【春零】(4)
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アクアは山村マネージャーが運転する“アクアのアクア”virgo で帰って行った。
この日のインタビュー撮影
9:30-11:00 スパイス・ミッション
12:00-13:30 ラピスラズリ
15:00-16:30 常滑真音
悠木恵美が運転する“舞音のアクア”から舞音が降りてきて、ケイとラピスラズリが迎える絵を撮影する。ラピスラズリはインタビューする側なので紫のワンピースを着ている。舞音は招き猫の着ぐるみ!である。着ぐるみのまま何とかシートベルトをしていた。
ラピスラズリが舞音を案内して玄関からサンルームに導く。ポスターはUFO, スパイス・ミッション、ラピスラズリ、常滑舞音となっている。
サンルームで青葉が歓迎する、青葉とケイの衣裳は前3人と変わらない。
「自己紹介をどうぞ」
「常滑出身、常滑なめまね・招き猫の舞音きんでーす」
「猫ちゃんなの?」
「そうでーす」
「だったら君にはカリカリをあげよう」
「カリカリ大好きでーす」
「ホントに?」
「実は食べたことある」
「色々やってるなあ」
「舞音ちゃんのデビューに至る経緯はほんとに偶然の連続だよね」
と朱美。
「はい。今考えても信じられないです」
と舞音。
「2021年のローズ+リリーさんのお正月ライブで、最初ライブのお手伝いにエーヨ(甲斐絵代子)を連れていく予定だったんです。ところが直前に彼女体調を崩して私が代役で出させて頂いたんですよね」
「このステージで舞を舞うシーンがあって、その舞がとてもよくできていて素人ではない、とケイさんの叔母様の若山鶴風師匠がおっしゃって。確かに私は小さい頃から日本舞踊を習っていたんですよ。それであんた名前あげるから名取り公演をしなさいと言われました。でもコロナの折、人を集めての名取り公演ができないので、あけぼのテレビで放送して頂けることになって」
「その放送を偶然にも常滑市長さんが見ておられて、常滑出身のタレントさんが居るのなら、常滑焼きのキャンペーン曲を歌ってほしいという照会があって。それでCDを制作したら、常滑市・常滑焼きの関係者さんがたくさん宣伝して下さって思いがけずたくさん売れてしまって。それでこれだけ売れたら、もう正式にデビューしたことにしようと言われて。その後ひたすらミリオンが出て。昨年は夢のような1年でした」
「いやあ、ラピスラズリも最初は対抗しようと思ってたけど今ではすっすり諦めた。君は今、§§ミュージックの、北里ナナ、アクアに次ぐNo.3の歌手たよ」
「評価して下ってあがとうございます」
なんかどさくさ紛れに、北里ナナをアクアと別にカウントしてるし。
「その後はCM曲の話がどんどん来るし、漁協さんのキャンペーンで『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』を歌ったら子供たちに人気が出て、童謡を歌う話がたくさん来るし」
「今やCM女王だね」
「私、週に2回くらい何かのCMの収録とその曲の音源制作やってますよ。毎月のようにCD出してるけど、未収録曲がどんどん溜まっていってる状況で」
「ほんとによく舞音ちゃん見るもん」
「そういえば、君と七尾ロマンちゃんと薬王みなみちゃんの3人で作った“まろみ”という秘密組織があるとか」
と朱美は言う。
「そういう内輪ネタを」
と舞音は笑っている。
「まね・ろまん・みなみ、で“まろみ”なんです。私の名前が先頭にあるのは特に意味は無くて、この3音の組み合わせでいちばん発音しやすいからなんですけどね」
まろみ・まみろ・ろまみ・ろみま・みろま・みまろ、では“まろみ”が確かにいちばん言いやすい。
「これは、いかにしてアクアを越えて自分たちが事務所のトップになるかという秘密組織なんですよ。朱美ちゃんも入りません?」
「それいいなあ。入れてもらおうかなぁ」
と朱美。
「私は?」
とはるこが訊くが
「アクアたちを越えるということは、当然はるこも越えるということ」
「え?そうなの?」
「歌の上手さで、アクア・北里ナナの姉妹の次がはるこちゃんというのは、全員一致の見解」
と舞音。
「だから、はるこを越えてもまだ上にアクア姉妹が居るから、どうやってあの2人を越えるかとゆー相談だよねー」
と朱美が言っている。
「私は途中地点だったのか」
「そうそう」
「完璧に内輪ネタだね」
と朱美も笑っていた。
「最近は舞音withスイスイというパターンも多いよね」
「そうなんです。姉妹歌手では甲斐姉妹のほうが先行していたんですが、甲斐姉妹はラピスラズリと一緒に歌う機会が多くて、私は当時暇だった水谷姉妹と一緒に音源制作することになって。童謡関係では完全に舞音withスイスイで定着しました」
「そうそう。私たちと甲斐姉妹の組み合わせも多い」
「ラピスラズリのCDでバックコーラスが甲斐姉妹というのも多いですよね」
「そうなんだよね。ルビーの音源制作にパール、夕波もえこ、ビーナが入るパターンも多いし。幾つか組み合わせが固定化してきてるね」
「ビーナちゃんは昨年夏は私やスイスイと一緒に童謡の制作をしたのですが、彼女の日程が詰まってきてもう無理になりました」
みんなビーナのことは完全に女子扱いである。性転換手術を終えたらしいという情報も女子寮の全員に伝搬している。小学2年生の頃から女性ホルモン飲んでいたらしいという情報も男子寮を震源に女子寮まで伝わってきている。
青葉はビーナが男の子である(元男の子だった?)ことを知らない!
「あの子も忙しいよねー」
「うちの事務所で5指に入りますよね」
「うん。アクア、北里ナナちゃん、舞音ちゃん、私たち、次がビーナだと思う」
どうも朱美も舞音は“北里ナナ”をアクアと別にカウントする方式のようだと青葉は思った。ケイさんもその数え方に異義を唱えない。
歌に行くことにする。濡れ縁を通りピアノ室に向かう。ラビスラズリの時はアクア、北里ナナ、姫路スピカ、白鳥リズムだったが、“アクア”が外されて北里ナナ、姫路スピカ、白鳥リズム、ラビスラズリのポスターが貼られている。
「このポスター誰が貼ってるのかなあ」
と、はるこが言う。
「きっとコスモス社長の秘密組織だよ」
と朱美。
青葉もケイも、本当にそうかもと思った。
今回は、はるこがピアノの前に座り、舞音は招き猫の着ぐるみを脱ぐが、その下にエドゥアール・マネの『笛を吹く少年』のコスプレをしていた。
舞音がファイフを取り出して前奏のメロディーを吹く。はるこのピアノが始まり、舞音は『マネがマネのマネをした』を歌唱した。
演奏が終わり、朱美・青葉・ケイが拍手する。
「やはり舞音ちゃんコスプレ女王だ。招き猫の格好のまま歌うのかと思ったら、その下に別の衣裳があったとは」
「衣裳の重ね着多いです。夏は大変ですけど」
「大変だろうね!」
ということで取材は終了した。これが16時半頃だった。
「皆さんお疲れ様でした。少し早いけど御飯食べてって」
と千里が言う。
「確かにお腹が空いた!」
と舞音が言っている。
「それだけ仕事してたらお腹空くだろうね」
「私毎日かなりたくさん食べてる気がするのに体重がほとんど変わらない」
「消費してるだろうね」
それでリビングに入って夕食を取った。これに参加したしたのは、青葉、千里、ケイ、ラピスラズリ、舞音、悠木恵美、の7人である。ほぼ§§ミュージック関係者だけなので、気楽な食事会になった。
「わあ、焼肉だ焼肉だ」
と舞音が喜んでいる。
全員普段着に着替えた。舞音は招き猫柄のTシャツとスカートを着ている。
「この手の服、もらっちゃうからたくさんあって」
などと言っている。
「ここに来る時着てたセーラー服は学校の制服?」
と訊く。
「いいえ。女子高生っぽい服ということで選んだもので、うちの学校の制服はブレザーです」
「なるほどねー」
「ロマンちゃんがいつもセーラー服着てるね」
「あれで通学してるみたい」
「うん。あの子の高校は制服が無いから」
「制服の無い学校も結構増えてきた気がする」
「まあ制服が無いということは、男子がセーラー服を着てもいいということで」
「学生らしい服ならOKということになってるけど、セーラー服は間違い無く学生らしい服だもんね」
「実際セーラー服とか女子高制服っぽい服を着てる男の子いるらしいよ」
「へー」
「そういう子、トイレとか更衣室はどうするの?」
「それぞれの状況によるらしい」
「なるほどねー」
女性度次第だよな、と青葉も思った。
ロマンの高校はかなり柔軟である。上田信希(上田姉)と同じクラスの大城令耶など一応女子用標準服を着ているが、実際には男にしか見えない。でも彼、ではなくて彼女は心が本当に女の子であることをみんなに認められているので、普通に女子トイレ・女子更衣室を使っている。
校外に出る時は、誰かが付き添って「病気で男っぽい身体付きになっちゃったけど間違い無く女の子」と証言してあげている。彼女は16歳の誕生日をすぎたところで親の許しを得て去勢手術を受けたので、もう男に戻ることはできない。
リビングに中華料理で使うような回転卓が置かれている。各座席の前には一人用ホットプレートが置かれており、お肉は中央の回転台に乗っている。
「とやま牛のロース、モモ、カルビー、とやまポークのモモ、バラ、能登地どりのモモ肉・ムネ肉、長野県・安曇野のウィンナー、地元石川富山県産の野菜たくさん、自由に取ってね。無くなったらどんどん追加するから」
と千里は言っている。
食卓に就いている7人の間にはポリカーボネイトの透明板が置かれていて、回転台の上のお肉のトレイにもふたが付いているので、万一くしゃみなどをしても飛沫がお肉に付くことはない。そもそも焼いて食べるので安全度は高い。部屋の換気も良く、寒いくらいに風が通っていた。
青葉の助手の真珠と初海が給仕係をして、御飯・お味噌汁のお代わり、またお肉の追加などをどんどんしてくれた。
「御飯も美味しい」
「石川県産の“ひゃくまん穀”です」
「大宮先生のご家族とかは、どこか別の部屋におられるんですか?」
と舞音が訊く。
「この家にはもうひとつリビングがあるから、そちらに居るんだよ。向こうは向こうで焼き肉してる」
と千里が!答える。
「すごーい。リビングが2つあるってさすがですね」
「舞音ちゃんも家を建てたらリビングが7個くらいある家を建てるといいよ」
「どうやって使い分けるんですか!?」
「私の泊まる部屋を用意して。舞音を起こさないといけないから」
と悠木恵美。
「もちろん、もちろん」
と舞音。
「朱美ちゃんの家には調理係さんと、掃除係さんと、運転手さんが泊まりこんでいるという噂が」
と舞音は言う。
「調理係さんは居るけど通いだよ〜。マネージャーも通いだけど」
と朱美。
「マネージャーは絶対泊まり込みが楽だと思う」
と悠木恵美は言う。恵美は女子寮で舞音の隣の部屋を与えられている。
「それをやると、毎朝はるこを起こすという大変な作業まですることに」
「朝はマネージャーんが来るんじゃないんだ?」
「朝はドライバーさんが来て、夜はマネージャーの倉橋さんか東丸さんが送ってくれる」
「つまり、はるこちゃんを起こすのは毎朝、朱美ちゃんの仕事か」
「ごめんなさい」
「この子、低血圧だからね。だいたい毎日1時間掛けて起こす」
「朝起こし係を雇うべきだな」
「そういえばUFOはコスモアイル、スパイス・ミッションは海王丸で撮影した映像と組み合わせるみたいだけど、舞音ちゃんは追加取材とか無いの?」
「高岡大仏の所で利長くんと遭遇したので、その絵を使うことにしました」
「ああ」
コスプレ女王とゆるキャラは相性がいい。
「ラピスは?」
「私たちは昨日UFOの取材が終わった後、各々の実家に帰る前に白尾灯台に寄って、そこで夕日をバックに撮影しました」
「そんなことやってたんだ」
「ということは、ラピスラズリも舞音ちゃんも後は帰るだけだね」
「そうなるみたいでーす」
「美味しかったぁ」
といって、食事が終わったのが17時半頃である。
朱美が提案して、全員自分の食器は全部自分でシンクに持っていく。真珠と初海がホットプレートを片付ける。
千里が「万葉のハンガリー土産」と言ってチョコを配り、真珠と初海が紅茶も配って一息つく。
「じゃ18:10くらいに出るつもりでいようか」
と千里は言った。
「空港まで誰が運転するの?」
とケイが訊くと
「私が運転するよ。私も浦和に戻るから。火曜日からNTCで合宿だし」
と千里が言っているが、ケイも青葉も「白々しい」と思った。ふたりともここに居るのは1番で、合宿に参加する3番とは別の千里だと思っている。
食事が終わって30-40分し、お腹も少し落ち着いて来た所で
「そろそろ出発しようか」
ということになる。
千里が先に出て、駐車スペースからVolvo XC90 を出す。
「乗って乗って」
「いつの間にこんな車が」
実はラピスのインタビューをしている間に初海が持って来たのである。
「やっと見付けた。誰が最後に使ったか分からないけど鹿児島まで行ってた。それを回送してもらった」
と千里は言っているが、実は回送ではなく転送である!
それで、2列目にラピスラズリの2人とケイ、3列目に舞音と悠木恵美が乗り、助手席に真珠が乗る。それで能登空港に向かう。
「みんな寝ててね〜」
と千里が言うが
「疲れたから寝てます」
と舞音も答え、ほぼ全員が車に乗って10分もしないうちに眠ってしまった。
「まこちゃんも寝ててね」
「寝ていることにしますから自由にどうぞ」
「あはは」
それで千里が運転?するXC90は、“18:45”には能登空港に到着した、本来なら1時間半掛かるからどうしても20時近くになるはずである。待機していた Hond-Jet
DeepBlueは、19:10頃、熊谷に向けて離陸して行った。
ちなみに能登空港は19:30までは離着陸が可能である。富山空港は21:30まで使えるが「離陸がいつになるか分かりません」というのは困る。それで時間制限はあるものの、融通のきく能登空港を使った。
座席の配置はこのようにした。
前向きの席:ラピスラズリ、後ろ向きの席:舞音と恵美、ケイ:補助席、千里:コーパイ席
体力の無い東雲はるこを最も楽な席に乗せた。千里がコーパイ席に乗るのは万一の場合は千里が操縦できるようにである!千里はライセンスこそ持ってないものの(1番以外は)G450もHonda-Jetも操縦できる。G450は以前からよく練習で飛ばしていたが、Hond-JetもBlackの機体を買ったのでそれでかなり練習した。実はHonda-Jetを自分でも買ったのは練習のためだった。
本当は舞音、ラピスラズリ、アクアは同じ機体には乗せないルールなのだが、千里が同乗するなら大丈夫でしょう、ということでコスモスは今回の同乗を許可していた。
Flight Schedule
7/2
9:00->10:00 Blue(能登) UFO,Lapis,ケイ、コスモス
12:00<-11:00 Blue(能登) 彪志
17:00->18:00 Red(小松) スパイスミッション・砂糖
19:30->20:30 Orange(富山) 舞音・恵美
7/3
11:00<-10:00 Red(小松) UFO,コスモス
17:00<-16:00 Orange(富山) スパイスミッション・砂糖
17:30->18:30 Blue(能登) 南田・立花(後述)
20:10<-19:10 Blue(能登) Lapis,舞音・恵美、ケイ
ラピスラズリだけが往復とも同じ機体を使用し、往復とも同じ空港を使用した。アクアは飛行機には乗せず往復転送している!
UFO Blue/Red 能登/小松
SPM Red/Orange 小松/富山
舞音 Orange/Blue 富山/能登
Lapis Blue/Blue 能登/能登
舞音は東京←→熊谷の往復も、富山での取材も同じ“舞音のアクア”1号車を使用したが、まさか同じ車体だとは思ってもいない。熊谷で車内に置き忘れたバッグを富山で「あ、ここに忘れてた」と言って確保したが、深くは考えていない!この車体は舞音や千里6たちが青葉邸を出た直後、千里5が熊谷に転送した。
舞音は青葉邸を出てから能登空港までと機内、熊谷から東京まで、ひたすら寝ていた。恵美も同様である。熊谷から東京までは、南川晃奈マネージャーが運転した。
“アクアのアクア”virgoのほうは、そもそもアクア本人ごと転送している。アクアの八王子の自宅と氷見ヘリポートの間の転送である。ちなみに高岡でFがインタビューワーをしている間、Mは(東京の)テレビ局の番組収録をしていた。
さて、舞音や千里たちを能登空港から熊谷まで運んだ DeepBlue には実は能登に飛来する時、南田容子と立花紀子が乗ってきていた。
2人は空港1階で舞音たちと遭遇し
「おはよー」
「お疲れ様ー」
と挨拶を交わした。
舞音たちがエスカレーターで2階に登って行くので、真珠は容子たちを車に案内する。
(能登空港の出発ロビーは2階、到着ロビーは1階)
「北陸へようこそ。大宮万葉の自宅にお連れします。お疲れでしょうから寝てて下さいね」
と言って真珠は2人に言った。
「うん寝てる」
実際立花紀子はテレビ番組の収録を3本やってから熊谷に移動してきていたのである。それで真珠はふたりをXC90に乗せて伏木の青葉邸まで連れて行った。到着したのは、20:40頃だった。
青葉は「さすがに疲れたなあ」と思い、自室で横になっていたのだが、車のエンジン音で起き上がる。車から、真珠、南田容子と立花紀子が降りて来る。青葉は玄関を開けて3人を迎え入れた。
(青葉の部屋は東側にあり庭に面している)
「お疲れさん。今日来たのね。ごはん食べた?」
「一応食べましたけど、何かあるなら歓迎です」
「じゃ焼き肉でも食べて。たくさん余っちゃって」
と言って3人をリビングに入れてホットプレートを出す。
「まこちゃんも入る?」
「私仮眠してたから何も食べてなくて」
「だったら食べて食べて」
それでホットプレートを3つ出して焼き肉をした。青葉は満腹していたがお茶を飲んでいた。
一息付いた所で、疲れているようであった真珠には
「仮眠していきなよ。朝まで寝ててもいいよ」
と言って、西側にある伊鈴の部屋に寝せた。
容子と紀子をスタジオに案内する。あれ〜エアコンが入ってる、と思ったが気にしないことにした。
「熊谷のコテージとあまり広さ変わらないですね」
と南田容子が言う。
「向こうは約20畳、ここは18畳。少しだけ狭いけど、長方形だからかえって広く感じるかもね。部屋は4つあるから好きな部屋を使って。何か用事あったらスマホで呼んでね」
「了解でーす。でも取り敢えず寝ます」
「それがいいかもね」
それで青葉は疲れてはいたが、翌日から2人が作業できるように、夜の内に最低限の作業をした。
「きついー。ここ1週間くらい水泳の練習もしてないし。でもそろそろ生理が来るはずだけど、今回はまだ予兆が無いなあ。やはり疲れが溜まって乱れてるのかな」
などと青葉は思った。
でもさすがにきつかったので、22時すぎにいったん仮眠した。
夜中2時頃に目が覚める。
青葉は自分の詩作フォルダからアクアに渡せそうな曲用の歌詞として『塔上の天使』という詩を取り出した。アルバムタイトルの『Angel in High』にも合ってるし。
この詩は合宿中のグラナダで書いたものである。青葉は少し考えてからタイトルを『チェルシカの天使』と修正し、松本花子の歌詞入力システムに入れ送信した。これでだいたい5-6時間後には曲が付けられるハズである。その後、曲を手調整しようという魂胆である。さすがに半月で5-6曲まともに書くのは辛いし品質がキープできない。アクアに歌わせる曲は、結構なクオリティが必要である。
7月4日(月).
この日H南高校では午前中、身体測定があった。1年1組では、朝の学活の後、男子保健委員の春日君と女子保健委員の美奈子(バスケ部)が話し合っていた。やがて春日君が晃の所に来て言った。
「高田さん、悪いけど、今日の身体測定では、男子の最後に測定してもらえない?」
「いいけど」
それでまずは男子が保健室に行くのだが、晃は
「廊下で待機してて」
と言われた。それで他の男子が保健室に入ったものの、晃は1人で廊下で待っていた。男子で測定の終わった子が次々と保健室から出てくるが、晃はずっと待っている。やがて保健委員の美奈子が先導した女子たちが保健室前まで来る。
そして保健室に入っていた男子の中で最後になった保健委員の春日君が出てくると晃に
「高田さん、お待たせ。入っていいよ」
と言った。それで晃は中に入るが、春日君は教室に帰っちゃって、女子の保健委員の美奈子が一緒に入った。
「ルミちゃんは私が測定するね」
「あ、うん」
まあ美奈子だったらいいけど、なんで女子の美奈子が測定するんだろう、と思う。
晃はズボンとブラウスを脱ぐ。
「アンダーシャツも脱ごう」
「うん」
まあ美奈子にはいつも見られてるし。
それで美奈子の前でブラとパンティだけになり、身長と体重を計られた。
「167cm」
「43kg」
と美奈子が数字を読み上げ、保健室の神野先生が記録した。
「ルミちゃん服を着て出ていいよ」
と言われるので晃はアンダーシャツ、ブラウスを着てズボンを穿き退出した。すると他の女子たちが保健室の中に入った。
ということで晃はこの日“男子の最後”に測定されたと思ったのだが、本当は“女子の最初”に測定されたのであった!
昼休み。晃は3年の教室まで来て、姉を廊下に呼んでもらい相談した。
「今日困ったことがあって」
「うん?」
「2時間目の後で、ナプキンを交換してから捨てようと思ったら、学校のトイレには汚物入れが無くて」
「どうしたの?」
「替えのナプキンをビニール袋に入れてきていたから、そのビニール袋に取り敢えず入れて、まだ持ってる。これやはり自宅に持って帰ってから処分したほうがいい?」
うーん、と舞花は腕を組んだ。
「あんた女子トイレを使えはいいよ。学校の女子トイレにはちゃんと汚物入れがあるから」
「え〜?女子トイレとか入(はい)れる訳がないよ」
「いや、多分あんたなら入っても誰も騒がない」
使用済みナプキンについては、取り敢えず舞花が3年の女子トイレの汚物入れに捨てて来てくれた。
「漏れてはなかったようね」
「良かった」
7月5日(火).
バスケット女子代表の第3次合宿が始まり、千里(千里3)たちはNTCに入り、集中的な練習に入った。合宿は7月22日までである。
7月5日(火).
春貴は昼休みに3年の高田舞花を面談室に呼んで尋ねた。
「僕の思い違いとかならいいのだけど、ひょっとして晃さん、女性だということはないよね?」
「あ、それですけど、晃はどうも女の子になっちゃったみたいですよ」
「やはりそうなのか。女性ホルモンとか飲んでるの?」
「詳しいことは分かりませんけど、バストはかなりあるし、最近体臭が女の子の香りになっていますし。最近よく家の中ではスカート穿いてるし(←しっかり見られている)、生理も来たみたいですし」
「生理が来た!?」
それどうなてんだ?と思う。
先日の健康診断での測定値にも疑問を感じたのだが、やはり本当にバストがあるのか。
春貴は晃の担任の真中先生、更には教頭先生まで呼んで面談室に来てもらった。
「実は高田晃さんは最近ずっと女子制服のブラウスで通学してきているんです。下はスカートではなくズボンなんですが」
と真中先生。
「確かにブラウス着てるみたいですね」
と春貴。
「あれワイシャツが洗濯したあと乾いてなかったので、ちょっと乗せてブラウス着て行かせたんですが、その後ずっとブラウス着ているみたいです」
と舞花は説明した。
「一度ブラウスで出て行ったら、それにハマっちゃったのかな」
「それにあれだけ胸があったらワイシャツでは入らないと思いますよ」
「あの胸、本物なの?」
と真中先生は驚いている。先生は晃がバストパッドを入れているのだろうと思っていたようである。
「実は高田さんが明らかに女性のような体型なので、男子更衣室で着替えさせるのは問題ではないかと男子生徒たちから相談を受けていたんですよ」
と真中先生。
「もし性別移行したのであれば、医師の診断書を取った上で、学籍簿上の性別も訂正したほうがいいかも知れません」
と教頭先生。
「うーん・・・」
それで春貴と真中先生・教頭先生、更には校長先生まで入って話し合い、舞花が電話でお母さんとも話し合った結果、晃には明日、病院に行って性別検査を受けてきてもらうことにしたのであった。
ということで、7月6日(水)、晃は学校を公休にしてもらい、母と一緒に病院に行った。
ただ、晃本人は、検査のことを全く理解していない。朝は普通に学校に行くつもりで、いつものように女の子ショーツにブラジャーを着け、その上に灰色のアンダーシャツを着てから学校のマークの入ったブラウスを着て、女子用学生スラックスを穿いて出て来たところを
「病院に行くよ」
と言われた。
それで結局普段の格好のまま母の車で富山市の大学病院に向かったのである。女の子下着着けてる〜と思ったものの、先日の健康診断の時も女の子下着だったし、まあいいかと思った。
最初に紙コップを渡されて採尿してくる。
晃は男子トイレに入ろうとしたものの、中から出て来た白衣を着たお医者さんに注意される。
「君、ここは男子トイレだよ。女子トイレはそちら」
「ぼく男子ですー」
「何ふざけたこと言ってるの?高速のサービスエリアとかには“今だけ男”とかいうおばちゃんだちが出没するらしいけど、女子高生が性別を忘れてはいけない」
と言われて晃は女子トイレに入る羽目になった。
うっそ〜!?と思う。
中は列が出来ているが、晃を見ても誰も何も言わない。
え?なぜ騒がれないの?などと思う。
取り敢えず列の進むのを待つ。やがて空いたので中に入り、おしっこを取った。この病院はトイレの中にコップを提出する棚があったので、そこに置き、手を洗ってトイレを出た。
検査室に行き、先日の健康診断と同様、身長・体重、トップバスト・アンダーバスト・ウェスト・ヒップ、脈拍・酸素量・血圧を測られて採血される。その後、先日はレントゲンだったが、今回はMRIに行く。結構な時間待ってからMRIに入るが、金属がだめなのでワイヤーの入ったブラジャーを外し、アンダーシャツだけで中に入った。
30分くらい撮られていた気がするがドンドンドンドンという大きな音を聴いている内に眠ってしまっていた。
その後、番号に従って進んだら婦人科だった。
いくらなんでも婦人科は関係無いのではと晃は思ったか、間違い無いと言われるので10分くらい待ってから診察室に入った。50歳くらいの女性のお医者さんだ。
「上半身脱いでもらえます?」
「あ、はい」
プレストフォーム付けたままでやばいかなと思ったが、外す方法知らないし、まあいっかと思い、ブラウスを脱いでアンダーシャツを脱ぎ、ブラジャーも外した。
「ちょっとごめんね」
と言って、胸を揉まれる!
「痛!」
と思わず声をあげてしまったが
「もう終わったよ」
と言われる。メジャーを出して胸のサイズを測られた。
「上は着ていいです」
と言われるので、ブラジャーを着け、アンダーシャツを着てブラウスを着た。医師はその“動作”も見ていた、
「ズボン穿いて来られたんですね。ズボンとパンティを脱いで頂けますか?」
「あ、はい」
それで今度はズボンを脱ぎ、ショーツも脱いだ。“タップ”したままだけどいいのかなあと思う。
「こちらの椅子に座ってください。これ座ったことある?」
「いいえ」
「ちょっと恥ずかしい格好になるけどごめんね」
「はい」
どういう恥ずかしい格好なのだろう?と思ったが、その椅子に座ると、下半身を持ち上げられる。
ひぃー。
恥ずかしいよぉ!
それで晃は医師にお股をよくよく観察された。
なんかあちこち触られるし、“閉じ目”ちゃんの所を指で開かれて中まで触られるし、更には何か入れられる!?
でも何この感覚!?不思議な気持ちいい感覚がした。
「はい、OKです」
と言われて椅子を戻さされた。
「そのままこちらのベッドに寝て下さい」
と言われた。
それで晃が横になると、お腹に何かローションのようなものを塗られ、小さな機械を当てられた。どうも体内を透過して観察しているようで、その体内の様子がモニターに映っているようである。
「ちゃんと卵巣、卵管、子宮ありますね」
え?なんでそんなものあるの?
「月経、最近あったみたいね」
「月経とかありませんけど、7月3日にお股の所から出血して昨日までナプキン当ててました」
「うん。それをふつう月経、俗称生理というんだよ」
と医師は少し面白そうに言った。
「はい、終わりました。服を着て廊下で待ってて」
「ありがとうございます」
それで晃はいったん退出したが、少しして母だけが呼ばれて診察室に入った。
母は言われた。
「晃さんの身体には特に何の問題もありません。ごく正常ですよ」
「そうですか。良かった」
「卵巣、卵管、子宮、膣、ごく普通に存在していますし、外性器にも乱れなどはありません。陰核亀頭も正常サイズです。間違い無く女性で、性別の疑いは全く無いですよ」
「・・・・・」
「どうかなさいました?」
「晃は男の子だったはずなのですが」
「いや、晃さんは普通の女性ですが」
「もしかして性転換したとか?」
医師は少し考えていたが、言った。
「もし晃さんが以前男の子だったのだとしたら、自然に外性器の形が変化したんでしょうね。時々あることなんですよ。元々女の子だったのが何かの間違いで男の子みたいな外見で生まれて来た。そういう場合、実際には内在している卵巣の働きで、だいたい11歳から15歳くらいで本来の形に戻ることが多いんです」
「もしかしてあの子、性転換手術を受けたとか」
「それはありまぜん。晃さんの身体は性転換手術で作られた女体ではなく天然の女性です。性転換手術を受けた身体なら卵巣や子宮があるわけがないですし、前立腺も存在するはずです。晃さんには前立腺が無く、卵巣・卵管・子宮がありますから、間違い無く生まれながらの女性です」
「どうしたらいいんでしょう?」
「この人は確かに女性であるという診断書を書きますから、それを家庭裁判所に提出して性別を修正して下さい。それでちゃんとお嫁さんにも行けるようになりますから。実際の手続きは弁護士さんに頼んだほうがいいです」
「でも性別って18歳にならないと変更できないのでは?」
「それはまさに性転換手術を受けて女性になった場合です。晃さんの場合は元々女性だったのですから、年齢と無関係に修正できるんですよ」
「まああの子、女の子になりたがっていたから、それでいいのかな」
「女の子になりたがっていたというより、自分は実際には女であるという意識を持っておられたんでしょうね」
結局2通の診断書を書いてもらった。1通は裁判所に提出する書式で書いたということであった。
それで取り敢えずその日は帰宅し、母は晃の性別問題について父と相談した。途中で舞花も入り話し合う。最後に晃本人を呼んだ。
「え〜〜?ぼく女の子になるの?」
「女の子になるのというより、既に女の子になっている。未来形ではなく完了形」
と舞花。
「ぼく女の子みたいな体型に見えるかも知れないけど、実際はおっぱいもお股も偽装しているだけなんだよ」
だって女の子みたいに見えるのは実際にはブレストフォーム貼り付けてて、お股は“タップ”してるだけなのにと晃は思った。
「それはあり得ない。お医者さんが確かに女の子だと確認したんだから間違い無い。あんた夢でも見ていたのでは」
と姉から言われる。
「うっそー!?」
晃は何が夢で何が現実か分からなくなった。
「だから明日からはスカート穿いて登校しなさいね」
「スカート穿くの?恥ずかしいよぉ」
「すぐ慣れるって」
晃は少し考えた。スカート穿いて登校ってしてみたい気はしてた。それを堂々とできるということ自体には晃は興味を覚えた。
スカートで登校してみてもいいかな。
それで晃は女の子として学校に行くことに同意したのである。
「お前は娘かもと結構前から思ってたよ」
などと父は言った。
「うちの家の間取りも、1階が男の子、2階が女の子だったし」
え?そういう原理だったの?
「昔の家でもだいたい女は2階に寝せるようになっていたよね。むろん外敵から女を守るために」
そういうもん?
その日の夜、晃はお風呂で身体を洗いながら思った。
「やはりぼく、ちんちんあるよね?それなのに女の子になっていいのかなあ」
そんなことを考えながら、晃は“閉じ目ちゃん”?を指で開いて、シャワーを当てながら、中の敏感な所、おしっこの出てくる所、そして古法の穴の付近を丁寧に洗っていた。
(先にも書いたが、晃が自分の股間が明らかに女子の形になっているのにそれを認識していない理由は後述)
7月7日(木).
晃は朝からブラウスにスカートの女子制服を着て、母・姉と一緒に、母が運転する車に乗って学校に行った。そして昨日の病院での診断結果を報告した。学校提出用の診断書も校長先生に見せる。
校長は言った。
「分かりました。それでは晃さんは今日からは女子生徒ということで」
きゃー、やはりぼく女子生徒になっちゃうのか。
持参していた冬服ブレザーを着てリボンを着け、女子制服姿の写真を撮られた。これを生徒原簿に添付し、生徒手帳にもプリントすることになる。この学校は出席番号は混合名簿方式なので出席番号に変更は無い。
春貴は「提案がある」と言って、校長・教頭・担任・養護教諭と本人・舞花・母が打ち合わせている所に、やや強引に割り込んだ。
「晃さんは、今すぐ女子として学校生活をしたい?」
「どうしよう?」
などと本人は言っている。
「あんたは女だと突然言われて、まだ戸惑ってるんです。スカート穿いて学校に来るのも恥ずかしいです」
春貴は言った。
「このように本人もまだ自分が女子として生活することに戸惑ってますよね。それで提案です。今ちょうど夏休みの直前ですし、彼女が完全に女子として通学するのは例えば夏休み明けからということにしませんか?それまでは下はスボンでもスカートでもいいことにして、本人の気持ちが落ち着くまで移行期間ということにするんですよ」
「ああ、移行期間を作るのは、いいかも知れませんね」
と養護教諭が言った。
「だから晃さんはスカート穿いて登校してきていいけど、当面トイレは男子トイレも女子トイレも使わず、職員室近くにある、多目的トイレを使ってもらうとか」
「それ、いいかも」
と教頭が言う。
「体育の時の着替えはどこか面談室か何か出ても着替えてもらうとか」
「確かに昨日まで男子更衣室で着替えていたのを今日からは女子更衣室でと言われたら、本人も周囲も抵抗があるかも知れませんね」
とお母さんが言う。
「だから本人が女子の身体だから、生徒原簿や生徒手帳は女子に切り替えるけど学校生活の移行は少し保留するんですよ」
「それがいいかも知れません」
と校長も言った。
それで晃の性別完全移行は夏休み明けから、あるいはまだ本人の気持ちの準備ができないようだったらもう少し後までずらすということになった。
1年1組の男女クラス委員、保健委員、体育委員が呼ばれ、
「高田さんは今日からは女子生徒になるから」
と真中先生から説明される。彼らは一様に
「高田さんは実際には女子だと思ってました」
と言った。
「女子更衣室、女子トイレを使いますよね?」
「それについては、昨日まで男子トイレ使ってたのが今日からは女子トイレというのでは本人も周囲も戸惑いがあるし、取り敢えず夏休みくらいまでは本館1階の多目的トイレを使ってもらうことにした。更衣室も男子更衣室も女子更衣室も使わず面談室を使ってもらう」
「確かに突然男から女に変更するよりいいかも」
「じゃ夏休み明けから完全に女子に移行ですか」
「そのあたりは本人の気持ち次第だね」
「なるほど」
「それ以前でも、本人が女子トイレを使いたいと言ったらサポートしてくれない?」
「分かりました。晃ちゃん、女子トイレに入りたい時は声掛けてね。一緒に行こう」
とクラス委員の知世ちゃんか言った。晃はここに至って少し恥ずかしくなったが、こくりと頷いた。
「体育の時間の柔軟体操は私と組もうよ」
と美奈子が言う。晃も美奈子ならいいかなと思い「うん」と答えた。
それで委員の6人と担任とで教室に行き、担任から事情を説明される。
「高田さんは身体が女性的に発達してきていたので、性別に関する精密検査を受けたところ、卵巣や子宮もある、立派な女性であると診断されましたので、今日からは女子生徒として就学します。みなさん、特に女子の皆さん、仲良くしてあげて下さいね」
「なんかおっぱいあるなと思ってた」
「体型が女子体型だよなと思ってた」
「柔軟体操で高田さんと組むとまるで女の子みたいな感触だから、困ってた」
「最近ずっと女子制服着てたよね。スラックスだったけど」
ということで晃は問題無く女子生徒として受け入れられたのであった!
「ただいきなり今日からは女子トイレ・女子更衣室を使ってと言われても、本人も周囲も戸惑いがあるだろうから、取り敢えず夏休みくらいまでは移行期間ということにして、トイレは本館1階の多目的トイレ、着替えは面談室を使うことにします。でも本人が女子トイレに入って来たら受け入れてあげてね」
と先生は生徒たちに説明し、みんなもそれで了承してくれたようだった。
春貴は、帰ろうとしていたお母さんを呼び止めた。そして舞花および本人も呼び、一緒に面談室に入る。そして
「法的な性別もすぐ変更なさいますか」
「病院の先生からは診断書を頂いたので、弁護士の先生に依頼して書類を作って裁判所に提出すれば性別を変更できると言われました。弁護士さんに連絡を入れて、場合によっては来週にも本人を連れて行き手続きしようと思っています」
とお母さん。
「晃さん本人は今すぐ法的に女性になりたい?」
「ぼ、ぼく、法的にも女の子になっちゃうんですか?」
と本人は、やはり戸惑っている。
「既に女の子になってるけど」
と舞花。
「どうしよう?」
と本人は戸惑っている。
それで春貴は言った。
「学校の登録上の性別は修正されました。だからこれ以降、晃さんは女子生徒として通学できます。一応移行期間を設けることにはなりましたが、晃さんは完全に女性の身体になっているから、実際には他の女子生徒と一緒に着替えたり、あるいは温泉とかの女湯に入ったりしても何も問題ありません」
「ぼく女湯に入るの〜?」
と晃。
「だって女の子なんだもん」
と舞花。
「このように本人はまだ性別を修正する心の準備ができてないように思われます。だから、さしでがましいのは承知ですが、提案です。法的な性別の修正も1年かせめて半年くらい保留なさいませんか?」
「ああ!」
と舞花が声をあげる。舞花もやや事態の進行に困惑していたようだ。
「いったん性別の修正をしたら、本人がやはり自分は男として生きたいと思い直しても2度と変更は認められません。晃さんは女子生徒として扱われますから、生活の実用上すぐに性別を修正する必要性は薄いです。高校卒業するまでに修正すれば大きな問題は無いですよ」
「ぼくも急に女になれと言われてもまだ心の準備が。今日女子制服で出てきたのも恥ずかしくて恥ずかしくて」
と本人は言っている。
すると舞花は言った。
「大事なのは身体の性sexより心の性別genderですよね」
「そうなんですよ。それで多数の性同一性障害の人たちが苦しんでいます。晃さんは今、性別の修正を申請すれば多分認められて法的に女性になれる状態だし、このまま保留していれば法的には男性のままで居られる状態です。だから本人にも少しゆっくり考えてもらってから、法的な性別のことは決めませんか」
と春貴は言った。
母は言った。
「先生のおっしゃる通りだと思います。私も病院の先生から言われて、身体が女の子なんだから法的な性別を修正しなければならないと思い込んでしまいました。でもよく考えると、法的な性別を“すぐ”変更する必要は無いですよね」
「はい。友人で法的な性別の問題で物凄く苦しんでいた人を見ているので、僭越ながら意見を述べさせてもらいました」
「ああ、そういう知り合いがおられたんですね」
「お母ちゃん、私も奥村先生の意見に賛成するよ。法的な性別変更は少し待とう」
と舞花も言った。
「夫も含めて相談しますが、本人がまだ戸惑っている状態である以上、裁判所への審判請求は少し保留する方向で考えてみます」
それでこの日、家に帰ってから、両親・晃・舞花の4人で再度よくよく話しあった結果、
「奥村先生の言う通り、法的な性別変更は一時保留しよう」
ということが決まった。
特に父親としては息子が娘になってしまうことに若干の抵抗を感じていたので春貴の提案に乗ってきた。晃本人もいきなり物事が急進行していて、自分で自分のことを考える余裕が無かったので、法的な性別変更が保留されることになってホッとした。
春貴が晃に関わっていたことが、晃にとっては物凄く運が良かった。
しかし晃は女子生徒になってしまったので、7月8日(金)以降、毎日ブラウスとスカートの格好で姉と一緒に登校し、スカート姿で授業を受けた。舞花は
「学校の先生たちはスカートでもズボンでもいいと言ってたけど、自分の気持ちを固めるためにもスカートで登校したほうがいい」
と言って晃にスカートを穿かせた。
トイレは昨日の話し合いで決まったように職員室近くにある多目的トイレを使用した。晃本人も
「女子トイレに入る勇気無いよー」
と思っていたので、当面多目的トイレでいいことになったのでホッとしていた。
そういう訳で結果的に、晃は女子生徒になったとはいっても、これまでとあまり変わらない気がした。
変わったのはスカートで登校するようになったことと、トイレ・更衣室が変わったくらいである。
「スカートって風通しがいいね」
と晃は言った。
「ああ、夏にパンツは結構蒸れるよね」
「男女とも制服は夏はスカート、冬はパンツでもいい気がする」
「あ、それ賛成。男子も夏はスカート穿けばいいと思う」
などと女子たちが言っていたら、男子の鮭尾君(185cm 90kg)が
「スカートか。涼しくて良さそう」
などと言った。
「よし穿いてもらおう」
「え?ちょっと待って」
それで鮭尾君は、女子たちに捕まり、ズボンを脱がされて、隣のクラスの河世から借りて来たスカートを穿かされてしまった。さすがにファスナーは上がらない。
本人は喜んでいる!?
「不気味なものができること期待してたのに、結構似合うじゃん」
河世も来て見ているが
「違和感が無いよ」
と言って笑っている。
「マジ涼しい。これいいー」
「女子制服作って来週からはそれで登校する?」
「やってみたーい」
と本人は楽しそうにしていた!
晃は、鮭尾君、体格はがっちりしてるけど、顔は結構美男子だもんねーと思ってそれを見ていた。
晃はこれまで話す友人があまりおらず、同じバスケ部の美奈子くらいとしか話していなかったのが、これ以降多くの女子のクラスメイトと話すようになり、友人が増えて行くことになる。
なお男子バスケ部顧問の横田先生は7月7日は出張していたので、この騒動のことを全く知らなかった!横田先生は最初から晃のことは女子生徒と思っていた。
だって女の子にしか見えないし!
男子バスケ部部長の坂下君なども晃のことは普通に女子と思っていた。
7月8日(金).
先日3年生の希望者が受けた実力テストの結果が通知された。
全国の大学の合格可能性ランキングの分厚いリストも同封されている。
愛佳が見ると、国公立は概ね可能性無しとの表示である。私立でも北陸では石川県の**大学のみがC判定(ボーダーライン)だった。
「やはり私は大学などすっぱり諦めて、バスケットに打ち込もう」
と愛佳は思った。
「ルミちゃんが女子になってくれたから高岡C高校に勝てるかも知れないし」
などと勝手なことを思っている。
舞花は国公立では鳥取環境大学のみがD判定で、他は全てE判定(望み無し)である。
「ここまで酷いとは・・・」
と少しショックを受けた。むろん鳥取とかまで行く気も無いし、親も行かせてくれないだろう。少し期待してた富山県立大学もE判定だった。金沢の私立だと概ねAB判定である。
「お金が掛かって申し訳無いけど、金沢の私立に行かせてもらおうかなあ」
と舞花は思った。
7月8日(金・たいら).
多くの大企業で夏のボーナスが支給されたが、この日の夕方、府中宮春は、高岡市内の家屋および土地を隣家の高岡さん(高岡の高岡さん!)に売り渡した。代金は400万円だが、既にその内の60万円は受け取っているので、この日は残りの340万円を受け取り、正式な売買契約書を交換。翌日には、法務局で登記の変更手続きをした。
売り渡す前に、府中家側は60万円ほど掛けて、家の改装をして、襖の張り替え、畳の表替え、トイレの便器交換、古いボイラーの更新などをしている。
これらの改装は本来は売り渡し後、高岡家側でやる予定だったものだが、不動産の売買金額を払えるのがどうしてもこの日になり、それから作業をしていると大阪から戻って来る息子一家の入居に間に合わない。それで改装費用の概算額を売買金額に上乗せすることにし、先に支払うことで、府中家側が代行して改装をしたというのが実態であった。
当初手付金名目で50万円払っていたのだが、オーバーしたことから更に10万円、曖昧な形で“預け”られていた。そしてこの日の取引では残額の340万円を府中宮春の口座に振り込んでいる。
府中宮春は、これで300万円ほどの現金が手に入ったので、自身のボーナスと合わせて330万円を千里に繰り上げ返済として支払った。また夏樹もボーナスが出たので自身40万円を千里に返した。
金沢市M町の土地と家を1600万円で買った時、その代金は↓のようにして返済することにしていた。
頭金:976万(夏樹550 宮春426)
月割り:
2022.04-2023.03 12月×18万=216万
2023.04-2025.11 34月×12万=408万
この内、既に4-6月分の54万を払っており、残りは 216-54+408=570万円だった。ここで2人合計370万返したことにより残額は200万円となった。夏樹と千里は直接電話で話してこの後の返済計画を次のように改訂した。
2022.07-2023.05 11月×18万=198万
調整額2万円(2023.6に支払う予定)
「冬のボーナスで、もしかしたら完済できるかもしれないけど」
「無理しないでね〜、きつかったら、いつでも言ってね〜」
青葉は首をひねっていた。
いつまで経っても生理の予兆が無いのである。前回の生理は6月8日にあった。28日後は7月6日である。その予定日を過ぎているのに、まだ予兆さえ無い。
「なんでこんなに遅れてるんだろう。こんなに乱れたことは無かったのに」
と悩んでいた。
黒井マミ(黒衣魔女)は悩んでいた、
少し寝てれば治るだろうと思っていたのに一向に体調は回復しない。また7月2-3日くらいに来るはずだった生理がもう予定日を一週間近く過ぎているのにまだ来ないのである。予兆さえ無い。
「私ほんとに妊娠してないよね?」
とマミは不安になって来ていた。
セックスせずに妊娠することとかあるんだっけ??それとも夜中に熟睡している間に誰かにレイプされてたとか???
7月8日(金・たいら).
奥村春貴はこの日朝、自動車学校の卒業試験を受け、無事合格した。あとは月曜朝に免許試験場で学科試験(筆記試験)に合格すれば、大型免許をもらえる。
清川はこの日も10tトラックを持って来てくれて、春貴は8日も9日も10日も大型車の運転練習をした。これでかなり春貴は大型車の運転に自信が持てるようになった。
7月8日の終わりの会の後、高田晃は担任の真中先生から新しい生徒手帳を受け取り、これまでの生徒手帳は返却した。
最後のページを見ると、女子制服を着た自分の写真がブリントされており、自分の名前の横に「性別:女」と印刷されている。
きゃー、ぼく本当に女子生徒になっちゃった、と晃はまだ戸惑っていた。
7月8日(金).
日本列島のみならず世界に衝撃が走った。
11:31頃、元首相の安倍晋三が遊説中の奈良市内で、男に銃撃され病院に運ばれたが、夕方死亡が確認された。
首相経験者の殺害は二二六事件以来86年ぶりの事態である。また明治以来、暗殺された首相経験者は6人しか居ない。
伊藤博文(1909.10.26)中国ハルビン駅で韓国人の安重根に殺害される
原敬(1921.11.4)東京駅で中岡艮一に殺害さる。現場跡には襲撃場所を示すマークがある。
犬養毅(1932.5.15)五一五事件で殺害
高橋是清(1936.2.26)二二六事件で殺害
齋藤實(1936.2.26)二二六事件で殺害
安倍晋三(2022.7.8)奈良市内で殺害
この他に濱口雄幸は1930.11.14 東京駅で銃撃され、その傷が元で翌年8.26死亡した。
7月9日(土).
泣原死亡は信じられない思いで、目の前に提出された2つの退団届けを見ていた。“墓場劇団”の中堅俳優、極楽昇天と草場影見のものである。
「人が少ない折に申し訳無いとは思うのですが」
「私たちもやはり観客の居ない所でお芝居するのは違和感があって」
「そうか。でもコロナも今流行ってるオミクロンで終わりだと思う。オミクロンのピークが過ぎたら、また観客を入れたステージができると思う。たぶんあと半年くらい。何とかそれまで我慢してくれない?」
「それに実は東京の劇団に誘われているんです。東京への挑戦って若い内にしかできないから、試してみたいんです」
「失敗して、尻尾巻いて逃げ帰るかもしれないけど、それでも試してみたいんですよ」
死亡は腕を組み、目を瞑って天井を向いた。自分も若い頃は東京に行きたいと思ったこともあった。しかし妻子の居る身で、そういう挑戦は許されなかった。極楽昇天と草場影見はまだ27-28歳であるしどちらも独身だ。やるなら今がラスト・チャンスかもと思った。
「君たちの気持ちは分かった。だったら来月の公演まで付き合ってよ」
「いいですよ。8月6日の公演を最後に退団というのでいいですか」
「うん、そうしよう」
それで2人を送り出したものの、9月以降の公演のためには俳優を最低でも男女どちらか1人はスカウトしなければと思った。女優が1人必要なシナリオで男優しか確保できなかったら女装させればいいし!?
「しかし魔女ちゃんはまだ回復しないのかなあ」
今回の公演では成仏霊子を借りたが、1度だけの約束だった。正直魔女よりずっと上手い霊子のおかげで、今回の公演はうまく行ったといってもいいくらいである。黒衣魔女と成仏霊子を交換したいくらいだが、そういう訳にもいかない。ともかくも来週くらいまでに黒衣魔女が回復してくれないと、女優の代役もまた探さなければならない。
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【春零】(4)