【春避】(2)

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6月17日(金)の放課後、バスケット部員たちが練習のためにファイアーバードに行くと、敷地の入口の所に幅20mくらいの建物(ちょうどコンビニサイズ)が建っていて、半分はどうもお店になっているようだ。“氷見糸うどん”という旗も出ている。お店の看板には“きつねうどん”と書かれている(*6).
 

 
「うどん屋さんだ!」
と特に女子たちから歓声があがった。
 
店頭に座って居るのは、フラミンゴ管理人のひとり、雨晴日室さんだ。
 
「お店始めたんですか?」
と尋ねる。
 
「私たち、千里さんと、油揚げ載せた氷見うどんを好きなだけ食べていいという契約を結んでいるんです」
 
「面白い契約ですね!」
「それで、だったらいっそうどん屋さん作っちゃう?という話になって、飲食店の営業許可取りました」
 
「じゃ管理人さんたちが食べるためのお店?」
 
つまり社員食堂??
 
管理人さんは20-30代くらいの女性が7人で4時間交替で詰めているもようである。管理人室にシフト表が貼ってあった。
 

「もちろん、皆さんにも提供しますよ」
「いくらですか?」
「きつねうどん360円、稲荷寿司2個200円ですが、皆さんには社員価格で提供しますから、その半額の180円、100円で」
「安い!」
 
「トッピングはそこに値段書いてますが1個40円から120円ですが、特に皆さんにはその半額で」
「やった!」
 
見ると、掻き揚げ、とろろ、半熟?たまご、薩摩揚げ、キムチ、白身魚天麩羅、いわし天、あじ天、ふくらぎ天、いか天、えび天、鶏天、豚天、牛天、などが並んでいる。追加の油揚げというのまである!
 
「半熟卵は生だったり完熟になってたらごめんなさい」
「愛嬌、愛嬌」
「それでメニューには“?”(くえすちょん)が付いているのか」
 
「ねぎ・揚げ玉は好きなだけ入れて下さい」
「たくさん入れちゃおう」
 
ということで早速注文する。みんな天カスとネギを大量に入れていた。
 
「このきつねうどん、うどんより揚げが多い」
「うどん入りのキツネだな」
 
「だってたくさん油揚げ食べたいじゃないですか」
(↑キツネに任せるとこうなる)
 
「いいことだ、いいことだ」
「これに追加油揚げとか入れたら、ほぼ全て油揚げになるな」
 
この後、練習後きつねうどんとお稲荷さんを食べるのが定着することになる。
 
食器は“コロナが収まるまでの暫定処置”として全て使い捨て容器に割箸である。容器はコーティングされた紙製で、二重構造になっているので持っても熱くない。実は朱雀林業と大手食品メーカーが共同開発したものである。使用後は割箸ともども、ボイラーの燃料として使用するという話であった。ボイラーは石油も使って高温で燃焼させるので有毒ガスは出ないらしい。
 

この店には更に
「おにぎりもあるといいなあ」
「肉まんとかもあるといいなあ」
「ぜひコーラを」
などという声に応じて、様々なメニューが増え、更に
 
「ティッシュとかも置いてあるといいな」
「マスクも売ってるといいな」
「乾電池があると便利」
「ナプキン置いて下さい」
「タオルが欲しい」
「ちゃお置いて下さい」
「CanCanも欲しい」
 
などと様々な要望が出て来て、1年後くらいまでにはほぼコンビニ化していくことになる。野菜、お肉、パン、なども揃って、春貴など、ここで晩御飯の材料を買って帰ったりするようになった。
 

またこの店が出入口の所にあり、毎日15時から21時まで営業している(*5) ことから、保護者が迎えにきてくれる場合に、良い目印になるとして好評だった。実は何もない場所だから、冬になってから保護者が迎えに来てくれた場合、うっかり通り過ぎてしまうかもという声もあったのである。
 
なお夏休みの間は昼間練習するので、練習日は臨時に昼間も開けてくれるという話だった。
 

(*5) 15-21h営業というのは、実はキツネの活動時間帯に合わせている!!だから本当は午前3時から9時にも(看板は点灯しないが)内部的には営業していて、“社員寮”に住んでいるおキツネさんたちが食べに来ている!
 
この店を作ることにしたので、管理人は5人(匹)体制から2名増員して7人(匹)体制になった。若いおキツネさんが多くなったのは採用条件が「感染性の病気や寄生虫を持っていない」ことだったためである。
 
千里は2019年に火牛スポーツセンターの開発を始めた時に、津幡姫神様と話し合い、能登半島の取り敢えず南部、津幡・かほく・高岡・氷見近辺で“一族”のおキツネさんたちの感染症や寄生虫の駆除を始めていた。それで今回、病気に罹っていないおキツネさんを何人も確保できた。だから今回採用した7人の内5人が2-3歳の若いおキツネさんである。
 
(*6) “きつねうどん”という、お店の名前はメインのメニューがきつねうどんであることから来ていると見せて実は“きつね”がやっている“うどん”屋さんというのが実態である!
 

(再掲)

 
このうどん屋さんは寄棟造りの屋根で、その隣には方形造の屋根の正方形の建物が2つ並び、その向こうにはマンションのような平屋根の建物が立っている。こちらにはソーラーパネルが並んでいて、どうもそこで起こした電力で、お店や方形造りの建物などの電気もまかなっているようである。
 
マンションは管理人さんたちの宿舎らしいが、部屋数に余裕があるので、合宿しようと思えば、宿泊所としても使えるらしい。方形造屋根の建物はどちらも板張りになっていて、中を見せてもらったが、10m×10mの正方形ラインが引かれており、仕切り線もあって、剣道の練習場らしかった。ここもファイアーバードの利用券で利用できる。翌週には近所のJ中学の剣道部が年間利用券を購入した。
 
(参考)屋根の形の呼び名

 
お店・道場・宿舎は壁がつながっており、形式的にはひとつの建物である。この建物は、ファイアーバードの隣の“筆”に建っていて、きちんと“ひとつの敷地にひとつの建物”という原則を守っている。
 
元々は体育館の隣に管理人さんたちの宿舎を作ろうという所から始まっている。千里4が「剣道の練習場が欲しいなあ」と言ってそれが増築され、「うどん屋さんを作っちゃおう」という話が出て、それも増築されて、道路のそばまで建物は延長された。
 

2022年6月18日(土).
 
晃たちH南高校女子バスケットボール部は、北信越大会に出場して1回戦は勝ったものの準々決勝で敗れた。晃はアシスタントコーチ名目でベンチに座ってスコアを付けるとともに、適宜各選手が何分間オンコートしているかを奥村先生に報告して、選手交代の参考にしてもらっていた。また準々決勝の後、次の試合のテーブルオフィシャル(T/O)を頼まれ、晃はスコアラーほ担当した。
 
スコアラーは学校の制服を着て務めるので、T/Oをした他の3人、愛佳・夏生・舞花は学校の(女子)制服を着た。晃は制服を持って来ていなかったが姉の舞花が
「制服持って来たよ」
と言って、女子制服を渡した。それで晃は仕方無いので女子制服を着てスコアラーを務めた。
 
そして大会会場を出た後、晃は女子制服を着たまま姉と愛佳に連れられて“一言主神社”を探し回ったものの見付けることはできなかった。帰り道、3人は注連縄の掛かった石碑のようなものを見た。そこで姉の舞花は
 
「晃が女の子になって女子選手になれますように」
などと勝手に祈っていた。
 

大会後の自由時間は18時半集合だったのだが、実際には18:15に全員揃ったので出発した。
 
晃は試合には出ていないものの、一言主神社探しで1時間半も歩き回ったので疲れから眠ってしまった。バスが停まる音で目を覚ます。
 
「トイレ休憩します」
と奥村先生が言う。見ると、どうも津幡アリーナのようである。ぞろぞろと降りてトイレに行く。晃は結局女子制服を着たままなので、やむを得ずみんなと一緒に女子トイレに入った。たくさんトイレがあるので、全員すぐに個室に入ることができた。
 
ここはどこにも触らずにトイレを使うことができる。ドアは開いているのでそのまま中に入る。手かざしでドアを閉めると自動的にロックされる。ふたが自動で開く。トイレットペーパーを少し取り、便座除菌クリーナーのボックスの下にかざすと自動的に噴出されるので、それで便座を拭き、便器の中に捨てる。
 
それでおしっこをしていたら、唐突に目の前に8歳くらいの和服の少女の姿が現れたので、晃は仰天する。
 

どこから入ってきたの!?
 
と晃が思う間もなく、少女は晃に言った。
 
「お前、ちんちんが付いてる癖に女子便所を使うのか?」
 
ぐさっと胸に突き刺さる。
 
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「でも痴漢には見えない。もしかして女になりたいのか?」
 
「そういう訳じゃないんですが、姉が『女の子になる気ない?』とか『女の子になりなよ』とか言って、よく女の子の服を着せたがるんです。今日はどうしてもこの服を着る必要があったので着たのですが」
 
「でもいやいや着ているようには見えないぞ」
「女の子の服を着るの嫌ではないです」
「だったら、お前が望むなら女の子に変えてやってもいいぞ」
「望みません!」
 
「ふーん。だったら、取り敢えずお前のちんちんを預かる。ちんちんが無ければ女子便所使っても文句は言われまい」
「え〜〜!?」
 
少女は晃のちんちんを掴むと、ひょいと引き抜いた。
 
うっそー!?
 
「このちんちんは捨てておこうか」
「捨てないでください!」
「そうか?だったら、お前が高校卒業する時に返してやろう。それまではスカート穿いて女子高生を楽しむがよい。じゃな」
 
と言うと、少女の姿は消えていた。
 

晃があらためて自分のお股を見ると、ちんちんが無くなってる!
 
どうしよう?
 
と思ったら、晃はどうもお風呂に居て、裸の父も居た。お父ちゃんのちんちん凄く大っきーいと思った。よく家の中でぶらぶらさせてて姉に非難されてる弟たちのちんちんも大きいけど、お父ちゃんのはもっと大きい。ぼくに“付いてた”ちんちんは凄く小さかった。
 
「なんだ?お前チンコ無くしたのか」
「うん」
「チンコ無いと、小便できなくて不便だろう。俺がチンコ作ってやるよ」
 
ちんちんを作る!?
 
「材料はこれでいいかな」
などと言って、父が取りだしたのは、小学生が使うような粘土である。
 
父はその粘土を適当な量取り丸めて、ちんちんみたいな形にしてくれた。長さは3cmくらいだろうか。あ、ぼくのちんちんのサイズだと思った。そして父はそのちんちんにストローを差して縦に通る穴を開けた。
 
「こんなものかな」
と言って、父は粘土で作ったちんちんを晃のお股に木工用ボンドでくっつけた。
 
「これでちゃんと小便できるぞ」
「ありがとう」
 

そこで目が覚めた。
 
バスはもう津幡北ハイバスを抜けたようで小矢部バイパスを走っていた。
 
夢かぁ!
 
でもぼくこないだから何度も女子トイレに入っているけど、本当はぼく男の子なのに、女子トイレとか入っちゃだめだよね、などと思う。
 
バスは道の駅“メルヘンおやべ”に停まる。
 
“メルヘンおやじ”ではない!!
(この道の駅が出来た時、筆者は最初そう読み間違えた)
 
「ここでトイレ休憩します」
と奥村先生が言った。
 
それでみんなぞろそろトイレに行く。
 
晃はやはりぼく男の子なんだから男子トイレに入らないといけないんじゃないかなあと思い、そちらに行こうとした。でも中から出て来た男の人に
「君こっち違う」
と言われる。舞花が来て
「あんた何やつてんの?あんた性転換でもした?」
などと言って、晃を女子トイレに連行した。
 

それで「まいっか」と思い、晃も道の駅の女子トイレの列に並ぶ。やがて個室が空いたので中に入る。トイレットペーパーを少し取り、持参のアルコールジェルを掛けて便座を拭く。それでスカートをめくり、ショーツを下げて便座に座る。
 
ちんちんあるよなあと思う。やはりちんちん取られたのは夢か。それともこのちんちんって、お父ちゃんが作ってくれた粘土細工だったりして!?と思うと少し楽しくなった。
 
もし本当にちんちん無くなったら、無いままでもいいけどと思った。
 
ペーパーでおしっこの出た所を拭き、流して個室を出る。列に並んで手を洗い、バスに戻った。
 
しかし凄い夢だったなあと思った。(夢だったらいいね)
 

バスは途中、各々が帰宅しやすいポイントに部員を置いて行ったので、みんな割と早く帰ることができた。晃と舞花が帰宅したのは18:50頃だった。
 
「ぼくこの格好で家に入るの?」
「何を今更」
 
それで姉が鍵を開けて2人は「ただいまぁ」と言って中に入った。晃は恥ずかしいので俯いて居間に入るが、女子制服姿の晃を見て、両親や弟たちは何も言わなかった。少し拍子抜けする。
 
晩御飯の前にお風呂に入ったが、この時、晃は着替えにうっかり女の子ショーツを持って来ていた。
「ま、これでも、いっか」
 
と思ってそれを穿いて居間に行き、お茶を飲みながら今日の試合の話をした。30分ほどで姉がお風呂から上がってきたので、一緒に晩御飯を食べた。
 
結局晃が女子制服を着ていたことについては何も言われない。
 
しかしお風呂に入った後、女の子ショーツを穿いちゃったのは、女子制服で4時間半ほど過ごした余韻のせいかも、などと晃は思った。
 

姉が「簡単な手術受けて女の子にならない?」とか言ってるけど、少し調べてみたら、全然簡単な手術ではない!大手術じゃんと思った。しかもかなり痛そうだし、手術してから傷みが取れるまで数ヶ月掛かるという話だし。手術代金も高いし!
 
でもそれだけのお金を掛けて、それだけの傷みに耐えても女の子になりたい人たちがいるんだよなあと思う。
 

どうも自分は周囲から“女の子になりたい子”と思われているようだ。まあいいけどね。そもそも女子バスケ部の五月や美奈子も、自分の性別傾向を誤解している気がする。あの子たち、平気でぼくに抱きついてくるし!
 
晃自身は女の子になりたいと思ったことはない・・・つもりだけど、姉からも母からも「女の子になる気ない?」と、よく言われていた。子供の頃は姉のお下がりの服とか着てたから、左前の服は小学生の頃は、わりと普通に着ていた。幼稚園の頃は姉がスカート穿いているのを見て、自分も穿きたいと言って、お下がりのスカートもらって穿いていたこともある。
 
小学生になってからはスカートで学校に行ったりはしてない(←晃の友人たちの意見はきっと違う)。せいぜい毎年運動会でチア用スカートを穿いてチアリーダーをした(←普通男の子にはさせない)のと、鼓笛隊でファイフを希望したら
「ファイフの人の衣裳はこれね」
と言われてスカートを渡されたのでスカートを穿いたくらい。
 
あと学習発表会で
 
「高田さん、女役いけるよね?」
と言われてドレスを着て、舞踏会シーンに出たこともあった。
 
ピアノの発表会で着たドレスで出たら
「やはりそういう服を持ってるのね」
と言われた、
 
ぼくはいつもこの手の服を姉から押しつけられてるだけなんだけど。
 
(↑自分の特殊性に気付いていない)
 
もしかしてぼく元々、半分女の子みたいな扱いだったのかも?という気がした。
 
(↑Yes,Yes)
 

だいたい、うちの姉弟の洋服の流れというのが、
 
(新品)舞花(お下がり→)晃、(新品)茂之(お下がり→)涼太
 
となっていて、晃は女子流れに組み込まれていた!
 
さすがに中学になると、姉のお下がりではなく新品のワイシャツ・学生服を買ってもらったが、晃は身体が弟たちより小さいので、晃が着た服は弟たちに行くことはなく、茂之は新しいワイシャツと学生服を買ってもらっている。晃は弟たちに比べて細いので、幅的にも晃の服は弟たちには入らない。現在4人の身長は
 
舞花(高3)159cm 晃(高1)168cm 茂之(中3)177cm 涼太(小6)175cm
 
となっている。茂之(早生まれ)が中学を卒業すると同時に涼太が中学に入るから、きっと茂之の制服は、そのまま涼太にリレーされる。晃が中学時代に着た学生服は、母の友人の息子さんに譲った。
 
普段着に関しては、晃は姉より10cm近く身長はあるものの、身体の横幅がほとんど変わらない。それでアウターは上下ともに、わりと共用している。実を言うと晃の普段着は多くが元々舞花が着ていたものである。姉は飽きると晃に押しつける傾向がある。逆に晃が少し可愛い服など持ってると
「あ、この服可愛い。貸して」
と言って借りたまま返してくれない!(どこの家族にもよくある風景)
 
晃が冬季に着用しているダウンコートも元々は舞花が着ていたもので左前の仕様だが、普通に着ている。晃が左前の服を着ていても友人たちは変に思ったりしないようだ!
 
舞花が中学時代に着ていたセーラー服は強引に押しつけられたので、晃の部屋の衣裳ロッカーに掛かっているが、少なくとも人前で着たことはない。記念写真は撮られたけど!姉が高校を卒業したら、今着ている女子制服も「洗い替えに」とか言って押しつけられそうだ。
 

やはり今日の女子制服体験で少し精神的に昂揚してしまったようだ。疲れてるはずなのに、いつの間にか夜中1時になっていた。
 
ふと思い立って、ズボンとショーツを脱いで、ちんちんを両足の間にはさんでみる。まるでちんちんが無いかのようなビジュアルになる。しかも皮膚が引っ張られて中央にまるで割れ目ちゃんのような凹みができる。
 
小さい頃から時々やっていたものだが、この状態を見るとドキドキするのは、やはりぼく、女の子になりたい気持ちもあるのかなあ、などと思う。
 
この状態でショーツを穿くと、まるで女の子の下着姿みたいなスッキリした形になる。そのまま立って歩くのは困難だけどね。
 
スカート穿いてみようかな。
 
唐突にそんなことを考えて、衣裳ケースからコットンの膝丈スカートを取り出して穿いてみる。これはW63のスカートで姉には小さくなったので、もらった(押しつけられた)もの。
 
鏡に映すと、結構可愛い気がする。女の子っていいなあ。こういうの普通に穿けて。などと思ってしまった(←既にボーダーラインを越えている)。
 
ドキドキ。
 

そっと部屋のドアを開けてみる。姉の部屋からは音はしない。今日は2試合もして、そのあと1時間半歩き回っているし、きっともう寝てるだろう(←甘い!)。
 
晃はスカートのままそっと部屋を出ると、できるだけ音を立てないように階段を降りる。そして赤青2つのドアが並んだトイレ(詳細後述)(*7) の内、赤いドアの個室トイレを開けて中に入る。スカートをめくり、ショーツを下げて便座に座り、おしっこをした。
 
(参考間取り)

 
いつものようにペーパーで拭いてショーツを上げ、立ち上がってスカートの乱れを直す。ふたをしめて水を流し手を洗う。それから外の様子を伺って、そっとトイレのドアを開け、外に出る。階段を静かに登って自分の部屋に入った。
 
そして何となく気分で、結局パジャマには着替えず、Tシャツとスカートのままベッドに潜り込んだ。
 

晃は夢を見ていた。
 
夢の中で晃は女子制服を着て学校に行き、女子の部員たちと一緒に高岡C高校と対戦していた。結果は1点差でH南高校の勝ちだった。
 
「晃のお陰で勝てた」
「女子になってくれてありがとう」
「これでウィンターカップに行ける」
「君が思いきって性転換してくれたお陰だ」
 
え?この試合、ウィンターカップ県予選の決勝戦だったの?でも男子選手が性転換して女子の試合に出るって、ズルじゃない?と晃は思った
 

担任の真中先生が出てくる。晃は職員室に居るようだ。
 
「君、最近女子制服で通学してるよね」
「あ、はい」
 
やはり注意されるよねと晃は思う。
 
「いつも女子制服着てるなら、生徒手帳の写真が男子制服着た写真だと、それを提示した時、他人の生徒手帳ではと言われる危険がある。だから、女子制服を着た写真に差し替えたいんだけど」
 
え?そうなの?
 
それで「こちらに来て」と言われて、白い壁をバックに女子制服を着た状態の写真を撮られた。
「じゃこれ新しい生徒手帳ね。古いのは返して」
と言って渡される。
 
え?もうできたの?
 
それで晃はカバンに入っていた生徒手帳を出して先生に渡した(←無防備)。
 
渡された新しい生徒手帳の最後のページを見ると女子制服を着た自分の写真が印刷されているので「きゃー」と思う。
 
あれ?
 
「先生すみません。性別が女と印刷されているのですが」
 
「うん。女子制服を着た写真がプリントされているのに性別が男になっていたら偽物かと思われるからね。性別も女に訂正しといたよ。君の生徒原簿の性別もちゃんと女に修正したから、君はもう立派な女子生徒だよ。だから堂々と女子制服を着て通学してね」
 
「あ、はい」
 
うっそー!?ぼく女子生徒になっちゃったの?
 

奥村先生が出てくる。
 
「晃ちゃん、君を女子の試合に出すのに睾丸があると女子選手として登録できないんだよ」
 
そりゃそうだろうな。
 
「だから君の睾丸は卒業まで預かっておくから」
 
へ?預かる? (“預かる”というの割と重要)
 
「だからそこに寝て」
「はい」
 
それで晃がそこにある病院の診療用ベッドのようなものに横になると、奥村先生は晃の制服スカートをめくり、パンティを下げて、最初にその付近の毛をシェーバーで剃っちゃった。
 
小学4年生頃以来の毛の無い股間が出現する。
 
そして先生は「じゃ取るね」と言うと陰嚢を掴む。
 

ちょ、ちょっと待って!
 
「少しだけ痛いけど、我慢してね」
と先生は言って陰嚢の皮膚を縦に切開し、中の卵形の物体を引出し、身体と繋がっている紐を
 
切っちゃった!
 
え〜〜〜!?
 
切られる時に結構痛かった。“少しだけ痛い”じゃなかったぞと思う。せめて麻酔とか掛けてくれないの〜?
 
先生は更にもう1個も引き出すと、そちらも紐を切った。これも痛かった。
 
「これで君はもう睾丸が無いから女子と同じだよ。安心して女子の試合に出てね」
と先生は言った。
 
取り出した2個の睾丸は丸い小型のガラス瓶に入れられた。瓶の下の方には何か機械のようなものが付いている。
 
「じゃ卒業式の時に返してあげるね」
と言って先生はどこかに行ってしまった。
 

ぼく睾丸無くなっちゃった。もうぼく男の子じゃなくなっちゃったの?と思っていたら、いつの間にか姉の舞花がそばに来ていた。
 
「あんた今後も女子の試合に出てもらうけど、ちんちんがあると、万一それを誰かに見られた時に不審がられるでしょ」
 
待って・・・まさか・・・
 
「だからちんちんを隠してあげる」
 
隠す??
 
「これタックって言うのよ。性転換手術してないのに、まるで手術済みみたいに見える方法なんだよ。これ考えた人は天才だと思う」
 
姉は使い捨てのビニール手袋を填め、晃の股間に触り
「あら、もう睾丸は取ってたのね。だからあんた喉仏無かったのか。でも玉が無いなら作業が楽になる」
と言ってから、ペニスを掴むとまずはそれを後方に曲げて紙バンで留めた。
「これは仮留めだから」
 
仮留め?
 
「これからが本番」
と言い、姉はペニスの左右から陰嚢の皮膚を引っ張って中央に寄せ、そこを瞬間接着剤で留めた。30秒くらい手で押さえておいて接着剤が固まった所で、その先の陰嚢の皮膚を引っ張り同様に中央で接着する。
 
「この作業ビニール手袋填めてないと指まで陰嚢にくっついちゃうのよね〜」
などと言っている。
 

姉はそのようにして次々と陰嚢皮膚をペニス中央で留めていく。そして数分後、そこにはきれいに縦の“閉じ目(綴じ目?)”ができて、ペニスはその内側に隠れてしまった。姉は仮留めの紙バンを外した。
 
「立ってごらん」
それで晃がベッドから起き上がると、お股は、まるで割れ目ちゃんがあるかのような見た目になっている。実際は閉じ目だけど。
 
「これでちんちんを見られることはないね。安心して女湯にも入れるよ」
 
女湯〜〜〜!?
 
それはさすがに無茶すぎる。
 
「でもこれだとおしっこできないよ」
「大丈夫。ちゃんと普通にできるからトイレ行ってみ」
 
それで晃はトイレに入って便座に座ってみた。すると身体を曲げて座ったことでペニスの先が外に出るのである。それで普通におしっこすることができた。
 
「これすごーい!」
 
ちんちんがまるで無いように見えるのに、ふつうにちんちんからおしっこできるなんて!
 
ただ、おしっこの後で拭こうとしたら、かなり後ろの方まで手を伸ばさなければならなかった。でもこれが女の子のおしっこする位置なのかなと晃は思った。
 

トイレから戻ると母が居た。
 
「晃、あんた高校生にもなって、まだ胸が男みたいに平らなのは問題よ」
 
あのぉ、“男みたい”って、ぼく男の子なんですけど。
 
「だから女性ホルモン剤飲みなさい」
 
え〜?そんなの飲んだら、女の子みたいになっちゃうよぉ。
 
「こちらがエストロゲン。こちらがプロゲステロン。ちゃんと飲んでれば来年の夏くらいまでにはおっぱい大きくなるから」
 
そんなに大きくなったら困るんですけど。
 

「でもそれまでは、これ付けておきなさい」
と言って、母は“おっぱい”を取りだした。
 
何それ?
 
「上半身脱いで」
「うん」
「ベッドに横になって」
「うん」
 
それで上半身裸でベッドに横になると母は
「この付近かな」
と言って、その“おっぱい”を接着剤で晃の胸に貼り付けた。
 
きゃー。これまるで本当におっばいがあるみたい。
 
「これブレストフォームというのよ。Bカップのサイズだから、今までのA65のブラでは入らないから、このB70のブラを付けてね」
 
と言うと、母は新しいブラジャーを5枚置いた。更に母は
 
「胸が大きくなると男物のワイシャツでは入らないよね。ブラウスも用意しておいたからね」
と言い、ブラウスも5枚置いた。
 

そこで目が覚めた。
 
「夢かあ!」
 
しかし荒唐無稽な夢だったなあと晃は思った。去勢して女子の試合に出るとか無茶苦茶だよ、と思う。それで辻褄合わせで女子生徒になるとか。
 
やはり昨日の女子制服体験が結構刺激的だったんだろうなと晃は思った。
 
取り敢えずトイレに行くことにするが、自分がスカートを穿いたまま寝ていたことに気付く。着替えなきゃ・・・と思ったが、面倒なのでいいことにした!
 
時刻はまだ5時半である。日曜だから、多分まだ誰も起きてない。
 
それで1階に降りて、トイレに行く。思った通り、居間には誰もいない。おかげでスカート姿を誰にも見られなくて済む。
 
赤いドアの個室トイレに入り、便器のふたを開け、後ろ向きになってスカートをめくり、ショーツを下げて便座に座る。おしっこを出す。
 
え!?
 
おしっこが思わぬ所から出て来たのである。
 
お股を見て、ちんちんが無くなっていることに気付く。ぼく女の子になっちゃった?と思ったが、これは夢の中(←本当に夢か?)で姉が言っていた“タップ”?であることに気付く。その証拠に割れ目ちゃんは開けなくて接着されている。その状態だから、おしっこはこんなに後ろの方から出るんだ!
 
でもなんでタップ(?)されてるの〜?あれは夢の中だったはずなのに。
 

トイレのドアがノックされる。
「晃?まだぁ?」
という姉の声である。嘘!?もう起きてきた?えーん。スカート姿見られちゃう、と思ったけど、姉ならいいかと思う(*7).
 
「ごめーん」
と言って、晃はおしっこの出て来た所を手を伸ばして拭き、立ち上がりながらショーツを穿き、スカートの乱れを直した。ふたを閉めてトイレを流す。手を洗ってから外に出た。
 
「お待たせ」
「うん」
 

晃がトイレを出ると、姉がいきなり晃のおっぱい?を揉んだ。
 
揉まれて少し痛かったので「きゃっ」と小さな声を挙げてしまった。
 
「おっぱい、よく育ってるね。ちゃんとブラ着けときなよ」
と言って、姉はトイレの中に消えた。
 
スカート穿いてることは何も言われなかったけど・・・
 
おっぱい??
 
それで胸に触ってみると、“豊かなバスト”がある。
 
なんで?と思ったがすぐにこれは母に接着されたブレストフォームであることに思い至る。でもなぜ貼られてるの〜?あれは夢だったはずなのに。
 
取り敢えず両親や弟たちにスカート姿を見られないうちに2階にあがる。自分の部屋に入り、服を全部脱いでみた。
 
鏡に映してみると、そこにはごく普通の女子高生のヌードがあった。
 
まるで女の子になっちゃったみたい。
 
でもこれ偽装なんだよなぁ。凄いな。手術とかもせずにこんなボディラインが得られるなんて。さすがに女湯には入れないけどね。
 
といっても、男湯にも入れないぞ。困るなあと晃は思った。
 

結構寝汗を掻いていたので、ボディシートで全身を拭くそれからショーツを穿き、シャツを着ようとして
「ブラ着けたほうがいいかな」
と思い、衣裳ケースからブラジャーも出す。
 
「あれ?ブラが増えてる」
 
よく見ると新しいブラジャーが5枚あり、サイズを確認するとB70である。
 
「確かにこの胸はA65には収まらない」
 
それで母が買ってくれた?B70のブラジャーを着けた。肩紐を通して後ろ手でホックを留める。さんざん姉に練習させられたからスムースにできる。それから気分でアンダーシャツではなくキャミソールを着てスカートを穿こうとして、やはり恥ずかしい、と思い直す。
 
それでスリムジーンズを穿いた。ウェストゴムのストレッチジーンズ(前開き無し)なので、ビタリと身体にフィットするが、お股の所にはまるで何も無いかのようなシルエットである。
 
「タップって凄いなあ。でもなんでぼくタップされてるんだろう」
 
そんなことを考えながら、晃は下着の線が出にくい黒い半袖Tシャツを着た。
 
(下着の線は出なくても、バストラインが目立つと思いますが!?)
 

(*7)晃が小さい頃、家にはこの赤いドアの個室トイレしか無かった。弟が小学校に入った年に、弟たちの部屋が増築されて両親の部屋で寝ていた2人が各々部屋をもらったのと同時に、小便器付きのトイレも増設された。
 
(再掲)

 
元々のトイレはドアが赤くペイントされていたが“赤”に特に意味は無かった。隣の洗面台・兼・脱衣所を黄色くペイントしたので、何となくこちらは赤く塗っただけである。新しいトイレはドアを青くペイントしたが、こちらを使うのは主として男子という意味である。結果的に黄・赤・青という3つのドアが並んだ。
 
でも晃はそれまでの習慣から元からある赤いドアのトイレを使い続けた。それで家族の中に、赤と青の使い分けが生まれた。
 
赤:母・舞花・晃
青:父・茂之・涼太
 
結果的に3人ずつになり、トイレが混雑しにくいのである!
 
それで晃はあまり小便器を使う習慣が無い。座ってするほうが好きだったから、小便器トイレができてからも、晃はほとんどそちらは使っていない。立ったままするのは何だか野蛮な気がした。それで学校でもその延長で大抵個室を使用していた。だから友人たちも晃は個室を使うものと思っている。
 
それで晃が赤い個室のトイレに入るのは普通なのでそのことで興奮することはない。でもさすがにスカートを穿いて入るのはドキドキする。また個室トイレが塞がっていたら、遙佳から見ると、中に居るのは晃である可能性と母である可能性が半々である。それで「晃?まだ?」というセリフになった。
 

6月18-19日(土日).
 
千里3はバスケット女子日本代表のキャプテンとして、千葉ポートアリーナでトルコ遠征チームとの試合に臨んだ。
 
試合は18日が49-77, 19日が57-83で、いづれも日本が勝った。
 
・・・ということで、千里3は“18-19日には千葉”に居た。
 

6月19日(日)、S市。
 
その日は日曜なので、遙佳も歩夢も11時頃から、父のレストランのお手伝いに行った。お昼の混雑時間帯を何とか乗り切って14時を過ぎると少し落ち着く。人が少なくなってきたところで、遙佳のピアノと歩夢のフルートのセッションをした。
 
2人ともドレスを着たが、胸の上のほうが露出するタイプなので
「あゆ、お前まるでバストがあるみたいだな」
と言って、父が笑っていた。
 
「夏休みに性転換手術受けるか?」
などと父が(多分ジョークで)言うので歩夢は
「うん。手術して可愛い女の子に変身しちゃおうかな」
と明るーく答えていた。
 
遙佳は腕を組んでいた。
 

15:08.
 
最初に軽い揺れがある。
 
遙佳はピアノを中断した。歩夢もフルートをやめる。
 
続けて強い揺れがある。
 
「お客様!テーブルの下に隠れて下さい!」
と遙佳が大きな声で店内に叫ぶ。
 
お客さんは15-16人だったが、全員遙佳の声にすぐテーブルの下に入ってくれた。
 
歩夢はとても立っていられなくなる。遙佳が歩夢の身体を押し込むようにして2人でピアノの下に隠れた。
 

この日S市を襲った震度6の地震であった。
 
やがて揺れが収まる。
 
父が店内に向けて声を出した。
 
「お客様、お怪我はございませんか?」
 
客は全員テーブルの下から出て連れの人同士で身体に触ったりしている。遙佳・歩夢も店内を見て回った。
 
怪我している客は居ないようである。
 
「ご無事でしたら、お代は要りませんので、お気を付けてご帰宅下さい」
 
と父が言ったので、全員おそるおそる店を出る。お代は要らないと言っているのに、御札を数枚押しつけて退出した客も居た。
 
父は従業員たちにも、片付けは明日でいいから、帰宅するように言った。それで全員ユニフォームから通勤用の服に着替えて退出する。
 

従業員さんが着替えている間に、遙佳と歩夢は祖父と一緒に、テーブルの上の食器類を回収して洗い場に運んだ。ベテランスタッフの奥野さんも手伝ってくれた。
 
「奥野さんも早く帰ったほうがいいよ」
「うん、帰る」
と言って、彼女も更衣室に行く。
 
「しかしこの地震でもスープとかがこぼれてなかった」
 
グラスなどはさすがに倒れて水やジュースがテーブル上にこぼれているが、テーブルに縁があるので下には落ちていない。熱いスープ類はそもそもこぼれていなかった。ナイフやフォークも落ちていなかった。
 
「深い容器使ってるし、摩擦の大きなテーブルクロス使ってテーブルに縁も付けてたおかげだね」
「お客さんの少ない時間帯だったのも幸いした」
 
「お父さんもお祖父さんも大丈夫?」
「ガス器具は揺れを感知したら即ガスを遮断する仕様だしね。揚げ物は油を絶対鍋の3割以上は入れないようにしてるし。こちらは平気だけど、美術館が心配だ。お前たち向こうに行ってみてくれる?」
 
「うん」
 
それでレストランは父と祖父に任せ、遙佳と歩夢はドレスから普段着に着替えて、歩いて人形美術館の方に移動した。
 

美術館まで行くと、裏の崖が崩れて美術館が半分埋まっているので驚く。
 
「お祖母ちゃん、大丈夫?」
「遙佳かい?ドアが開かなくて出られない」
「お父ちゃん呼んで来るから待ってて」
 
と言って、遙佳は歩夢にここに居るように言い、走ってレストランまで戻る。遙佳が行くのは、遙佳の方が足が速いからである!
 
携帯は基地局がやられたようで圏外になっている。
 
それで父は祖父にレストランの留守番を頼み、車でいったん遙佳と一緒に家に戻る。そして自宅で斧を持って美術館に向かった(車を使わず手に斧を持って歩いていたら、きっと警察に捕まる)。美術館のドアを父が斧で破壊して、やっと祖母は外に出られるようになった。
 
「お人形さんたちは?」
「バルコニーから落ちた子はいるけど、概ね大丈夫っぽい気がする。マリアン(ウォーキング・ドール)は座り込んじゃったけど、怪我はしてないみたい。スイスイ1号(巡回ロボット)はスイッチを切った」
 
「でもよくこの建物自体が潰れなかったね」
と歩夢が言う。
 
父が言った。
「2月のバルコニー工事の時に、工務店さんが『壁が弱すぎるから強化します』と言って、鉄板で壁を補強していた。そのお陰だと思う」
 
「あ、それは私も少し思った」
「だったら、あの工事のお陰で、お祖母ちゃんもお人形さんたちも無事で済んだのね」
 

遙佳・歩夢は、父・祖母と一緒にいったん帰宅する。祖父は(多分)まだレストランの片付けをしている。
 
「取り敢えずお人形さんたち無事だったけど、この後、どうしよう」
と薫が悩んでいる。
 
「まずは人形をいったん全部運び出すべきだろうね」
と昇太は言う。
 
「賛成。この状態で雨でも降ったら、お人形たちずぶ濡れになって、ビスクドールの場合、取り返しの付かないダメージを受ける」
と遙佳も言う。
 
「きゃー!次、雨はいつ降るの?」
と祖母は狼狽している
 
「天気予報では今月いっぱいは晴れか曇。でも例年7月上旬には大雨が降る」
「今月中にどこかに人形たちを避難させなくては」
「しかしどこに?」
 
2月の工事の時は遙佳の通う高校が引き受けてくれたが、あれは1週間限定だったからである。行き先の当ての無い状態ではとても引き受けてもらえない。
 

この日の地震では、死者は出なかったものの、数人の軽症者が報告されている。また住宅の一部が崩壊したところ、家の塀が崩れた所などもあった。また市内のK神社では鳥居が倒壊している。
 
ライフラインなどは多くがすぐに復旧した。
 
※この物語はフィクションです。この日この時刻に震度6の地震があり鳥居が倒壊したのは事実ですが、その他の記述している内容はあくまで架空のものであり、現実の事象とは無関係です。
 

16時頃、家の電話が鳴る。
 
『北陸霊界探訪』のディレクター皆山幸花であった。
 
携帯はまだ回復してないのだが、家電(いえでん)は復旧しているようである。
 
「凄い地震でしたね。そちらお怪我とかはありませんでした?」
「誰も怪我はしてないのですが、実は美術館の裏の崖が崩れて、美術館が半分土砂に埋まってしまったんですよ」
「人形たちは?」
「全部確認はしてませんが、概ね無事なようです」
「良かった」
「2月にバルコニーの工事をした時に、金沢コイルさんお勧めの工務店さんが壁が弱すぎるといって強化工事をしてくださったので、そのお陰で建物自体は崩壊を免れて、そのお陰っぽいです。でも雨が降ったら雨漏りしそうだから、雨が降る前に人形をどこかに退避させないといけないのですが」
 
「取り敢えずそちらに行きます。今ちょうど能登空港に来ていたんですよ」
「ほんとですか!」
 

実はこの日『北陸霊界探訪』取材班は、§§ミュージック所有のホンダジェットの内の1機が新しい塗装になっているのを撮影に来ていたのである。
 
この機体は"Tiger"と呼ばれていた。元々はタイガー・エナジーという新電力会社が発注した機体だったが、天然ガスの高騰で経営が悪化し購入がキャンセルされた。しかしタイガー・エナジーのイメージキャラクターの虎の絵が描かれたスペシャル塗装の機体だったので、他の顧客に売ることができない。それを§§ミュージックが格安値段で買い取ったのである。契約により、この虎の絵は夏までには塗り替えなければならなかった。それで、絵の上手い夕波もえこが新たに虎の絵を描いて、それを転写したのである。
 
その新塗装の機体で、写真集撮影のため、薬王みなみがこの機体に乗って能登空港に来るという。『白虎の謎』の放送は終わってしまったものの、9月の放送で、後日談のひとつとして流すため、取材班が訪れた。この機体が飛来することは千里からの情報であった。§§ミュージックとしても、期待の新人・薬王みなみの宣伝になるので取材をOKした。
 
ただ、写真集の撮影が終わった後にしてくれということだった。
 
薬王みなみは18日(土)の朝、Honda-JetNewTigerに乗って能登空港に来て、その後、能登半島各地で写真とビデオの撮影をした。コロナがまた感染者数が増えてきている状態(第7波?)で、この手の撮影は基本的に人口密度の低い地域でおこなうことにしている。能登半島はわりと条件の良い場所だった。
 
似た時期に、白鳥リズムが利尻島(利尻空港 1800m)、ラピスラズリは男鹿半島(秋田空港 2500m)、姫路スピカは根室半島(中標津空港 2000m)、恋珠ルビー&花貝パールは壱岐(壱岐空港 1200m)、水森ビーナは伊豆大島(大島空港 1800m)に行っている。なおHonda Jetの離陸距離は1067mである。
 

能登空港では、15時頃、みなみが戻って来たので、"New Tiger"の前に立つ、みなみの写真・ビデオの撮影をしていた。放送局でもなきゃ機体そばでの撮影なんて許可されない。その時に、この地震が起きたのである。
 
能登空港ではそれほど大きな揺れでは無かったので、滑走路の点検が行われたあと、みなみは30分遅れで熊谷に向けて飛び立って行った。その直後、幸花は薫館長の自宅に電話を掛けたのである。スマホにはつながらなかった。
 
それで、取材で来ていたメンバー、幸花・明恵・真珠・千里がすぐにS市に向かった。ここに千里が居たのは、薬王みなみを迎えるためだが、これが“人形たちにとって”幸運だった(千里のいつもの予定調和)。
 
それで17時頃、幸花、明恵、真珠、千里の4人はS市に到着した。
 
遙佳は千里を見た時「きっと千里さんなら何とかしてくれる」と思った。
 
千里は半分土砂に埋まった美術館を見て言った。
 
「輪島市に私が関連している(実際は所有している)会社の営業所があるんです。そこに今日中に人形たちのための倉庫を建てさせます。それですぐにも人形たちをそこに退避させませんか?」
 

「すぐにですか?雨が降る前にやればいいかなと思っていたのですが。幸いにも、天気予報では10日くらい雨が降らないみたいだし」
と薫館長。
 
「確かに雨はしばらく降らないかも知れないけど、急がないと、この美術館自体が土砂の重みに耐えられず崩壊する危険もありますよ」
 
「それ考えてなかった!」
 
動転してて、そこまで気が回らなかったのである。
 
「輪島ならそんなに遠くないし、何とかなるかな」
「だから人形の梱包をしましょう。取り敢えずVIPドールたちから順に」
「そうですね」
 
「人を呼ぼう」
と言って、幸花は何ヶ所かに連絡した。真珠も何人かに連絡していた。
 

取り敢えず、この4人と遙佳・歩夢・薫・珠望の合計8人で人形美術館で人形の梱包作業を始めた。
 
4月にビスクドール展を開催した金沢からお人形たちをこちらに運んだ時の梱包材料は、また夏にビスクドール展をするかもしれないということだったので、レストランの倉庫に放り込んでいた。それを昇太と遙佳で持って来て、その梱包材料を使い、人形を包んで箱詰めする。
 
18時半頃、美術館の駐車場にトレーラーが駐まる。運転してきたのは播磨工務店の青池である。リフトでトレーラーから仮設トイレを降ろす。
 
「トイレがある!嬉しい!」
という声がある。
 
「木材運搬とかのために使っているトレーラーを輪島から持ってきました。これに積み込みましょ。たぶん2〜3往復で運べる気がします」
 
「助かります」
 

青池は大量の梱包材料も積んできてくれたので、これで人形たちを梱包できる。
 
それでVIPドールたちと一部の特に大事な人形(ウォーキングドールのマリアンなどを含む)は珠望のインサイトに積み込み、それ以外の人形たちはトレーラーに積み込むことにした。
 
青池はVIPドールたちの積み込みが終わると、インサイトを運転して輪島に向かった。彼(彼女?)なら、絶対的に安心である。
 

遙佳と歩夢が各々何人かの友人を呼んだ。
 
「そちらも大変だとは思うんだけど」
「こちらは何とかなってる。お人形さんたちはヤバイね」
と言って、手伝いに来てくれた。
 
それで2人の友人男子3人女子6人が加わり、梱包作業は17人で進められた。
 
人形は、珠望・薫・千里の3人の手で半分土砂に埋もれた美術館から外に運び出す(危険な作業を担当している)。遙佳・歩夢・幸花・明恵・真珠、手伝いに来てくれた友人の内の女子6人の合計11人で梱包する。そして友人男子3人の手で、梱包した人形を段ボール箱に入れ、トレーラーに積み込む。
 
19時半頃には、美由紀が呼び出した春貴がキャラバンで駆けつけて来てくれた。春貴のキャラバンには真珠のお友達の男の娘、マリア・ルチカ・エリザ・アリスの4人も同乗してきた。またこのことを偶然知ったという氷見の女子高生4人(愛佳・舞花・晃・美奈子)がお母さんの車(アコード)で来てくれたので、彼女たちも作業に加わった。
 
これで20時頃までに(多分)1000体くらいの人形をトレーラーに積み込んだ。
 
19:50頃、駐車場に2台目のトレーラーが入ってきた。運転してきたのは播磨工務店の広沢である。彼も梱包材料をたくさん運んできてくれた。また彼は重たくて誰も動かせなかったスイスイ1号を美術館の外に搬出してくれた。
 
1台目のトレーラーが満杯になった所で、運び込みはこちらに切り替える。そして1台目のトレーラーは千里自身が運転して輪島に運ぶことにし、出発した。
 
20時になったので、歩夢と遙佳の友人たち9人は家に帰した。
 
「ありがとうね。凄く助かった。お礼はまた後で」
「うん、大丈夫だよ」
 
彼らにはあとでお礼に、フレグランスのパン食べ放題券を渡した(2月に人形移動を手伝ってくれた時にも渡している)。
 

友人たちと入れ替わりに、金沢から、神谷内さんの運転するエスティマが到着する。乗ってきたのは、初海・邦生・瑞穂、それに青葉の友人の世梨奈・美由紀、更には月見里姉妹である。
 
それで、この人形退避作戦は、レストランの片づけをしていた昇太と広詩も加わって総勢26人で深夜まで続けられたのである。
 
美術館からの搬出(5) 珠望・邦生・真珠・神谷内・昇太
 
梱包(17) 遙佳・歩夢・薫、幸花・明恵・初海、美由紀・世梨奈・月見里姉妹、マリア・ルチカ・エリザ・アリス、舞花・晃・美奈子
 
トレーラーへの格納(4) 瑞穂・春貴・愛佳・広詩
 
薫は体力を考えて梱包に回ってもらい、運び出しに神谷内と邦生が入った。広沢もいるが、荒っぽいので人形は扱わせられない。でも氷見の女子高生のお母さんと2人で買い出しを担当してみんなに軽食と暖かい飲み物を配ったりしてくれた。薫の夫・高がレストランの調理場で作って来たおにぎりやサンドを配っていた。高は体力もないし夜目がきかないので支援に回っている。
 
遙佳と舞花がメールアドレスの交換をしていた。舞花は美由紀ともアドレス交換していた。どうも美術関係で意気投合したようであった。歩夢と晃もアドレス交換していたようである。2人はフルート好きというので意気投合したようだ。
 
この時点では、歩夢も晃もお互い相手を普通に女子と思っている!だって、どちらもおっぱいあるし!!
 

人形がどんどん運び出される中、薫と遙佳は、美術館内の、パソコン、人形原簿、なども搬出した。“琥珀”の絵はトレーラーに積んだ。きっと彼女が人形たちを守ってくれる。
 
「この事務机は持って行けないよね」
 
などと言っていたら、作業を手伝っていた、播磨工務店の広沢さんが
「取り敢えず外に退避させましょう」
と言う。
 
「でも館内は人形の運び出しをしてるから」
「窓を壊せばいいですよ」
 
と言って、彼は足で蹴って窓を破壊した。これで事務室から直接外に出られる。そして彼は、事務室内にあるものを全部駐車場の隅に移動してくれた。
 
彼が重たい机とかロッカーとか金庫とか冷蔵庫をひとりで楽々と抱えて運ぶので、薫も遙佳も
「凄い力ですね」
と驚いていた。
 
置いた場所には、暗いので車をぶつけたりしないよう懐中電灯を1つ点けて置いた。スイスイ1号もここに一緒に置いた。
 

21時頃、千里がトレーラーを運転して戻って来た。トラックには千里の友人で南野鈴子さんという20代の女性が同乗していた。
 
21時半頃、2台目のトレーラーがいっぱいになったので、再び千里が運転して輪島に向かった。
 
22時頃、氷見から来てくれた女子高生たちを帰すことにする。詳細は後述するが、南野鈴子(すーちゃん)が送っていった。彼女はこのために千里が連れて来たのである。
 
すーちゃんはフランスとスペインで水泳日本代表のサポートをしていたのだが、6月12日で世界水泳に出ないメンバーがムーランエアーの飛行機で帰国したので、それに紛れて一緒に帰国していた。半月くらい休んでていいよと言われたのに、一週間もしない内に呼び出されたので全く千里は嘘つきだと思った。
 
千里は22時半頃、今度はCX-5を運転して戻って来た(*9). CX-5には、千里の友人・花山星子(ほしちゃん)と米沢湖鈴(コリン)も同乗していた。
 
人形は23時頃までに全て梱包し、トレーラーに積み込み終えることができた。三度、千里が運転して輪島に向かった。
 

神谷内が駐車場の隅に置かれた机などに気がつく。
「これはどうする?」
「運びましょう」
「ワゴン車があるね」
「誰のだっけ?」
「私が千里さんから借りてるんです」
と春貴。
 
「千里のなら借りていいな」
と広沢さんが言い、キャラバンの座席を畳んで机やスイスイ1号など大きなものを積みこんだ。この車は広沢が運転して輪島に向かった。人形ではないので荒っぽい広沢にでも運転させられる。スイスイ1号も丈夫なので平気だろう。
 
人形原簿やパソコン、金庫、会計簿などは、取り敢えずXC-40に載せた。
 
広沢と入れ替わりに、千里の秘書・天野貴子が大型バスを持って来た。貴子がコリンや星子たちと話し合った結果、下記のように車を運転して移動することにした。
 

明日学校がある遙佳・歩夢・広詩は家に帰す。これは家の場所を知っている小杉(*8) が3人をXC-40に乗せて送っていくことにした。小杉が本人たちと話した結果、広詩はもう少し残り、女の子2人(遙佳・歩夢!)と高齢の高を帰すことにし、その3人を乗せて小杉が運転して彼女たちの自宅に向かった。
 
人形原簿やパソコンなどは遙佳たちが持って降りる。小杉は一休みしてからXC-40を輪島に回送する・・・予定だったのだが
 
小杉と前にも会っている遙佳は、
「急がないなら泊まっていって」
と言い、小杉も言葉に甘えて泊めてもらい、翌日昼頃に輪島に移動した。
 
(*8) 小杉は千里4の髪留めに姿を変えて、ほぼ常時千里4に付いている。この日は初期段階で買い出しなどをしていた。23時に千里がトレーラーを運転して輪島に向かった時、残るように言われて美術館前で待機していた。遙佳は小杉の正体をだいたい推察している。
 

明日仕事のある邦生と瑞穂は、千里が乗ってきたCX-5に乗せて、コリンが運転して金沢に送っていった。同様に仕事のある春貴はアコードを星子が運転して氷見に送っていった(この件も後述)。男の娘4人は大丈夫と言ったので、明日の作業のために残ってもらった。
 
XC-40:幸花たちが乗ってきた車/小杉が遙佳たちを自宅に送る
CX-5:千里が22:30に輪島から乗ってきた車/コリンが邦生と瑞穂を金沢へ送っていく
エスティマ:神谷内たちが乗ってきた/鈴子が氷見組を送っていった
キャラバン:春貴が乗ってきた/広沢が荷物運搬で輪島へ
インサイト:珠望の車/青池がVIPドールを運んで輪島へ
アコード:舞花たちが乗ってきた/星子が春貴を送っていく
 
それ以外のメンツは、千里の秘書、天野貴子さんが持って来たバスに乗り、輪島に移動した。
 
昇太と広詩は、みんなが去ったあと、忘れ物、また美術館内に大事なものがないか点検し、ここで館内でケースの下に入り込んで見落とされていた人形を2体!と梱包されたものの積み残しと思われた1箱(たぶん4-5体)を回収して、日産ルークスに乗せ、自宅に連れ帰った。この人形たちはほんとに危ない所だった。暗いから箱を見落としたのだろう。
 
 
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【春避】(2)