【春春】(8)

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2022年4月23日(土).
 
H南高校女子バスケット部は、この日、南砺市の福野体育館で行われる、春季バスケットボール選手権大会に参加した(会場は4ヶ所に分かれている)。
 
南砺市は2004年に、福野町・福光町(『福光めでた』で有名)・城端町(じょうはな/城端線の終着駅:城端駅がある)・井波町(木彫りの里として有名 (*43) )など8町村が合併してできた市で、「こきりこ節」「麦や節」で有名な五箇山(ごかやま)地域を含む。船で行くことで有名な大牧温泉はここの利賀村である。
 
福野体育館はこの旧・福野町の運動施設である。
 
(*43) 井波町の瑞泉寺前にはギネス認定の世界一長いベンチが作られたことがあるが、以前にも述べたように、その後、解体されて消滅している。このため石川県志賀町のものが少なくとも日本一に復帰した。
 

この日は朝7時半までに学校に集合し、春貴のキャラバンに選手8人と愛佳の母が乗って福野に向かった。更衣室は混むので、全員最初からユニフォームを着てその上にウィンドブレーカーを着けている。
 
「ルミちゃんは女の子になった?」
「それがまだなのよ。ちんちん切ってあげようかと言ったけど遠慮すると言って」
「遠慮しなくていいのに」
「せっかく女子トイレや女子更衣室に入れるようになるチャンスなのに」
「ルミちゃん、可愛いお嫁さんになれそうなのに」
 
ということで、晃は今朝までには性転換手術は受けなかったので?出場できない!
 
しかし女子たちからそんなことわ言われて、晃がドキドキした顔をしているので、やはりこの子、女の子になりたいのかな?と春貴は思った。
 
「でも昨年秋の大会以来、半年ぶりの試合だぁ」
と2〜3年生は楽しそうである。
 
「バスケって冬の間は大会無いんだっけ?」
と春貴は運転しながら訊いた。バスケって冬のスポーツと思ってたのに。
 
「新人戦は人数不足で出られなかったんですー。4人しかいなかったから」
「あっそうか」
 
「1年生が4人入って8人になったから、ちゃんと試合に出られるし、交替要員も3人いるし」
 
1人は(まだ性転換手術を終えてないので!?)出られないと思うが!?
 

8時すぎに到着。コロナで入場制限が掛かっていて、ベンチに座る人以外は入場できないので、愛佳のお母さんには申し訳無いが車内で待機していてもらう。
 
「駐車場待機ですみません」
「寝てますから大丈夫ですよ」
というので、持参の布団をかぶって寝ていたようである。
 
春貴は体育館に入ると、受付でエントリーシートと、自分および8人の部員のバスケット協会会員証を提出する。そしてコーチ証を受け取るので首から掛ける。これを下げている人だけが、ベンチ前で立ち続けることができる(控え選手は立って試合を見ていてはいけない:乱闘予防のための規定)。
 
火牛体育館での練習では春貴も動きやすいように、選手たちと同じ練習用のユニフォームを着用していたのだが、大会ではコーチは長ズボンの着用が求められている(選手がコーチを兼ねる場合を除く)それで、春貴は、選手たちと同じ白い試合用ユニフォームのトップに、同色のズボンを穿いていた。
 

この大会は、1回戦→2回戦(4/23)→3回戦(4/24)→準々決勝(4/29)→準決勝→決勝(4/30) と進行する。
 
強いチーム(4チーム)は3回戦から、大半のチームは2回戦から、弱いチームは1回戦からというシステムになっている。H南高校は少なくともここ数年この弱いチーム同士の1回戦に大敗して消えている。最弱校のひとつである。
 
今日は1回戦と2回戦が行われる。この会場では(女子は)朝1番に1回戦(1試合)、その後2回戦の4試合である。1回戦に勝てば、午後に行われる2回戦に出られる。
 
春貴は、試合前の相手校の練習を見ていて
「ここ、うちと似たようなレベルの相手では?」
と思った。そもそも部員が5人ぎりぎりしか居ない!
 
事前練習では、多数のボールを入れて一斉にミドルシュートを撃つ練習をしているのだが、
 
入ってない!
 
それに動きを見ていると、どうもバスケット経験者は2人だけで残りは頭数合わせか、あるいはほぼ素人の生徒を勧誘して入れたか、という感じである。
 
こちらも最弱校のひとつだけど、どうやら、対戦相手も同様の最弱校っぽい。
 
この相手なら、あるいは勝てるかもと思った(きっと向こうも同様に思っている)。
 

第1試合のスターターには2〜3年生と河世を指名した。
 
4 谷口愛佳 ラブ 153 PG
5 高田舞花 ルツ 159 C
6 山口夏生 サマー 154 SF
7 竹田松夜 パイン 155 PF
8 原田河世 キュー 165 C
 
背番号の4〜8で、いかにも最強布陣という感じである!
 

河世(165cm)と向こうのキャプテン(155cm)とでティップオフするが、この身長差があると、楽々と河世が勝つ。そもそも河世はバレー経験者だから高く上がったボールを打つのは大得意である!それでこちらが攻めて行き、舞花が美しいレイアップシュートを決めて、0-2.
 
試合はH南高校の先制で始まった。
 
そして試合は進んでいくが、両者の実力差が明白になる。
 
こちらはバスケットの経験者が2〜3年の4人と中学でもやっていた2人で一応6人いるのに対して、向こうは4番と5番をつけている2人だけが経験者のようで、残りはほぼ素人であった。レイアップシュートしようとしてトラベリングを取られたり、制限エリア内で3秒バイオレーションを取られたり。また、ダブルドリブルやバックパスをして笛を吹かれても「あれ〜?」のような顔をしている。どうもルールもあやふやっぽい。
 
シュートも成功率が低いし、そもそもシュートする所まで辿りつけないようだ。何度もシュートを打てないまま24秒計が鳴って、こちらのボールになった。またリバウンドは全く取れない(河世が7割、舞花が3割取っている)。
 
たぶん普段ほとんど練習できてないのだろう。うち同様、体育館をもらえてないのかも?
 
一方、こちらはこの半月、ひたすらシュート練習をしたのが効いて、ミドルシュートの半分は入っている。特に1年生3人のシュート成功率は高いし、美奈子は8割くらい入れている感じだ。この子は凄くシュート精度がいいなと春貴は思った。ドリブルがやや下手だけど!
 
点差はどんどん開いていく。しかし向こうの4番さんと5番さんは楽しそうだ。そうだよね。楽しいからバスケをするんだよね。きっと人数が居ないのを必死で勧誘して、立ってるだけでもいいから入ってよとか言って入部させたのだろう。だから彼女たちは大会に出られただけで嬉しいんだ。
 
春貴はそこにスポーツというものの原点を見た気がした。
 
勝つことだけがスポーツじゃない!
 
まあ勝った方が、より楽しいけどね!!
 

そういう訳で、H南高校は、この初戦に、20-64のトリプルスコアで勝利することができた。
 
メンバーは物凄い喜びようだった。
 
「女子バスケット部創設以来の初勝利かも」
などと言っている。
 
「君たちは、良くやった」
と春貴も部員たちを褒めた。
 
初戦に勝利したことは、メールで横田先生に報告しておいたが
「快挙だね!」
と言ってもらった。男子は別の会場になっている。
 

ところで、対戦校のメンバーが引き上げて行く時
 
「向こうさん、11番の選手使わなかったね」
「午後の試合に温存したんだろうね」
「背が高くて強そうだもんね」
などと会話しているのを聞き、春貴は「ん?」と思った。
 

そういう訳で、H南高校は午後の2回戦に臨むことになった。
 
さて、1回戦ではこちらがホーム扱いの白いユニフォームで、相手がアウェイ扱いの赤いユニフォームだった。2回戦はこちらがアウェイ扱いになり、濃緑のユニフォームに着替えることになる。
 
「じゃ、ユニフォームを着替えてお弁当を食べよう」
と春貴は言ったのだが、
 
ここで!
 
2年生の2人がお弁当を持って来てない!という事態が判明する。
 
「ごめんなさい!午後まで試合があるとは思わなかった」
 
ということで、春貴は荷物持ちしてもらおうと晃に声を掛け、自分の着替えを持たせて一緒に駐車場に行き、愛佳のお母さんに五千円札を渡して言った。
 
「1回戦勝ちました。午後にも試合があるのですが、お弁当を持って来てなかった子がいたんです。大変申し訳ありませんが、コンビニに行って、お弁当2人分と、あと飲み物やおやつを適当に買ってきてもらえませんか」
 
「勝ったの?すごーい!快挙ですね!」
「ええ、選手たちはよくやりました」
 
晃には
「ついでにトイレを借りて着替えておいでよ」
と言って、送り出した。
 

それで春貴は体育館に戻り、更衣室に入るが、
 
「君たちは罰金だな」
などと舞花が2年生2人に言っていた。
 
「本当にごめんなさい」
 
「しかしルミちゃん、着替えは女子更衣室に連行しようと思ってたのに残念」
 
などと五月が言っていたので、晃を買物に同行させて正解だったな、と春貴は思った。
 

H南高校女子が出場する2回戦は14時くらいの予定である。この日この会場での(女子の)最後の試合となる。つまりH南高校はこの日の最初の試合と最後の試合に出たのである。
 
「この高校とは昨年秋の大会では126-20で負けました」
と2年生の夏生が言っている。セクストゥプル・スコア!?(*44)
 
「だったらリベンジだね」
と春貴は明るく言い、キャプテンの愛佳も頷いていた。
 
ところがその、秋の大会でこちらに大差で勝った相手チームが、試合前のこちらの練習を見て、ざわついていた。
 
練習では、晃をゴール前に立たせて、その防御にもめげずシュートをする練習をしていた(普段校舎裏でやっている練習だし、第1試合の前にもやった)それを見て向こうが何か話し合っているので、こちらの選手たちはみんな「何だろう?」と思っていたようである(春貴と愛佳だけが気付いている)。
 
(*44) ○倍の言い方
 
2 ダブル(double)
3 トリプル(triple)
4 クアドゥルプル(quadruple)
5 クイントゥプル(quintuple)
6 セクストゥプル(sextuple)
7 セプトゥプル(septuple)
8 オクトゥプル(octuple)
9 ノヌプル(nonuple)
10 デクプル(decuple)
100 セントゥプル(centuple)
 

13:50.
 
少し早めに試合が始まる。こちらはこのようなメンツで出て行った。
 
4 谷口愛佳 ラブ 153 PG
5 高田舞花 ルツ 159 C
8 原田河世 キュー 165 C
9 鶴野五月 メイ 152 PG
10 綾野美奈子 ビナ158 PF
 
2年生はお弁当の件の罰として、この試合ではスターターから外した!
 
このスターターを見て、向こうが何だか首をひねっている(なぜ背の高い子(晃)が出てこないのだろう?と思っている!)。
 

ティップオフは、河世と相手の6番を着けたセンターさん(162cm)でやったが、向こうが勝った。身長差は3cmあっても、向こうのスキルが上回っていたようだ。河世が悔しがっていた。
 
それで向こうが攻めてきたもののシュート失敗。そのリバウンドを河世が取って、愛佳がドリブルで攻め上がる。そして舞花がレイアップシュートを決めて、結局こちらが先制して試合は始まった。
 
春貴はベンチ前で立って、時折声を出して指示しながら試合を見ていたのだが、ベンチに座っている2年生の松夜が言った。
 
「向こうさんマジです」
「マジ?」
「昨年秋の大会の時は14-18番で出て来たんですよ」
「ん?」
「今日は4-8番で出て来たもん」
「今年のH南は手強いぞと思ったんだろうね」
と春貴は言った。
 
春貴は試合を見ていて、このチームは午前中のチームとは違い、“まともな”チームだと思った。みんなちゃんと練習している。うまい・へたはあるけど!
 

絶対的なスキルと体格の差で、こちらは向こうの制限エリアにはほとんど入れてもらえない。
 
しかしこちらは、この半月ひたすらミドルシュートの練習をしたので、中に入らなくても、ミドルシュートでしっかり点を稼いでいく。午前中の試合では半分くらい入っていた感じが、みんな勝利に気を良くしたせいだろうか。7割くらい入っている気がした。
 
そのミドルシュートを相手が阻止しようとすると、しばしばファウルになり、フリースローをもらう。するとミドルシュートを鍛えているだけあり、フリースローも高確率で入る。それで実力差はあるのに、点数としては拮抗しているのである。
 
春貴は思っていた。この子たちは“才能はある”。でもこれまで練習場所が無いという悲惨な環境にあったので、勝てなかっただけだ、と。しかし取り敢えず午前中に1勝あげられて、みんな自信を付けたと思う。この試合に勝てるかどうかは分からないが、来月のインターハイ予選ではきっと3回戦くらいまで行ける。
 
春貴は晃に選手交代の時刻を記録させ、それを参考に、各自に疲れが溜まらないよう、サイクリックに選手を交代させながら試合を進めた。2年生の2人は、お弁当の件の名誉挽回と、異様に気合が入っていた。
 

試合は競っていく。抜きつ抜かれつのシーソーゲームが展開する。第3クォーターまで終わって 62-62 とイーヴンである。向こうとしては実力でも勢いでも勝っているのに、こんなに食いついてこられるのは不本意だろうなと思った。
 
最終クォーターになって相手は超攻撃的な作戦で来た。多少点数を取られてもいいから、どんどん点を取るぞという戦略である。これで点差が開き始め、78-72 と6点差になる。春貴も「ここまでかなあ」と諦めかけたのだが、ここで思わぬことが起きる。
 
河世のシュートを相手6番(この試合、ずっと河世とお互いマッチアップしていた)がブロックしようとしてファウルをおかし、5ファウルで退場になってしまったのである。
 
元々この試合では相手のファウルがひじょうに多かった。通常制限エリアに進入してシュートを撃つと、向こうのブロッキングが取られることもあるが、こちらのチャージングが取られることも多い。つまりファウル発生率は半々である。
 
ところが実力差があって、こちらは制限エリアにそもそも入れない。それでこちらがミドルシュートを撃とうとしている所を向こうが止めにきて接触が生じれば、まず相手ファウルになる。こちらはあまりファウルは取られず、向こうのファウルばかり、かさんでいた。
 
普通なら中核選手が4ファアルになると退場回避のためいったんベンチに下げるのだが、向こうは今日はとても彼女を下げる余裕が無かったのである。
 
そしてこの6番(正センター)さんの退場で、ゲームバランスが崩れてしまった。
 

相手の最大の点取り屋さんで、リバウンドもほとんどこの人が取っていたので、向こうの得点力が明らかに落ちる。そこにこちらが必死で攻撃する。リバウンドも半分くらい河世が取る。それで82-82まで追いついてしまった。
 
向こうのボールである。残り30秒あった。相手はゆっくりと攻めあがってきた。自分たちが得点した後、こちらに攻撃時間をできるだけ残さないためである。もはや弱小相手の戦略ではない。向こうはこちらを対等なチームと思っている。
 
そして残り10秒で相手5番さん(SFで多分いちばんシュートが上手い人)がシュート。これが決まって84-82となる。こちらに残された時間はわずか8秒である。この8秒の測り方というのは、こちらのゴール下からのスローインがどちらのチームでもいいから、誰かに触れた瞬間から測られる。
 
むろん相手チームがボールを取れば、向こうは残り時間ドリブルかパス回しをしていればいいので、こちらの敗戦が、ほぼ確定する。だから絶対にボールを奪われてはならない。
 
愛佳がセンターライン付近に居る夏生に向けて思い切ってスローインした。一瞬相手プレイヤーとの取り合いになるが、ボールハンドリングの上手い夏生は、何とかボールを確保した。体勢を崩しながら、先行している河世にパスする。向こうは2人がかりでガードする。
 
残りはもう3秒である。河世は自分の後ろから「キュー」と声を掛けてきた美奈子にノールックでパスした。
 
そして、美奈子はそこからスリーを撃った。相手が2人河世の前に居たので、美奈子は一時的にフリーになっていたのである。また結果的に美奈子は河世に守られた状態で撃つことができた。
 
そして美奈子の手からボールが離れた瞬間、試合終了のブザーが鳴った。
 
全員がボールの行方を見守る。
 

ボールはダイレクトにゴールリングを通過した。
 
「やったぁ!」
 
舞花が美奈子に飛び付く。河世も2人に抱きつく。愛佳と夏生も走り寄って
「よくやった」
と美奈子の背中を叩くので
「痛いですー」
と本人は言っていた。
 
整列する。
「85対84で、H南高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
 
お互いに握手した上でハグしあう。泣いている子もいたが、激戦の健闘を称えあった。
 
そういう訳で、H南高校はこの大会2勝目を上げて2日目の3回戦に進出したのである。
 
BEST 16 である!(全部で32チームしかないけど)
 

横田先生にメールで連絡したら
「ほんとによくやりましね〜」
と驚いていた。なお、男子も2回戦に勝利して明日の3回戦に進出したらしい。
 
女子選手たちが着替えている間に愛佳のお母さんと晃に飲み物と、適当な食べ物(ハンバーガーやサンドイッチなど)におやつを買ってきてもらった。買ってきたものを車に置き、晃は女子たちが来る前に、車内でユニフォームからジャージに着替えた。
 
やがて着替え終わった女子たちが来て、みんなで買ってきてもらったものを食べるが、ハンバーガー類もおやつも、みんなあっという間に食べてしまい
 
「まだいっぱい入る気がする」
などと言っていた。
 
「あまり寄り道しててその途中で事故でも起きたらいけないから。また今度ね」
と春貴は言っておいた。
 
帰りは愛佳のお母さんが運転してくれたので、春貴も少し眠らせてもらった。
 
(座席は例によって晃が助手席。2列目に3年生の2人、3列目に2年生の2人と春貴、4列目に1年女子3人である)
 

4月24日(日).
 
今日も選手たちは7時半に集合し、福野に向けて出発した。今日は女子の試合は3回戦の8試合が行われるが、福野ではその内の4試合が行われる。H南高校の試合は第2試合で10時からの予定である。
 
8時過ぎに到着する。今日はエントリーシートは出す必要が無い。2日目以降のオーダー変更は原則として不可である。玄関の受付で全員バスケット協会の会員証を提示して名簿と照合してもらいながら入場した。ベンチ入りメンバーとして登録されている人だけが入場できる。
 
第1試合を観戦した後、フロアに降りる。相手は高岡C高校という所である。
 
そして試合に臨んだが・・・・120対45 で負けてしまった。完敗だった。
 
選手たちはみんな泣いていたが
「1ヶ月鍛えて、来月のインターハイ予選で頑張ろう」
と春貴は彼女たちを激励した。
 

「でもみんな頑張ったよ。高岡C高校相手に45点も取ったんだから」
とキャプテンの愛佳が言う。
 
「強い所?」
「過去にインターハイ本戦に出たり、皇后杯の富山県代表にもなったことありますよ」
「そんな強い所だったんだ!」
 
春貴は素人の悲しさで、そのあたりの強さの感覚がよく分からない。
 
「皇后杯の県代表になるには、社会人や大学生のチームに勝たないといけないからね」
「よく勝つね〜」
 
「もっとも今日は4〜9番は全くコートインしませんでしたけどね」
「あぁ」
 

横田先生にメールで報告したが
「いや、それでも何年も1度も勝てなかったチームを1ヶ月で2勝できる所まで成長させた奥村先生は凄いですよ」
と何だか褒められた。
 
男子は厳しい戦いだったものの3点差で辛勝して来週の準々決勝に進出したらしい。
 
「おめでとうございます!」
「こちらも準々決勝は、少なくとも過去5年くらい経験してないらしいです。今年は女子も男子も充実してますね」
と横田先生は言っていた。
 

試合が終わって、着替えてから更衣室を出た所で、1人の女性が近づいてきた。
 
「高岡C高校の監督さん?」
「矢作と申します。先生は、もしかして今年初めてバスケットボール部の指導者になられました?」
「奥村です。すみませーん。素人で。学校を出て、今年教師になったばかりなんですよ。今日は胸を借りるつもりで対戦させて頂きました」
 
「いえ、初めてお顔を拝見した気がしたので。でも結構強いと思いましたよ。中核選手にハーフタイムにウォーミングアップさせておきましたから。でもどうして11番の選手を使わなかったんですか?」
 
「ああ、あの子は男なので」
 
「まあ、ご冗談がうまいですね。まだバスケット覚えたてなのかな。先生ご自身はバスケットは学生時代とかは?」
 
「中学高校の体育の時間にしかやってないです。今必死に勉強してる所です」
「未経験ですか!でも上手い采配だと思いました」
「そうですか?」
 

「ところで、呉西(呉羽山の西という意味で、富山県西部)の女性教員で作っている“ゴーセイジョー”というバスケットボールチームがあるんですが、興味ありません?今富山県リーグに所属しているんですが」
 
何か戦隊物か何かにそういう名前無かったっけ?(ゴセイジャーならある)
 
「名前は“呉西(ごせい)”と“女性(じょせい)”のカバン語なんですけどね」
 
カバン語って何だったっけ?などと春貴は考えている。
 
「ごめんなさい。県リーグって何でしたっけ?」
 
「バスケットボール協会の改革で、2018年にそれまでの乱立していた組織(*45)が改革されましてね。トップのプロリーグの下に全国を3ブロックに分けた地域リーグが作られ、地域リーグの下位に都道府県単位のリーグがあるんですよ」
 
「なるほどー」
 
(*45) 企業チーム、自主的な集まりであるクラブチーム、教員チーム、家庭婦人チーム(“ママさんバスケット”)という4つの種類のチームを統括する組織が各々あったのが統合されて、地域リーグ・都道府県リーグというピラミッド状の組織に再編された。元々はスペインのバスケットリーグがお手本になっている。
 
この改革の背景には、不況で企業チームが維持できなくなり、クラブチームに移行する所が相次いだのと、女性の結婚率が低くなり“家庭婦人(既婚女性)”という枠組みではチームが維持できなくなってしまった所が相次いだのがある
 
そこにFIBAから、JBAには日本のバスケットボール界を統率する能力が無いと指摘され改革を求められて、文部科学省の指導の下、既存組織を全破壊しリビルドする革命的改革が断行された。この改革において最も困難だったbjリーグとの和解に尽力したのが、境田正樹氏であった。
 

矢作さんは説明した。
 
「地域リーグの下位と都道府県リーグの上位で入れ替え戦やりますし、地域リーグの上位からプロリーグに昇格する場合もあります」
 
「面白いシステムですね」
 

「やりません?」
「でも私、素人ですよ」
 
「実は頭数が足りないんです。休む人が出ると、5人ぎりぎりの時もあって。メンツが欲しいんですよ。今加入したらもれなくロースターです」
「それ女子のチームですか」
「もちろんです!女教師だけで作っています。だからメンツが少ないんですけどね」
 
春貴は考えた。私、女子選手としての参加資格あるのかなあ。でも私、女子の水泳選手として登録されて、インカレや国体にも出てたんだから、バスケットでも女子選手になれるよね?
 
「良かったら入れてください。私自身の実戦経験がなくて、生徒たちに指導するにも不安があるんです」
 
「歓迎歓迎」
と言って、矢作先生は春貴と握手した。
 

負けたので、第4試合のテーブル・オフィシャルを頼まれた。これは1年生はまだ信頼できないので、2〜3年の4人にやってもらうことにした。4人は、ユニフォームから学校の制服に着替えて、その作業をした。スコアラー舞花、24秒計愛佳、アシスタントスコアラー夏生、タイムキーパー松夜である。
 
1年生4人はジャージに着替えて春貴・愛佳の母とともに、車で待機した。
 
今日は全員お弁当を持って来ているので、それを食べながら今日の試合のことを話していた。
 
「でも練習頑張ろう」
「私、家に帰ってから毎日腹筋しよう」
「私、早朝ジョギングしようかな」
 
「ジョギングとかする子は必ずお姉さんかお兄さんなどと一緒にね。1人でジョギングとかしてて、痴漢とか出たらやばいから」
と春貴は注意しておいた。
 
「熊も怖いですね」
「うん。早朝ジョギングは特に熊に遭遇しやすい。熊の活動時間って、朝と夕方だから」
「夜行性じゃなかったのか!」
 
「ジョギングって、朝やる人、夕方やる人が多いですよね?」
 
「熊もきっと運動したい時間帯、薄明薄暮性と言うんだよ。ネコ目の動物にはこれが多い。家でネコを飼っている人は、ネコちゃんが元気になる時間帯を考えると、だいたい分かる」
 
「うちの猫ちゃんたちは、午前3時からと午後3時から運動会する」
「熊もその時間から運動を始めて朝夕の9時頃には寝るんだよ」
「じゃ、ジョギングは、いっそ深夜がいいですかね?」
「それ交通事故が怖いから、反射タスキ掛けて、必ず2人以上で。防犯ブザーも持って」
「熊は出なくても変態が出るな」
 

「でも、無観客方式だから、ぼく応援席から試合を見るということはできなかったんだね」
と晃が言っていた。
 
「うん。だからマネージャーとして座る」
と美奈子。
 
「晃君はちゃんとマネージャーの務めを果たしていたよ」
と春貴は言う。
 
「みんなの交替時刻を記録してただけですけどね」
 
「やはりちょっとした手術を受けて選手として出られるように」
と五月。
 
「勘弁して〜」
 
しかし・・・晃君に秋くらいの試合でテーブルオフィシャルを頼むことになった場合、彼(彼女?)には男子制服・女子制服、どちらを着せればいいんだろう?と春貴は悩んだ。
 
まあ本人が着たいというほうの制服でいいよね?
 

やがて試合が終わって2〜3年生が車に戻って来た。
 
春貴は「やけ食いしていこう」などと言って、帰りに吉野家に寄って牛丼をテイクアウト。車内で食べた。2〜3年生は、もちろん牛丼に加えて持参のお弁当も食べていた。
 
全員食べ終わってから氷見に向けて出発したが、選手たちで1〜2年生は全員寝ていたようである。今日は2列目に2年生を乗せ、3年生が3列目に春貴と並んで座った。そして3年生2人と春貴とで、今日の試合の反省点と、これからインターハイ予選までの強化方針について、熱い論議をした。
 
「でも練習場所が欲しいです」
「うーん。それに尽きるなあ」
 

「邦生ちゃん、よかったら、これ署名して」
と言って、長野珠枝が邦生に何かの請願署名のようなものを渡した。
 
見ると「女性行員のボトムを選択制にする要望書」と書かれている。
 
「邦代ちゃんはボトムがパンツだけど、今様々な事情でボトムにスカートじゃなくてパンツを使用している女性行員は全店で30人ほど居るらしい」
「結構居るね」
と言いつつ、自分は男だけどと思っている。
 
「こういうの個人の自由にすべきだと思うのよね」
「賛成賛成」
と言って、邦生は署名した。
 
「それ僕も署名していい?」
と花畑係長が言っている。
 
「歓迎です。ぜひ男の方にも賛同して頂きたいです」
と言って、長野は係長にも署名の紙を渡していた。
 
「男がスカート穿いてもいいよね?」
と係長が言うと
「私は応援します!」
と長野は言った。
 

5月1日(日・ひらく).
 
寺島奈々美はパリのシャルル・ド・ゴール空港に降り立った、
 
NRT 5/1(Sun)9:05 (AF275 B777-300ER) 18:00 CDG (15'55)
 
この日は予約していたパリ市内のホテルに宿泊。翌朝、モンパルナス駅に行き、TGVに乗る。約2時間の旅で、お昼すぎ、ボルドーの Bordeaux-Saint-Jean(ボルドー・サン・ジャン)駅に到着した。
 
タクシーに乗って、LFBに所属する、ボルドー・ゲパール(Bordeau Guepard) の事務局に入った。
 
「Bon jour. Je suis Terashima du Japon」
と自分の名前を名乗る。
 
「Ah, Mme Terashima! Bien venue a Bordeaux」
と40代くらいの女性が笑顔で寄ってきて、奈々美はボルドー・ゲパールでの第一歩を踏み出した。
 

南野里美は日本選手権に参加して、決勝には進出したもののライバルの永井に僅差で負けてアジア大会の代表を逃し、5月2日にはいったん津幡に戻る。そして翌3日、代表組が抜けて閑散とした専用プールで泳いでいたら、水連から連絡が入る(休憩していた月見里姉が教えてくれた)。何だろうと思う。
 
電話を掛けてきたのは水連の強化部長さんである。
 
「南野さんは、パスポートとシェンゲン圏のビザを取得済みですよね」
「はい、取得しています」
 
代表になれる可能性がある人は、全員取得していたはずである。竹下ハネも「0.1%くらいは可能性がある」とか言って、姉と一緒に申請していた。
 
「急で申し訳無いのですが、5月6日に出発する代表海外合宿の臨時コーチをお願いできないかと思って」
「行きます!」
 

それで、南野里美はその日の内に荷物をまとめ、5月4日朝、千里が手配してくれたホンダジェットに乗り熊谷に移動。その先も千里の知人が車で送ってくれて、水連に入った(つまり南野は千里には会っていない)。
 
「海外遠征組は今回こういうスケジュールになっています」
と強化部長は提示した。
 
5.06 遠征1陣出発 (Sierra Nevada)
5.20 遠征2陣出発 (Sierra Nevada)
5.25-26 Mare Nostrum (2) Barcelona
5.28-29 Mare Nostrum (3) Canet-en-Roussillon
5.30- 合宿 Canet-en-Roussillon / Andora
6.07 カネ組が Hodmezovasarhely (Hungary) に移動
6.10 アンドラ組が合流
------------
6.18-25 World Aquatics Championships (Budapest)
 
※Mare Nostrumとは直訳すると“我らの海”という意味で、“地中海”のことを表す古風な表現。地中海沿岸の数ヶ所で行われる水泳大会である。現在の開催場所はモナコ、バルセロナ、カネ・タン・ルシヨン (Monaco, Barcelona, Canet-en-Roussillon) の3ヶ所。以前はローマでも行われていたらしい。
 

強化部長は南野に説明した。
 
「実は今やっている代表合宿が、施設の割りに人が多くて全然練習できないという不満が、かなりの選手から出ていまして」
と歯切れの悪い言い方をする。
 
ここ2年ほどはコロナの影響もあり、プールはどこでも密度を下げる努力をしている。すると結果的にどうしても練習時間自体が短くなりがちである。
 
今回は久しぶりの海外合宿だが、それでなくても代表合宿は練習時間があまり取れないことが多い。だからメダルを狙えるレベルの選手は別行動になることも多い。そして今年の場合はコロナ以前より、かなり練習時間が短くなっているようだ。それで元々恵まれた環境で練習をしている一部の選手から不満が出たのだろう。
 
「それで今回のヨーロッパ遠征も、当初の予定よりかなり分散した合宿になりそうなので、結果的に指導する人が足りなくなってしまいまして。お願いするにも、元々ビザを取っている人でないと間に合わないので、選手さんの中で代表に入らなかっった比較的年長の方に、コーチ役をお願い出来ないかと、苦渋の対応なんですよ」
 

「いいですよ。私も久々の海外になりますし」
 
「津幡組さんやZZスポーツクラブさんを始め幾つかのグループが分散合宿になります。実はこれらのグループはヨーロッパに独自のあるいは友好企業のプールがあるということで、大会直前までそこで練習していただこうということになりまして」
 
「なるほど」
 
要するに元々恵まれた環境で練習していた大手から不満が出たのかな。大手だと所有している企業がヨーロッパに拠点を持っていたり、あるいは人脈があったりするから、その関連施設を使うのだろう。津幡組は・・・若葉さんが用意するのかな?
 
「じゃ津幡組を見ればいいんですかね」
「はい。済みません。津幡組さんの施設は少し余裕があるということでSTスイミングクラブの選手も少し引き受けていただきました」
「分かりました」
 
おそらく、それらの大手同士で融通しあうのだろう。
 

日本選手権後の代表合宿は5月4日で終了し、5月5日に世界選手権の代表(コーチ陣や通訳・医師などのスタッフを含めて約70名)が成田から乗替え地のドーハに向かう飛行機に乗る予定だったのだが、
 
出発は5月6日に変更され、合宿も5日まで1日延長された。
 
そして6日早めの朝食を食べた後、選手たちはバスで成田(NRT) ではなく羽田空港(HND) に向かい、スペインに直行するチャーター機に乗って、出発した。
 
15時間ほどの飛行で、シェラネバダに近いグラナダのフェデリコ・ガルシア・ロルカ・グラナダ=ハエン (Federico Garcia Lorca Granada-Jaen GRX) 空港に到着した。
 
HND 5/6 10:00 - 17:00 GRX (時差8時間)
 
この区間を航空会社の便を使うと現在成田−マドリッド便がコロナのため運休中なので例えば、ドーハとバルセロナで乗り継ぐなど、最低2度の乗り換えが必要である。待ち時間も入れると最短乗り継ぎでも30時間、連絡が悪いと丸2日かかる。それがチャーター便のおかげで半分以下の時間で済んだ。しかも代表団のみで乗っているので感染リスクが低い。
 
選手たちも定員の3割ほどしか乗せてない、余裕のある空間でのんびりと旅を楽しんだようである。
 
実は15時間で行けることになったため、向こうの受け入れ施設の予約問題で、こちらの出発を1日遅らせる必要が出たのである。
 

「でもチャーター機なんて凄いね」
「水連って結構お金あるのかな」
 
「このチャーター機はZZ社さんが提供してくれたらしい」
「おお、それは感謝感謝」
などという声も出ていた。
 
「機内食はST社さん提供で、好きなだけ食べてということらしい」
「それは嬉しい」
「私体重コントロールしてるから、好きなだけ食べられなーい」
「ああ、それはお気の毒」
 

「いや、それが大変だったみたい」
と南野と並んで座ったZZスイミングラブ所属の田幡道代は小さな声で語った。彼女も急遽コーチ役を頼まれたらしい。南野は彼女とも何度もメダル争いをしたことがある。彼女は今回決勝6位で代表に届かなかった。
 
田幡の話では、どうもこのような背景があったようである。
 
(1)津幡組が異様とも思えるドーピング検査をされたことで、メンバーから不満が出た。それで津幡組の後援者のひとり、百万石スイミングクラブの宮崎会長が水連に乗り込んできて抗議した。
 
宮崎会長は今大会でのドーピング検査回数の資料を出せと要求。ドーピング検査はJADAの所管なのでこちらは知らないと水連の担当者は言ったが、宮崎は文部科学省とのコネもちらつかせて強引に迫る。
 
それで出て来た資料では、津幡組の選手が他の所属の選手に比べて、倍の検査を受けさせられていることが判明。水連側は陳謝して、今後は不平等な検査はしないと医学部長が約束した。
 

(2)それとともに宮崎会長は、代表合宿の品質についても改善を要求した。本来は代表合宿なんて通常より濃厚な練習ができるべきなのに、現状は全然練習時間が回って来ず、津幡組のみでなく他のクラブのメンバーからも不満が出ているとした。そういう声は実はZZスイミングクラブなどからも上がっていた。
 
宮崎は主張した。今回の遠征で予定されている練習会場で、特に前半のシォラネバダは、世界中の選手が共用する施設である。世界水泳の直前で、とてもまともに泳げるとは思えない。練習時間がたくさん必要な長距離組だけでも分離して欲しいと。
 
宮崎が、他のクラブ所属の代表も受け入れると約束したので水連はこれを認め、男女長距離代表(津幡組4人・STスイミングクラブ2人)の合計6名は、シェラネバダには行かず、別のプールで練習することになった。
 
またヨーロッパへの渡航も津幡組の支援者であるムーラン社長が自社所有のA330 をパイロット付きで無償で貸すので、それで運んであげてと言っていることを述べ、水連はそれに頼ることにして、航空会社のチケットはキャンセルした。
 

(3) 翌日、今度はZZ社の宮城会長(津幡組に圧力を掛けていて青葉の性別調査をさせた張本人!)が水連に乗り込んで来た。
 
ZZ社も「合宿で全然まともに練習できない」問題で以前から不満を訴えていた。それで、ZZ社もドイツとオーストリアにある、友好企業所有のプールを合宿中、ほぼ専用で提供するから、自分の所の代表選手も分離して欲しいと言った。
 
津幡組を認めてこちらを認めない訳にはいかないので、そちらも使用させてもらうことにした。こちらも施設に余裕のある範囲で、他のクラブ所属の選手も使ってもらっていいという話である。
 
更にZZ社はこちらは所有機は無いがチャーター便を提供すると言った。
 
それで結局、宮崎−宮城の両者が直接会談で調整した結果、遠征の第一陣をZZ社のチャーター便で、第二陣をムーラン所有機で運び、ムーランの飛行機はその後のヨーロッパ内移動にも使わせてもらうことになったのである。
 

(4) そして!この話を少し遅れて知った最大手のSTスイミングクラブは、選手たちの帰りの便を提供し、また合宿中の選手たちの食事代を負担すると言った。
 
そういう訳で、今回の約3年ぶりの海外合宿は、3つの大手?スイミングクラブから多数の環境と費用を負担してもらい、水連としては、とても助かる合宿となったのであった。
 
※この物語はフィクションであり、記載されている企業名・組織名は実在の企業や団体とは無関係です。
 

5月6日(金).
 
国際大学スポーツ連盟(FISU) は、中国の成都(チェントゥー)で6月に行われる予定だったユニバーシアードを来年に延期すると発表した。
 
ユニバーシアードは本来2年に1度、奇数年に開催されることになっている“大学生のオリンピック”である。前回は2019年にナポリで行われた。
 
2011 深圳(中国)
2013 カザン(タタール)
2015 光州(韓国)
2017 台北(台湾)
2019 ナポリ(イタリア)
 
成都での大会は、本来は2021年8月16-27日に開催されるはずだった。しかし2021年4月2日、COVID-19の流行が収まらないので2022年に延期されることが発表され、日程は2022.6.26-7.7 と決まった。しかしまだまだCOVID-19が収まらないことから、この日、日程が2023年に再延期されることが決まった。その後、新たな日程は2023.7.28-8.8 と決められた。
 

5月6日(金).
 
アジア・オリンピック評議会 (OCA) は、今年9月に中国・杭州(ハンチョウ)で行われる予定だったアジア大会を延期すると発表した。新たな日程は後日決定としたが、7月になってから、2023年9月23日〜10月8日に決まったことが発表された。
 

アジア大会とユニバーシアードの延期が発表されたことで、海外遠征への出発を待って東京のHPSC, 熊谷の郷愁プール、STスイミングクラブの旧大宮教場、長野県のGMOアスリーツパークなどで合宿をしていたアジア大会やユニバーシアードの代表たちの間に動揺が走る。
 
そもそも“幻の代表”になってしまう可能性が濃厚な上に、海外遠征も中止だろうか。合宿も中断して、このまま解散?と選手たちは不安になる。
 
しかし翌日には、水連側から、代表問題は後日検討することになるが、国内合宿も続けるし、海外遠征にも行ってきて欲しいという伝達があり、選手たちは一応安堵した。
 

5月7日(土).
 
9月に行われる予定の、女子バスケットボール・ワールドカップ(男子は来年)に向けての日本代表の合宿が始まった。
 
千里(千里3)は五輪後で若手を使いたいかも知れないし、招集は微妙かな〜?と思っていたのだが、招集されたので、5月6日の夕方、NTCに出て行き、選手村の、千里と青葉の指定部屋になっている部屋に入った。ここに入るのは2月のワールドカップ予選(大阪)前の合宿以来3ヶ月ぶりである。
 
今回招集されたのは27名で、千里と佐藤玲央美が最年長であった。
 
「本番まで残してもらえるかどうかは分からないけど、若手から後ろ指差されるようなプレイだけはしないようにしようね」
と言い合った。
 
なお今回、フランスに行った奈々美は招集されていない。奈々美は国内でそう目立った成績はあげていなかったので、このまま追加招集などはされない可能性が高い。奈々美は代表に呼ばれるチャンスよりも海外で鍛える道を選んだ。
 

5月6日夕方にグラナダに到着した水泳の日本代表遠征チームだが、チャーター機は一部のメンバーを乗せて、更にパリのル・ブルジェ空港(*47)に向かった。パリ近郊のプールで分離合宿になるということだった。降機せずに残るよう名前を呼ばれた選手たちが「え?」と声をあげていたので、恐らくこちらまで飛んでくる最中に決まったんだろうなと南野は思った。
 
グラナダに到着したのは現地時間の 5/6 17:00だが、日本時間では翌日深夜1:00になる。みんな結構眠い。スタッフは「忘れ物に気をつけて」と呼びかけていた。
 
グラナダの空港で、多くの選手がシャラネバダの高地トレーニング施設に向かうバスに乗るが、長距離陣の下記は別途マイクロバスに案内された。
 
川上青葉、金堂多江、竹下リル、筒石君康、山先龍男、星田英市、南野里美
 
山先さんと星田さんは全く話を聞いていなかったようで
「え?え?」
と戸惑いの声を挙げていた。
 
(*47) パリの空港というと、シャルルドゴール空港(CDG) が有名だが、そちらは主としてヨーロッパ外からの国際便が使用する。また、オルリー空港(ORY) は国内便やヨーロッパ内の短距離便が使用する。今回チャーター機が使用したル・ブルジェ空港(LBG)は、パリで最も古い空港だが、現在は定期便は飛んでおらず、主にプライベート機が離着陸に使用している。パリには他に、もうひとつ、ボーヴェ空港(BVA) もあり、そちらは、格安航空会社のライアンエアーなどが使用している。
 

マイクロバスは空港から15分ほど走り、一軒の邸宅の庭に停まる。全員降りるが、何だろう?と思う。
 
その邸宅から出て来た人物を見て、青葉は脱力した。
 
「日本代表の皆さん、お疲れ様でした。ここで1ヶ月ほど世界水泳に向けて集中して練習して下さい」
 
「ちー姉、ここは?」
と青葉は尋ねた。
 
「私の家だけど、地下1階にバスケットコートと、地下2階にはプールがあるから」
 
やはりバスケットコート作りたい病だ!
 
「代表の皆さんにはそこで練習してもらうということで、百万石スイミングクラブの宮崎会長と水連の話し合いで決まった。シェラネバダのプールなんて世界中から選手が集まってくるから、長距離選手はまともに練習できないからね」
と千里は答えた。
 
「なるほどねー」
 
しかし千里の言葉で、分離合宿になった事情をみんなある程度想像したようである。
 

千里は全員を取り敢えず家の中に案内。うがいと手洗いを勧めたので交替でやってきた。応接間の広いテーブルに距離を空けて座る。かなり換気が良いようである。空気の流れがある。スペイン人?のメイドさん??2名が全員に食事を運んできた。
 
「こちら、ポーラちゃんと、クリスティーナちゃん。日本語は分からないけど英語は通じるから、用事があったらいつでも呼んでね」
と千里は2人を紹介した。
 
「エスパニアでは夕食の時間ですが、日本時間ではもう寝ている時間ですね。ちょっと辛いかも知れませんが、お休み前に説明だけさせて下さい」
 
「日欧間を移動すると、最初はそれで感覚がおかしくなるんですよね」
 
「千里さん、こちらへはいつ来たの?」
と南野が訊く。
 
「Wリーグが17日で終わったから、しばらくこちらで骨休め中」
 
Wリーグとか言ってるから、3番なのだろう(←毎度甘い!!)。2番さんはまだフランスのLFBをやっているはずである。つまり今、日本には1番さんだけが残っているのか、と青葉は思った。
 

「この家って、いつ頃からあるんだっけ?」
と青葉は訊いた。
 
「2013年春に、私、日本バスケット協会から、スペイン教育リーグのレオパルダ・デ・グラナダに派遣されたんだよ」
「へー」
 
「それで教育リーグからトップリーグに昇格して、2年ほどここで活動したんだけど、チームが解散になって。それで日本に戻って40 minutesを作ったんだよね」
「それは初耳だ」
 
その時期は千里姉は、ローキューツで活動していたばずだ。ということは2017年の3分裂以前から千里姉って、複数存在していたのだろうか。やはり丸山アイさんが言うように、ちー姉って7人くらい居る??
 
「でもヨーロッパにはすぐ戻る気がしたから、グラナダのアパートに置いてた荷物をどこか小さな家でも買ってそこに移しておこうと思ってさ、不動産屋さんで尋ねたらここを勧められたのよね」
 
「小さな家に見えないんだけど」
「グラナダじゃ、このくらいが最小単位みたい」
「ああ」
という声があがる。
 
「だから2016年春以来、6年ここを維持してる」
 

食事も済んで一息ついたところで、千里は、まずは選手たちを邸宅の裏手にある別棟に案内した。
 
「こちらに皆さんのお部屋を用意しました。お名前を書いておりますので、各々そのお部屋をお使い下さい」
と言って、千里は手前の“Tsutsuishi”と書かれた部屋のドアを開ける。
 
広い部屋である。日本式に言うと20畳くらいだ。
 
「筒石さんのお部屋をサンプルに一応部屋の仕様を説明させていただきます。お部屋にはベッドがありますので、特に床で寝たい方以外はベッドでお休みになった方が良いかと思います。各部屋にはお風呂とトイレが付属しています」
 
「ヨーロッパに来たことがある方はご存じと思いますが、基本的に水道の水は飲めませんのでご注意下さい。水を飲んだり、お茶を入れたりする場合は、こちらに用意しておりますミネラルウォーターを使って下さい。ST社さんからご提供を頂いております。感謝です」
 
「部屋ではWi-fiが使えます。暗号化キーは今お配りします」
と千里は言って、全員にキーをプリントした紙し各々の部屋の鍵(電子キー)を配った。
 
「暗号化キーは設定したら、紙は破って捨てて下さい」
「分かりました」
 
「部屋には、湯沸かしケトル、電子レンジ、オーブントースター、などを用意していますので、お茶を入れたり、パンをトーストするのにお使い下さい。テレビ、パソコン、冷蔵庫、洗濯機もご自由にお使い下さい。日本の雑誌も適当に揃えましたが、特に読みたい雑誌があったらリクエスト下さい。テレビはエスパニヤの放送局のほか、日本のアベマTV・あけぼのTVなども映りますが、時差にご注意下さい」
 
「むしろ日本時間を忘れなくて済むかも」
 
「食事は一応朝昼晩、お部屋にデリバーしますが、お腹が空いたり、おやつが欲しい時は、いつでもそちらにある呼び鈴でお呼び下さい。スタッフがお届けします。欲しい食べ物などがありましたら、可能な範囲で調達します。トリケラトプスの刺身とかはさすがに調達不能ですが」
 
と千里が言うと、笑い声があがる。
 

「あと、水連さんの要請でお酒は合宿が終わるまで禁止にさせて頂きます」
「まあそれは我慢するしか無い」
「あと、大変申し訳ないのですが、感染リスク軽減のため、外出も禁止させて頂きます」
「それ、女を買ったりするの防止もあるよね」
と山先さん。
 
「まあ他競技でトラブルがありましたね。一応、男子選手のお部屋にはテンガもご用意しました」
「あはは」
「女子選手の方でもテンガが欲しい方はお申し付け下さい」
 
「どんなものか見てみたい」
なとと、リルが言ってるので
「これあげるね」
と言って、千里がバッグから出して渡す。
 
「おぉ!!」
「千里さん、私にも頂戴」
と金堂が言うので、彼女にも渡した。
 

「一応、1階に男子の筒石さん、山先さん、星田さんのお部屋、2階に女子の金堂さん、竹下さん、南野さんのお部屋を設定しました。青葉は本棟の部屋を使って」
 
「分かった」
「音楽制作環境をインストールしたパソコンと、MIDIキーボードも用意してるから」
「合宿中も私はそれから逃れられないのか!」
と青葉が嘆くように言うと
「お気の毒」
と南野がほんとに同情するような声で言った。
 
1階2階の往復は階段またはエレベータを使うが、エレベータは2階の部屋の鍵でタッチしないと2階のボタンは押せないし、階段途中のゲートも2階の部屋の鍵でタッチしないと開かないと説明された。要するに男子は2階には行けない。
 
「どうしても2階に行きたい男子の方は、簡単な手術を受けて頂くと行けるようになります」
「それあまり簡単ではない気がするけど」
と青葉。
「ある部分の水の抵抗が減ってスピードアップするかも」
と千里。
「別の部分の抵抗が増える気がします」
と星田さん。
 

全員部屋に荷物を置いてきてから再度集まる。
 
「ではプールにご案内します」
と言って千里は全員を連れて階段を降りる。むろんエレベータでも行けるが、全員で乗ると密になる。
 
「ここ地下1階のフロアはバスケットコートが作られています。ウォーミングアップでジョギングとか筋力トレーニングとかするのにもいいですよ。エアロバイクとかも置いています」
 
「ジョギングには使わせてもらおうかな」
 
そして地下2階まで降りる。
 
「凄い」
という声があがった。
 
50mプールが8レーン作られている。
 

「プールの水深は3mです。一応カメラの人工知能が24時間監視していますが、溺れないようご注意下さい。各レーンは透明のプラスチック板で区切られており、水もレーンごとに循環するようになっています。一応2〜4レーンを男子、5〜7レーンを女子に割り当てて、青いシールと赤いシールを貼っています。南野さん自身が泳ぎたい時は第8レーンを使って」
 
「了解」
 
実際は男子3人、女子3人で各々話し合い、各自固定のレーンを使うようにしてマジックでシールの上に名前を書いていた。
 
「循環装置のスイッチはこちらで入れて下さい」
と言って、千里はパネルを示す。
 
「練習を始める時だけスイッチを入れて下さいましたら、レーンに誰も居なくなった後、15分後にスイッチは自動的にオフになります」
 
「津幡や郷愁のプールと同じ仕様ですね」
と金堂が言う。
「そうそう。同じシステムを導入している」
と千里も答える。
 
「万一足がつったりした場合は、背泳の姿勢に変えて、手を振ったりして下さい。人工知能が判定して救助を呼びます」
 
「分かりました」
 

各自の部屋に戻ったのは、スペイン時間の20時頃だが、日本時間では午前4時である。みんな仮眠してから泳ぎに行くようだ。
 
青葉は目が覚めて、コーヒーを1杯飲んでからプールに行こうとしたところで、千里に呼び止められた。これはスペイン時刻で24時、日本時間で午前8時頃だった。
 
「これを見ておいてもらおうと思って」
と言って、“千里の部屋の中にあるエレベータ”で地下に降りる。降りた距離が短かったので地下1階とみた。ここはどうもバスケットコートの隣になるようである。
 
「これは・・・」
 
「ここに松本花子のデータとプログラムのセーブが一式置かれている。青葉の高岡の新居・地下1階にあるものと同じセット」
「高岡にそんなものがあるんだっけ?」
「家に戻ったら見てみるといいよ」
「私、いつになったら高岡に戻れるんだろう?」
 
「世界水泳が終わって、『ミュージシャン・アルバム』の取材をして、その後、アクアのアルバムを作って、まあアジア大会が無くなったから、8-9月は高岡にいられるんじゃない?」
 
「アジア大会があってたら、今年1度も高岡に戻れなかったかも」
 
「逃げたくなったら、いつでもここに来て。この家の青葉の部屋はそのまま維持しておくから、いつでも自由に利用してね。プールも使いたい放題だし。ここまでの足は、若葉に頼めば何とでもしてくれるよ」
 
「あの人は口が硬いから安心だ」
 
青葉は、若葉さんなら安心だけど、千里姉に頼んだら、どこに連れ行かれるか分からないよなと思った。
 
 
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【春春】(8)