【春転】(5)
1 2 3 4 5 6 7 8
(C) Eriko Kawaguchi 2021-07-21
数紀はその日、放送局から別の放送局へ歩いて移動していたのだが、前方に短いピンクのスカートを穿き、胸にelisというロゴが入った服を着、サンバイザーをかぶったお姉さんが道行く人に何か配っていた。数紀はティッシュかな?と思ってそれを受け取り、制服ズボンのポケットに入れた。
2021年5/30-6/6.
舞音は6枚目のシングルの制作をおこなった。
今回のシングルに収録する曲は下記である。全て何かのCM曲である。
『マネキューレの騎行』(ホンダスクーター&バイク)
『マネがビーナスのマネをした』(エアコン)
『招かざるKA』(液体蚊取り)
『マネキューレの騎行』は羽鳥セシルとの共演である。
PVでは、まずホンダの巨大バイク“ゴールドウイング・ワルキューレ”(Gold Wing Valkyrie) に舞音が跨がっている所から始まる。むろんワルキューレは停車しているし、エンジンも掛かっていない。
そこに格好良いバイクスーツのお姉さん(花ちゃん)がやってきて
「まだ君には早い」
と言って、降ろさせ、自分がワルキューレに跨がって走り去る。
「格好いい!」
と見とれた所で、セシルが
「私たちも行こう」
と言って、セシルはCBR250RR, 舞音は招き猫マーク入りのタクト・マネーに乗って、花ちゃんの走り去った方向に走っていくというストーリーになっている。
「250ccも楽しいよ」
「スクーターも楽しいよ」
「ワルキューレに乗りたかったら、舞音ちゃんもまずは二輪免許取りなよ」
とセシルが言った所で終了する。
「こういう会話交わしたら、私、絶対二輪免許取らないといけないですね」
「うん。頑張ろう」
このPV(CF)の撮影は5月31日(月)午後に国道292号・渋峠近くの“日本国道最高地点”の碑の近くで行っており、その碑が放送されたビデオにも映り込んでいる。
最初、篠原倉光(169cm)がセシル(171cm)役、水森ビーナ(157cm)が舞音(158cm)役、海浜ひまわりが花ちゃん役をして、リハーサルを兼ねた構図決めなどが行われた。ビーナは5月20日に原付免許を取ったばかりで路上は初体験だったが
「1ヶ月前の舞音ちゃんみたいだ」
と言われながらも何とか走行した。
遙か下方に草津温泉などが見えるショットなども入っており、なんか凄い所で撮影してるなというのが見ている人にも感じられるPV(CF)に仕上がった。
楽曲は未来居住作詞・松本花子作曲だが、琴沢幸穂さんのアレンジが入っており、冒頭にワーグナー(1813-1883)作曲『ワルキューレの騎行』のモチーフが取り込まれている。
なお、このCMが実際に放送されるようになってから
「舞音ちゃんはスクーターを卒業するのですか?」
という問い合わせが殺到するが
「それは8月頃に放送予定の続編をご覧下さい」
とメーカーでも事務所でも回答したので
「どうやら卒業する訳ではないようだ」
と安堵の声が広がった。
「試験に落ちて二輪免許を取れなかったというオチとか?」
「もしかして二輪とスクーターに同時に乗るとか?」
「アクロバット走行か?」
『招かざるKA』は液体蚊取りのCMなので、浴衣姿の舞音と甲斐姉妹が、古風な縁側のある家で、花火を見ながら、うちわで涼を取っている図が使用されている。このPV制作は6月1日(火)夕方、2時間ほどで撮影されているが、本当に花火を打ち上げている。縁側のある家はわざわざこのために建てたセットである。舞音のCMは予算が潤沢なものが増えてきている。
作詞は名寄多恵、作曲は松本花子で、編曲はケイである。実は千里が五輪前で時間が取れないことから代わってくれた。伴奏は三味線・和太鼓にフルート2本という和洋折衷になっている。舞音が三味線を弾けることからこういうアレンジをした。実際に三味線を舞音が弾き、和太鼓は木下宏紀、2本のフルートは甲斐姉妹である。2人とも総銀フルートを使用している。
(甲斐波津子はお正月に妹に総銀フルートを買ってあげたのだが、その後、逆に絵代子が姉に総銀フルートをプレゼントして2人とも総銀フルートの吹き手になった)
『マネがビーナスのマネをした』は松芝電機さんの新型エアコン“ビーナス”のイメージCMである。実は最初アクアにオファーがあったのだが、アクアが断った!ので舞音に回ってきた。
アクアは断ったお詫びにと言って“東風”(とんぷう(*11))名義で歌詞を書いてくれたので、それに松本花子に曲を付けさせ、琴沢幸穂が編曲している。
(*11)十二支で辰(龍)も寅(虎)も東の方位であることから付けたペンネーム。しかし西風が登場している絵でナイスの名前になった。
これは『マネがマネのマネをした』と同様の路線で、ボッティチェッリ(1445-1510)の名作『ビーナスの誕生』(La Nascita di Venere)のコスプレをしている。
この貝殻の上に立つビーナスをアクアに演じて欲しいと言ったので、アクアがさすがに断ったのである。舞音はこのCMの話を聞いた時
「あの〜。ヌードにならないといけませんか?」
と恐る恐る訊いたが
「まさか。高校生をヌードにしたら私が逮捕されるし、だいたいヌードじゃ放送できない」
とコスモスが言うので応じた。実際には舞音は春をイメージさせるペールピンクのドレスを着て、ビーナスを演じている。
左側で浮遊してビーナスに風を送っているゼビュロス(西風の神)と妻・クロリスを水谷姉妹が演じる。そして右側で花柄のドレスを着てビーナスにお花を振り掛けているホーラ(季節の女神)の1人で春の女神フローラ(*12)を水森ビーナ(柴田数紀)が演じることになった。
後にこのビデオは出演者が豪華すぎると言われることになる。
「本当はビーナちゃんがビーナスを演じればいいのかも知れないけど」
と舞音は言ったが
「男がビーナスの役をしたら石投げられます」
と数紀は言った。
「ああ、男の子という建前だったね。本当は声変わりしないように小5で去勢した後、『君可愛いから女の子になっちゃいなよ』と唆されて中2の夏休みに北大病院で性転換手術も受けたんでしょ?(姫路スピカからの情報)」
と舞音。
「そんなの初耳です!」
と数紀は言った。また、飛鳥姉(松梨詩恩)が変な噂を広めてるなと数紀は思う。でも北大病院って?中2の夏休み?確かに『声変わりしないように去勢しようよ』とか『男になるのもったいない』とか『可愛いから女の子になっちゃいなよ』とか、随分言われたけど。
「セーラー服着た写真も見たし」
「それお芝居の衣装ですよぉ」
「でもビーナちゃんの手を握ると、これ女の子の手の感触だよ」
と言って、舞音が数紀の手を握ると、水谷姉妹も彼の手を握る。
「ほんとだ。これは女の子の手だ」
「これで少なくとも去勢済みであることは間違い無い」
「去勢とかしてないのに」
「アクアみたいに無意味な反論してる」
ということで、去勢してないというのは全く信じてもらえないまま、数紀は花柄のドレスを着て、フローラを演じる。
撮影は6月1日(火)に行われた。舞音のスケジュールが逼迫しているため、午前中、木下宏紀がビーナス役をして(さすがの彼も恥ずかしがっていた)、構図決めなどが行われ、午後から舞音本人が来て本番撮影が行われた(宏紀は液体蚊取りのリハに行き舞音の代役)。それで舞音はもちろん、数紀も水谷姉妹も今日は学校を休んでいる。
水谷姉妹は各々の衣装を着け(水谷姉は付けひげなどして男装している)抱き合ったまま、ピアノ線を付けて吊される。大変そう〜!と数紀は思った。
CM(PV)では、最初貝殻の上にビーナスが立っているだけの所にゼビュロスと妻が左から来て息を吹きかけ始める。島影が右から左へ動いていくことで貝殻に乗るビーナスが移動しているように見える。やがて右側からフローラの待つ岸辺が現れ、ビーナスが岸に到達した所で停止する。
実際の撮影ではビーナスは全く動いておらず、ピアノ線で吊されたゼビュロスたちが左側から近づいて来て、後半ではフローラが待つ岸辺のセットが右側から移動してきて停止する。大掛かりな仕組みになっている。
この撮影は空中に吊されている水谷姉妹の負荷が大きいので、休憩を取りながら撮影は進んだ。
舞音が乗る貝殻は直径が1.2mほどある。本体はセメントを固めて作ったものだが、貝の表面に似た光沢が出るよう多層に塗装し、外側には本物の貝の外殻が埋め込まれているので、見た目は巨大なホタテ貝に見える。
小さな池が作られており、ちゃんと波も立つようになっていて、背景のスクリーンに海や空の景色を投影したものと自然に繋がる。右側の島には10本のオレンジの木が立っている。そしてこの島自体が動く。今回のセットも物凄いお金が掛かっているな、と舞音は思った。
アクアが東風の名前で書いた詩にはサビ部分にこのようなフレーズが入っている。
「ゼビュロス(西風)の優しい息に吹かれ、
柔らかい泡に乗り、波の音の響く海を運ばれて行く。
金色の光に包まれたホーラ(季節の女神)が
ビーナスを迎え入れ、花の衣服を与えた」
これはボッティチェッリと同時代の詩人デメトリオス・ハルココンディレス(1423-1511)が書いた詩(*12)を取り込んだものである。おそらくこの絵を見て書いた詩だと思われるが、まさにこの絵の情景を説明している。
実は舞音がこのシーン撮影中に着ている服は無地なのだが、CGでフローラが振り掛けたお花が服の模様として定着していくように加工している。それで後になるほど服の花柄は増えて行く。
花はバラ、スイートピー、アネモネの3バージョンがあるが、映像は使い回しせず3回撮影している。水谷姉妹は本当にご苦労様である。
(*12)ゼビュロスの妻クロリスと春の女神フローラは実は同じ神の別名なので左の女神をフローラと記述している文献もある。
この詩の原文英訳↓
Blown by the moist breath of Zephyros, she was carried over the waves of the resounding sea on soft foam. The gold-filleted Horae happily welcomed her and clothed her with heavenly raiment.
(直訳)
ゼビュロスの湿度のある息に吹かれ、彼女は柔らかい泡に乗り、波の音の響く海を運ばれて行った。金に包まれたホーラが彼女を嬉しく歓迎し、天の衣服を着せた。
北条司は「キャッツアイ」の中でこのように記している(キャッツアイ17巻)。恐らくは同系統の文からの引用と思われるが原典は不明。
“西風(ゼビュロス)と季節の女神たち(ホーライ)に運ばれ、天空神ウラノスから生まれしアフロディーテは泡より出し女神となる”
北条版では、ホーライは迎えたのではなくゼビュロスと一緒に運んだ側になっているが、これは上述の事情による。
このシチュエーションの撮影の後は、エアコンの利いた室内で、4人がその衣装のまま(ビーナスの服は本当に花柄になっている服を使用)で涼んでいるシーン(かき氷やジェラートにピザやパスタを食べたりしている)を撮影した。
「だけど昔から言われてるけど、この絵は『ビーナスの誕生』というタイトルではあるけど、実際のビーナスの誕生シーンじゃないよね」
と撮影に付き合っていたコスモス社長が言う。
「誕生の場面じゃ無いんですか?」
「誕生直後の場面だよね」
とメーカーの担当さんも言う。
「これはビーナスが誕生した後、西風たちに吹かれてキプロスの岸辺に辿り着く様子なんだよね」
とコスモス。
「じゃビーナスはどうやって生まれたんですか?」
と水谷妹が訊く。
「私知ってる。でも社長にお任せ」
と舞音が言う。
「どうも知ってるのは舞音ちゃんだけみたいね」
とコスモス。メーカーの人はなんか居づらくなったような顔をして離れてしまった。10代の女の子たちの前で話す話ではないので、取り敢えず席を外したのだろう。
「大地母神ガイアは最初ウラノスと結婚したんだけど、彼が横暴なので、息子のクロノスを唆して、ウラノスが昼寝をしている時に、ウラノスのちんちんを切り落とさせた」
「え〜〜!?」
話はいきなり核心に入った!
「それでちんちんを失ったウラノスは能力を失い、クロノスが新しい王になる。そして切り落とされたウラノスのちんちんは海に落ちて、泡が立つ。その泡の中から生まれたのがビーナス」
「なんかテレビでは放送できない話ですね」
「ちんちんがビーナスになった訳じゃないんですね」
「そうそう。ちんちんが落ちた時にできた泡からビーナスは生まれた。つまりウラノスと海との娘ということだと思う」
「ああ、そういうことか」
「ウラノスの最後の娘だね」
「確実に最後ですね」
数紀が何か不安そうな顔をしている。コスモスは言った。
「ビーナちゃんはもうちんちん切っちゃったんだし、更に切られることはないから心配しなくていいよ」
「ちんちん切ってません」
「うん。そういうことにしとこうね」
数紀は夕方帰寮すると、セレンとクロム(この2人はいつもセーラー服姿でフロントかキュアルームに居る)に相談した。
「こないだ学校でも言われて、今日は常滑舞音ちゃんや水谷姉妹にも言われたんだけど、ボクって手を握った感じが女の子の感触かなあ」
「どれどれ」
と改めて、セレンとクロムが数紀の手に触る。
「確かにこれは男の手ではない」
「そうなの?」
「女の子でもこの程度の感触の子はいると思う」
「これは男の娘の手だよね〜」
「ボクたちにしか区別はつかないかも」
「数紀ちゃん、たぶん中学に入った頃から女性ホルモンしてたでしょ?」
「これは第二次性徴が不完全だった人の手だと思う」
「数紀ちゃんの声が女の子の声に聞こえる原因かも」
「別に女性ホルモンとか飲んでないけどなあ」
「あるいは中学になってから去勢したとか」
「如月ちゃんが数紀ちゃんの手に近いよね」
「そうそう。如月ちゃんは中学3年になってから去勢したらしい」
「数紀ちゃんの場合はもっと早く男性化が停止した感じだから、たぶん中学1年くらいで物理的または化学的に去勢したとみた」
「手術受けてないのなら、何かの原因でそのくらいの時点で睾丸が機能停止したんだろうね。たとえば、おたふく風邪で高熱が続いたとか」
「おたふく風邪にかかった覚えはないけど、ボク身体が弱かったから、小学生の頃は頻繁に高熱出して学校休んでた。姉貴の代役で東京に頻繁に出てくるようになってからは、めったにそういうの無くなったけど」
「体質が変わったんだろうね」
「環境変化で体質が変わることはよくある」
「多分その時、睾丸も機能停止したんだよ」
「男性化を進めたければ男性ホルモンを補充する手はあるけど」
「その場合、声変わりが進行するけどね」
「それは嫌だなあ」
セレンとクロムが視線で頷き合う。
「だったら女性ホルモンを飲むべきだと思う」
とセレンは言った。
「え〜〜〜!?」
「だってホルモンニュートラルは身体に悪いもんね」
「だから僅かに女性ホルモン優位にしておくんだよ」
「今度やり方、教えるよ」
「そうだ。それよりも数紀ちゃんが帰る少し前に松梨詩恩(数紀の姉)ちゃんが来たんだよ」
「あ、そうなんだ?」
「明日の放課後、詩恩ちゃんのボディダブルの仕事があるんだって?」
「うん。夕方からドラマ撮影があって、そのリハーサル要員兼任で」
「詩恩ちゃんも無茶苦茶忙しいみたいだもんね」
「それでさ、女子大生の役だから、女の子体型になってて欲しいから数紀ちゃんに性転換手術を受けさせるか、胸とお股を女体偽装させてあげてと頼まれたんだよ」
「性転換手術〜?」
「仮予約だけしてるらしい。手術受けないならキャンセルするから連絡してって」
「女体偽装でお願いします」
「じゃキャンセルの連絡するね」
と言って、セレンがメールを送っていた。
本当に性転換手術の予約してたのか??
「じゃ女体偽装してあげるよ」
それで2人は、バストに(詩恩が持参した)ブレストフォームを貼り付け、お股はタックしてあげた。数紀はタックしてもらうと、本当に女の子になっちゃったみたいなので「きゃー」と思った。もし性転換手術されちゃったらこんな感じなのかなと思うとドキドキした。
「じゃこれで明日のお仕事頑張ってね」
「うん。ありがとう」
翌日(6月2日)。
数紀は朝からSCCの運転手さんに送ってもらい病院に行った。
実は、数紀は途中転校で4月にレントゲン検査や内科検診などを受けてないので、今月は毎月の学校での身体測定に代えて、病院で健康診断を受けて来てと言われたのである。
5/31午前中に学校から渡されていた書類を病院の受付で出すと受診票を渡され、指定された番号順に進んでくださいと言われた。
最初にトイレ(男子トイレの個室)でおしっこを紙コップに取る。おしっこの出てくる場所がよく分からず最初キャッチに失敗したが、何とか取ることができた。それを検査室の棚に提出する。その検査室で身長・体重のほか、脈拍・酸素量に血圧を測られた。
レントゲン室に行く。
「ブラジャーにワイヤーは入ってますか?」
「いいえ」
「じゃブラウスだけ脱いで機械に抱きつくようにしてください」
それで数紀はブラウスだけ脱いで、シャツだけで撮影された。
耳鼻科に行って聴力検査を受け、眼科に行って視力検査を受けた。
最後に内科検診に行く。
「聴診しますので、ブラウスは脱いでください。ブラジャーはそのままでいいです」
と言われるので数紀はブラウスを脱いだ。
「あ、アンダーシャツを着てるんだ?ごめんなさい。それも脱いで」
「はい」
と言って、アンダーシャツを脱ぐ。
医師は数紀のブラジャーの上から聴診器を当てていた。最近では女性のクライアントはブラジャーの上から聴診するという病院が増えている。
「後ろ向いて」
それで背中にも聴診器を当てられた。
「特に問題ないですね。あとは受付で診断書もらって帰って下さい」
「ありがとうございました」
と言って数紀はアンダーシャツ、ブラウスを着て退出した。
そして健康診断書を受け取り、SCCのドライバーさんを呼んで学校に戻った。
実はこの日数紀は朝になって健康診断を受けないといけないのにブレストフォームを貼りつけていることに気付いたものの、夕方の撮影まで外す訳にはいかない。
それでまあいいかと思い、ブラジャーも着け(着けないと胸が揺れて歩きにくい)、ブラ線隠しにアンダーシャツを着、ワイシャツだと胸が入らないので仕方なく(?)ブラウスを着て、病院に行った。しかしそもそも数紀の書類が性別:女になっているので、病院でも普通に女子と思われて健康診断は行われた。ということで、特に何のトラブルも無く、女子としての健康診断書が発行された!
学校に着いたのはもうすぐお昼休みが始まる時間だった。生徒玄関の所で3年の篠原君と遭遇する。
「お早う。今来たの?午前中仕事?」
「お早うございます。健康診断受けてきたんですよ。ボク4月にレントゲンとか受けてなかったから」
「ああ、なるほど」
と言ってから、篠原君は数紀が脱いだ靴に気付く。
「その靴の内側、すっごい可愛い」
「友だちからも言われたけど、可愛すぎて恥ずかしい」
「女の子は可愛いの履いていいと思うよ」
「ボク男の子ですよー」
「そうだっけ?」
と言いながら篠原君は数紀の胸を見ていた。
健康診断書を保健室の先生に提出し、教室に戻る。
昨日はCM撮影のため丸一日休んでいたので、この日が、衣替え後の初登校になったのだが
「かずちゃん、どうして下はズボンなのよ?」
「せっかくブラウス着てるのにリボンじゃなくてネクタイ締めてるし」
と女子たちから言われた!
お弁当を食べていたら、コーラス部員の毬恵が来て言った。
「ね、ね、かずちゃん、金曜日のお昼休みは学校に居る?」
「うん。今の所予定は無いけど」
「よかったぁ」
と毬恵が言っている。どうも悪かったようだ。
「だったらさ、コーラス部の大会のビデオ予選があるのに協力してくれない?」
「ごめーん。ボクは芸能事務所と契約してるからアマチュアの大会には出られないんだよ」
「うん。知ってる。歌唱には参加できないんでしょ。でも実はビアノ伴奏をして欲しいのよ。伴奏者や指揮者はプロでも問題ないはず」
「ピアノ伴奏?」
「実はうちのピアニストが突き指しちゃって」
「ありゃ」
「2〜3日は安静にしたほうがいいと言われて。それで明後日のビデオ予選に誰か代わりに弾ける人いないかなと思ったんだけど、こないだかずちゃん、音楽の授業始まる前に『小犬のワルツ』弾いてたじゃん」
「ボクはあの程度だから」
「とんでもない。『小犬のワルツ』なんて凄い難曲じゃん。あんなの弾ける人ならきっとうちのコーラス部の伴奏もできるよ」
なんかそれ凄く難しい曲なのではと数紀は思った。
「取り敢えず譜面見せてよ」
「じゃちょっと音楽室に来て」
それで数紀はお弁当を食べ終えてから音楽室に向かう。その時、数紀のズボンから何か落ちた。
「かずちゃん落ちたよ」
と言って近くにいた公佳が拾ってあげた。
「ありがとう」
と言って数紀はそれを受け取り、再びズボンのポケットに入れた。
数紀たちが教室を出て行くのを公佳がじっと見ているので、充恵が尋ねる。
「きみちゃん、どうかしたの?」
「ナプキンだった」
「は?」
「かずちゃんが落としたの、ナプキンの小袋だった」
「嘘!?」
「じゃ、かずちゃん、生理があるの?」
「かずちゃんなら生理があっても不思議では無い気がする」
と芙実が言った。
それで「数紀には生理があるようだ」という情報がこのクラスの女子全員にその日の内に伝搬していた!
音楽室に来て譜面を見た数紀は声を挙げた。
「何これ〜〜!?」
物凄い変拍子の曲である。更に五連符、七連符、九連符、などという恐ろしい音符があるし、右手と左手が別のリズムを刻んでいる所まである。
「こんなの絶対無理」
「他に弾けそうな人がいないのよ。ちょっと弾いてみてくれない?」
「うーん・・・」
数紀は少し悩んだものの、取り敢えず譜面を一通り読んでから、弾き始める。
「すごーい!」
という歓声、そして沢山の拍手が響く。
「20ヶ所以上間違った」
と数紀は言う。
「初見でその程度のミスで弾けるのは凄いよ。普通は途中でギブアップする。顧問の先生でさえ弾けなかったんだから」
しまった、途中で諦めれば良かったと数紀は思った。絶対にパフォーマンスを中断しない。下手なら下手なりに最後までやる、という芸人魂で間違いながらも最後まで弾いてしまった。
「2日しか無いし、とても正しく弾けるようにはならないと思うけど」
「いや、たぶん柴田さん以上に弾ける人はいないと思う。お願いできない?」
と部長さんも言う。
「じゃ弾きますけど、結構間違うと思いますよ」
「多少の間違いは何とかなるよ」
それで数紀はこのコーラス部のビデオ予選のピアニストを引き受けたのである。
教室に戻りながら毬恵が言った。
「ところで、うちの部は女声合唱だからさ」
「うん?」
「当日は女子制服でビアノ弾いてくれると助かるんだけど」
「そのくらいはいいよ」
「ありがとう!」
この日の放課後は放送局に行き、詩恩姉のスタンドイン・ボディダブルを務めた。結構バストを強調する衣装などもあり、バスト偽装してて良かったと思ったが、別にタックまでする必要は無かった気もした。
楽屋では、顔馴染みの女優さんたちに
「ああ、詩恩ちゃんの妹さん、東京に出て来たんだ?」
と言われて可愛がってもらえた。
翌日3日も放課後に詩恩姉の別の仕事の吹き替え役を演じた(女体偽装はそのまま)。
6月4日(金)、数紀は一応通学は普通に?ブラウス・ズボン・ネクタイという格好で登校したものの、お昼休み、音楽準備室を借りて、スカートに穿き換え、ネクタイもリボンに交換した。それで音楽室に入る。
数紀の女子制服姿初披露である。
「普通に女子高生に見える」
「来週からそれで登校しなよ」
「そういう訳にはいかないよぉ」
「だって女子制服で通学していいという許可もらったんでしょ?」
なんでそんなの知ってるんだ?
やがて合唱連盟の人が来てビデオ機器をセットする。
最初は課題曲の歌唱があるが、これは2年生のサブピアニスト・寛佳ちゃんが伴奏を弾いた。女声三部合唱である。数紀は歌唱者ではないが、ソプラノパートを心の中で歌っていた。
先日から何度かミドルボイスのトレーニングに通ったので、この領域はミドルボイスでちゃんと出るなあと数紀は思っていた。
課題曲が終わる。ピアノを弾いていた寛佳ちゃんもソプラノの列に加わる。女子制服を着た数紀がピアノの前に座る。指揮をする顧問の先生とのアイコンタクトで前奏を弾き始める。やがて歌が始まる。ピアノ伴奏も大変な曲だが、歌うのも大変だと思いながら数紀は弾いていた。昨日・一昨日と50-60回練習しているが、まだ1度もノーミスでは弾けていない。そのことは毬恵や、部長さん・顧問の先生にも伝え、了承済みである。
難しい演奏が続くが数紀は集中して弾いて行く。最大難所の九連符を波乗りするかのように弾くと最後は全てが解決したかのような、美しい調和のある音になる。そして美しく終止。
「では審査結果は後日お報せします」
と言って連盟の人たちは帰って行った。
「ごめんなさい。何ヶ所か強弱間違った」
「いや、音自体はノーミスだった」
「かずちゃん凄いよ。また頼みたいくらい」
「ごめーん。あまり練習に参加できないと思うし」
「でも今日は本当に助かったよ。ありがとう」
「あ、5時間目が始まる」
それで部員たちは急いで各教室に戻った。数紀も毬恵ちゃんたち数人のコーラス部員と一緒に教室に戻る。ちょうど5時間目の授業の先生が入って来たところで数紀たちは急いで席に着き、出欠の点呼に応じた。
6時間目の授業が終わり、お仕事に行く。今日は青山のスタジオに行き、恋珠ルビーちゃんの歌のコーラスを入れた。水谷姉妹と3人でのコーラスだった。お仕事は夕方18時すぎには終わった。
「お疲れ様でした」
と言って、各々SCCのドライバーさんに、男子寮・女子寮まで送ってもらう。
その別れ際に水谷雪花が言った。
「かずちゃん、女子制服で通学するようにしたの?」
「え?」
それで数紀は、自分が女子制服を着たままであったことに気付いた。
「しまったぁ!」
つまり自分は今日は5〜6時間目の授業も女子制服のまま受けたことになる!
2021年6月5日(土).
ΛΛテレビで2時間ドラマ『シンデレラ』が放送された。
この“昔話シリーズ”は3月に放送された『火の鳥』は3時間ドラマで放送されたのだが、シリーズ化するにあたり、2時間ドラマに変更された。これは映画と同じ扱いにして、通常のロードショー枠でも再放送できるようにするとともに、DVDを発売する場合もDVD-DL(DVD-9/片面二層)のメティアを使わずに単層のDVDメディア(DVD-5)で済むことなどもある。
※DVDの規格(12cm)
片面1層 4.7 GB (133分)
片面2層 8.54GB (240分)
両面1層 9.4 GB (266分)
両面2層17.08GB (480分)
両面のDVD(DVD-10,DVD-18)は片面の再生が終わったら、アナログレコードと同様に裏返す必要がある。ユーザーの手間は2枚組DVDと同じなので、この長さが必要な場合は2枚組で発売されることが多い。また両面DVDがほとんど出回っていないため、再生側も市販品では自動的に裏返す(オートリバース?)プレイヤーは存在しない。
今回の『シンデレラ』は、子供でも楽しめるよう意識した構成でゴールデンタイムに放送されたこともあり、アクアファンのみならず、普通のファミリー層や、自分は男だと主張しているアクアがどうシンデレラを演じるか興味を持った人たちなど多くの人が見た。その結果、視聴率40.2%という恐ろしい数字を出した。これで(実は“ある理由で”首寸前だった)鳥山プロデューサーの首がつながるとともに、この“昔話シリーズ”が取り敢えず年内くらいは継続されることが正式に決定した。
今回の『シンデレラ』の中には
『建前は男だろうけど、中身は女じゃん。ちゃんと女物の服を着れば女に見えるよ』
『ごめんね。私本当は女の子だったの』
など、まるでアクア自身が性別をカムアウトするかのようなセリフがあり、ネットでは
「とうとうアクアが女であることを認めた!」
などといって、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
それとともに一部で流れていた“アクアは20才の誕生日8月20日に自分の性別について公表するらしい”という噂が多くの人に認識されることになる。
6月5日(土).
川崎市内のオープンセットで『魅惑の美少女シンデレラ・シンドルバッド』の撮影が始まった。『シンデレラ』からのスピンオフ作品である。撮影はこの日から8月上旬まで、放送は7〜9月の月曜で、12回の予定だが、オリンピックの影響で回数が減らされる可能性もある。
主人公のシンデレラ=シンドルバッドには、新人の恋珠ルビー(中3)、ルビーの参謀で、6頭立て馬車ならぬ直列6気筒エンジン(その駆動映像が流れる)のベンツ S450 でシンデレラを“パーティー会場”まで運ぶヨンドルには松田理史(23), 古参の船員ハンドルにアクア主演のシンデレラでもその役を演じた佐々木恒美(38).ほか船員には高校生から大学生世代の男性俳優を配している。
シンドル(シンデレラ)の姉は岡原襟花(21)が演じるが、これはいじわるな姉ではなく、アクア版シンデレラと同様“弟”シンドルを頼りにしている優しい姉である。
(以上で年齢は2021年度にその年齢になるという意味)
このドラマにはルビーの“小間使いの娘”役で、水森ビーナ(柴田数紀)も出演しており、彼(彼女?)の初レギュラードラマとなった。実はシンドルが女装してシンデレラに変身している間、シンドルの代役を務める役が必要だったので
「あまりギャラは出せないですけど、そこそこ上手くて“男装できる女優”が居ませんか?」と言われ、コスモスが(詩恩の代役として)演技経験が豊かなビーナを推薦したのである。
(ビーナは松梨詩恩によく似ているので、てっきり詩恩がカメオ出演していると思った視聴者もあったもよう)
ヨンドル役に松田理史が選ばれたのは、ドラマ成立のため演技力のある若手俳優が求められた(それで鳥山プロデューサーが推薦した前田智士は却下された→前田智士は宝島に出ることになる)こと、監督をすることになった美高鏡子が理史とマクラの関係を知っていたので、ルビーとも岡原襟花とも恋愛可能性のない人物として推薦したためである。美高はテレビ局側には「彼には既に恋人がいるから」とだけ説明している。
このドラマの主題歌は恋珠ルビーが歌う『ガラスの靴は魔法の靴』、エンディングは岡原襟花が歌う『可愛い娘にご用心』で、前者は6/30, 後者は6/16に発売される。
同じ日に発売することを双方の事務所が嫌がったので、6/30は主演のルビーに譲り、岡原は半月も前になるが6/16を選択した。ちなみに6/23は常滑舞音、7/7はラピスラズリとぶつかるので、岡原の事務所社長は「前門の虎後門の狼」と悩み2週間前にすることにした。6/16は高崎ひろかとぶつかっていたが僅差で1位を取れた。
ビーナ(数紀)はゆりこ副社長から
「お芝居ではメイド服とかも着てもらうし、“ちゃんとおっぱいのある”状態にしといてね。もし豊胸手術するなら病院紹介するけど」
とも言われたが
「手術は勘弁して下さい」
と言って、ユカリ・恵夢に頼んで、バストと股間の偽装を再調整してもらった。いったん外して肌を休めるために一晩おき、土曜の朝再偽装している。
ユカリたちからは
「今日は女子制服で帰寮したね。とうとう女子制服で通学することにしたの?」
と訊かれた。
「コーラス部で女子制服でピアノ伴奏した後、男子制服に戻るのうっかり忘れてたんだよ」
「どうして伴奏するのに女子制服着るわけ?」
「女声合唱だからと言われた」
「女声合唱でも男子がピアノ伴奏するのは普通にある気がする」
「むしろ男子部員が少なくてパートとして成り立たない時に女声合唱で出て男子に伴奏や指揮を頼むことがよくある」
「あ、そうかも」
「きっと数紀ちゃんの女子制服姿を見たかったから、かついだんだよ」
「うーん・・・」
6月6日(日). アクアが出演する群像劇ドラマ『夏の飛び魚』の第1回が放送された。オリンピックを目指す水泳選手たちを描いたもので、アクアは“男子水泳選手”役で出演している。当然“平らな”胸を曝している。ドラマの中では
「君、乳首が大きいね」
「子供の頃の病気治療の影響で大きくなったまま戻らないんですよ」
という会話が入っていた。
アクアの乳首が大きいというのは昨年のドラマ『サーファーの夏』に出演した時も指摘されていたので、極めて少数の“アクア男子説”を信じる人たちは
「やはりアクアにはバストは無いこと、このドラマが吹き替えで撮影されたのではない証拠」と言った。
しかし多くの視聴者は
「アクアにおっぱいが無いわけがない」
「こちらの方こそフェイクなのでは」
といった見方をしていた。
2021年6月6日(日・大安・たいら)
海原重観(うなばらしげみ)と長野支香が婚姻届けを提出したことをマスコミ各社に送ったFAXで発表した。
2人の間には、実は小学2年生になる女の子・美奈代がおり、3人はこれまでも事実上家族として暮らしていたことを明かした。
2人の交際は、ワンティスのメンバーを含むごく親しい人だけが知っており、これまでマスコミに流れたことも無かったので驚かれた。
6月7日朝7時。
第2回ビデオガールコンテストの一次審査結果が、応募者全員にメールで一斉通知された。
今回の応募者は約15千人で、一次審査合格者は140人である。一次審査の通過率は107分の1ということになる。
6月7日(月)に発表された5/31-6/6の週間売上統計では、6/2に発売されたアクアの『綺羅星の如く』がトップであったが、『シンデレラ』の放送があったことから、舞音が歌う主題歌『ガラスのエンブレム』も35万枚売れて2位であった。『ガラスのエンブレム』はこれで累計60万枚のダブルプラチナとなり、舞音4枚目のダブルプラチナである。また『マイルドな夜明け』の累計売上は98万枚となり、ミリオン確実の情勢となった。
6月7日(月).
信濃町ガールズの上田雅水のホームページ上の性別が昨日まで男の表示だったのが女に変更された。姉の信希も4月4日に変更されていたので、2人は兄弟から姉妹になったことになる。
上田信希の性別変更の次は、木下宏紀ではと予想していたファンが多かったので、まだ中学生の雅水の性別変更には驚いた人も多かったようである。
「やはり性別を変えたい人は§§ミュージックに入るといいんだな」
「いや、かなりの実力がないと入れてくれない」
「うん。今の信濃町ガールズって、並みの事務所ならトップスターになれる実力の持ち主がごろごろ居る」
「でも性別の曖昧な子が多いね」
「あそこはアクアがいるから、曖昧な性別の子がたくさん応募してくるんだと思うよ」
「ふつうの事務所だと門前払いか色物扱いだもんねー」
「あそこはアクアもいるし、白鳥リズムもいるし、ラピスラズリの町田朱美もいるし、あれだけ性別が曖昧なタレントが多ければ、安心感があるよね」
「エーヨも元男の子」
「あれジョークじゃないの?」
「半陰陽だったらしいよ。男の子だと思ってたのに突然生理が始まったって」
「精密検査受けたら、君は女の子だよと言われたらしいね」
「それで去年の夏休みに、ちんちんみたいに見えていたクリトリスを短く切って、陰嚢の中央に切れ目を入れて割れ目ちゃんにして、尿道口も普通の女子の位置に移動する手術を東大で受けて、立派な女の子になったらしい。韮崎の中学の同級生の情報」
「ほぼ性転換手術という気がする」
「実際そうだと思う。赤ちゃんが産めるというのが普通のと違う点」
「立って小便しようとして、あそうか、ちんちん取っちゃったんだとか思うらしい」
「まあ無くなったものは仕方ない」
「常滑舞音の性別は怪しくないんだっけ?」
「ビデオ見てると16歳の女子として普通の成熟をしていると思う。だから普通の女子だと思う」
「ヌード見てみたいな」
「16歳ではヌードになれないし」
「ドル箱アイドルだから事務所が24-25歳までは許可しないでしょ」
6月7日(月)朝。
菱田ユカリ(三陸セレン)と須舞恵夢(山鹿クロム)が、不本意ながら学生服を着て、中学に登校する前、フロントでユキさんと話していたら、エレベータから“ブラウスを着てスカートを穿き、胸元にはリボンを結んだ”柴田数紀が出て来た。
「数紀ちゃん、その格好で通学するようになったんだ?」
「そういうわけじゃないんだけど、金曜日に女子制服に着替えた時、男子制服を学校に忘れてきたことにさっき気付いて。仕方ないからこれで登校して、学校で着替える」
と言う。
「じゃ私が学校まで送ってあげるよ」
「すみません」
それでユキさんが数紀をヴィッツに乗せて学校まで運んであげた。
それを見送ってユカリと恵夢は言い合った。
「もうあのまま通学すればいいと思うなあ」
「同感」
ユキに学校まで送ってもらった数紀は音楽準備室まで行き、金曜日に着替えた時うっかり置き忘れていた男子制服の紙袋を取り、教室に戻った。
「お早う」
と既に教室に来ていた芙実から声を掛けられる。
「あれ、今日から女子制服にしたの?」
と公佳が言う。
「違うんだよ」
と言って、数紀は金曜日に男子制服を学校に忘れていったことを説明した。
「でも女子制服着てる方がかずちゃんは自然な気がする」
「うん。男子制服姿は不自然だよね」
取り敢えず、教室はまだ彼女たちだけだったので、数紀はショーツ穿いてるのをこの2人になら見られてもいいやと思い、その場でスカートをズボンに履き替えた。そしてリボンを外してネクタイに替えようとしたら、そのネクタイをさっと奪われる。
由美である。
「これは没収」
「え〜〜?」
「かずちゃんはネクタイよりリボンの方が可愛いから、ずっとリボンを着けてること」
「だってネクタイ結ばなきゃ校則違反だよぉ」
「いや、かずちゃんは女子制服で通学していいという許可証が出ているはず」
「なんでみんな知ってるの〜?」
(実は担任がクラス委員に話を通しておいたからである。だから全員知ってる)
「だから今日はリボン着けててね」
「まあいいけど」(←なぜ簡単に妥協する?)
「ところで、今日の体育は水泳なんだけど、かずちゃん水着は持って来てるよね?」
「え、ほんと?知らなかった」
「ラインでも回っていたはずなんだけど」
「見てなかった」
どうしよう?と思う。
今日は“おっぱい”あるから、水着になれないよぉ。
「ボク今日は見学しようかな」
「かずちゃん、泳げないんだっけ?」
「800mくらいは泳げるよ」
「すごいじゃん」
「実は飛鳥姉(松梨詩恩)が泳げないから、ドラマや映画で飛鳥姉が泳ぐシーンは全部ボクが吹き替えてたんだよね」
「ほほぉ」
「そういう時、かずちゃんは男子水着だったのかな?女子水着だったのかな?」
「男子水着では吹き替えにならないよ!」
「要するに女子水着は普通に着れるんだ!」
「うっ・・・何故バレたんだろう」
「自分で言った」
「今日水着持って来てないなら、購買部で1着買ってくればいいよ」
「大して高いものでもないもんね」
「お金持って来てないなら貸してあげるよ」
「えーっと・・・」
「付いてってあげるよ」
と言って、2時間目が終わった後の10分間の休みに、女子数人に連行!されて数紀は購買部に行った。
「すみませーん。この子のサイズのスクール水着ください」
と公佳が言う。
「はいはい。あんたならSで良さそうね」
と言って、購買部のおばちゃんはSサイズのスクール水着を売ってくれた。
数紀は身長157cm、顔が女顔で今日はブラウスを着てリボンもしている。当然売ってくれたのは女子用スクール水着である!数紀の身長はSかMか微妙な線だが胸が(女子としては)小さいようなので、おばちゃんはSでいいだろうと判断したようだ。
代金は1200円で、数紀が払う。
一緒に300円のバスタオル、100円の水着入れも買った。
「でもこれを着るの〜?」
と数紀は情けない顔をしている。
「女子用水着いつも着てるんでしょ?」
「それとも男子用水着を着る?」
「いや男子用はちょっと事情があって着れない」
「まあそうだろうね」
とみんな頷いていた。
4時間目は体育で水泳である。この水泳での着替えは、体育委員の秀美ちゃんが先生に訊いてきてくれて、数紀は“女子職員用”更衣室を使ってという指示だった
それで仕方ないので数紀はそこでブラウス、アンダーシャツ、ブラジャー、ショーツを脱いで、さっき買った女子用スクール水着を着けた。土曜日にタックされた時にあの付近の毛は全部剃られているので、幸いにも水着から、はみ出したりはしていない(数紀は脇毛は脱毛済みである)。
でもこれ胸が目立つよう、と思う。
シャワーを通っておそるおそるプールに出る。
「おお、可愛い可愛い」
と芙実から言われた。
「まあこの姿を見ればかずちゃんの性別を誤解する人はいないね」
と由美が言っている。
それで授業が始まるが、体育の先生(男性)は特に数紀の女子水着姿には注意を留めなかった。人は不自然なものには目を留めるが、数紀の女子水着姿は自然なので気にならないのである。
もっとも数紀がプールを何往復も泳ぐので
「柴田さん、たくさん泳げるね」
と先生は褒めていた。
数紀は胸が目立つことをこの日は気にしていたのだが、女子たちは(男子たちも)むしろ、数紀のお股に“何も出っ張りがない”ことに注目していた。
授業が終わってから着替えようと思い、女子職員用更衣室に戻ると、由美がいる。
「このズボンは没収」
「ちょっとぉ」
「かずちゃんが女子だということが確実になったから、女子なら潔くスカート穿きなよ。今教室からスカート持って来てあげるから」
「ボク男の子だけど」
「却下」
それで、その日の午後、数紀はスカート姿で授業を受けたのであった。
5時間目が終わった所でトイレに行きたくなる。それで教室を出てトイレの所に行き、男子トイレに入ろうとしたら、男子から
「女子は男子トイレ進入禁止」
と言って追い出されてしまった。
「何やってんの?」
と毬恵が声を掛けた。
「いや、トイレに入ろうとしたら男子に追い出された」
「かずちゃん、せっかく性転換手術まで受けて女の子になったんだから、男子トイレに入っちゃいけないよ」
「ボク、性転換手術とか受けてないけど」
「中学生の性転換手術は禁止だからこっそり受けたんでしょ?大丈夫だよ。誰にも言わないから」
女子お得意の“誰にも言わないから”というのは実際には伝搬速度が倍になるキーワードである、きっとこの噂もう全員が聞いてるなと数紀は思った。
「恐かったら、一緒に入ってあげるよ」
と言って、毬恵は数紀の手を引いて一緒に女子トイレに入ってくれた。そして列に並ぶと他の女子たちが数紀に声を掛けてくれるので、数紀はふだんの調子が出て彼女たちとおしゃべりしながら列の進むのを待った。
それでこの日から数紀は女子トイレを使うことになってしまったのである。
6月8日(火)
菱田ユカリと須舞恵夢が、不本意ながら学生服を着て、中学に登校する前、フロントでツキさんと話していたら、エレベータから“ブラウスを着てスカートを穿き、胸元にはリボンを結んだ”柴田数紀が出て来た。
「数紀ちゃん、やはりその格好で通学するようになったんだ?」
「男子制服を没収されちゃって。裸では通学できないし」
「数紀ちゃんは最初から女子制服通学で良かったと思うなあ」
「スカート穿くのはいいけど、女子と一緒に着替えたり、女子トイレ使うの恥ずかしい」
「それは絶対嘘だ」
「放送局とかで普通に女子楽屋とか女子トイレ使ってるじゃん」
とユカリ・恵夢は指摘した。
(数紀は小学生の時から一貫して女性用楽屋を使用している。これは詩恩との引き継ぎの必要があるため。詩恩は彼を最初から“妹”とみんなに紹介していた)
なおこの日は登校したら由美がズボンを返してくれたので、数紀はその日午前中はスボンを穿いていた。でもみんなが「スカートの方が可愛いよ」というので、「ボク男の子なのに」と言いながらも、うまく乗せられて午後からはスカートを穿いた。結局この後、数紀はズボンを穿いたりスカートを穿いたりするようになる。
トイレはスカートの時だけでなくズボンの時でも女子トイレを使用する。個室がたくさんあるからトイレは楽になった。またプールの更衣室についても、次からは他の女子と一緒でいいよと言われてしまった。
もっともこの高校のプール用女子更衣室は、洋服屋さんの試着室のような個室の着替えボックスが多数あり、みんなそこで水着と普通の服を交換するので、お互い裸を他の子に曝す必要が無く、数紀も気が楽だった。(男子更衣室にはこのボックスが無い!)
しかし数紀はこのようにして転入後1ヶ月もしない内に半ば(?)女子高生になってしまったのである。彼は生徒手帳の性別が女になっていることに未だに気付いていない。
6月10日(木)満月。
古庄夏樹(38)は、千葉市内の病院で、人生初の出産をして、可愛い女の子(美奈と命名)を産み落とした。
これは実は、夏樹の兄・春道と妻・柚希の子供の代理出産なのである。
春道と柚希の間にどうしても子供ができず、春道の側にも柚希の側にも問題があるようだったので、代わりに、春道の妹である夏樹と、柚希の妹である麻夜との間で子供を作ることにしたのである。そうすると生まれた子供は、春道の両親の孫でもあり、柚希の両親の孫でもある。
具体的には麻夜の精子を採取して、夏樹の生理周期に合わせて人工授精した。精子を提供した麻夜はもう10年以上、女性として暮らしていたが、精子提供の翌月、性転換手術を受け、現在は法的にも女性になっている。
夏樹は、出産の痛みが想像を遙かに超えるものだった(死ぬかと思った)ので、兄たちに協力したことをかなり後悔した。
生まれた子供はいったん夏樹の子供として戸籍に登録され(父親欄は空白)、特別養子縁組により、春道と柚希の子供にする予定である。夏樹との法的な親子関係は消滅する。情が移って子供を兄夫婦に渡したくなくなったりしないよう、美奈は生まれてすぐ、別室に移された。
しかし夏樹は遺伝子上の子供が3人もいるのに、全員(社会的には)自分の子供でないということになった。
夏樹は年齢的にもこれ以上の出産は厳しいだろうし、ちょっと寂しい気もした。
6月10,12,13日、バスケット女子日本代表とポルトガル代表の親善試合(三井不動産カップ2021神奈川大会)が行われ、3戦3勝した。
日本側では若手選手と厳しい生存競争をしていた27歳のポイントガード・杉山友梨花がMVPに輝き、彼女は代表の座をほぼ確実にした。
今回千里はあまり出番が無かった。やばいかなあと思う。
6月13日(日).
この日、あけぼのテレビでは14:00-16:00に島原バレエ団のバレエ公演があけぼのテレビ第12スタジオから生中継で放送された。スポンサー付きの無料放送である。
放送を何気なく見ていた人が、主役のオデットをアクアが踊っていることに気付く。
何で〜?と思ったらテロップが流れる。
「主役を踊る予定だった赤迫理奈が本番直前に怪我をしたため、バレエ経験者で、偶然居合わせたアクアが代役でオデットを踊っております」
というのである。
これを見た人がネットに書き込み、ネットを見た人があけぼのテレビに接続し、接続回線数は、うなぎ登りに上がる。あけぼのテレビの技術部が悲鳴をあげ、あけぼのテレビ史上初の配信フレイムレート落とし(30fpa→24fps)が行われる事態となった。
この事件では、アクアは偶然、赤迫さんが怪我する現場に居合わせ、
「アクアちゃん、オデット踊ったことあったよね?」
と言われて、唐突に代役をすることになってしまったのである。
トウシューズについては緊急に和城理紗に連絡して自宅マンションから持って来てもらったので、自分のトウシューズを使うことができた(そのほかバレエ用のアンダーウェアも自分のを使用している)。
「あれ?そのトウシューズは?」
「自分のものです。1個あけぼのテレビの自分のロッカーに置いていたので」
「さすがですね」
などと島原さんと会話した。
アクアは黒鳥の32回転もしっかり美しく踊り、結局ひとつも間違わずにオデットを演じきって、バレエ団の団員たちから称賛された。あけぼのテレビを見ていたバレエ関係者からも「プロの公演として許される最低ラインのレベルには到達している」と評価され、急に言われて代役したにしては充分上手い踊りであったと褒める人が多かった。
むろん多くの視聴者は、アクアの華麗な踊りに魅了されていた。
しかしオデット/オディールの衣装は、結構胸が強調されるし、またバレエの衣装そのものが、股間のラインを明確に見せてしまう。それでアクアに豊かなバストがあり、お股はスッキリしたラインであることが、この放送を見た人たちには、あらためて認識されることとなった。
2021年6月14日(月).
6/7-13の週間統計で、舞音の4枚目のシングル『風のいざない/マイルドな夜明け』が累計売上110万枚となり100万枚を突破した。
2ndシングル『とことこ・なめなめ・招き猫』についで2枚目のミリオンてある。
『舞音の招きマネキン』は90万枚、『ガラスのエンブレム』も80万枚に到達していてその2枚もミリオンに到達する可能性が出て来た。
6月15日(火).
この日、舞音と花咲ロンドが主演する『招きマネキン』のドラマ最終回が放送され、その美しい終わり方に涙する人まで出た。
ラストで舞音は初めて微笑むのだが、“完”の文字が出た後、舞音は自ら動いて歌を歌い始め、花咲ロンドと彼氏も奥から出て来て、唱和する、というミュージカル的な演出が行われた、
このドラマの放送の影響もあり、『舞音の招きマネキン』はこの週だけで一気に40万枚を売り、6/20までの累計売上統計が130万枚に到達。舞音にとって3枚目のミリオンとなった。
そしてこの週は『ガラスのエンブレム』も売れ続けて100万枚を突破。2つのCDが同時にミリオンに到達して、舞音のミリオンは合計4枚となる。
これで過去にミリオンを3枚出しているラピスラズリを抜き去り、常滑真音はミリオンの数ではアクアに次ぐ§§ミュージック第2の歌手となったのである。
ミリオン到達順序は2nd『招き猫』(4/4)→4th『マイルド』(6/13)→3rd『マネキン』5th『ガラス』(6/20)
6月20日時点で最高売上は『舞音の招きマネキン』130万枚。
6月17日(木)、アクアMは単独で写真家の桜井理佳さんのオフィスを訪れた。
実は写真集について、§§ミュージック側と桜井サイドとで揉めている問題があったのである。
§§ミュージックでは、昨年の“カナダ”写真集同様、女性の写真集と誤認(?)されて景品表示法違反にならないよう、写真集の帯に
「アクアは男の子アイドルです。女の子ではありません」
という注記を入れたいとして、念のため桜井さんの承認も取ろうとした。
ところが桜井さんはそれは承諾できないと言ったのである。
「だってアクアちゃんは女の子じゃない。それを男の子であるかのように装うのは、写真集を買ってくれるファンの人たちに嘘をつくことになる。それは私の良心が許さない」
と言う。
この問題にコスモスは苦慮し、幾つかの方策を考えた。
(1)帯の無い写真集を製作してもらい、それを全て§§ミュージックで買取り、そこにこちらで勝手に帯をつけて書店に売る(基本的にアクアの写真集は通常の書籍のような委託販売ではなく買取制)
(2)これに妥協してもらうための解決金を例えば3億円くらい支払う。
(3)写真集には何のコメントもつけずに販売し、マスメディアやネットで「アクアは男の子であり、これらの写真はフェイクです」といった情報を流す。
(3)をすれば桜井さんは激怒するだろう。(1)の方法では桜井さんはこちらに写真集を売るのを拒否するかも知れない。(2)も難しい。彼女はお金が欲しいわけではない。良心に反すると主張しているのである。
ゆりこは第4の方法を提案した。
(4)もうこの際「アクアは実は女の子です」と発表しちゃう。
そしたらそんなコメントつける必要もない。桜井さんも満足する。だいたい、これ以上、アクアが男の子だと主張し続けるのは厳しい。これには山村マネージャーも大賛成した。
コスモスも万策尽きて「もうゆりこの提案で行こうか」などと言い出した。
ケイは本人の意向を聞いてみようと言った。
そこで本人を呼んだら、
「私に桜井さんと話し合わせてください」
とアクアは言ったのである。
それでアクアは桜井さんと連絡を取り、会って話すことにして、この日彼女の事務所にやってきた。
アクアは最初に謝った。
「私が撮影の時に、これはフェイクですというのをきちんと説明しなかったために桜井さんに私が女の子であるかのような誤解を与えてしまってすみません。ボクは本当に男の子なんですよ。それを桜井さんに確認してもらいたかったので今日はお邪魔しました」
「アクアちゃん、そういうのやめようよ。もう国民はみんなアクアちゃんが女の子てあることを知っているよ」
と桜井さんは言う。
「だったら、この場で脱いでみます。今日は偽装せずに来ました」
「脱ぐの?」
「はい」
と言って、アクアが服を脱ぎ始めるので
「待った!」
と言って、アクアをオフィス内にあるスタジオに連れて行く。
「ここで脱いでくれる?」
「はい。写真撮影してもいいですよ」
「撮っていいの〜?」
「女の子に偽装した状態のヌードを公開するのは、ファンの人たちに嘘をつくことになるからできませんけど、偽装してない状態でのヌードなら構いません」
とアクアは言った。
そしてスタジオの中で服を全部脱ぎ、オールヌードになってしまった。桜井さんが息を呑む。
「触っていい?」
「桜井さんならいいですよ」
それで桜井さんは“そこ”に触る。
動かす!
「大きくなるじゃん」
「男の子なので」
つまり桜井さんは、それが「作り物ではない」ことを確認したのである。
「撮影していい?」
「どうぞ。写真集に入れてもいいですよ」
それで桜井さんはオールヌードのアクアを50枚くらい撮影した。色々ポーズに注文をつける。
「これ、小人の小屋の前で指示されたポーズだ」
「それを覚えてるということはお姫様の格好で私のカメラの前に立ったアクアちゃんなのかなあ」
10分ほどにわたって、アクアのヌードを撮影した上で、桜井さんはアクアにいったん服を着るように言う。
「君が水着姿で撮った写真と今撮った写真を重ねてみる」
と言って桜井さんは、パソコン上で2つの写真を重ねてみた。アクアも眺める。
「完全に重なるね」
「本人ですから。でも桜井さんもさすがプロですね、正確に同じアングルで撮影してる」
「そりゃ当然よ。だけど君も正確に同じポーズを取ってる」
「指示された通りのポーズを取っただけです」
「アクアちゃんもさすがだね」
「でもこれで私が男の子で、女の子のように見せていたのはフェイクであることをご理解して頂けましたでしょうか」
「理解しない!」
「え〜〜〜!?」
「だってこれ絶対何か仕掛けがある。でもヌードまで撮らせてくれたアクアちゃんに敬意を表して、今回は帯のコメントの件は妥協するよ」
「ありがとうございます!」
「でもマジでアクアちゃん、女の子であることを公表しようよぉ」
「ボク男の子なんですけど」
「それだけは絶対嘘だ」
「でも女の子水着でカメラの前に立ったのが私であることは納得して頂けましたよね」
「たとえ双子であったとしても、身体のパーツの配置は微妙に異なる。完全に重なるというのは同一人物としか考えられない」
写真家さんらしい見解である。アクアは桜井さんのこの言葉を半月ほど後に思い出し、ある重要事件の解決方法を思いつくことになる。
「別に双子の姉妹とかいませんし」
とアクアは言うが、少し後ろめたい。でもそれを顔に出すようなアクアではない。このあたりは俳優(女優?)として鍛えられている。
「まあ今年はいいわ。でも来年も撮らせてよ」
「はい。ぜひお願いします」
「今度こそ、女の子モードのヌードで」
「あはははは」
そういうことで、今年は桜井さんは妥協してくれたのである。
ちなみにこの日撮った写真は、あそこに猫の絵を貼って隠した上で写真集の最後のページに掲載された。
そして桜井さんの小学生の娘さんに書かせた丸文字で
「アクアのセミヌード撮っちゃった」
というコメントを付けたのであった!
1 2 3 4 5 6 7 8
【春転】(5)