【春転】(8)

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写真集『鏡迷宮のアクア』が発売された7月14日(水)には、アクアの25枚目のシングルとなる『魅惑のマスカレード/迷宮のアクア』(両A面)も発売された。3曲入りのCDである。
 
『魅惑のマスカレード』マリ&ケイ
『愛は計測不能』琴沢幸穂
『迷宮のアクア』水野歌絵作詞・松本花子作曲・イリヤ編曲
 
前2者は映画『星遮りし恋人〜ロミオとジュリエット』の主題歌と挿入歌、後者は写真集発売に合わせたイメージソングである。
 
写真集との相乗効果・映画への期待もあり、初日に180万枚売り、デビュー以来の連続ミリオン記録をまた更新した。
 
なお『わらしべ長者』の主題歌については、アクアのスケジュールが逼迫していることと、先日ラピスラズリがアクアに迷惑を掛けたお詫びにラピスラズリが歌うことになった。こちらは『わらしべ長者』の放送(7/17)から少し早めの7月7日(水)に発売されている。
 
ラピスラズリ『星遮りし恋人/星導きし恋人』
 
前者は実は『ロミオとジュリエット』の挿入歌で、後者が『わらしべ長者』の主題歌である。6月9日に出した『人魚姫』の主題歌に続き2ヶ月連続のCDリリースとなった。
 
日程がドラマとずれてしまうのは、§§ミュージックの主力アーティストのシングル発売日がぶつからないように調整するのに苦労しているからである。現在この調整対象になっているのは、アクア、常滑舞音、ラピスラズリ、白鳥リズム、姫路スピカ、品川ありさ、高崎ひろか、エーヨの8名である。衝突する場合、基本的にはこの順に優先権がある。しかし舞音がハイピッチでCDを出すので、他の人はなかなかCDを発売できない!
 
3.03 常滑舞音 10 ラピスラズリ 17 アクア 24 花咲ロンド・西宮ネオン 31 品川ありさ
4.07 姫路スピカ 14 北里ナナ 21 常滑舞音 28 石川ポルカ
5.05 白鳥リズム 12 常滑舞音 19 甲斐絵代子 26 常滑舞音
6.02 アクア 09.ラピスラズリ 16 高崎ひろか 23 常滑真音 30 恋珠ルビー
7.07 ラピスラズリ 14 アクア 21 七尾ロマン・原町カペラ
 
なお、14日には映画『星遮りし恋人』のサウンドトラックも発売された。
 

7月14日には、更に常滑舞音のファーストアルバム『招き猫』も発売された。アクアのシングルと同日だが、シングルとアルバムなのでいいことにした。舞音が矢継ぎ早にCDをリリースするので、発売日を完全に分離することが困難になっている。
 
このアルバムは本当はコスプレ写真集と同時期に発売したかったものの、舞音のスケジュールが厳しく、音源制作がずれ込んだのである。収録曲は12曲+1である。ほとんどが何かのCMの曲であり、この頃から、舞音は“CM女王”と呼ばれるようになってくる。
 
『からくり人形』(ロボット掃除機)
『Time is Mane!』(高機能腕時計)
『マネマクラ』(寝具)
『つぶあん・こしあん・招きあん』(和菓子店)
『マネは剣よりも強し』(文具)
『100%学生生活』(学生服)
『まあスポーツねぇ』(スポーツ用品)
『マネ・セーブ・モバイル』(格安スマホ)
『とことこ・なめなめ・招き猫』(Tokoname Mix)
『マネがマネのマネをした』(Fife solo mix)
『とことこ・なめなめ・招き猫』(Kuroneko more Mix)
『マネ・イズ・マネー』(Be shonen mix)
 
『コスプレ女王の歌』(album mix)Bonus Track
 
このアルバムはヌード事件とかまで話題になったこともあり、また既にテレビでたくさん流れている曲も多いので、一週間で30万枚を売りアルバムでも舞音はプラチナを達成した。このアルバムは翌週の7/19-25の統計では累計50万枚を突破する。アルバムのダブルプラチナを達成しているのは§§ミュージックではアクアのみで、舞音は2人目のダブルプラチナ・アルバム歌手となった。
 

2021年7月15日(木).
 
アクアがロミオとジュリエットの双方を演じる映画『星遮りし恋人〜ロミオとジュリエット』が劇場公開された。
 
例によって三密回避のため舞台挨拶は行わず、監督およびアクアのメッセージをネット公開するので代えさせてもらった。平日の公開開始もやはり三密回避のためである。
 
この映画で批評家たちが話題にしたのが“ノン・マウスシンク技法”である。
 
映画の撮影はコロナ対策のため、一部を除いて、基本的に無言で演じ、音声はアフレコする方式を採っている。通常は演技している時に、いかにもしゃべっているかのように口を開けているので、その口に合わせて声を当てる(逆マウス・シンク)。
 
ところがこの映画では、敢えてそれをせず、口と声が合ってないのである。
 
これは舞台裏をいうと、演技と音声を別録りという技法に慣れてない役者さんが多く、いざシンクロさせようとした時に映像の時間が不足してどうしても合わないという事態が多発したことから、逆転の発想で、口の動きは気にせずに台詞を当ててもらったものである。これが日程に余裕のある撮影なら撮影をやり直すのだが、その余裕が無かったこともあり、この選択となった。
 
この結果、この映画はまるで無声映画に後年声を乗せたような雰囲気になった。更にこの映画はルネサンス時代の雰囲気が出るように茶系統の色を強調した画像処理がされている。中には舞踏会の中でロミオとジュリエットのみカラーで他は全てセピア調のモノクロという映像も使用されている。そのため、独特の懐古調の雰囲気が出たのである。これが芸術的であるとして評価されることとなった。
 
むろん映画の入りもよく、五輪直前の7月21日に発売されたDVD/ブルーレイもよく売れて、大きな興行収入をあげた。(オリンビック期間が始まるのでこういう時期は実はビデオがよく売れる!)
 
そして映画の成功につられてラピスラズリが歌う『星遮りし恋人/星導きし恋人』も100万枚を突破し、ラピスラズリ4枚目のミリオンとなった。
 

日本で好評だったため、海外でも公開されることになる。
 
『気球に乗って5日間』で組んだドイツのモンド・ブルーメ社がこの映画の英語版・フランス語版・イタリア語版・ドイツ語版・ロシア語版・スペイン語版・ポルトガル語版を作って8月から10月にかけて各言護圏で順次劇場公開した。
 
すると、映像の美しさ、巨大会場での舞踏会の迫力、楽器や衣装の忠実な再現、そしてロミオとジュリエットを1人2役で演じるという、かつてなかった企画が話題を呼び、大きな動員となる。
 
このモンド・ブルーメ社が制作した吹き替え版では日本語版のテイストを重視して“ノン・マウスシンク”技法で吹き替えの声を入れており、この斬新な手法も話題になった。
 
更に中国・タイ・インド・インドネシアの映画会社も話を持ちかけてきて、この映画は北京語・広東語・タイ語・ベトナム語・インドネシア語・ジャワ語・ヒンディー語・ウルドゥー語・ベンガル語・タミール語などの吹き替え版も作られた。なお、アジアの国々ではノン・マウスシンクが理解してもらえないという理由でマウスシンクしちゃった!
 
またロミオと友人の卑猥な会話は無関係の健全な会話に置換されている。「自分の棒を立てる穴を探す」が「庭の花壇の囲いに支柱を立てなきゃ」とかになっていて、中国語が分かる海浜ひまわりが大笑いしていた。
 
ともかくもこの映画は世界的な大ヒットとなったのである。(日本以外の国では字幕スーパーはあまり行われず吹き替えが主流である)
 
『気球に乗って5日間』では一応アクアも共同主役ということにはなっていたものの、実質的な主役はミハエル・クラインシュミットで、アクアは“ヒロイン役”と捉えられていた。今回の『Star Crossed Lovers - Romeo and Juliette』はWorld-wideな俳優(女優?)アクアの初主演作とみなされることになる。
 
なお海外でこの映画を見た人の多くは男女の双子がロミオとジュリエットを演じているのだろうと思ったようである!吹き替え版ではロミオとジュリエットの声を兄妹の俳優に当てさせたケースが多い。しかしそれでイスラム圏など異性装に厳しい国でも普通に劇場公開され、特に宗教界が反発をするような事態も起きずに済んでいる(ジュリエットが舞踏会で着た胸の大きく開いた服だけは塗りつぶされた!)。
 

なお。映画の海外版タイトルロールで、ロミオとジュリエットの配役はこのようになっていた。
 
saquma as "Juliet Capulet"
maqura as "Romeo Montague"
 
と最初表示されるのだが、まず saquma の各文字が飛び回った上で ms aqua という表示に落ち着く。その後、今度は maqura の各文字が飛び回ってからmr aqua という表示に落ち着く。
 
『気球に乗って』では aqua と maqura と表示されてから maqura が mr aquaに変化したのだが、今回は saquma -> ms aqua / maqura -> mr aqua と両者変形してサクマ/マクラが ms aqua / mr aqua になるという形が採られた。
 
つまりジュリエットは女アクア、ロミオは男アクアが演じた、という表示で、海外では実際に男女の双子が演じたのだろうと思われた所以である。
 
なお、ジュリエットが先に表示されるので、この映画の主演はジュリエットを演じた女アクアである!
 
この映画は共同制作として名前を並べた大和映像・あけぼのテレビ・中映の三者に巨額の利益をもたらすことにもなった。中映はコロナのせいでここ1年大幅に収入がダウンしていたのが、この映画のお陰で経営状態が改善された。
 
主演したアクアは§§ホールディングの大株主としてこの利益の一部を還元され、それはギャラより多かったが、例によってアクア自身は自分の収入や資産がどのくらいあるか全く関知しておらず年間1億円の生活費?だけで暮らしている(2019-2021に購入した不動産の代金を除けば実際は年間500万円も使っていないのでどんどん貯まっていく)。
 

7月16日(金).
 
数紀はこの日、授業が終わった後、学校に看護師の海老原さんが男子寮専用車のアクアで迎えに来てくれたので、それに乗って病院に行き、2度目の精子採取を行った。学校から直接行ったので、制服(スカート)のままである。
 
今回も結構辛い採取だったが、何とか精子も取れて無事冷凍されたので、これで数紀はもし睾丸を除去したとしても子供を作れる可能性が残ることになる(本人としては睾丸を取るつもりは全く無い)。
 
病院での採精が終わった後、海老原さんはそのまま仕事先に送ってくれたが、その中で彼女は言った。
 
「これで帯広で採ったのと合わせて3本だからね。女性ホルモンはいつも飲んでた量に戻していいよ」
 
「飲んでませーん」
 
「あなたが、女性ホルモンを適当な飲み方してないか、ユカリちゃんたちが心配してたよ。後で、あの子たちを数紀ちゃんの部屋に行かせていい?」
 
「はい、それはいつでも来てもらっていいですけど」
と数紀は答えた。
 

その日はシンドルバッドの撮影があり、数紀はしっかり“小間使いの娘・ニャンドル”役を演じた。美高監督は数紀が気に入ったようで
 
「ビーナちゃん、ほんとに演技がうまいね。次はもっと大きな役をもらえるようにテレビ局にも言っておくよ」
などと笑顔で言っていた。
 
実際このドラマは、主役の恋珠ルビーが、初主演とは思えない演技力を発揮し、周囲に、松田理史・岡原襟花・水森ビーナ・佐々木恒美といった、演技力のある中堅・ベテラン俳優が配されていて、とてもレベルの高いドラマになっているとして高い評価を得ていた。視聴率も好調で、Part.2が作られる可能性も出て来ていた。
 

この日撮影から解放されたのは21時であった。青野マネージャーの運転する Mazda3 fastback (X PROACTIVE Touring Selection :Mild Hybrid) 4WD 6MT SonIc Silver Metalic で男子寮に帰る。
 
「最近いつもこの車のような気がします」
と数紀が言うと
 
「ああ、この車はビーナちゃんの専用車として導入されたのよ」
と青野さんが言うのでびっくりする。
 
「ボクの専用車なんですか!」
「そうそう。感染拡大防止策として、基本的にタレントさんと車は固定する方針なんだけど。最近タレントさんの活動が増えてるから新しい車を何台か買ったのよ。それでビーナちゃんにはこの車が割り当てられた」
 
「すごーい、大物みたい」
「いや、ビーナちゃんは既に大物。現在事務所内でも売上序列7位だと思うよ」
「そういえばこないだ社長から似たようなこと言われた気がする」
 
「アクア、今井葉月、常滑真音、ラピスラズリ、白鳥リズム、姫路スピカ、その次がビーナちゃんだと思うよ(*17)」
 
(*17)アーティストとしての売上序列。作詞・作曲で稼いでいるひまわり・花ちゃん、役員報酬の大きなケイ・コスモス・ゆりこを除く。
 
「うっそー。もっと名前の通った人がたくさんいるのに」
「男の子タレントがアクア以外には西宮ネオンくらいしかいなかったから、不足していた需要をビーナちゃんが吸収したのかもね」
 
「あのぉ、ボク、女役ばかりしてる気がするんですけど」
「あ、そういえばそうね」
と言って、青野さんは笑っていた。
 
「あ、そうそう。夏休みからまだバイトなんだけど川世宇津美ちゃんっていう女子大生がビーナちゃんのサブ担当になるから」
「分かりました!」
と言ってから数紀は尋ねた。
 
「すみません。“かわよ・うつみ”ってどちらが苗字ですか?」
「姓名ひっくりかえしても名前として成立するよね。川世が苗字で宇津美が名前だと・・・思ったけど、間違ってたらごめん」
 

帰宅したら、遅い時間なのに、寮母の娘さんの女子中生・門脇瀬那ちゃん(大崎志乃舞の妹)が夕食を持って来てくれた。
 
「遅いのにありがとう!」
「いえ、ビーナさんこそ遅くまでお疲れ様です」
 
ご飯を食べて食器を下げ、一息ついてたら、ユカリと恵夢がやってきた。
 
「お早うございます」
「お早うございます」
と挨拶を交わす。
 
「海老原さんから、ホルモンの飲み方の指導してあげてと言われたんだけど」
「ボク別に女性ホルモン飲むつもりはないんだけど」
「まあ、飲むつもりはなくても基礎知識は知っていていいよね」
と言って、ふたりは部屋に上がってきた。
 
「今どんな女性ホルモン飲んでるの?」
「ホントに何も飲んでないんだよ。お母ちゃんはたくさんくれたけど」
「お母さん公認なら、遠慮せずに飲めばいいのに」
「それで立派な女の子になればいいよ」
 
「と言われても困る」
「取り敢えずその薬見せてくれる?」
「うん。この箱にまとめて入れてる」
と言って、数紀は段ボール箱を出してきた。
 

ふたりが箱を開けてみる。
 
何だかどっさりある!これは女性化するために積極的に飲んだとしても3年分はあると、ユカリたちは思った。きっと小学5-6年生の頃から渡されていたのだろう。そしてきっと飲んでる。でないと男性化が停まってしまったことを説明できない。
 
「取り敢えず分類しよう」
「数紀ちゃん、もうひとつ何か空き箱ない?」
「じゃこれ使って」
 
それでユカリと恵夢は、数紀が持っていた製剤を2種類に分け、別々の箱に入れ、一部更に分けた。
 

「こちらの袋に入れたのは有効期限が切れてる。飲まない方がいい」
「じゃ捨てよう」
「うん。それがいい」
と言って、これは本当に台所のゴミ箱に捨てた。2年も前に期限が切れているものもあった。小学生の頃からホルモン剤を渡されていたのは間違い無い。
 
「このコンビニの袋に入れたのは抗男性ホルモン。男性化を停める。数紀ちゃんは既に男性化が停まっているから、もう飲む必要はない」
「じゃそれも捨てちゃおうかな。間違わないように」
 
“間違わないように”って、やはり飲んでるんだろうなとユカリたちは思った。
 
「捨てるならボクらにくれない?」
「いいよ。持ってって」
 
それでユカリが自分のバッグに入れた。
 
「Eと書いた箱はエストロゲン、別名卵胞ホルモン。女性的な身体を作る」
「Pと書いた箱はプロゲステロン、別名黄体ホルモン。エストロゲンを飲んでる前提でバストとかを発達させる」
 
「この赤いマーカーで“×10”と書いたビニール袋に入れたのは10倍量の錠剤だから、女性化したくなるまでは飲んではいけない」
 
そして
「僅かに女性ホルモン優位にしておくならこの量、身体を完全に女性化させたいならこの量」
とメモに書いてくれた。
 
「でも必ず体内のホルモン量をモニターして飲みすぎにならないように注意して」
 

彼らはホルモン濃度の測定方法を教えてくれて、実際数紀のホルモン濃度を測定してくれた。
 
「男性ホルモンが凄く少ない。“女性の”標準値内」
「エストロゲンは女性の標準値よりずっと少ないけど、男性の標準値よりは明らかに多い」
「つまり数紀ちゃんは、完全なホルモンニュートラルじゃなくて、僅かながら女性ホルモン優位の状態にある」
 
「なんでだろう?」
と数紀は首をひねったが、ユカリと恵夢は視線を交わしていた。
 
「小学5年生の時から身長伸びてないと言ってたけど、この状態をキープしてたら多分高校在学中にあと3-4cmは伸びると思うよ」
 
「あ、それ助かる。今詩恩姉ちゃんより3cmくらい低いから、ボクが3-4cm伸びたら同じくらいの身長になって代役しやすくなるし」
 
「数紀ちゃんってシスターコンプレックス?」
「指摘されたことはある。詩恩お姉ちゃんみたいな歌手になりたいなあと思って、歌もピアノもギターも一所懸命練習してた」
 
詩恩ちゃんみたいな“女の子歌手”になりたかったのでは?とユカリたちは思った。
 
「詩恩ちゃんくらいのおっぱいも育てる?」
「うーん・・・おっぱい大きくしちゃったら、男湯に入れなくなるし」
「既に男湯には入れない気がする」
 

彼らはホルモン濃度を測定する器具と試薬も分けてくれた。
 
「これお金払うよ」
「うん。今後、3人で共同購入しよう」
「他の子たちには秘密でね」
 
「特に一葉ちゃんみたいな子はまだ普通の男の子に戻れるから、女性ホルモンは絶対覚えさせちゃだめ」
 
「ユカリちゃんたちは?」
「ボクたちはもう男の子には戻れないと思う」
「でも女になる決断はまだできないんだよね」
「なんかその気持ち分かる気がする」
 

ユカリたちは、ホルモンに関して更に1時間くらい詳しく教えてくれた。女性の生理周期についても基本的なことから教えてくれた。数紀はそういう話は昔保健の時間に聞いたことはあったものの、自分には関係ないことと思い、あまり真面目に聞いていなかったので、あらためて教えられると新鮮だった。
 
特に月経の14日後に排卵日があること、排卵日を境に卵胞期と黄体期が変わり、卵胞期には卵胞ホルモン(エストロゲン)が支配的になり、黄体期には黄体ホルモン(プロゲステロン)が支配的になるというのは、女性の身体の神秘のように思えた。女の子の身体って精密機器なんだなと思う。
 
夜中の0時過ぎ、彼らが帰った後、数紀は女性ホルモンの入った箱を見ながら、あらためてホルモンを飲んだ方がいいのか、悩んでしまった。
 

7月19日(月).
 
杉浦舞美(常滑舞音)と柴田数紀(水森ビーナ)は群馬県内の自動車学校に入校した。舞音は夏休みになったら二輪の免許を取ってと言われていた。夏休みは17日(土)から始まっていたのだが、土日はスケジュールが立て込んでいるので、月曜日の入校にしたのである。
 
数紀も一緒に二輪免許を取りに行くことになった。彼は松梨詩恩の吹き替え役が多いが、実は詩恩がバイクに乗るシーンというのは、わりとあり、これまでは同じ事務所の溝口ルカなどが、リハーサル役を務めていた。しかし数紀が使えると、リハーサル日程も組みやすいので、この際、舞音と一緒に取りに行ってもらうことにした。
 
なお、群馬県内の学校を選んだのはオリンピック期間(7/23-8/8)の東京を避けるためである!アクセスは舞音のマネージャー・西岡空世(悠木恵美)が熊谷の郷愁村内のコテージ“桜”から前橋市内の自動車学校まで2人を往復送迎する。なぜ“桜”にいるのかは後述する。
 
二輪免許を取るのに必要な教習時間数は下記である。
 
第1段階 学科10+実車9
第2段階 学科16+実車10
 
順調にいけば10日程度で普通二輪免許を手にすることができることになる。
 

2021年7月17日(土).
 
明日のビデオガールコンテスト本戦のため、全国からその参加者と保護者を熊谷に運ぶ大作戦が実行された。今年の参加者の居住地域はこのようになっていた。
 
北海道 宮城県 山形県 埼玉県 東京都(2) 神奈川県 富山県 石川県 山梨県 長野県 愛知県 大阪府(2) 兵庫県 岡山県 徳島県 愛媛県 福岡県 長崎県 鹿児島県 沖縄県
 
北海道から参加した子は実は昨年の第1回ビデオガールコンテストで本選15位で信濃町ガールズ北海道に入った子で、春の昇格試験にも出て来たが落選している。来年の昇格試験に出てくるかと思ったのだが、今回再度ビデオガールコンテストに応募してきた。二次審査の成績は全体で3位でNo.20のエントリー番号を与えられた。
 
(過去にも彼女のようなケースが何度かあったので、ゆりこは本選に“信濃町ガールズ枠”を設けてはと提案しており、その方式も検討する。その場合、参加者が30名を越えるので、本選形式の再考が必要かも)
 
参加者には1週間前からの検温と報告を義務づけ、外食禁止・公共交通機関の利用禁止を申し渡している。また飛行機に搭乗する直前に簡易検査キットにより本人と同行する保護者の感染検査を行った。
 
●車で熊谷に運ぶ人たち
埼玉県(1h) 東京都(1h×2) 神奈川県(2h) 山梨県(2h)
 
↓は適宜事前に車で移動させておく。ホンダジェット(定員7)には原則として1度に1家族しか乗せない。各機はフライト後に毎回消毒する。
 
●A318(定員100)
9:00-10:00 伊丹→熊谷(大阪2・兵庫・岡山の4組)
11:00-12:00 熊谷→高松
14:00-15:00 高松→熊谷(愛媛・徳島)
 
●G450(定員14)
9:00-10:30 佐賀→熊谷(福岡・長崎)
12:00-13:00 熊谷→仙台
15:00-16:00 仙台→熊谷(宮城)
 
●G650(定員11)
9:00-10:30 与那国→鹿児島
12:30-14:00 鹿児島→熊谷(沖縄・鹿児島)
 
●HondaRed
9:00-1030 函館→熊谷(北海道)
12:30-13:30 熊谷→庄内
15:30-16:30 庄内→熊谷(山形)
 
●HondaBlue
9:00-10:00 富山→熊谷(富山)
11:30-12:30 熊谷→小松
14:30-15:30 小松→熊谷(石川)
 
●HondaOrange
9:00-10:00 松本→熊谷(長野)
12:00-13:00 熊谷→中部
15:00-16:00 中部→熊谷(愛知)
 

そして7月18日(日)、第2回ビデオガールコンテストの本選が、熊谷市郷愁村で行われた。今回も審査の進行は昨年とほぼ同様である。
 
参加者は全員“郷愁マンション”に泊めており、各部屋にはマイク・カメラとモニター(リア投影型プロジェクタと大型スクリーン)が設置されている。
 
朝食前に本人・保護者に検温の上、再度簡易検査キットで陰性チェックをしてもらっている。
 
審査は各々の部屋で行われる。
 
事前に設定された番号順(2次審査の成績逆順)に、1人1人審査していく。
 
・ウォーキングテスト(実は緊張をほぐすのが目的で採点はしない)
・1曲歌う(事前に届け出ていた3曲の内の1つ)
・審査員との質疑応答
 
二次審査を通った子たちなので、歌はみんな上手い。ここで事前に練習していたはずの曲を歌えない子がいたら、やる気がないものとみなして選外となる(ダンステスト以降に参加できない)が、そういう子は過去に出たことがない。
 
各自のパフォーマンスは全ての参加者に公開される。全参加者が見守っている様子もモニターに表示されており、各参加者は審査員と参加者が見ている中でパフォーマンスするプレッシャーがかかる。
 
1人のパフォーマンスは7-10分程度で、これを22人繰り返したので、8時に始めて終わったのは11時半頃であった。
 

参加者を映すカメラのスイッチを切って、水着あるいはレオタードに着替えてもらう。着替え終わったら各々スイッチを入れてもらう。そしてダンステストをする。
 
今年は去年のようにカメラのスイッチを入れてみたら男子水着を着てる子がいたという事態はなかった!(昨年の三陸セレン)
 
お手本を振り付け師のジュン広多さんが踊るので、それを真似して踊ってもらう。
 
このオーディションは歌唱力絶対重視なので、必ずしもダンスのうまくない子もいる。このダンスの点数で足切りすることはないし、またこの点数は、最終的な順位付けで同点や僅差になった時に参考にするだけである。しかし例年このダンスがうまく行って最終審査も成功させる子や、ここで失敗して最終審査もボロボロになってしまう子もいる。ただの実力だけでない、プラス何かがここで出てくる。
 
今回も先生の踊った通りにちゃんと踊れたのは5人くらいしか居なかった。No.22の子(二次審査最高点)は失敗して泣いていた。彼女が気持ちを切り替えて最終審査に臨めるかが見所である。逆にNo.10(二次審査で13位)の子はきれいに躍ることができて嬉しそうだった。この子はこの勢いで最終審査もうまくいくと面白くなる。
 
No.20信濃町ガールズ北海道の風谷さんは美事なパフォーマンスであった。彼女のタンスの上手さは春の昇格試験の時にも充分評価している(もっともジュン広多さんはかなり厳しいことを言っていた)。
 

カメラのスイッチを切って、昼食タイムとなる。でも実は隠しカメラが作動しているので、この休憩タイムに問題行動を取る子があったら、その子は選外とされる。表裏のある子は困るのである。
 
今年は特に変な子はいなかった。
 
いよいよ最終審査となる。実はこのオーディションはこの最終審査のみが採点対象である!
 

なお、今回の審査員9名はこういうメンツである。
 
ケイ(§§ミュージック会長)、秋風コスモス(同社長)、川崎ゆりこ(同副社長)、シックスティーンの羽鳥編集長、スイート・ヴァニラズのロンダ、漫画家の可憐穂之香、作詩家の室蘭氷渡海、§§ミュージックからアクアと花ちゃん。
 
アクアは最終審査の審査員をするのは初めてなのでかなり緊張していたが、ロンダから「こら、アクア、元気ないぞ」と言われて後からおっぱいを掴まれ!抱きしめられてそのままプロレスの絞め技を掛けられると「やめてぇ!死ぬぅ!」と叫んで、室蘭大先生がギョッとしていた。でもこれでアクアも緊張が解けたようである。
 

未発表の楽曲の譜面が22枚用意されている。
 
モニター画面に白鳥リズムが登場する。そして1曲歌い出す。それと同時にNo.1の子に譜面が渡される。No.1の子はリズムの歌唱の間に渡された譜面を読まなければならない。そしてリズムの歌か終わると、すぐ1番の子の歌の伴奏が始まるので、初見歌唱することになる。そして1番の人が歌い始めるのと同時に2番の人に譜面が渡される。そして1番の人が歌っている間に譜面を読まなければならない。
 
この最終審査は、他の人の歌が聞こえている中、いかに集中して初見で譜面を読むかという集中力が問われる。また譜面がうまく読めなかった時どう対応するかという対応能力も問われる。これは“音楽”能力のテストではなく“歌手”としての総合的な能力のテストなのである。昔のオーディションで月嶋優羽(現“三つ葉”)は譜面が読めなかったので、全く違うメロディーで、まるでそれが本当のメロディーであるかのように堂々と笑顔で歌いきって最終審査に残っている。
 
審査員は最初の人に80点の点数を付ける。その後は、それを基準にして、プラスしたりマイナスしたりして点数をつけていく。
 
全員のパフォーマンスが終わった所で、各審査員はその採点した点数を元に、1位から22位までの“順位”を決めて、それを各自の前にあるパソコンに入力する。全員の入力が終わると、この各審査員がつけた順位をもとに最終的な順位がコンピュータにより計算される。コーラス大会などで行われる“新増沢式採点法”に準拠した方法である。そして審査員は全員対等である。
 

「結果が出たね」
「風谷さん惜しかったなあ」
「でも彼女も優勝者と一緒に来年春デビューでいいと思う」
「同感同感」
 
それで、この後は契約の話になるので、外部審査員は退出し、ケイ・コスモス・ゆりこ・アクア・花ちゃんの5人だけが残る。
 
審査員は、優勝者 No.21 広中礼音(ひろなか・れのん)ちゃん及び保護者を審査室に呼び出した。
 
彼女は中学1年生とは思えない歌唱力の持ち主で、ダンスもうまかったし、最終審査もほとんど間違わずにきれいに初見歌唱した。物凄く能力の高い子だ。
 
礼音は
「おはようございます。広中礼音です。よろしくお願いします」
と挨拶して入ってきた。両親も
「よろしくお願いします」
と挨拶する。
 
それで3人がテーブルの前のソファに座った所で、コスモスが言った。
 
「おめでとうございます、広中さん。あなたが優勝です」
 
「本当ですか?嬉しい!」
と礼音は物凄く喜んでいる。アクアは微笑ましいなあと思って彼女を見ていた。
 
「§§ミュージックと契約しますか?」
「契約します!」
と本人が言い、両親も頷いているので、契約書の交換になる。
 

花ちゃんが契約書の内容を説明する。一応この契約書のひな形は事前に解説書付きで本選の参加者全員には事前に渡している。
 
それで本人も両親も問題ないと言うので、契約することになる。礼音のお父さんが署名し、コスモスが署名する。これで契約は成立した。
 
ゆりこが何気なく言った。
 
「でもレノンって可愛い名前ですね。清らかな音が聞こえてくる感じで」
 
するとお父さんが言った。
「これの祖父さんが、ジョン・レノンの大ファンだったんですよ。それで息子が生まれたらジョンという名前にしろと言って。でもジョンじゃ日本人の名前じゃないみたいと言ったら、それならレノンでもいいと言って、息子の名前はレノンになったんですよ」
 
「息子!?」
とコスモスが訊き直す。ゆりこが吹き出している。
 
「お嬢さんですよね?」
「いえ、息子ですけど。あれ?女の子に見えました?」
とお父さん。
 
「あのぉ、このオーディションは女の子歌手を選ぶオーディションなんですけど」
 
「え〜〜〜〜〜!?」
 
どうも、本人も両親もそんなことは全く知らなかったようである!
 

「でも、君、最初のウォーキングテストの時、スカート穿いてたよね?」
「ウォーキングテストの時はスカート穿いてくださいと書かれていたから穿いただけですけど」
「何も疑問感じなかった?」
「東京ではスカート穿いて歩いてる男の子、けっこう居ると聞いてたし、タレントなら男の子でもスカートくらい穿くかなと思いました」
 
彼は富山県のR村という所の出身である。山奥の村で大きなトンネルが開通した20年くらい前までは冬になると交通が完全に遮断されて陸の孤島と化し、急病人が出ると自衛隊が出動して患者を富山市に運んだりしていたらしい。東京方面に出て来たのは初めてという話ではあったが、本当に東京の状況を誤解していたのか確信犯(誤用)なのかはよく分からない。
 
しかしコスモスは本人と御両親にこのオーディションは、女子中高生が対象なので、男性はそもそも応募資格が無いと説明する。
 
「でしたら契約は?」
 
コスモスはケイの顔を見た。ケイは言った。
 
「じゃ礼音ちゃんは特別賞ということで」
 
「西宮ネオンと同じ扱いですね」
とゆりこが楽しそうに言っている。
 
それでコスモスは、礼音ちゃんは確かに応募資格は無かったけと、この歌と踊りの才能はとても高く評価するので、優勝は取り消さざるを得ないが、過去に同様のケースで特別賞ということにしてデビューさせた例があるので、礼音ちゃんも特別賞ということにさせて欲しいと言った。
 
礼音も両親もデビューできるのなら、優勝にはこだわらないと言ったので、彼女、じゃなかった彼は特別賞ということにし、契約はそのままになることになった。彼には、準備ができたら東京に出て来て男子寮に入ってほしいと要請。入寮の書類なども渡した。(事前に用意していた書類セットから、女子寮の入寮申込書を外し、男子寮の申込書を入れた)。
 
礼音と両親との話し合いは20分ほどに及んだ。
 

礼音たちが退場して、クリーンスタッフの手でソファとテーブルがアルコール消毒される。
 
「ダンステストの時、あの子、どんな服装してたっけ?」
「うーん・・・・。レオタードだった気がする」
「おっぱいが小さいなとは思ったけど、中学1年生ではまだ発達の遅い子もいるしと思った」
「なるほどー。女性的発達が遅い訳だ」
 
やがて消毒が終わるので、2位だったが、礼音の失格で繰り上げ優勝になるNo.20の風谷リンゴちゃん(北海道)を呼び出す。
 
「ゆりこちゃん、楽しそうだね」
「今度はきっとリンゴ・スターのファンですよ」
「え〜!?」
 

風谷さんと御両親が入ってきて挨拶をしてから着席すると、コスモスは笑顔で言った。
 
「おめでとうございます、風谷さん。あなたが優勝です」
 
風谷リンゴは最初「え?」といった顔をした。そして一種考えてから言った。
 
「ありがとうございます。嬉しいです。でも、結構待ち時間がありましたよね。私2番かと思いました。優勝は21番の子か10番の子だと思ったのに」
 
と言う。なかなか鋭い子である。
 
コスモスは正直に言う。
 
「実は21番の人をいったん優勝としたのですが、応募資格が無かったことが判明して失格になりました。それであなたが優勝と再認定されました」
 
「つまり繰り上げ優勝ですか?」
「不満ですか?」
「いえ。優勝は優勝です。嬉しいです」
 
「では契約しますか?」
「はい。ぜひ契約させてください」
 

それで花ちゃんが契約書の内容を簡単に説明する。ここでケイ会長が発言した。
 
「こういうこと訊くとセクハラかも知れないけど、リンゴちゃんって可愛い名前ですね。何か由来があるんですか?」
 
「実は私の祖父がビートルズのリンゴ・スターの大ファンで、そこから取ったんですよ」
と風谷さんは言った。ゆりこが吹き出しそうな顔をしている。
 
「へー。リンゴ・スターから取ったんですか」
とケイ。
「それで孫が生まれたら、男でも女でもいいから、リンゴという名前にしてくれと言っていたらしくて。それで私はリンゴになりました」
 
「なるほど、男でも女でもね」
「祖父は最初の孫には男の子が欲しかったみたいで、私が生まれた時はがっかりしたそうですが、もう女でもいいからリンゴにしてくれと言ったらしくて」
 
「ああ、なるほど」
「でも男の子でリンゴというのは、性別誤解されそうですよね。椎名林檎さんとかいるし。私は女の子でよかったかも」
などと言っている。
 
あまり表情を変えないコスモスが、さすがにホッとした表情をしている。
 
それで契約書に、彼女のお父さんと、コスモスが署名し、契約は成立した。
 

「これで第2代ビデオガールが誕生したね」
と花ちゃんが言った。
 
「だけど、リンゴちゃん、春の昇格試験の時から、歌もダンスもかなり進化してたね」
とケイは言う。
 
「ありがとうございます」
「ジュン広多さんも、春に注意した点を全部修正してる。この子は凄いと褒めてたよ」
「ジュン先生からそんなに褒めてもらえたら、それが一番嬉しいです」
と彼女は言っていた。春の試験の時には、ジュン広多から、かなり無茶苦茶言われて、彼女は涙を浮かべていたのである。
 
「ちなみにNo.21の人はどうして失格したんですか?もしかして年齢不足とか。中学生にしては少し発達が遅い気がしたし」
 
「実はNo.21の広中礼音ちゃんは男の子だったので、応募資格が無かったということで選外にしたんだよ」
 
「うっそー!?あの子、男の子だったんですか?」
「本人は女子だけのコンテストとは知らなかったらしい」
「道理でおっぱい小さいと思った。でもビデオガールコンテストという名前なのに」
「ね?」
とケイが半分呆れたように言うが、アクアが困ったような顔をしている。
 
「でも彼は歌も上手いし、ダンスも上手いから、特別賞をあげることにした。多分1月くらいに、君に続いてデビューすることになると思う」
とケイが言う。
 
すると風谷リンゴは突然厳しい顔になった。
 
「でしたら、結局、実質的には彼が優勝で私が2位ですよね」
「優勝は君だよ」
 
「私はデビューまでの4ヶ月間に一所懸命練習して、本当に彼を追い抜いて、真のビデオガールになります」
 
「うん。その心意気で頑張って」
 
さすが、昇格試験で落とされた後、短期間でこのオーディションに挑戦しただけのことはある。本当に強い性格の子だ。ただ、コスモスは、この子、他のタレントと衝突しないだろうかと少し心配した。
 
過去にこういう強い性格だった子としては、何と言っても花ちゃんがいた。彼女は3位だと言われて、自分が優勝でないのは納得できないと言って紅川さんとかなり議論をした。しかし6年が経過して、花ちゃんは“怒らせると恐い”けど、普段は本当に“優しいお姉さん”に変わってきている。コスモスはこの子は花ちゃんに任せようかなと考えた。
 

続いて、3位でNo.10の池田芽衣を呼び出した。
 
ケイが彼女に名前の由来を尋ねると
「実はボクの名前はクイーンのブライアン・メイから取ったんです」
などというので、ゆりこがとても楽しそうである。
 
よく見ると、身長もわりとあるし、女の子にしては腕や足が太い。プロフを見ると身長172cmである。
 
「君、ご兄弟は?」
「高校生の姉と小6の妹がいます。女ばかり3人で、父は男の子が欲しかったみたいですけど、性転換する訳にもいきませんしね」
などと言っていたので、女子で間違い無いようだ。コスモスが大きく息をついた。
 
「小さい頃、父から何度か『お前男になる気は無いか』と言われたんで、お父ちゃんのちんちん譲ってくれたら男になってもいいよと言ったら、父も自分のちんちんは無くしたくないみたいで」
 
などと言うと、父親が「馬鹿」とか言って照れている。
 
自称が“ボク”なのは、3人姉妹の中でいちばん体格が良かったこともあり、いつも男の子のような役割をしていたからだと思うと言った。実は学校の制服以外にはスカートを全然持ってなくて今回のオーディション用に2枚買ったらしい。母親からは「わたし」と言いなさいといわれるものの、なかなか直らないという。
 
「デビューするでにはちゃんと“わたし”と言えるようにしないとまずいですかね」
「いや、ボク少女も魅力的だよ。白鳥リズムみたいな子もいるしね」
「あ、リズムちゃんかっこいいですよね。ボクも好きです」
と彼女は言っていた。
 
なお、腕や足が太いのは、小学生の頃から、魚の網を引く仕事を手伝っていたからかもという話だった。懸垂30-40回できるし腕立て伏せは幾らでもできると言う。野球のボールを100m遠投できて、“男子”野球部のエースらしい。そのあたりもリズム(小学生時代男子サッカー部のエース・ストライカーだった)と似ている。
 

以下11位までの子を順次呼び出して、結局、下記の7人と契約するに至った。この中で3位の池田さん以下の子は信濃町ガールズ本部メンバーに入り、研修生として1〜2年後のデビューを目指すことになる。
 
1.広中礼音(21) 中1 富山県R村 性別違いで失格→特別賞
2.風谷リンゴ(20) 中3 北海道江差町 繰上優勝 第2代ビデオガール
3.池田芽衣(10) 中2 与那国町
4.四宮七菜(22) 中2 徳島県美波町
6.鈴木春南(18) 中1 東京都狛江市
10.森田浩絵(15) 中1 福岡県福津市
11.成瀬久美(16) 中1 愛知県大府市
 
今回は中学生ばかりになった。5位の子と7位のが高校生だったのだが、契約はしないことになった。
 
また、本来なら10位までの子に信濃町ガールズ本部メンバー入りを勧誘するのだが、11位の成瀬さんは、10位の森田さんと1点差で、しかも2次試験の成績では、逆に成瀬さんが森田さんより1点上であった。それで実質的に同点とみなし、彼女まで勧誘したのである。
 
14位になった石川県の馬渡聖美さん(中1)は「まだ呼ばれないんですけど」と電話してきたが、14位だったので呼ばなかったこと、希望すれば信濃町ガールズ北陸に入れると告げると「分かりました。地方ガールズで鍛え直します」と言った。彼女が1年間鍛え直せば来年は優勝争いするかもしれない。
 

本選出場者の中で、上記の7名は東京に出てくる準備があるので、その日のうちに地元に帰した。
 
G650 16:00-20:00 熊谷→与那国(池田芽衣)
G450 16:10-17:30 熊谷→高松(四宮七菜)
____ 19:00-20:00 高松→福岡(森田浩絵)
HondaRed 16:20-17:50 熊谷→函館(風谷リンゴ)
HondaBlue 16:30-17:30 熊谷→富山(広中礼音)
HondaOrange 16:40-17:40 熊谷→中部(成瀬久美)
 
鈴木春南ちゃん(東京)はお父さんの車で熊谷まで来ていたので、そのまま自家用車で帰って行った。
 
徳島県在住の四宮さんを徳島飛行場ではなく高松空港に運んだのは、彼女たちがお父さんの車で高松空港に来ていて、その車が高松空港にあったからである。
 
風谷リンゴが帰りの飛行機の“離陸順”を気にしていたので「遠くまで行く子を優先するから」と説明すると納得していた。取り敢えず、礼音より自分が先だったので満足したようである!
 
これ以外の子(本部メンバーには入らない子)は翌日以降の送り届けとなった。なお、今回12位以下の子は全員信濃町ガールズの地方メンバーに入ることになった(既に地方メンバーという子も3人いた)。地方メンバーは毎月無料でレッスンが受けられるだけでも美味しいし、タレントを目指す子たちとの交流も有意義である。更にライブのバックダンスをするというのも特に地方在住の子には、なかなか得られない体験だ。
 
5,7,8,9位の子は、他の事務所のオーディションを受けたいと言っていたのでホテル富士に移ってもらった。自力帰還になるので羽田からの航空券代だけ渡した。
 

川崎ゆりこは
「今年上位進出した男の娘は礼音ちゃんだけか。残念」
などと言っていたが、翌日7月19日に連絡があったのである。電話を受けたのはゆりこ自身であった。
 
電話して来たのは狛江市(東京都)に住む鈴木春南(はるな)ちゃんである。彼女は中学1年生である。
 
「すみません。頂いた書類の中に《女子寮入寮申込書》というのがあったんですが、私、都内在住なんですけど、入寮しないといけませんか?」
 
「はい。一応ご説明はしたと思うんですが、現在コロナが流行中なので、都内に住んでいる人でも寮に入ってもらって、できるだけ外部との接触が無いようにして、学校や仕事先との往復も専属の送迎チームでするようにしようという方針なんですよ。それで昨年も都内在住の豊科リエナちゃんに、やはり入寮してもらったんですけどね。それに寮に住んでいると研修に参加するのに便利ですし。学校は転校して頂くことになりますけど、新しい学校の制服代とか、引越費用とかもこちらで負担しますので」
 
と川崎ゆりこは説明する。
 
「ああ、なるほどですね。確か、女子寮の1階が研修所だったんでしたっけ?」
「そうなんですよ。まだうちの事務所にお金が無かった頃に、夜中でも思いっきり声を出して練習できる場所が欲しいというので作って、ついでにそこに泊まり込んでいたのが発端で、それで寮と研修所が一体になってるんですよ」
 
「分かりました。転校するのは構いません」
「じゃ、夏休み中にそのあたりの手続きをして、9月からは新しい中学に通ってもらうということで」
 
「それ私立になります?」
「一応中学生の場合は、デビュー予定の子以外は公立に通わせる方針です。それで仕事も基本的には、学校の授業が終わった後と、土日祝日だけですね」
 
「なるほどですね。分かりました」
「じゃ、春南ちゃんが信濃町ガールズに入ってくれるの楽しみにしてるね。君の部屋は女子寮2階に用意しておくから」
 
この時点でゆりこの頭の中にあったのは、こういうプランである。
 
広中礼音→男の子だから残念だけど男子寮の2F
風谷リンゴ→優勝者だから(女子寮)3F
池田芽衣・四宮七菜・鈴木春南・森田浩絵・成瀬久美→2F
 
2階には現在空きが4部屋しかないので、現在2階に住んでいる唯一の高校生・酒井青花(大仙イリヤ)に3階に移動してもらう。
 

しかし春南は言ったのである。
 
「あ、その件なんですけど、私、男子なんですけど、女子寮に入っていいんですか?」
 
ゆりこは一瞬、彼女が言ったことばが理解できなかった。たっぷり5秒沈黙する。その間にオーディションでの彼女の服装を頭の中でプレイバックする。最初の審査では、ライドブルーのブラウスに、可愛い真っ白なレースのスカートを穿いていた。ダンステストでは、レオタードを着ていたが・・・胸少しあった気がするぞ!?最終審査では可愛い花柄のドレス着てたじゃん!?? それでも男の子だというの〜〜?
 
「君男の子なの?」
「はい、そうです」
「女の子になりたい男の子だっけ?」
 
「よく女の子になっちゃいなよとか友だちに言われるから、女の子になってもいいなあとは思いますけど、取り敢えず今の所は男の子です。ちんちんまだ付いてるし」
 
“まだ付いてる”というのは、その内取りたいということだろう。
 
「だけど“春南”(はるな)って女の子っぽい名前だよね?」
「春は中国の五行思想で東に当たり、日の昇る方位、南は“指南”の南で人を指揮することで、のし上がって頭領になる名前、と父は言ってました」
 
「そんなこと言われると、男の子の名前かも知れない気がして来た」
「でもボクの名前聞いた人はたいてい女の子だと思うみたいです」
「うん。そう思う」
と言ってから、ゆりこは更に訊く。
 
「君、声変わりまだだよね?」
「声変わりはしたんですけど、声は2度くらい低くなっただけで済みました。声変わり前は上のEが出てたのに、今Dまでしか出ないのが悔しいです。睾丸取りたい気分だったんですけど、お父さんが未成年の内はダメと言ったから」
 

未成年の内はということは18歳になったら取ってもいいということ?それに睾丸を取らない代わりに女性ホルモンを飲んでいたのては?とゆりこは疑った。だって、あんたレオタード着た時に胸あったじゃん!
 
「声は、練習していればまたEは出るようになると思う」
とゆりこは言う。
 
「そうですか」
「高い声は練習でわりと出るようになるんだよ」
「へー。だったら頑張って練習します」
 
「よしよし。でも、もし君女の子になりたい気持ちがあったら、女子制服で通学できる中学を紹介しようか?」
「あ、セーラー服とかいいいですねー。でもボクあまり女の子の格好で人前に出たことないから、当面は男子制服で通学します」
 
「うん。それは無理しなくていいよ。でも君、大歓迎だから、早くこちらに出て来てくれるのを楽しみにしてるよ」
 

「で、結局女子寮に入ることになるんでしょうか」
「そうだね。女子中学生になっちゃうんなら、女子寮に入れてもいいけど、男子中学生をまだしばらくするのなら、男子寮の方かな」
 
「ああ、男子寮もあるんですね」
「うん。もし女子中学生になる気になったら、いつでも女子寮に移っていいから。女子下着を着けて、女子制服で通学することが条件。ヒゲはレーザー脱毛してもらって」
 
この子にたとえ睾丸があったとしても、女子とトラブルを起こすとはとうてい考えられない。
 
「あ、ボク女子下着しか着けないですし、ヒゲは生えたことないです。でも取り敢えず男子寮に入れてください。申込書はどうしましょう?」
 
ヒゲ生えたことないって、明らかにホルモンやってる。
 
「女子寮入寮申込書の先頭の“女子”という所を二重線で消して“男子”に訂正して記入して。記入する内容は同じだから」
 
三等親以内の親族を除いて男性を寮内に入れないこと、なんて条項あるけど・・・この子は本当に男子をシャットアウトした方が良かったりして?
 
「分かりました!」
「申込書を女子から男子に訂正するんじゃなくて、君の性別を女子に訂正してもいいけどね。ちょっとした手術受けて」
「あはは。それもいいなあ。でも取り敢えず男子として入寮させてください」
「OKOK」
 
ということで、この日、ゆりこはとても楽しい気分になったのであった。
 

さて、舞音は自動車学校に通う傍ら、新しいアルバムの制作を進めていた。
 
実は『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』で舞音は子供たちの“人気のお姉さん”になったので、童謡を歌ってくれないかというオファーがあったのである。舞音はこれを水谷姉妹と一緒に歌うことにした。クレジットは“舞音withスイスイ”である。
 
水谷姉妹のことを“スイスイ”と呼ぶのは実はアクアのネーミングである。
 
「水谷康恵・水谷雪花、で頭文字をとって“水水(スイスイ)”ね」
などと言っていた。
 
演奏に関しては、信濃町バンドのピックアップメンバーでアンサンブル・オーケストラを編成して、それで伴奏してもらう。山本コリンが仮歌係を務める。
 

そしてオーケストラと一緒に童謡を録音している最中に、“招き猫”バンドの方は、舞音のCM集アルバム第二弾“招き猫2”の制作作業を進める。
 
要するに舞音はアルバム2枚を同時進行で作るのである!
 
バンドはサポートミュージシャンが5人(Vn Fl Cla Sax Tp)入れて9人編成にしている。
 
こちらは仮歌係に数紀(水森ビーナ)が指名された。制作はこういう手順で行われる。
 
舞音がCMで歌った(ショート版)の歌唱を参考に、招き猫の4人と数紀でフルレングスの仮演奏を作り、その録音を舞音に聞いてもらう
→それをベースに舞音がエレクトーンを弾き語りして第2次仮音源を作る
→それを元に特にテンポと強弱に注意して、再度数紀が仮歌係になり9ピースバンドで本演奏を作る
→これに舞音が歌を乗せる。
 
それで実は数紀は舞音たちと一緒に泊まり込むことになった。
 

そういう訳で舞音は7/19-8/10 くらいの日程で、郷愁村のコテージ桜に水谷姉妹・山本コリン・ビーナと一緒に泊まり込む。このコテージにSTAGEAを持ち込んでいる。
 
「ボクが女の子たちと同じコテージってまずいですよー」
と数紀は言ったものの
 
「松梨詩恩ちゃんによれば少なくともビーナちゃんが女の子とセックスすることは不可能らしいし、姫路スピカちゃんの情報では数紀ちゃんは性転換手術済みらしいし、ビーナちゃんには生理があるという説も出ているから女子またはそれに準じる状態と思われるので、全く問題無い」
と舞音は言うし、
 
「かずちゃんとは何度か一緒に着替えたけど、ちんちんはもう無いみたいですよ。おっばいはまだ小さいけど」
と水谷姉妹が言う。
 
「まあ万が一男の子だったら、私が去勢しちゃうから心配しないで」
と山本コリン。
 
もっともこのコテージは中央の居間の周囲にドアで区切られた5つの個室が星形に並んでいるので、5人が各々の個室で寝ることで、数紀やセレン・クロムのような女性不感症の子なら女子と一緒でもあまり問題無かったようである。
 
でも数紀は入浴中を覗かれて!“確かに女子であること”を確認された(毎度のセクハラ)。
 
なお東京で仕事がある時はヘリコプターで空輸する!それで舞音も数紀も週に3回くらいヘリコプターで東京と熊谷を往復することになった。
 

なお、招き猫バンドのメンバー、オーケストラのメンバーは郷愁マンションに泊まり込む(20日以降オーディション参加者と交替で入居。食事はホテル昭和からデリバリー)。長期滞在には洗濯機や冷蔵庫も揃っている郷愁マンションの方が、ホテル昭和の客室より便利である。
 
この期間、外出は届け出制で、外食禁止(郷愁村内はOK)、夜9時以降のアルコール禁止である。恋人はずっと一緒にいるのなら連れ込んで良い!が、頻繁に外部から家族や恋人が来訪するというのは感染防止の観点から認められない。この“隔離生活”ができる人のみで、楽団員は構成している。
 
実際にはオーケストラの伴奏は7月中に完成し、楽団員は退去した(バンドの方は結局お盆すぎまで掛かった)。
 
こういう場合、業界の慣習で8/1-10日分の日当もちゃんと支払う。“お笑い”という制度である。楽団員たちには美味しいボーナスになったようである。
 

舞音と数紀の二輪車教習は7/26までに全ての教習が終了。7/27(火)に卒業試験を受けて合格。翌日7/28(水)に東京に戻ってきて鮫洲の運転免許試験場で筆記試験を受け合格し、2人とも新しいブルーの帯の免許証を手にした。
 
「よし、新しいCMを撮影するよ」
「また草津温泉に行こう」
「ひぇー!」
 
今度は400ccも持って行く。
 

撮影はまたワルキューレに舞音が跨がっている所から始まる。花ちゃんに「君にはまだ少し早い」と言われて追い出され、花ちゃんがワルキューレで走り去るのを“3姉妹”で見る。
 
「格好いいねぇ!」
 
「私たちも行こう」
と“長女”セシルが言うと
「私二輪の免許取ったんだよ」
と“次女”舞音が免許を見せる(本名・生年月日・番号などはモザイク)。
 
「じゃ、舞音は私の250cc使っていいよ」
と言ってセシルが舞音にCBR250RRを譲る。
 
「じゃ、舞音ちゃん、私のスクーター使って」
と舞音が“三女”舞音!に譲る。
 
それでセシルのCBR400R, 舞音のCBR250RR, 舞音!のタクト・マネーで一緒に走って行く、というストーリーになっていた。
 

ここで実際にはビーナをスタンドイン・ボディダブルにして撮影している。
 
(1) 400cc セシル 250cc 舞音 50cc ビーナ
(2) 400cc セシル 250cc ビーナ 50cc 舞音
 
という2通りの配役で撮影して、うまく繋ぎ合わせているのである。ビーナは舞音と同じ髪型のウィッグを着けて、舞音本人と並んだ後ろ姿などをそのまま撮影されている。
 
舞音は
「お仕事が忙しいから2人に分身してみました」
などとコメントしていた。
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【春転】(8)