【春転】(7)

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(2021年)6月21日(月).
 
数紀はコスモス社長に呼ばれたので、授業が終わってから、SCCのドライバーさんの車で信濃町の事務所に向かった。
 
「お疲れ様、まあ入って入って」
と言われて会議室に入る。ケーキと紅茶を持って来てもらうので、ありがたく頂く。
 
今日はスカートの制服のままここに来てしまったのだが、社長は数紀の服装は全く気にしていないようである。
 
「数紀ちゃん、今かなり忙しいよね」
「そうですね。だいたい土日はほぼ丸一日お仕事してますし、平日も週3〜4回お仕事して、空いた日にボイトレに通っていますから、毎日授業が終わったら、ドライバーさんに乗せてもらってどこかに行ってます。それで学校から歩いて寮に帰る日が無いんですよ」
 
「既に売れっ子タレント並みだね」
「売れっ子ほど稼げたらいいんですけど。松梨詩恩の代役とかも多いし」
 
「君が代役してくれるので詩恩の負荷が凄く減ってる。ほんとに助かってると白河社長からも言われているよ」
「代役も楽しいですけどね」
「君と似た立場の今井葉月もよくそう言ってたよ」
「葉月さんがいないと、アクアさん死にますよ」
「まあアクアの忙しさも凄まじいからね」
 

「まあそれで、君の仕事の量がもう既に事務所の中でも6位(*15)くらいになっててね」
 
(*15)数紀以上に忙しいのは、アクア・常滑舞音・今井葉月・町田朱美・東雲はるこの5名だけ。既に白鳥リズムより忙しくなっている。但しギャラはまだリズムが上。数紀の場合、詩恩の代役関係が3割を占めるのでリズムより多忙になっている。
 
「そんなにですか?」
「これだけ忙しい人をB契約で使うのは問題だからA契約に切り替えて下さいと契約タレント代表(*16)からも指摘されてね。だから君の契約はA契約に切り替えさせて欲しい」
 
(*16)一般企業の労働者代表に相当する。現在は桜野レイアが務めている。なお§§ミュージックの雇用者の代表は、玉雪梓紗マネージャーである。あけぼのテレビには労働組合がある。
 
「それ何が変わるのでしょうか」
「まず報酬の取り分が変わる。B契約は事務所と8:2だけど、A契約は6:4になる。ただし12万円の最低保証が無くなる」
 
「ああ、最低保証は無くても大丈夫ですよ。ボクあまりお金も使わないし」
「あとは営業担当を誰か付けることになる。取り敢えずは高崎ひろかちゃんのサブの青野桃仁花を暫定的に兼任で君につける」
「わあ、青野さんにはだいぶ可愛がってもらってます」
「うん。相性もいいみたいだしね。まあこれは当面の暫定的な処置だから」
「分かりました」
 
「じゃA契約に切り替えてもいい?
「はい、お願いします」」
 
「契約書を書き換えないといけないので、本当は御両親に東京に出て来てもらうといいのだけど、君のお父さんに電話してみたら、うちはお姉さんとも契約してるから、今更説明してもらわなくてもいいので、郵便でやりとりしましょうということになったけど、それでいい?」
 
「はい、問題無いです」
「じゃこの契約書に君の署名だけちょうだい」
「はい」
 
それで数紀は新しい契約書の事務所側控え・契約者側控えの双方に署名した。コスモスの署名は既にされている。
 
「じゃこれお父さんのところに郵送するね」
「はい、お願いします」
「契約は5月7日に遡って適用するから、これまでの報酬をA契約にして再計算して差額を今日もう振り込んでいるから」
 
「あ、そうですか。分かりました。ありがとうございます」
 

それで数紀はその後、三田雪代ちゃんに付き添ってもらい、“女生徒5”という役をしているドラマの撮影現場に向かった。
 
雪代ちゃんが運転する車の中で数紀は「差額を振り込んだ」と言っていたなと思い、自分の口座の残高を確認してみた。
 
「へー。52万円も残高ある。たくさんもらえるんだなあ」
と彼は思った。
 
(まだこのネタ使うか!?>作者)
 

6月23日(水).
 
常滑舞音の6枚目のシングル『マネキューレの騎行/マネがビーナスのマネをした』が発売された。収録曲は結局4曲になった。CM曲とキャンペーン曲ばかりである。
 
『マネキューレの騎行』(ホンダスクーター&バイク)
『マネがビーナスのマネをした』(エアコン)
『招かざるKA』(液体蚊取り)
『コスプレ女王の歌』(写真集のキャンペーン曲)
 
4曲入っているが『コスプレ女王の歌』はボーナストラック扱いなので、値段は3曲入りCDの価格1500円である(DVD付きは初版限定2200円)。
 
『コスプレ女王の歌』のPVでは舞音が卑弥呼、聖徳太子、織田信長、八犬伝の伏姫、水戸黄門、かげろうお銀、トゥト・アンク・アメン(通称ツタンカーメン)、クレオパトラ、アーサー王(エクスカリバーを持つ)、ガリレオ・ガリレイ、ワシントン、ナポレオン(辞書を持つ)、シャーロック・ホームズ(虫眼鏡を持つ)、アルセーヌ・ルパン、にコスプレしている様子が映っている。監修は雨宮先生である。
 
初日は予約を中心に20万枚を売ってデイリー1位。6/21-27の統計では40万枚でウィークリーランキング1位であった。
 

6月25日(金).
 
常滑真音のファースト写真集が発売された。
 
全編コスプレの写真集である。
 
写真集は4つのパートに分けられており“縁起物”“人間”“動物”“マネ”となっている。
 
縁起物パートは、冒頭のアマビエに始まり、舞音のシンボルとなった招き猫(白・黒・金など)、信楽焼のタヌキ、高崎のダルマ、サルボボ、分福茶釜、など日本全国各地の縁起物を並べる。七福神(恵比寿、大黒、福禄寿、毘沙門、布袋、寿老人、弁天)もここに入れられている。
 
人間パートは『マネがマネのマネをした』の笛を吹く少年から始まり、福助、黒田武士、金太郎・浦島太郎・桃太郎・一寸法師、白雪姫・シンデレラ・白鳥の湖のオデット、カーネル・サンダース、阿修羅像(三合成:人間か?)、二宮金次郎、『マネイズマネー』で見せた福沢諭吉、犬を連れた西郷隆盛、馬で駆けるナポレオン、金色夜叉、十和田湖の乙女の像、など様々なキャラクターに扮している。
 
“動物”では『タイカジキ』で見せた様々なお魚、『マネイズマネー』で見せた鳳凰、忠犬ハチ公、代参犬ゴン、二見ヶ浦の蛙、十二支の各動物(ねずみ、牛、虎、うさぎ、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪)などが含まれる。
 
“マネ”では、高校の制服風の衣装数点、体操服!、フライトアテンダント、看護師、女教師、ブティックの定員、OL、エグゼクティブ、かりゆしウェア、浴衣数点、小紋・付下げ、振袖数点、空手着、ボクシング選手、バレリーナ、と様々な服を着ている。振袖を着て日本舞踊をしている所の写真もある。最後はデザイナーズブランド風の服を着てマネキンのふりをしている写真で終わっていた。
 

これらの写真は、これまでのPV撮影などの際に撮られたスティル写真のほか、新たに写真家さんに撮影してもらったものが6割くらいを占める。
 
写真集は発売されると爆発的に売れ、アクアの写真集が発売されるまでずっと書籍のベストセラー・トップを独占し続けることとになる。
 
舞音はまさに順風満帆に§§ミュージックの“ネクスト・トップ・アイドル”への道を歩んでいるかのようであった。
 
その一種の“マネブーム”に冷水を浴びせる事件が起きるのだが、それを述べる前に少し時間軸を追っていこう。
 

千里たちのバスケット日本女子代表候補第6次合宿は、6月28日で終了した。しかし最終日に代表12名は発表されなかった。
 
「代表は今月中に各自に通知します」
と秋川代表は言った、
 
この最後の合宿で、紅白戦をする時もシューターは奈々美と亜津子が入り、千里はベンチに置かれることが多かった。
 
落とされたかなあ・・・
 
と千里は思っていた。
 

それで帰宅しようと思い、選手村の“常宿”になっている部屋に行き、荷物をまとめた。今回代表から外れたら、自分の年齢を考えるともう2度と招集されない。
 
「この部屋も今日で最後かな。そういえばNTCが出来た年から自分はここで合宿していたんだよな」
 
などと思いながら片付けていたら、そこに秋川代表から電話が掛かってくる。
 
「村山君、今回は君にキャプテンをお願いすることになったから、よろしくね」
「は?えーっと、応援団か何かですか?」
 
千里は一瞬、昔、代表から落ちた子たちが“代表応援団”を作り代表チームと試合をやったことを思い出した(2009.7).
 
「君、面白いジョークを言うね。選手の主将に決まってるじゃん」
 
「私選手に選ばれるんですか〜〜〜!?」
 
千里はマジで今回は落とされたと思っていたので、驚いて言った。
 
「君、佐藤玲央美、高梁王子(たかはし・おうじ)、福井英美、水江愛倫(めろん)の5人は最初から決まっていた」
 
「済みません。高梁の下の名前は“おうじ”ではなく“きみこ”です。水江の下の名前は“めろん”ではなく“えりん”です」
 
「あれ〜?そうだったっけ?」
「水江はコートネームはメロンですけどね」
「うん。みんなメロンと呼んでるから、てっきりそれが本名と思った」
「誤読されるから開き直ってますね。でも私、紅白戦とかでもベンチにいることが多かったのに」
 
「そりゃ君はもう確定していたからね、紅白戦ではボーダーラインの子の動きをチェックしていたよ」
 
「そうだったのか」
と言ってから、千里はあることに気付いて尋ねた。
 

「私が主将ということは花園は?」
「最後まで彼女については悩んだ。しかし駅田花凛の可能性に賭けることにした」
 
駅田花凛との競争だったのか・・・。
 
駅田花凛はかつてアンダーエイジで何度もキャプテンを務めた駅田月夜の妹である。月夜も最初は招集されていたのだが、今回は途中で落とされている。
 
しかし合宿終了直後に代表12名が発表されなかったこと、秋川さんからの電話は終了後1時間近く経ってからかかってきたことを考えると、きっと今まで亜津子の処遇について議論していたのだろう。
 
「でも花園はWNBA選手なのに・・・」
 
「彼女はWNBAに所属しているといってもスターターではない。同じWNBA選手でも高梁君のほうは毎年得点ランキングの上位にランキングされていて、昨年はリーグのベスト5に選ばれている。でも花園君はベンチに座っていることが多く、あまり試合には出ていない。彼女はもっと出場機会が得られるリーグに行った方がいいと思うなあ。それに彼女、体格無いからスリー撃つ前に潰されるでしょ?日本国内ならいいけど先日のポルトガル戦でもだいぶやられてた」
 
海外挑戦も難しいんだなと千里(千里3)は思った。千里2も玲央美もLFBのチームではほぼスターターである。それを維持するために凄まじい練習もしてるし、実績をあげている。千里2は3年連続の3P女王だし、玲央美は得点ランキングでもアシスト・ランキングでもいつも上位に入っている。体格なら千里の方が亜津子より小柄だけど、千里はLFBの実戦で鍛えられているから大型選手とぶつかってもビクともしない。
 

「寺島奈々美はどうなりました?」
「選んだ。あの子はマッチングが無茶苦茶強いね。いちばん強いのは村山君でその次が寺島君だ」
 
あ、そうか・・・。奈々美とのマッチングしてたのは全部2番だから、それで奈々美は鍛えられたんだけど、それをいつも見てるから、私がナナに勝ってるように見えたのか!
 
「ちょっと待ってください。佐藤玲央美も確定してたとおっしゃいましたよね」
「うん」
「玲央美の方が私より年上てすよ」
 
千里は1991.3.3生、玲央美は1990.8.17生まれで、玲央美の方が半年ほど早い。
 
「同じ学年だから2人の内のどちらかにすることにした。でも佐藤君はあまり他人に関わるタイプじゃないから。みんなに声を掛けたり、励ましたり、進んでマッチングの相手を務めたりしている君の方が主将にはふさわしいと判断したんだよ」
 
確かに・・・玲央美は孤高の人だ。だから高校生時代も主将は名ばかりで、実際には副主将の聖子がチームをまとめていた。
 
でも私が主将なの!?
 
「じゃ、そちらに選手名簿メールするから、1日の代表選手発表の時は短くていいからスピーチよろしくね」
 
「あ。はい」
 

それで千里は電話を終えた。メールをチェックすると「代表選手名簿※7月1日までは他の人に見せないこと」と書かれたものが来ている。
 
PG 杉山友梨花(1994) 高橋真保(1998)
SG 村山千里(1991) 寺島奈々美(1997)
SF 佐藤玲央美(1990) 湧見絵津子(1992) 鐘川幸枝(1994)
PF 高梁王子(1992) 駅田花凛(1996) 水原月希(1996)
C 福井英美(1998) 水江愛倫(2002)
 
玲央美も王子も身長だけ見たらセンターかと思うのだが、玲央美はスティールも上手いし、ドリブルや攻撃の組み立てもうまく、むしろガードフォワードに近いプレイスタイルなので、高校時代から一貫してスモールフォワードとして登録されている。王子は高身長ではあるがリバウンドを取るのが下手(要するに勘が悪い)なのでリバウンドは気にするなといって、攻撃に専念させるため高校時代以来パワーフォワード登録である。WNBAだと彼女よりもっと高身長の選手が多数いるので向こうではセンターと間違われることはない(ついでに性別を間違われる心配もないし、彼女の身長に合った可愛い服とかも売ってて助かると言っている)。
 
奈々美は実はチーム(大学/Wリーグ)ではスモールフォワード登録なのだが、シュートが上手いこととスモールフォワードは元々人材が多く代表候補選手も多いことから、代表チームではアンダーエイジの頃からシューティングガード登録になっている。
 
「あ、えっちゃんが入ってる。この子も最後のオリンピックかな。でも今回のエースはやはり英美だろうな。ナナも同世代の英美が活躍してれば大いに刺激されるだろうし」
 
「しかしほんとにこの10年くらいの代表の生存競争は厳しかった」
と千里は呟き、アジア選手権に出た2008年以来の代表活動に思いを馳せた。
 

6月29日、花園亜津子は成田からロサンゼルス行きの飛行機に乗った。
 
千里と玲央美からメールが来ていたが“読まずに捨てた”!
 
強化部長さんと秋川代表は亜津子を特別に呼んで本人に直接落選を通告した。そして強化部長さんは彼女に言ったのである。
 
「君は明らかに実戦経験が不足している。WNBAにこだわらずに、もっと出場機会を得られるリーグに行くべきだ」
と。
 
亜津子は「少し考えたい」と言い、取り敢えずアメリカに戻ることにしたのである。
 
なお彼女は日本国内にいる内にワクチンの接種は受けていたので、アメリカでは短期間の自己隔離で解放されるはずである。
 

千里は青葉と連絡を取った。
「こちらにはいつ出てくるの?」
「まだはっきりしないんだよ」
「そちら合宿とかないの?」
「今の所聞いてない。4月には水球代表の合宿でクラスターが発生したからさあ」
「ああ」
「水連もかなり慎重になってる。7月3-4日は相模原でサマーチャレンジがあるけど津幡組は代表もそうでない人も出ない。万一誰か感染して代表選手にまで移すとやばいから」
 
「ほんと大変だよね」
「ちー姉たちは合宿するんだっけ?」
「7月5日から25日まで、第7次合宿がある」
「それもうオリンピックの日程に突入してるじゃん」
「女子バスケットは26日から始まるんだよ。日本は27日フランス、30日アメリカ、8月2日ナイジェリア」
 
「フランス戦が鍵だね」
「うん。日本の生きる道はそこしかない」
「頑張ってね」
「青葉もね」
 

7月1日(木).
 
日本バスケット協会は、東京オリンピックに出場する女子バスケット日本代表12名のメンバーを発表した。記者会見には主将となった千里も同席し、短いスピーチをした。各選手のメッセージはその後、数日以内に日本バスケット協会のサイトに登録された。
 

7月2日(金).
 
数紀の学校では今月の身体測定があった。クラス単位で保健室に行き、身長と体重を測定される。この時、男女を一緒には測定できないので、朝一番に1年女子から始めて、3年女子まで行ってから、男子の方も1年から3年まで呼び出すという仕組みになっている。
 
1時間目の初め、1年1組から始まる。1組は女子クラスである。それが半分くらい進んだ所で、1年2組の女子が呼ばれた。
 
数紀は女子たちが教室を出て行くのを眺めていたのだが、数紀がまだ座っていることに気付いたクラス委員の和代が
「かずちゃん、行くよ」
と声を掛けた。
 
「え?ボクも行くの?」
「だって、かずちゃん女子だし」
「ボク男子だよー」
 
とは言ったものの、結局由美や公佳に
「またそんなこと言ってる。君が女子であることはもう明らかになっている」
 
と言われて“連行”されてしまう。
 

廊下を歩きながら公佳が言った。
 
「だいたい、かずちゃんは最初から女子として登録されていたんだよ」
「そうなの?」
 
「かずちゃん、授業で出席取られる時に『柴田さん』と呼ばれるでしょ?」
「そういえばそうかな」
「男子は“君”付け、女子は“さん”付けなのよねー、この学校」
「学校によっては男女とも“さん”付けの所もあるらしいけどね」
「つまり、かずちゃんは学校に女子として登録されていたということなのよね」
「嘘!?」
 
だって、ボク最初書類が女子になってたから、それ直してもらったと思ったのに。
 
「だから、かずちゃんの書類は身体測定ではたぶん女子の所に入れられている筈」
 
実際保健室に行ってみると、確かに数紀の書類が来ていることを保健委員の充恵が確認して丸のサインをする。
 

そういう訳で、数紀はこの月から女子と一緒に身体測定を受けることになった。
 
この学校では、身体測定では服を脱いだりはせず、制服のまま測定する方式である。それで数紀もブラウス・スカートを着たまま体重計に載った(服の重さとして1kg引く)。
 
しかしそれで数紀も他の女子たちの下着姿とかを見ずに済んでホッとした。また元々そういうシステムだから、数紀の性別にまだ疑問を持っている子たちも数紀が一緒に身体測定されるのを容認したのだろう。もっとも数紀は女性に対して不感症なので、女子の下着姿を見たとしても特に何とも思わない!
 

「でもかずちゃん、舞音ちゃんのエアコンのCMで女神の格好してたね」
「なんかボク女性タレント扱いされることが多いみたい」
「それは本人が女性だからだと思うけど」
 
「アクアちゃんのソーラーパネルのCMにも巫女さんの役で出てた」
「あれ巫女だったの?」
 
「ドライヤーのCMでも女子高生の格好でしてるし」
「なんかこれ着てと言われて着せられちゃったんだよぉ」
「あのCMすっごく可愛い。こんな可愛い子が男子の訳無いと思ったよ」
「同感同感」
 
「エーヨちゃんのお菓子のCMにも女子高生制服で出てた」
「あれはその他大勢のひとりで」
「『青空高校の午後』では明確に女子高生の役だし」
「あれ役名もなくて“女子生徒5”なんだよ」
「やはり女子生徒じゃん」
 
「まあかずちゃんが出演しているCM見てもドラマ見ても、かずちゃんが女の子であることは確実」
 

「デビューの話とか無いの?」
「それはないと思うなあ。今年は既に4人もデビューしてるもん」
 
「元々は夏頃にエーヨがデビューして年末に舞音ちゃんがデビューする予定だったのが、ただのキャンペーン曲のはずだった招き猫の歌がミリオンになって、なしくずしにデビューしたことになっちゃったらしいね」
 
「でも夏と年末にデビューするはずだった2人が春にデビューしちゃったんだからその後の予定も前倒しされるんじゃないの?」
 
「ああ。水谷姉妹はもしかしたらこの夏にデビューするかもね」
「あの2人、美人だもんねー」
「顔が似てるから双子みたいに見えるよね」
 
「かずちゃんも、詩恩ちゃんと双子みたいに似てる」
「詩恩姉とは年が4つ離れてるけどね。だから身長も3cmボクの方が低いんだよ」
「詩恩ちゃんは成長期はもう終わりだろうからこれからかずちゃんが追いつくよ、きっと」
 

その日、数紀は学校を休んで、邦江姉(高崎ひろか)に付き添ってもらい、世田谷区役所を訪れた。
 
実は数紀の収入が“年間130万円”の枠を越えてしまったので、父親の健康保険の被扶養者から外れることになった。それで国民健康保険に加入するため、手続きに訪れたのである。
 
「ああ。バイト収入が年間130万枠を超過したんですね」
と言って、係の人が帯広の父から送ってもらった扶養削除証明書を見ながら言う。
 
「御本人の収入を証明するものは何かありますか?」
「これは契約している芸能事務所の6月の支払い明細ですが」
と言って、邦江が書類を提示すると、係の人は金額を見て尋ねた。
 
「この金額は昨年1年間の支払額ですか?」
「いえ、今年5月21日から6月20日までの仕事に対する報酬です」
と邦江が言うと、係の人は一瞬驚いたような顔をした。
 
「芸能人さん?」
「はい、そうです」
「分かりました!」
 
と言って、係の人はすくに手続きをしてくれた。本人確認で数紀は運転免許証を提示した。また引き落とし口座はキャッシュカードを提示して登録してもらった。
 
「健康保険証は数日中に郵送しますので」
「よろしくお願いします」
「もしその間に病院にかかられることがありましたら、こちらの書類を窓口で提示して下さい」
「分かりました」
 

「だけどあんた既に飛鳥(松梨詩恩)より忙しくなってるみたいね」
と邦江は帰り際、数紀に言った。
 
「そうだっけ?」
 
「飛鳥のリハーサル役・吹き替えとかの仕事に加えて、あんた自身の仕事もこなしているし」
「それはあるかも。振込額見てびっくりしたし」
 
「あんたまだ単価が安いから飛鳥よりは少ないみたいだけど、きっと今年中には金額でも飛鳥を追い抜くよ」
「そんなに?」
 
「だって今のペースでいっても年間6000万円だけど、単価が上昇していくと1億突破する可能性もある」
 
「1億〜〜!?ちょっと待って。月50万円を12ヶ月なら、600万円じゃない?」
 
(正しく掛け算“は”できたようである)
 
「何言ってんの?この支払い明細では6月20日には520万円支払われた筈だけど」
「嘘。銀行の残高見て、52万円だと思ったけど」
「あんたそれ桁を読み間違ってる」
「うっそー!?」
 

なお、邦江は飛鳥が昨年やらかした「所得税が払えない!」などというのと“同じ轍を踏まない”ように、別の銀行にも口座を作り、毎月半額はそちらに移動するよう数紀に教えた。でも数紀は自信が無いと言ったので、結局口座のid/pqssを邦江が預かり、毎月邦江がネットで移動してあげるようにした。
 
結局、数紀の常用口座には毎月30万円だけ残し、他は全額別口座3つに移動させるようにした(納税用・予備費・貯蓄用に3分割)。
 
高校の校費も数紀は自分の口座からの支払いにしたいと言ったが、邦江は「それは私が出すという約束だったから」と言って、そのまま邦江の口座からの引き落としを続けることにした。
 
「もし性転換手術受けるなら、その費用も約束通り出してあげるけど」
「性転換手術は勘弁して下さい」
 
「でもあんた女子高生になっちゃったんでしょ?毎日女子制服で通学してるって飛鳥が言ってたけど」
 
「ちゃんとズボン穿いてる日もあるよー」
「今日もスカート穿いてるくせに全く説得力がない」
 
(学校でもあくまで男子を主張しているのが、葉月などとの違い。でもほぼ女子とみなされているのはアクアに近い)
 

男子寮の専任看護婦・海老原さんはその日数紀に言った。
 
「数紀ちゃん、社長から言われたんだけど、あなたの精子の冷凍保存を取りたいんだけど。毎年の保存費用は事務所で出すから」
 
「えっと・・・帯広の病院で一応冷凍保存してもらったんですが」
「何本取った?」
「1回ですが」
「だったらあと2回取ろう。最低3本は保存しておいた方がいいというのが会長の意見なのよ。いざ人工授精しようとした時に1本しかないと1度では妊娠成功しない場合もあるからね」
 
「はあ」
「精子の採取をする場合、濃度を上げるために、採取の1週間前から禁欲して欲しいんだけど」
「禁欲って?」
「つまりオナニーを我慢して欲しいの。できる?」
「すみません。ボク、オナニーはしないので」
 
「ああ、ここの寮生にはそういう子がわりと多いのよね。夢精は起きる?」
「それも経験ありません」
「女性ホルモンは飲んでるんだっけ?もし飲んでるなら教えて。誰にも、門脇さんや社長にも言わないから。女性ホルモン飲んでるなら、採取前に一週間くらい、それを休んで欲しいのよ」
「飲んでません」
 
「分かった。でも射精はできるんだね?」
「帯広の病院ではドーターとか何とかいう振動する機械をあそこに当てて射精させました」
 
「ああ。何となく分かった。こちらで昨年採取した時もその方式をとった寮生がいたのよ(木下宏紀である)」
 
「へー」
 

「だったら、しばらく射精してないよね?」
「はい。その帯広の病院で取って以来してないです」
「じゃ1回目、良かったら今から採取に行っていい?」
「あ、ボク今健康保険証の切り換え中で、保険証は数日中に届くということなんですが」
「ああ、これは保険の適用じゃないから健康保険は関係無いよ」
 
「分かりました。あ、ボク今日はスカート穿いてるけど、ズボンに穿き替えてきたほういいですかね?」
「ううん。スカートのままで問題無いよ。君の普通の格好じゃん」
 
「なんかみんなに乗せられてすっかりスカート穿いてることが多くなって」
「スカートでもズボンでも好きな服を着ればいいと思うよ」
と海老原さんは言った。
 

それで数紀はその日、海老原さんに連れられて区内の産婦人科に行き、精子の採取を行った。最初女子と思われたのは愛嬌である。射精は帯広の病院と同様、ローターを使用して射精に到達させた。数紀本人としてはあまり気持ち良くなかったし、射精の瞬間は凄い頭痛がきて辛かったし、ちんちんも痛くて痛みが翌日くらいまであった。あまり何度もやりたくない気分だった。
 
「君、いつ頃からオナニーしてない?」
と医師は尋ねた。
 
「小さい頃は、自分でちんちんいじってたりしてましたけど、小学3-4年生の頃以降はもうそういうことしなくなりました」
「なるほどね。じゃオナニーして射精するというのは、あまりしたことない?」
「それは一度も経験無かったです」
「なるほど分かりました」
 
数紀はこのことは過去に、中学の保健室の先生(女性)に、男性的発達が遅いのではと心配されて話したことがあるだけである。先生は男性ホルモンの補充を勧め、病院に掛かったほうがいいと言ったが、数紀はこれ以上声変わりを進行させたくなかったので拒否した。それで逆に数紀が女性ホルモンを飲んでいるのではと疑ったようだった。
 
しかし今日のお医者さんはオナニー問題についても数紀の男性的発達についても特に意見は言わない。それで数紀はかえって気持ちが楽だった。(数紀がスカートを穿いていたので、女の子になりたいのだろうと判断し、男性ホルモンの補充を勧めなかった、というのに数紀は気付いていない)
 
医師は顕微鏡で精液をチェックしていたが、濃度が薄いので濃縮して冷凍しましょうと言っていた。次の採取は1ヶ月あけてから行うことにした。まあ後1回だけなら痛いのも我慢するかと数紀は思った。
 

「これ2回採取したら睾丸は除去するということじゃないですよね」
と帰り際、海老原さんに尋ねる。
 
「まさか。でも自分で勝手に取っちゃう子が時々いるからさ。念のため精子を保存しておくのよ。将来子供が欲しくなった場合にそれで作れるようにね」
 
「なるほどー」
 

数日後、国民健康保険の保険証が届いた。受け取ってくれていたフロントのユキさんから「名前や生年月日に誤りがないか確認して、もし間違ってたらすぐ区役所に連絡した方がいいよ」と言った。
 
それで数紀はハサミを借りて開封し、中の保険証を見た。
 
氏名 柴田数紀
生年月日 平成17年5月20日 性別女
適用開始年月日 令和3年6月25日
交付年月日 令和3年6月25日
世帯主氏名 柴田数紀
 
「あ、問題無いみたいです」
と数紀は答えて、運転免許証を入れているパスケースに一緒に入れた。
 
ユキは本人が「問題無い」と言っているんだから、いいんだろうなと思い、特に何も言わなかった。
 

それは本当に舞音人気に冷水をあびせる事件だった。
 
騒ぎは常滑真音の写真集が発売されてから半月近く経った7月6日頃からネットで拡散し始めた。震源は写真投稿サイトだが、オリジナルの投稿者のアカウントは翌々日くらいには閉鎖された。
 
その写真は舞音が着替えている最中を隠し撮りしたかのようなヌード写真で、パンティは着けているものの、バストがきれいに映っている。顔は舞音に見える。
 
この写真の真贋について、ネットではかなり議論が沸き起こった。まず明確になったのは、この写真には加工の跡は無いというものである。コントラスト調整・明度調整はされているが、つぎはぎなどの跡は見られない。しかしこれが本人なのか似た人物なのかについては意見が分かれた。別人だとしてもかなり似ている。バストの発達度を見て高校生くらいの年齢の女性であることは間違い無いのだが、問題は本人なのかという点である。
 

コスモスは7月7日あたりから多数の企業からの問い合わせ応対で忙殺された。舞音が出演しているCMの会社からの「あれは本人のヌードか?」という問合せである。コスモスは明言した。
 
「あれは別人ヌードですよ、明らかに舞音とは違います。ですからCMは安心して流してください。万一あれが本物で、その結果イメージダウンなどで損害が出たら、そちらの損害額は全部お支払いした上で、私、腹を切りますから」
 
コスモスが自信ありげに語るので、各企業は不安を感じながらもCMを流し続けた。コスモスは損害が出たら全額補償すると言ったが、コスモスのバックにはムーランが付いていると考えている企業が多いので、本当に補償してくれるかもと思う。更にこちらが重要だが、ここで万一CM放送を中断した後で別人と判明したりしたら、舞音のファンたちから不買運動でも起こされかねず、そちらの損害の方が大きい。また各企業は舞音のCMを流してる他社の様子も伺っていた。CMを中断する企業が1社も無いことから「みんなで流せば恐くない」の心理で、各企業は放送を続けたのである。
 
しかし多くの企業に「あれは別人です」と言い続けているコスモスも一抹の不安を感じ、また何か疑いを晴らす方法は無いかと必死に考えた。山村を呼んで、オリジナルの写真を投稿した主を「ありとあらゆる手段を使って」突き止めるよう命じたか、さすがの彼もすぐには特定できないようである。
 

そこにアクアがやってきて言ったのである。
 
「社長。舞音ちゃんのヌードを撮影しましょう」
 
「え〜〜〜!?」
 

舞音本人はこの騒ぎが始まって以来、さすがにショックで、7月7-9日の3日間は学校も休んでいる。仕事も休ませてもらった。仲の良い姫路スピカや安原祥子・花咲ロンド、更には男子寮から木下宏紀まで来て、代わる代わる舞音の部屋に滞在し、おしゃべりして気を紛らせ、また舞音から絶対に目を離さないようにしていた。夕方以降は、水谷姉妹や篠原君、白鳥リズムなども来てくれた。忙しいはずのアクアまで「ちょっと寄った」と言って、お土産にベルギー産のチョコレートを置いていってくれた。
 
そこにコスモスから連絡が入るのである。
 
「舞音ちゃんのヌードを撮影したいんだけど」
「え〜〜〜〜!?」
 
コスモスが説明したのはこういうことである。
 
・この写真は絶対に舞音のヌードではない。だからそれを証明する。
 
・どんなに顔が似ていても、身体のパーツの比率まで完全に同じという人間は存在しない。だから、舞音自身のヌード写真を撮影し、それとネットに出回っている写真との比較を行う。身体のパーツの長さや配置の比率を計算して、それが本物の舞音のヌードとは異なることを示せば、これが偽物であることを証明できる。
 
・不正な操作が行われないよう。写真の撮影および、その比較作業は公正な第三者に委ねる。
 
「分かりました。そういう趣旨なら私のヌードを撮るのは構いません」
と舞音は答えた。
 

写真撮影は、これまで多くのタレント写真を撮影している高居由紀さんにお願いすることになった。写真の比較作業をするのは、東京R大学の写真芸術科教授・三雲忠之さんにお願いすることにした。
 
それで舞音は高居さんのスタジオに行き、コスモスおよび、第三者の立会人としてお願いした、作家の日室響子さんが見守る中、撮影に応じたのである。手順はこうである。
 
・カメラにメモリーカードが入っていないことを確認する。
・新品のSDカード(Amazonの通販で送られてきたものをその場で箱から開封する)をカメラにセットする。
・そのカメラで舞音のヌードを撮影する。
・そのSDカードをその場でパソコンで開き、判定者にチェックしてもらう
 
という手順で進める。この舞音自身が替え玉でないことを証明するため、
 
・舞音の中学時代の同級生を呼び少し話してもらう
・舞音にこの場で『招きマネキン』の歌を歌わせる。
・歌声についてホルマント分析をして、CDでリリースされている声の人物であることを確認する
 
という厳重なことをしている。
 
判定作業をする三雲教授は男性なので、撮影が終わり、舞音が服を着た後でこの部屋に入る。
 

これらの過程はΛΛテレビが取材することになった。番組ではこの検証方法について説明した上で、経過を詳細にレポートする。
 
7月10日(土).
 
舞音がスタジオに入り、昔の友だち(顔は映さない)とおしゃべりして
「間違い無く本人です」
という証言がある。
 
この2人は中学時代にクラス委員をしていた子と生活委員をしていた子である。“証言する”という性質上、謝礼は渡せないことを理解してもらった上で常滑市から出て来てもらっている(テレビ局の車で往復してもらった)。
 
この後、舞音が歌を歌う(生歌を放送する)。
 
音響技術者さんの手で音声の分析が行われ
「間違い無く同じ人の声ですね」
という判定が出る。
 
SDカードの箱を開け、これにテレビ局のアナウンサーがマジックで署名した。
 
友人や音響技術者さんは退席し、コスモス・日室響子・高居由紀の3人だけになり、舞音は服を脱いだ。ここはテレビ局のスタッフも退出し、廊下で待機する。
 
舞音は確認作業のためとはいえ、本当に裸になってカメラの前に立つのは恥ずかしかったが、気合を入れて頑張った。高居さんはジョークを交えて舞音をリラックスさせ撮影してくれた。
 
「舞音ちゃん、可愛い!運動するだけあって身体も引き締まってて美しいし。ね、ね、18歳になったら、私にヌード写真集撮影させてくれない?」
 
「利益供与の約束をすると公正な第三者にならないからダメです」
「あんた頭の回転速いね!」
 
舞音が服を着て、三雲教授が入室する。テレビ局のスタッフも入ってくる。
 
カメラから三雲さんがSDカードを取り出してアナウンサーの署名があることを確認する。それをパソコンで直接開いて、教授は様々な部分の寸法を測定しているようであった。その操作の様子はテレビ局の女性アナウンサーのみが見ている。つまり舞音のヌード写真を見たのはこの2人だけである。テレビカメラはパソコンの画面は映さず、モニターの向こう側から、三雲さんの顔を映し続ける。
 
「ネットに拡散していた写真と完全に同じアングルで撮影されている。これは比較しやすいです」
と三雲さん。
「そりゃ同じアングルになるように撮影しましたから」
と高居さん。
「さすがプロですね」
とテレビ局のアナウンサー。
 

「明らかに別人です」
と三雲教授は言った。
 
(1)最も明確なのが、乳輪の大きさである。これがまるで違う。
 
(2)プライバシーに配慮して数値は出さないがバストの形も大きさもまるで違う。
 
(3)写真から体脂肪率をソフトにより計算させた所、舞音ちゃんはよく運動しているだけあり、引き締まった身体付きをしており、体脂肪率がスポーツ選手並みの18%程度であるのに対し、ヌード写真の主は30%ほどと大きく異なる。
 
(4) 顔および身体のあちこちのパーツの比率を比較した所全く異なっており、同一人物である可能性は0%である。また写真の女性は恐らく18-20歳程度と推定される。
 
(5)バストの特徴およびお腹の付近の脂肪の付き方から、写真の女性は妊娠中だと思う。
 

舞音もコスモスも別人の写真と信じてはいたものの、この判定結果にホッとした。
 
「舞音さん今のお気持ちを」
とテレビ局の女性アナウンサーがマイクを向ける。
 
「ほんとにこの3日間くらいはしんどかったです。でも疑いは晴れたので、また元気いっぱいの舞音をみなさんにお見せしたいと思います」
と舞音はさすがに疲れを隠せない表情で言った。
 
「将来本当にヌード写真を撮るおつもりは?(セクハラ)」
「私のヌード写真より、招き猫ちゃんのヌード写真のほうがきっと可愛いです」
と舞音も笑顔になって言った。
 
なお、舞音のヌードを撮影したSDカードはその場でゼロライト法により完全消去した上で、舞音本人に渡された。
 
並みのタレントなら即廃棄する所だが、舞音は物事にこだわらない性格なのでこのSDカードをファンの方から誕生日プレゼントに頂いた Lumixのミラーレスカメラに差して使用していた。
 

視聴者もネットの住人たちも、テレビで放送された検証方法については適正であると判断した。それでネットで広まっていたヌード写真は24時間以内に全て消えてしまった。残しておくと、自身が訴えられかねないので、転載した人がみんな自主的に消去したのである。
 
しかしこの“ヌード流出事件”が結果的には宣伝にもなって、舞音の写真集は売れに売れ、そのあと発売されたアクアの写真集とならんで長期間、書籍売上げの1,2位を独占し続けることになる。
 
また、7/7頃唐突に売れ行きが止まっていた『マネキューレの騎行』も7/10に検証番組が生放送された後は舞音に対する同情が集まったこともあり、また売れ始め、7/10-11の2日間だけで60万枚を売って、7/12発表の累計売上枚数が100万枚を超えミリオン認定。5枚目のミリオンとなる。この曲は更に売れ続けて、7/19発表の統計では160万枚と、これまでの舞音のシングル最高売上枚数を更新した。
 
更には、騒動の期間中も舞音のCMを流してくれていた企業に「舞音を応援してくれた御礼をしよう」という運動をファンたちが始め、ブルボンの“一週間のクッキー”をはじめ、プレルージュ、液体蚊取り、ミズノのシューズ、舞音がCMしていたボールペン、寝具、問題集などまで売上が上昇することになり、各企業の広報担当は、CMを流し続けて良かったぁ!と胸をなで下ろしたのであった。
 

7月12日の夜、“舞音のヌード写真”のオリジナルを投稿した主が名乗り出て謝罪した。写真は知人の18歳の女性であることも明らかにした。実は彼女が元々舞音に似ていることから、本人の周辺では、あの写真本当はあんたの写真では?と追及されていて、更にその日“怒った舞音のファンたちに襲撃されて自分も彼女も槍で突き刺される夢”を見て震え上がり、どっちみちいづれはバレると思って名乗り出ることにしたものだという。
 
彼は全ては自分が悪いので、どうかモデルになった知人女性は責めないで欲しいと言った。警視庁は佐賀市に捜査官を派遣して佐賀県警内で任意に事情を聞いた上で、威力業務妨害の疑いで書類送検したが、最終的には舞音本人およびそのパブリシティ権を管理している§§音楽出版の意向もあり、起訴猶予になった。
 
(そっくりさんの画像などを、タレント本人と誤認されるような形で無断使用した場合、タレントのパブリシティ権を侵害したとみなされる)
 
舞音とコスモスは彼らが警察に事情聴取された翌日には連名で声明を出し、ファンの人たちに冷静な行動を呼びかけた。
 
もし自分のファンがこの人たちに危害を加えるようなことがあったら、世間では舞音が煽ったみたいに言う人も出る。自分はもう怒っていないので、ファンの皆さんも、どうか彼らを許してやってほしい、と言ったのである。舞音はyoutubeにも動画を登録したし、テレビの情報番組にも出演してカメラの前で頭を下げてファンたちにお願いした。
 
これでファンの暴走はほぼ抑えることができた。
 
「舞音ちゃんが許してやってと言ってるのならしょうがないよなあ」
 
なお、三雲教授が指摘した妊娠問題は、病院に行ってみたら、本当に妊娠していることが分かり、本人たちも驚いていた。あまり遠くない時期に婚姻届けを出すつもりだという話であった。
 
なお2人とも事件で騒がれたので各々佐賀市内の仕事場を辞めることになったものの“親切な人”が、福岡市内に新しいアパートを借りてあげて、男性の就職先まで世話してあげたので、2人は新しい生活を始めることができた。実は彼らの元の職場や住所はネットワーカーたちにより調べあげられ曝されていたので、彼らを保護するには引っ越させることが必須だった。
 

某所で老人たち(?)が会話していた。
 
「コスモスちゃんってのは、とにかくマスコミ対策が素早いよね」
と丸花。
「昔、アクアの女子制服通学事件とかあった時も即日記者会見開いて騒動を沈静化させた」
と鈴木。
「同時期にキャロル前田も似た事件を起こしたけど、向こうは完璧にマスコミ対策を誤ったし、騒ぎが大きくなってから中途半端な記者会見開いたから、火に油を注ぐ結果となって、彼を一時引退に追い込んでしまった」
 
「こないだの淫乱同棲報道ではほとんどの人が報道を聞く前に潰してしまったし」
と兼岩。
 
「どこかのタクシー運転手が辞表を提出したらしいよ」
「ほほぉ」
 
(この老人達の情報網も凄すぎる)
 
「今回はヌードが舞音のものではないことを素早く立証し、犯人が捕まったら捕まったで、すぐにファンが暴走しないように手を打った」
と東堂。
 
「世間じゃコスモスはただのお飾りとか、鈴木さんの操り人形と思ってる連中も多いけど、本当は恐らく今の業界で最高に敏腕かつ経営センスのある経営者だよ」
と兼岩。
 
「あの子が社長になってから会社の経営規模は300倍くらいになってるからなあ」
 
「たまたまアクアが当たっただけと思ってる連中もいるけど、コスモス以外の人にはアクアをあそこまで人気アイドルには育てられなかったよ。あの子の性別問題についても、絶妙な手綱裁きなんだ」
「並みの経営者なら、無理矢理普通の男性タレントの枠に填めようとするか、あるいは色物かお笑い要員だったろうな」
 
「コスモスちゃんが60歳くらいになったら、∞∞プロの次期社長に指名しようかな」
と鈴木。
 
「あんた、それまで頑張るつもりなんだ?」
「まあ、僕はあと30年は社長の座に居座るつもりだから」
「憎まれっ子、世に憚るだな」
 
「だけど、あの犯人、実はコスモスちゃんの“影の軍団”が突き止めたんでしょ?」
「うん。僕もそう思った。それで心理的に追い込んで自首させた。あの子はCIA並みの諜報部隊を持ってるみたい」
「そうそう。だからコスモスちゃんを本当に怒らせたら恐いよ」
「うん。僕らだって地位を追われかねない。絶対に敵に回せない子だよ」
 

千里は丸山アイに電話して御礼を言った。
 
「舞音ちゃんの件、ありがとね。あの犯人を捜すなんてのは他にできる人いなかったよ」
 
「まあ頭の体操だよ。写真の波動を感じ取った後で、いったん静止軌道上に浮遊して、心静かに耳を澄まし、同じ波動のある場所を探し出す。凄く深い超感覚が必要だけど、時々こういうのやっとかないと錆び付くしね。青葉ちゃんにもできると思うけど」
 
「そうかな」
 
「あの子、何の手がかりもない交通事故の加害者を見つけ出したことがある。今回のより難しかったと思う。まあ青葉ちゃんは今オリンピックで忙しいだろうしね。青葉ちゃん以外でも、千里ちゃんにもできる気がするけど」
 
「私みたいに霊感のかけらもない人には不可能だよ」
「いい加減その嘘やめなよ。アクアがボクは男の子ですと言うくらいに誰も信用しないから」
 

舞音のヌード騒動が完全に解決した直後の7月14日、アクアの写真集 "Aqua im Mirror Labyrinth"(鏡迷宮のアクア)が発売された。
 
アクアの写真集ということで、物凄い数の予約が入っていたし「アクアがとうとうセミヌード公開か?」という噂まで流れていたこともあり、書店でもコンビニでも飛ぶように売れた。
 
“セミヌード”については、みんな大笑いした。
 
「まあ確かにこれもセミヌードかも知れない」
 
また写真集の帯にはこういうコメントが入っていた。
 
「アクア本人の主張によれば、アクアは女の子ではなく男の子だそうです」
 
実はアクアが桜井さんを納得させた後、桜井さんとコスモスとで、腹を割って再度話し合い、上記のようなメッセージが決められたのである。
 
桜井さんは言った。
 
「コスモスちゃんさあ、確かにアクアが男の子であるのに、消費者が女の子の写真集だと思い込んで買ったら、景品不当表示かも知れない。でもさ、アクアが実は女の子であるのに、男の子と誤認させる表示をつけたら、それも不当表示になっちゃうよ」
 
「うーん・・・」
 
それで最終的には川崎ゆりこの提案で↑のようなメッセージになったのである。
 
これを見たアクアMは咳き込んだが、アクアFは大笑いしていた。
 
一般の人の意見↓
 
「アクアもしつこいね。いいかげん女であることを認めればいいのに」
「国民全員がアクアは女だって知ってるのに」
 

一部のネットワーカーが、写真集の最後についている“男性セミヌード”と、写真集の3割ほどを占めている女性水着写真との“ボディパーツ比率”の検査をした。女性セミヌードのようなものは無い(人魚姫のコスプレはセミヌードに近いが下半身が写っていない)ので、比較が難しかったものの、この検査をしてみた人は全員
 
「この最後の男性セミヌードを曝している人物と、水着写真に写っている人物は同一人物としか考えられない」
 
という結論を出した。
 
「双子でもここまでピタリと同じにはならないはずなんだよね」
「特に男女の双子は遺伝子的には普通の兄妹だし、ホルモンの影響もあるからどんなに似てても絶対に差違が出る」
「鈴鹿美里とかほんとによく似てるけど数字比較すると結構違う」
 
「一卵性双生児で小学生頃に片方性転換したとかは?」
「その場合はホルモン状態が変わるから体型も変わる」
「女性ホルモンを補っていたら?」
「だったら胸が膨らむ」
「あっそうか。意味無いや」
 
「だから男性体か女性体のどちらかがフェイクということになる」
 
「ボディラインは明らかに女のボディラインだよね」
「ということはやはり男性体が偽装なんだろうなあ」
「どうやってこのサイズのバストを隠しているのかは分からないけど」
 
なお最後のページの“セミヌード写真”について、股間を隠しているのが“猫”の絵であることにツッコミが入っていた。
 
「つまり Pussy だよね」
「要するにここには Pussy が存在しますという意味だったりして」
「なるほどー」
「やはり性別カムアウトだ」
 
アクアの誕生日まであと37日。
 

アクアの写真集発売に合わせて、小浜のミューズ・ヒルに写真集の撮影に使用した鏡迷宮、そして地元の要望から作られたツイン・プール(マウンテンプール・ビレッジプール)がオープンした。
 
ただしコロナ流行下、どちらも事前予約が必要な定員制である。またプールは地元の人しか利用できない。これは都会からここに人が押し寄せて感染拡大が起きるのを防ぐためである。
 
また鏡迷宮本体のオープンと同時に、アバターが迷宮内を自由に走り回る“半リアル”ゲーム(鏡迷宮バーチャル入場)もオープンした。
 
普通のオンラインゲームだと、無制限で何人でもログインできるのだが、このゲームは、プレイヤーの操作に合わせて、自動でCMOSカメラ付きの小型ロボットが迷宮内を走り回るので、同時にログインできる人は300人に限定されている。
 
制限時間内に童話のジオラマやお城などでもらえるポイントを集めて、高得点を得た人にはリアルの記念品(アクアのノベルティグッズや若狭の海産物など)が送られてくる。
 
むろん迷路の構造は毎日変更されるので、攻略本の“地図”などを頼りに迷路を歩き回るようなことはできない。実際攻略本もジオラマやお城の内部の写真などを紹介したものしか出なかった。
 

CMOSカメラ付きのロボットは迷宮内の天井に張ってあるレールに沿って走り回る。他のロボットと遭遇した場合は、ジャンケンで負けた方がいったん脇道に退避してジャンケンに勝った方を先に行かせる。
 
ロボットは天井のレールを走り回るので、カメラで捉えた映像は天井から見たものであるが、画像処理(Photoshopの“レンズ補正”相当)で、迷路内を人間の背の高さで歩いている時に見える映像に補正される。結果的にリアル入場者の身体を通り抜けてしまう場合もある。
 
このゲームは一度に300人しか入れないということから、予約が必要となり、そのなかなか順番が回ってこないことが、また人気を呼んだ。
 
何よりも、リアルでは入域禁止になっている、塔の螺旋階段と糸車の部屋、またそもそも人間は物理的に通れない地下換気パイプ内(“ドラキュラ”や“おむすびころりん”の隠しジオラマがある)にもアバターでなら行けるのが人気だった。
 
なおオープン記念と納涼を兼ねて、迷宮内には7-8月は“幽霊”が出没するというのも、子供や若いリアル入場者・バーチャル入場者に受けたようであった。
 
 
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【春転】(7)