【春春】(5)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7  8 
 
「お姉ちゃん、琥珀ちゃんを貸して」
「いいけど、なんで?」
「コンビニまでおやつ買ってくる」
「いいけど、その格好は寒い。ウォームタイツ履いてきなよ」
「私の洗濯中で」
「だったら私の貸したげるよ」
「ありがとう」
「ついでに、私の分の石窯パリジャンサンドも買ってきて」
と言って100円玉を3枚渡した。
 
それで歩夢は、遙佳の発熱タイツを履き、琥珀のペンダントも借りて首から下げ、ダウンコートを着て、毛糸の帽子もかぶって、出掛けた。
 

男がほろ酔い気分で左ハンドルの外車を運転していたら(←飲酒運転者は死すべし)、行く手に女の子が歩いている。雰囲気的に女子中生か女子高生という感じである。
 
追い越してから車を停め運転席の窓を開けて振り返って見ると、物凄く可愛い。やはり中学生っぽい。
 
(こんな可愛い子が女の子のはずがない!)
 
「ね、君」
「はい?」
「こんな夜遅く、ひとりで歩いていたら危ないよ(←いや、お前が危ない)。僕が家まで送っていこうか?」
 
「結構です」
「だって不用心だよ」
と言って、男は車を降りて女子中生の前に立つ形になった。
 
「どいて下さい」
「だから送ってあげるって」
 
と言っていた時、男はなぜか突然ぶるぶると寒気が来た。この子、何か怖い!?
 
「いや、ごめん。またね。気をつけてね」
と言って、男は運転席に戻ると、車を発進させた。そして慌てていたので、その少し先の電柱にぶつけてしまったが、構わず走り去った。
 

『琥珀ちゃん、ありがとね』
『どういたしまして。夜は変なのが出ることよくあるから、ガードくらいはしてあげるよ』
『お母ちゃんも、お姉ちゃんが出掛けると言ったら心配するのに、私には何も言わないんだよねー』
『あはは、男女差別だね』
『私、女の子になりたいなぁ』
『もう既に3割くらいは女の子になってる気もするけど』
『そうかな?』
『あのさ、ビスクドール展が4月24日の日曜日まででしょ』
『うん』
『23日か24日にもお母ちゃんやお姉ちゃん、金沢に行くよね?』
『たぶん』
『その時、一緒に連れてってもらいなよ』
『ふーん・・・』
 

区画整理に掛かっていた、高園家の旧宅であるが、3月31日付けで事業側がここの土地・家屋を買収し、補償金として約200万円が、土地家屋の所有者であった朋子に支払われた。朋子はこれを全額青葉に渡そうとしたが、
 
「お母ちゃんのお小遣いに取っておきなよ」
と青葉は言ったので、ありがたくそうさせてもらうことにした。朋子はその一部で、自分が死んだ時の葬祭費用が出る共済に加入したようである。
 
「ところでそれ税金は掛からないんだっけ?」
と桃香が言ったので、朋子は慌てて青葉に訊いてみた。
 
「区画整理の場合は、2000万円までは無税」
「だったら問題無いね!」
 

さて、桃香は朋子から「何か仕事をしなさい」と言われて、中高生向け通信講座の添削の仕事に申し込んでみることにした。志望者多そうだし、そう簡単には採用されないのではと思ったのだが、桃香の理学修士という学位が好感してもらえ、課された試験には国語の現代文で1問間違った他は、全科目全問正解だった(←「鎌倉幕府は“いい小屋作ろう”だったっけ?」と言っていた人がよく日本史も全問正解したものだ)ので、取り敢えず数学・物理・化学をお願いしますということになった。
 
取り敢えず3月中は実力試験などの採点をすることになる。
 
採点の作業は、いつやってもいいのだが、朋子は、規則正しい生活をして毎日一定の作業をすることを要求した。それで監視役の緩菜!が毎朝8時に桃香を起こす。緩菜は容赦無い。布団を剥がし、服まで剥がされ、それでも起きないと氷の袋を着けられたりして、強引に起こされた。
 
「風邪引く〜」
「起きないのが悪い。まず深夜にゲームするのはやめるべき」
 
緩菜の中身は“小春”である。小さい頃、とっても適当な性格の千里と付き合ってきた経験があるので、とっても厳しい。当時もなかなか起きない千里を強引に起こしていた。
 
「今日は心臓が停まるかと思った」
「その時は蘇生してあげるから」
「お前、3歳に見えん」
「私はお母ちゃん(千里)より1つ年上だもん」
「本当にそうかも知れん気がする」
 
ともかくも、桃香は強制的に生活のリズムを作られ、それで向こうから来た指示に、迅速に対応することができた。
 
基本的にはネット上に登録されている生徒の解答を採点していく。セキュリティ上、この仕事専用のWindows PCが必要だが、青葉の依頼で、伊勢真珠が富士通製の新品カスタムメイド・パソコンを調達して基本設定してくれたので、桃香はそれを使用している。(むろん桃香自身でも設定できるが、桃香に任せていると仕事をしたくないばかりに、いつまでたっても設定が終わらない)
 
実際には、この3月にやった実力試験の採点で、桃香自身が評価されたようであった。それで4月からは具体的に
 
「高校1年・2年の数学・情報・物理・化学・地学・英語をお願いします」
と言われて、生徒用のテキストと模範解答集が送られてきた。
 
そういう訳で、こちらの桃香は、由美の誕生以来、3年ぶりにお仕事をすることになったのであった。これはオンラインでできる仕事なので、高岡でも浦和でも作業が出来る。
 

2022年4月7日(木・ひらく).
 
鹿児島県薩摩川内市の山中に“イムタ飛行場”が開港した。
 
ムーラン・エアー3つ目の飛行場である。
 
開港1番機として、ミューズ飛行場から253人乗りのAirbus A330-200 (*27) が飛来したので、オープニング式典に招待されていた地元政治家・商工関係者は仰天したようである。彼らは「技術者の往来に使う小さな飛行場ですので」と聞いていたので、7-8人乗りの小型機が飛んでくるかと思っていたようである。
 
夢紗蒼依は福井県小浜市と鹿児島県薩摩川内市に夢紗蒼依のシステムを動かすスーパーコンピューターを所有しているが、両者間のスタッフの往復が結構たいへんだった。だいたい鹿児島空港に飛んで、そこから移動するが、空港から1時間以上掛かる。特に2020年春のコロナ以降ではかなり苦労するようになっていた。それで若葉が
 
「200億円くらいで出来ちゃうみたいだし“意外に安いから”空港1個作っちゃお」
と言って、作っちゃったのである。
 
(*27) ムーラン建設の所有機である。定員は253人だが、コロナが終息するまでは半分の126人しか乗せない。若葉はわざわざ地元で雇った技術者(実際には福岡都市圏から引っ越して来る予定の人が半数を占める)を佐賀空港からCRJ900を2往復させて運んだ上で、このA330に乗せて連れ戻した。入社記念旅行?(社員たちは琵琶湖・三方五湖と若狭湾の観光を楽しんだようである)
 
A330-200の滑走距離は2220mで、結構降りられる飛行場は多い。中古で40億円“しか”しなかったらしい。若葉は似たようなサイズで四発機の A340-200 にも興味を持ったが、着陸距離が2990m 必要なので諦めた。降りられる空港が極端に少なくなり、機動性が落ちる。ミューズ飛行場・郷愁飛行場(2250m)にも降りられない。
 

“イムタ”の名前は当地の有名な湖沼“藺牟田池(いむた・いけ)”にちなむもので、現地の市議会からの要請で命名したが、実際の藺牟田池からはかなり離れている。そんな貴重な自然のそばに作ったりはしない。
 
「ぜひ旅客便の就航を」
という地元商工関係者からの声には
 
「ムーランエアーは旅客運送業をするつもりはないので、他社で運航するのでしたら、飛行場は自由にお使いください」
と言ったところ、地元で色々動いているようである。
 
なお郷愁飛行場やミューズ飛行場と同様、警察・消防・海上保安庁の飛行機やヘリコプター・ドローンは受け入れている。
 

2022年4月8日(金).
 
奥村春貴はスカートスーツを着て、H南高校に出勤して行った。
 
コロナの折なので、午前中の始業式は校長と2〜3年生だけで15分で終わり、午後の入学式も、校長と新入生にPTA会長だけで30分で終わり、どちらも校歌などは録音で流されたし、新入生の名前も呼ばずに「新入生○○名」で済ませてしまった。春貴は始業式では新任の先生として名前だけ紹介され、入学式でも1年3組の副担任ととして名前だけ紹介されて、挨拶などは無しであった。
 
入学式の後各教室に入り、ここで担任の先生が生徒の名前を呼び、呼ばれた人は黙って手を挙げる。そして最後に担任の広多先生が簡単に自己紹介をし、その後、副担任の春貴がやはり簡単に自己紹介をした。
 
それで初日は終了であった!
 

職員会議でも、新任の先生のプロフと事前に提出していた挨拶文をまとめたものが配られただけで、校長・教頭・教務主任・生活指導などから簡単な挨拶があっただけで終了した。
 
その後、1年3組の広多先生と30分くらい打合せ、数学教師だけで30分くらいの打合せがあった。また各部活の顧問と部長の顔合わせの時間が取られていたので、バスケット部は、男女とも化学実験室で顔合わせをした。
 
男子の顧問は横田先生、男子の部長は坂下君、女子の部長は谷口さんと言った。
 
春貴は横田先生に
「バスケットは未経験なんですが、勉強しますのでよろしくお願いします」
と言い、横田先生は
「あぁ、はいはい」
と言っていた。どうも何も期待していないようなので、気楽だ!
 

その後、谷口さんと話す。
「女子部員は何人くらい居るの?」
「今3年生2人と2年生が2人なんです」
「ということは・・・」
 
「1年生が最低1人は入ってくれないと、23日の春季大会に出られません」
と谷口さんは言ったが、春貴は訂正した。
 
「1年生を入れないと“23日・24日・29日・30日”の春季大会に出られないね」
 
谷口さんは一瞬考えたが
「そうですね!大会日程は30日までですよね!」
「そうだよ。4日間6試合を勝ち抜いて優勝を目指そう」
「はい!頑張りましょう!」
と谷口さんは言い、春貴は彼女と握手をした。
 
横田先生と坂下君は呆れたように見ていた。
 

春貴が「今居る4人のプレイを見たい」と言ったので、女子部員を招集して練習を見ることにする。
 
が・・・
 
「あれ?体育館じゃないの?」
「私たち弱いから体育館をもらえないんです」
「じゃどこで練習してるの?」
などと言いながら来たのは校舎の裏手である。そこに錆び付いたバスケット・ゴールがひとつある。ネットも破けかけている!
 
「この付近でパスとかドリブルの練習したり、シュートの練習してます」
「雨の日はどうすんの?」
「お休みです!」
 
春貴は腕を組んで考える。そこにちょうど他の3人も来た。春貴はまずは自分の自己紹介をした上で4人の自己紹介も聞いた。
 
谷口愛佳(あいか)3年
高田舞花(まいか)3年
山口夏生(なつお)2年
竹田松夜(まつよ)2年
 

「君たちコートネームは?」
と春貴が訊くと、4人は顔を見合わせている。
 
「すみません、“コードネーム”ってなんですか?」
 
どうも全く知らないようである。
 
「うーん。。。じゃ、君たち試合中にお互いをどう呼び合ってるの?」
「夏生(なつお)ちゃんとか松夜(まつよ)ちゃんとか」
「愛佳(あいか)先輩とか舞花(まいか)先輩とか」
「それ聞き違えない?」
「よく聞き違えるんです!」
「苗字で呼んでも、谷口と山口、高田と竹田が紛らわしいんですよねー」
 
「コートネームというのはね。各々の選手にだいたい2音程度の呼び名を決めておいて、コートの上では、先輩後輩の関係無く、その名前で呼び捨てするんたよ」
 
「へー!」
 
「昔、日紡(にちぼう)という、女子バスケット・女子バレーの強いところがあってね。もう60年くらい前の話だけど、当時は女子バスケット・女子バレーでは、もうこの日紡のチームがイコール日本代表だったんだよ」
 
「すごーい」
 
「コートネームというのはそこで生まれた、日本の女子バスケット・女子バレー独特の習慣。昔のそういうチームって、先輩後輩間の礼儀とか厳しいじゃん」
 
「恐そう!」
「挨拶忘れただけで殴られそう」
 
「でも試合中に○○先輩とか呼んでたら発音に時間も掛かって効率が悪い。だから試合中コートの中ではコートネームの呼び捨てにして無礼講にする」
 
「ブレイコーって何でしたっけ?」
「えっと、礼儀とか無しで全員お友だち扱いにするという意味ね」
「なるほどー」
 

「だから例えば、谷口愛佳ちゃんなら“愛”で“ラブ”とか」
「おっ可愛い」
と高田舞花が言っている。
 
「高田舞花ちゃんなら“舞”から“ワルツ”とか」
「ダンスじゃないんですか?」
という質問があるが
 
「ダンスはむしろ“踊り”ですよね?」
と舞花本人が言っている。
 
「そうそう。西洋の一般的なダンスは“踊り”であって、舞とは動きが違う。ワルツの方が比較的近い」
 
「あるいは英語式に“ウォールツ”とか」
「確かに。“ワルツ”はむしろ和製英語だもんね」
 
「ドイツ語かと思った」
「ドイツ語ではヴァルツァーかな」
「フランス語では?」
「ヴァルス」
「滅びの言葉だ!」
 
「それ長いから、もう“ルツ”とかでは」
「あ。ルツは格好良いかもしれない」
 
ということで、舞花のコートネームは“ルツ”になった。
 
「ルツって男名前ですかね?」
「聖書に出てくる女性の名前だから女名前だと思う」
「へー」
「確か、昔、本田ルツ子(*28) って歌手がいたはず。『風がはこぶもの』って曲をヒットさせた。『街を歩く時に〜、風に耳をすませ〜てね』という曲」
 
「聴いたことがある気がする」
 
(*28) 漢字は本田路津子と書く。これで「るつこ」と読む。聖書『ルツ記』から採ったもの。“ルツ(Ruth)”は、言語によっては“ルース”“ルフィ”などになる。基本的には女性名だが、苗字にもなっている(ベイブ・ルースなど)。
 

「山口夏生ちゃんは“夏”からサマーとか」
「3文字だけど」
「でも2音節」
「竹田松夜ちゃんは“松”からパインとか」
「3文字だけど」
「でも2音節」
 
「松のことパインと言うんですか?」
「そうだよ。イエローパインはアメリカ産の松」
「パインってパイナップルのことかと思った」
 
「パイナップルという言葉は元々“松かさ”の意味なんだよ。松の果実でしょ。パイナップルは松かさに似ているからパイナップルと呼ばれた」
 
「アップルって元々果実一般の意味ですよね?」
 
「そうなんだよ。だからオレンジは golden apple 黄金のアップル、バナナは apple paradis 天国のアップル、ジャガイモは pomme de terre 土のアップル、トマトは love apple 愛のアップル、曼陀羅華(まんだらげ)は thorn apple トゲのあるアップルなどと呼ばれた。ただしキュウリも eorth-aeppla 土のアップルと呼ばれている」
 
「アダムとイブの“アップル”もきっとリンゴじゃないですよね」
「あれは色々な説があるよね。ブドウ説とか、小麦説とか、ベニテングダケ説とか」
 
「へー」
 

「先生のコートネームは?」
と部員たちから質問がある。
 
「そうだな。春貴(はるき)の“春”からスプリング。では長いから“プリ”で」
「プリマヴェーラの“プリ”ですね」
「うん。それでもいいよ」
 
ということで、この5人のコートネームは、ラブ・ルツ・サマー・パイン、そしてプリと決まったのであった。
 

「ま、取り敢えず1年生を何とか勧誘したいね」
「うちの弟が入ってくるけど、女装させて出す訳にはいかないしなあ」
「晃(あきら)ちゃんは充分女子で通るよ。女子制服着せたら」
「でも違反だし」
 
そういう問題か?
 
そういう感じで30分くらいお話をした後で、彼女たちの普段の練習を少し見せてもらった。30分くらい見たところで止める。
 
「コンクリートの上でドリブルするとボールが弾み過ぎるよね」
「それで実際の試合の時に感覚が違って困るんです。力の入れ具合がかなり違うし」
「シュート練習はだいたいレイアップシュートだね」
「ええ」
「遠くから撃ってもあまり入らないし」
「でも君たち、中に進入できる?」
「それができないんですー」
 
それで春貴は頷くようにして言った。
 
「練習見てて思ったんだけど、取り敢えず今月末の大会までは、ひたすらミドルシュートの練習をするというのはどうだろう」
 
「ミドルシュートですか!」
「制限エリアに進入して行くのって、体格とかがよくないとできないでしょ。こうやって見ていると、あまり背の高い子とか体格のいい子がいないし」
 
「そうなんですよねー。いつもまず身長で負けちゃうんです」
「160cm代が居ないもんね〜」
「舞花ちゃんの159cmが最高」
「体重もみんな40kg代。50kgの子が居ない」
 
「だからミドルシュートをどれだけ決められるかが重要になると思うんだよ。それでひたすら練習する。ここは部活時間はどのくらいだっけ?」
「6時間目は15:00に終わるんですけど、それから掃除と帰りの会があるから終わるのは15:30くらいなんですよね。そして下校時間が18:00だから実質2時間くらいです」
「2時間あればウォーミングアップとクールダウンを除いて1時間半くらいかな。それだけあればだいたいミドルシュート150本くらい撃てると思う。10日やれぱ1500本だよ」
「1500!」
「それだけ撃てば上手くなる気がしない?」
「上手くなるかもー」
 
「でもゴールが1個しか無いんですが」
「うーん・・・」
 

それで春貴は横田先生に訊いてみた。
 
「リングだけなら2〜3個あるんだけどね」
「それを何かの支柱に取り付ければいいですかね」
「むしろ壁に付けちゃいましょう。取り敢えず1個取り付けてあげますよ」
 
と言うと、横田先生は、リング(ネットは無い!)を1個持って来て、校舎の壁に電動ドリルで穴を開け(いいのか?)、針金とボルトで留めてくれた!
 
「壁にぶつけて叱られません?」
「平気平気」
 
どうも割とアバウトな先生のようである。
 
しかしお陰で、ゴール2個になったので、1人がシュートして、1人が返球係をすれば4人で練習できるようになった。
 
雨が降ってなければ!
 
1年生の新入りについては、また考える!
 

邦生の豊畑さんへの説明は続いていた(結局丸一日掛かった)
 
「ここでさっきもちょっと出て来たけど、夢紗蒼依(むさあおい)・松本花子というのを説明する必要がある」
 
と邦生は言った(そろそろ疲れてきている)。
 
「今、4大作曲家集団と言われてますよね」
「うん。東郷誠一、夢紗蒼依、松本花子、望坂拓美」
 
(もはや“東郷誠一”は作曲家集団ということにされている!)
 
「その中で、東郷誠一と望坂拓美は確かに作曲家集団なんだけど、夢紗蒼依と松本花子は、実はAIなのではという説が最近浮上している」
「へー!」
 
「夢紗蒼依の中心人物はシンガーソングライターの丸山アイで、これにローズ+リリーのケイ=唐本冬子、醍醐春海=村山千里、そして資金提供源だと思うけど、ムーランの山吹若葉が加わっている。この本拠地が小浜市のミューズセンターだよ」
 
「あぁ」
 
「どうもそこに巨大なスーパーコンピュータが多分4台動いていて、そのコンピュータのAIで作曲をしているのではという噂がある」
 
「凄いですね」
「そのコンピュータを動かすのに必要な電気代が1日に100万円かかるらしいよ」
「恐ろしい」
 
「これはコンピュータ自体の電気代だから、照明やエアコンの電気代、スタッフの給料まで入れると1日300万円くらい掛かるけど、AIが作れる楽曲は、駄作すぎて出せないのもあるから、商業的に使えるものは、4台合計でも1日に3-4曲で、実際は赤字を垂れ流しているという説もある」
 
「ひゃー」
 
「だからお金が減ることが大好きな山吹さんが絡んでる」
「なるほどー!」
 

「松本花子は川上青葉さんと村山千里さんの姉妹でやっている。こちらもやはりスーパーコンピュータのAIで作曲をしているのではと言われているけど、拠点が分からない。ひょっとしたら、クラウド型で、全国の多数の拠点に置かれた Linuxサーバーか何かをネットで結んでやっているのではという説もある」
 
(不正解! Windows PCである!しかもクラウドではなくスタンドアローンで動いている。Windows上のPerlなので素人でもプログラムをいじれる)
 
「アプローチが違うんですね!」
「そうみたい。だから生産量に差がある。夢紗蒼依は年間1000曲くらいしか生産してないけど、松本花子は年間4000曲くらい作曲している」
 
「確かにクラウドの方が生産能力を上げやすい気がします」
 
「たぶん需要が増えたらサーバーを増設して、減ったら休ませているんだよ」
「スーパーコンピューターだとそのあたりの融通が利きませんね」
「普通の Linuxサーバーを全国に分散して置いていたら、ひとつひとつの消費電力は小さいから、電力会社と電気の供給とかの交渉とかする必要も無いしね。だから場所を選ばない。災害にも強い(*29)」
 

(*29) 2022年春現在、松本花子が動いている“パソコン”は、小樽・館林・奄美に3分の1ずつあり、各々に他センターの予備機も用意されているので、万一どれかが災害・戦乱に遭っても他で稼働を続けられる。つまりトリプレックスの体制になっている。
 
プログラムやデータのバックアップは、この3ヶ所のほか、青葉の自宅(高岡市)、スペイン・グラナダの千里の自宅(*30) にも定期的に運ばれている。全て地下の保管庫に入れられている。北海道・群馬・奄美・富山・グラナダの5ヶ所の地下保管庫か同時に全滅するというのは、確率的に極めて小さい。
 
(*30) 細かい話だが、ヨーロッパにある2つの千里の自宅の内、グラナダの邸宅は千里3、マルセイユ郊外の邸宅は千里2(2B)が主として使用している。松本花子のデータは千里3が使用しているグラナダの方にある。
 
マルセイユの邸宅にも、グラナダの邸宅にも、地下1階にバスケットコート、地下2階には50mプールが作られている。わざわざプールを作ったのはその内、青葉を拉致してくるつもりだからである!
 

その時、豊畑さんは
「あれ?」
と言った。
 
「村山千里さんが両方に関わっていません」
「だから、夢紗蒼依に関わっている村山千里さんと、松本花子に関わっている村山千里さんは多分別人なんだよ」
 
「なるほどー!」
 
「これはムーラン社長の山吹若葉さんの説で、千里さんは3人ではないかと山吹さんは推測している」
と言って、邦生はホワイトボードに書き出すが
「これはメモしないでね」
と注意した。
 
1=高園千里:醍醐春海の中心
2=細川千里:琴沢幸穂の中心:夢紗蒼依の常務
3=村山千里:鴨乃清見の中心:松本花子の社長
 
「ペンネームが3つあるのも、3人居るからなのか!」
 
「そもそもね。これも山吹さんから教えてもらったんだけど、琴沢幸穂 kotosawa sachiho は、細川千里 hosokawa chisato のアナグラムなんだよ」
 
邦生がホワイトボードに書いたローマ字を見て
「ちょっとすみません」
と言って、豊畑さんは見比べながら赤いホワイトボードマーカーでアンダーラインを引いていった。そして完全に文字が対応していることを確認すると
 
「すごーい!だったら2番さんが琴沢幸穂というのは間違い無いですね」
「うん。ただし2番さんも3番さんも“量産品”は醍醐春海の名前で出す」
「あぁ」
 
「村山千里さんは5年くらい前に落雷に撃たれて、それで一時期バスケットの日本代表からも外れたんだよ(*31)」
「きゃあ」
 
「でも半月くらい後に代表に復帰した」
「凄い」
 
「だから山吹さんの推測では、雷に打たれて調子を崩したのが1番さんで、その半月後に代表に復帰したのが3番さんではないかと」
「ああ!」
 
「1番さんは一時は生死の境を彷徨う状態だったから、バスケットも作曲も調子を落としていたのが、やっと最近復活してきたのでは山吹さんは言っていた」
 
「落雷で死にかけたら、回復にそのくらい掛かるかも知れないですね」
 
しかしこれで豊畑さんも“千里3人説”を信じたなと邦生は思った。実際、結婚式の問題にしても、あの落雷問題にしても、千里さんが3人くらい居ると考えないと、合理的な説明ができない、と邦生は思う。
 

(*31) “落雷”に遭ったのは2017年4月16日で、代表落ちは羽衣とクロガーの戦闘に巻き込まれて“死亡”した7月4日だが、邦生は両者を混同している。他にもこの付近がごっちゃになっている人は多い。桃香や若葉は完全にごっちゃだし、青葉やケイの記憶もかなり怪しい。
 
分かっているのは、丸山アイ、京平、青葉の心に居候している《姫様》、またP大神・A大神など少数。
 
羽衣や美鳳に千里7(魔女っ子千里ちゃん)などはそもそも事態を理解していない!
 

邦生の豊畑さんへの説明は続いていた。
 
「ここまでの説明を元にやっと、本題に入れる」
と邦生は言った。もう15時を過ぎている。
 
「火牛タウンに建設済みあるいは建設予定の施設は、各々こういうところが建設・運用している」
と言ってホワイトボードに書いた。
 
火牛アリーナ S+P
専用プール G
一般プール M
アクアゾーン M
テニスコート G+P
グラウンドゴルフ G+P
火牛パーク G+M+P
火牛スタジアム G+P
 
G=Green Leaf (川上青葉)
P=Phoenix Trine (村山千里)
S=Summer Girls Publishing (唐本冬子)
M=Moulin Holding (山吹若葉)
 
「これメモしていいですか」
「OKOK。こんなの覚えられないよね」
「でも吉田さんはそらで書きました」
「当初から関わっているからね」
「なるほどー」
 

「テニスコートとグラウンドゴルフ場の運営は津幡町に委託されいる。専用プールと一般プールを使用して、〒〒スイミングクラブが運用されている。これは〒〒テレビの子会社だけど、東京オリンピックに選手を8人も出した」
 
「凄い!」
 
「彼女たちの活躍を支えるのが専用プール、元々長距離の選手って1回800mとか1500mとか泳ぐのに8分、15分と掛かる。普通のプールでは充分な回数の練習が出来ないし、レーンを共用すると衝突回避のためタイムロスするから思いっきり練習できない。そもそも昼間しか開いてない。更に一般のプールは不特定多数の人が使うから感染の危険もある。ところが、この専用プールは、24時間365日営業だし、オリンピック代表クラスの選手は1人1レーンの専用レーンを持っているから、24時間好きな時に好きなだけ泳げる。共用しないから衝突する可能性を考えずに全力で泳げる。更に限られた人しか施設内に入れないから感染の危険も少ない。その恵まれた環境で彼女たちは力を付けてきたんだよ」
 
「でもそれ採算取れるんですか?」
「採算なんて何も考えていない」
「え〜〜!?」
 
「そもそもここは川上青葉の個人的な練習場なんだよ。そこをレーンが空いてるから、知り合いを呼んでるだけ。だから個人の家のお風呂と同じ」
 
「大きなお風呂ですか!」
 
「一般プールの方は会員制で、会員になっている人は誰でも泳げる。こちらもコロナで入場制限してるから、全く採算は取れてないけど、いいことにしている」
 
豊畑さんはメモを見ていた。そして言った。
「ムーランさんの運営だから、赤字OKなんだ!」
「そうそう。たくさん赤字が出るから、山吹さんは嬉しくてたまらないみたい」
 

奥村春貴は4月8日の夕方、邦生に電話してみた。
 
「10人くらい乗る車をさ、安く借りられる所とか知らない?」
「ああ。だったら千里さんに連絡してみるといいよ」
「川上さんのお姉さん?」
「そそ。あの人、たくさん車持ってるから、きっとそのクラスの車もあるよ。あ、俺が連絡しようか」
「助かる!」
 
すると千里さんから直接春貴に連絡があり
 
「置き場所に困ってるから、1台当面貸しとくよ」
と言って、その夜9時頃、持って来てくれたのである。
 
「キャラバンですか!」(*33)
 
「多分10人乗りと言ったら、ハイエースかキャラバンだと思う。これが普通免許で運転できる最大サイズ。これより多人数乗せるならマイクロバスが必要だよ」
 
「マイクロバスは大型免許が必要ですよね?」
「中型免許でも運転できるけど(*32)、どうせなら大型免許取りなよ。部活の顧問とかしてたら、絶対必要になるよ」
 
「そうですね。今年中に取ろうかな」
「うんうん」
 
(*32) 中型免許は29人乗りまで運転できる。但し以前の普通免許から移行した5t/8t 限定の中型免許では10人乗りまでしか運転できない。限定解除するか大型を取る必要がある。
 
(*33) 震災イベントの時に邦生たちを仙台から運んだ車とは別の物。パン屋さんが使用していた車体で、貴司と美映が千里(せんり)から姫路への引越に使用した車である。その後、塗装も変更し、4列シートを設置した。
 

「あと、うちの部で火牛アリーナを使わせてもらえませんか」
「部員は何人?」
「2〜3年が合わせて4人なんですよ。1年生は多くて3〜4人と思っているんですどね」
「その人数なら年間3万円で(今適当に決めた)」
「私の年間パスと同額だ!」
「高校生の部活は安いから。何なら春貴ちゃんの個人年間パスをそれに書き換えようか」
「それで私も使えるんですか?」
「付き添いということで」
「なるほどー」
 
「じゃ、今度連れてきたら、その場で年間利用者証を交換するように言っておくから。場所はラビット・コアラ・ポニー・タビー・ショコラのどれかになると思う。換気性が落ちるトリコロールはコロナが終わるまでは使わない」
 
 
(トリコロールは体育館の中央にあり、外の壁と接していない:後で図を出す)
「火曜日とか借りられます?」
「12日?」
「はい」
千里さんはスマホでどうも予約状況を見ているようだ。
 
「大丈夫。予約入れとくね」
「ありがとうございます」
 
それで千里さんは、一緒に来た、20歳くらいの女性のスペーシアで帰って行った。
 

4月9日(土).
 
邦生と真珠はお揃いの白いドレスを着て、スペーシアを使って香林坊に出た。そして“予約していた”ティファニーに入った。
 
「吉田様、伊勢様、お待ちしておりました。こちらへ」
と笑顔で案内され、商談室に入る。
 
今日は“結婚指輪”を買いに来たのである。
 
真珠は左手薬指に2月に買ったエンゲージリングを着けている。
 
「結婚は来年かなと思っていたのですが、急に今月結婚することになってしまって」
「こういうのは、話が決まったら、どんどん進行することが多いようですよ」
 
と先日、婚約指輪を買った時の担当さんは言っていた。
 
「先月送っていただいていたカタログを見てて、このデザインがいいかなあと言っていたんですよ」
 
と言って、ひとつの指輪を指さす
 
「いつも着けていられるものは、やはりシンプルなものかと思って」
「そうですね、やはりダイヤ入りとかのマリッジリングも人気ではあるのですが、家事をする時とかに外すので、それで紛失したりすることがあるんですよ」
「ありがちな事故ですね」
 
真珠の指より少し大きいサイズのものの在庫かあったので、通させてもらった
 
「いい感じです」
 
シミュレーターで、真珠と邦生の各々の指に填めている状態を見たが、感じがいいなと持った。それでその指輪を買うことにした。
 
「お二人ペアでいいですよね?」
「はい。やはり結婚指輪1本だけ買う人も居ます?」
「失くしたような場合には」
「ああ」
「内緒でというのも多いですよ」
「それ凄く分かります」
 
「刻印はどうなさいますか?」
「K to M / M to K で」
と言って、真珠は、真珠が着けるサイズの指輪のほうにK to M, 邦生が着けるサイズの指輪のほうに M to K を指定する紙を渡した。
 
(邦生は「俺は“ほうせい”だと」と主張したが、真珠は「みんな、くにちゃん」と呼んでるからもう「くにお」でいいよと言って、押し切った)
 

4月11日(月).
 
春貴は最初に横田先生に
「明日の練習初日は、生徒たちを屋根のある所で練習させたいので、外部の体育館にに連れ出していいですか」
と尋ね、許可をもらった。
 
「それ体育館の使用料は?」
「私が個人で出しておきます」
 
「場所はどごですか?」
「津幡の火牛アリーナです」
「借りられます?あそこ凄い制限してますよ」
「社長の妹さんが私の元同級生なので、連絡したら使っていいよと言われたんですよ」
「凄いコネ持ってますね!交通はどうします?」
 
「私の個人の車で運んでいいですか?」
「いいですけど、慎重運転で」
「はい。安全運転で」
 
「ちなみに車は何ですか?」
「知人から借りた10人乗りキャラバンです」
「いい車がありますね!」
「1年生が6人以上入ったら乗せきれませんけど」
「あはは。それは無いでしょう」
と横田先生は笑っていた。
 
往復に合計1時間掛かるので、向こうでの練習時間は1時間くらいということになる。着替えは、車内でやっちゃおう!ということで、2〜3年生とは話がまとまっている。顧問の自分を含めて女ばかりだから、気にすることはないだろうということにした。
 

その日の放課後の部活紹介では、3年生の2人が“バスケット漫才”をしていた。
 
「こないだお兄ちゃんにバスケット・リング買ってきてと頼んだら、何だか小さなドーナツ状の薄いわっかでさ」
「そりゃ、あんさん、ガスケット・リングでっせ」
 
「こないだバスケット大会って書いてあるから、見に行ったら、みんなお花をアレンジして、籠(かご)に詰めてんの」
「フラワーバスケットの大会でんな」
 
「ウィンターカップの中継やってると言うから見てたら、なぜかみんな馬に乗って走ってんの」
「そりゃウィンザーカップ(*34)やわ」
 
「こないだ後輩に『そこでシュート!』と言ったら、突然ヘッドギア着けてファイティングポーズ取るんだよ」
「そりゃシュートボクシング」
 
などと、5分ほど、ひたすらダジャレを並べていたが、結構笑いを取っていたので大したものだと思った。
 
(*34) ポロの大会の名前。
 

その後、体育館内で《女子バスケットボール部》の看板を立てていたら、1年生が3人も来てくれた!
 
更に舞花は弟の晃を連れてきて、強引に入部者名簿に名前を書かせていた。
 
「ぼく、男子だよー」
と本人は抵抗している。
 
「大会までに性転換手術すればよい」
「そんな手術いやだー」
「ちょっと、ちんちん取るだけだよ」
「取りたくなーい」
「女子制服着れるのに」
「そんなの恥ずかしー」
「女子トイレに入れるのに」
「えっと・・・」
「女子更衣室に入れるのに」
「・・・・・」
 
ということで、彼は“つい”名前を書いてしまった。
 
彼(彼女になるかも?)まで入れて新入生4人で部員は8人になる。春貴はキャラバン借りて良かったぁと思った。これがセレナとかだと乗り切れないところだった。
 

この日は化学実験室に移動してから簡単なミーティングをする。3年生と2年生が自己紹介した後、全員のコートネームを決めようということになる。これは3年生の2人で決めてしまった。
 
原田河世(かわよ)リバ
鶴野五月(さつき)メイ
綾野美奈子(みなこ)ビナ
高田晃(あきら)ルミ
 
五月の“メイ”は一瞬で決まった。この子と美奈子ちゃんが中学でもバスケをしていたということで期待大である(実際、ドリブルもシュートも上手かった)。河世ちゃんは165cmと背が高く、中学ではバレー部に入っていたらしいが、中学で同級だった五月ちゃんに誘われて、高校ではバスケットをすることになった。
 
綾野美奈子は
「セーラーヴィーナス?」
と訊かれる。
 
「いえ、愛野じゃなくて綾野です。でもよく愛野と思われます」
「君はビーナスで」
「長いからビナで」
「水森ビーナと同じパターンか」
「あの子の名前、ビーナスから来たの?」
「そうらしいよ。可愛いからビーナスと言われたらしい。ついでにビーナスはインドではサラスバティと言って、この女神様が弾く楽器がビーナという楽器」
「へー」
「これが日本では弁天様が琵琶を弾くという話になっている」
「弁天様ってヴィーナスだったんだ!」
 
「息子のキューピッドはギリシャではエロス、インドではカーマ、日本では愛染明王」
「ホームセンターみたい」
「いや、そこから名前付けたらしい」
「カーマはキューピッドだったのか」
 

晃(あきら)は“晃”という漢字が、光が輝いて四方に広がるという意味なので、“ルミナス”を短縮して“ルミ”になった。
 
「可愛い」
「あまり可愛いの困るんだけど」
「でもルミちゃん、背が高ーい。170cm近くないですか? 頼もしい」
と他の1年生から言われるが
「ぼく男だから」
と本人。
 
「なぜ男子が女子バスケット部に居るんですか?」
「性転換予定?」
「女の子になりたい男の子?」
 
(晃は体操服姿である。彼は喉仏も目立たないし、女性的な顔立ちである。髪も耳が隠れており男子にしては長い)
 
「姉貴から強引に引き込まれたんだよぉ」
「でも背の高い選手と対抗する練習には凄くいい」
「それは凄くいい!」
「制服は女子制服着て下さいね」
「よし、女子制服は調達しておこう」
「え〜〜〜!?」
 

それで部員8人のコートネームはこのようになった。
 
3年
谷口愛佳(あいか)ラブ
高田舞花(まいか)ルツ
2年
山口夏生(なつお)サマー
竹田松夜(まつよ)パイン
1年
原田川世(かわよ)リバ
鶴野五月(さつき)メイ
綾野美奈子(みなこ)ビナ
高田晃(あきら)ルミ
 
「明日はちょっと遠出して、津幡の火牛アリーナで練習しますから」
と春貴が言うと
「よし。火牛饅頭(*35)買って来よう」
などと言っている子が居た。
 
(*35) 本当に売ってる:川崎ゆりこがジョークで言ったのを若葉がノリで作っちゃった。饅頭の皮に火牛の絵が描かれている。製造は石川県内のお菓子メーカーである。絵を描いたのはアクア!しっかり“絵:アクア”と表記されている。その他、同じく火牛の絵が描かれた火牛煎餅、牛の形をした火牛チョコ、なども開発されている。
 
箱には、牛若丸姿の横笛を吹くアクアと、木曽義仲に扮した白鳥リズムの写真が使用されている。間違えにくいように、饅頭は赤い縦長の箱、煎餅は白い正方形の箱、チョコは黒い横長の箱である。また、饅頭には静御前(アクア!)、煎餅には狐忠信(今井葉月)、チョコには弁慶(品川ありさ)も描かれている。
 
これらは火牛アリーナだけでなく、近隣のSAや道の駅にも置かれていて、わりと売れているようである。
 
火牛饅頭は、ピンクの皮に粒あん、白い皮に、こし餡の2種類だったが、グリーンの皮に白餡というのも追加された。6,12月末には“火牛氷室饅頭”(*36)という特別バージョンも販売される。
 
(*36) 石川富山では6月末・12月末に“氷室饅頭”という饅頭を食べる習慣がある。どこでも売ってるが、筆者は、金沢の柴舟小出のものと、輪島の吉野屋のものがお気に入り。
 

新入生を迎えてのミーティングが終わった後、春貴は新入生4人をバスケットボール協会に登録しようとした。
 
が・・・
 
操作がよく分からない!
 
横田先生に尋ねると
「ああ、僕がやっておくよ」
「すみませーん!」
「そうだ。奥村先生も登録しなきゃ」
「あ、顧問も登録するんですか?」
「もちろん、もちろん。登録しておかないと監督ができない」
「きゃー。漏れる所でした」
「じゃ先生の分もやっておきますから、生年月日を教えてください」
 
それで春貴は自分の名前・ふりがなと生年月日を、新入生を含む女子部員(*37)8人の名前・ふりがな・生年月日を書いた紙の欄外に記入し、横田先生に渡した。
 
「奥村先生、バスケットのコーチ・ライセンスは持ってませんよね?」
「今イー・ラーニングで受講中なんですよ。23日には間に合いません」
「じゃ受講中と設定しておきますね」
「すみません」
 
(*37) ここで“女子部員”とは“女子部・員”であって“女子・部員”ではない!男子バスケ部の女子マネは、女子の男子部・員である。晃は男子の女子部・員である。
 

4月11日(月).
 
邦生は豊畑さんを連れて火牛アリーナに向かった。一応千里さんとアポイントを取っては、いるのだが、本当に居るかは微妙だなと思っていた。千里さんは物忘れの天才である!
 
火牛アリーナに行くと、森本メイさんが窓口に座っていた。
 
「〒〒テレビの森本アナウンサーさん?」
「3月で辞めて、〒〒スイミングクラブに再就職したんですよ。アナウンサーが体力もたなくて休みがちだったんですけど、ここは人が少ないから更に忙しいみたいで」
などと言っていた。
 
彼女と名刺交換した上で、火牛アリーナの白石館長とも(豊畑が)名刺交換する。
 

そして社長室に通されたが、千里さんともう1人女性が居る。
 
まずは邦生が豊畑さんを2人に紹介したが、邦生も豊畑さんも千里と一緒にいる女性を知っていた。
 
(豊畑さんは自分の名刺を2人に渡し、邦生も自分の名刺をその女性に渡した、また千里が豊畑さんに“フェニックス・トライン代表取締役”の名刺を渡した)
 
「前村貞子選手ですよね?東京オリンピックは大活躍でしたね」
「ありがとう。まあ何とかメダル取れたから、それを花道に引退しちゃったけどね」
と前村さんは言っている。
 
「彼女は、中学の陸上部で、ケイやムーラン社長の山吹若葉さんと一緒だったんだよ」
「すごーい!」
 
「当時の若葉って陸上部と水泳部とテニス部を兼部してて全部の大会に出てた」
「当時から、お忙しかったんですね!」
「あの子は“まぐろ病”だな。停まったら死んでしまう」
「ああ」
 
「前村さんは、オリンピック直後の10月に、やはりその時の陸上部のチームメイトだった野村治孝さんとご結婚なさって、現在赤ちゃん製造中」
 
「おめでとうございます」
 
「東京にいるとテレビ局とかがよく来るから、どこか逃げたいとケイに言ったらここの施設長やってと言われたから、引っ越して来ることにした」
と前村さん。
 
「ま、それで、これから建設する火牛スタジアムの施設長をお願いした」
と千里さんは言っている。
 
「陸上かサッカーの関係者にお願いしたかったからね」
と千里さんは追加説明をする。
 
火牛スタジアムにケイは関わっていないが、千里は知り合いに適当な人がいないか照会しており、それでケイが彼女を紹介した。千里は金沢市か津幡町に彼女のために家を建てて提供する予定で、播磨工務店に、夏樹の家の件が終わったら、そちらに掛かってもらうことにしている。それまでは火牛ホテルに泊めている。
 

「実際にスタジアムができあがるまで1年半くらい掛かりそうだから、その間に1人か2人子供産めるかも知れないし」
と前村さんは言っている。
 
「2人産んじゃうんですか!?」
「やってみないと分からない」
「まあ出産の前後に代理を立てれば、別に仕事しながら出産してもいいんじゃないの?」
と千里さん。
「千里さんは出産の一週間後に国際試合に出ている(*38)」
「うっそー!?」
「さすがにあんな真似はできないけどね」
 
「あれは子宮をクロークに預けてたから」
「預かってくれるんですか!?」
 
邦生は、それって千里さんが3人居るから、出産した千里さんと試合に出た千里さんは別の千里さんなんだろうなと思った。
 

(*38) 2015.7.5の試合(ユニバーシアード)で京平を産んだ直後。3人が分解する前だったので、千里は鍼(はり)を打ってもらって傷みを抑えた状態で練習に出ていたし、試合場まで行ってベンチにも座っている。しかしさすがにその状態でゲームに出す訳には行かないので、実際にコートに出たのは6番。6番がドーピング検査も受けている。あの状態の“統合体”なら多分ドーピング検査に引っかかったと思う。
 

「あれ?でも名刺は“前村”の苗字ですね」
「うん。私生活では野村貞子だけど、仕事をする時は前村貞子で」
「素敵です!」
と豊畑さんは彼女を憧れの目で見ていた。
 
「ハズバンドもご一緒に引っ越しなさるんですか?」
 
この人の前では“御主人”という言葉を使ってはいけない、と邦生は判断した。
 
「金沢支店に転勤させてもらったんですよ」
「だったらいいですね!」
「私は単身赴任でも良かったんだけどね。夫の世話までする必要無いし」
「なるほどー!」
 
20代の男性スタッフが上等のミルフィーユと、美味しい紅茶(アッサム?)を持って来てくれて、4人は換気が物凄く良い社長室で1時間ほど話した。その話し合いの途中でスタッフさんが名刺入れを持って来た、今印刷ができあがったらしい。
 
前村さんは邦生、豊畑さんにその名刺を渡した上で、千里さんにも渡していた!
 
名刺は陸上競技の400mトラックの形をしていて、名刺の周囲にはトラックのレーンがグレイ印刷されており、陸上関係者というのが、とっても分かりやすい名刺であった。
 

その日の夕方、邦生は銀行が終わると、再び火牛アリーナに向かった。
 
火牛ホテルの指定されていた部屋の前で千里の携帯を鳴らす。ドアが開くので入る。千里は笑顔で
 
「どうしたの?可愛い花嫁さんになる予定のくにちゃん?」
と訊いた。
 
「私が花嫁なんですか〜?」
「ウェディングドレス着るんでしょ?」
「それ回避できませんかね?」
「着たくないの?」
「親戚に何と説明すればいいのか」
「女の子になったと言えばいいじゃん。最近多いし」
「でも胸も無いし」
「じゃ、結婚式の前に、おっぱい大きくしてあげるよ」
「ちょっと待って下さい」
 
邦生は少し考えていた。
 
「実は3月中旬に夢を見たんです」
「うん」
「真珠と2人で洞窟の中を歩いていたら、突然怪獣が襲ってきたんです」
「怪獣?」
「ゴジラとかレッドキングとか、そういう系統の」
「ああ、何となく想像が付く」
「それで真珠の背中を押して『逃げろ』と言って逃がして、僕はその怪獣と向き合ったんです」
「偉いじゃん」
「相手は恐そうだけど、身長150cmくらいで、このサイズの怪獣なら或いは対抗できるかもと思ったんですよ」
「でも負けた?」
 
「そうなんです。簡単に組み敷かれちゃって」
「まあゴジラには勝てない」
「そしたら突然場面が変わって。黒い覆面した人たちに囲まれてて『我々はゲルショッカーだ。お前を改造人間にする』と言われて」
 
千里は内心笑いをこらえているが、顔には出さずに話を聞く。
 

『ペンギン女か、ブチハイエナ女か選べ』
『どっちにしろ女なの〜?女にされたくないんだけど』
『・・・あんた女だよな?』
『僕は男ですぅー』
『嘘!?』
 
覆面の人物たちは確認している。
 
『おい、こいつ、ちんちん付いてる』
『嘘だろ?女だと思って拉致したのに』
『間違いだったら解放して下さい』
『この際、お前でもいい。ペンギン女か、ブチハイエナ女か選べ』
『結局その二択なの〜?』
『女はいいぞ。可愛い服着れるし』
『ちんちん無くしたくないです!』
 
『ペンギンはオスにもメスにもペニスが無い。ブチハイエナはオスにもメスにもペニスがある』
 
『だからペンギンはレスビアンで、ブチハイエナはゲイだな』
『ペンギンは貝合せしてセックスする』
 
『ブティハイエナは、メスにもペニスがあったら、どうやってセックスするんですか?』
 
『気に入ったオスを見付けたら腹筋でぐいっとペニスを引っ込める。すると凸が凹に変化して、相手のペニスを受け入れられるようになるから、それでセックスする』
『マジですか?』
 
『男感覚も女感覚も体験できて便利だぞ』
『ちんちん使ってオナニーできるのに、男とセックスもできる』
『お前。ペニス無くしたくないのなら、ブチハイエナ女に改造してやろう』
『やめて〜!』
 

「それで改造されちゃったの?」
「そうなんです。それで困ってるんです」
 
千里は邦生の手を握り、彼の身体をスクリーニングした。
 
「大丈夫だよ。君は純粋な人間だよ。ブチハイエナの遺伝子もペンギンの遺伝子も混じってない」
 
「良かった」
 
「でも不思議なものがあるね」
「分かります?」
「まこちゃんは何か言った?」
「僕にヴァギナができてると言って喜んで『これでちゃんとぼくのお嫁さんになれるね』と言われて、毎日のように入れられています」
 
「これまでと何も変わらない気がするけど」
「後ろが痛い思いしなくて済むようにはなりましたけど。でも不安なんです。僕、子宮とかはあります?結構おりものがあるし。でも病院とか行ったら大騒ぎになりそうで」
 
「気付かなかったけど再確認するね」
「はい」
 
それで千里はまた邦生の手を握り、下腹部付近を念入りに再スキャンした。
 
「卵巣も子宮も無いよ。あるのはヴァギナだけだよ。おりものはヴァギナがある以上、仕方ないよ。ヴァギナって湿潤させておく必要があるから」
 
2月の段階で小さな卵巣が出来ていた付近は特に念入りにスキャンしたが、卵巣らしきものは見当たらない。実際彼の女性ホルモンはそれほど高くない(思春期前の少女程度な)ので卵巣があるとは思えない。
 

「安心しました。でも今後、子宮ができちゃったりする可能性はありませんかね」
「君の性別軸を確認したけど、2月に修正した時以降、ずれてない。だから君がこれ以上女性化することはない」
「良かった。ではこのヴァギナは?」
 
「誰かの悪戯だろうね」
 
犯人の心当たりは多すぎて分からないと千里は思う。“ある方向”に意識をやると、千里7が、ぶるぶると首を振っていた。“別の方向”に意識をやると、勾陳が『俺はやってない』と答えた。更に“別の方向”に意識をやると、貴人が『私は本人の同意を取ってから性転換させるよー』などと言っている。(嘘つけ!)千里1は、こちらの視線に気付かないふりをしているが、1番なら多分完全な女の子に変えてしまう。この4人以外か?
 
「しかしそもそもブチハイエナ(spotted hyena)は、ペニスが凸凹反転してヴァギナになるのに、これはペニスとヴァギナが並立している」
 
「あ、それは思いました」
「だからこれは、ただの“やおい穴”」
「やはりそれですかー!」
 
↓やおい穴想像図(筆者も不確か)

 
↑複雑になるので、輸精管などは省略している。精液の経路と尿の経路は前立腺内で合流するので、尿道口を女性位置に変更すると精液も新尿道口から出るようになり、膣内射精は不可能になる(生殖は“貝合せ”するか人工授精で)。
 
邦生の尿道口は(今の所は?)ペニスの先にある。
 
※この物語はフィクションです。念のため。
 

「卵巣や子宮を伴ってないから、いわゆる“ふたなり”hermaphrodites でもない。だから、くにちゃんは完全な男性だから安心して“お嫁さん”になるといいよ」
 
「あのぉ、この穴を消すこととかは、できません?」
「消すことはできるけど、不都合が無いのなら、このままでいいじゃん。Aに入れられるよりVに入れられる方が、痛くないし、気持ちいいはず」
「そんなぁ!?」
 
でも確かに痛くなくて気持ちいい、と邦生も思った。
 
「君はちゃんと男性機能も男性生殖能力もあるし。君がそのヴァギナを使ったセックスで妊娠することは無いし。何も心配しなくていいよ」
 
「そぉかなぁ」
 
ということで、身体を直してはもらえなかったものの、妊娠する心配は無いというのと、変な動物とのキメラになっていたりはしていない、ということで、邦生はホッとした。
 
「それと、大をしたあと、後ろから前に拭かないようにね。ヴァギナに便が付着して炎症起こすから」
「それは真珠にも言われて気を付けてます。でも力の入れ方が難しいです」
「長い間の習慣だからね。どうしても前から後ろに拭けなかったら横に拭く方法もある」
 
「それやってみます!」
 
それで邦生は安心してお嫁さんに行ける?ことになったのであった!
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7  8 
【春春】(5)