【春避】(5)
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(C) Eriko Kawaguchi 2023-02-04
「夢かぁ・・・びっくりしたぁ!」
晃は何か胸が締め付けられるような感覚があり、何だろうと思った。
こんな夢見るって、やはりぼく本当に女の子になりたくなってきたのかなあ。性転換手術されて女の子になっちゃうとか。でも「お姉さんの命令で性転換します」って、お姉ちゃんならマジで言いそうで怖いよ。
ホントに性転換手術されちゃったらどうしよう?
自分が女子制服を着たまま寝ていたことに気がつく。
トイレに行こうとして、女子制服のまま行く訳にはいかないよねと思う。それでスカートは脱ぎブラウスは着たまま、リボンだけ外して、パジャマの上下を着て部屋を出る。
トイレに入るとおしっこが物凄くスムースに出る気がした。“おしっこをする”のではなく“おしっこが出る”感じ。どうしたんだろう?と思う。ただ出るのはスムースに出るのに、出た先でどこかにぶつかってる感じで“飛び散る”感じだった。実際紙で拭く時に濡れてる範囲が広く、拭くのに少し苦労した。また昨日までより少し先まで手を伸ばす感じになった。何か変わったのかな?気のせいかな(*29).
トイレを出たら、姉が居て
「おっぱいはますます育ってるね」
などと言って胸を揉んだ。
「痛っ」
と強く揉まれて晃は思わず声を出した。
(*29) 晃のペニスが物凄く短かったので、“これまでは”タックした場合の放水ポイントが膀胱直下の位置まで到達していなかったため。この日の朝“広く濡れた”のは、きちんと“開けて”なかったため。
部屋に戻り下着を交換するが、ブラジャーがきつい気がした。
あれ〜どうしたのかな。
それで衣裳ケースの隅に入っているスーパーフック(←なぜ持ってる?)を取り出し、それを付けてブラジャーを着けると楽に着けられた。そうか。胸が締め付けられる感覚があったのは、ブラジャーが小さかったせいかと思い至る。実際、胸の膨らみがカップに入りきれてない。
(なぜ小さかったかは考えていない)
それでブラウスを着るが、今日はボタンを留めるのに苦労した。特に上のほうのボタンを留めるときに、かなり胸を押さえつけてボタンを留めた。
W66のズボンを穿き、部屋を出て廊下に干してある練習用のユニフォームを取ってきてスポーツバッグに入れる。教科書とノートを通学カバンに入れ、居間に降りていった。
朝御飯を食べていたら姉が言った。
姉が言った。
「あんたそれ胸がきつくない?」
「なんかきつかったからスーパーフック付けたぁ」
「ブラウスもギリギリっぽい」
「ボタン留めるのに結構引っ張った」
「私のを今日は貸すよ。ちょっとおいで」
と言って姉は晃を連れて2階に上り、自分の部屋からブラジャーとブラウスを1枚ずつ持ってきてくれた。
「これに交換しなさい」
「うん」
それで晃は自分の部屋に入り、ブラジャーを交換した。これだとバストの膨らみがきれいにカップに収まり、スーパーフックを付けなくても苦しくなかった。ブラウスのボタンも楽に留められた。
「ありがとう。これなら苦しくない」
姉は晃のブラウスの下から手を入れてブラの余裕を確認した。
「うん。大丈夫みたいね。念のため」
と言って、姉はブラウスの上からメジャーを回して晃のバストサイズを測った。
「トップ84・アンダー70。完全にCカップだね」
「ぼくCなの?」
「高校生にもなればCある子は珍しくないよ」
それで一緒に下に降りる。舞花は母に言った。
「晃のブラジャー、今のでは小さいのよ。お母ちゃん新しいの買ってきてあげてよ」
「いいよ。マイのと同じサイズでいい?」
と母は訊く。
お母ちゃん、ぼくがブラジャー着けてても変に思わないのかなあ(←何を今更?)
「うん。C70で行けるみたい」
と舞花は答える。
「了解。ブラウスはどうする?」
「ブラウスも私のと同じサイズが必要だと思う」
「じゃ、晃お金あげるから、今日学校の購買部で新しい学校指定ブラウス3枚買いなさい」
と言って、母は晃に1万円札をくれた。
「あ、うん。ありがとう」
晃はその日(6/27 Mon) の午前中普通に授業を受けた。2時間目の後でトイレに行った時、晃は少し考えて“身体を開ける”感じでしてみた。すると“ぶつかる”感じもなく、濡れる範囲も狭くて済んで拭くのが楽だった。ああ、こうすればいいのかと思った。きっとぼくのちんちんが小さすぎて“閉じ目”の出口まで距離があるからぶつかるんだろうと思った。
昼休み、晃はまず購買部に行き、学校のマークとロゴの入ったブラウスを姉に教えてもらったサイズで3着買った。
ブラウス買うとか恥ずかし〜と思ったが、ワイシャツではこのブレストフォームを付けた?バストが入らないから仕方ないと思う。
その後、職員室に行き、奥村先生に声を掛けた。
「先生、E級コーチの課程、修了しました」
「ああ、お疲れさん。発行されたコーチid分かる?」
「はい、これです」
と言って晃は昨夜書いておいたメモを渡す。
「じゃこれ君のデータベースに登録しておくね」
「はい、お願いします」
などと言っていたら、男子バスケ部顧問の横田先生が来た。
「高田さん、高体連の方から連絡があって、君の健康診断表が出てないと言われたのだけど」
「あ、そうなんですか?」
ここで大事なのは!晃は学校のロゴ入りブラウスに女子用学生ズボンという格好なので、普通に女子制服の状態だったことである!!
おっぱいもかなりあるし!
「なんで出てないんだろう?君、4月の健康診断受けてるよね?」
と奥村先生が訊く。
すると晃が所属する1年1組の担任、真中先生が
「あ、忘れてた」
と言って寄ってくる。
「高田さんは4月の健康診断の日に休んでいたんですよ」
「ああ、熱が出たんで、休んでPCR検査受けに行ったんですよね。陰性でしたが」
「それで健康診断受けてなかったのか」
「だったら今日の午後にも受けて来てくれない?健康診断表を出してないと試合に出られないこともあるから。真中先生いいですか?」
「ええ。だったら高田さんは午後は公休にしましょう」
と真中先生が言った。
それで真中先生が予約を入れてくれて書類をダウンロード・印刷してくれたので、それを持ち、奥村先生の車(パッソ)に乗って、市内の医大病院まで行った。
途中の車内で書類に記入した。
「じゃ私は駐車場で待機しているから、書類を受付に出して健康診断受けてきて」
「はい、分かりました」
それで晃は受付に行き
「健康診断の予約をしていたんですが」
と言って、書類を出した。
受付の人は書類をスキャンし、モニターを見ていたが
「あら、あなた性別を記入間違いしてるわよ」
と言う。
「あ、そうですか?」
ぼくよく女の子に間違われるもんなあ、などと思う。
「直しとくね」
「はい、ありがとうございます」
(そうだね。性別で男に丸が付いてたら、きっと間違いだよね)
「妊娠中または妊娠している可能性はありますか?例えばセックスした後まだ最初の生理が来てない場合は妊娠の可能性があります」
「セックスとかしてないです」
「分かりました。生理が乱れたりはしませんか?」
「しません」
「ではこの書類の番号順に回ってください。最初におしっこを取って検査室に出してください」
「はい」
それで紙コップを持って(男子)トイレに入り、個室でおしっこを取った。午前中の休み時間にしたように“少し開(ひら)くような気持ちで”するとおしっこが飛び散らず、わりとうまくキャッチできた。
ペーパーで拭いて個室を出る。その時、トイレに40代くらいの男性が入ってきたが、晃を見ると驚いたような顔をして
「ごめん。間違い」
と言って飛び出していった。
何を間違ったんだろう?と疑問を感じながら、手を洗いトイレを出る。検査室の方に行こうとしていた時、後方で女性の
「きゃー!」
という声が聞こえたので、何だろう?と思った。
(↑男性の無事を祈る!)
検査室で紙コップを提出し、身長・体重、トップバスト・アンダーバスト・ウェスト・ヒップ、脈拍・酸素量・血圧を測られて採血される。その後、レントゲンに行く。
ソーシャルディスタンスを空けて待機し、やがて
「高田晃さん、2番の部屋へ」
と言われるので、そちらに入る。中に入ると30歳くらいの女の人が服を着かけている最中だったので、びっくりして後ろを向いた。すると女性は
「純情な子ね」
などと言って、すぐ服ほ全部着終わったようで部屋を出て行った。
晃は後ろを向いたままブラウスのボタンを外していたのですぐにブラウスを脱ぐことができた。
「ブラジャーにワイヤーは入っていますか?」
と女性の技士さんから訊かれる。
「入ってます」
「だったらブラジャーも外して下さい」
「分かりました」
それで晃はブラウスを脱いだ後、アンダーシャツを脱ぎ、ブラジャーを外す。ブレストフォーム着けたままだけどいいかなあと思ったが、外し方も分からないので、そのまま中に進む。指示に従って機械に抱きつくようにした。
「息を吸って、停めて。はい、いいです」
「ありがとうございました」
それで着替えの所に行き、ブラジャーを着ける。そしてアンダーシャツを着てブラウスを着ている最中に次の順番の25-26歳の女性が入ってくる。きゃっと思ったが、急いでボタンを留める。入ってきた女性は服を脱ぎ始める。
うっそー!?男のぼくがいるのに?と思い、急いでボタンを留めて退出した。
眼科に行き視力検査をする。両目とも1.5と言われた。耳鼻科に行き、聴力検査をするが異常なしと言われる。心電図に行く。
ここもレントゲンと同様ソーシャル・ディスタンスを開けて待機。しばらくして名前を呼ばれて2番の検査室に入る。前のクライアントさんの女子中学生?が服を着ている最中である。下着姿をまともら見てしまった。うっそー!?と思う。晃は彼女に背を向けてブラウスを脱ぐ。でも女子中学生は悲鳴とかあげることもなく、やがて服を着て出て行った。晃はアンダーシャツとブラジャーを脱ぎ、靴下も脱いで台に乗る。
バストにたくさん電極を付けられた。くすぐったい。足にも付けられる。それで静かにしていると「はいOKです」と言われるので台から降りて服を着る。
ブラジャーを着けようとしている時に次のクライアントさんが入ってくる。女子高校生っぽい。恥ずかしかったが、晃は彼女の下着姿を見ないように視線を下にやってブラジャーのホックを留め、アンダーシャツを着て、ブラウスを着て退出した。退出する時は目を開けなければならないが、女子高生の上半身裸が目に飛び込んできて「きゃー」と思った。でも丸いバストが美しいなあと思った。(たぶん向こうも同様のことを思っている)
その後順番待ちして内科検診に行く。また上半身裸になるのかなと思ったが、ブラウスだけ脱いで下さいと言われた。
それでお医者さんの前に座る。お医者さんはまだ20代の女性医師である。研修医さんかな〜などと思う。医師はアンダーシャツをめくるように言い、ブラジャーの上から聴診器を当てて、心音を聴いていた。
「はい、いいですよ。どこか身体の調子の悪い所とかはありませんか?」
「特にないです」
「生理が乱れたりはしませんか?」
「特に」
乱れるも何も生理なんて来たことないし!
それでOKということだったので、ブラウスを着て退出した。しばらく待って、診断書を2通もらった。1通は学校提出用、1通は高体連提出用である。
晃は奥村先生のスマホにメールし、車に戻って診断書を先生に渡した上で学校に帰還した。学校に戻った時には既に6時間目も終わり、掃除の最中だった。
「高田さんは今週は女子トイレの掃除よろしく」
とクラス委員の夏風知世が言う。
「分かった」
トイレの掃除は月交替で各クラスが担当する。そろそろ7月だから1組の担当になったのかなと思った。それで晃は女子トイレに行き、先に来ていた美奈子たちと一緒に女子トイレの掃除をした(←なぜ自分が“女子”トイレを掃除するのか考えていない)。ちなみに晃は既に女子トイレに入ること自体には何の抵抗も無い。
そのあと、美奈子たちと一緒に教室に戻り、終わりの会をした。
奥村春貴は晃から受け取った診断書を1枚は担任の真中先生、1枚は横田先生にそのまま渡した。どちらもその場で開封して診断結果を見て
「特に異常箇所は無いですね」
と言っていた。横田先生から春貴は診断書を見せてもらったが、数ヶ所に目が行く。
性別:女?? TB 83 UB 69 W 64 H 93 ... TB:83/UB:69 ?? それってトップとアンダーの差が14cmもあり、完璧なCカップじゃん。あの子、おっぱい大きくしちゃった?やはり女の子になりたい気持ちが高まって、とうとう身体の改造を始めたのだろうか??
身長はこれまで168cmと申告されていたのだが、この健康診断表を見ると167cmになっている。まあこれは誤差の範囲かなと春貴は思った。
晃がバスケ部の練習を終えて自宅に帰ると、母が
「新しいブラジャー買ってきたよ」
と言って、渡してくれた。
「ありがとう。ずっと運動してて腕立て伏せとかしてるから胸にも筋肉付いてきてるのかなあ」
などと晃は言って、ブラを5枚受け取った。そしてブラウスを買ったお釣りを返した。
バストを支えられる筋肉は付いてきてるかもね!(*32)
夜、お風呂に入りながら晃は思った。
「確かにかなり胸が大きくなってるよなあ。乳首も随分太くなってるし」
バストを洗うと結構“感じる”。乳首などあまり強く触ると痛い。これブラ着けてなかったら服と擦れて痛いだろうなと思った。
お股はシャワーを膝の上に置いてお股に当たるようにし、左手の親指と人差指で開いて右手の中指で丁寧に“内部”を洗った。
「でもタップされてる状態にも随分慣れてきたなあ。性転換手術受けて本当の女の子になったら、この“閉じ目”がちゃんと開けて、中にクリトリスとか、おしっこの出る所とかヴァギナとかあるのかな」
などと思いながら、晃は丁寧にお股の内部を洗っていた。
「何かちんちんが無くなってて、完全な女の子になっちゃった夢も見たけど、ほんとぼく女の子になりたい気持ちになってきているんだろうなあ。でもぼくタップで隠れてはいるけど、ちゃんとちんちんあるし」
などと5mmサイズの“敏感な部分”に触りながら考える(*30).
「だけどぼくのちんちんってやはり小さいよね。美奈子から聞いた話では、普通の男の子って毎月オナニーするらしいけど(*31)、ぼくオナニーとか小学1-2年生の頃に何度かしただけで、その後してないもんねー。だからちんちん小さいのかな」
そして湯船に浸かりながら考える。
「でもどうしてぼく、女性と連続してレトンゲンとか心電図とか撮られたんだろう?未成年の患者は男女区分けしないのかな?」
(*30) なぜ晃がペニスの消失に気付かないのかは後述。
(*31) 美奈子は「男の子って毎日オナニーしてるから」と言ったのだが、晃は“毎日”を“毎月”と聞き違えた。晃は喉仏も“目立たなかった”(過去形)し声もアルトだった(過去形)ので、元々睾丸がかなり弱かったものと思われる。
(*32) Cカップの胸の重さは片方500g、両方で1kgほどあり、女性はこの重さの物体を常時身体に付けて歩いている。若い女性は筋肉があるので丸い形を維持できるが、年を取ると筋力が弱まり垂れ下がることになる。
ちなみに男性器(陰茎+睾丸+陰嚢など)の重さはあまり信頼できる数字が無いのだが(自己測定による統計は数値が大きめに報告されるため)、大雑把な推定で平常時に70g, 勃起時に210g 程度か。
長さ7cm 周長7cmなら円柱の体積の計算式 V=L
2h/4π から体積は28cc, 長さ15cm 周長12cm なら体積は172cc となる。睾丸の重さは日本人の平均は30g程度なので陰嚢・副睾丸などの合計を10g程度と見積もると↑の計算値になる。
トイレットペーパーの芯の内周長が11.9cmである。↑の計算は勃起時にその程度の太さになっていることを想定している。これに入れてみたことのある男性は多分多い。
晃の“ありし日の”陰茎は3-4cmと言っていたからそれから推測すると睾丸は5-10g程度だったものと思われる。
晃ちゃん、ちんちん無くなったままで、女の子になれたらいいね。女の子になれる性格だと思うけどなあ。ちんちんなんて要らないよね?ね?ね?
6月29日(水).
春貴の学校ではこの日、夏のボーナスが支給された。ひとりひとり授業の空き時間に、校長から明細を手渡された。
「奥村先生、生徒たちからも先生の授業は分かりやすいと評判だし、顧問をして頂いている女子バスケットボール部も、大健闘してるし、ほんとに頑張ってますね」
と校長はにこやかな顔で明細を渡した。
「授業は素直な生徒が多いからやりやすいですよ。女子バスケットボール部は色々な先生方や、色々な知人にたくさん助けてもらっているおかげです。学校側からもたくさん協力してもらって、感謝しています。また頑張ります」
と言った。
校長室を出てから明細を見てみると凄い金額だったので、
「うっそー」
と思った。
これでまた生徒たちにおごってあげられる!
(↑なぜおごる必要があるのか?)(*33)
(*33) 1970年代頃までの部活(特に運動部)の顧問の先生はよく生徒たちにおごってくれたものである。まだ日本が貧しかった時代、食欲が凄すぎて、自宅では充分に御飯を食べられない部員たちの栄養補給として貴重だった。
色々時代も変わり、最近はこういう先生はあまり居ないと思う。
春貴は
「宝くじでも10万当たってるし」
と思って、自動車ローンの会社に連絡して、残額を繰り上げ返済した。それ以外は、ボーナス払いにした自動車学校の費用を除き定期預金にしようと思った。
吉田邦生に連絡してH銀行金沢支店に口座を作ってもらい、そこに入金することにする。余剰資金は普段使いではない口座に入れておくのが、無駄遣いしないコツである。
実際には、7月2日(土)に彼女?が自宅まで来てくれてそこで本人確認書類を提示して口座開設書類に記入。彼女は、いったん持ち帰った。
たぶん“彼女”でいいんだよね?19日に人形美術館で見た時も思ったが既に女にしか見えない。制服も左前の女子制服を着ていてバストもあるし。車も可愛いスペーシアだし。だいたい結婚式もウェディング・ドレスだったし!結果的に中学の時に仲が良かった、自分と呉羽と吉田の3人が全員女になってしまった?(*34)
7月5日(火)に通帳が送られてきたので、春貴は水曜日の夕方、買物に寄ったスーパーにあるH銀行のATMで、自動車学校の支払予定額と、生徒のおやつ用に確保する以外の分を入金し、その後、オンラインで9割を定期預金に移した。木曜日にはキャッシュカード(クレカ一体型)も送られてきた。
春貴は日中はアパートに居ないので、通帳もカードも学校で受け取っている。
(*34) 呉羽は青葉が心霊治療で性転換(←ほぼ人体実験)しようとして失敗!し、起きている時は女だが寝ている時は男という困った状態にあった。しかし奈良方面の性悪な(あ、ごめんなさい!体温計ぶつけないで:訂正)親切な神様が完全な女に変えてくれた。
春貴は、千里の眷属・こうちゃんが勝手に性転換手術し誰か(誰?)の女性生殖器を移植しているので、卵巣・子宮も存在している。
呉羽は“神様お手製”なので妊娠可能である。春貴は卵巣・子宮があるので毎月生理は来ているものの、骨盤が男性型なので今の時点では安定した妊娠の維持が厳しい。
邦生は“笑劇団の呪い”にやられて身体が女性化していたが、千里が呪いは解いてくれた。それで女性化は既に停止している。でも親切な地元の神様がヴァギナを作ってくれたので、男性器と併存してヴァギナ(まさにヤオイ穴)が存在する状態にある。
女子制服を着て勤務しているのは、女子社員たちの悪戯の結果だが、多くの同僚が邦生を女子と思っている(一部の人は性転換して女性になったと思っている)。男子のidカードは没収されたので現在彼は男子更衣室や男子トイレには入れず、不本意に女子更衣室・女子トイレを使用している。邦生の睾丸は8月28日の誕生日までには除去される運命にある!?
6月28日(火).
桜坂さんから土曜日に神谷内に連絡があり
「相談したいことがあるけど、金沢ドイルさん、ご都合とか付くかなあ」
という話であった。
「ドイルさん、まだハンガリーに居ていつ帰国するか分からないけど、取り敢えず話は聞くよ」
と神谷内が言ったので、この日28日に会うことにした。
放送局だと桜坂さんは入りにくいだろうし、レストランなどではこの時期、感染の危険があるので、貸し会議室でも借りようかと言っていた。
ところがこの日、偶然にも金沢ドイルこと青葉が高岡に戻ってくることが分かった。それで結局、能登空港で青葉をキャッチして、そのまま一緒にS市に行った。
青葉は
「私、家に帰りたい!」
と泣いていた!?
(やはり青葉は自宅になかなか戻れない)
それで28日(火)の午後、S市の桜坂さん宅にお邪魔したのは、こういうメンツである(エスティマを使用した)。
神谷内・幸花・青葉(金沢ドイル)・千里(金沢コイル)・明恵(金沢セイル?)・真珠(金沢パール?←まんまじゃん)。
神谷内たちが行くと、奧さんはお母さんを連れて
「ちょっとドライブしてきます」
と言って車で出掛けた。
「お店で会うことになるかと思ったけど、やはりお客さんとかに聞かれては、まずい話?」
と神谷内は尋ねた。
「それがお店の建物が潰れてしまって」
これにはみんな驚いた。
「地震で?」
「19日の地震では壁とかが少し崩れるくらいで何とか持ちこたえたんだけど、20日の地震で完璧に崩壊した」
「ああ」
「それで19日の地震の時に、テーブルに乗っていた料理の皿が落ちて、小学生の女の子のお客さんに掛かって、火傷(やけど)してしまって」
「あらぁ」
「すぐ病院に連れて行ったけど、跡が残るかも知れませんよと言われている」
「うーん・・・」
「この子、フルートを吹く子でね。もし指に障害が残ったらどうしよう?とそれも心配してるみたい」
「フルート吹きさんなら、指が大事だね」
「今後の治療費はずっと払うつもりではいるけど、慰謝料訴訟とかになる可能性もある」
千里は青葉と顔を見合わせた。
しかし取り敢えず話の続きを聞く。
「それで20日の地震では完全に店が潰れて。幸いにもこの時はお客さんは入れてなかった。19日の地震で壁とかが崩れたので、私と女房と、料理長の井原さん、会計の山本さんの4人で店の修理の方針とかを話しあっていたんだよ。そこに揺れたから4人とも表に飛び出した。その直後、音を立てて店は崩壊してしまった」
「逃げ出した後で良かった」
「幸いにも4人とも怪我は無かった。しかし店が崩壊したことで、事実上、営業不能になった」
「お店のリニューアルのために借りたローンは?」
「今日の引落しができなかった」
「ということは?」
「期限の利益を失うから、近い内に残額一括で払えという督促状が来ると思う」
「そしたら」
「土地を差し押さえられるだろうなあ」
「うーん・・・」
それではそもそも火傷した女子小学生の治療費も払えないのでは?と神谷内は思った。
「更に困ったことがあって」
「まだ何かあるのか?」
「料理長の井原さんが死んだ」
「え〜〜〜!?」
「2度目の地震があった翌日21日の朝倒れて、病院に運ばれたが、間もなく息を引き取った」
このことを聞いた時、驚いた顔をしたのは、実は霊界探訪チーム6人の中で神谷内と幸花だけだった。真珠は「やはり、あきちゃんも、当然青葉さんや千里さんも、井原さんのこと分かってたな?」と思った。
「ショックか何か?」
「それもあったかも知れないけど、どうもかなり昔からの病気だったみたい」
「健康診断とか受けてなかったの?」
「奧さんの話によると少なくとも30歳になって以降、1度も健康診断を受けていなかったらしい」
「このお店、従業員に健康診断受けさせてなかったの?」
「母に訊いたら、そんな制度は無かったらしい」
「それ凄い問題なんだけど」
「店は潰れて、ローンの返済がのしかかってくるし、料理長にも死なれて、俺、この先、どうしたらいいんだろうと思って」
と桜坂は涙を浮かべている。
男の人のこんな姿初めて見た、と真珠は思った。
「まず一言、桜坂に言いたい」
と神谷内は言った。
「うん」
「死ぬな。お前、娘さんたちも居るんだぞ」
桜坂はしばらく考えていたが
「そうする」
と答えた。
やはり自殺というのも頭の中にちらついていたのだろう。
「最悪、自己破産という手もある」
「それはあるよな。でも自宅は手放さないといけないよな」
「それは仕方ないよ。どこかアパートでも借りて暮らせばいい」
「うん」
「ただし、やけどを負わせた女の子の治療費とか慰謝料は免責対象外だからそれは払っていかなければならない」
「それは頑張る」
真珠は桜坂さんに尋ねた。これは自分にしか言えないと思った。
「もし、お金の問題が何とかなるなら、桜坂さんとしては、この後、どうなさりたいですか?」
「そうだなあ。実は、店をリニューアルオープンさせてみて、レストランとしては難しいけど、テイクアウト専門店なら、結構行けるかも知れない気がしたんですよ。だから、井原さんが生きていたら、お弁当屋さんに看板替えしてもいいかなあと思ってました。大規模な仕出しとかは既存店が押さえているけど、個人向け、またオフィス向けのお弁当の宅配みたいなのは。結構手応えがあったんですよ」
「だったら、その方向で考えてみません?」
「でも資金が。その前にローンが」
真珠は整理するように言った。
「いくつか解決すべき問題があります」
と言って、自分のバッグの中からCanDoで買った電子メモパッドを取り出して書きながら言った。
「1.火傷をした女の子の治療と補償」
「2.ローンの返済。残額はいくらですか?」
「2000万円を10年ローンで借りて、3,4,5月の3回だけ返済しているから、残り1950万円くらいだと思う」
「3.テイクアウト専門店を建てる。建築費はいくらくらいだと思います?」
「テイクアウト専門なら客席を作らなくてもいいから、プレハブならもしかしたら100万で行けるかも。調理器具をどうするかという問題あるけど」
「それ、潰れた店舗から取り出せない?」
「もしかしたら多少は取り出せるかも」
「ガス器具とかは取り出せても危険だけど、鍋とかは使えるよ」
「確かに鍋とかは使えるかも!」
「4.料理人の確保。井原さん以外に調理ができる人は?」
「パートの主婦を2人雇ってましたが、あくまで補助程度です。料理の責任者にするほどの腕はありません」
「問題はこんなものですかね」
と真珠はみんなに尋ねる。
「細かい問題はあるけど、大きな問題はそのくらいだと思う」
と桜坂さんは言った。
「私はこれが全て解決できると思います」
と真珠は断言した。
「え〜〜〜!?」
と桜坂と神谷内が声をあげる。2人はどれをとっても解決困難な問題だと思った。
まこちゃん、古典的推理小説の名探偵みたい、と明恵は思った。
(“探偵はみんな並べて「さて」と言い”)(*35)
幸花は腕を組んで考えている。
(*35) ギリシャ以来の古典演劇では、最後に登場人物が全員登場して問題が解決されていくというのが、基本パターンのひとつとなっていた。シェイクスピアの演劇も多くがこの形式を踏まえている。古典的な推理小説はそのパターンを踏襲しているものと思われる。
「金沢ドイルさん、その火傷をした女の子を“診て”あげられません?」
と真珠は言った。
「それは向こうがこちらを受け入れてくれるか次第」
と青葉は答えた。
「御見舞いとうことで押し通しましょうよ」
「やってみようか」
それで、桜坂・青葉・千里の3人だけで、その火傷した女子小学生の自宅を訪問したのである。これが16時半頃であった。ちょうどその小学生が帰宅した所だった(それを青葉と千里が見越して行っている)。
桜坂は言った。
「先日は本当に申し訳ないことをしまして。本日は御見舞いに参りました」
すると千里が(勝手に)言った。
「お嬢さんの治療費は全部こちらで負担いたしますし、慰謝料も改めてお支払いしますが、取り敢えずこれは御見舞い金ということで」
それで千里が封筒を出すので桜坂は内心びっくりしている。封筒はかなり“厚い”。弁護士の先生からはきちんと話が付くまでは1万円とかでも渡してはいけないと言われていたんだけど!?
「分かりました。あくまで御見舞いですね」
と言って、向こうのお母さんは受け取った。
「治療は病院の先生にお任せするしかないですが、少しだけご祈祷させて頂けないでしょうか?」
と千里は言った。
「祈祷?何かの宗教でしょうか?」
「いえ、私は神社の巫女をしているので」
と言って、千里は《越谷F神社・名誉副巫女長》の名刺を出した。
こういう時は便利な名刺だよな、と青葉は内心思った。
「ああ、神社さんなら構いませんよ」
とお母さんは言った。
昨今、変な宗教が多いから、そういうのには警戒するが、神社さんならいいだろうというところか。
「そちらはお姉様ですか?」
と青葉は言われる。千里姉が心の声で笑ってる。何もこちらに“聞こえる”ように笑わなくてもいいじゃん!
いいや、もう気にしない!
「はい、そうです。私は仏教のほうで。一応所属は奈良のほうのお寺なのですが」
と青葉は答えた。
「へー。でも姉妹でお寺さんと神社さんって最強ですね!」
「うちの曾祖母(ひいばあ)さんは、木魚打ちながら祝詞を奏上してました」
「ああ。元々どちらも一緒なんでしょうね」
「そうですよ。同じ物を別の角度から見ただけです。この、だいこく様みたいなものです」
と言って、千里が小さな、だいこく様の像をお母さんに手渡すと
「何これ!?おもしろーい」
と言って、お母さんは大笑いしていた。
でもこれでお母さんは警戒感をほとんど解いたようである。娘さんもその像を見て「いやらしーい」と言って笑っていた。とてもお父さんには見せられない?
でもこの、だいこく様は、娘さんに進呈した!性教育用??
この像は前から見ると、2つの俵に乗った、だいこく様なのだが、後ろから見ると、俵は陰嚢に見え、だいこく様は陰茎に見える。だいこく様の頭巾がちょうど亀頭に見えるようになっている。昔からよくある民芸品。更に下から見ると、2つの俵の間に陰裂があって女陰に見える“両性具有”型もあるが、これはそこまでは作り込まれていなかった。
千里は龍笛を出して一曲、美しい神楽の調べを吹いた。
娘さんもお母さんも聴き惚れていた。
「お嬢さん、その火傷した所を見せて頂いてもいいですか」
と青葉はにこやかな笑顔で言う。
「はい、どうぞ」
と言って、女の子が小さな手を差し出すので、青葉はその手を自分の左手(利き手)で優しく撫でるようにした。但し実際には接触させていない。至近距離で手を動かすのである。火傷で皮膚が弱っている所をさすったりはしない。なお右手はポケットの中で常用のローズクォーツの数珠を握っている。
千里が祝詞を奏上する。青葉はこの祝詞は聞いたことが無いと思った。何か不思議なパワーを感じる祝詞である。どうも蚶貝姫(きさがいひめ)と蛤貝姫(うむぎひめ)が主役の物語になっているようだ。だいこく様(大国主神)が若い頃、兄たちに大火傷を負わされた時に治療した姉妹神である。ちゃんとさっきの、だいこく様の像につながってる!きっと、あれはふざけたおもちゃに見えて、治療のための呪具なんだ!
この祝詞は30分も続いた。物語性のある祝詞なので、お母さんも娘さんも静かに聴いていたようである。その間、青葉は女の子の手をずっと撫でるようにしていた。
「あれ?」
と女の子が言う。
「どうしたの?」
とお母さんが訊く。
祝詞は中断する。青葉も手の動きを止める。
「痛くない気がする」
「え?見せて」
と言って母親が女の子の手を見る。
「赤味が消えてる!」
「触っても痛くないよ」
「子供の再生能力は高いですからね。きっと“そろそろ回復する時期”だったんですよ」
と青葉は言った。
「まるでご祈祷が効いたみたい」
「まあ、ご祈祷は気休めですから。お嬢さんの自然治癒能力のなせるわざでしょうね」
と千里は言った。
「いや、ほんとにご祈祷が効いた気がします。ありがとうございます」
「次にお医者さんに行くのは?」
「木曜日に行く予定なのですが」
「でしたら、これは皮膚の自然治癒能力を高める普通の馬油(バーユ)です。これも気休めですけど、お渡ししておきますね」
「あのぉ、このお代は?」
「ただの御見舞いですから」
それで桜坂を含めた3人は退出した。
外に出てから千里は訊いた。
「治した?」
「治した。1週間経ってるから時間が掛かったけど」
と青葉は自信を持って答えた。
「火傷を治せるんですか!?」
と桜坂は訊いた。
「火傷を治せる人なら、日本国内に10人は居ますよ」
と青葉は答えた。
「でも人には言わないで下さいね。次から次へと依頼されたらこちらの身が持たないから」
「はい!」
「でも良かった。本当に良かった。女の子の身体に傷を付けたらどうやっても償いきれないから」
「これで治療問題は解決すると思いますが、慰謝料はちゃんと払ってあげてくださいね」
と千里は釘を刺す。
「はい。それは何としても。でもさっきの御見舞金は?」
「あれはほんとに純粋な御見舞いですから気にしないでください。地震の被災者への援助ですよ」
「分かりました!」
3人が桜坂の家に戻ったのは、18時頃である。
「火傷は治してきました」
と青葉が言うので
「さすが青葉さん」
と幸花が言っている。
「河岸(かし)を変えましょう」
と神谷内は言い、7人(桜坂・神谷内・幸花・真珠・明恵・青葉・千里)はエスティマに乗って出掛ける。
「商売敵(しょうばいがたき)の店で悪いけど」
と言って、神谷内はレストラン・フレグランスにみんなを連れてきた。
「こんばんわー」
「ああ、お世話になります。お部屋ご案内しますね」
と言って、シェフの川口昇太が、7人を奥のパーティールームに案内した。神谷内は青葉たちが出ている間にここを予約していたのである。
「ここは井原さんの奧さんが働いているお店だ」
と桜坂が言う。
「へー。今もおられました?」
「いえ、井原さんの奧さんは確かお昼過ぎくらいまでのはずです。でも親父が死んだ後、店がリニューアルオープンするまでは、井原さんの家は、奧さんの収入で生活していたんですよ。50歳過ぎると新しい仕事口なんて無いし」
「まあ、それぞれみんな生活は大変だよね」
「そうだね」
すぐに食事が運び込まれてくる。運んできたのは遙佳である!手を振っている。
遙佳が手際よく配膳する。ここで桜坂はこの店のテーブルクロスに気付いた。
「このテーブルクロス摩擦が大きい」
「はい。S市は最近地震が多いので、地震で揺れても皿が落ちたりしないようにとこのテーブルクロスを導入しました」
「なるほどー」
「テーブル自体、下にダンバーを敷いて揺れにくくしています」
「あ、ほんとだ」
と桜坂はテーブルの下を覗き込んで言った。
「またテーブルの上でコップなどが倒れても液や汁が下にこぼれて、テーブルの下に避難した人に掛からないように、テーブルに縁(ふち)を取り付けています」
「凄い」
「おかげで19日の地震でも皿はひとつも落ちなかったんですよ」
「あの地震で落ちないって凄いね!」
「水を入れたガラスコップは倒れましたけどね。さすがにコップはどうにもなりません」
「でもガラスコップには冷たいものしか入れないね」
「はい、熱いものがこぼれたら困りますが。料理は平皿ではなく深皿を使い、半分より上までは盛り付けないようにしています、スープ類は3分の1以下にしています」
桜坂は腕を組んで考え込んだ。
「でもこれ掃除するの大変じゃない?」
「普通のテーブルクロスみたいにテーブル拭きを横に滑らせて拭くことができないですよね。だから通常はアルコール入りのお掃除シートで押さえたり叩いたりして拭き取ります。汚れが酷い場合はいったん剥がして丸洗いです」
「なるほどー」
「掃除が大変でも、地震の時にお客様に怪我させてはいけないので」
「よく考えてるねー」
と桜坂は感心するように言った。
遙佳が退出し、少し食事を食べてから、真珠は電子メモパッドを取り出す。
「1番目の問題はほぼ解決しました」
と言って、『1.火傷をした女の子の治療』という所を横線で消した。『補償』だけ残されている。
「2番、ローンの返済ですが、これは神谷内さんにお任せします」
と真珠は言う。
「桜坂、あの土地は売るしかないと思う」
と神谷内は言った。
これは神谷内にしか言えないことばであった。
「俺もそれは考えた。でも買ってくれる人いるかな」
と桜坂。
「あの土地は2000万の担保にしたけど、本当は1500万しか価値は無いと言ってたよな」
「うん。実際、あそこの固定資産税の支払いで計算されている評価額は1500万なんだよ」
「でも待っている間にあの付近の土地取引履歴を調べたら、800坪が1000万円で売れてる例があったぞ」
「ほんとに?」
「800坪が1000万円で売れるなら、1500坪は1800-1900万で売れる可能性がある」
「そこまでの値段で売れたら残りは100万くらいか」
「そのくらい何とかしろよ」
「うん。どこかから借りられないか相談してみる」
「そして実は買い手のアテがあるんだよ」
「ほんとか?」
「まこちゃん、呼んできて」
「はい」
それで真珠がいったんパーティールームから出て、連れてきたのは薫・高の夫妻である。
「こんばんは。お初にお目に掛かります。市内で人形美術館という施設を運営しております、渡辺薫と申します」
と言って、薫は自分の名刺を出した(桜坂はずっと金沢に居たので薫たちを知らない)。
「実はこのレストランのオーナーご夫妻なんだよ」
と神谷内は言った。
「え?そうなの?」
「だから、商売敵なのに、申し訳無いのだけど、実は渡辺さんは早急に1000坪程度の土地が必要だったんだよ」
「このレストランを移転するの?」
「そうではなくて、人形美術館を移転する」
「それはまたどうして?」
「室は先日の地震で美術館の建物が土崖崩れで土砂に埋まってしまって」
と薫は言った。
「それは大変でしたね!」
「中の人形たちは幸いにも、完全に建物が崩壊する前に全員救出することができました。元の建物は復旧はほぼ不可能です。元々崖崩れの危険地帯に指定されていた場所なので、本気で復旧するには数億円の費用が掛かるみたいで。それで移転するしかないということで土地を探していたんですよ。琥珀さんの土地が、大きな道路に面していて、遠くから来て頂くお客さんを受け入れるには便利なので、売って頂けたら嬉しいです」
「うちの親父の時代はそれであそこはたくさん観光バスが来て、団体客の食事処になっていたんですよ。でも今のご時世、そういう商売はもう下火だし、コロナの情勢では飲食店そのものが大変で」
「そうなんですよ。このレストランもテーブルを従来の半分に間引いて営業していますし」
と高が言う。
「間引き営業してる所は多いですね」
「それと今まではデリバリーとかはあまり受けてなかったのですが、積極的に受けるようにしました。夜間の道の駅とか夏はキャンプ場にデリバリーしたりもしてるんですよ」
「需要あるかも!」
「こちらは洋食で、そちらさんは和食系みたいだし、競合しないと思うから、そちらさんも営業再開なさったら、出前もなさるといいですよ」
「考えます!」
それで結局、桜坂と薫館長は土地の売却で合意した。
詳細の手続きについては、双方の弁護士さんに進めてもらうことにした。
薫と高が退席する。
真珠は
「これで『2.ローンの返済』も解決しました」
と言って、それを横線で消す。
「次に新しいテイクアウト店の建築です」
と真珠は言う。
「テイクアウト店なら、市街地にあるのがいいですよね」
「はい。今までの場所は、観光客向けだったので、地元の人にはアクセスしにくかったんです」
この問題は先日、幸花や真珠たちが話していたことだが、桜坂さん本人もその問題を認識していたようである。
「それですけど、今不況だから、結構市街地の店舗が売りに出てますよ」
と言って、真珠はパソコンでブックマークしていたページを開き、桜坂に見せる。
「何か物凄く安いですね!」
と桜坂は驚いている。
「ほら、ここなんて50万円ですよ。1個買いません?」
「信じられない。ここはスナックかな?」
「そうみたいですよ。居抜きで使えば、かなり安い費用で開業できますよ」
「うーん。でも今その50万が」
恐らく17-18万円ほどと思われるローンの返済ができなかったのである。確かに50万も厳しいだろう。
「ここは金沢ドイルさんがポンと買い取ってあげて、桜坂さんに貸すとか」
と幸花が言う。
「なんで私が買うの〜〜?」
「50万はドイルさんなら、朝御飯程度」
「50万もするような朝御飯は食べないよ」
と青葉は言ったが
「でもこの際、いいですよ。私が買って桜坂さんに貸しますよ」
「ほんとですか?」
「どの物件がいいですか?」
それで桜坂はいくつかの物件を検討した上で、80万円で売りに出ている物件がいいと言った。
「少し高いですけど・・・」
「いいですよ。買いましょう」
「すみません」
でも80万円ってパレハプ建てるより安い!
それでこの物件の売買については、明日の朝一番にこの物件を管理している不動産屋さんに行くことにした。
真珠は
「これで『3.テイクアウト専門店を建てる』も解決しました」
と言って、それを横線で消した。
「最後に料理人の確保です」
と真珠は言ったが、続けて
「実は、S市の出身者で、今金沢の飲食店で調理をしているものの、S市に帰ってきて、お店をやりたいと言っている人を知っているんですよ」
「え〜!?」
「自分で店を持ちたいけどお金が無いから板長として雇ってくれる人があると理想と本人は言っています」
「それはこちらも都合がいい」
「明日にも呼びますから会ってもらえませんか」
(実は青葉たちが火傷した少女の所に行っている間に電話で話していた)
「それは会ってみたいです。今働いておられるお店は?」
「片町のランチ専門店で働いているんです」
「ランチやってるなら、心強い」
「ただひとつ問題があるのですが」
「何でしょう?外国籍とか?」
「国籍は日本なんですが、性別が元男性の女性なのですが」
「そんなの全く気にしません!」
と桜坂は言った。
「凄いね。ほぼ全ての問題が解決したね。難題ばかりだったのに」
と神谷内は感心して言った。
神谷内はコンビニでビールとウィスキーを買い、桜坂と一緒に彼の家に行った。遅くまで飲み明かすつもりだろう。2人を置いて、幸花たち5人はホテルに移動した。
桜坂が帰宅した時、彼の顔が明るかったので、奧さんはホッとした。多分旧友との話し合いで何か大きな問題が解決したのだろうと思った。
「でも俺、店舗は貸してもらって、料理人も雇って、俺の仕事は何だろう」
と桜坂が悩んでいたが、神谷内は言った。
「飲食店を経営しようという意志だよ。物事、意志が最も大事」
「それはそうかも知れないなあ」
新店舗に関しては、別の展開が起きた。
井原さんの奥さんからその夜電話があったのである。
井原さんの娘さん夫婦がS市内に家を建てている最中だったのだが、娘さんは「お母さんひとりでは心配だから、うちに同居しない?」と言った。それで、井原さんは娘の家に同居することにした。すると今住んでいる家は空き家になる。彼女は桜坂に言った。
「今私が住んでいる家、わりと市街地にあると思うんですけど、ここに新店舗を出しませんか?」
古くからの家なので、昔は必ずしも商業地域ではなかったものの、市街地が広がり、井原家を市街地が飲み込んでしまう形になっているのである。
「レストランにするには狭くてせいぜいテーブルが5〜6個しか置けませんけど、お弁当屋さんするなら足りると思うんですよ。台所を改造すればお店の調理場になると思うし」
「ガスとか使えると助かります。あそこは角地だしビジネス街にも近くて、お弁当屋さんするには理想的ですよ」
「ただ家はオンボロですけど」
「気にしません!ぜひ使わせてください!」
ということで、井原さんの家の1階を新しい“琥珀”の店舗(弁当店)に転換することになり、青葉がスナック跡を買い取って桜坂さんに貸すという話はキャンセルになった。井原さんは、娘さんの家が完成するまでは現在の家の2階で暮らす。
なおこの家を井原さんが桜坂さんに貸すのか、あるいは売り渡すのかは、追って話し合うことにした。
翌日、6月29日(水).
午前中、千里は朱雀林業・輪島支店から人を呼び、海鮮割烹・琥珀の店舗残骸を片付けさせ、瓦礫の中から、ほぼ無事だったテーブル5個、椅子10個、及び金属製の鍋類を発掘した。バッグが出て来たのは従業員さんので桜坂が後で届けることにした。
「残りの瓦礫はうちで片付けさせていい?」
「はい。でも料金は?」
「1万でいいよ」
「そんなに安くていいんですかぁ!?」
それで桜坂は1万円を払い、千里は領収証を渡した。テーブルと椅子、鍋類は取り敢えず桜坂の自宅に運んだ。朱雀林業の人たちが運んでくれた。
お昼過ぎに、真珠の呼び出しで、スートラの調理係“胡蝶蘭”(こちょう・らん)ちゃんが自分の車(モコ)を運転してやってきた。桜坂家の台所を借りて、肉ジャガを作ってもらった。材料持参である。桜坂は彼女に材料代を払った。
「化学調味料は使わないのね」
「あれ使うと、全て台無しになります」
できたのを頂くと、ジャガイモは柔らかくてホクホクしているし、お肉も柔らかく、とても美味しかった。化学調味料を使ってないので、上品でソフトな味である。桜坂はこの味は好きだと思った。
「採用。よろしくね」
「はい、ありがとうございます。いつから勤務になりますか」
「今店舗を整備させてるから、ずれる可能性はあるけど8月2日・火曜日の大安を考えている」
「分かりました。それをメドに今のお店を辞めてこちらに引っ越して来ます」
「うん。よろしくね。じゃ開店が遅れても給料は8月1日月曜日から払うから」
「ありがとうございます」
ここまで見届けて、青葉はやっと高岡の自宅に戻ることができることになった。昨年10月30日に東京に出て行って以来、8ヶ月ぶりの帰宅となる!
千里は真珠たちが料理を試食している間に青葉を外に連れ出して言った。
「青葉さあ、今の状態はあまりにも忙しすぎる」
その忙しくしているひとつの原因は、ちー姉だぞと青葉は思う。
「1年くらい身体を休めないと、ダウンするよ」
「でもみんな私を休ませてくれない」
と青葉は言う。正直自分でもかなり疲労が溜まっている気がする。
「いちばん得意なはずの1500mで金メダル取れなかったのは性転換者の締め出し発表で動揺したのもあるだろうけど、忙しすぎて疲労が溜まっているのもあると思う。ひたすら練習するのもいいけど、青葉のレベルならかえって休んだほうがいい成績出せるよ」
だからその休ませてくれないのはひとつは、ちー姉のせいだと思うのだけど。
「青葉さあ、休みたかったら妊娠しちゃえば?」
「え〜〜!?」
「今私の2番が妊娠中で浦和の家で骨休めしている。お陰で他の2人が忙しくてたまらないけど」
青葉は念のため確認してみたくなった。
「関係無いけど、星田さんの買ったスカートW90で、妊婦用みたいと言われてたね」
すると千里は言った。
「青葉やはり疲れてる。スカーフと間違ってスカート買ったのは山先さんだったじゃん」
「そうだったっけ?」
それで青葉は、やはりここに居るのは千里1で、スペインで自分たちをサポートしてくれたのだろうと判断した、千里3が日本代表の合宿、千里2が妊娠している間に(*36)。京平君が推測していたみたいに1番はかなり霊力・体力を回復させている。もう2番・3番と差が無いのではと青葉は思った。
(*36) 毎度青葉は甘い!でも、すーちゃんでさえ、ヨーロッパに居たのは1番と思ったのだから青葉が勘違いするのも無理は無い。
「でも私が妊娠なんて許してもらえないよ。水連会長とパリまで頑張りますと約束したのに。トップアススリートが妊娠したら非難轟轟だろうし」
「非難されるくらい平気でしょ?」
「うん、それを気にするほどヤワじゃない」
「だから、うっかり妊娠したことにすればいいんだよ。芸能人がよくやるじゃん」
「確かに!あれ絶対わざとだよね」
「アクアもそろそろうっかり妊娠して休養させること考えた方がいいな」
「それFちゃんとMちゃんのどちらが妊娠する訳?」
「ふたりとも妊娠したりして」
「ありそー」
アクアMも絶対妊娠能力がありそうだと青葉は思った。
帰り道、神谷内・幸花・明恵・真珠・千里の5人は、ファイアーバードの“きつねうどん”で休憩したが
「このうどん奇抜だけど美味しい」
「このお稲荷さん凄く美味しい」
と好評だった。
「ここあらためてレポートに来よう」
と幸花が言っていた。
5人は店の外に置かれたテーブル“テラス席”で食べていた。難燃性のポリカーボネイト樹脂の“置き屋根”も置かれているので、小雨程度は平気そうである。
「井原さんが亡くなったことを聞いた時に、驚いたのは私と神谷内さんだけだった」
と幸花が言う。
「だって明らかに死相が出てたじゃん」
と千里は言った。
「あきちゃんも、まこちゃんも分かってたでしょ?」
「私は影が薄い人だなと思いました。3月末(白い虎事件)に会った時も感じたけど、4月末(開店祝い)に会った時は、更に影が薄くなってたから、この人、重い病気ではと思いました」
と真珠は正直に言った。
「3月末に会った時点で、もう手の施しようが無い状態で、もって3ヶ月だろうと思った。青葉が世界水泳終わって真っ先にこちらに来たのも、自分が来なければ解決できない問題が起きている思ってたからだよ。だから私も6月の世界水泳後の数日は予定を空けていた。地震は私も青葉も想定外だったけどね」
と千里は言っている。
明恵も
「私も井原さんの胸の辺りに暗い影を感じました。この人、多分心臓か肺の病気で、それもかなり深刻なのではと思ったけど、そんなこと言えないし」
と言っている。
「もしかして、あんたたち全員霊能者?」
と幸花は言っていた。
その後、真珠たちは伏木の青葉宅に青葉をポストしてから金沢に帰った。青葉は昨年10月30日以来242日ぶりの我が家だ。(12月の数時間帰宅を除く)
火傷をした小学生は、木曜日(6/30)に病院に行くと
「きれいに完治したね!やはり小学生の再生能力は凄いね」
と先生は感心していたらしい。
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【春避】(5)