex Variations)選手が競技会から排除されることはあってはならない」という声明を出している。
 
性的少数者のスポーツ選手を支援している非営利団体"Athlete Ally"の Anne LiebermanはFINAの声明を批判して次のように述べている。
 
「FINAの酷く差別的で有害で非科学的な新方針は、IOCの公平性に関するフレームワークに反している。新方針で述べられている性ホルモンに関する基準は結果的に全ての女性の身体を取り締まるものである」
 
リバーマンの言葉を補足すると、性別を理由に競技会から締め出してはいけないとIOCが言っているのにトーマスは実質排除されたこと。オープンというカテゴリーを作るとは言っているが、その運営方法について全く決まっていない段階で取り敢えず排除したのは酷い。せめて1年程度の猶予期間を設けるべきだった。
 
IOCの基準では女子選手が男子として出場するには自分は男であると宣言する必要があるし、その場合男子水着を着けろということになり、多くの性転換選手は拒否するだろう。結局全ての競技会から排除されたことになり、IOCのポリシー違反である。
 
またFTM中断の場合の基準については、各々の女子選手が過去に男性ホルモンの服用を1年以上していないというのをどう証明させるつもりなのか全く不明確である。現役水泳選手のみならず“全ての女性”の身体を取り締まろうとしているということになる。
 

テンプル大学病院で性転換治療を行っているAlireza Hamidian Jahromi 医師は
「12歳という基準の意味が分からない。第二次成長が始まる時期は個人によってかなり差があるのに」
と述べている。またJahromi医師は
 
「性別移行には、社会的移行、ホルモン治療、性別再設定手術という3つの段階があるがFINAのいう性別移行がどれを指すか曖昧だ。12歳以前に性別再設定手術を終えておけというのであれば全く不可能なことを要求している」
とも指摘する。
 
現在、性別移行者の健康に関する世界専門協会 (The World Professional Association for Transgender Health) は、ホルモン治療の年齢下限を14歳、何らかの手術をする場合、15歳か17歳と定めている。
 

FINAのスポークスマン James Pearce はこのように述べている。
 
「我々は性別を移行したい人は11歳までに性転換手術を受けろと言っているのではないし、12歳を過ぎたら女子選手になるのは諦めろと言っているわけではない。第二次性徴の発現時期を過ぎても、女性になりたい人は勇気を持って性別を変えてよい。ただ男性としての第二次性徴を経験している人はどうしても普通の女性より有利になる。それをオープンカテゴリーで吸収したいのだ」
 
「確かにオープンカテゴリーに関する議論は今から始めなければならない。しかしそれは極めて魅力的なものとなるだろう。トランスジェンダーの人だけでなく様々な性別傾向の人を含めることができるのではないか。また性別の度合いに関して何らかの尺度を導入することになるかも知れない。また日程的に現在の国内大会と一緒にオープンの予選をすることは厳しいかもしれないが、別日程で開催する手もあるのではないか」
 

オーストラリアの男子元水泳チャンピオン、イアン・ソープはFINAの声明に反対であると述べた。
 
「過去にオリンピックに出場したMTF選手は数人居るが、実際には上位まで行った選手はほとんど居ない。12歳以前に性別移行した選手だけが女子として参加できるというのは厳しすぎる。これは単にリア・トーマスに対する嫌がらせの一時しのぎであり、結果的に多数の性転換選手が巻き添えを食う形になる」
 
「実際に参加させてみればよいではないか。どうせ大した成績をあげられないから。それに性別というものは単純なものではない。様々な傾向の人がいるので、それについてもっとしっかりした専門家で協議して、新しい方針を決めるべきだ」
 

※以上は当時の幾つかのニューサイトの記事を参考にまとめた。若干意訳させてもらったり言葉が足りない所を補充したりもしたが、酷い誤訳があったらごめんなさい。
 
CNN.com
NewYorkTimes
espn.com
Guardian
 

青葉は報道を見て、それで私、女性ホルモンの摂取開始時期を執拗に調べられたのかと納得が行った。しかしこの基準はさすがに行きすぎじゃない?これまでのIOCの基準は女性ホルモン優位の状態が1年以上続いている場合としていたけど、以前は2年間が要求されていた。むしろ以前の2年間に戻したほうがいいのではないか。2年も経てば男性時代の筋肉はさすがに消失すると思う。
 
それにしても、リア・トーマスみたいに男子のトップを争っていた人が、ちんちん切ったから女子選手として参加させてくださいというのは酷いよとも思う。性転換以前の体格や運動能力にある程度の基準を設ける必要は感じる。でないと、どうかした国家では優勝できない微妙なレベルの男子選手を強制的に性転換させて女子のカテゴリーに出すような行為が横行してしまう。
 
昔オリンピックにセックスチェックが導入されたのも、共産国家が半陰陽の選手を女子として出場させて上位に入賞させるという行為をしていたためだ。当時活躍した半陰陽選手は実際には睾丸のある人が多かったという。写真など見ても男にしか見えない。
 
「でも私、東京オリンピックで引退してたらこんな面倒に巻き込まれなかったのに」
などとも思った。
 
今からでも引退しちゃおうか?
 
でも引退したら、アメリカに行ってNASAの訓練受けてこないといけない!!
 
前門の狼、後門の虎だったっけ?
 
(逆!!「前門の虎、後門の狼」)
 

6月20日 18:11、女子1500mの決勝が行われた。この種目で青葉に0.03秒差付けて竹下リルが優勝。2位の人はリルに0.01秒遅れ、青葉は3位だった。
 
1〜3位はほとんど同着に見えたが、青葉が先頭だったという多くの声があがり、ビデオを再確認される。すると竹下リル(181cm)の指が最初にタッチし、続いて2位の人(175cm)の指がタッチして、青葉(161cm)の指タッチは3位であったことが確認された。
 
リルは東京では銅メダルだったので大喜びしていた。青葉も3位の表彰台で彼女とハグしあって祝福した。
 
この日、競技が終わって宿舎に帰ろうと会場の建物を出た所で電話が掛かってくる。千里姉である。いきなり叱られた!
 
「青葉何やってんのさ?性転換選手締め出しの報道に動揺してない?」
「動揺しなかったといえば嘘になる」
「青葉は間違いなく女の子なんだから、自信を持ちなよ。レースに集中しなかったら勝てるものも勝てないよ」
「確かにそうだよね。800mでは頑張る」
「青葉が女として自信持てるように手配するから」
「は!?」
 
何それ〜!?
 
と思いながらホテルへのバスに乗る。31階の自分の部屋のあるフロアに行く。これが現地時刻で6/20 19:30、日本時刻で6/21 2:30AM 頃であった。
 

青葉がドアを開けたら目の前に男性がいたので、思わず声を挙げそうになったが、よく見ると彪志だった!
 
私、今悲鳴あげなくて良かった!と思う。
 
「彪志、なんでこんな所に居るのさ?」
「青葉!?ここどこ?」
「どこってブダペストのホテルだけど」
「嘘!?なんで俺、そんな所に居るの??」
「こちらが訊きたいけど・・・」
と言ってから、千里姉の言葉を思い出す。
 
“女として自信持てるようにって・・・”
 
でもいいかな。
 

それで青葉は言った。
 
「彪志セックスしよう」
「え〜〜?まだ大会中なんだろう?いいの?」
 
これまでも青葉は大会中は彪志にはセックスを遠慮してもらっていた。でも今日はしていいと思った。千里姉に乗せられる形だけど。
 
「気分転換に今日はしたい気分なの」
「そ?そう?」
「出しちゃった後とか?」
「いや仕事が忙しくてもう3〜4日してない」
「だったらできるね」
と言って、青葉は彪志にキスをした。
 
「待って!お風呂に入ってから」
「じゃ私が先にシャワー浴びていい?」
「うん。先にして!」
 

それで青葉は先にバスルームに入り、身体を洗って、拭いてから裸のままでバスルームを出た。そして彪志の視線を感じながらそのままベッドに入った。
 
「お風呂どうぞ」
「うん」
 
それで彪志は1分でバスルームから出て来た。たぶんあそこしか洗ってない。
 
ベッドに入ってくる。
 
「していい?」
「どうぞ、私の旦那様」
「うん。あ、避妊具持ってない」
 
青葉は
「どこかにあったはず」
と言って、バッグに手を伸ばす。生理用品入れに多分・・・あった!
 
「あったよ」
「さんきゅ」
と言って彼が装着する。
 
「じゃ行くよ」
「どうぞ」
 

それで彪志は青葉の身体を愛撫し、乳首をすったり、あそこを揉んだりしていた。青葉もかなりの興奮度になる。濡れているのが分かる。彪志とは・・・3月13日に郷愁村でデートして以来!?わー。私、3ヶ月も彪志を放っておいたのか、ごめんねーと心の中で思う。すると何だか物凄く燃えた。
 
それで彪志がわずか20秒くらいで逝ってしまった後も
「あ、抜かないで」
と言って、青葉はバッグの中に入っているビニール手袋を取り出して左手(青葉の利き手)に填め、あそこに入れる。
 
「ちょっとぉ」
「大丈夫。痛くないようにするから」
と言って、たぶんこの付近のはずと思う所を刺激した。
 
「何この感覚!?」
と彪志が声を出している。彪志のここを刺激したのは初めて。
 
「ひぃー」
と彪志が声を挙げる。ヤミツキにならなきゃいいけど、という気はした。
 
そして彼は“射精しないまま”逝った。
 
「逝った気がするんだけど何も出なかった」
 
「ドライだね。こちらの方が好きなら今度からはこれしてあげる」
 
実は射精の直後に前立腺を刺激するとドライで逝きやすい。
 
「ううん。これも凄く気持ち良かったけど、射精する方がいい」
「了解了解。もう1枚あるから交換して」
「うん」
 

それで彪志は避妊具を交換した。
 
2度も逝った後なのですぐには堅くならない。でも青葉が手で刺激してあげていたら少し堅くなってきた。
 
「いけるかも」
「入ってきて」
「うん」
 
それで彪志は再突入をしてきた。さすがに時間が掛かる。彪志の腰大丈夫かな?私が上になればよかったかな?と思ったが、彼は10分くらい頑張って何とか逝けた。
 
でも力尽きたみたいで、青葉の身体に体重を乗せてくる。
 
重い!
 
と思ったら彪志の姿は消えていた。
 
あ、日本に戻されたのかなと思った。
 
時計を見ると21時である。1時間半くらい彪志はこちらに居たことになる。夢でも見たかと思うかもね。私もいい夢を見たと思おうと考え、目を閉じていたら、心地良い疲労感が自分を睡眠に連れて行った。
 

翌朝、青葉は裸で寝ていた。彪志とのことはリアルだったのか夢だったのかよく分からない。でもスマホ見たら、彪志からメールが来ていて
 
「青葉、帰国したら1度デートしてくれない?あまりの寂しさに昨夜は青葉とセックスした夢を見ちゃった」
などと書かれていた。
 
うふふ。やはり彪志は夢と思ってるのね。普通そう思うよね〜。
 
まったくちー姉も親切すぎる!
 
でも確かに自分が女であるという自信を結構回復した気がした。
 
彪志の服が丸ごと一式残されていた。うふふ。帰国してから渡してあげよ。
 

青葉は千里姉に電話した。千里姉の電話番号はいくつもあって訳が分からないのだが、昨日掛かって来た番号にコールバックした。
 
「私、今日・明日はたっぷり泳ぎたいから、そちらに私を転送してくれない?」
「OKOK。身代わりと入れ換えるね」
 
それで青葉は千里の居る所に移動した。
 
「ここはグラナダ?」
「そうそう。部屋はそのままだから自由に使ってね。食事はメイドを呼べば持って来てくれるから」
「グラシャス」
 

それで青葉は6月21,22日はたっぷり泳いだのである。ウィーンに移動して以来、充分泳げていなかったので結構ストレスも溜まっていたが、この2日間ひたすら泳いだことで、かなり心も充足した。
 
そして青葉は23日(木) の朝にブダペストに戻された。
 
10:35から800mの予選が行われる。無心でスタート台に立つ。号砲から一呼吸置いて飛び込む。そして無心に泳いだ。あまりにも無心だったのでゴールしたのに気付かずターンして更に10mくらい泳いだ所で
「Kawakami Stop!!!」
という大きな声で気付いて停まった!!
 
停められた時青葉はゴールしていたことに気付かず、私ターン不正だった?などと焦った。実際はぶっち切りの予選1位だった。しかも日本記録だった!!
 
自身が東京五輪で出した記録を上回る 8:07.88 をマークしていた。後から
「普通にゴールしてたらもっといいタイムだったのに」
と言われた!!
 
この“泳ぎすぎ”の映像はこの先何十年も繰り返しテレビで放送されることになる。まさに日本水泳史上に残る“珍プレイ”となった。
 

6月24日(金).
 
朝10:08から男子1500mの予選があり、筒石はこれを通過した。
 
19:10から女子800mの決勝が行われる。青葉はこれを中央のレーンで泳ぎ、美事優勝した。金堂は4位で惜しくもメダルを逃した。
 
6月25日(土).
 
朝9:01すら女子400m個人メドレーの予選が行われた。青葉も金堂も決勝に進出した。
 
19:04から決勝が行われた。青葉はこのレースでは青葉と金堂の激しいデッドヒートが起きた。そして青葉が 4:30.72 の日本新記録で優勝した。金堂は0.01秒差の4:30.71 だった。金堂も東京五輪で出した自己の持つ日本記録を上回っているが、青葉がそれを0.01秒上回った。
 
例によって2人のタイム差が0.01というのはおかしい。0.1秒近くあったように見えたという意見があり、ビデオを確認して、以下同文。
 
金堂多江は186cm で青葉は161cmで2人の身長差は25cmもあるので腕の長さは10cmくらい違い、10cmをタイムに直すと0.06秒になる。だから青葉が金堂に勝つには、0.06秒相当先を行かなければならないのである。手の先のタッチで青葉が0.01秒上回ったということは身体の位置では0.07秒ほど先行していたことになる。
 
400m個人メドレーの記録は2020年までは金堂が持っていたが、2021年4月の日本選手権で、青葉がその記録を破った。しかし東京五輪で金堂が取り返した。それをまた青葉が破ったことになる。“個人メドレー女王”の金堂多江としては絶対来年の日本選手権で取り返してやると、必死になるだろう。
 

このレースの直後に行われた男子1500m決勝では筒石が金メダルを獲得した。
 
これで今回の津幡組の成績はこのようになった。
 
川上 400iM★G 800★G 1500○B
金堂 200iM★G 400iM☆S 400○B 800(4)
竹下 200iM○B 400☆S 1500★G
筒石 400☆S 1500★G
 
金堂も竹下も金銀銅のコンプリートである!
 
日本記録はこのようになった。
 
400m 竹下リル 4:00.18 :2021東京五輪
800m 川上青葉 8:07.88 ;2022世界水泳
1500m 川上青葉 15:37.20 :2021東京五輪
400iM 川上青葉 4:30.72 :2022世界水泳
200iM 金堂多江 2:08.50 :2022世界水泳
 
青葉の800mの記録は“泳ぎすぎ”で出した記録である。まともにタッチしてたら多分1秒近く速かったと言われた。
 

また金堂多江と竹下リルが揉めていた。
 
「青葉さん、今回はどちらが勝ったと思います?」
と訊かれる。
 
「うーん・・・引き分けかなあ」
と青葉か言っていたら、バタフライ代表の町田さんが言った。
 
「今回は多江ちゃんとリルちゃんは各々金銀銅取って引き分けだから、ここは青葉ちゃんが2人にステーキをおごるということでOKね」
 
「やった!」
「え〜〜〜!?なぜ私が?」
 
ということで、青葉は金堂多江と竹下リルにステーキをおごってあげたのであった。
 

世界水泳の競泳日程は6月25日で終了し、一行はSTスイミングクラブが用意したチャーター便で翌日帰国した。
 
BUD 6/26 12:00 - 6/27 7:30 HND (飛行時間12:30)
 
27日は疲れている身体で、水連に報告に行き、記者会見をして、更にJOCとか文部科学省とかにも報告・挨拶に行った。1日振り回されて、その日は都内赤羽のビジネスホテルに泊まった。チェックインしたのが17時頃である。
 
浦和の“自宅”にも帰れるが、帰ると千里姉か冬子さんに捕まりそうである。それで彪志に会いたいのはやまやまだったが、誰にも連絡を取らずに都内のホテルに泊まったのである。
 
青葉はムーランエアーに電話した。
「明日もし空いていたら“ムーランエアーさんが所有する飛行機”で熊谷から能登空港に移動したいのですが」
「はい。ムーラン所有のCRJ200が1機空いていますからそれをご予約しましょうか」
「それでお願いします」
「お時間は?」
「お昼頃で」
「分かりました。それでご予約致します」
 
「料金は?」
「片道ですか?」
「はい。それで」
「では帰りの回送料金まで入れて12万円+消費税になりますが」
「はいそれでいいです」
「ではご予約承りました」
 
「あとお願いなんでが」
「はい」
「このことは村山千里、唐本冬子、伊藤宏美には内緒で」
「当社はお客様の秘密は一切口外しませんので」
「ですよね。よろしくおねがいしす」
 

これで安心だ。
 
やっと私おうちに帰れる。彪志とも会いたいけど、それより先に家で少し休みたい。私もう8ヶ月もおうちに帰ってないんだもん。
 
それで青葉はレンタカー会社のサイトにアクセスして、明日赤羽から熊谷まで乗り捨てでヴィッツクラス(実際の車は何になるか分からない)、また能登空港から高岡までやはり乗り捨てで同様にヴィッツクラスを予約した。
 
彪志から時間が取れたらメールか電話欲しいというメールが入っている。それで青葉は彪志に電話を掛けて、すぐには会いに行けないけど、今夜はリモートセックスしよう、と言って彪志を言葉責めで逝かせた。青葉も結構気持ち良くなることができた。
 

浦和の家では、21時頃、彪志が出掛けようとしていたので
「青葉帰国したんでしょ?今からデート?」
と妊娠中の千里(2A)が声を掛けた。
 
千里は現在7ヶ月でお腹はかなり大きくなっている。
 
「デートしたい所なんですけど、今から仕事なんですよ。病院からの緊急呼び出しで」
「こんな時間から大変ね!」
と言って、千里は彪志におにぎりを作ってくれて水筒も渡した。
 
「ありがとうございます。行ってきます」
と言って彪志は出掛けた。
 
彪志の仕事は23時頃に終わった。
 
彪志は考えた。青葉は
「会いたいのはやまやまだけど、私いったんおうちに帰りたい」
と言っていた。だったら、明日熊谷から能登に飛ぶつもりなのではないかと。だったらそのお見送りくらいしても怒らないんじゃないかと。
 
それで彪志は浦和の家には帰らずに自分のフリードスパイクで熊谷まで走り、郷愁飛行場の駐車場(無料)に駐めて仮眠したのである。なおこの駐車場にはトイレもあり24時間使えるので、トイレはそこを使わせてもらった。
 
また彪志は課長にメールして明日6/28に有休をもらえないかと打診した。また彪志は浦和の家の千里にもメールして6/28夕方くらいに戻るつもりだと連絡しておいた。
 

翌朝、彪志は郷愁村のコンビニで朝御飯を買ってきてフリードスパイクの車内で食べた。8時半頃、上司の課長から電話がある。忙しい時に休暇とか駄目とか言われるかと思ったが、課長の言葉は意外なものだった。
 
「君だいぶ有休取ってないよね」
「そ、そうですね」
「フィアンセさん、世界水泳でメダル取って帰国したんでしょ?今週いっぱい休暇あげるから、彼女をいたわって少しゆっくり過ごせばいいよ」
「いいんですか?」
「君に倒れられたら困るから、適宜休んでもらわないとね」
 
あはは・・・青葉と過ごしたら全く休めない気もするけど。でもそもそも自分は青葉の予定を聞いてないぞと思った。
 
しかしそういう訳で彪志は思いがけず休暇をもらったのである。
 

彪志がスマホで最近のCOVID-19の世界的情報を見たり、また薬学・医学関係のニュースなどを見ていたら、11時頃、空港の駐車場に白いシエンタが入ってきた。ナンバープレートが“わ”である。
 
もしかして・・・と思っていたら、青葉が降りてきた。
 
彪志は車を降りて手を振る。青葉が驚いたような顔をしている。
 
「ごめんね。押しかけてきて。直接“おめでとう”と“お疲れ様”を言いたくて」
と彪志が言うと、青葉の顔がほころぶ。
 
「お昼買ったかなあ。一応コンビニでお弁当買ったんだけど」
「まだだった。ありがとう。機内で食べてくよ。でもなんで私がこの時間にここに来ること分かったの?」
「いや昨夜から待ってた」
「まさか半日待ってたの!?」
「ここに来たのは夜中の1時頃かな」
「10時間も待ってたんだ!」
「キスだけさせて」
「うん」
 
それでふたりは深くキスをした。
 
「じゃゆっくり休んでね。またメール頂戴」
「うん。またね」
 
と言って結局彪志は空港の搭乗口まで送っていき、そこで握手をしてから別れた、
 

青葉は昂揚した気分で金属探知ゲートを通り、パイロットさんの案内でエプロンに行く。そして50人乗りのCRJ200の操縦席に近い席に座り、バッグからお弁当を“2個”取り出して、能登空港までの1時間ほどの旅の間に両方ともペロリと食べちゃった。
 
(むろん自分が用意していたものと彪志がくれたもので2個である)
 
そして能登空港に降りて、予約していたレンタカーを借りようとレンタカー受付の所まで行こうとしたら・・・・
 
こちらに向かって笑顔で手を振っている一向が居る。
 
神谷内さん、幸花・明恵・真珠、そして千里の5人であった。
 
青葉は思わず荷物を落とした。
 
「メダルおめでとう。そしてお疲れさん」
と千里は言った。
 
青葉は泣き出した!
 
「私おうちに帰りたいよぉ」
 
千里は青葉をハグすると「よしよし」という感じで背中を撫でて慰めた。
 
「何で私がこの時間に来ること分かったの?」
 
「勘」
「ちー姉勘が鋭すぎるよ」
 
彪志君でさえ青葉をキャッチできたのだから千里にバレないと思うほうがおかしい。
 
「ちー姉、私に見張りを付けたりはしてないよね?」
「まさか。そんなことしたら、雪娘ちゃんにすぐバレる」
と言って千里が青葉の眷属・雪娘を見たので、雪娘がキョッとしていた。
 

実際に千里が青葉がこの時間に到着することを知った手順は以下の通りである。
 
(1) 彪志君が郷愁飛行場に来たのを公爵邸移築のための基礎工事をしていた清川が見て千里(千里4)に報告した。
 
(2) 彪志が浦和の千里(千里2A)に明日の夕方帰ると連絡したことで、そのメールを傍受した、司令室の千里5は、彪志君は青葉とデートするのだろうと推察した。
 
司令室には千里全員のスマホのクローンがあり、“間違った千里”に来たメールを“正しい千里”に送り直したりする作業もしている。
 
(3) 千里4と千里5の情報交換で、青葉が28日に熊谷から能登に飛ぶことが推察された。ムーランエアーのフライト予定を見ると12時にCRJ200が能登空港に飛ぶことになっているのを知る。それで青葉がこの便を使うことが推察された。
 
ただ千里たちは“彪志君も一緒に”能登空港に飛ぶのだろうと思っていたので、彪志君が残ったという報告を清川から受けた千里4は意外に思ったのである。それで“次の作戦”が起動されることになる。
 
要するに青葉は27日夜に彪志と会い、以後一緒に行動していればまた別の道があったのに、会わなかったためにバレてしまった。
 
でもこの考証過程をバラすと彪志君のせいになってしまうし、千里の情報網を一部ばらすことにもなるので「勘」で押し切ったのである。千里の“勘”なら信じてもらえる。
 
 
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【春洪】(1)